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第六章 物語も終盤

48.カナヤNO.2の男の噂

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 ◆

 朝御飯。
 いつものように、俺はバディであるハイライターと一緒に朝飯を食べる。

 俺は親父の特権で、宮殿の5階に住んでいる。
 そのため俺の朝食は、カナヤの一般傭兵部隊に混ざって食事を取る。
 俺は普段から一般の人たちと仕事はせず、ハイライターと共に動いているため、友達はいない。
 アズリエルやルーラー、ステイプラーは使用人が部屋に持ってくる食事を食べる。
 俺のような元気いっぱいの傭兵はこうして食堂に来てご飯を食べるのだが――。

「今日も食堂の飯は美味いな! さすがはマスターが考案した朝飯だ! このフレンチトーストとやらはまさに革命的な料理だな!」

「言っとくが、案外それを作るのは簡単だぞハイライター? レシピ見ればガキでも作れる」

「なんと、それは本当かノベル! では、将来結婚する嫁にはフレンチトーストをたくさん作って貰いたいものだ!」

「それってつまり、料理下手な嫁でもいいってことか?」

「おう! 俺様は結局、美味いものを食えればなんでもいいんだ! わっはははははは!」

 朝からハイテンションってのは本当に凄いことだぜハイライター。
 お前ほど、この食堂で騒がしい奴はいねえ。
 まさに歩く騒音機スピーカーだな。

 俺はフレンチトーストをナイフとフォークで切って食べ進めていると、ふと赤い髪の毛の男が視界に入った。
 あれってもしかして――。

「隊律違反を犯したイレイザー様が、2週間の独房生活から出てきてんぞ。ヤバいよなぁ」

 一人の傭兵が、陰口を叩く。

「あぁ。女一人にカッコつけるために、マスターに事件のことを報告せずに自分だけで解決しようとした大馬鹿野郎! 本当、あれがカナヤのNO.2だって思うとゾッとするぞ」

 続き、別の傭兵も小声で。

「それも、女は小汚い獣人なんだよな! この街のルールを犯して入ってきた野良の獣人に恋した挙句、フラれたとか! こりゃ笑うしかないだろ!」

「それよりも聞いたか? 事件って、例の獣人拉致らしいぞ。拉致された姉を追いかけて、カナヤに潜入してきた獣人の妹! そいつとイレイザー様は、事件のことをマスターに報告せずに2人で闇雲に探してたとか……無謀もいいところだよな」

 俺は朝飯を食べ終わると、すぐにテーブルから立ち上がる。

「この街に獣人が拉致されてるってことは、すでに『特効麻薬』を打たれてるさ! どちらにしても、この街に訪れたヤク中のメスは1ヶ月も保たない。それを知っておいて、イレイザーは妹さんと一緒に姉を探し回るとか……馬鹿なんじゃねぇの! とっくの昔に死んでるに決まってんだろ!」

「イレイザー様、どうやら妹がこの街に滞在してくれることを期待して姉を探してるフリをしてたらしいぜ。そんで、妹を家に連れ込んで、あとは察してくれよ。獣人のメスなんざ、性奴隷になるしか能がない万年発情期のオナホなんだよ」

 ハイライターは、立ち上がった俺の前に手のひらを見せる。

「ノベル。落ち着け」

「あぁ」

 俺はトレイ回収場へ向かい、「美味しかったです」と呟いた。
 拳をぐっと握りしめる。

 ――どうも、獣人の偏見が解かれているのは部隊長に近い人物だけのようである。
『獣人は立ち入り禁止』と触書きが出て以来、親父の優しい意図を汲まずに間違った常識が強く根付いていることも知った。
 何度も親父から説明はしているらしいが、1度根付いてしまった歪んだ思想は、口頭如きでは塗り替えせないらしい。

『獣人は汚い存在。滅さなければならない存在』
 であると本気で思っている人間も少なくはないと言う。

 キツネの使用人の体に包帯が巻かれていた。
 親父にそのことを聞くと、『獣人は虐げられて当然』と言われて腕を剣で斬り付けられた傷だと答えたそうだ。
 ある傭兵が日頃の鬱憤うっぷんを晴らすために、そのためだけの理由でキツネちゃんは斬られたのだ。
 痛かったはずなのに、そのことを黙り、彼女は傷を隠して今日もそこにいた。
 斬り付けた犯人を聞いても答えなかった。
 それほど、キツネちゃんは従順だった。
 だから、今度もまた標的にされるはずだ。

 宮殿に住み出してすぐのルーラーも同じ様なことをされていたらしい。
 パチンコで背後から狙撃されたり、ルーラーの部屋の扉にナイフを何本も刺されたり、横切る時にドレスを斬り付けられたりと、陰湿な攻撃ばかりだ。
 その際に、何度もイレイザーがドレスを直し、守ってあげていたことも聞いた。

 ――ここまでしなければならないのか?
 獣人は存在してはダメなのだろうか?
 ただ、獣人族の話が絡むだけでこうも誹謗中傷が絶えなくなるものなのだろうか?!

「おいノベル! やめろ!」

 ハイライターが俺に対して叫んだ瞬間、俺はイレイザーの陰口を叩いたクソ野郎の襟を左手で掴んだ。
 いや、気付いたら掴んでいた。

「おい、てめぇ」

「っなんだ? ……お前、ハイライター様のバディ!」

「随分と獣人が嫌いなんだな。何故だ?」

 返答次第では、ぶん殴る。
 俺はそのために右拳をプルプルと震えさせていた。
 いつでも、この偽善の鉄拳がお前の頬を貫いてやる!

「な、なんだよぉ。別になんでもないってははは。俺たちゃただの3課の雑魚ですんで、あなたみたいに強い人が獣人ちゃんを守ってあげてくだせぇ」

「お、俺はなんも言ってないからな! あいつがベラベラと獣人の悪口を言ってただけだ!」

 2人は食べかけの食事トレイを持ち、せっせと回収場へと逃げていった。

 ――やばかった、もう少しで本当に殴るところだった。
 落ち着くんだ、俺は至って冷静だ。
 ここで手をあげてしまったら、俺がルーラーに迷惑をかけてしまいかねない。
 耐えろ、俺!
 耐えろ……。


「アイツには勝てねぇ、ああイライラする。そうだ、今日もキツネを斬ってやろう。今回は……足首だな。ひひひひ」

 ――俺は新竜人種《ドラゴニアン》、とてつもなく耳が良い。
 小さな陰口も聞こえるんだよ。

 俺の頭の周りに白い雷が走る。
 無意識に魔法が発動してしまいそうになっている。
 それほど、俺は怒りを覚えている。

 無理だハイライター。
 すまんが俺はお前のバディから下ろされることになったとしても、こいつを殴らなければならないと細胞が言っている。

「ほう、よく吠える犬だなぁ。どうした、3課が満足できんか?」

 ――すると、俺の真横を俊足で通り抜けていった新竜人族ドラゴニアンが、男の前に姿を現したのだ!

「は、ハイライター様っ!」

「小言が聞こえないと思ったか? 残念ながら、俺たち新竜人族ドラゴニアンは耳が良くてな。ちょうど、蛇口の水滴が切れる音くらいまでしか聞こえんがな」

「えっ、あっ……その」

「別にいいんだ。確かに、ノベルは3課の君とは違い予めから1課だ。そして、俺様が直々に鍛えてやった。半年間、俺様はノベルを牢獄に収容し、腕立て・腹筋・背筋・スクワット・バーピーを毎日1000回こなさせた」

 ハイライターは竜の鉤爪のような手で男の頭を鷲掴みにすると、徐々に頭を握っていく。

「ノベルは別に努力してないと思っているだろう? 俺様の七光ななひかりで、優遇されてるだけの運がいいガキ……とかな。だが、ノベルはお前よりか、ほんのちょびっとだけ努力してるぞ? それに、お前は随分と口の筋肉は鍛えてるみたいだな。このままじゃ、俺様はお前を気に入ってしまいそうだぞ?」

「ひぃっ! あの、俺はその」

「気に入ったからには、ノベルのように覚醒するまで牢獄の中に閉じ込めておいてもいい。それが半年で済もうが、1年で済もうが、100年で済もうが俺は面倒を見てやるぞ? 入りたいんだろう、1課に?」

「わ、わ、わ、私は1課に入りたいとは一言も」

「ん? でも、3課ではストレスが溜まってるんじゃないか?」

「ひぃっ! すみませんでしたぁ!」

 悪口男は、尻尾を巻くようにハイライターから逃げていった。
 あの脅し方、まさか俺をダシに使うとは思わんかった!
 ――ただ、ハイライターの言い方的にはすごく嬉しい箇所があった。
 やはり、俺はこの人の弟子になってよかったなって心の底から思えるよ。
 ありがとう、俺を止めてくれて。

「はぁ。やっぱりいるんだよな。足並み揃えられんやつが。よく殴らず我慢したな、ノベル」

「すまない。助かったよハイライター」

「なぁに気にするこたぁねぇ。ああ言う奴を殴るには、爆発的にエネルギーが勿体無いだろう? せっかく朝飯を食べたと言うのに」

 ハイライターはニヤリと笑い、テーブルにトレイを取りにいった。
 本当、こいつは完璧な兄貴分だよ。
 俺が現世に帰ったならば、間違いなくハイライターのキャラは主人公の兄貴的立ち位置にしてやる。

「さて、もうここには獣人に偏見を持つような愚か者はおらん。そろそろ監獄から出てくる頃だと思ってたが、俺様に何も連絡をせずにひっそりと過ごすつもりなのか?」

 ハイライターはトレイを回収場に返すと、1人で黙々と飯を食べる男の方に笑みを送った。

 たった1人、人の目線から避けるように端っこで食事をする赤髪の騎士――。

「な、なんスか……」
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