岡の上の宮

垂水わらび

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火龍

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 年の瀬になった。
 大来皇女は、ある晴れた晩に久しぶりに大きな火を焚かせた。
 木々を積み上げ、油も使って焚いた。
 パチパチと木が爆ぜる。
 また、皇女はかつて自らが着ていた斎王の格好をして、手には新たに作らせた鈴を持ち、火の周りを舞踏した。
 トントン、トトント
 シャンシャン、シャシャンシャ
 小さな足音と鈴の音がする。
 侍女たちは、采女ではないゆえに、舞踏を許されず、ある一方にのみ集めて置かれた。侍女たちは、ゆらめく炎の奥に、美豆良の男の影を見た。遠くからはっきりとは見えないが、所作と同じく顔形が美しいように思えた。
ーあれは、噂の神の化身に違いない
ー皇女さまの尊さを聞いて来られたのではないか
 その大友は古い時代に別れを告げ、新たな時代を迎えようとする、大来なりの儀式だろうと思った。
 大来は火の周りを一周し、再び侍女たちとは反対側、つまり大友側に来た。
「いらっしゃい」
 大来は念じた。
 大友にはなす術などない。そのまま大来に引き寄せられた。
 大来は大友をしっかりと抱きしめたまま、火の中に飛び込んだ。
「なんということを!」
 どうもがいても大友には大来を火から出すことはできない。
「わたくしと一緒ならば、きっと黄泉比良坂を下ることができますとも!」
 大来は焼ける痛みに耐えながら微笑んだ。
 侍女たちからみると、炎の奥で大来皇女が美豆良の神を抱きしめているように見えた。
 あああーっ!
 大来は苦しみの中、最期の絶叫をした。
 ようやく侍女たちは、何が起きているのかを理解した。
 なんと、皇女さまが火に巻かれておられる。
 慌てて水を取りに行くのだが、汲み置かれていた水には誰の仕業か油が上に注ぎ込まれていた。そうとは知らず、侍女が巻いたから水に乗って、油が進み、油を燃やしながら火は建物に燃え移った。
 うぉーっ!
 火の中で雄叫びが聞こえた。
 火の中で、美豆良の男は姿を変えた。
 龍である。
 龍は炎を食べるのか、大きく成長していく。
 侍女たちは慌てて逃げ出した。
 建物を燃やし尽くし、さらに龍は大きくなり、天に登りそうである。
 良く見れば、龍はもう一匹の小さな龍を抱き抱えている。
 カンカンと都の異変を知らせる鐘が鳴った。
 火事にようやく気付いたらしい。

 ちょうどその頃、岡の上の庵にいた義淵はまだ眠らずにふと外に出た。
 雪こそ降らないが、この冬は特に冷えるような気がする。池には氷が張っていることだろう。
 都の方が紅い。
ー火事であろうか
 何事もなければ良いやらと、義淵は経文を唱えた。
「見よ」
 いつの間にか隣に立っていた尼君が指さした。
 炎が高く登り、まるで龍のようだ。
 遠くでカンカンと鐘の音がした。
「義淵!我を池へ連れて行け!」
 尼君が命じた。疑問を投げかけようとしたが、あまりの剣幕にその余地はなく、義淵は軽い尼君を抱き抱えて、自らが整備した池まで走った。
 尼君は凍てついた池に進み入り、両手を広げた。
 義淵も中に入ろうとしたが、尼君は命じた。
「ならぬ!決して、入ってはならぬ!」
 そして尼君は天に向かって叫んだ。
「我が庇護にあった子らよ!ここじゃ!」
 ある屋敷から直立していた龍は、ふらふらとこちらに飛んでくる。
 近づいてくると義淵にもわかった。
 火炎龍は二匹いる。悶える大きな龍に小さな龍がしがみついている。小さな龍は雷を纏い、二匹を動かす。
「伊賀采女が産み、我が育てあげた愛し子よ!ここじゃ!母の元へ来るのじゃ!我が育てあげた鸕野が産み、我が元で過ごした愛し子よ!この祖母の元へ来い!」
 尼君がそう叫ぶと、悶えていた大きな龍がカッと目を見開いた。
「…我が君」
 大きな龍は大友と心得た。ではあの小さな龍は?大后の庇護にあったとは、まさか、伊勢に送られた、あの女の子か。
「愛しい子らよ、我が懐に飛び込め!」
 尼君がそう叫ぶと、大きな龍は悶えてた。小さな龍が懸命に空を泳ぎ、二匹を尼君めがけて突進した。
—このままでは、尼君が焼け死んでしまう!
 義淵は尼君を救おうと手を伸ばそうとするのだが、体が動かない。
 二匹の龍は、轟音をたてて、池の氷を溶かし、沸騰させ、蒸発させながら、池の中に消えた。
 義淵は蒸気に肌を焼かれながら、ようやく動くことができるようになった。
 池の中には、それまでなかった石が立っている。
「尼君さま、我が君、伊勢の斎宮」
 義淵はまだ熱い石を抱きしめた。
 異変を知って、まず駆けつけたのは里人たちである。次に岡の上に駆け上がってきたのは、法興寺の行基であった。
「…義淵さまが、この地に災いをなす火炎龍をこの池に鎮められたか」
 行基はようやく、それだけを言った。
「ありがたや」
 里人らは義淵をありがたがり、ひどい火傷をした義淵を水のない池から助けあげ、庵の扉の上に義淵を乗せて、法興寺まで下ろしたのである。

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