ワーウルフが捧げる信仰

想磨

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1-2 町。それは地獄の入り口の代名詞

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 さて、目を閉じてみよう。
 そしてファンタジーという夢のままに、異世界の街並みを思い描いてみる。

 例えば、牧歌的で村と言った方がいい町。
 動物が放牧されて、子供たちの笑顔が弾けて、大人達も苦しくもやりがいのある農作業に勤しむ。
 きっと人間の幸福がそこにあるに違いない。

 例えば、発展して人が寄り集まった町。
 繁栄と活気に溢れ、栄華が極まったような町では昼夜を問わず享楽が提供されている。
 その世界の最先端を味わうならそこに行けばいいだろう。

 例えば、すっかり寂れて廃墟同然の町。
 人が居ただろう痕跡ばかりが散乱し、もう誰も居ないかと思いきや追憶に浸る老人がポツリといる。
 これも、盛者必衰を痛感し、散る桜のごとき美しさを見せてくれるに違いない。

 どれが来ても俺はきっとその街を楽しめるし愛せただろう。
 一方、俺が入る予定の町はと言うと……

「……これは何なんだ?」 

 最悪だった。
 うん。気が向いた。もっと具体的に罵倒してやろう。始めてみる異世界の町は、悪臭放つ上に異様に息苦しそうな場所だった。

 高い石垣が延々と続いていて、真ん中に開かれた大きな門があるのはまだいい。風情がある歴戦の面持ちだ。
 が、そこから覗く街並みがぎゅうぎゅう詰めで狭苦しい過ぎるのだ。

 縦長の家がぎっちぎちに詰まっていて、今にテトリスみたいに消え失せそうなくらいだった。
 広めにとって居る筈の道も、人やら荷馬車やらで大混雑ぶりを露呈している。
 その上多分、馬糞があちこちに落ちている。凄い臭い。

 あそこは何なんだ。噂に聞くコミケ会場もあんなひどくはないと思うぞ。

「しかもあれの中を、この馬車が通るっていうのか?」

 ポツリと呟くと、ヴィクターがテキパキと何かの準備をしながら答えてくれる。

「大丈夫だ。いつも人死には出ないからな」

「怪我人は?」

「イザベルは馬の扱いが上手いからな」

「……」

 何で、出ないって言ってくれないのでしょうか。何で直ぐにどっかに言ってしまったのでしょうか。
 ……出来るなら、面倒なことになりませんように。

 早速リーマンに祈りながら、門の方に近づく馬を見守る。
 すると門番が馬車に近寄って、イザベルに話しかけた。

「お疲れ様です。証明書をお願いします」

「……あ、はい」

 イザベルがまた一瞬ぼんやりした後、ポケットからくしゃくしゃな紙を出した。多分証明書であり、重要な書類なはずだった。
 ぞんざいに扱っていたそれを、のんびりと開き皴を親指で伸ばして、手渡す。

「確認しました。イザベル商会さん。どうぞ」

 慣れなのか、門番は全く動じなかった。
 しっかり業務をこなした彼に促され、護衛をしていたヴィクター達が俺と同じように荷台に乗り、遂に人込みへと馬車が入る。

 するとまるで水を割いて進む畝の様に馬車が進んでいった。
 よく見ると、ここの住人が巧みに動いて馬車が通る隙間を作っているのだ。

 しかも、全く大変そうな様子ではない。当然の様にやっている。

「無駄に高い統制力だな」

「そうか? 何処も似たようなもんだぜ」

「何処もこんなに窮屈なのか?」

 それは嫌な情報だ。知りたくなかった。俺としては出来れば牧歌的な風景をお目にかかりたかったのだが……。
 いや待て。もしかしたら田舎中の田舎にあるかも知れない。

 傭兵として生活が安定してきたら、ど田舎に行ってみよう。例えば山奥とか……ここって山何処にあるんだ。
 そうだ。地図が必要だな。後は……

「そうだ!! ヴィクター! 別行動しようぜ! 俺こいつをギルドまで案内するわ!」

「分かった。後で合流する。気を付けろよ」

「おう!」

 不意に誰かに腕を引かれて、考えが中断する。
 サディアスがニコニコと笑って、俺を人込みに引きずり込もうとしている。

 あの、凄まじい人口密度と熱気と湿度の伏魔殿に。

「ちょっと何を」

「ギルドだよ! このままじゃ日が暮れちまうからな!」

「いや待て。先ずは服をだな」

「ギルドで貸してくれるさっ」

「うわあ!」

 落ちる、と同時に酷い環境だと改めて実感させられた。

 暑い臭い息苦しい。景色を見ようにも人の頭がずらりと並んで邪魔をしている。
 一体なんだって俺がこんな責め苦を味わわされているのか、だれか教えて欲しいものだ。

「これだけで病気になりそうだ」

「そんな病弱なのか?」

「温室で育ってるからな」

 特に温度管理と湿度管理が素晴らしい場所だった。クーラー、エアコン、扇風機。冷えピタだって今は恋しい位だ。

 でも、たとえ文明の利器でもこんな最悪な状況は打開できそうにないな。根本的な解決をしないと絶対に無理だ。
 出来るなら人の数が減るか、この町が二倍くらい大きくなるまで唯一の安全地帯である荷台に引き籠りたい。

 のだけど、サディアスがぐいぐいと腕を引っ張り続ける。
 人で満たされて通れない所を、肩が抜けるほど引っ張られたりもした。

 どれだけ俺が苦しもうとお構いなしで、気分はラブラドールに引っ張られる飼い主だった。

 そんな訳で俺の体力は、ギルドに着いた頃には瀕死状態になっていた。
 勿論、精神面での話だが。

「これで、ギルド内まで人がテトリスしていたら、俺はきっと死ぬぞ」

「何だテトリスって?」

「パズルの一種だ」

「ふうん。でも安心しろよ。そんなに人は居ないからさ。あ、でもある意味死ぬかもな」

 にやりと笑うサディアスは、何か悪戯を思いついたようだった。
 何を考えている、と言う前に奴が扉を押し開けて、中に引き込まれる。 

 ちょっと待て。せめて覚悟をさせてくれ。

 硬く目を閉じて、身構える。

「ようこそ、傭兵ギルドへ!!」

 そんな俺に、明るい女の声がしてきた。
 目を開いてみると、更なる地獄を覚悟して入ったそこにはメイド姿の女性が居た。

 まるでアイドルみたいな笑顔で、完璧にポーズも決めて、いっそあざとい位の美少女だった。
 が、それでも全くムカつかないのは、右手に釘バットを持って居るからだろう。

 ムカつく前にギャップに驚き、そこの付いた奇妙な染みに背筋が凍る。ムカつく隙などありゃしない。
 やっぱりここは地獄だった。

「な、悩殺されたろ?」

「そ、その物騒なものがなければ」

 俺達を前に、メイド姿の女性が話し出す。
 あざといポーズ付きで。

「ここはぁ、日々血で血を洗う戦人の集う場所でぇ、生半可な奴はお呼びじゃないんだぞっ」

 語尾に音符やらハートが付きそうな口調何だけど、言っていることは全然ハートが付きそうにない。
 いや血まみれのハートなら付きそうだな。うん、もう血みどろハートが付いているようにしか聞こえない。
 
「それでも入るって言うんならぁ。案内しちゃうんだからっ」

「おう、お願いするぜ。キリカちゃん。こいつ初めてだから」

「はあいっ。じゃーあ、使えもしない新人一人、ごあんなあいっ」

「酷い言い草だな」

 可愛いポーズも決めているのに、全然胸がときめかない。何なんだこの残念美少女。
 もう少し口調と悪口をなくせば、魅力で世界を狙えそうなのに。

 いっそ無口キャラにしてしまった方がいい気がする。

「早く付いて来いよっ。クーズっ!」

「ははっ。あんな明るく悪口言われたの初めてだ」

「時期に嵌るぜ」

「そんな趣味はない」

 あらゆる意味で口が悪いメイドの後ろを付いていく。
 ギルド内は外の喧騒とは打って変わって意外と人が少なかった。が、その理由は考えてすぐに思い至った。

 皆、ここで仕事を受けて現場に行くのだ。ここに溜まるわけがない。当然の事じゃないか。

「そのお陰で観察もし放題だな」

 入ってすぐに広がるこのカフェエリアみたいになっている空間と、L字のカウンターはさしずめ受付と言った所か。
 そしてそのカウンター越しに書類が詰まった棚や職員の作業机があり、俺達はそこを過ぎ去って建物の奥に行く。

 キリカと呼ばれた少女が行くのは、突き当りにある階段だ。

「下に降りまあすっ」

 指示通り降りると、地下は随分と広い空間になっていた。
 運動場みたいに土が敷き詰められて、焚き火の薄明りがぼんやりとその土を照らしている。

「何だこの広い空間は?」

「訓練場でぇすっ。そして試験場でもありまあすっ」

「へえ、試験場」

 つまりここで俺は何かをしなければならないのか。
 それにしても不思議な地面だ。機械でやったようにきちんと均されてしっかり固められている締まっている。ここにも類似した工具があるのだろうか。

 気になってしゃがんで土を触る。

「っ!?」

 いやあ、良い土だ、とは言えなかった。
 俺には土の知識がないし、何より頭の上を何か高速で過ぎ去った気がしたからだ。

 横を見ると、釘バットを真横に振り抜いたキリカが居る。

 綺麗に束ねた髪が靡いて顔が見えないけど、彼女がやったことは分かった。
 俺の腹辺りをバットで叩いてやろうとしたってことは嫌と言うほど分かってしまった。

 冷や汗が背中から噴き出すのを感じる。頭が同時に血の気が引いていく。

 そして、キリカと目が合う。

「じゃあ、試験を始めまぁぁす」

 その殺気に、俺は反射的に人狼に変じて飛びのいていた。

 釘バットが巻き上げる砂埃を狼煙に、唐突に戦いの幕が開く。
 
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