【完結】女神さまの森 👩

アークレイ商会

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1.木苺と夜の森

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    ここはドネル王国辺境にあるノース村、大木を伐採し木の根を掘り返す開拓から始まった村も、今では広い麦畑と豊かな森に囲まれた平和な村になった

    村人が焚き木にするために木々を伐採し、枯れ枝や下枝を集めに入る里山の森も、春は木や草たちがそれぞれに花を競い合う
    そして、あちこちに群生する木苺も可憐な花を咲かせ、初夏の 6・7 月ごろに小さな実を沢山つける

    ラズベリーやクランベリーの可愛いらしい赤い実やブラックベリーなどバラ科の木苺類、そして種類が異なるツツジ科のブルーベリーなどの実り
    それを楽しみに待っていた女性や子供たちが森に出かけ、木苺を摘みながら食べて唇や舌、口の周りまで紫色に染める

 そうやって採って来た木苺の実をきれいに洗ってザラメと煮込み、熱湯で消毒したビンに詰めてジャムを作り
    パンに塗ったり紅茶に入れたりして、甘酸っぱい季節の味を楽しむ。

    エミリーも村の女性や大きな子供達に連れられて、森へ木苺を摘みに出掛けました、けれど皆で木苺を摘んでいたはずなのに、気付けば周りには誰も居ません
 一人になった心細さからパニックにおちいって、大きな声で皆の名前を呼んで闇雲に歩き回った末、薄暗く立ち入ってはいけない危険な森の奥深くにまで、踏み込んでしまいました。

    陽が傾き暗くなり始めたのに、危険な獣のいる森で木苺の籠だけを抱え、水も無く方角も分からずただ途方に暮れるばかり
    一歩も動けなくなり、その場に座り込んで泣いているうちに、日が暮れて気温が下がり、体が冷え切ったエミリーは意識朦朧として倒れてしまう

    真っ暗な中で、誰かがエミリーを抱き起こし、体を温め汚れた顔を拭いてくれている、目を開けるとシロクマがいる

「よかった、気がついたのね」

    鈴を転がすようなキレイな声がして、すぐに優しく水を飲ませてくれます
    ようやく意識がハッキリとしたエミリーは、驚きのあまり声も出ません、だって有り得ないものを見たから

    周りに幻想的な光の玉が複数浮かび、その中で貴族のような優雅な白いロングドレスを着て、豪華な白の毛皮のコートをまとい
    腰まで届く美しい銀髪を揺らしながら、深い湖の色をした碧眼でエミリーを見つめ、白魚のような指で介抱する女神さま?

「ああ、私はもう死んでいる」

    そう思いゆっくり目を閉じたら、その女神さまはエミリーの傷だらけの手足に、水をかけ手荒く洗い、容赦なく傷薬を塗り込む

「い、痛いっ」

「うるさい!我慢しなさい、ビシッ!」

 思わず声を上げたら怒られた上、父にもされたことがないデコピンのオマケまでつく

    これは、見た目は女神さまでも中身は悪鬼羅刹あっきらせつのたぐいに違いないと思えば生きた心地がしない
 だけど、デコピンで赤くなった額をさすりながら、涙目のエミリーは自分がまだ生きていることを実感します。

「私の名前はソフィアよ、あなたのお名前は?」

    やっと乱暴な傷の手当てが済み、優しく問いかけられたけれど、エミリーは寒さと恐怖に震え、かすれ声で短く答える

「ノース村のエミリー」

    ソフィアと名乗った女神の顔をした悪鬼羅刹は、右手でエミリーを抱きかかえ、左手に木苺の籠を持つ不安定な姿勢で立ち上がり
    暗くて足場の悪い夜の森を、いきなり凄い速さで疾走し、たちまち森を抜け村の入り口にたどり着いた

    そこでエミリーを下ろして木苺の籠を渡すと、しゃがんでしっかりと目を合わせ

「今夜、私と出会ったことは二人だけの秘密、誰にも言わないでね」

    なぜか固く約束させられ、小さな磁石を渡された

「エミリーは方向音痴のドジっ子だから、これは御守り」

「これで方角も分かるし、困った時は手に持って祈れば、すぐに心が落ち着くわ」

    なんだか怪しい宗教の勧誘みたいなことを言われる。
 
    心配顔の怖い女神さま、ソフィアさんに見送られ恐る恐る村に入り、肩を落として一人ヨタヨタと家に帰る
    すると、いつもは強面こわもての父が飛んできて私の傷を確かめ、安心したのか抱きしめて大泣き
    母は隣でニコニコしているけど目が笑ってない、私の兄姉はこの光景を呆然として見ている。

    大勢で森の捜索に出る予定だったらしく、父と母が手分けして近所や村長さんたちに私が無事に帰宅した事を知らせ、迷惑をかけたことを謝罪に回る騒ぎに。

    翌日は父が精神的にダウン、母も簡単な料理しか作らず育児放棄、これには兄姉たちも参ってしまいブーイングの嵐
    けれど、エミリーだけは呑気に、根掘り葉掘り問いただされることも無く、怒られもしない良い流れキター!と、ひそかに喜んでいた
    翌日、母から当分は外出禁止、お小遣い半減の厳しい謹慎処分を言い渡されてしまった。

    二週間後、やっと謹慎が解けてお使いに出た帰り道、誰かが荷馬車の上からエミリーに手を振っている、近づいてよく見るとソフィアさん?
    驚いたことにあの夜とは違い、目は濃い茶色でやや薄い茶髪は短く肩までしかない
    肌は健康そうに日焼けし、服も村の人たちよりは上等だけど、目立たない地味なものを着ていて、まるで別人のよう。

    あの夜はソフィアさんのことがとても怖かったけど、家に帰って落ち着いて考えてみたら
    自分が死に直面していて、ソフィアさんが生命の恩人だったことに気がついた

 けれど、村の入り口で別れたきりソフィアさんにはもう二度と会えず、御礼を言う機会もないと思っていたので
    こんな千載一遇の機会を逃してはなるものかと、エミリーはジャンピング土下座をする勢いで必死にあやまる

「あの夜は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」

    ソフィアさんに深く頭を下げ、きちんと挨拶をして、傷だらけだった腕を見せ

「次の日にはもう治っていました、おかげさまであとも残りませんでした」

    そして、ヒモを通して首から下げていた約束の小さな磁石を見せ

「約束通りソフィアさんと会ったことは誰にも話していません」

    また会えたのが嬉しくて思わず抱きつき、デコピンされた額をこすりつけて甘えたら、笑って頭を撫でてくれる

「あらあら!元気そうで、なによりだわ」

    ソフィアさんは、自分のことを町の薬師くすしだと名乗り、この村に自分の工房で作った薬を届けた帰りだと言う

「ついでにドジっ子、エミリーちゃんの様子を見に来たわ」

    残念ながらソフィアさんの頭の中で、私はパーフェクトにアホの子扱いのようです(泣)

    そのあとわざわざ馬車で家まで送ってくれましたが、その途中でソフィアさんとは、だいぶ前に村の薬屋で知り合ったと口裏を合わせ、出てきた母に町の薬師さんだと紹介する

「お嬢さんがあまりにカワイイから、私がが護衛をしてまいりました」

    ソフィアさんはナンパ師かモデル事務所のスカウトみたいなことを言って、衛兵のように敬礼して笑わせ、家族ともすぐに仲良くなった。

    その後も時々、町の珍しいお菓子を手土産に家に寄ってくれ

「お嬢さんは利発で才能があるから、もう少し大きくなったら、町の私のお店で修行すればいい」

    ただの外交辞令かも知れないけど、ソフィアさんは私を褒め、そんな話を母に勧めてくれる
    普通の村人にとって、難しい書物を読み高価な薬を調合する薬師は雲の上の存在、だから母は大喜びで庭駆け回る
    何も無い村から大きな町に行けるので、私も庭駆け回り、父はコタツで丸くなる。

    そして、ソフィアさんは、私と二人だけになった時に小さな声で聞いた

「あなたは転生者でしょう?」

    いきなり図星を突かれてしまい、家族にも友達にも自分は転生者だと告げたことがなかったのでビックリ

「あの夜、森であなたを見つけたのは偶然じゃないの、私には魔力が見えるから遠くても、あなたの強い力がよく分かったわ」

「このままだとあなたは騙されて酷い目に会うか、知らない間に利用されたり、周りに思わぬ迷惑をかけることになる」

「だから、自分を守るためにも私の弟子になって、出来るだけ早く戦う力と、力を制御するすべや知識をちゃんと身に付けなさい」

    ソフィアさんから真摯な忠告を受けてしまいました。
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