恵まれすぎてハードモード

想磨

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1-7 懐かしのメイド。そこから始まるサバイバル

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「やあ、久しぶり。元気してた?」

「お久しぶりです。レイブン。貴方には国王直々に捕縛命令が出ています。足切断で済ませるので大人しくしてください」

 和ませるために軽く挨拶をしてみたけど、シュリはレイピアを構えたまま僕を見据え、相変わらず無表情のまま人の話を無視する。
 その反応は五年前と全く変わらない。というか服装も年齢も全く変わっていないように見える。

 彼女だけ時間が止まったみたいだった。

「少しは再開を喜んだら? それに見知らぬ人のテントを裂いて謝りもしないの?」

 もっと軽口を言っていたら、顔面に剣先が突き込まれていた。
 寸でのところで短剣で弾くけど、それは顔の横すれすれを通過している。

 僕が弾かなかったら、眼がくり抜かれるところだった。冷や汗が全身から溢れる。
 見上げると、見下す彼女の、皴一つない無表情の顔がよく見えた。

「腕が鈍りましたね」

「ご、五年間、ろくに鍛えられなかったからね」

 頬を掠めて、耳の辺りも切ったのだろう。熱い感覚がした。

 どうやらシュリは僕を完全な敵と見做しているようだった。
 訓練で感じたことがない冷たい気配と、鋭い剣捌きだった。

 であるならば容赦はできない。どんな卑怯な手を使っても倒すしかない。

「おい待てレイブン。そしてシュリ。俺を忘れちゃ困るんだが?」

 ここでゲイルの物言いが入った。

 当たり前か。図らずも僕とシュリの間に挟まれることとなってしまったのだから。
 それに後数センチずれていたらわき腹に穴が空いていたのだ。不満がない方が可笑しい。

「つーか、人様のテントで暴れまわらんでくれないか? いやその前に、何でお前がシュリと知り合いなんだ? この際誰でもいい。教えてくれ」

 けど、その質問は全く予想していなかった。

 どうやら、彼はシュリと知り合いらしい。僕もゲイル同様それは知らなかった。
 まあでも、知りたいようだから素性が知られない範囲で答えておこう。

「教師です」

「教え子だった」

 ほぼ同時に言うと、彼が天を仰いで途方にくれていた。

「まじかよ。道理で強いわけだ」

 そこでシュリの目線が僕からゲイルに移る。

「レイブンと戦いましたか? 感想は?」

「そうだな。甘ちゃんだが自分の状況をよく理解している。それに常に奥の手を隠していやがる。戦って勝てない相手じゃないが、戦って後悔する相手だな」

「三十点ですね。私が鍛えていながらこんな二流にも勝てないなんて」

 辛口だ。その審査に口を尖らせてしまう。

「子供に大人を倒せって無理な話だよ。それに鍛えてたって二年くらいじゃない」

「二年あれば十分なはずです」

 と言いながらシュリが力を込めた。レイピアがぎりぎりと迫ってきて、頬に新たな血筋が出来る。
 可笑しい。金剛石の魔石は人を投げ飛ばせるくらい強くしてくれる。なのに彼女の力に押し負ける。

 これがレベルの差というものか。

「というかシュリ。聞いていたでしょ。僕はあそこに居ちゃいけないんだ」

「いいえ。貴方の作る武器は素晴らしいものでしたよ。それに武器というのはいずれ散逸するものです。そして、何より、あなたが長々と話したのはただの方便でしょう」

「そ、そんなことないよー」

「貴方は常にそうでした。余りにも力に無邪気すぎるのです」

「別にいいじゃん。世界を維持できて、僕も楽しめる。一石二鳥だよ」

「維持でなく、発展を目指して下さい」

 どうにも彼女は僕の質を理解しすぎているらしい。多分説得は無理だ。
 いや、説得をするつもりは毛頭なかった。

 僕は彼女を何とかしたいだけなのだから。
 会話で時間を稼いで、策を練りたいだけだったのだから。

「じゃあ! 僕はどうすれば」

 話しながら上体を伏せて、左手を放す。

 両手で支えていたものが片手で押し返せるわけもなく、力負けした短剣がレイピアに押し込まれた。

「うおっ」

 迫る刃にゲイルも思い切り飛び退いた。犠牲は僕の髪の毛数本で済んだみたいだ。

 追撃が来る前に、くすねていたもう一つの閃光薬を叩き割る。
 寸前で目を閉じると『収納空間』で使った時と変わらない、眩い光が瞼の裏で明滅した。

 カメラのフラッシュを何十倍にもしたような光量だ。効果はお墨付きである。

 これで間違いなくシュリの視界は奪った。僕が何処にいるか気配を探っても大体しか分かるまい。
 更に念には念を入れる。僕は魔石の一つを、シュリが居るだろう方向に投げて、手を頭の方へやる。

 ハイスペックな彼女は予想通り、光で見えないはずなのに反応して、レイピアで切り払う。


 耳をつんざく大爆音が、あらゆるものを揺らし震えさせた。


 テントが震えて、カップが弾かれ地図はどこかへ飛んでいく。
 僕は耳を塞いだ手をそのままに、シュリから距離を取って様子を見る。

 僕が使ったのは爆音の魔石。大音量を響かせる使い捨ての魔石だ。
 周りの人間全てに影響する魔石なんて、孤軍奮闘を強いられるだろう僕にはうってつけだと思ったのだ。

「脱出最後はこんなのばかり育ててたけど、正解だったなあ」

 僕の持っている魔石は延命、軽身、疾駆、金剛力、水中呼吸、発光と、それ以外はこういった一回きりの魔石だ。
 で、その使い捨てを使い捨てた甲斐があったのか、というと……

「まあ、全然ないんだけどね」

 シュリはなんと立っていた。
 くらくらしているようだけど、レイピアを構え注意を払っている。

 威力が足りなかったわけではない。現にゲイルは倒れている。
 彼女の何かが、音の暴力を防いだのだ。

「……というかこっちの方がダメージがキツイ。頭キーンてする。耳痛い」

 僕の手はきっと、彼女を守るそれよりもずっと無能だったのだろう。
 耳を塞いでいたのに、少し足がふらつくくらい辛い。

 頬を叩いて、気合を入れなおして短剣を構える。

「よし治った」

 気絶していないとはいえシュリは今、強烈な音と光を浴びて、五感のうち二つを潰されて動けない。
 ここが攻め時だ。足を傷つけて追えなくしてやる。

 僕は短剣を手に走り寄り、振るった。
 狙いは太ももだ。ここは太くて可動域も狭いので、かわしにくい。

「へ?」

 なのに、僕の耳には金属音。そして刃が刃に止められるという光景。
 何故か太ももを狙った攻撃はレイピアに弾かれていた。

 そして逆に斬りかかられた。

「うわっ!?」

 慌てて距離を取り、すぐに回り込んで横からも試してみる。

 それも防がれた。レイピアだ。
 レイピアが何故か短剣を先回りして、的確に止めてしまう。

 前後、左右、上下。
 どの方向からどれだけ攻撃しても必ず受け止めて、反撃されてしまう。


 間違いない。彼女は目も耳も使わずに僕を把握できるらしい。
 多分、二年間で僕の動きを全部知っているか、もしくは魔法的な何かだろう。

「いやいやいや、あり得ない! 目も耳も使えないのになんで授業と同じ動きが出来るんだよ!」

「……匂いでわかります」

「動物!?」

 と、違う。話したということは耳が回復したということだ。多分目も。

 その推測を証明するように、シュリの目が開いて、構えが変わる。これは確かかなり攻撃的な構えだったはずだ。

「行きますよ」

「あ、悪夢の再来だ!」

 シュリが踏み込んで、レイピアを突き出した。と思えば切っ先がもう間近に迫っている。
 短剣の腹で剣先を受け止めると、あまりの衝撃に肩関節が悲鳴を上げる。

 随分と重い一撃に疑問が浮かんで、直ぐにその訳を思い出した。

 彼女のレイピアは他の物より少しだけ分厚く作られていて、攻撃の重みを増させているのだ。
 それのお陰で突きは当然、斬り付ける行為も決定打になりうる。

 この二つの攻撃を利用した流れるような攻撃が彼女の脅威だった。

 レイピアだからと軽い気持ちで受け止めるとその重みに負けて両断されてしまう。けど、しっかり受け止めても手数で押されて切り刻まれてしまう。

 だからこれの正解は一つしかない。

「受け流す!」

 直ぐに来た二撃目の袈裟切りを、短剣の短い刃で無理やり受け流してやる。

 同時に地面を叩き割る勢いで彼女の足を踏む。
 けどそれが避けられ、逆に踏まれて動きを止められてしまった。

「終わりです」

 受け流されて地面に刺さったレイピアが、それを削って滑るように迫る。

「まだまだ!」

 僕にはまだ手が残っている。魔石で受け止める。
 この魔石は『衝撃の魔石』で衝撃を受けるとそれと反対方向に何倍かの衝撃を発生させる。

 勿論レイピアなんて簡単に弾き飛ばす。

 彼女は無手になった。
 けど僕はそれで油断しない。そして出し惜しみもしない。全部使ってやる。

 『急進の魔石』で引きずられる突進しながらシュリを殴り飛ばして、その上で『雷撃の魔石』を投げつける。

 突き飛ばされたシュリがテントを突き抜けて、あたりの大木に彼女がめり込み、雷撃が追い打ちをかけた。
 そこに爆炎の魔石を投げて、濁流の魔石もぶつけて、凍結の魔石で動きを止めて……



「よし! 逃げる!」


 僕は逃げた。

 当たり前だ。シュリの化け物ぶりは痛いほど知っている。戦って勝てる相手ではない。

 例え雷に打たれ、火に焼かれ、濁流に飲まれ、凍らされても普通に生きているだろう。
 どうやっても勝てないのだ。シュリは文字通り、ラスボスなのだ。

 そうなら、勝つ方面で何とか出来ないなら、逃亡の為に時間を稼ぐ方向で何とかするしかない。
 だからこその連撃と逃亡である。

 でもあのシュリがあれで一日休んでくれるとは限らない。いや間違いなくもって五分だ。

 だから今の内に距離を稼ぐべく、全速力で逃げた。
 雪の後ををたどられないように木の幹を蹴ったり、太い枝を使って飛んだりして、どんどん突き放していく。

 そして、その途中で僕は一本のクモの糸にたどり着いた。

「洞穴だ」

 これがジルの言っていたダンジョンなのだろう。
 いわば僕の目的地でもある。ここでなら、あの噂が本当なら、シュリを撒けるかもしれない。


 僕は躊躇せずそこに飛び込んで、奥まで走った。


 洞窟の中は暗く、とても冷えていて、なんであの時のローブを着てこなかったのかと頭を抱えたくなった。
 それに冬靴もほしいところだった。至る所に霜が降りていて、地面がごつごつする上に滑って走りにくい。
 狭いから転ぶこともないけど、冷え切った岩肌につく手がかじかんで痛い。手袋も必要だ。

 結局、ここは防寒着一式が必要な環境なのだ。なのに僕は王都から出てきたときの服装で歩いている。
 この原因は間違いない。鉄仮面だ。

「シュリめ。恨んでやる」

 それでも我慢して暗い中を走る。体を動かしていないと凍えてしまいそうだからだ。

 しばらく走っていると、前方から魔物の気配がしてきた。

 でもそれが何なのかは分からない。夜目は効く方だけど、こうも暗いとそれも無意味だった。

 追手に位置がばれるのは危険だ。けど知らない内に敵と相対するのはもっと危険だ。
 シュリに気づかれないよう自粛していたけど、使ってしまおう。

 すっかり軽くなったズボンのポケットから魔石を出し、指で弾く。
 すると石自体がまばゆく輝いて洞窟内を照らし出した。

「やっぱりあってよかったな。発光の魔石」

 これが持っている中の、最後の魔石だ。
 延命、軽身、疾駆、金剛力、水中適応、発光。完全に生き残るために厳選したラインナップはきちんとその役目を果たしてくれた。

 自分の方に光が来ないように指で押さえながら音のした方を照らすと、そこには僕がよく知る存在が居た。

「五体満足な奴は初めて見たけど」

 ゴブリンだ。どうやら地下に降りる横穴があってそこから出てきたらしい。
 そして彼も寒いのか、鼻水を垂らし、棍棒を持っていない方の手を脇の下に挟んでいた。

 気持ちが分かる。痛いほど。

 走って居なかったら僕もそんな風になっていただろう。

「……もうゴブリンは相手にしたくないなあ」

 およそウン千万というゴブリンの断末魔とデスマスクを思い出してしまう。
 しかもこんな人間臭くて、親近感が湧いてしまうゴブリンだ。

 相手取るなんてできない。

 でも奴は戦う気が満々らしい。僕に気付いて、鼻水をすすりながらもこっちに走ってきた。
 転びそうになっているけど、いや何度か転んでいるけど、間違いなく戦闘になるだろう。

「仕方ないなあ」

 寄ってきたゴブリンの棍棒を取り上げ、彼を遠くに蹴り飛ばして道を開ける。
 そして取り上げた棍棒を滑らせて返して、通路を下って逃げた。

「ごめんね」

 これでゴブリンを殺さずに更にダンジョン深くまで潜れるだろう。安心して、僕は横道に入る。

 でも、その目論見は外れてしまった。

 僕が入った場所はどうやらゴブリンの巣窟だったらしい。
 正しく言えば、魔物の巣窟か。

 奥が見えないくらい広い空間に、ゴブリン、スライム、その他諸々の異形の存在が至る所に居た。
 岩の裏や天然の地下水路の中、そして低めの天井にまで張り付いている。

 どうやら僕が歩いてきたのはただの洞窟で、ここからが本当のダンジョンみたいだった。
 早く安全地帯に逃げないと袋叩きに遭ってしまうだろう。

「逃げる場所は……あそこしかないね」

 僕は襲い掛かる魔物達の間をすり抜けて、発光の魔石をくわえ、地下水路の中に飛び込んだ。

 ここは、魔物だらけの水上よりも比較的安全な場所だ。そして水中適応のお陰で水の外よりも快適に過ごせる。
 何よりも、襲うとしても水中で生きられる魔物だけだ。

 水中の生き物はゴブリンと違って大抵表情が希薄で、断末魔もない。
 言っては悪いけど、何の躊躇いもなく殺せる。

 命はみな平等とは言うけれど、そうそう高潔なことを言ってられないのが人間だ。
 早速襲い掛かってきた魚の頭を掴んで握りつぶして、泳ぐ。

 もしかしたらこれも、顔面格差というものだろうか。なんだか少し胸が痛む。
 気を取り直し、僕は魔石をくわえた頭を動かしてなるべく広範囲を照らして泳いだ。

 ギルの噂話が正しいのなら、絶対この先にあれがある。

 滝が流れ込む場所が。

 滝がいくつも流れ込む、未だ誰も見たことがない空間の噂。
 それが本当にあったとして、一番手っ取り早く見つける方法が僕がやっているこれだ。

 つまり、滝を見つけたければその本流である川に流されてしまえばいい。
 水中適応の魔石がないシュリには絶対に出来ない荒業だろう。

「さて、『鬼が出るか蛇が出るか』」

 見据える僕の前に、一筋の光が見える。

 グングン近づいて、光が大きくなっていく。

 そして、僕の体は明るい空間に出た。
 浮遊感がして、周りを見る。


 大きな縦長の穴だった。地表まで続いて、鈍色の空を天井にしている大穴だ。


 高さも広さも日本屈指のビルがすっぽり入りそうな、それくらいの高さを僕は水と一緒に落ちていた。
 そしてその水越しにきらきらと煌めくのは全て水晶だろうか。壁一面にキラキラと柱状の透明な物体が生えている。

 いや、よくよく見ていると水晶は氷だった。

 ここには僕が流されているような滝が幾筋も流れ込んでいて、飛沫を空間に満たしていた。
 それが凍ったのだろう。透明な氷が壁面にいくつも生えているのだ。

 それにしても綺麗で幻想的な光景だ。惚れ惚れしてしまう。

 ずっと見惚れて、地底湖に落ちてもそれを見上げて、ため息をつく。
 吐息が泡となって僕の視界を離れて消えた。

 水の中から見ても綺麗だ。噂になるだけの事はある。

 と、僕のくわえている魔石を餌と勘違いしたか、魔物が集まり、そして僕に気づく。

「……先ずは地底湖の掃除かな」

 魔物の気配は至る所でしている。ここでやり過ごすにせよ潜伏するにせよ、生活の基盤は、先ずは安全からだ。

 僕は水中生物相手に水中戦を挑んだ。



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