薬草師ドゥーラ・スノーの冒険日記

津崎鈴子

文字の大きさ
7 / 54

夢の都 王都。

しおりを挟む
 宿を出る頃にはたくさんの野次馬が馬車を取り囲んでいた。

 宿の女将は、精一杯の笑顔で私たち一行を従業員全員で(5人程だけど)見送ってくれた。
どうやら、王都のさるご令嬢が下々の生活を見て勉強する為に(ここ重要)訪れた
ということになっているらしい。

娯楽の少ない町や村では、旅人や商人のもたらす噂話や情報が楽しみとされていた。

 宿の世話好きの女将は、もうすぐ王都に戻らんとしていたお嬢様である私が、あと僅かで
故郷にたどり着こうというまさにこの街で病に伏してしまったと勘違いしていた。

 護衛のガルディアと、小間使いのケルド、そして、お嬢様の恋人で執事のファザーンが
付き添ってようやくここまで連れ戻したのに、今までの疲れが出てしまったのか、
身動きの取れない状態になる。
そこへ、熟練の女将が颯爽とお嬢様を看病し、元気を取り戻したお嬢様は
再び故郷である王都へ旅立とうとしていたが、王都から馬車がやってきた。
王都で待つ婚約者がこの宿に愛しいお嬢様がいることを突き止めて差し向けた馬車だった……
というなんともロマンチックなのだか、宿の女将の株が上がりまくりの話を野次馬に話して
聞かせていた。とんでもなく想像力のたくましいことだ。

 もちろん否定はしたのだけど、女将や従業員のまぁまぁわかってますから、という
まったくもって分かっていない反応についに、訂正する事自体を諦めた。

 それを肯定と考えた宿の従業員が、世話好き女将のロマンスに華を添えた話を
野次馬に話して聞かせると、野次馬に来ていた街の女性から黄色い声援が飛んでいて、
ファザーンの苦笑いを自分への微笑と勘違いした街の女性がさらに黄色い悲鳴を上げていた。

もう勝手にしてください……。

 さらに脱力した私達は、満面の笑みで見送ってくれている野次馬と宿の人々に見送られ
この街を後にした。

 豪華な馬車に揺られて、病み上がりとしては快適な旅をしている私。

この馬車を差し向けてくれたのは、街の長ヘルシャフトの話にあった弟さんのようだ。
ヘルシャフトは、10年前に街を当時の長から若干25歳という若さで引き継いだ。

 その頃はまだ街はそこまで大きな権力を持っていなかったし、近隣の集落との小競り合いが続いていていつ何者かが襲ってくるか気が気ではない生活だったと、当時を知る隣のおばさんが話していた。

ヘルシャフトが長になってから、そんな小競り合いはパタリとなくなって、安心して生活ができるようになってから街はどんどん発展していったんだそうだ。元々外国へ遊学していて、その時の知識を街の発展に惜しみなく注いだ姿勢は、街の人を虜にしていったそう。今では若いというだけで不安がっていたお年寄りでも、ヘルシャフトには一目置いている。ただ、当時はちみつ色だった髪はこの10年ですっかり色をなくし白銀に変わってしまったのだそうだ。街の為に尽力する彼が、人に言えない苦労があったのだろうと、その尊敬がさらに深まる要因にもなっている。

 そんなヘルシャフトに家族がいたのは初耳だったけど、馬車を差し向けてくれて、弟さんは中々に気配りの行き届いた人なのだろう。でも、不思議に思うのは、まだヘルシャフトの手紙を弟さんに渡していないのに、どうして馬車を差し向けることができたんだろう?という事。

その疑問には、ファザーンが答えてくれた。
「王都は物流の坩堝るつぼですからね、色々と急ぎで知らせることがある時は手紙を届けてくれる仕事をしている人がいるんです。それを使って確認用に手紙を出したのでしょう。
おそらく、ドゥーラさんが寝込んでいたから、その分、後からの手紙の方が早く着いたのかもしれませんね」

 ガタゴトと車輪を鳴らしながら、快適な馬車の旅はあっという間に終わりに近づいた。
遠くからでもわかる。大きな城壁に、いくつもの塔をしつらえた白亜の城が真っ青な空に浮かび上がる。
大きな城門は扉が薄く開き、中へ入るものを厳重により分けている。

 街の賑やかな喧騒があと少しで目的地に着く事を教えてくれる。

 御者には、先に病人の待つクアンダー屋敷に向かってくれるように頼んである。
主からドゥーラの指示に従うように言われていたとのことで円滑に対応してくれた。

そして、いよいよ憧れの王都に、私は足を踏み入れた。

 雑踏に故郷の街では見たことがないような石畳。そして大勢の人々が行き交う。
見るもの全て新鮮で、道の端に店をかまえる商店の果物や野菜の豊富な彩りがとても美しい。

 馬車は迷いなく王都の資産家、クアンダーの屋敷に到着し、待ちかまえていたであろう執事が
馬車の扉を開けてくれた。

 ファザーンの顔を見た執事は事の経過を確認し、少女の主治医を呼ぶ為に人を差し向けた。
執事は、私たち一行をすぐに応接間に案内し、お茶と軽食を用意してくれた。
美しく盛り付けられた果物に、お茶、どれも今まで食べたものよりも数段美味しかった。

 お腹も膨れて一息ついたところで肝心のブリスコラの状態を確認するのに陶器の入れ物の蓋を
開けると、洞窟では固い蕾だったものがこの気温でそろそろほころびかけているようだ。

「済みません。お医者様が到着するまで、この屋敷で一番涼しい場所に案内してくれませんか?」

その問いかけに執事は年配のメイド頭に一番涼しいワインの貯蔵庫に案内するように告げた。
 そして、ワインの貯蔵庫に主治医が到着するまで待機することにした。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...