いつか灰になるまで

CazuSa

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布施山

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休日の部活が終わり、体の疲れを感じながら夜尋ヤヒロは家のドアを開けた。
弱小野球部とはいえ、放課後の部活に付け加え、休日まで練習をすればそこそこ疲れはたまる。
入部したときからそれは変わらないものの、疲れるものは疲れるのだ。
それに、3年生が引退して早半年になろうとしている。
もうすぐ2年生になるからと、練習は以前よりハードさが増しており、まだまだついていくのがやっとだった。

「ただいまぁ」

疲れが溜まっていたのか、気のない声が出る。
しかし、いつもならば出迎えてくれる母の声が帰って来ない。
出掛けているのかと思ったが、足元を見ると両親の靴が揃っており、在宅なのがわかる。

(なんかしてんのかな?)

帰ってきたことだけ告げて、自室で寝ようかと玄関脇すぐの居間のドアノブに手を差しかけた瞬間―――

『ふざけるなっ!』

テーブルを乱暴に叩く音と父の怒号に、思わず夜尋の体が縮こまる。

その迫力に、手に掛けていたドアノブからすぐさま手を引っ込めた。

ドア越しにも感じる父の異様な気配に恐怖を感じる。
僅かながら母のすすり泣くような声も聞こえた。

『ごめん…。母さん、父さん。でも俺……』

(この声、千尋チヒロ兄さん?)

兄の声が聞こえ、夜尋は思わず聞き耳をたてた。
中の様子を確認したかったが、ドアは細長くガラスが張られているものの、擦りガラスのため、中がどうなっているかモザイク状にしかわからない。
いつも優秀な2番目の兄が、両親に怒られているところなど見たことが無かった。

両親ともお金持ちの家に生まれ、親戚の多くが弁護士や医者といった職に就いている。
母はお嬢様育ちのような感じの人で、仕事についたことはないが、父が弁護士をしており、贅沢ができるほどの稼ぎもあるため、そもそも働く必要がない。
そんな家系に生まれたためか、夜尋たち兄弟はいつも優秀な成績を取ることを強いられてきた。
夜尋は端から期待などされてはいなかったが、夜尋とは反対に兄の千尋は両親からの期待を一身に背負っていた。
そして本人も、それをいとも簡単に応えていた。
だから余計に、千尋が両親の怒りをかうようなことをしたことに夜尋は強い興味を抱いた。

(一体どうしたんだろう)

音を立てないようしゃがみ込む。

『どうしてっ?どうしてなの?千尋っ』

母が嗚咽交じりに千尋に詰め寄る。
しかし、千尋はそんな母の様子にも動揺していないのか、静かに淡々と言葉を発していた。

『二人には申し訳ないと思ってるよ。でも俺、本気なんだ。本気で彼の事―――』

(えっ?)

『それ以上言うなっ!』

またしても父の怒号で遮られる。

しかし、僅かに聞こえた千尋の言葉に、夜尋は耳を疑った。
兄は今、何を言おうとしていた?
まさか、まさか兄は。

身内で、しかもこんなに近くにそんな趣向の持ち主がいたことが、夜尋を動揺させた。

『…父さん』

『気色の悪い。まさかお前がそんな』

軽蔑するような父の声が聞こえる。
バンっ!
ガタァっ!
父のその言葉にとうとう我慢が利かなくなったのか、机をたたく音と椅子を思いきり引く音が聞こえた。

『もういいよ。俺、別に二人に理解してほしいなんて思ってない。話はそれだけだから』

そういうと、足音が夜尋の方へ近づいてきた。

(やばっ!)

どうにかしてどこかに隠れようとも思ったが、ここではどこにも隠れる場所がない。

『待って千尋っ!』

母が兄を引き留める声が聞こえる。
擦りガラスには兄のシルエットが見えていた。
ドアノブに手を掛ける音が聞こえる。

『俺は、二人の期待にずっと応えてきた。中学も高校も、大学だって二人が言っていたところに合格した。これ以上俺は何を我慢すればいいの?』

夜尋はその言葉にハッとする。
今まで兄が何かを我慢していることなど感じたこともなかった。
さも当然のことのように飄々と両親の言うことに応えているように夜尋には見えていた。
だから、期待に応える重圧も苦しみも千尋は感じていないとかってに思っていた。
だからだろうか。
兄の切ない心の内が少しだけ見えた気がした。

バンっ!

そうぼんやりと考えていたために、逃げ遅れてしまった。
勢いよく開けられたドアから出てきた千尋とばっちりと目が合う。

目が合った瞬間、千尋は目を見開いて驚いていた。
そして、悲しそうに表情を曇らせると夜尋など見ていなかったかのように踵を返すと、自室のある2階へと続く階段を登って行った。

後にも先にも、千尋のあんな辛そうな顔を見たのはこれきりだった。


それから1週間もしないうちに千尋は事件に巻き込まれ、亡くなった。

ショックでどうしようもなかった。
夜尋は涙も流せなかった。
茫然と、ただ葬儀が終わるのを見届けていた。
通夜も葬式もほとんどなにをしたのか覚えていない。

兄の体の損傷が激しいせいで、棺桶の中は少しだって開けられることはなかった。
だから、兄が亡くなったことにいまいち実感が湧かなかったのもあるかもしれない。
ただ、兄の棺桶に献花できなかったことだけが、少しだけ寂しかった。

火葬場で千尋の遺骨を待つ間が退屈で、中庭に出た。すると、両親が話しているのを偶然見つけた。
あの優秀な兄を亡くして、両親はどう思っているのだろう。
そんな好奇心から、両親の話に聞き耳を立てた。
だが、話の内容は夜尋が思っていたものとは全く違ったものだった。

『…しかし、まぁ、これで良かったのかもな。これで、あの事が親戚にばれずにすむ』

さほど遠くで話しているわけでもないように、やけに声が遠く聞こえる。

『あなた、それはいくらなんでも…』

母はその先の言葉を飲み込んだ。
やはり、母も少なからずそう思っていたのだろう。

風が脇を通り過ぎていくのを感じた。
とても寒い風だった。
体が震えて仕方ないほどに、冷たい風。

あの二人の血が流れていることに、夜尋はおぞましく思った。

しかし、あの優しい兄と同じ血が流れているのも事実だった。

二人にとって千尋は恥でしかなくなってしまった。

たった一つの想いだけで千尋はいらない子供になってしまったのだ。

あんなに優秀だと喜んでいたのに。

あんなにやさしい兄だったのに。

あの時の、両親が話していたあの言葉はきっと本心だろう。だから夜尋は今でも忘れない。
きっといつまでも忘れないだろう。
父も母も兄が死んで安堵していたのだ。

大好きだった兄への両親のその感情が、夜尋にはどうしても許せなかった。

それから、夜尋はさらに両親と疎遠になっていった。
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