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2.見学会とパレード

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    町にいる薬師くすしのソフィアさんからエミリーに、村人や子供たちと遊びがてら、町の様子やソフィアさんの店と工房などを見に来ないかと言うお誘いがあり
    引率の村人と子供たち数人で、配達帰りの馬車に便乗させてもらい、一泊二日の予定で町に遊びに出かけました。
    
    この町には間口の広さに応じて税金がかかる間口税があるので、それを節約するため、店舗も住宅も全般に間口が狭く奥が深い、いわゆるウナギの寝床
    ソフィアさんの薬屋も表にある店の奥には広い工房があり、さらにその奥は倉庫と荷捌き場で、裏門の外は裏の通りになる
    エミリーたちの乗った馬車は、村から薬草など薬の材料を運んで帰って来たので、寂しい裏通りから裏門を入り、殺風景な荷捌き場に着いた
    村人と子供たちは、華やかな町の姿を期待していただけにかなり落胆したみたい
    これを聞いた文豪ゲーテは「光強きところ影もまた濃し」とつぶやいた、とか。

    馬車を降りるとすぐに工房の食堂に通され、お肉と野菜がいっぱい入った温かいスープと焼きたてパンが出た
    小休憩をはさんで、ソフィアさんが店や工房などを案内してくれる

    お店と薬工房は、繁華な広い通りに面していましたが、表の入り口はやはり間口が狭く雑貨や食料品まで置いてあって
    格式の高い薬工房というより、ちょっとお薬の多い雑貨屋みたいな感じです

    私は最初から工房の様子が気になり、機械も使わず簡単な道具だけで、手際良くテキパキと、お薬を作っていくのを感心して暫く眺めていました
    そして、案内されるまま2階に上がり、清潔感のある弟子たちの個室や休憩室などを見せられ、福利厚生の充実ぶりをそれとなくアピールされる

    どうもこの見学会の目的は、薬や工房の宣伝よりも、ここで働く人間の募集にあるらしい
    こういう面倒な割に、地味な仕事は敬遠されがちなのかも知れません。

    本日のメインイベントはお店の前の広い通りで行われる、聖人か何かの記念祭に伴う華やかなパレード
    このドネル王国は観光立国を目指して、元々多かった記念日をさらに増やし、補助金をばらまいている
    そのせいで国境に近いこの町も隣国からの観光客を呼ぶため、毎月のようにある記念日のパレードにも力を入れているという

    私たちが二階の窓際に雀のように行儀よく横並びで、窓枠に手をかけ立ったまま待っていると、遠くから賑やかな音楽が近づいて来る
    音楽隊の大きな音につられ、いつの間にか通りや向かいの店の二階の窓にも見物人があふれ、こちらも店や工房の人まで二階に来て見物しています。

    派手な格好をした人たちが踊りながら行進し、可愛いキャラクターの着ぐるみが宣伝チラシやグッズを配り、ピエロや軽業師が芸を披露して笑いや拍手が沸く

    美女がにこやかに手をふる花で飾られた馬車が通り過ぎ、店名や商品名を大書した派手な色の馬車もあれば、祭りの後援をする名士や町長も馬車に乗りパレードに参加している
    カラクリ仕掛で大きな人形が動いて人目を引く馬車、その後に続く有翼の白馬ペガサスが引くのは教会関係の馬車らしい
    天使の扮装をした子供たちが馬車から花びらを撒き散らし、付き従う聖歌隊からは聖人をたたえる歌声が聞こえる、どうやらこの教会の馬車と聖歌隊がパレードの中心のようです

    近くの駐屯地にいる騎士や兵士も少人数が参加、軍が使役する滅多に見られない大きな魔物やゴーレムに歓声が起こる
    興奮し驚き呆れ笑う、パレードは本当に楽しくて心が躍ります。

    華やかなパレード見物の後は自由時間、町のお店で土産物を買い、露店で立ち食いをしたり、迷子にならないように気をつけて、祭りや町の様子を物珍しげにキョロキョロとして、ゾロゾロと連れ立って歩き回る
    疲れてソフィアさんの店に戻り夕食を食べて、お風呂を済ませ寮の大部屋に増設してもらった簡易ベッドで就寝

    次の日の午前中はお店の荷馬車に乗って、町の名所巡り

    「皆さま、右をご覧下さいませ」

    ソフィアさんが張り切って、白手袋で拡声の魔道具を握り、ガイドさん顔負けの話術を披露
 名調子で建物や通りの由緒を語り歌い出す♪馬車を降りれば小さな旗を掲げて、皆をリードして八面六臂はちめんろっぴの大活躍。

    そして、町のキレイなお店で美味しい昼食をいただき、また荷馬車に揺られて帰路につく、みんな疲れて爆睡している
    私は楽しい見学会を終え、ソフィアさんの忠告に従い、立派な薬師くすしになろうと、あの日もらった小さな磁石を握り締めて決意を新たにした。


    十歳になり背が伸び体力もつき、元々が見た目は子供で中身は大人の名探偵、いえ、転生者だから
    まだ早いという親の反対を押し切って、町のソフィアさんのところで働くことになった。

    はじめは先輩に言われるまま走り回るだけでしたが、少し慣れると仕事の合い間に薬の基礎や初歩の生活魔法を教えてもらう
    薬学は難しいけれど、村でも使っている馴染みのある薬草も多くなんとかなりそう

    生活魔法のコップ一杯の水を出すことや種火になる小さな炎の発動は、何回か試したらすぐに出来たので
    我ながら天才かもなんて思って自惚れていたら、先輩に誰にでも出来る初歩中の初歩だと笑われてしまいガッカリだよ。

    3年目になると、私にも夜は先輩たちによる薬師試験の熱血受験指導が始まった
    指導を受けているのは10人ほどですが、仕事の疲れで眠気がさし舟を漕いでいると、警策(警覚策励棒)という長くて薄い板を持った怖い先輩が近寄って来て
    肩を「ビシッ!」と叩く、痛くはないけれど耳元で大きな音がするからハッと目が覚める、まさにストイックな禅宗の修行の如し

    元々ただの村人で村では看板や物の名前が読め、お釣りを間違えない程度の算数が出来ればこと足りていたので、ちゃんと学校に通ったことが無い
    だから、まず試験の雰囲気や問題文に慣れ、文章の書き方など全て基本から学ばなければない
    これは私にとってあまりにも難易度が高く、何かの嫌がらせか人を凹ませるための陰謀かと疑ってしまう(泣)

    けれど、先輩やソフィアさんに聞けば、懇切丁寧に、分かるまでいくらでも教えてもらえるし、参考文献も貸してくれる
    なんとかこの薬師試験に合格すれば、僅かとはいえ資格手当てが付く、肩書きも主任になったりする、将来的には支店の責任者や独立も夢ではない
    ただ、何回受けても合格出来ずに心が折れて脱落する人もいる、資格を諦めて一介のスタッフに甘んじたり、薬師以外の別の道をさがすという事もあるようです。
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