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桜の散る頃に
ひとひらの花びら
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「どうも、お世話になりました。」
玄関前で大事そうにビスケットを抱えて、ぺこりとホノカちゃんがお辞儀をする。
「いいってば、その倍、俺もお世話になったし。」
「それを言ったら私だって。」
「あのさ、この位にしておこうか。」
「そうですね。」
「そう言えば。」
「はい?」
「ホノカちゃんって帰るときはどうするの?」
「行きは……風になって来ました。帰りもそうするつもりです。
ビスケットも、妖精の霊威を与えれば消すことが出来ます。」
「うん。それなら送らなくても大丈夫か。まず人間や獣じゃどうしようもないし。」
「心配してくださったんですか。」
「うん。」
「もし、送ったとしても。山道で……しかも夜更けだと。
足下の見通しが悪くて危ないですよ。」
「んん……でも目覚めが悪くなるようなことはしたくないし。
俺、山歩きは慣れてるから。朝日を山から眺めるのも良いもんだよ。」
「山歩きがご趣味なんですか?」
「そう。俺の楽しみの一つ。」
「それじゃあ。」
ホノカちゃんが俺の顔をじっと見る。
「また……私の居る山に登ってこられたら、逢えるかもしれませんね。」
「そうだね。その時はまたビスケットを買い込んでおくよ。」
「はいっ。……それじゃあ私、帰ります。」
ホノカちゃんが俺に手を振ると。
身体を透けさせ、完全に消えたと思ったら一陣の風が吹く。
「……。」
俺はそれを眺めていた。風が止むと足下に一片の桜の花びらが落ちる。
「ふう。帰っちゃったか。」
俺は花びらを拾い。これだけが俺に残される。
「これだけじゃない……か。」
俺の部屋は桜の匂いがまだ残っていた。桜の匂いって桜餅でしか感じたことないけど、俺は匂いを嗅ぐ度、思い出すんだろうな。
そして、数ヶ月後―
「ふう……もう季節も夏か……。」
梅雨が明け、季節は夏。ミンミンと蝉の鳴く音を聞きながら、俺は汗を拭きつつ再び山道を登っていた。
「社へ行く道は……確か……あ。」
青葉が茂る景色を眺めながら歩いていくと。
「……いた。」
木の上で枝に腰掛けている二つ結いの髪型の女の子が見える。身体と服の色はピンク色じゃなくて……緑色だった。俺と目が合うとストンと木から降り、こちらに駆けてくる。
「茂樹さんっ。お待ちしていました。」
追いつくと弾むような声で俺に挨拶する。
「お待たせ、ホノカちゃん。待ち合わせ時間にも間に合った。」
時間と言っても日の登る高さだけど。
「梅雨の間、ずっと来なかったから、私の方から何度も行ったのに忘れられたら酷いんですからね。」
俺が再び行くより先にビスケットの味を堪能しにホノカちゃんは山を下りて俺に会いに来ていたのだった。
「そんなことしないって。梅雨は地盤が緩んでるから危なくて来なかっただけで。」
それでまあ、いつの間にか俺とホノカちゃんは何度も会うようになった。
「風になれないって不便なんですね。」
「そうでもないよ。はい、いつものコレ。」
俺がゴソゴソとリュックを探り、ビスケットの袋を渡す。
「はああ……っ。ありがとうございますっ。」
目を輝かせてホノカちゃんはビスケットを受け取る。
「それと、コレも。」
パックに入ったミルクも渡す。
「ああ……コレとコレがあれば。」
ホノカちゃんは、はしゃいでいた。
「茂樹さんも、お弁当、持ってこられたなら見晴らしの良いところまで行って。
二人で食べましょうよ。」
くいくいと俺の手を引っ張っていく。
「しようしよう。」
俺はホノカちゃんに手を引かれて山道を歩いていった。
「そうだ。今度、藤の先輩妖精と山の神様が茂樹さんにお会いしたいって言ってましたよ。」
「へえ。何かお土産って必要?」
「山の神様は……スルメと焼酎が欲しいって言ってました。
藤さんは……堅焼きお煎餅と番茶をと。」
「山の神様も藤の妖精さんもって女の人だって言ってたよね。」
嗜好が渋すぎる。
「好きな姿の取り方が女の人ってだけですよ。私たちにとっては。」
「うん、まあそうなんだけど。」
「お礼は神様や妖精たちが使っている温泉を紹介するので手を打とうって言ってました。」
「お、それはいいな。」
「二人で入りましょうか。」
「いいね。そう言えば。ホノカちゃん、季節によって色、変わるの?髪型も。」
俺はホノカちゃんの服と身体の色と髪飾りが違っていることを確認する。
「はい。夏は緑色で髪飾りも葉っぱです。
サクランボの季節だけ、サクランボが付きますが。」
「じゃあそろそろだ。秋は?」
「紅葉です。」
「じゃあ……冬は?葉っぱ、落ちちゃうよね。」
「それは……冬にも来て、確かめて下さい。」
「そうする。ホノカちゃん。……。」
俺はホノカちゃんの肩を抱く。
「ん……。」
ホノカちゃんは振り向いて立ち止まると瞳を閉じて。
「ちゅ、ん……ちゅ、ちゅ。」
「ちゅる……んん。」
夏になってもホノカちゃんのキスは桜の香りとサクランボの味がする。
(夏の方がサクランボの味が強いかな?桜は……青葉の香りが混ざっている。)
(桜の散る頃とは違うんだ。)
いつの間にか俺もホノカちゃんを味わうように唇を重ねていた。
玄関前で大事そうにビスケットを抱えて、ぺこりとホノカちゃんがお辞儀をする。
「いいってば、その倍、俺もお世話になったし。」
「それを言ったら私だって。」
「あのさ、この位にしておこうか。」
「そうですね。」
「そう言えば。」
「はい?」
「ホノカちゃんって帰るときはどうするの?」
「行きは……風になって来ました。帰りもそうするつもりです。
ビスケットも、妖精の霊威を与えれば消すことが出来ます。」
「うん。それなら送らなくても大丈夫か。まず人間や獣じゃどうしようもないし。」
「心配してくださったんですか。」
「うん。」
「もし、送ったとしても。山道で……しかも夜更けだと。
足下の見通しが悪くて危ないですよ。」
「んん……でも目覚めが悪くなるようなことはしたくないし。
俺、山歩きは慣れてるから。朝日を山から眺めるのも良いもんだよ。」
「山歩きがご趣味なんですか?」
「そう。俺の楽しみの一つ。」
「それじゃあ。」
ホノカちゃんが俺の顔をじっと見る。
「また……私の居る山に登ってこられたら、逢えるかもしれませんね。」
「そうだね。その時はまたビスケットを買い込んでおくよ。」
「はいっ。……それじゃあ私、帰ります。」
ホノカちゃんが俺に手を振ると。
身体を透けさせ、完全に消えたと思ったら一陣の風が吹く。
「……。」
俺はそれを眺めていた。風が止むと足下に一片の桜の花びらが落ちる。
「ふう。帰っちゃったか。」
俺は花びらを拾い。これだけが俺に残される。
「これだけじゃない……か。」
俺の部屋は桜の匂いがまだ残っていた。桜の匂いって桜餅でしか感じたことないけど、俺は匂いを嗅ぐ度、思い出すんだろうな。
そして、数ヶ月後―
「ふう……もう季節も夏か……。」
梅雨が明け、季節は夏。ミンミンと蝉の鳴く音を聞きながら、俺は汗を拭きつつ再び山道を登っていた。
「社へ行く道は……確か……あ。」
青葉が茂る景色を眺めながら歩いていくと。
「……いた。」
木の上で枝に腰掛けている二つ結いの髪型の女の子が見える。身体と服の色はピンク色じゃなくて……緑色だった。俺と目が合うとストンと木から降り、こちらに駆けてくる。
「茂樹さんっ。お待ちしていました。」
追いつくと弾むような声で俺に挨拶する。
「お待たせ、ホノカちゃん。待ち合わせ時間にも間に合った。」
時間と言っても日の登る高さだけど。
「梅雨の間、ずっと来なかったから、私の方から何度も行ったのに忘れられたら酷いんですからね。」
俺が再び行くより先にビスケットの味を堪能しにホノカちゃんは山を下りて俺に会いに来ていたのだった。
「そんなことしないって。梅雨は地盤が緩んでるから危なくて来なかっただけで。」
それでまあ、いつの間にか俺とホノカちゃんは何度も会うようになった。
「風になれないって不便なんですね。」
「そうでもないよ。はい、いつものコレ。」
俺がゴソゴソとリュックを探り、ビスケットの袋を渡す。
「はああ……っ。ありがとうございますっ。」
目を輝かせてホノカちゃんはビスケットを受け取る。
「それと、コレも。」
パックに入ったミルクも渡す。
「ああ……コレとコレがあれば。」
ホノカちゃんは、はしゃいでいた。
「茂樹さんも、お弁当、持ってこられたなら見晴らしの良いところまで行って。
二人で食べましょうよ。」
くいくいと俺の手を引っ張っていく。
「しようしよう。」
俺はホノカちゃんに手を引かれて山道を歩いていった。
「そうだ。今度、藤の先輩妖精と山の神様が茂樹さんにお会いしたいって言ってましたよ。」
「へえ。何かお土産って必要?」
「山の神様は……スルメと焼酎が欲しいって言ってました。
藤さんは……堅焼きお煎餅と番茶をと。」
「山の神様も藤の妖精さんもって女の人だって言ってたよね。」
嗜好が渋すぎる。
「好きな姿の取り方が女の人ってだけですよ。私たちにとっては。」
「うん、まあそうなんだけど。」
「お礼は神様や妖精たちが使っている温泉を紹介するので手を打とうって言ってました。」
「お、それはいいな。」
「二人で入りましょうか。」
「いいね。そう言えば。ホノカちゃん、季節によって色、変わるの?髪型も。」
俺はホノカちゃんの服と身体の色と髪飾りが違っていることを確認する。
「はい。夏は緑色で髪飾りも葉っぱです。
サクランボの季節だけ、サクランボが付きますが。」
「じゃあそろそろだ。秋は?」
「紅葉です。」
「じゃあ……冬は?葉っぱ、落ちちゃうよね。」
「それは……冬にも来て、確かめて下さい。」
「そうする。ホノカちゃん。……。」
俺はホノカちゃんの肩を抱く。
「ん……。」
ホノカちゃんは振り向いて立ち止まると瞳を閉じて。
「ちゅ、ん……ちゅ、ちゅ。」
「ちゅる……んん。」
夏になってもホノカちゃんのキスは桜の香りとサクランボの味がする。
(夏の方がサクランボの味が強いかな?桜は……青葉の香りが混ざっている。)
(桜の散る頃とは違うんだ。)
いつの間にか俺もホノカちゃんを味わうように唇を重ねていた。
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