人の恋路を邪魔するな

guch

文字の大きさ
5 / 9

不信心者

しおりを挟む
キヴィが赴任した教会は、山を越え川を越えた岩地で産出された、薄黄色の石を積み上げて造ったものだ。
大理石でも、石膏でもない石壁は、素朴さと温かみがあり、ベベドナはキヴィの髪と同じ色なこともあって、気に入っていた。
その壁に、今朝、落書きがされていのだ。



「不信心もの!」



早朝に気づいたベベドナは、ゴシゴシと石を削り、なるべく司祭の目に止まる前に消そうとする。ただの落書きでも許せないが、司祭のことを悪く言う落書きは尚更許せない。過去に教会に落書きどころか石を投げつけたり集団で囲ったり若気の至りで火をつけようとしたこともあるベベドナは、自分のことは棚に上げ、地団駄を踏んで憤っていた。



(あの時は教会に仲間が殺されたりしたからやったけど、キヴィ様は人間にも魔族にも何もしてないじゃないか!むしろ相談に乗ったり、薬をあげたりしてるのに・・・!)



何日も続くので、ベベドナ一人で消せる量ではなくなり、気づいた子供たちも手伝うようになった。そしてキヴィ自身も加わった。マレンマレンやベベドナは険しい顔つきでぶつくさ怨嗟を吐きながら落書き消しをやっていたが、子供たちは楽しんで、グラフィカルなものがあると真似までし、せっかく綺麗にした壁を汚そうとする。



「駄目だよ、教会の壁は神聖な…」

「いいアイディアだ!」

「え?」



司祭の思わぬ反応にベベドナは目を瞬かせた。



「落描きできないくらい、絵を描いてしまうというのはどうでしょう」

「どんなに綺麗な絵を描いても、こういう輩は平気で上塗りします」

「でも、まっさらな壁には何か描きたくなるし、少しは減るかもしれません。それに、この外壁は年月のせいで結界効果が薄れてしまっているので、魔法塗料で塗り直そうと思ってたのです。これ以上、ベベドナやあなたの手を煩わせられません。」



本来教会は悪意あるものを弾く結界が張られているが、整備を怠られたせいでその結界も穴だらけで落描きなど蛮行ができるようになっていると司祭はいう。ベベドナは確かに昔火をつけようとした時も、そのせいで逆に自分が燃やされそうになったのだと思い出す。

(この壁、素朴なところが気に入ってたんだけど…、でも、確かに、皆の絵が描いてあっても、楽しいかもね)

というわけで、皆の魔力を込めて教会を護る壁を塗り直すことになった。魔族の魔力が入ることにマレンマレンは不満気だったが、この中で一番魔力が高いのはベベドナなので致し方ないと折れる。塗料の材料の砕いた石や土を混ぜながら、魔力ある者は各々言霊を唱えたり少量の血を混ぜたりして、魔力を込める。壁をライム色に舗装し直したあと、全員で絵を描いた。かなり無秩序な外装になったが、司祭は満足気だ。子供たちや修道士の中には独特のセンスを持った者もいて、一部の壁は極彩色だったり金色だったりに光った。ベベドナは司祭の顔を描きたかったが自分の画力を考え、魔族の模様や花を描く。司祭は猫を描いたと言うが、かなり個性的な絵柄の猫は、皆には魔物に見えた。



「教会が…」



マレンマレンは巨大なキャンバスになってしまった教会の壁をみて呆然と呟く。しかし彼自身、ノリノリで故郷の風景画を描いた一人だ。



「かなり魔力を込めたから、焼き討ちにあっても平気だよ」



思わず言ってから、あ、とベベドナは口を抑えた。司祭が焼き討ちに会うようなことをしているという意味にも取れるし、何よりベベドナが焼き討ち未遂をしたことを知られかねない失言だ。



「頼もしいですね」



しかしキヴィは笑顔で答えた。焼き討ちされるようなことをする気かと、ベベドナは少し心配になる。



「それにしても、虫も殺さないキヴィ様を人殺し呼ばわりなんてひどいやつらだ」

「ベベドナ、汝の敵を愛しなさい」

ベベドナが怒りの表情を顕にすると、キヴィは聖書の一説を引いて窘めた。そして、

「それに、私は…」

何かを言いかけて、口をつぐんだ。いつもベベドナたちの前では笑顔のキヴィが暗い表情をしている。ベベドナが心配げに見上げると、キヴィは彼女の目を真っ直ぐ見て静かに告げた。

「私は罪深い人間なのです。彼らの言い分も、無理はありません。…貴女にも、皆にもいずれ伝えなければならないのですが…、今は…。」

ベベドナを見るキヴィの瞳には、罪悪感や自責の念が浮かんでいた。ベベドナが何かを言う前に、キヴィは微笑みを取り戻して、

「…でも、そんな私が言うことにも、神が与えた真実があると信じています。」

そう言って、踵を返した。ベベドナはポカンとしたままキヴィの後ろ姿を見ていた。

(神じゃなくてあなたが言うことを信じているのに。)

そう突っ込むこともできず、ベベドナはキヴィが壁に描いた、不安定な猫を見ながら考えた。
万能な司祭は、絵心がなかった。しかし今のベベドナにとって、憧れのキヴィの絵心のなさなど、瑣末なことだ。それよりも、浮かばないキヴィの表情が気になって仕方ない。

(罪深い…、私がいなくても…、伝えなければ………。)

キヴィの自嘲するような表情と言葉、そして彼が一向に自分に欲を見せないことからベベドナが辿り着いた結論は一つ。

(もしかしてキヴィ様は既に、戒律を犯して恋人をつくってた……???)

ベベドナは知らない人間の女とキヴィが絡み合う様子を妄想する。いかにも淑女といったか弱い外見で優しい司祭の同情を煽るあばずれに、純朴な若いキヴィは諾されてしまうのだ。後で己の罪を嘆いたキヴィは、修道院のある王国から離れた連邦諸国の、小さな教会に赴任した。ありうる話ではないか。

(キヴィ様は昔の恋人(仮)を忘れられなかったり、深く反省されたりしてるせいで、全く誘惑になびかないのかも…)

ベベドナは一瞬、前者の想定をして固まる。彼女とて昔別の女に獲物を取られた経験はあるが、基本的に自信家なベベドナは、キヴィの心がもう他の誰かのものであるとは考えていなかった。実際、その誰かとして一番あり得そうなのは神に他ならなかったが。

(若気の至りは至りでも、一時の火遊びじゃなく、例えば故郷の幼馴染とかの純愛だったらあたしに勝ち目は…)

ベベドナは、いかにも愛らしくか弱そうな人間の女性とキヴィが仲睦まじくしている様子を想像した。ベベドナより、キヴィの隣にいるのが似合いそうな子だ。

(いや、あたしらしくない!)

ベベドナは一人でぶんぶんと首を振って、悪い想像を打ちはらう。純愛の前に引き退るなど、サキュバスの名が廃るというものだ。

「そうだとしても、寝取るチャンスはある!」

もっとか弱そうにしてキヴィ様の優しさにつけ込むか。拳を天に突き上げて誓うベベドナの思考は全く模範的信徒から程遠かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...