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旅のはじまり

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降るように輝く星は、旅路を明るく照らしてくれる。
なだらかとは言っても整えられていない街道は旅慣れないものには負担で仕方がない。
 私は、旅に関してはど素人。旅慣れた同行者には迷惑をかけてしまっている。

「大丈夫?ごめんね、女の子をこんな夜遅くに連れ出すことになっちゃって」

 腰をかがめて私を覗き込む青みがかった紫の瞳が本当にすまなそうに見つめる。
物腰は柔らかく美しい銀の髪に紫の瞳。スラリとした美丈夫の彼はファザーン。
同行者のひとりだ。

「こんなくらいで音を上げるなんざ、鍛え方が足りねぇってこった。若いのによ」
後ろから、山のようにでかい男が声をかける。
燃えるような赤褐色の髪、鍛え上げた筋肉は刃も通さない鋼の体躯と評判の彼は
ガルディア。

「すみません、ご迷惑をおかけしないよう頑張ります」

確かに、冒険者として名の知られている彼らは旅慣れているから本来この道のりは
半日で行ける距離だっただろうと思う。山道は歩き回るのに慣れている私でも初めての旅で
いきなり徒歩で遠出するとなると歩みは遅くなる。
時間が経てば経つほどひどくなっていく足の痛み。正直歩くのが限界に来ているのだ。

「オイオイおっさんよ、女の子相手にそりゃないんじゃね?それだからモテねーんだよ」

からかい半分、返す青年はケルド。キラキラと月夜にも眩しい金の髪を短く切りそろえている。
彼はとてもほっそりとしているのにしなやかな動きでそれなりに筋肉がついていることがわかる。
今も、挑発ともとれる言葉に反応したガルディアのげんこつを身軽に間一髪でかわしていた。

 旅慣れない私がこの一行に加わったのにはワケがある。

遡ること2日前。彼ら一行は私の住むアルカの街にやってきた。
なんでも、資産家に依頼されて、とある薬草を求めてやってきた。

アルカの街は周辺を豊かな自然に囲まれ、大地母神に愛された街、恵み多き土地として有名だった。
たいていの薬草や植物は手に入れることができる為、大陸の薬箱と評される。
 しかし、彼らの求める薬草は万能薬として有名なブリスコラ。花も葉も茎も根もすべてが薬として使われる。収穫の時期はとうに過ぎてしまっている。

彼らの依頼人は、できるだけ新鮮な物が必要という。
街で扱っている乾燥させたものでは役に立たないのだそうだ。
それは、かなりの重病人がその薬草を待っているということを指す。
焦る彼ら、それなのに足を引っ張っているのは私だ。

私は、ドゥーラ・スノー。山で採取した薬草の調合をやって街の薬店に卸している。

 街の外れにある私の家まで、珍しく馬車で迎えが来た。急ぎの仕事だろうか。
いつもならば街の長の家の下男がお使いに来るのだけど馬車の迎えという初めての事に私は驚いたが珍しい乗り物に興味も湧いてお誘いを受けることにして馬車に乗り込んだ。

 街の長ヘルシャフトの屋敷に来るのは2年ぶりだ。街の高台にあるこの屋敷は、限られたものにしか門を開かない。私に対してこの門が開くときはたいてい無茶なお願いがある時だけだ。

しかしその報酬は、なかなかに魅力的なことが多い。

今回の依頼はなんだろうなぁ。

馬車が到着して下ろされた正面玄関にお馴染みの下男と厳格な老執事が立っていて、
やっと来たかとでも言わんばかりの表情を浮かべて、執事の方に先導されて私は実に荘厳な玄関の扉の奥へと執事に案内された。

 玄関ホールを彩る調度品も私の年収何年分なんだよ、という豪華なものばかり。

優雅に湾曲した階段を執事の後ろをついていき、廊下の突き当たりのドアを軽くノックして執事は私の来訪を中にいるであろう主人に告げる。

 軽い問答のあと、執事によって開かれた扉の奥へと進んだ私の前に広がる応接間。

明るい朝の日差しの中、その場にそぐわないモワっととした何とも言えない汗臭い匂いに一瞬顔をしかめる
私に、通された広々とした応接間の正面に陣取るこの屋敷の主で街の長ヘルシャフトは、
実に食えない笑みを浮かべた。
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