お望みどおり、地獄へどうぞ~結婚詐欺師に贈る復讐劇~

相田ゆき(渡辺河童@あいだ啓壱)

文字の大きさ
8 / 16
過去編

8-なにも、残されていなかった

しおりを挟む
失踪から二日目の朝。
莉子は、自宅のベッドで目を覚ましたまま、しばらく身動きが取れなかった。

チャットアプリは、いまだ未読のまま。

電話も、もうコール音さえ鳴らなくなった。

 その日の昼。
莉子は圭太の部屋へ向かった。

合鍵はまだ手元にあった。
彼の私物が、残されているはずだった。

だが――ドアを開けた瞬間、莉子は凍りついた。

室内は完璧に片付いていた。
まるで『はじめから誰も住んでいなかったかのように』。

ソファの上には、圭太が使っていた毛布もない。
クローゼットは空っぽ。
彼の靴も、洗面台の歯ブラシも、キッチンのマグカップも――すべてが消えていた。

冷蔵庫には電源が落とされ、郵便受けには「転居届」の控えが入っていた。
新住所欄には、黒のサインペンで無造作に「×」が引かれていた。

莉子は、彼と共有していたという口座の番号を頼りに、銀行へ向かった。
だが、そこで告げられたのは、

「お客様、この口座はご本人様確認ができませんと、情報の開示はいたしかねます」

「いいえ、そこに送金してるんです。名義人は――」

「確認できるものがなければ、ご案内は……申し訳ありません」

まるで最初から存在しなかった取引先のように、機械的な言葉が繰り返される。

振込履歴をスマートフォンで見せても、担当者は「確認をお預かりします」とだけ言い、奥に引っ込んだまま戻ってこなかった。

圭太のSNSアカウントは、すべて削除されていた。
――どこを探しても、もう「神谷圭太」という痕跡はネット上に存在しなかった。

フルネームを検索しても、出てくるのは無関係な別人の情報ばかり。
かろうじて名刺に印字されていた会社名で検索しても、登録されていない子会社のようなものばかりで、どれも仮設かゴーストだった。

職場も、名刺も、電話番号も。
全部、偽物だった。

その夜、莉子は彼からもらった“約束の指輪”を机に置き、見つめていた。
プラチナのそれは、確かに本物だった。
だが、どこにも刻印がなかった。

ブランドも、工房の印も、日付も。
――それすら、最初から「誰にでも渡せるように」選ばれていたのだ。

莉子は膝を抱えた。

心が、静かに崩れていく音がした。
それでも涙は出なかった。
それほどまでに、現実は“空っぽ”だった。

私は、夢を見ていたんじゃない。
本当にいた。確かにいた。
……でも、いなかった。

声に出しても、部屋は無反応だった。
まるで、圭太のように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...