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第七章 ノベルvsイレイザー

57.奥の手

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「ハイライター。カウントはしなくていい。俺の勝ちだ」

「……その様だな。しかし、なぜ無敵とまで言われたイレイザーの魔法を見破った?」

 ハイライターは魔力防壁を解くと、アズリエルはすぐに俺のところに走って来た!

「このバカマヌケ! アホアホノベル! どうしてアズちゃんの話を聞かないのですか! ノベルは意味の無い行動をしすぎです! イレイザー攻略法を叫んでたのに!」

「やっぱり俺にアドバイスをくれてたか。だが、残念ながらお前の声は俺のところには一切届いてないぞ?」

「え、そうだったのですか?!」

 アズリエルはキョトンとした顔を見せる。
 そして、ハイライターは驚きの表情を見せる。
 そりゃ、このカナヤのNO.2を倒したんだ。
 そんな顔になるわな。

「アズリエル。お前の目線からだと、イレイザーは普通に走ってただけだろ?」

「当たり前ですよそんなの。その言い方だと、ノベルの目線からは普通に見えなかったんですか? しかも、イレイザーはズルくなかったですか?! 『今再生してるからカウントしないでくれ』とか、ルール違反です!」

 ――は、そんな言葉を俺はイレイザーから聞いてないぞ?
 何なら普通に反則じゃね?

 まぁ、それはそれで良い。

 俺はイレイザーが俊足に見えたのに、アズリエルには普通に見えた。
 そう、これがイレイザーの魔法のカラクリだ。

 部外者であるアズリエルにはイレイザーの能力を使う必要はない。
 そして、アズリエルの声が途中で聞こえなくなったのも全部イレイザーの仕業だ。
 アズリエルが、俺にイレイザー攻略のヒントを与えないため、戦闘アドバイスを与えないためにな。

 あらかた、イレイザーの能力の正体は見当がついていた。
 この世界は、一見なんの法則性もない様に思えるが、実際は神が作り出した箱庭の中だ。
 何かしらのコンセプトがあって登場人物に名前を振ってる……ラノベ特有のお決まり事だ。

 ハイライター、日本語で蛍光ペン。
 能力は『幻惑』。
 蛍光を幻惑スキルと見たて、それをモデルとして作られたキャラクターだ。

 ステイプラー、又の名をホッチキス。
 能力は『増幅』。
 ホッチキスはもともと銃が元ネタで、機関銃の弾送りが開発の由来らしい。
 その銃の名前が『ホッチキス機関銃』ってな。

 ――そしてイレイザー、日本語で消しゴム。
 能力は『削除』。
 これで規則性が分かったぞ。

「アズリエル。イレイザーは『念じた事実を消す』って特有魔力を持っていた。いいや、イレイザーと契約した妖精の能力かな?」

「なんと! よくそんな事が分かりましたね!」

「分かるさ! なぜならば、俺はラノベを2万冊読み込んだ男だ! ここはラノベの世界! 能力なんざキャラクターの名前で予想がつくぜ! ははははは!」

「あー、そうなんですね。なんか、テンション下がります。てっきりノベルの洞察力がものすごく高いだけなのだとばかり」

「なんでだよ! すごいだろ洞察力! すごいだろ察知能力!」

 ――なんて言ってたが、キャラクターの名前で能力の想像がついたのは戦闘に入って中盤あたりだ。
 正直、この仮説が間違っていたら俺は負けていた。
 ってか、ネーミングのお約束に救われるとか、ラノベの主人公としては普通に失格だわな。
『イレイザーだから消しゴムにちなんだ能力だ!』って違和感持つ様な賢い主人公とかラノベ界隈でいないし。

「確かに、イレイザーの能力はバレてしまえば対策はできる。ただ、対策をしたところで彼は瞬殺される様な雑魚じゃない。状況は何も変わらないし、『殺害禁止』の戦闘においては亜人族のイレイザーは永久無敵だ。それを、どうしてお前は気絶させられたのだ?! 爆発的に分からんぞ俺様は!」

「あぁ。そりゃ、お前らには分からないだろうな。なぜならば、この世界にはまだ存在しない『科学の力』ってやつでイレイザーを倒したんだからな」

「か、かがく!? かがくって、マスターがやってるアレのことか! まさかノベル、最初からこうなることを見越して対策を打ってたとでも言うのか?!」

「あぁ、そう言う事だ! 俺の切り札はこのオンボロ銃……その弾の中身だ!」

 ◆

 エトルフィン。
 俺は昨日、親父にこの薬を作ってくれと依頼していたんだ。

『そんじゃ、エトルフィンを作ってくれ!』

『は?! エトルフィン?! なんに使うんだそんなもの! まさかお前……自殺志願者では無いだろうな?』

『バカなんかあんたは。イレイザーとの試合に使う用のエトルフィンだ。ハイライターから聞いたんだ。イレイザーは亜人族、頭の核を一定条件で潰さないと死なない新人類だってな』

『ふむ……確かにイレイザー君に撃っても死なないとは思うけど、ちょっと流石に怖いなぁ』

『親父! 明日、俺はルーラーにイレイザーを会わせるために試合をするんだ! 負けられないんだよ俺は!』

『……分かったよタクヤ。ちょっと待っとれ、対猛獣用に備蓄しておいたエトルフィン原液が危険物保管庫にある。いいか、絶対にイレイザー君以外に撃つなよ? 中型獣を安楽死させるほどに強力な薬なんだからな!?』

 ◆

「え、エトルフィン……とはなんだノベル? 俺様にはさっぱり何も分からんぞ!」

「だろうな。エトルフィンの開発は近世だ。中世レベルの文明じゃ知ってるはずがないもんな」

「いや……誰も知らんだろそんなの!」

 ハイライターは腕を組んで怪訝な表情を見せる。

 俺は、イレイザーの頭に突き刺さった弾丸を、四次元バッグから取り出したピンセットで摘み抜く。

「これにエトルフィンを詰め込んだ。大変だったぜ、この弾丸を作んの! 親父に協力して作ってもらったんだ」

「なんですか、この弾の形! まるで注射器のような」

 はっ、とアズリエルは俺の顔を見た!
 あらあら、可愛いお目目がクリクリしてますね。
 まぁ、アズリエルはもう何がどうなったのかは察してくれた事だろう。


 ――エトルフィン。
 ベンジルイソキノリン型アルカロイドの一種・モルヒネ。
 それの1000倍以上の高い鎮痛活性を発揮する現人類の無力化兵器だ。
 親父は、麻薬密売人から押収した麻薬から、最高レベルの知識で成分を分解して合成、この時代に殺戮を強制終了させる特効薬を開発したわけだ。
 ただし、その威力は絶大すぎて人間なんかじゃ使い物にならない。
 使う対象は大型獣や魔物のみで、主に捕獲して解剖するためにエトルフィンを作ったんだそうだ。

 かぁー!
 俺ってば、文系なのにこう言う知識だけは達者なんだよな!
 ラノベに書けるような劇的な科学なら詳しいぞ俺は!

「無敵だって言われてるイレイザーを戦闘不能にするには、これしか無いって事ですか?」

「そう言う事。危険度マックス薬品だから、あんまり使いたくなかったが……。なぁに、あれだけの回復力を見せつけられたら使っても大丈夫だと思ったんだ」

 イレイザーの顔色が悪くならないのを見て大丈夫であると確信した。
 普通なら、血の気が1発で引く様な最強兵器だ。
 大型獣を無闇に殺さずに捕獲するためだけに存在する、『不殺』を唱える俺に最も相応しい武器――。

「これはな、俺が住んでいた世界で存在する、人類史上で最も使い勝手が良い薬品と知られている医療の最前線素材……」

 麻酔弾薬だ。
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