バレンタインデー ホラー編

桶乃ハシ

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バレンタインデー ホラー編

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「えー、明日はバレンタインデーですが、この学校ではチョコレートを持ってきた生徒には容赦なく没収をしますので、持って来ないように。後で返す事もしません」

 2月13日の帰りのホームルームだった。担任の先生の言葉に、誰も文句は言わなかった。私の席から少し離れた窓側に居た結衣は、あからさまに眉間に皺を寄せ、唇を軽く噛んでいた。
 それもそうだろう。最近、好きな子が出来たとその男子生徒の話ばかりをしていたからだ。名前は伊藤海斗。そこまでカッコいい訳ではないが、男子の割には髪が長く、前髪が目に掛かるか掛からないかくらいの長さを横に流していて、雰囲気的にはカッコよく見える。身長は高い方で、結衣が言うには185cm。性格は優しく、あまりおしゃべりなタイプではないが、話すと親しみやすい印象がある。そのせいか、伊藤君は女子生徒から密かな人気を集めている。
 ホームルームが終わり、結衣と、結衣と仲良しな香織と茜、それから私で放課後集まった。基本的にこの4人が揃って下校している。4人で仲が良いと言うより、結衣との繋がりで一緒にいる、という何とも微妙な関係ではある。
「先生の話聞いた? チョコ持って来たらダメって、当たり前だけど返してくれないんだー。ありえなくない? 前の高校ではそんな事なかったのに」
 と、結衣は他3人に同意を求めるような声音で、口を尖らせる。
「ここの高校変わっててさぁ、1年の時、チョコ持ってきた事あるんだけどさ、登校する門の前で一回持ち物検査あって、ダメだったんだよね。まさか校門の前であるって思わないじゃん。ほんと嫌になっちゃう」
 そんな事言いながらも、香織は笑みが滲み出ている。
「香織はいいじゃん。去年、ドジ起こしてバレンタインデーの一カ月前にチョコ渡してるんだから! それで彼氏出来たでしょ! 私なんか全然ダメだったんだよね。今年はチョコ作らないよ。私なんか説教くらったんだから」
 茜は呆れたように脱力し、座っている椅子に寄り掛かる。
「まぁねー。でも、バレンタインデーにチョコ渡せなかったのは一緒よ。取り上げられちゃったから」
 香織と茜の話を聞きながら、私はこの学校の噂を思い出し、口を開いた。
「そこまで徹底してるって事は、噂は本当なのかな」
「噂って?」
 結衣は知らないらしく、興味深々に私の顔をまじまじと見つめてくる。キラキラした眼差しで見てくるものだから、少しおかしい。
「言ってなかったっけ? この高校ね、バレンタインデーにチョコを渡すと幽霊が出るんだって」
「聞いたことある! バレンタインデーにチョコを渡すと悪い事起こるって誰かが言ってた!」
 ふと思い出した噂話で香織もキラキラした眼差しになっている。香織は噂話は好きで、誰かしらの噂を聞いて回ってるくらいだ。
「でも、本当かどうか誰も証明できてない訳でしょ? 先生が流したデマじゃないの?」
 茜は噂など信じず、自分の目で見たものしか信じない。そのせいか、大体は否定的な事しか言わない。
「一応、先生に聞いた話なんだけど、10年前にチョコを渡した生徒が居たらしいんだけど」
 結衣は聞き入るように私を見つめ、茜は虚を突かれたように私を見る。香織は身を乗り出している。
「そのチョコを渡した女子生徒は飛び降り自殺したって……言ってたよ」
 三拍くらい間が空いた。
「いやいや、偶然でしょ?」
と茜。
「やだー、こわーい」
と香織は腕を摩っている。
「……試してみる?」
 その一言に、皆が一斉に結衣を見た。
「噂と、先生達の持ち物検査の異常性、知りたくない?」
 出た。結衣の得意な怖いもの知らず。
「どうせ直接聞いたところで誰も教えてくれないでしょ。嫌な噂が学校にあるなんて、世間には広めたくないだろうし。それに何より、海斗君にチョコ渡したい!」
 結衣は噂どうこうよりも、チョコをどうしても渡したいらしい。
「相変わらず、海斗君ラブよねー、結衣は」
 と茜は半分呆れたように答える。
「分かってるなら協力してくれる?」
 わざと胸元で両手を組んで頼み事をしている結衣は、いたずらっぽく笑っている。
「じゃあさ、ネットで四種類分の隠し方見つけて、それぞれで持ってたら、確率的にどうにかなるかな」
 真剣に考えている香織は腕組みをしている。
「一番有力そうな隠し方を結衣がして、他三人がそれぞれ予備という形で隠し持っておくのはどうかな?」
 私の提案に結衣は頷き、早速四人でチョコの隠し方をスマホで検索する事となった。



✳︎✳︎✳︎


「皆、どうだった?」
 開口1番に結衣は言った。朝礼が始まる前、口端を上げて結衣は私も含めて香織と茜を集めていた。見るからに、結衣は登校する時の荷物検査は無事に通過出来たようだ。
「私、内ポケットだったらバレないと思ってさ、入れてたんだけど、すぐにバレちゃった」
 と苦笑いする香織。胸ポケットもありだとネットに書かれてあったのだが、この学校では通用しなかったらしい。
「茶封筒作戦は失敗よ」
 茜はその時の状況を思い出してか、溜息をついている。
「私だけ何でまた説教くらうのかしら。でも、見るからに結衣は成功したみたいね」
 結衣の口元が緩んでいるのに気付いたのは私だけではないようだ。
「そう! ナプキンの袋にいれてれば全然気づかれなかったのよね!」
 自慢げに結衣は胸を張って小さく拍手をしている。
 結衣が成功するのは無理もないと思った。調べた結果、それが一番有力そうだったからだ。そして私はマシな隠す方法がないという事で、私は結衣が伊藤君にチョコを渡す時の助け役と言う事で、何もしなくてよくなっていた。でも、学校の噂が気になってネットでこの学校の噂を調べていた。
「暇だったから学校の噂の事調べてみたんだけど、十年前の女の子が自殺した事件は本当みたい。新聞にも載ってるみたいで、ニュースにもなってたんだって。チョコを受け取った男の子も精神科に行ったらしいけれど……その話は本当かどうか分からなかった」
 私の話を聞いた結衣はさっきまで楽しそうに話していたのが嘘みたいに真顔になった。
「偶然でしょ。どうせ尾ひれもついて呪いみたいな話になってるんだから」
「う、うん。そうだね」
 つっけんどんな声音で言われ、それ以上返答出来なかった。
「何、その顔。不服そうな顔して。本当は私の邪魔をしたいんじゃないの?」
 一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「そ、そんな事ないよ。どうしてそんな事言うの」
「前々から思ってたんだけど、海斗とあんた仲が良いよね。何でもない顔してるけどあんたも好きなんでしょ? だから私の邪魔しようとしてるんでしょ!」
 低い声で、結衣は私を拒絶するように睨んでいた。香織と茜は結衣の隣に寄り、明らかに私をグループから外すべきだという意思が伝わっていた。
 私自身、伊藤君と喋りやすい唯一の男子だ。部活が一緒で、美術部員だ。だから共通の話題もあって、少しずつ好きになってた。だけど、先に結衣が好きだって言ってたから、自分の気持ちに蓋をして、応援してるつもりだった。ただ、噂が本当だったら結衣が危ないと思ったから。だけど、結衣は怖いもの知らずだから、噂なんて気にしてない。きっと、何を言っても結衣は納得しないのだろう。胸の奥から込み上がってくるものがあった。胸を締め付けられ、声を出すと涙が出てくると感じる。泣いてしまっては、何も話せないと思った。だから私は教室を飛び出した。

 教室から飛び出したのは良かったが、チャイムが鳴り、はたと気づいた。今から授業が始まるチャイムだ。朝礼も出ずに校内をうろついていれば、目立つ上に後で先生に怒られる事は間違いない。だからと言って、教室に戻る勇気は無かった。そうすると、おのずと行ける場所は限られて来る。保健室だ。そこならば何の気兼ねもなく居られる。
 私は保健室へと足を運んだ。思ったより保健室の近くまで来ていた為、そう長く歩く必要はなかった。保健室に着き、入った。廊下とは違って、保健室の温かさにほっとした。
「あら、早くからどうかしたの?」
 少し低くて、優しい女性の声が静かな空間に響いた。辺りを見渡すと、ゆっくりと背の低い女の人がこちらに近づいてきた。髪の毛は1つ結びをしていて、マスクをしている。僅かに見える目がたれ目だ。結衣が優しい先生だと言っていた保健室の秋吉先生だ。
「あの……」
 胸の中が詰まっていて、上手く嘘が付けなかった。氷が温かいのに触れると水になるのと同じように、誰かの優しさを受けたら涙が出そうだった。だから、何もバレない内にベッドへ入ってしまいたかった。
「浮かない顔、してるわね。何かあったの?」
 心地良い秋吉先生の声が、私の胸の中に触れ、一気に涙が溢れだした。手で拭っても、拭っても、涙が出てきて、止める事が出来なかった。
「ここに座って。落ち着くまで待つわ」
 秋吉先生は私の背に手を添えて、椅子に座るように促した。

 やっとの思いで泣き切った私に、秋吉先生はホットココアの入ったマグカップを手渡した。丁度良い温かさのマグカップが、私の手を優しく温め、胸の奥まで温かくなっていく。隣に座って静かに待っている秋吉先生は、穏やかな顔で紅茶を飲んでいる。それを横目に、私はココアを一口飲んだ。
「秋吉先生、実は……」
 自然と口が動いて、泣いていた理由を話していた。私が結衣の邪魔をしていると勘違いされた事、噂が本当だったらと心配な事。話し終え、胸のつっかえが少しだけ取れた気がした。ほっとして秋吉先生の顔を見た。すると秋吉先生は真っ青な顔で、私から目を逸らしていた。右手を口に当て、何かを考えている様子だ。それから笑顔の消えた顔で口を開いた。
「結衣さんは本当に今日、チョコを渡すのね」
 念を押すように尋ねられ、頷いた。
「噂は本当だと思うわ。十年前の事件は私のせいで起こった事なの」
 秋吉先生から発せられた言葉に耳を疑った。こんなに優しそうな人のせいなんて、信じられない。一体、何があったのだろう。
「今から十年前も、私はこの学校の保健の先生だったわ。当時ね、よく体調を崩して保健室に来る女子生徒がいたの。山崎さんって子なんだけど、人懐っこくてとても良い生徒だったわ。だから私も仲良くなっちゃって、先生の立場なのに自分の子どもかのように接していてね。家庭環境があまり良くない事を知っていたせいもあるかもしれないわ。両親共働きで、遅くまで帰って来ないし、両親は帰って来るとよく喧嘩してたみたいだから、家に帰りたくないって言う日もあったの。そんなある日、彼女に好きな子が出来たって目をキラキラして言うの。だから応援してあげたくて、バレンタインの日にチョコの隠し場所として提供してしまったの……」
 当時を思い出してか、秋吉先生は口を結んだまま、続きを話そうとしなかった。私は気になった事を秋吉先生に尋ねた。
「先生、当時先生達には噂自体あったんですか?」
 口が重いのか、秋吉先生はすぐには口を開かなかった。ゆっくりと息を吐いた後、話始めた。
「ええ、あったわ。だけど、殆どの先生が信じていなかったの。それに、噂って元があるはずでしょ? だけどだれも知らなかった。だから学校の七不思議と同じで、噂だけだと思われていたの。だけど……違った。違ったのよ」
 今にも泣きだしそうな秋吉先生は意を決したかのように続けた。
「山崎さんは学校の屋上だったら誰も来ないから、そこで渡すのって言い残して放課後、屋上へ向かったわ。私は我が子のように感じていたから、居てもたっても居られなくて、屋上に向かったの。屋上は立ち入り禁止なんだけど、屋上のドアって鍵が壊れていてね、直しても誰かがすぐ壊しちゃうの。だから未だに鍵がかけられなくて、誰でも出入り出来たの。それでね、屋上のドアをそっと開けたら奥の方で彼女と彼が居たわ。でも様子がおかしいの。彼が必死に彼女に抱き着いていて、彼女は柵を超えようとしてるの。嫌な予感がして、走ったわ。だけど、あともう少しで山崎さんに触れる距離で、彼女は柵を超えて落ちてしまったの」
 秋吉先生は目を瞑って、ゆっくりと目を開いた。
「彼女、叫んでいたの。どうして私だけって。悲鳴を上げるように言っていたわ。だけど、あんなに取り乱す子じゃなかったと思うの。恋心は時として劇薬のようなものだけど……他の子のように感じたわ……だって」
 この先を言うか迷っているかのように、秋吉先生は窓の外を見た。体育の授業をしている生徒の姿が、遠くの方に見える。そんな姿を見てから秋吉先生はしっかりと私を見た。
「彼女の落ちていく瞬間を見たわ。こっちを見ていたの。だけど、彼女にあるはずもない爛れたような右頬、見開かれた瞳は彼女じゃなかった。何が何だか分からなかったけど、男子生徒が「俺は何もしてない」って叫びだしたの。それで我に返って彼をなだめながら職員室に連れて行って、他の先生に預けて救急車もお願いしたわ。その後すぐに現場に行って、彼女の死を確認したの。その後は必死だったからあまり覚えてないわ」
 息を飲んだ。まさかこの学校でそんな事があっているなんて、噂であったとは言え、先生の口から聞くとは思わなかった。
「幸い、生徒が目撃する事はなかったわ。告白する相手の彼が部活をしていたから、外は薄暗かったの。そのお陰で他の生徒は現場を見ずに済んだのだけれど、告白された彼は違ったわ。そりゃそうよね。断った相手が自殺してしまったんだもの。その後の彼は学校に来なくなったわ。そしてそのまま転校してしまったの」
 秋吉先生は紅茶を飲んだ。私もそれに合わせてココアを飲んだ。背筋がぞぐぞくとし、ココアは温く感じた。
「私の罪悪感から山崎さんの顔が違う顔に見えた、そう思われても仕方ないのだけど。でも、ほぼ毎日見てる顔よ。見間違えるはずないと思うの。だから、結衣さんが心配だわ。私から止めるように言っておくわ」
 その言葉にドキリとした。すぐに私は秋吉先生に向かって首を振った。
「ごめんなさい。きっと結衣は私が先生にちくったって思うから、止めないわ。結衣は怖いもの知らずだから、もっと成功させてやろうって思うんだと思います。だから、直前で私が止めに行きます」
 じっと私を見つめた秋吉先生は少しだけ口頬を上げ、悲しそうに笑った。
「そう。それなら、私に出来ることがあったらすぐに言ってちょうだい。力になるわ」
 私はココアを飲み干した。冷めていた。今から起こることが怖い事のように感じられ、背筋がぞくりとする。空から私は、そのまま保健室のベッドで休ませて貰う事にした。結衣は放課後に渡すと意気込んでいたので大丈夫だろう。ただ、今の教室に戻りたくなかった。また冷たい目で見られるのが怖い。
 私はベッドに潜り、放課後を待った。


 放課後になり、人の気配が少なくなってから一度教室に向かった。教室はガランとしていて、誰もいない。伊藤君が部活終わってから屋上でチョコを渡すって結衣は意気込んでたから、きっと、屋上で待機しているに違いない。誰もいないと言う事はそだろう。そう思って、踵を返し、私は屋上へ繋がる廊下へと進む。速足で向かっていたが、足取りが重くなる。
 もし、私が結衣の告白の邪魔をして、嫌われるのは明白だ。既にグループの出来ているクラスでは、他のグループに入るのは困難だ。せっかく仲良くなれたのに、悲しい。でも、結衣の邪魔をしなければ、結衣は危険な目に遭うかもしれない。いざとなれば秋吉先生も説得してくれるはず。きっと、大丈夫。
 廊下を曲がれば、屋上に続く階段がある。そこに行こうと曲がると、茜と香織の姿があった。
「あっ」
 思わず、声が出てしまった。茜と香織がいるのは自然の流れだ。誰も屋上へ入れないように、告白の返事がどっちであろうと分かち合える事を考えれば。
 茜は私を見るなり睨んだ。香織は茜の後ろから私を見ている。後ろめたいのか、香織は私から目をそらした。
「邪魔しに来たの?」
 強い口調の茜に、足が引けた。けれど、言わなければいけない。
「十年前に事件があった事を知ってる先生と話して来たの。噂は本当だったの! だから、行かせて!」
 すると、香織が茜の隣に立ち、階段を二人で塞ぐ形になった。
「だったらもっと行かせない」
 香織は真顔だった。どういう事か、分からなかった。
「どうして……」
「結衣が嫌いだから」
 ぼそりと呟くように言う香織は目の端を釣り上げている。
「結衣はね、他人の好きな人を奪おうとするのよ。私の彼氏にもちょっかい出してるの。私が付き合うようになってから、結衣はLINE交換してるの。彼から聞いて知ったの。お前の友達変だって言われてLINEの内容見たら、私のある事ない事言って、結衣は棚上げしてたの!」
 香織は強い口調で言った後、結衣を睨むかのように私を睨んだ。
「私はね、結衣に好きな人を教えてしまったせいで、好きな人に嫌われたのよ! 本当に許せない。
あんたは気づいてないみたいだけど、あんたも同じよ。現に結衣は取ろうとしてるじゃない。実際、顔は結衣の方が良いからあんたの悪口まで伊藤に言ってなさそうだけど」
 頭を石で殴られた気がした。結衣が、伊藤君を取ろうとしている?
「本当に馬鹿ね。旗から見ても伊藤もあんたに対して満更でもなさそうにしてたわよ。結衣が話しかけても興味なさそうに話を聞いてる時は笑いそうだったんだから。あんたの事嫌いじゃないけど、ちょっと頭足りないからさ、あんたに黙って結衣に告白させるように仕向けたの。結衣が馬鹿みたいに泣く所見たいからね」
 茜は短い髪を耳に掛け直した。
「それでも、邪魔しに行くの?」
 香織は私を責めているかのように、一歩前に出た。
「でも、死ぬかもしれないんだよ。それでもいいの?」
 何とも言い難い気持ちが胸の中でぐるぐるとしていたが、誰かが死ぬのは嫌だった。
「……分かった。見る事だけ許してあげる。あんたが調べた噂が本当ってなら、きっとそうだと思うし」
 茜は香織と目を合わせ、二人とも頷いた。それから私を挟むようにして並び、腕を両方から握られた。
「こうしてれば動けないでしょ」
 狭い階段を、三人並んで上がった。一歩一歩が重かった。何故結衣は人の気持ちを奪いたいのだろう。私は、結衣が友達になってくれたのが嬉しかった。だって、結衣が来るまで私は何処のグループにも属してなかった。もちろん、茜も香織も仲が良かった訳じゃない。それぞれがグループに属してなくて、結衣が来た事によって自然と集まり、グループとなった。それが今、別の形になっている。
 屋上のドアの前に来た。右側に居る香織がドアをそっと開く。その先には、伊藤君と結衣の姿があった。それを見た瞬間、頭に血が上った。自分の心臓の音が近くで感じる。
 香織が箱を伊藤君に差し出しているのが見える。私は茜と香織を振り切って、飛び出していた。
「止めて!!」
 私自身、何に対して言っているのか、分かっていなかった。
 まだ受け取られていないラッピングされた箱を持ったまま、結衣は私を睨む。
「何なの! やっぱり邪魔したいだけじゃない!! ほら見た海斗! 前に私が言った通りだったでしょ? 私がここで告白するの知ってて来たのよ!」
 結衣に向かって、話す気になれなかった。けれど、責め立てられていると言うのに、正直ほっとしていた。チョコを伊藤君に渡されていないという事実に安堵している。
「こう言うのも何だけど、来てくれてありがとう。俺、正直困ってたんだ。他に、その、好きな子居るから」
 顔を赤くしながら、伊藤君は私を見ながら言った。すると、突然肩を掴まれたかと思うと、強制的に向きを変えられた。目の前には結衣が居た。
「あんたのせいで振られたじゃない! あんたっていつもどんくさいんだから! 何で私が海斗の事が好きって言いだしてからも海斗と話をしてたのよ!! どうせ私に取られたくなかったんだろうけど!! それならそうと初めから言えば良いじゃない! それに! 茜と香織!! そこに居るんでしょ!!」
 屋上入り口のドアが開いたままだったが、ドアの陰から二人が出てきた。
「誰も入れるなって言ったじゃない! 何でこいつを通したのよ!」
 茜も香織も黙っていた。思っていた反応と違ったせいだろうか。しかし、茜が徐々に話し出した。
「どれだけ性格悪いの、結衣。いい加減にして。私、抜けるわ」
「今まで楽しかったけど、私も限界」
 二人とも背を向けるが、結衣がそうさせまいと二人の肩を握る。茜は鬱陶しそうに振り向き、香織は無関心な顔で振り向いた。が、結衣を見た瞬間、二人に悲鳴が上がった。後ずさりし、茜は私に視線を向ける。香織は口をガクガクさせて、声にならない様子だ。変に思い、結衣を見る。すると、結衣の両肩に手が乗っている。しかし、手の本人の姿が見えない。
「どうして私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ」
 結衣が壊れたCDのように繰り返し口にしている。目は虚ろになり、ラッピングされた箱が地面へと落ちる。それからふらふらと奥の柵に向かって行く。
──彼女は柵を超えて落ちてしまったの
 空から降って来るように、秋吉先生の言葉が頭に響いた。
 いけない。このままじゃ、結衣が。
──あんたのせいで振られたじゃない! あんたっていつもどんくさいんだから! 何で私が海斗の事が好きって言いだしてからも海斗と話をしてたのよ!! どうせ私に取られたくなかったんだろうけど!! それならそうと初めから言えば良いじゃない!
 先ほど言われた結衣の言葉が頭の中でこだまする。足が止まっていた。
──いっその事、そのまま
「何してるの!!」
 秋吉先生の声だった。その声に押されるかのように、私の足はまた動き出した。結衣は柵を超えようとしていた。その姿に必死で捕まる。結衣を挟んだ隣で、伊藤君も結衣を止めていた。
「何で、どうしてどうしてどうしてどうして私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ」
 お経のように結衣は呟いている。
「ダメ! 結衣気が付いて!!」 
 ぴたりと言葉が止んだ。静かに、ゆっくりと結衣は私を見た。手の力が抜けた。その様子に、伊藤君が私の隣に来た。
「うわっ」
 伊藤君が叫ぶのも無理は無かった。結衣の右頬は焼け爛れ、白目だ。背後に気配を感じた。
「どう……して」
 秋吉先生だ。私達に追い着いたのは良いものの、結衣の異常な光景に見入っているようだった。
 そして、結衣は再び柵に手を掛けた。「あっ」という間と言うのはこの事だろう。結衣が柵に手を掛けたと思ったら、結衣の姿は無くなった。追いかけるように、柵から下を覗いた。落ちていく途中の結衣が見えた。泣いていた。
「止めとけ!」
 腕を引っ張られた。伊藤君が青白い顔で、私の肩をポンポンと優しく叩いた。
「私は下を見て来るわ。あなた達は職員室で待機していて!」
 秋吉先生は茫然としている茜と香織も通り過ぎ、急いで屋上から出ていった。


「今日の調子はどう?」
 美術室でコップの模写をしていた。後から来た伊藤君が、声を掛けて来た。
「うーん、まぁまぁかな」
 そう答える私の席の隣に、伊藤君は座り、鉛筆とスケッチブックを取り出した。
 あれから一週間が経っていた。あの後、茜と香織、私と伊藤君は秋吉先生に言われた通りに職員室で他の先生に事情を説明し、待機する事になった。それから救急車と警察が来て、私達四人と秋吉先生は事情調査が行われた。全員の話が一致した為、結衣は自殺、と言う事となった。担任の先生の話によると、次の日は全校休みになったそうだ。その後、秋吉先生は暫く休暇を取る事となったらしい。私達は学校に行けるようになったが、茜と香織は何事もなかったかのように仲良くやっている。でも、私はその中に入らなかった。どうしても、結衣を思い出してしまうからだ。だから、結衣が来る前に戻り、何処のグループにも属さないでいた。その代わり、伊藤君と話す機会が増えていた。事件の秘密を知っている者同士、というお陰で、深く繋がっているように思えた。
 ただ、時折り思う事がある。私は、あの時本当に心から結衣を止めたいと思っていたのだろうかと。結衣が伊藤君にチョコを渡そうとしていた場面を見た時から、本当は「いなくなってしまえ」って思ってしまったのではないかと。
 
 

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