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1章 幼少期編 I
98.起3(Side ロッド王)
しおりを挟む笛を吹き注目させ、王命と指示を出して見物人を解散させた。
続けて一区画ごとにも必要かと身構えていたが、道の角々に設置した高台の上から声を飛ばす領兵の姿が既にあった。
ひと際明るい魔導灯を立て、拡声筒で目的別の避難先を誘導している。
これまでのように領主邸や神殿だけが避難先ではなく、食堂や宿、使える設備は全て解放されているのも確認した。
避難先とは事前に提携しておくこと。
病気が流行らないよう公衆排泄所を作ること。
水・食料・防寒具の配給は即時行うこと。
流言防止に住民への定時報告を各所で発表すること。
道を塞ぐ瓦礫を撤去すること。
相談所を設置すること。
誰でも使える掲示板を作ること。
娘は災害が多かった国の記憶を持つ。
その対策をまとめた手順書は、議会にかけて作成済みだ。
リボンはそれを使って準備をし、的確に指示を出している。
此度は間に合わなかったが、避難訓練の重要性も改めて感じた。
すれ違う領兵たちの手には斧や槌が握られていた。
打ち壊しの報を受けてリボンが放ったのであろう。
火事場で悪さをした者たちが捕縛され、まとめて角地に転がされているのも見かけた。
中には下半身を出したまま身を縮める男たちもいた。彼らは例外なく顔の判別がつかないほど殴られた跡がある。自業自得だ。何の同情もわかない。そなたらは今以上の後悔を重い労役で味わうことになるぞ。思い知るがよい。
ティストームに収監刑はない。そして死刑もない。
刑罰は罪の重さに応じた罰金か労働で支払うことになる。
最高刑は財産没収の上に終身労働である。
刑期が長いほど過酷な労働先に回され、事実上の死刑ととらえる者もいる。
領主邸へ続く最後の道へ曲がると、右半分は緊急用の道として侵入が制限されていた。
左半分は行きと帰りの者を分けた縄が張られ、人が詰まらないように工夫されている。
領兵が我らの確認をすると緊急用入口に渡してある棒を外した。
進みながら並んでいる領民に声をかける。
続く兵たちも安心材料の情報を言って聞かせた。
『王さまが戻ってきてくれた』
『新しい領主さまの実家が隣のガーランドだと』
『領主さまの親父様がもうこっちに向かってるって』
『焼けた建物も畑も全部保証してくれるそうだよ』
まだ火は消えていないが、これでいい。
◇…◇…◇
領主邸は怪我人専用の避難所として開放されている。
中庭には横一列の簡易天幕が張られ、その下には受付の長机がズラリと並んでいた。
対応しているのは、普段表に出てこなかった経領陣だろう。
有事の手順書通りであれば、ここでは不安を抱えた領民の相談も受けているはずだ。
話を聞き、解決策を引き出し、断ることをしない。
ただすぐに解決できない事案には番号を書いた板を渡し、掲示板に貼り出された相談日に領主邸に来るよう指導する。
『聞く準備がある』……それだけで不安は大分収まるのだ。
その受付脇を通り厩に馬を預ける。
私は側近を一人連れ邸へ、他は兵舎へ向かった。
邸の玄関も開け放たれている。
迎えに出てきたのは例の家令であった。
こんな時だというのに、やたらと上機嫌である。この混乱で横領額を増やす算段でもしているのか……ルベールの言う通り鼠のように見えた。
領主の元へ案内される前に、丸めた敷物を抱えたサハラナが通りかかった。
「おかえりなさいませ! お怪我はございま……ルベール殿下は…」
そういえば、この鼠には聞かれなかったな。
「畑周辺の逃げ遅れた者たちを任せてきた」
ほっ、として表情が緩ませるサハラナを見ると、やはり城に欲しい人材だと惜しくなる。
「リボンは今、食堂を仕事場にしていますわ。直接そちらへいらしてください……お前はそこの花瓶を持ってついていらっしゃい」
サハラナは家令を睨みつつ、一抱えもある大きな花瓶を顎をそらして示した。
似合わぬ仕草が逆に威圧を生んだ。
「い、いえ……私は国王陛下をご案内…「陛下は食堂の場所をご存じです。それでは御前を失礼いたしますわ」
鼠を引き受けてくれたようだ。
あの花瓶に用途などないであろうに……気の利く夫人である。
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