薬草師ドゥーラ・スノーの冒険日記

津崎鈴子

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虚しく響き渡る声

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 私は、ガチガチに緊張していた。

アルカの街から来ていたヘルシャフトの他に、室内にはもうひとりの男性がいたのだ。
はちみつ色の髪をゆるく三つ編みにして背中に垂らした、深い青の瞳が印象的な青年。
年の頃なら私より少し上、といった感じに見える。

「……ドゥーラ、立ち話もなんだから、座りませんか?」

ヘルシャフトの背後から声をかけられた、安心するような響きの声。
その声に導かれて、ソファに腰掛けている。

目の前にはヘルシャフト、そして、微笑みの絶えない柔らかな眼差しのこの青年が
館の主クラーヴィオその人だったようだ。

 ヘルシャフトは白銀しろがねの髪の色をしているが、昔は美しいはちみつ色を
していたのだそうで、弟クラーヴィオの艶やかなはちみつ色の髪を見ていると
このように色が抜けるほどの苦労を、アルカの街の発展のためにしてきたのだなぁと
思うと、今まで想像していた人物像とは少し違って見える。

 そして、会いたかったクラーヴィオに思いがけず対面を果たし、会えたら一杯言うことが
有ったのに、いざ本人を目の前にすると頭からすべて吹き飛んで真っ白になっていた。

 優しい眼差しのクラーヴィオは、何も言わず私の言葉を待っているかのようだった。

「推薦状を書いた手前、その後の様子が気になってね。用事のついでに立ち寄ったんだよ」

あまりにも何も言えないでいる私に、ヘルシャフトが声をかけて来た。
そうだ!こっちもお礼を言わないといけなかったんだった。

「ヘルシャフトさん、推薦状を書いて頂いてありがとうございます。
王立薬草園へ推薦状を書く事の意味を知らなかったから、ろくにお礼を言えなくて……
ごめんなさい」

 私は、ヘルシャフトに頭を下げる。

「ドゥーラ、気にする事はないよ。私にそうさせるだけの仕事をやってのけたのだから
堂々としていなさい。お前に対する正当な報酬なのだから」

ヘルシャフトは、力強い瞳で微笑む。

いつも厳しい面ばかり見ていたせいか、正面切って褒められて少し照れくさい。

「ところで兄さん、ファザーンはちょっとした用事で出かけていますから、依頼されている件を
私が聞いて伝えても差し支え無いようなら承りますが?」

 クラーヴィオがにこやかに微笑む。

「ありがとう、しかし、依頼された内容は私が直接伝えるよ。とても重要な話なのでね」
ヘルシャフトも満面の笑みで答える。

ふたりとも笑顔なのに、どうしてだろうすごく背中に黒いものが出ている気がするのは。

  少し落着いてくると、目的の人物の姿がないことに気がついた。

「どうかしたのですか?ドゥーラ」

周囲を不安げに見わたす私に気がついたクラーヴィオが声をかけてきた。

「あの、クラリスが居ないな、と思って。ここに控えているかと思ったんですけど」
「ああ、人払いをしたからな」

ヘルシャフトが、当然のように答える。

その時だった。

玄関の方で荒々しい物音がした。
誰かが何かを叫んでいるような声、乱暴に開けられたドア。けたたましい足音。

 何か嫌な予感がする。

私は部屋を飛び出して、音のした方……玄関へ様子を見に行った。

すると、ボロボロになったケルドが傷だらけで倒れ込んでいる。

その傍らに、蒼白の面持ちのファザーンがへたりこんでいた。
服はあちらこちら破れて血で汚れて固まっている。
命からがら逃げ出してきたのが見て取れた。

あれ……ガルディアは?

いつも同行しているはずの大男の姿はどこにもない。

「ケルドさん!!どうしてこんな事に!!!」

執事や他のメイド達総出で、手際良く手当を始める。
この屋敷のものは、初歩的な薬草知識や手当の方法を習得しているらしい。

ケルドは、息も絶え絶えに必死で言葉をつなげる。

「ガルディアが、俺たちを逃がそうと囮になって、捕まっちまった……」 

蒼白のファザーンも、言葉もなくうなだれている。

「ファザーンさん!!しっかりしてください」

 私の声は玄関ホールに虚しく響き渡った。



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