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姿を見せぬ主

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  クアンダーの屋敷を出て市街地をゆっくりと馬車は進んでいく。

「王都って広いのね」

しばらく馬車にゆられているが、いっこうに着く気配がないのでつい口にしてしまった。
すると、ケルドが吹き出した。

「そりゃ、王国の中心だもん。でかいの当たり前じゃん。でも、もうじき到着するよ」

 キラキラとした金の髪が風に軽やかに揺れる。

 アルカの街もかなり大きいと思っていたけど、何倍くらいなんだろう。

流れる大邸宅の並ぶ中、ようやく馬車が止まった。

到着を告げる御者のベルの音と共に門が開き、さらに中まで馬車が入り、玄関に横付けする。

玄関の扉が開くと、隙のない身なりの執事が姿を現し、下男風の男性に指示を出す。
すると、下男が馬車の扉を開き、執事は一礼する。

「長旅お疲れ様でございました、ドゥーラ様。お連れ様もご案内するよう申し遣っております」

うやうやしく手を差し出す執事。

馬車の踏み台を用意されて、私は静かに手を取り馬車を降りるのを手伝ってもらう。


降り立った玄関ポーチは、石造りで張り出した天井を支える柱も彫刻が施されていて
凝った作りをしていた。
そして、目を引いたのはいたるところに飾られた色とりどりの花。

玄関に入るとそれらの花が醸し出す何とも言えない甘い香りに旅の疲れが抜けていくようだ。

玄関は、主に深い色合いの木材がところどころ使われて、その上を真紅の絨毯がしかれている。
キリリとはちみつ色の髪を結い上げたメイドがひとり、真っ赤な花束を抱えてそばに来る。
私よりも年齢は少し上だろうか。深く青い瞳はとても落ち着き払っている。

「ようこそ、ドゥーラ様。この館の主クラーヴィオ様よりご伝言でございます」

花束に添えられた一枚のカード。

そういえば、宿場町の宿に馬車が来た時も流暢りゅうちょうな文字で上質なカードに言葉が
添えられていたのを思い出した。カード自体はこの花束に添えられたものと同じだった。

「ようこそ、心ゆくまでこの館に滞在ください。歓迎します」

 思いがけない歓迎ぶりに言葉が出ない。

なんというか、物語の中に入り込んだような錯覚を覚える。


「あの、直接御礼申し上げたいのですが……クラーヴィオ様にお目にかかれますでしょうか?」

すると、花束を手渡したメイドは、一礼してから、申し訳ない様子で口を開く。

「ご主人様は、滅多に人前に姿を現すことがありません。しかし、私たち使用人は、
ドゥーラ様を最大限おもてなしするよう申しつかっております。何なりとおっしゃって下さいませ」

 そして、私の荷物を受け取ると、用意された部屋に案内してくれた。

案内されたのは、庭が一望できるテラスのついた日当たりの良い部屋だった。
調度品も何とも上品でホコリひとつ見当たらない。

ベッドには天蓋が付き、薄いレースの覆いがかかっている。

部屋のテーブルにも、花が活けてあり甘い香りが部屋中に広がっていた。

 そして、花の活けてあるテーブルの上に、カードが置かれていた。

「部屋はお気に召しましたか? 必要なものがあれば用意いたします」

 まさに、至れり尽くせりだ。

そばに控えていたメイドに声をかける。

「どうなさいましたか?」
メイドは、ドゥーラをじっと見つめていたが、声をかけられ少し驚いたようだった。

「あの、直接お目にかかれないのは、ご病気かなにかでしょうか?」

御礼は直接言いたい。しかし、病に臥せっていたりして外に出られなくなっているのだったら
何かお手伝いしたいと考えていた。

「……いえ、ご心配には及びません。単に多忙なだけなのです」
 ふんわりと、花がほころぶようにメイドが微笑んだ。

 今日はお礼を言うのは無理のようだ。
アルカの街のヘルシャフトからの手紙の事を伝えると、メイドは一旦退出し、
先ほど出迎えてくれた執事が部屋までやってきた。

事情を話して直接会えないか問うが、やはり色よい返答はもらえなかった。
しかし、手紙自体は預かってくれるというので執事に預けることにした。

 そして、預ける際に、メッセージカードに姿を見せぬ主に丁寧にお礼を書き込む。

「旦那様もお喜びになられるでしょう。あなたが来る事を知り、とても気分が
上向いておられましたから」

 厳格そうな執事も、口元が緩んだように見える。

そうして、王都での生活が始まったんだけど、それからひと月経っても、館の主には
お目にかかれない日々が続き、丁寧に書き込まれたメッセージカードの枚数だけが
増えていった。




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