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1章 幼少期編 I
21-2.中途半端な美の追求
しおりを挟むさぁさぁさぁ、離宮の厨房には水飴が壺で並んでいるという嬉しい状況です。
たっぷり使うことが出来るから、あれもこれも遠慮なく作れるようになりました。
何から手を付けましょうか、ねぇ、チギラ料理人……は、なんと忙しいらしい。
薬草課に出入りしたことから、薬草を使った料理に興味を持ってしまったのだ。
ハーブを使った料理や、薬膳料理……詳しくは知らないけれど、多分そんな感じのものだと想像しつつ、せっかく作ってくれたので、期待せず、食べた。
だって〈健康食=マズイ〉のイメージがあったのよ。
しかし私のこの固定概念は、チギラ料理人の腕によって見事突き崩された。
料理もお菓子も滅茶苦茶ウマウマだったのだ。
今まで食べたことが無い新しい味に、私だけではなく、離宮メンバーは毎回毎食嬉しい悲鳴を上げる事になったのだ。
けれども何週間も続けばさすがに飽きてきて、チギラ料理人のネタも尽きかけてきたころ、想定外の方向に事が転がっていった。
始まりは、相伴にあずかっていたランド職人長のお肌が艶々になったことだった。
もともと肌艶がよい若者の効果がわかりにくかったのか、ひとりだけ輝きを放ち目立っていたのだ。賞賛ではなく笑いを誘っていたけれど。
(そうなると変化がなかったシブメンは若者の仲間?……と密かに思ったのは内緒である)
そんな楽しかった日常のひとコマを、アルベール兄さまは「無駄に美しくなった部下がいまして」…と、夕食時の話題として提供した。
いや、もう、あからさまに、お肌の曲がり角に立つ侍女たちが、アルベール兄さまに無言の圧力をかけてきたね。私でもわかった。
アルベール兄さまはハッとしたように一瞬だけ動きを止めた……けど、静かに食事を再開し、不自然にお天気の話を始めた。
視線の圧力に気づかないふりを決めたらしい。
ルベール兄さまによると、この手の話題に男が口を出すと痛い目を見るのだそうだ。
お父さまでさえ何も言わずに無関係を装っていたから、きっとルベール兄さまの言葉は正しかったのだろう。
───次の日。
アルベール兄さまが珍しくも執務室に遊びに来なさいと言うので、私は喜び勇んでお招きに応じた。
接待役にリボンくんを指名し、アルベール兄さまの側近たちの名前を教えてもらい、お菓子をくれた人だけ覚えて、リボンくんが入れてくれたお茶を飲みながらモリモリ戦利品を食べていたら「母上の執務室に行くぞ」とアルベール兄さまに攫われてしまった。
お菓子は包んでおきますね、というリボンくんの声が遠くに聞こえた時には、廊下をアルベールスピードで突き進んでいた。相変わらず歩くのが早かった。
お母さまの執務室は久しぶりである。
父兄たちの重厚だが飾り気のない執務室と違い、あちらこちらに大輪の花が飾ってあってお洒落な気分にさせてくれるので、私はここに来ると自然とお行儀がよくなる。環境って大事だ。
執務机がある部屋の続き部屋、応接セットがある間へと侍女に案内され、見るとお母さまがソファーに座り、対面にはなんと、ワーナー先生とチギラ料理人がカチコチになって座っていた。
──…何だろう。叱られてここにいるわけではないみたいだけど。
立っていたいだろう先客二人の横に、アルベール兄さまは私を抱えたまま静かに座る。
お母さまは私たちを見て小さく頷くと、嫣然と微笑みながらこう言った。
「この件は私が預かりましょう」
私には何のことかわからなかったけれど、ワーナー先生とチギラ料理人とはもう話が済んでいたようで、ふたりは両ひざに置いた手を握って無言で頭を下げていた。
可哀想に、お母さまの美しさに当てられて汗をかいている。
アルベール兄さまは訳知り顔だから、ふたりのサポート役かな? あれ? では、私はどうしてここに連れてこられたのかな?
「シュシューア」
「はい」
お母さまは私にも用があったらしい。
「先程このふたりに、体に良い薬草を使った食事について聞きました」
──…あ、なるほど。
「だいじょうぶ。おかあさまは、まだ、きれいです」
──…アンチエイジングをお望みなのですね。
「……まだ?」
素敵な笑顔で首を傾けなさった。
アルベール兄さまが私にしか聞こえない苦い声で何か言う。馬鹿者って言った?
見上げたらアルベール兄さままで素敵な笑顔になっていた。
隣を見たら二人とも張り付いた笑顔を浮かべて床を見つめていた。
──…まぁいいか。アンチエイジングっと。
薬草を使った料理は、体を温める効果と、デトックス効果もあるとみた。
これは是非とも続けてもらいたい。美味しかったし。
内側から綺麗になる知識は……ええと、発酵食品。
前世ではキムチが好きだったから毎日のように食べていた覚えがある。
しかし、発酵食品の言葉が出てこない。
「ヘーイレチンを、まいにち、たべましょう」
ヘーイレチン……私が唯一知るザワークラウトのような発酵食品である。
「みどりいろのおちゃを、まいにち、のみましょう」
緑茶は優秀な飲み物なのだ。
「おさけを、たくさんのむのは、やめましょう」
飲むのなら赤ワインだが、存在するかどうか不明である。
他にもいろいろあるが、今言えるのはこれっぽっちだ。
「よるは、きちんと、ねましょう」
夜の10:00~02:00は回復時間である。
時間の数えが地球とは違うけれど、まぁ、大体その時間帯には寝ているのではないかと思う。
「おふろのおゆにはいって、あせをかきましょう」
老廃物はジャンジャン出しましょう。
お母さまはお風呂が好きだからこれは問題ないね。
「きょうは、わたくしといっしょに、おふろにはいりましょう」
入浴後にリンパマッサージを伝授して進ぜよう。
「まいにち、からだを、うごかしましょう」
適度な運動……言葉が出てこないので今回はこれで勘弁してやる。
「うんちは、まいにち、だしましょう」
アルベール兄さまが頭の上で何か言ったけどスルーする。
便秘は美容の大敵なのですよ。
「しんぱいごとは、はやく、なくしましょう」
ストレスも大敵なのだ。
「あとは……」
外側からの美肌法……これは至極単純。
〈保湿と紫外線対策〉……これだけ。
他はいらない。
肌の上から色々塗りたくっても、そう簡単には浸透しないものなのだ。
澄子が使っていたあのお高い美容液たちも、認めたくはないけれど、無駄であったと、その後の研究者たちによって明らかにされたのだ。くそぅ。『……といわれている』に騙された。
そんな中でもはっきり効果を感じたのはピーリングだった。
しみシワに効くレチノール……作り方はまったくわからない。
その方面に詳しい転生者を求む。
「シュシューア?」
お母さまが呼んでいる。
でも私は思考に沈んでいる。
目の端にお母さまを止めるアルベール兄さまの手が見えた。
答えを出すまで待ってくれるようだ。
「う~ん」
保湿は今使われている植物性のオイルで問題ない。
ミキサーで乳化させてクリームにするといいかも。オイルは零れやすいから。
紫外線対策とファンデーションも、お任せあれ!…と胸を張りたいところだけれど、私の言葉知らずの問題と、素材収集に時間がかかるのと、毒性の検証で、お母さまには大分待ってもらわなければならない。この点に関しては知識だけではどうにもならない。
酸化チタン、酸化亜鉛、顔料……鉱物って言葉は、どこからどうひねり出せばいい?
専門家にそれらしいの見つけてもらって、とにかく粉状にしてもらえばいい?
その後は毒性検査して……って、うわ、動物実験が必要じゃん。
──…どうしよう。面倒くさくなってきた。
はっ!
「シブメンの鑑定魔法があるじゃない!(日本語)」
──…うわーい! 毒性問題クリアー!
「アルベールにいさま! 石のせんせいに、しろいこなになる、え~と、え~と」
やっぱり言葉がままならない(泣)
お勉強が先になるのか。
そうなのか。
いやだな~。
「ごめんなさい、おかあさま。まにあわないかもしれません」
「……ぉぃ」
「何が間に合わないのですか?」
「おかあさまの、しわしわ」
「おいっ!」
石の先生をお願いしたいけれど、その先生にまだ説明できそうもなく、やっぱり、お母さまには待ってもらうしかないのであった。
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