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第5章
278.非常識なドレス
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学院から屋敷に帰ってくるとドッと疲れが襲う。肩に重しを乗せられたような感覚に深いため息が出た。結局ヴァリタスのお誘いを逃れたのはたったの1度きり。
彼と昼食を取るようになって1週間が経っていた。
教室に出るときにナタリー含め複数のクラスメイトからの痛い視線が胸に刺さる。
そんな中俯いてこちらを見ないセイラの姿が何とも言えない悲壮感を漂わせていた。
てっきり彼女たちを説得して私と関わっているのかと思っていたけれどあの雰囲気から察するに納得はしていないような気がした。
あんな揉め事があったのだからちゃんと段階を踏んで行動してほしい。
毎回呼び出される度にそんな状況に晒される私の身にもなってほしいわよ、本当。
きっと祝賀パーティさえ終われば解放されるのだろうからあと1週間の辛抱だ。
そう思えば少しは気が楽になった。
「お嬢様、ヴァリタス王子殿下から贈り物が届いております」
「贈り物? ヴァリタス殿下から?」
はて、なんだろう。
彼から何かを贈られるほど親しくないはずだけれど。
とそこで、この間彼から祝賀パーティ用のドレスを贈るという話を思い出した。なるほどそれが今日届いたという事ね。もう1週間後に控えていることを考えると遅いくらいのなのだが、私としてはそこまで装飾品にこだわりはないから気にしない。
それよりも贈られてきたドレスがどんなものなのかという事の方が若干心配だった。
だって彼のセンスってよく知らないのだもの。
悪くはないとは思うけど。
自室の扉を開けると早速私の目に彼からのドレスが出迎えた。
「うわぁ……」
それは派手と言う言葉をそのまま形にしたような真紅のドレスだった。ふんわりと広がったスカートにこれでもかと言うほどの美しい刺繍が施されている。胸元はパックリと割れており、生地がなく肌が露わになっている。どうみても未婚の淑女が着るようなドレスではない。
「これが本当に、ヴァリタス殿下からの贈り物?」
手に取って見てみると確かに生地は良いものだし、職人技の刺繍は見事なものだ。少し見ただけでも一流品なのがわかる。ただ、今度のパーティに相応しいかといえば……。答えはNO。
今度の祝賀パーティの主役はベリエル殿下とフィーネ様だ。次期国王の婚約祝賀パーティともなれば、主役は代々受け継がれてきた金色を基調とした白い衣装と決まっている。ならばそれに合わせて衣装を選ぶのが鉄則。
主役の衣装よりも目立たない物を身に着けてくるのが常識中の常識だ。それなのに、このドレスといったら、どうみても主役の2人を食いそうな勢いではないか。
「いくらヴァリタス様でもこれが非常識と言うことぐらい理解していると思うのだけど」
私に恥をかかせたいという意図があってのことだろう。
確かにこんなものを着て行けば私だけでなくベルフェリト家自体が笑い物になりかねない。
なるほど、それが狙いってわけね。
例えどんな状況に陥ろうともヴェリタスの贈ったドレスを着ないわけにはいかない。
「どこまでも私を追い詰める気なのね」
あんなに歩み寄ろうと言ってくれていた癖に。昼間はぎこちなくとも手を差し出してくれていたのに、結局は恨みを晴らそうと画策するのだから憎悪とは本当に恐ろしいものだ。
「でも、しょうがないわよね。私が悪いのだから」
拒む権利など私にはない。
前世のした行いが私の首を絞め上げていく。
幼い頃から恐れていたその感覚が徐々に現実にまで浸食していくのを、今ゆっくりと感じていた。
このままじわじわと私の首を蝕んでいくのだろう。
だから、早く逃げ出したかったのに。
「なんて趣味の悪い……」
後ろからした声に瞳の中から何かが込み上げてきそうだった。
ミリアの溢した声は私を思ってのことだろう。
しかしそれは、私の心のどこかを鋭く突き刺した。
痛いのに、苦しいのにそれがどうしてなのかわからなかった。
いいえ、本当はただ。
その本心を知りたくなかっただけ。
「嫌がらせにしても質が悪いです。抗議でもした方がよろしいのでは?」
だがミリアは私の想いに気づかないようで、避難の声をヴァリタスに向ける。
彼女の怒りは私を思っての事だとわかっている。
それなのに、苦しみに押しつぶされそうになるのを感じてミリアを遠ざけた。
「いいのよ、このままで。余計な事、しないで」
「お嬢さま?」
私の異変に気付いたのか、ミリアが顔を覗き込んできた。
それがうっとおしくて仕方ない。
「私の事は放っておいて!」
怒鳴り声を上げるとミリアは怯えたように私から離れた。
どうしたんだろう。
私はこんなに傷つきやすい人間だっただろうか。
自分がわからなくなる。
ミリアに今の私を見られたくなくて片手で顔を覆った。
「ごめんさない。私どこかおかしいみたい。今は1人にしてほしいわ」
「……わかりました。何かあればお呼びください。すぐに駆け付けますから」
なんでこんなにイライラするのだろう。
自分が自分でなくなる感覚がする。
ドレスを見やると突き刺すような胸の痛みが更に強くなった。
顔を歪め悲痛にくれる心を何とか落ち着かせることしかできなかった。
ああ、私は。
彼に邪険にされていることが、苦しくて。
痛いんだ。
どうしてこんなにも、彼の事を好きになってしまったのだろう。
なんでこんな馬鹿な想いを抱えて生きなければならないの?
捨ててしまえれば良いのに。
彼と昼食を取るようになって1週間が経っていた。
教室に出るときにナタリー含め複数のクラスメイトからの痛い視線が胸に刺さる。
そんな中俯いてこちらを見ないセイラの姿が何とも言えない悲壮感を漂わせていた。
てっきり彼女たちを説得して私と関わっているのかと思っていたけれどあの雰囲気から察するに納得はしていないような気がした。
あんな揉め事があったのだからちゃんと段階を踏んで行動してほしい。
毎回呼び出される度にそんな状況に晒される私の身にもなってほしいわよ、本当。
きっと祝賀パーティさえ終われば解放されるのだろうからあと1週間の辛抱だ。
そう思えば少しは気が楽になった。
「お嬢様、ヴァリタス王子殿下から贈り物が届いております」
「贈り物? ヴァリタス殿下から?」
はて、なんだろう。
彼から何かを贈られるほど親しくないはずだけれど。
とそこで、この間彼から祝賀パーティ用のドレスを贈るという話を思い出した。なるほどそれが今日届いたという事ね。もう1週間後に控えていることを考えると遅いくらいのなのだが、私としてはそこまで装飾品にこだわりはないから気にしない。
それよりも贈られてきたドレスがどんなものなのかという事の方が若干心配だった。
だって彼のセンスってよく知らないのだもの。
悪くはないとは思うけど。
自室の扉を開けると早速私の目に彼からのドレスが出迎えた。
「うわぁ……」
それは派手と言う言葉をそのまま形にしたような真紅のドレスだった。ふんわりと広がったスカートにこれでもかと言うほどの美しい刺繍が施されている。胸元はパックリと割れており、生地がなく肌が露わになっている。どうみても未婚の淑女が着るようなドレスではない。
「これが本当に、ヴァリタス殿下からの贈り物?」
手に取って見てみると確かに生地は良いものだし、職人技の刺繍は見事なものだ。少し見ただけでも一流品なのがわかる。ただ、今度のパーティに相応しいかといえば……。答えはNO。
今度の祝賀パーティの主役はベリエル殿下とフィーネ様だ。次期国王の婚約祝賀パーティともなれば、主役は代々受け継がれてきた金色を基調とした白い衣装と決まっている。ならばそれに合わせて衣装を選ぶのが鉄則。
主役の衣装よりも目立たない物を身に着けてくるのが常識中の常識だ。それなのに、このドレスといったら、どうみても主役の2人を食いそうな勢いではないか。
「いくらヴァリタス様でもこれが非常識と言うことぐらい理解していると思うのだけど」
私に恥をかかせたいという意図があってのことだろう。
確かにこんなものを着て行けば私だけでなくベルフェリト家自体が笑い物になりかねない。
なるほど、それが狙いってわけね。
例えどんな状況に陥ろうともヴェリタスの贈ったドレスを着ないわけにはいかない。
「どこまでも私を追い詰める気なのね」
あんなに歩み寄ろうと言ってくれていた癖に。昼間はぎこちなくとも手を差し出してくれていたのに、結局は恨みを晴らそうと画策するのだから憎悪とは本当に恐ろしいものだ。
「でも、しょうがないわよね。私が悪いのだから」
拒む権利など私にはない。
前世のした行いが私の首を絞め上げていく。
幼い頃から恐れていたその感覚が徐々に現実にまで浸食していくのを、今ゆっくりと感じていた。
このままじわじわと私の首を蝕んでいくのだろう。
だから、早く逃げ出したかったのに。
「なんて趣味の悪い……」
後ろからした声に瞳の中から何かが込み上げてきそうだった。
ミリアの溢した声は私を思ってのことだろう。
しかしそれは、私の心のどこかを鋭く突き刺した。
痛いのに、苦しいのにそれがどうしてなのかわからなかった。
いいえ、本当はただ。
その本心を知りたくなかっただけ。
「嫌がらせにしても質が悪いです。抗議でもした方がよろしいのでは?」
だがミリアは私の想いに気づかないようで、避難の声をヴァリタスに向ける。
彼女の怒りは私を思っての事だとわかっている。
それなのに、苦しみに押しつぶされそうになるのを感じてミリアを遠ざけた。
「いいのよ、このままで。余計な事、しないで」
「お嬢さま?」
私の異変に気付いたのか、ミリアが顔を覗き込んできた。
それがうっとおしくて仕方ない。
「私の事は放っておいて!」
怒鳴り声を上げるとミリアは怯えたように私から離れた。
どうしたんだろう。
私はこんなに傷つきやすい人間だっただろうか。
自分がわからなくなる。
ミリアに今の私を見られたくなくて片手で顔を覆った。
「ごめんさない。私どこかおかしいみたい。今は1人にしてほしいわ」
「……わかりました。何かあればお呼びください。すぐに駆け付けますから」
なんでこんなにイライラするのだろう。
自分が自分でなくなる感覚がする。
ドレスを見やると突き刺すような胸の痛みが更に強くなった。
顔を歪め悲痛にくれる心を何とか落ち着かせることしかできなかった。
ああ、私は。
彼に邪険にされていることが、苦しくて。
痛いんだ。
どうしてこんなにも、彼の事を好きになってしまったのだろう。
なんでこんな馬鹿な想いを抱えて生きなければならないの?
捨ててしまえれば良いのに。
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