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0-2 僕の家族は少し変だった

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 記憶が戻って、一週間後の夕方。

 記憶が戻った僕は、充実の日々を過ごしていた。
 いわゆる、毎日が大忙しという奴だ。

 もっと具体的に言えば、僕のスケジュールは常に押し気味で、睡眠学習なるものを試すべきでは、という声が上がるような状態ですらある。
 逆に簡単に言ってみよう。見せてもらった予定表がどこぞの誰かの様に真っ黒だった。

 毎日毎日、指南役に追われ、必死に逃げ回り、必死に考え、そして眠る。
 その合間には昼食という名の誰かとの会食。休憩中には誰かと面会。最後に枕元で子守歌の代わりに次の予定を聞きながら眠る。

 僕は常に駆け足で移動していた気がするし、会食に遅れそうな時はシュリに抱えてもらって走るほどだ。
 親兄弟と会う暇も当然のようにない。僕は記憶を戻してから一度もここの家族と対面していない。

 それだけ充実していた。

「……んなわけないよ! 充実してないよ!」

 僕は思わず叫んでいた。

 転生したと浮かれていたけど、内実は僕が考えるような楽しいものではなかったのだ。

 例え周りにある家具がどれだけ豪奢でも、今着付けをしているシュリがどれだけ美人でも、心に余裕が無かったら全然嬉しくないのだ。

 今までの自分はあの日程をよくこれをやり切っていたと思う。
 記憶が戻る前のクロウは、余程いい子だったに違いない。

「普通だったら不良になってたよ」

 バイクを乗り回し……はないだろうから馬を乗り回したり。
 釘バットを持って……もないからもっと凶悪な槍とか剣を持って徘徊したり。

 ……あれ、憲兵だ。

「お坊ちゃま。足を」

「うん」

 まあ、以前の僕が憲兵じみた不良にならなかったのは、家族が何とか時間を見繕い、今回のように月一で会食する機会が設けられているからだろう。

 そう、今日は月一で家族が集まる特別な日だ。

 多分、これがない冷え切った家庭だったなら、記憶が戻る前の僕は耐えられなかっただろう。
 きっと、あの頃の自分は親と会い、褒められるためだけに頑張ってきたに違いない。

「まあ。親は余りいい顔してなかったけど」

 だってあの時の両親の顔は笑ってはいたものの、苦笑いだったのだから。 

 あれで喜んでもらえていると思っていた、無邪気な頃の自分が懐かしい。
 実際のあれは、なんで言葉の覚えがこうも悪いのか、という困惑がにじみ出ていたというのに。

「今回も、あまり文字覚えられなかったしなあ」

「左様ですか」

「そこは少しでも慰める方にもっていかない?」

「左様ですか」

「まあ、それがシュリらしいからいいけどね」

 無駄に華美な私室の中で、僕に服を着せるシュリは相変わらず鉄仮面だ。
 唐突に奇行に走った人間を前に、こうも変わらず対応するのだから図太いというかなんというか。

 まあ、ある意味メイドの鑑だ。

 そういえば髪も仕事の邪魔になるのかセミロングだし、服は装飾も露出も極限に抑えたメイド服だし……改めてプロ意識の高さを感じさせる。

 僕の後ろ髪を縛る動きなど、本当にあっという間だ。

 まさしくプロ……主に対する態度以外は。

「シュリって剣もメイドも一流だよね。どうしたらそんなすごい人になれるの?」

「たゆまぬ努力です」

 驕らず誇らず、さらりと言ってのける所に惚れる所だった。
 いやいや多分、僕お母さんと結婚する、という子供の心理だ。特に意味はない。……多分。

 もしそうだとしても、シュリが相手では趣味が悪すぎる気もするけど。

「じゃあそろそろ行こうか。皆を待たせるなんて失礼だからね」

 家族といえど順位がある。そこをきっちりしないとダメらしい。
 記憶が戻る前もそこはきちんとしていた。……早く行くのは両親に会いたいが為、だったけど。

「そう言えば、頭打って人格少し変わったけど、変に思われないかな?」

「お坊ちゃまは変わっていませんよ」

「……嘘?」

「いいえ。打つ前から頭はおかしかったです」

 クロウだけの記憶を思い返してみる。……ああ。

「そういえば、魔法一つで走り回っていたかも」

 シュリが僕の髪を乾かす際に使う風魔法一つに喜んでいた記憶がある。
 毎日喜んでいたものだから、今はもうタオルで拭くだけになってしまったけど。

「はい。余りにへんじ……他とは違っておられましたので、この別荘に居るのです。面会も信頼のおけるお方としかしておりません」

「へえ、ここって別荘だったんだ」

 変人と言おうとしたところは聞き流して、実はちょっとした軟禁状態だったというのは衝撃だった。
 もう首切られる一歩手前、なんて悲しいことにはなっていないことを願おう。

「ではご案内します」

「もう覚えてるんだけどね。食堂の場所」

 でも案内されるのが貴族なのだろう。
 僕は改めて初対面となる僕の家族に、少し緊張しながら食堂へと向かった。




 ロペス家の別荘の食堂は広く、そこに置かれた巨大な机は長い。

 具体的にはその長方形の一辺だけで十人くらい座れそうで、収容人数で言えば二十二人が余裕をもって食事が出来そうだ。
 学校で言うなら田舎の一クラスくらいは全然平気、ということだ。

 そんな無駄に大きい机には既に染み一つないテーブルクロスが敷かれ、等間隔で花が活けてあった。
 そして寂しいことに椅子が五つだけ。

 正面の二つは両親。その両脇は兄弟。そして一番の下座に当たる僕の席。
 僕は座って、食堂の時計を見上げる。

「三十分前。完璧だね」

「はい。無駄に完璧ですね」

「じゃあ暇つぶしするから絵本頂戴」

「はい」

 僕は最近、シュリが言うほどではないが、たゆまぬ努力をしている。
 具体的には毎朝個人的に書き取りの練習をして母国語を鍛え上げた。

 結果、なんと絵本程度の文字ならば読めるまでに上達したのだ。

 目覚ましい成長だった。以前の僕では考えられない知力だ。

 そしてこの成果に味を占めた僕は、今回からもう少し難しい絵本を利用してやろうと考えた。
 地道に文字を攻略しようという魂胆である。

 というわけで今日の教材は、『森のリスと小さなウサギ』というものである。

「……これなんて読むの?」

「木の洞です」

「これは?」

「樹液です」

 こんなやり取りを繰り返して、二十分。

 両開きの扉が開いて、メイドを何人か伴って人が入ってきた。

 長い髪は僕と同じ金髪。紫のドレスは金のボタンや刺繍で装飾されている。
 それに見合うくらい綺麗な顔立ちだけど、何より自信たっぷりなその表情が、彼女の特徴だろう。

「お久しぶりです。アリア姉様」

「お久しぶり。クロウ。……何か今日は元気そうね」

 ロペス家長女、アリア姉様だ。

 お姉様といっても、 多分僕はそこまで自分たちを知っているわけではない。そしてそれは彼女も同じだろう。
 僕は彼女がどんな生活をして何が好きかは知らないし、アリアも僕がどんな生活をして何が好きか全く知らないだろう。。

 僕達家族は大抵こんなものだ。が、こういう距離だからこそ互いに仲良く会食も楽しめたりもする。

「シュリも元気でなにより」

「はい。お陰様で」

「もっとクロウに振り回されるかと思ったけれど……どうも貴女の方が一枚上手だったみたいね」

「はい。お陰様で」

「……ねえ、私尊敬されてないの?」

「はい。お陰様で」

「えええ」

 アリアの威風堂々とした表情が形無しである。もう、この侮られやすさはロペス家の血筋らしい。

「シュリ。この文字は?」

「毛皮です」

「クロウ。毛皮もわからないの? 相変わらず字が苦手なようね」

「はい。でも最近は物覚えがよくなってきた……気がします」

「貴方は私の弟なのよ。物覚えがよくて当たり前なの」

 ツンとすましたように言って彼女は席に着いた。もちろんメイドに椅子を引かせて。

 そして時間が来るまでの間、彼女も暇つぶしをするらしい。

 彼女の暇つぶしの道具は、赤い宝石だ。
 といっても鑑賞したいのでなく価値を調べたいようで、ルーペ越しに難しい顔で見つめている。

 彼女は宝飾店でも経営しているのだろうか。
 少し気になったけど、話すことはしないでまた絵本に目を落とす。

 二人の間に会話がなくなって、五分。

「おやおや、我が娘達は勤勉みたいだよ。イリーナ」

「……」

 兄弟の一人が出て来る前に、両親が来てしまった。約束の時間の五分前だった。

 おっとりと優しげな笑みを浮かべる父、エドワード・ロペス。
 その隣でエスコートされる、不機嫌そうなイリーナ・ロペス。

 彼等は流石は貴族と言うような立ち振る舞いで、椅子に座る。
 立つ姿も座る姿も気品があるのだ。本当に僕はあの人達の血を引いているのだろうかと思ってしまう。

 特に父はそのあたりを厳格なまでに実行して、きっちりと貴族をしていた。
 対する母はいやいややっているようで、敢えて足を組み、その威厳を崩している。

 この二つの差が、彼らの内面を示しているのかも知れない。

「クロウ。君はまだ絵本から卒業できないみたいだね。流石にロペスの名が傷ついてしまうよ」

 記憶の中のエドワードは特に野心を持つわけではなかった。けど、ロペス家への愛は重い方だ。
 多分家の名前というのは彼の存在意義であり、誇りであり、大好きなものに違いない。

「そろそろ言語学の先生に来てもらおうか? いい先生が居るんだ」

 だから、ロペスの血を引く僕や兄弟を事あるごとに支援しようとする。

「別にいいじゃないか。人のは向き不向きがあるってものさ」

 投げやりに言い放つイリーナは、逆にそういった家柄に興味はない。多分、愛やら友情やらも必要としない。
 彼女は非常に自己愛の強い人間なのだ。クロウの記憶からしてそれは間違いない。

「私の子なんだ。放っておいても何とかなる。現に何とかなってる」

 だから、彼女の息子である僕は全幅の信頼を置かれていたりする。

 一人は厳しく一人は優しい。僕にとってはある意味いい両親だった。ちょっと変だけど。

「それにしても、ギーシュはまた遅刻か」

 エドワードが壁の時計をちらりと見て、少し笑顔を曇らせ、ため息を吐く。
 ギーシュの遅刻は毎度のことで、その度にエドワードが不満を漏らしている。

 でもイリーナはそれについては寛容らしい。

「仕方ないだろう。あれは研究主任だ。噂によると研究所に入り浸ってるらしいじゃないか」

「しかしねえ、こうも家をないがしろにされると立つ瀬がないよ」

「研究とは国の未来を照らす明かりだ。何が照らし出されるかは分からないが、そっちを優先するのは当然だろう」

 二人の会話はいつもこういう話だ。
 全く面白みのない会話だけど無視するのは失礼だ。僕は絵本を仕舞って会話を聞く。

 そこからさらに十分。

「……お、また、せ」

 半ばゾンビのような最後の兄弟が入ってきた。
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