ヘタレ女の料理帖

津崎鈴子

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虹のかなたに4

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エミさんの古い写真に、結婚の約束をしていた恋人だった人が映っていた。
幸せそうなふたりだったのに、なんで別れさせられたんだろう。


 おばあちゃんは、切なげな笑みで当時を振り返る。

「エミの恋人だったユウさんは、聡明で思いやりがあり女子の憧れの的だった。
彼の実家は、海運業で飛ぶ鳥を落とす勢いの会社で、いずれはユウさんも家業を継ぐ為に英語を熱心に習っていたの。その英語の家庭教師だった人がうちの裏に住んでいて、エミもいつか外国で仕事できるようになりたいと英語を教わっていたんだけど、そこで知り合ったふたりは、気が合ってすごく親密になっていったの。

でもね、ある秋の日、歴史的な台風に見舞われて、ユウさんの会社の船が次々に被害にあって、預かっていた荷物がほとんど海の底に沈んでしまってね。その補償やら、決まっていた仕事を他の同業者達に回していって、どんどん経営が破たん寸前にまで悪化していったの。

そんな時に救いの手を差し伸べたのが、ある財閥のお嬢様だったわ。支援の条件はユウさんが婿入りする事。ユウさんの事、そのお嬢様も好きだったんだって。ユウさんは生真面目な男だったから、結婚するとなったらその人の事だけを考えないといけないと、別れを切り出したの。エミも了承した。

だって、ユウさんの実家の会社にはたくさんの従業員がいて、その家族の生活を考えなければならなかったから。子供の我儘を通すことはできない状況だったのね」

私とマサキさんは言葉を失った。

エミさんは、最愛の人と別れなければならなかったんだ……。

「エミは黙って身を引いたのに、財閥のお嬢様は、ユウさんとエミが裏で続くことを恐れて、エミが日本国内で仕事できないように手を回したの」

「え? エミさんが海外で飛び回って仕事していたのって、自分で決めてじゃなかったの?」

「そうよ。財閥の方から支度金を準備されて、海外に追い出されたの。昔は今ほど海外に行くことが手軽な時代じゃなかったし、渡航するには途方もないお金が必要だったから。
 お嬢様にしたら、エミが目障りだったんでしょう。ユウさんの親も頭を下げに来たわ。従業員の生活の為に海外で暮らしてくれって」

「エミは、たくさんの人を不幸にしたくないし、ユウさんの傍にいたくないって、海外に渡航したの。通訳の仕事ができる程度の語学力は身に着けていたから」

 そんな渡航が大変な時に海外で仕事って、日本人も少なかっただろうし、ひとりで生きていくのはさぞ辛かっただろう。エミさんがいろんな人に優しい理由が垣間見えた気がした。

私を迎え入れてくれたのも、テルに一方的に別れを切り出された状況が似ていたからなんだろうか。

思わず涙が出てくる。すると、マサキさんが涙をぬぐってくれた。

「エミさんは、いつも笑ってる。笑ってる顔しか思い出せない。エミさんはいろんな辛いことを乗り越えて、強くなったんだね」

 マサキさんのそのひと言に、私もうなづいた。

「ユキちゃん、たとえ一時でも、そこまで愛し抜ける人がいるのは幸せなことだよ」

 昔の財閥は金の力でなんでもねじ伏せてきたっていう話は結構ある話だったみたいだ。
ドラマの世界の話ってわけでもなさそう。

「マサキさんもモテそう……」

じーっと上目遣いで見ると、マサキさん慌てて否定する。

「大丈夫だって!!ユキちゃん一筋だし、家族経営だから!!」

そのひと言におばあちゃんもお母さんも笑っていた。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・


 エミさんがずっとひとりで居たのは、その人を忘れられなかったからなんだろうか。

家に帰ると、エミさんがヨーコさんとお茶を飲んでいた。
楽しそうに笑ってる姿を見ると、なんかあの写真とダブる。

 本当だったら、エミさんがヨーコさんのおばあちゃんになっている可能性もあったんだよね。

台風が来なければ、ユウさんの実家が破たんしなければ。

ずいぶん前にエミさんが言った言葉が蘇える。

【世の中不条理なことががまかり通ってしまう事も多いわ、人生ってそんなものなの。努力ってものには限界があるのよ。ましてや結婚なんて相手のあることだもの。思うとおりに行きっこないじゃない。】

 限界まで努力して、あがくだけあがいて手を離さざるを得ない状況に追い詰められたんだね。
その時のエミさんはまだ十代後半。世間も知らないエミさんに、大人が寄ってたかって圧力かけたんだね……。


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