人の恋路を邪魔するな

guch

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国王ではなく諸侯が治める国、その中でも小国の一つにあり、侯の支配も薄いその村には流れ者が溜まりやすく、人の村ながら魔族も紛れていた。争いから遠く、娯楽は少ないが自然に囲まれたのどかな風景はどんな種族も惹きつける。しかし、そんな辺境にも人間に敵対心を抱かれながらも平穏な暮らしを努めて営もうとする、他に身よりもない魔族たちの生活を脅かす存在がいた。聖書を片手に魔を滅することを説き、人々を魔族との戦いへと駆り立てる聖職者だ。自分たちを殺せと言う説教を聞きに、わざわざ魔族が教会に行くことはなかった。



 ダゲスンは自慢の1本角を磨き、口笛を吹きながらいつものように休日の朝を謳歌していた。しかし分かれ道を曲がったところで、ガヤガヤというざわめきに尖った耳を向け、異変に気がつく。十数人の仲間たちがこともあろうに、教会の前に集まっているではないか!もしや、ついに堪忍袋の緒が切れて中の神父や信徒たちを殺してしまおうというのか。そんなことをすれば自分はこの村にいられなくなってしまう。ダゲスンは巨体を揺らして仲間を止めに走る。



「駄目だみんな!何のために今まで我慢してきたんだ!折角、人間の王が魔族に…」



「しっ、聞こえないだろ」



必死のダゲスンの説得を、一人の女サキュバスが遮る。赤ワイン色の癖毛の女は、数多の男を手玉に取ってきた齢数百の美女だ。ダゲスンにとっては人間に近い容姿のサキュバスより、オークやゴブリンの女性の方が好みだった。しかしその、人間の男の精気を奪い取り、貢がせた宝石に高笑いしていたサキュバスが、少女のように頬を林檎色に染め、何かに聞き入っている様子の珍しさにダゲスンは興味を惹かれた。そしてそこまで真剣に聴いているのはサキュバスだけだが、周りの魔族たちも耳をそばだて、教会の堂から聞こえる話に耳を傾けていた。ダゲスンも耳に手を当て、聴覚を研ぎ澄ませる。教会のステンドグラスの窓は閉められているが、人より耳がいい大抵の魔族には中の声がよく聞こえた。



「ですからこの楽園というのは……」



前の司祭は五月蝿い熱弁をしゃがれた声で奮っていた壮年だった気がするが、今聞こえる声は心地よい低さで、落ち着きの中に熱が込められ、よく通る澄んだ声だ。そういえば数日前から若い司祭に変わったと聞いたことをダゲスンは思い出した。ははあなるほど、とダゲスンは顔見知りのサキュバスを見る。こいつは結構面食いなので、その面の良い司祭に執心してやがるんだな。しかし同時に疑問なのは、人間のイケメンを食い散らかしてきたサキュバスが何故今更顔がいいだけの若造、しかも司祭に熱心なのかということだ。

 教会と魔族のことより隣人の色恋沙汰が気になってきたダゲスンは、窓硝子の向こうに見える司祭の姿を見ようとする。壇上に立っているのは髪の長い一人の男で、ここいらの人間にしては背は高い方に見えた。顔のバランスは遠目に見て整っているが、身体付きはそれほどよくない。過去に…ダゲスンがこの地に来た二十年前からサキュバスが相手にしていたのはもっとガタイのいい男だったはずだが、趣向が変わったのだろうか。サキュバスは甘いため息をついて、素敵…などと歳柄もなくのたまっている。ダゲスンは長ったらしく聞き慣れない人間語の多い司祭の話に飽きてきて周りを見渡すが、人の言葉に長けたオークの友人などは目を剥いて耳を立てている。



「なんて言ってるんだ、何がそんなにおもしろいんだよ」



ダゲスンはサキュバスに怒られないよう、小声で彼に聞く。友人は司祭の言葉を同時通訳してくれた。曰く、



「「滅ぼすべき魔とは魔族のことではなく、神の平和の意思に背き争いの火種をこの地上に蒔く全ての者たちのことである」」と。



「はぁ…???」



ダゲスンは目を点にして瞬いた。聖書など読んだこともない魔族のダゲスンにも分かるほど、新しい司祭の唱える言葉は通常人間の聖職者が言う教義に背くものだ。



「何で異端にならないんだ、あの司祭」



「縁起でもないこと言うんじゃないよ!」



ダゲスンの呟きを聞きつけたサキュバスが眉を釣り上げて怒鳴る。前の司祭には生き埋めにされろとかお前が業火に焼かれろとか言っていた癖に、手のひらを返したぞこのババア。

そうこうしているうちに説教が終わったらしく、信徒たちが出てくる。ざわついているのは司祭の説教に困惑しているからだろう。自分たちの方をちらちら不安げに見る者もいる。教会の偉いやつに伝えるものがいればすぐに司祭がまた変わるだろう、とダゲスンにも予想がついた。教会の祭壇の前では、司祭が手伝いの少年と話している様子が見える。司祭は柔和な笑みを浮かべた優男に見え、とてもその口から権威に真っ向から逆らう言葉を紡ぐようには見えなかった。

 魔族たちがああだこうだ話したり、遠目から司祭を訝しげに見る中、隣にいたサキュバスは、「決めた!」と言ったあと司祭の前まで駆け出していた。不毛なナンパでもする気かとダゲスンたち野次馬がひしめく中、サキュバスの魅惑的な声が響く。



「司祭様…あたしを修道女にしてください!」



ダゲスンたちはサキュバスの無謀な頼みに口を開けた。確かこの地域の人間の宗教では女も聖職者になれると聞くが、魔族が見習いとはいえ人間の宗教の聖職者になるとはどういうことだ。その上この宗教の戒律には禁欲も入っていた。ダゲスンはサキュバスが色狂いばかりでなく、中には恋愛嫌い、無性欲のものまでいることも知っていたが、今までのあのサキュバスの素行を振り返って思う。あいつに禁欲は無理だ、大体司祭の精気が欲しいだけだろ。司祭が彼女をサキュバスと見抜けるかは知らないが、隠されていない尖った耳は明らかに彼女が魔族であることを示している。今回は振られるな、とダゲスンたちが思っていたところで、司祭は思いがけない返事をした。



「魔族に私の言葉が届くとは感激です!是非伴に神への道を歩みましょう!!」



そう言って手を握りしめている相手のよこしまな表情が目に入らないのか。頭のネジが数本飛んだサキュバスと十本は飛んでいる司祭のやり取りに、魔族たちは喜劇を見ているのかと錯覚した。
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