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1-3 人狼というもの
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一先ず外套をきちんと着込んで、キリカの様子を伺う。
と思ったらもう目の前に釘が迫っていた。
「とお!?」
痛そうな釘の頭に、妙な声を出る。
でも案外反射神経が良かったらしい。横っ飛びで避けられた。
と思いきや今度は衣擦れの音がして、身構える前に胸倉を掴まれる。
「おっそいよっ」
「あんたが速すぎるんだよ!」
と言う言葉は多分ドップラー現象を起こしただろう。
俺を真横に投げ飛ばす様は、バットを振り回すのと同じだった。
まるで一キロもない人形みたいに、投げ飛ばされた。
その勢いは、全身複雑骨折コースだった。全治三か月コースだ。
「ギブスまみれは御免だ!」
迫る壁の寸前で両手足で着地して、直ぐに四つ足で走り出す。
と、風切り音がして、何かが踵を掠った。
同時に後ろで凄まじい音が轟いた。
「ひいいいい!」
「逃げるなあああ!」
「嫌だあああ!」
有り得ない。あのメイドは爆発物がないのに。後ろから爆発音が追って来る。
ぶんぶんとバットを振り回して、地面を破裂させる悪魔が迫ってくる。
一体何なんだ。何でこうなった。俺は何でキリカに命を狙われているんだ。
何も理解できない。ただ、逃げないと間違いなく俺は死ぬという事だけは分かる。
幸い、訓練場は広い。逃げ回るには嬉しい設計だ。
よし、とりあえず逃げながら説得しよう。
「キリカさん! 一体どうしたんですか!? 怒ってるんですか!?」
「何寝ぼけたこと言ってるのぉ? これはぁ……試験だよっ」
「し、試験?」
「そう! 傭兵ギルドは覚悟も実力のない奴は要らないのっ! だーかーらー、入れて欲しいなら私を倒して見せてッ!」
そんな唐突な話があってたまるか。しかも俺はまだギルドに入りたいですとも言っていない。
「おーいユキ」
「サディアス! 助けて!」
「代わりに戦えってんなら無理だぜ。でも得物を準備してやる」
「得物!?」
何戦わせようとしてるんだ。俺は逃げたいって言うのに。
「だから、筋力を五割増しにした数字に十を足せ」
「はあ!? 出来るわけないだろ!」
「でも重量が合わねえ武器を選んだら大変だぜ」
「じゃあ今確認するからそっちでやれ!」
バットの一撃をかわして、素早くステータスを確認する。
筋力、筋力。あった。
「五十一! 五十一!?」
思わず二度見してしまった。何故か何もしていないのにステータスが上がっている。
もしかして、これが人狼になった影響だろうか。
「これを五割増し、で十を足すと……八十六か。おお凄いな。ユキ!」
「何がだ!」
「お前八キロ前後を余裕で振り回せるぞ!」
「それが何だってんだよオオオ!」
「だって俺このくらいを自由に触れるようになったの一年位前だし。確か二十五レベル位になってからだな」
つまり、今の俺の筋力は八レベルくらい上なのか。流石人狼だな。
「って凄さが分からねえよ!」
後ろにバットの風圧を浴びて、冷や汗が噴き出す。
もう何でもいいから事態を好転する何かが欲しい。
「じゃあこれだ!」
サディアスが訓練場の隅から何かを投げつける。
丁度目の前に来たから受け止める。……って
「何だよこのどでかい剣は!」
「七キログラムの鉄の剣だ。全長は大体俺の身長くらいかな」
「使える訳ないだろ!!」
こっちは木刀だって振ったことのない文系の人間だぞ。
「でも普通に走れてるぞ」
「……!?」
そう言えば全然普通に走っている。それに重さを感じない。アルミで作った剣だと思うくらい軽い。
もしかしてこれなら……。
「行くぞお!」
振り返って、剣を横に薙ぎ払う。
と、キン、と甲高い音が鳴って、足元に何かが落ちる。
目の前のキリカはバットを振った後だった。そしてそれは傷一つ付いていない。
視線を落としてみる。細長い金属片が転がっていた。剣に非常に酷似している。
最後に、手元を見てみた。剣は、折れていた。
俺は、走った。走って逃げて、思うままに叫んだ。
「やっぱりこれアルミじゃないのか!?」
「いや、キリカとまともにやり合うのがいけないだろ。そいつ人一人くらいは簡単に持ち上げるし」
「早く言え!!」
と言うのと同じタイミングで爆発が起きて、背中に重い何かが降りかかる。
この匂いは覚えがある。
「土かっ!」
生き埋めなんて悪趣味な。
埋められる前に真横に飛ぶ。
「あ」
視界に、メイドのフリルとにやりと笑う少女が見えた。
「捕まえたっ」
お腹に釘バットがめり込む。
その数瞬後に耐えがたい吐き気と痛みが襲って、ふっ飛ばされる。
最悪だ。直撃した。腹から背骨まで激痛やら鈍痛やらが暴れまわっている。
受け身も取れない。地面に転がって天と地が分からない。
でもこれだけは言っておこう。
「捕まえて、ないぞ。リリースしてる、ぞ」
「良く話せるねぇ。すごぉい」
拍手を送られている。全然嬉しくない拍手だ。それよりも今は優しさが欲しい。
と言うか話してないと思考を保てない。口を閉じたら絶対に気絶する。
何とか立って息を吐く。
「そもそも、何でこんなことにってえ!」
「また避けたねっ。ムカつくっ」
避けてない。頬が裂けたけど、避けれていない。血が出ていて、すごくじんじんして痛い。
「?」
でも、確かに言われてみれば不思議だった。
あの高速の攻撃を俺は避けれていた。
もっと言えば、見えていた。そして聞こえていた。
「まさか」
改めて、キリカをみる。
彼女は大きく息を吐いて、右足を踏み出し左下の方にバットを引きずらせてこっちに向かっている。
そして俺はそれらが克明に見える。
そのバットを引きずる音が、走る音が、吐息や心音まで、はっきり聞こえる。
土や体臭すらかぎ取れる。
「っ!」
右足を引いて、体を縦にする。いわゆる半身を切る形だ。
そして、更に伏せる。
やっぱり綺麗にかわせた。しっかりと、まぐれでなく。
俺には見える。振り下ろされるバットが。一回転して頭を狙う拳も。横から蹴り上げる足蹴りすら。
くるくると駒の様に回転して繰り出される攻撃全てが、避ける。かわせる。いなせる。
そして、回転の只中にあるキリカのがら空きな腹だって見える。
これが、反撃の狼煙だ。
「そこだあっ」
鋭く尖った爪を、全身で思い切り突き出す。
完璧なタイミングで、全力の攻撃が繰り出せた。やった。と思った。
けど、寸でのところで腕が巻き込まれた。
そして視界がぐるりと反転して、背中に衝撃が伝わる。
力を利用されて飛ばされたみたいだ。にっこりとした笑いに見降ろされている。
「甘いよっ!?」
でも代わりに彼女の顔面ががら空きだ。
痛みをそのままに爪を横に振ると、流石に驚いたらしい。キリカがグンと後ろに飛びずさる。
凄い速さだ。でも。初めて彼女が引いた。
その事実に、思わず笑ってしまった。
「何でだろうな。凄い怖いのは確かなんだ。背筋が凍り付くし、肝も冷え切るし、全身が冷たくなる感じなんだ」
でも、それでも
「この戦いが楽しいって思う」
ワクワクしている自分に、初めて気づいた。
全然知らなかったが、俺はこんなにスリルと戦いを楽しめるのか。
「そうですかぁ。私も同じですよぉ。低レベルのガキの癖に、私に一撃を食らわせようとするなんて、楽しくて仕方ありませんっ」
キリカがバットを構え直して、にっこり笑った。
「さあ。試験を続けましょう」
俺も爪を構える。そして今度はこちらから走り出した。
キリカも走り出して、バットを振り上げる。
けど、もうその肩の動きや足さばきで、軌道は見えた。
予想通り掬い上げるように足を狙ってきた。
軽く飛んでかわして、今度は当てやすい胴を狙う。
でも、また高速で避けられる。そもそもの初動が凄い速い。今度は近すぎて目で追えなかった。
音で後ろに居ると把握して前に避けるのが精いっぱいだ。
「その耳は厄介ですねっ」
「ありがとうっ」
でも位置は分かる。鼻が、耳が、目が彼女を捕まえて放しやしない。
後ろからの叩き潰しも、遠くからの突進攻撃も、真横からの殴りつけも予測が出来た。
そして、彼女に勝つ唯一の方法も、既に思いついていた。
「これで決める!!」
遠くから一気に迫るキリカを前に、左爪を振る。
その爪はバットに当たり、手が酷いことになったのか異様なほどの痛みが走る。けど攻撃を相殺してバットを弾き飛ばした。
今度は右の爪を下から上に突き立てる。
それは左の手で受け止められた。と同時に腕から嫌な音が聞こえた。
が、これで敵は一瞬だけどがら空きだ。そして俺には狼が最もよく使う武器を残している。
皮を破り、肉を裂く、最も凶悪な武器。
牙を。
「があ!」
キリカのがら空きになった喉に、思い切り噛み付く。
牙はしっかりとキリカに届いた。初めてにして最大の攻撃が当たった。
これで、敵を仕留めた……?
「ふぁれ?」
全然噛み付けない。血すら出る様子もない。
まるで硬いホルモンみたいな感触だ。
「……素晴らしいですね。貴方のレベルが私と同程度だったなら、きっと死んでいたでしょう」
「あれ? あの、抑揚が普通なんですが」
「でもだからと言って女性の首筋にキスをする行為を、許すわけにはいきません」
「いや、噛み付いたんだけど」
と弁明するけど、俺の頭がグワシと掴まれた。しかも片手で。……可笑しいな。戦闘の雰囲気から一気に違う空気に変わったぞ。
これは……そう。処刑の様な感じだ。
「覚悟してください」
思い至るや否や、ぐいと持ち上げられた。足が宙に浮いている。
……もしかして、地雷を踏みぬいたのか。
「いやいや、待って。キスじゃない。噛みついたの。攻撃だから。俺が出来る最大の攻撃だから」
「そして、悔い改めなさいっ」
思い切り振り回される。
「いやいやいや待て待てま」
最後に見たのは、眼前に迫る地面。
感じたのは意識をすっ飛ばすほどの衝撃だった。
目を覚ますと、知らない天井があった。
木製で少し汚れていて、古ぼけた感じがする。年代物の建物の中みたいだ。
それに多分ベッドに寝ているのだろうけど、これも中身が藁なのだろう。少しチクチクする。
いい環境ではないな。が、傭兵候補が寝る場所としては違和感はないか。
横を見てみると、中々に狭い部屋だった。床面積の半分以上がベッドで占められていて、その上タンスと小さな机もあって、異様に狭苦しい。
「立って半畳、寝て一畳とは言うけどこれは狭すぎだろ」
……頭を掻こうとして、添え木をされた腕に阻まれる。そして腕が痛い。
この痛みで何もかもがを思い出した。
キリカとの戦いで折角一矢報いた……と思ったらあんな結末になってしまったことを。
「はあ、思い出したら全身が痛くなってきた」
叩かれたお腹が鈍痛を訴えるし、頬がジンジンする。両腕もボロボロで、果てには叩きつけられた頭もガンガン痛む。満身創痍とはまさにこのことだろう。
この世界なら一瞬で治療できるような技があると思ったのだが、この様子だとそんな便利なものはないみたいだ。
「でも多分人の服を一瞬で着替えさせる魔法はあるんだな」
でないと俺は誰かにこのシャツとズボンを着替えさせられたという事になる。
それは余り想像したくないものだ。魔法があると信じておこう。
「あー。起きたみたいですねぇ」
現実逃避していると扉が開いて、キリカが入ってきた。手には小鍋を持って居て、いつものアイドルスマイルを浮かべている。
「おはようございます」
「うんっ。おはようっ」
机の上に鍋を置いて、一緒に持ってきた椅子に腰かける。お見舞いと言った様子だ。
「体調はどうですかぁ? 結構な重傷だったんですけどぉ」
「はい。平気です……とは言い難いですけど、命に別状はないですよ」
「そっかぁ。よかったあ」
キリカは手を合わせて笑みを深める。
「ふふっ。貴方があんなに食らいつくとは思わなかったよぉ」
「俺も思いませんでした」
まさか俺のも闘争本能と言うものがあったなんて、欠片だって想像できなかった。
いや、想像はしていたかも知れない。ゲームをやりながら、主人公に自分を重ね合わせるなんてしょっちゅうやっていたし。
でも、本当にそんな状況になって動けるなんて誰が思うだろうか。
「どうでしたか? キリカさん」
「もう一回戦いたいですぅ」
「いや、そうじゃなくて試験の方ですよ」
「試験? ああそんな口実だっけぇ」
「口実!? ってて」
今口実って言ったかこの危険物。
思わず大声を出して、お腹に響いたじゃないか。
「うん。合格だよぉ」
「その前に口実の所を掘り下げてもらおうか?」
少し睨んでやると、キリカが頬に指を当てて少し悩み、その人差し指を俺に額にくっつけた。
と、そこから弾丸が発射されたように頭に衝撃が走って、ベッドに叩きつけられた。
凄い痛い。ゴム弾に撃たれたらきっとこんな感じだ。
もしかして、今こいつの指が飛ばなかったか。実はこれってサイボーグなんじゃないか。
「病人は安静にしてることっ」
指一本でベッドに叩きつけたキリカに慄いていると、彼女が何かを思い出したらしい。
机に置いていた小鍋を俺の目の前に差し出した。
「思い出したぁ。ご飯作ってきたんだよぉ。怪我の痛みを取る特効薬入りなんだからっ」
「そ、そうなんですか? ありがとうございます」
でも、間近に突き出されたそれに、何か嫌な臭いがするのは気のせいだろうか。
「ああ、でも両手怪我してるから食べれないねぇ。代わりに私が食べさせてあげるっ。きゃあっカップルみたぁい」
と言いながら小鍋の蓋を開いて、俺の予想が正しかったことを確信した。
それは、多分穀物の御粥なのだろう。きっと本来は白とか黄金色をした、滋味あふれる一品だったのだろう。
が、今やそれは激辛なものを大量に突っ込まれた、真っ赤に燃え盛る地獄の鍋となっていた。
刺激臭が凄い。鼻が熱い。目も痛い。開けただけで全身から汗が噴き出してくる。
この汗は、発汗作用か。それとも冷や汗か。
「はぁい。キリカ特製、痛み止め入り御粥だよっ」
「き、きき、キリカさん。その、痛み止めってもしかして?」
「唐辛子っ。他の所が痛いと他の痛みが吹っ飛ぶんだってっ」
その笑顔は、前のそれと一ミリだって変わらないはずだった。
なのに何でだろう。すっごく背筋が冷たいや。
「……もしかして、まだ怒っていらっしゃいますか?」
「うんっ」
遂に自白したよこの小娘。
「と言うかあくまであれは攻撃でっ」
頬を掴まれ、無理やり口を空けられた。必死に閉じようとしてるのに、全く微動だにしない。
そして、劇物がスプーンの上に乗せられて、俺の口に迫っている。
やばいやばい。あれを食ったら間違いなく内部破壊される。外的要因で痛めた内臓に、内から止めを刺される。
誰か来て早く来て何とか止めて……
「……たふけて」
「だーめっ」
スプーンが、入れられた。
後の俺はこの特異な経験から三つほど、悟りを得た。。
一つ、辛さで人は痛みを忘れられる事。もう一つは、辛すぎると胃が引き攣るという事。
そして最後は、それを一鍋食べると、三日三晩眠れるという事だった。
と思ったらもう目の前に釘が迫っていた。
「とお!?」
痛そうな釘の頭に、妙な声を出る。
でも案外反射神経が良かったらしい。横っ飛びで避けられた。
と思いきや今度は衣擦れの音がして、身構える前に胸倉を掴まれる。
「おっそいよっ」
「あんたが速すぎるんだよ!」
と言う言葉は多分ドップラー現象を起こしただろう。
俺を真横に投げ飛ばす様は、バットを振り回すのと同じだった。
まるで一キロもない人形みたいに、投げ飛ばされた。
その勢いは、全身複雑骨折コースだった。全治三か月コースだ。
「ギブスまみれは御免だ!」
迫る壁の寸前で両手足で着地して、直ぐに四つ足で走り出す。
と、風切り音がして、何かが踵を掠った。
同時に後ろで凄まじい音が轟いた。
「ひいいいい!」
「逃げるなあああ!」
「嫌だあああ!」
有り得ない。あのメイドは爆発物がないのに。後ろから爆発音が追って来る。
ぶんぶんとバットを振り回して、地面を破裂させる悪魔が迫ってくる。
一体何なんだ。何でこうなった。俺は何でキリカに命を狙われているんだ。
何も理解できない。ただ、逃げないと間違いなく俺は死ぬという事だけは分かる。
幸い、訓練場は広い。逃げ回るには嬉しい設計だ。
よし、とりあえず逃げながら説得しよう。
「キリカさん! 一体どうしたんですか!? 怒ってるんですか!?」
「何寝ぼけたこと言ってるのぉ? これはぁ……試験だよっ」
「し、試験?」
「そう! 傭兵ギルドは覚悟も実力のない奴は要らないのっ! だーかーらー、入れて欲しいなら私を倒して見せてッ!」
そんな唐突な話があってたまるか。しかも俺はまだギルドに入りたいですとも言っていない。
「おーいユキ」
「サディアス! 助けて!」
「代わりに戦えってんなら無理だぜ。でも得物を準備してやる」
「得物!?」
何戦わせようとしてるんだ。俺は逃げたいって言うのに。
「だから、筋力を五割増しにした数字に十を足せ」
「はあ!? 出来るわけないだろ!」
「でも重量が合わねえ武器を選んだら大変だぜ」
「じゃあ今確認するからそっちでやれ!」
バットの一撃をかわして、素早くステータスを確認する。
筋力、筋力。あった。
「五十一! 五十一!?」
思わず二度見してしまった。何故か何もしていないのにステータスが上がっている。
もしかして、これが人狼になった影響だろうか。
「これを五割増し、で十を足すと……八十六か。おお凄いな。ユキ!」
「何がだ!」
「お前八キロ前後を余裕で振り回せるぞ!」
「それが何だってんだよオオオ!」
「だって俺このくらいを自由に触れるようになったの一年位前だし。確か二十五レベル位になってからだな」
つまり、今の俺の筋力は八レベルくらい上なのか。流石人狼だな。
「って凄さが分からねえよ!」
後ろにバットの風圧を浴びて、冷や汗が噴き出す。
もう何でもいいから事態を好転する何かが欲しい。
「じゃあこれだ!」
サディアスが訓練場の隅から何かを投げつける。
丁度目の前に来たから受け止める。……って
「何だよこのどでかい剣は!」
「七キログラムの鉄の剣だ。全長は大体俺の身長くらいかな」
「使える訳ないだろ!!」
こっちは木刀だって振ったことのない文系の人間だぞ。
「でも普通に走れてるぞ」
「……!?」
そう言えば全然普通に走っている。それに重さを感じない。アルミで作った剣だと思うくらい軽い。
もしかしてこれなら……。
「行くぞお!」
振り返って、剣を横に薙ぎ払う。
と、キン、と甲高い音が鳴って、足元に何かが落ちる。
目の前のキリカはバットを振った後だった。そしてそれは傷一つ付いていない。
視線を落としてみる。細長い金属片が転がっていた。剣に非常に酷似している。
最後に、手元を見てみた。剣は、折れていた。
俺は、走った。走って逃げて、思うままに叫んだ。
「やっぱりこれアルミじゃないのか!?」
「いや、キリカとまともにやり合うのがいけないだろ。そいつ人一人くらいは簡単に持ち上げるし」
「早く言え!!」
と言うのと同じタイミングで爆発が起きて、背中に重い何かが降りかかる。
この匂いは覚えがある。
「土かっ!」
生き埋めなんて悪趣味な。
埋められる前に真横に飛ぶ。
「あ」
視界に、メイドのフリルとにやりと笑う少女が見えた。
「捕まえたっ」
お腹に釘バットがめり込む。
その数瞬後に耐えがたい吐き気と痛みが襲って、ふっ飛ばされる。
最悪だ。直撃した。腹から背骨まで激痛やら鈍痛やらが暴れまわっている。
受け身も取れない。地面に転がって天と地が分からない。
でもこれだけは言っておこう。
「捕まえて、ないぞ。リリースしてる、ぞ」
「良く話せるねぇ。すごぉい」
拍手を送られている。全然嬉しくない拍手だ。それよりも今は優しさが欲しい。
と言うか話してないと思考を保てない。口を閉じたら絶対に気絶する。
何とか立って息を吐く。
「そもそも、何でこんなことにってえ!」
「また避けたねっ。ムカつくっ」
避けてない。頬が裂けたけど、避けれていない。血が出ていて、すごくじんじんして痛い。
「?」
でも、確かに言われてみれば不思議だった。
あの高速の攻撃を俺は避けれていた。
もっと言えば、見えていた。そして聞こえていた。
「まさか」
改めて、キリカをみる。
彼女は大きく息を吐いて、右足を踏み出し左下の方にバットを引きずらせてこっちに向かっている。
そして俺はそれらが克明に見える。
そのバットを引きずる音が、走る音が、吐息や心音まで、はっきり聞こえる。
土や体臭すらかぎ取れる。
「っ!」
右足を引いて、体を縦にする。いわゆる半身を切る形だ。
そして、更に伏せる。
やっぱり綺麗にかわせた。しっかりと、まぐれでなく。
俺には見える。振り下ろされるバットが。一回転して頭を狙う拳も。横から蹴り上げる足蹴りすら。
くるくると駒の様に回転して繰り出される攻撃全てが、避ける。かわせる。いなせる。
そして、回転の只中にあるキリカのがら空きな腹だって見える。
これが、反撃の狼煙だ。
「そこだあっ」
鋭く尖った爪を、全身で思い切り突き出す。
完璧なタイミングで、全力の攻撃が繰り出せた。やった。と思った。
けど、寸でのところで腕が巻き込まれた。
そして視界がぐるりと反転して、背中に衝撃が伝わる。
力を利用されて飛ばされたみたいだ。にっこりとした笑いに見降ろされている。
「甘いよっ!?」
でも代わりに彼女の顔面ががら空きだ。
痛みをそのままに爪を横に振ると、流石に驚いたらしい。キリカがグンと後ろに飛びずさる。
凄い速さだ。でも。初めて彼女が引いた。
その事実に、思わず笑ってしまった。
「何でだろうな。凄い怖いのは確かなんだ。背筋が凍り付くし、肝も冷え切るし、全身が冷たくなる感じなんだ」
でも、それでも
「この戦いが楽しいって思う」
ワクワクしている自分に、初めて気づいた。
全然知らなかったが、俺はこんなにスリルと戦いを楽しめるのか。
「そうですかぁ。私も同じですよぉ。低レベルのガキの癖に、私に一撃を食らわせようとするなんて、楽しくて仕方ありませんっ」
キリカがバットを構え直して、にっこり笑った。
「さあ。試験を続けましょう」
俺も爪を構える。そして今度はこちらから走り出した。
キリカも走り出して、バットを振り上げる。
けど、もうその肩の動きや足さばきで、軌道は見えた。
予想通り掬い上げるように足を狙ってきた。
軽く飛んでかわして、今度は当てやすい胴を狙う。
でも、また高速で避けられる。そもそもの初動が凄い速い。今度は近すぎて目で追えなかった。
音で後ろに居ると把握して前に避けるのが精いっぱいだ。
「その耳は厄介ですねっ」
「ありがとうっ」
でも位置は分かる。鼻が、耳が、目が彼女を捕まえて放しやしない。
後ろからの叩き潰しも、遠くからの突進攻撃も、真横からの殴りつけも予測が出来た。
そして、彼女に勝つ唯一の方法も、既に思いついていた。
「これで決める!!」
遠くから一気に迫るキリカを前に、左爪を振る。
その爪はバットに当たり、手が酷いことになったのか異様なほどの痛みが走る。けど攻撃を相殺してバットを弾き飛ばした。
今度は右の爪を下から上に突き立てる。
それは左の手で受け止められた。と同時に腕から嫌な音が聞こえた。
が、これで敵は一瞬だけどがら空きだ。そして俺には狼が最もよく使う武器を残している。
皮を破り、肉を裂く、最も凶悪な武器。
牙を。
「があ!」
キリカのがら空きになった喉に、思い切り噛み付く。
牙はしっかりとキリカに届いた。初めてにして最大の攻撃が当たった。
これで、敵を仕留めた……?
「ふぁれ?」
全然噛み付けない。血すら出る様子もない。
まるで硬いホルモンみたいな感触だ。
「……素晴らしいですね。貴方のレベルが私と同程度だったなら、きっと死んでいたでしょう」
「あれ? あの、抑揚が普通なんですが」
「でもだからと言って女性の首筋にキスをする行為を、許すわけにはいきません」
「いや、噛み付いたんだけど」
と弁明するけど、俺の頭がグワシと掴まれた。しかも片手で。……可笑しいな。戦闘の雰囲気から一気に違う空気に変わったぞ。
これは……そう。処刑の様な感じだ。
「覚悟してください」
思い至るや否や、ぐいと持ち上げられた。足が宙に浮いている。
……もしかして、地雷を踏みぬいたのか。
「いやいや、待って。キスじゃない。噛みついたの。攻撃だから。俺が出来る最大の攻撃だから」
「そして、悔い改めなさいっ」
思い切り振り回される。
「いやいやいや待て待てま」
最後に見たのは、眼前に迫る地面。
感じたのは意識をすっ飛ばすほどの衝撃だった。
目を覚ますと、知らない天井があった。
木製で少し汚れていて、古ぼけた感じがする。年代物の建物の中みたいだ。
それに多分ベッドに寝ているのだろうけど、これも中身が藁なのだろう。少しチクチクする。
いい環境ではないな。が、傭兵候補が寝る場所としては違和感はないか。
横を見てみると、中々に狭い部屋だった。床面積の半分以上がベッドで占められていて、その上タンスと小さな机もあって、異様に狭苦しい。
「立って半畳、寝て一畳とは言うけどこれは狭すぎだろ」
……頭を掻こうとして、添え木をされた腕に阻まれる。そして腕が痛い。
この痛みで何もかもがを思い出した。
キリカとの戦いで折角一矢報いた……と思ったらあんな結末になってしまったことを。
「はあ、思い出したら全身が痛くなってきた」
叩かれたお腹が鈍痛を訴えるし、頬がジンジンする。両腕もボロボロで、果てには叩きつけられた頭もガンガン痛む。満身創痍とはまさにこのことだろう。
この世界なら一瞬で治療できるような技があると思ったのだが、この様子だとそんな便利なものはないみたいだ。
「でも多分人の服を一瞬で着替えさせる魔法はあるんだな」
でないと俺は誰かにこのシャツとズボンを着替えさせられたという事になる。
それは余り想像したくないものだ。魔法があると信じておこう。
「あー。起きたみたいですねぇ」
現実逃避していると扉が開いて、キリカが入ってきた。手には小鍋を持って居て、いつものアイドルスマイルを浮かべている。
「おはようございます」
「うんっ。おはようっ」
机の上に鍋を置いて、一緒に持ってきた椅子に腰かける。お見舞いと言った様子だ。
「体調はどうですかぁ? 結構な重傷だったんですけどぉ」
「はい。平気です……とは言い難いですけど、命に別状はないですよ」
「そっかぁ。よかったあ」
キリカは手を合わせて笑みを深める。
「ふふっ。貴方があんなに食らいつくとは思わなかったよぉ」
「俺も思いませんでした」
まさか俺のも闘争本能と言うものがあったなんて、欠片だって想像できなかった。
いや、想像はしていたかも知れない。ゲームをやりながら、主人公に自分を重ね合わせるなんてしょっちゅうやっていたし。
でも、本当にそんな状況になって動けるなんて誰が思うだろうか。
「どうでしたか? キリカさん」
「もう一回戦いたいですぅ」
「いや、そうじゃなくて試験の方ですよ」
「試験? ああそんな口実だっけぇ」
「口実!? ってて」
今口実って言ったかこの危険物。
思わず大声を出して、お腹に響いたじゃないか。
「うん。合格だよぉ」
「その前に口実の所を掘り下げてもらおうか?」
少し睨んでやると、キリカが頬に指を当てて少し悩み、その人差し指を俺に額にくっつけた。
と、そこから弾丸が発射されたように頭に衝撃が走って、ベッドに叩きつけられた。
凄い痛い。ゴム弾に撃たれたらきっとこんな感じだ。
もしかして、今こいつの指が飛ばなかったか。実はこれってサイボーグなんじゃないか。
「病人は安静にしてることっ」
指一本でベッドに叩きつけたキリカに慄いていると、彼女が何かを思い出したらしい。
机に置いていた小鍋を俺の目の前に差し出した。
「思い出したぁ。ご飯作ってきたんだよぉ。怪我の痛みを取る特効薬入りなんだからっ」
「そ、そうなんですか? ありがとうございます」
でも、間近に突き出されたそれに、何か嫌な臭いがするのは気のせいだろうか。
「ああ、でも両手怪我してるから食べれないねぇ。代わりに私が食べさせてあげるっ。きゃあっカップルみたぁい」
と言いながら小鍋の蓋を開いて、俺の予想が正しかったことを確信した。
それは、多分穀物の御粥なのだろう。きっと本来は白とか黄金色をした、滋味あふれる一品だったのだろう。
が、今やそれは激辛なものを大量に突っ込まれた、真っ赤に燃え盛る地獄の鍋となっていた。
刺激臭が凄い。鼻が熱い。目も痛い。開けただけで全身から汗が噴き出してくる。
この汗は、発汗作用か。それとも冷や汗か。
「はぁい。キリカ特製、痛み止め入り御粥だよっ」
「き、きき、キリカさん。その、痛み止めってもしかして?」
「唐辛子っ。他の所が痛いと他の痛みが吹っ飛ぶんだってっ」
その笑顔は、前のそれと一ミリだって変わらないはずだった。
なのに何でだろう。すっごく背筋が冷たいや。
「……もしかして、まだ怒っていらっしゃいますか?」
「うんっ」
遂に自白したよこの小娘。
「と言うかあくまであれは攻撃でっ」
頬を掴まれ、無理やり口を空けられた。必死に閉じようとしてるのに、全く微動だにしない。
そして、劇物がスプーンの上に乗せられて、俺の口に迫っている。
やばいやばい。あれを食ったら間違いなく内部破壊される。外的要因で痛めた内臓に、内から止めを刺される。
誰か来て早く来て何とか止めて……
「……たふけて」
「だーめっ」
スプーンが、入れられた。
後の俺はこの特異な経験から三つほど、悟りを得た。。
一つ、辛さで人は痛みを忘れられる事。もう一つは、辛すぎると胃が引き攣るという事。
そして最後は、それを一鍋食べると、三日三晩眠れるという事だった。
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