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第一章 アズリエルとの出会い

8.拗ねてるアズちゃん

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 ◆

「アズリエル! 起きてるだろここを開けろ!」

 目覚めてから1時間、俺は未だにアズリエルから部屋を閉め出されていた。
 そりゃ、悪いのは俺だって分かってるよ!
 ノリで召喚したら、元の世界に帰れなくなったんだから!
 なんか別のラノベにこう言う女神いたよな、駄女神(ダメガミ)だっけか!

「おい開けろアズリエル! ショッピングに連れてってやんないぞ! 開けろ堕天使!」

 何度も何度もドアを叩き、中にいるアズリエルに応答を求むが、全くの音信不通。
 かと思いきや、ガチャリと鍵を開ける音が聞こえ、ドアの隙間から赤い目が俺を見ている。

「アズちゃんをショッピングに連れて行ってください」

 彼女の目の周りは腫れていて、夜の間ずっと泣いていたのだろうと思わせるような表情で落ち着いていた。

「分かってるって! アズリエルの思うがままに買い物してやるから!」

「アズちゃんを甘やかしてください。お金がなくなるまで甘やかしてください」

 彼女の目は俺の顔を見ていない。
 もっと遠くの未来を見ているかのような陰の気を感じる。
 未来を失った廃人のような目を――。

「分かったって甘やかす! アズリエルのために尽くすからよ!」

「ケーキをホールごと買ってください。それと、シュークリームを30個買ってください」

「買う買う! 買うから!」

「ゲーム機も買ってください。この世界にないならそれに似たものを買うか作ってください」

「……アズリエル?」

 彼女はドアの隙間から強い瘴気を繰り出してくる!
 異世界に来たてで、まだ右も左も分からないが、魔力って練り上げるとこんなに禍々しいんだなってわかるよ!
 肌がピリピリするもん!

「アズちゃんを養ってください。一生、アズちゃんに尽くすと約束してください」

「……ええっと」

「もういいです。アズちゃんは、この宿屋を墓場にしますので」

 ぱたむ。

 アズリエルはドアを閉めると、ガチャっと鍵をかけやがった!

 あぁぁぁ!
 いや、俺がいけないんだよ!
 俺がアズリエルを召喚したのが悪いんだけれども!
 どう頑張ってもゲーム機は無理だよ中世だもの!
 だが、この世界の設定は変える気ないぞ!
 異世界転生ってのは中世であるからロマンがあるのだから!

 てんで出てこようとしないアズリエル。
 完全に不貞腐れて全く外に出てこようとしないのだ!

 すると、ドアの奥の方からアズリエルの声が聞こえて来る。

「アズちゃんはここに住もうと思います。毎日、宿泊代を払ってくれるだけでいいですから」

「……分かった、分かった! 俺がアズリエルを養う! 俺はお前の財布だ! だからこのドアを開けてくれ! じゃなきゃ、ショッピングに連れてってやらないからな!」

「なぬっ! それはずるいです! アズちゃんはノベルさんのお金を搾り取りたいのです! そのためにはショッピングにいかなければならない、そういう宿命です!」

 次から次へと駄目駄目なことを言うダメ天使!

「俺は、アズリエルのために生きていく!」

 俺はヤケクソになり、適当なことを言い放った。
 こうでもしないと出てこないと思ったからだ。

「アズリエルが楽して暮らせるように死ぬほど仕事すっから!」

「……死ぬほど?」

「あぁ! 俺はお前のためなら何だってしてやるさ! 甘やかしてやるよ、養うよ、尽くすよ! お前を甘やかすためなら、死んだっていい! 俺が悪かった!」


 なんて、最後の抵抗のような一言をぶつけた。
 こうでもしなければ、出てこないと思ったからだ。
 それにしても、随分とキザなことを言ってしまったな。

 ガチャ。

 すると、綺麗な衣装を着たアズリエルがゆっくりと顔を出した。
 入ってもいいよ、そんな感じのご様子で。

「ゆ、許してくれるのか?」

「……はい」

 アズリエルの銀髪はボッサボサで、可愛い見た目の割に色々とお粗末だ。
 だが、そういうだらしない感じがまた可愛いし、アズリエルっぽいかなって俺は思う。

「ごめんな、アズリエル」

 俺は小さなアズリエルの頭の上に手をポンと乗せてみた。
 まるで兄妹とか親子みたいな感じがする。
 いや、歳の差的には妹かな?

 我がままで泣き虫で、それでいて鈍臭い妹。
 そんなアズリエルが、何故だか急に守ってやりたくなった。
 どうしようもない堕天使だからか?
 よく説明できない感情だ。

 すると、アズリエルは俺の手を取ると、顔を赤らめる。
 なんだ、恥ずかしいか?

「……なくていい」

「ん?」

 アズリエルがなんか喋った。
 怒っているのか、小言でよく聞こえない。

「死ぬほどじゃなくていい!」

「おっ、おんっ」

「甘やかせ、養え、尽くせ! だけど、死んじゃダメです。ノベルさんが死んだら、アズちゃんが極楽に連れていくと約束したはずです。この世界にいては、天界にノベルさんの魂を連れていくことはできませんから」

 そう言って、アズリエルは部屋の奥の方に行き、ベッドの中に潜り込んでしまった。

 ――そうか。
 アズリエルは、生と死を司る天使だっけか。
 数多くの死人から魂を剥ぎ取る仕事をしてきたんだろうな。
 だから、死ぬとか軽々しくいったらダメだよな。

「アズリエル」

「なんですか。アズちゃん、今は再起不能です」

 アズリエルが潜り込むベッド。
 空いているところに俺は座り、少しだけ間を開けた。
 たった数秒の間である。

「俺はお前のそういう優しいところ、良いと思うぞ?」

 モゾっ。

「なんだかんだ言って、俺はアズリエルを奢るのを楽しみにしてんだ! そういう約束だったしな」

「……ノベルさん」

「だって、現実はいつだってハードモードだからよ!」

 すると、アズリエルは髪の毛がボサボサの状態で布団から出てくる。
 目はウルウルと潤み、悲しいんだがそうじゃないんだかわからない表情を俺に向けた。

「ノベルさん。アズちゃんはノベルさんを死なせたりしません」

「そりゃ、俺の担当だからか?」

「いいえ、ノベルさんはアズちゃんの大事なお財布だからです」
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