恵まれすぎてハードモード

想磨

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1-5疑心と呆れ

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 ゲイルは、酒場通りに紛れ込んでいる子供を見てすぐに感づいた。
 こいつは家出した子供に違いないと。

 そして冒険者の手続きをしている間に仲間を走らせ、親を呼んでやろうと考えた。
 でも、仲間を幾ら走らせてもそれらしい親は見つからない。そうこうしている内にレイブンと名乗った少年は行ってしまった。

 その一時間後、仲間がやっと情報を掴んだ。
 と思えばなんとそれは偽名であるはずのレイブンで手配された指名手配書だったのだ。

 しかも罪状は盗みという、指名手配するにはいささか軽すぎる刑罰で、その上生きたまま捕らえろと言っている。

 何かある。というか、子供は被害者だ。
 そう考えたゲイルは早速馬を走らせ、レイブンを追いかけるのだった。


「ってのがあらましだ。どうだ名推理だったろう?」


 以上、事の首謀者である自称団長、ゲイルが自慢げに話した説明である。

 机に座って、対面のこの男の説明を受けて、指摘したい事は一つ。
 僕を襲った理由が全然説明されていない。というか、本当に理解できない。何でその話からいきなり僕に襲い掛かったのか、どうやっても繋がらない。

 僕は貴族の中でもかなりの穏健派だ。人とはあまり争いたくはない。だけど敢えて言おう。
 意味不明すぎて、そのしたり顔を殴ってやろうかと思った。

 例え狐革の防寒具を提供してくれても、僕が用意していた食料とお面、それにコートを回収してくれていても、それとこれとは全く関係ない次元だった。
 どれだけ良くしてもらっても、印象はプラスにはならない。

 でも、縄で縛られた挙句、仲間に冷たい目線を向けられる彼に、更に鞭打つ真似というのも気が引けた。
 というか周りの空気が冷たすぎて、このまま後ろのたき火に放り込まれそうな勢いで、僕が手を下さずまでも、とすら思ってしまった。

 だから罵倒の代わりにきちんと質問をする。

「じゃあなんで僕と戦ったの? 戦う理由ないよね?」

「ありゃテストだ。訳ありらしいからな。実力があれば無理にでも引き込むし、無かったら孤児院にでも入れてやろうと考えてたのさ」

 前言撤回、この男には言ってやらねばならないことがある。

「一つ、いや三つほど言いたいんだけど……。説明もなかったよね。というか捕まえようとしてたよね。というか入団は一回断ったよね」

 たった今この男が言ったことが全く信用できない。
 今こうしているのは時間稼ぎで、今に出入り口から追手が来ると考えた方がまだ辻褄が合う。

「何言ってるんだ。一回断られたくらいで俺が引き下がるわけねえだろ? てか説明したら抜き打ちにならねえじゃねえか。どうだ? 本気で抵抗しただろ? 因みに合格したからお前の仲間入りは決定している。拒否権はねえぜ」

 ニカっと笑う彼に、僕は頭を抱えてしまった。

 つまり、こんな見ず知らずの子供を是が非でも仲間にしたいと言うのだ。全く意味が分からない。
 と言うかその説明で全て事足りてると考えてる脳の足りなさが、いっそ哀れだ。

 それが真実だとしたら、あれで仲間に出来ると考える馬鹿だ。
 嘘ならば、こんなでまかせで納得させられると考える馬鹿だ。

 彼は、一時でも僕のヒーローだった。高レベルの冒険者で、一夜で町から町まで移動して見せて、そして不敵に笑って見せる、凄い人だった。
 が、今やその時の憧れが瞬く間に消え去って、もう馬鹿にしか見えない。というか

 それでもこの馬鹿を何とかしろ、という言葉を飲み込んで、周りを見る。

 すると一人の少女が先ず話し出した。

「ご、ごめんね。団長はパッと思いついた途端に動くから……私もよく分からない時があって、全然話に着いていけなくて、今も着いてけないし」

 尻すぼみ気味にそう言ったのは、僕が殺人タックルで殺しそうになった少女だった。

 長いツインテールをして、それを胸の前に持っていきモジモジと両手で弄っている。
 大きな茶色い上着を鈴の形の留め金で留めて着ている彼女は、そうして縮こまっているとまるで上着に埋もれているようだった。

 その様子と内面は同じ様で、ここで一番幼い彼女は人見知りが激しく、鎧を着た女性の足に隠れている。
 それでも僕には興味があるらしい。赤みがかった小さい手で顔を隠しながらも、僕をジーと見ていた。

 実は僕も、彼女に興味津々だったりする。
 というか聞いてみたい。


 その頭に乗っている宝箱は何ですか、と。


 丁度髪を縛った位置にあるそれは、一見髪飾りみたいだ。いや髪飾りなのだろう。
 なのだろうけど、だがしかし、その髪飾りであるはずの宝箱が、何やらカタカタ揺れているのだ。

 それは決して彼女の体が震えていると言う訳ではない。自発的に動いているとみて間違いない。

 彼女はミミルという名前だと自己紹介されたものの、その情報の前にその宝箱に何が詰まっているのか知りたかった。

 あれには何か詰まっているのだろうかとか。
 なんか視線を感じるんだけどとか。

「悪かった。てめえはガチで逃げてるってのに団長がこんな余興みてえなものを作っちまって」

 次に謝り、ゲイルの頭を思い切り下げさせたのはギルという少年だった。

 このテントに入っていの一番に名乗って更に謝った少年は、あの戦いの時に鎧を着ていた人らしい。
 鎧は二人居て、今の彼はシャツと吊りズボンだから全然見覚えがないけど、その声は聞き覚えがある。
 僕に突っ込んで鎧を投げつけられた方だ。

 あの時の怒声といい今のぶっきらぼうな口調といい、どう聞いてもヤクザのそれなのだけど、その態度は真逆の、誠実かつ礼儀正しい子供だった。
 今もきっちり九十度に頭を下げて微動だにしない。これを展示して、これが正しい謝罪の形です、と看板を立てても違和感がないに違いない。

 でも露出した腕にはうっすらと筋肉が付いていて、その上少し上へと切れるような目尻が少し不良みたいな印象を与えているのが少し損だった。

 言ってしまえば、ヤクザの息子みたいなのだ。

 ……まあ、奥様方には需要があるかも知れない。

「安心してほしい。これは後で搾り上げるから。物理的に」

 最後に話しかけたのは高身長の女性だ。

 話すついでにゲイルの頭を更に深く下げさせ、机に叩きつけた彼女は、クラリスというらしいのだけど、これには心当たりはなかった。

 けど背格好からもしかして鎧ごと投げ飛ばしたその中にいた女性かも知れない。

 特徴は、この中で一番怖いということだ。
 背が熊の様に高いし、眼光が餌を狩る前の野獣みたいだし、表情一つ一つに何だか凄みがある。

 でも、何が怖いかと言えばその殺意に近い感情の全てが団長であるはずのゲイルに向いていることだった。

 名前はまだ聞いていない。怖いから聞く気もない。

 他にも五人くらいテントの中に居て、いくら広くても流石に少し窮屈だった。

「ま、まあいいよ。今は敵じゃないって信じる。それにこの分だと強制入団もないみたいだから」

「よくねえよ。俺の頭がゴリゴリいってるんだが? 机もミシミシいってるんだが?」

 ゲイルはしばらく無視だ。

「で、それでここはどこなの?」

「おい聞けよ。スキンヘッドから禿げになるぜ。こりゃ」

 僕の質問にギルが地図を取り出して、ゲイルの後頭部を無視して広げた。

「どっちも変わらねえだろ。っとここだ。北の国境の、丁度出たところだな。団長曰く流石にここまで追手は来ないだろう、だってさ」

「北の国境……大体七百キロはあるよね?」

 これが正しいなら、少なくとも僕を追手から逃がしてくれた、という主張は一応正しいことになる。
 一応……だけど。

「ほう。文字は読めなくても地図は読めたか? そうだ。少し無茶な行軍をした。お陰で足がパンパンだ。頭も地味に痛い。分かるぜ。毛根が死滅するときの痛みだ」

 でもたった数日で七百キロを駆け抜けるなんて、化け物の集団だ。
 日本でいえば北海道を縦断して更に帰ってきたという距離に相当すると考えれば、その無茶苦茶ぶりがよく分かる。

 多分、彼らはかなり腕の立つ冒険者なのだろう。
 だからこそ、あまり信用せず、油断せず、適切な距離を取る必要がある。

 裏切られたら堪ったものでないし、この謎の集団が裏切らないという保証はどこにもないのだ。
 特にこのゲイルという男は、何を考えているか分かったものでない。

 本当に馬鹿ならいいのだけど、馬鹿を装った何者かだとしたら……。

「まじで禿げる。お洒落から加齢に変わるって」

 ……今は髪の事を考えてるらしいのは確かか。



「料理できたよ!」



 唐突に、テントの外で声がして思考が邪魔された。
 それは皆も同じらしく、一斉に声のした方を見る。

 でも僕とは全く違った心境らしい。

 辺り紙が震えるほどの歓声が、一気にテントを満たした。
 大音量なんて話でない。咄嗟に耳を塞ぐ。そのまま見ていると、テントからまるで波が引くように人が居なくなっていった。

 皆が皆、我先にとテントを出ているのだ。

 ゲイルなんてロープを引き千切ってしまっている。

「おい、何で出てるんだよ! 団長は飯抜きだろ!」

「馬鹿言え! これの為に生きてると言って過言じゃねえんだぞ!」

「それこそ馬鹿だ。団長はご飯でなく風ぞ」

「姉御! ミミルが居るんですよ!」

「何!? なんですか!? それって団長はもっとおいしいもの食べてるんですか!?」

 一斉にテントから出ていくその勢いと言ったら、テントの出口が裂けそうなほどだ。
 その後姿は、群集心理と言うかパブロフの犬というか、……ああそうだ。羊飼いに飼われている羊だ。そんな風に見えた。

「……話を中断させた上に部外者を放置ってどうなのかなあ?」

 呆れてしまったけど、彼らを羊の様にしてしまう料理に興味が無い訳でない。むしろ興味しかない。
 好奇心のまま後を着いていくと、そこにはもう同じ型のテントがあって、そこからいい匂いがしていた。

 料理と言うのは何かの隠語なのではと思ったのだけど、本当にご飯であれだけ盛り上がっているらしい。
 
「……本当あの人達何者なんだろ?」

 正直言うと、僕もお腹が減っている。ご相伴にあずかれるかも知れないから、そのままその中に入ってみよう。


 そこをくぐって現れたそれに、彼らが喜んだ理由が分かった。


 入った途端、こんがり焼いた肉の匂いとステーキソースの濃厚な香りが混ざりあった空気が溢れてくる。
 目の前には大きな机。その奥にはアイランド式のキッチンがあって、美味しそうに焼けた肉と黄金に透き通ったスープがあった。

 貴族として美味しいご飯を詰め込んだことがあるけど、それと遜色ない料理だ。

「はい皆並んでー。押さないでー」

 その料理の中心で、優しそうな顔立ちの青年がコック帽を被り、ステーキを手に皆に指示を飛ばしている。多分彼が作ったのだろう。
 ステーキとスープに群がって受け取っている中身子供なギルドメンバーを、とても嬉しそうに眺めている。

 そして僕を見つけて

「あ。またゲイルが拾ってきたんだね。初めまして。僕シラス。大丈夫、いつも人数分以上用意してるからね」

 と言ってもう一セット用意したのだった。
 僕はその時、ゲイルの質を完全に理解した気がした。

 いや、何度もそんな感じはしていたけど流石にないだろうと否定した事を、信じるしかなくなった。

 つまり、何かを隠そうが、腹に一物持って居ようが、その性根は底無しのお人好しで、それを押し付ける奴なのだと。

「……何か、頑張って損した」

 お腹が減ったし、僕もご飯を食べよう。
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