ヘタレ女の料理帖

津崎鈴子

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あなたが寝てる間に3

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エミさんが昏睡状態で時間だけが過ぎていく。
青白い顔で無表情のエミさんを見ると、涙があふれてくる。

「ごめんね、エミさん……」
私が思わず漏らすと、マサキさんが持っていたペットボトルを私の頬に当てる。
すごく冷えていたのといきなり冷たいものが当たったことでびっくりした。

「冷たっ」
「ユキちゃん、謝られたらエミさん困ってしまうよ」

マサキさんのつらそうな笑顔に、うつむいた。

「ユキ、あんたも疲れているんだから、少し休みなさい」
おばあちゃんがここで見ているからと言葉をかけてくれた。

その横でお母さんが、エミさんの着替えとか入院に必要なものを持ってきてねと指示する。
お母さんもおばあちゃんも、私を休ませようとしてるんだね。みんなに心配かけてるなぁ。

その日は、出来ることもないし、ということで一旦家に帰ることになった。

マサキさんが家まで付き添ってくれるってことだったのでお願いした。
ひとりが今すごく怖い。

アヤメさんとタカシさんはちょっと野暮用があるってことでそのまま移動するそうだ。

お父さんもお母さんも、マサキさんに娘を頼む、と涙ながらに言っていた。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・

病院の玄関で見覚えのある大柄なおじさんがキョロキョロしているのが見えた。
魚六のロクさんだ。

「オヤジーー、こっちこっち」
どうやら、マサキさんが知らせてやってきたようだ。

「おう、エミさんの様子はどうだ」
ロクさん、深刻そうな顔で尋ねる。
この事件はすでにニュースで流れていて、被害者のエミさんの名前も出ていたそうだ。
犯人は、ぼかされて20代女性とされていたが、病院のエントランスと周りの風景ですぐに場所が分かったらしい。意識不明の重体ってことで報じられて、商店街のみんな心配してくれているのだそうだ。

ロクさんにマサキさんはポケットから車のキーを出し、渡す。
「オヤジ、頼んだ通り電車で来たよな?」
「おお。車、乗って帰ればいいんだよな?」

マサキさんは輸血したので車を持って帰ってもらうつもりでロクさんを呼んだそうだ。

ロクさんは、エミさんの容体を詳しく聞き、ちょっと顔見て帰るわと急いで病室に向かった。

「ユキちゃん、電車でもいい?車は今日はちょっと」

と苦笑いした。輸血してふらふらしてるんだから、無理に送ってくれなくてもいいのに。
ロクさんが来てるんだから乗っけて帰ってもらってもいいんじゃない?というと
マサキさん、オヤジがエミさん所に行ったら1時間は戻らないと思うよ、ユキちゃんのおばあちゃんもいるから同窓会みたいに盛り上がるだろうし、と笑う。

まぁ、マサキさん青い顔をしてるから早く帰った方がいいし。
私がマサキさん家まで付き添った方がいいのかな?

「マサキさん、今日は私が送って行きましょうか?」
思わず口に出す。すると、マサキさんがデコピンをしてきた。

「俺は男なんだから大丈夫。今はユキちゃんの安全が第一なんだから頼ってよ」

そして、マサキさんに手をつながれて病院を後にした。
マサキさんの大きな手にちょっとドキリとする。

テルのお見舞いに来たのが朝10時頃だったのに、外は日が落ちすっかり夜になっていた。
あっという間の一日だったけどいろんなことがありすぎた。
朝元気だったエミさんが今は昏睡状態になるなんて。そんな心情を察したのか、マサキさんが握った手にそっと力を込める。見上げると、マサキさんがじっと私を見つめているのがわかった。すごく心配そうな瞳に、不謹慎ながらときめいてしまった。

地元の病院だったから駅までの道は私の方が詳しいはずなんだけど、マサキさん、裏道とか駅までの最短ルートを迷いなく進んでいく。土地勘あるの?

「ええっと……配達でここら辺来ることもあるから、ね?」
魚六の軽トラが絶対に入れないような路地なんですけど、今通ってるの。

なんか、マサキさんの過去が気になりマス。

駅のホームには、会社帰りで一杯やったであろう人がパラパラと電車を待っている。
遅い時間なのにマサキさんを付き合わせて悪いなぁとか考えていた。
魚屋さんって朝早いんじゃないの?

「マサキさん、仕事大丈夫なの?こんな遅くまで付き合わせてしまって」
「ああ、いいよ。仕入れは兄貴の仕事だからね」
兄貴?あれ、マサキさんお兄さんいたっけ?

「仕入れとか伝票整理とか、得意先の納品とかは兄貴がやってるんだ。俺は店番と魚さばいたりとかする程度。そのうち覚えないといけないんだけどね」

分業制でお兄さんはあまり店に出ないから常連でも顔を知らない人は多いんだそう。
直接港や、漁協に連絡とったりすることもあるのだそうだ。

マサキさんのお兄さんは、インターネットを使って全国の漁師さんと提携し、メジャーでない値段のつかないような無名だけどおいしい魚を扱って徐々に売り上げを伸ばしてきているんだって。

ネットワークを築き上げて、今までせっかく漁師さんが獲ってきても値段がつかなくて廃棄していた魚も積極的に買い上げて居酒屋さんとかに紹介して居るのだそうだ。

これって、漁師さんも儲かるし、安くおいしい魚が買えるしで双方にとって良いことだよね。

そういう、よそとの差別化をしないと生き残っていけないとすると、お店の経営って大変なんだなぁとか、ちらっと見えたバックヤードに興味をひかれた。

「魚卸すのは飲食店だけじゃなくてね、知ってる?」

マサキさんは話のついでにクイズを出してきた。

ん?飲食店以外に卸すところあるの?と不思議そうな顔をしていたら

マサキさんいたずらっ子のように笑った。

「実はね、水族館にも卸してるんだよ」

ええ!!そうか!!水族館ってペンギンにイワシとか食べさせるショーとかあるもんね。
そういうのも引き受けてるのか!!すごいなぁ。

色んな話をしながら家に近づくと、門の前に行ったり来たりする人影が見える。

あいちゃんではなさそう。お腹はぺったんこっだ。でも家の中を覗き込んでいるから
不審人物には違いない。

うわっ。またあいちゃんがらみなのかなぁ。やだなぁと怖がっていると
マサキさんがえ?と声を上げた。

「ヨーコさん?」

その声に、その人物はぴたりと止まり、マサキさんを凝視していた。



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