君と桜が咲く頃に

白石華

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君と桜が咲く頃に

再び桜が咲く頃に

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「ぽつ、ぽつ、ぽつ。」
「あまだれ、さみだれ、あまだれ、はるさめ。」
「ぽつぽつぽつ。ぽつぽつぽつ。」
「―雷雨。雷雨。雷雨。」

 リンリン―この頃はまだ名前もよく覚えておらず、先輩の女性が「雷雨」の所でドヤ顔を決めて読む。俺は部室に入っていきなりの、部員の女性に無理難題を吹っ掛けられ、女性の詩の朗読を追って、「ぽつ、ぽつ、ぽつ、と、速く読んだり遅く読んだり、テキトーでいいからやってー、読んだら合わせよう。」と言われ、今合わせ稽古中だった。

「ここはちょい速めにお願い。」
「ぽつぽつぽつぽつ。」
「うん。いいね。」

 その人の感覚でオーケーを出しているから何がいいのかさっぱりだったが、俺も聞いていてリズムは合っているような気がするし。二人で連唱するだけでサマニなって聞こえるから不思議だ。日本語なのに内容は伝わってこなくても単語の羅列と音とリズムでイメージさせるって面白いな。そのときは素直にそう思っていた。

「じゃあ最初から。あまだれ―」

 女性の最初の印象は、何だこの女は、と思ったけど。

「ぽつぽつぽつぽつ。ぽつぽつぽつぽつ。」
「雷雨。瞬く間に街を灰色に染め濡らす。」
「急にかっこよくなりましたね。」
「でしょー。私も思わずドヤ顔ですよ。」

 読んでいく内にその人の読み方と付いていっている俺に何となく酔ってしまう。演技ほど難しく自分を見せたりはしないけど役に入り込めて、単語の羅列だった文章に命を吹き込んでいく瞬間に立ち会ってしまったのは、初めて、俺が創作の神様とその寵愛を受けた女性に出会ってしまった瞬間でもあった。俺の知ってる創作の神様は聞いていたような、現実で救われない人を創作で救うとか、そんなシリアスな要素を含む、得体の知れない、恐ろしい存在ではなくて。「何だ、俺でもやれんじゃん」と思わせる、間口の広い存在だった。商業でやるとまた、納期第一、クオリティの維持とか、知ることがいっぱいあるし、違うんだろうけどな。入り口がゆるいから人を惑わすのかもしれないけど。

「雷雨。降り止まず、地を水に溢れさす。」
「ざあああっ。どどーん、どどーんっ。」
「―町は、雨に呑み込まれる―」

 読み終わった後。

「やったね。やれたじゃん。」
「あ、ああ。はい。そうですね。」
「それでどう? やってみる?」
「ええと、はい。」

 やっていることはサークル活動として俺でもやれる内容で面白かったため、そのまま入部となった。

「やったー。これで読み方、一人で読む以外も、やれるー。」
「そんなことしていたんですか。」
「見てよ。部員は私一人だから。」
「ですね。」
「わーい。今日は新歓パーリィだよ。どっか食いに行く?」
「え? 俺、酒はあんまり。」
「私もー。んじゃ早めに甘いものでも食べに行く?
 抹茶とね、ぜんざいとね、白玉とね。」
「うわー。俺が知ってる新歓パーリィと全然違うー。」
「でしょ。うち、文化部だから。あとイッキ禁止って張り紙してあるでしょ?」
「ああ。」

 言われてみれば廊下のいたるところ、とくに部室棟の壁で見かけたような。しっかりデザインまでされたポスターだったな。

「そういう所もあるんだろうけどさ。ウチは健全だから。」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて。」

 というわけで新歓パーリィに行く事になった。場所は大学からも駅からも、そんなに遠くない甘味処だった。大学自体が駅近くの商店街と老舗とチェーン店が入り混じるレストラン街、本屋と入り組んだ大通りから奥まった場所に建っているから、ちょっと離れた住宅街に下宿をすれば、遊ぶのにも学ぶのにも不自由はしない場所だった。

 ・・・・・・。

「というわけで、かんぱーい。」
「かんぱい。」

 駆けつけいっぱいの宇治抹茶フロート(カップは、ほぼソフトクリームの濃茶がソースになったアフォガート)で乾杯し、俺は磯部巻き、女性はきな粉を掛けたみたらし団子とわらびもちを頂く。

「旨いわー何食ってもうまいわ。」

 女性は甘いものを次々に口に運んで行っていた。お代わり自由が温かい緑茶だし、サービスがいい甘味処だった。

「そうですね。俺、この後ぜんざい頼もうかな。」
「あら。抹茶ぜんざいがおすすめですよ?」
「あ、いいな。すみませーん。」
「私は抹茶あんみつー。」
「勧めておいて、自分は違う、美味しそうなの頼んだ!」
「ふふふ。たらふく食わせる算段ですよ。」
「うん。食いたくなりましたね。」

 俺が女性に勧められるまま、甘味を食っていき。喋り疲れと緊張は、女性の喋り方もそうだが、本人の相手にプレッシャーを与えない雰囲気からだろう。いつの間にか薄まっていったがやはり気を抜くと緊張してしまう。女性もそれは気を付けてくれているのか、片方二人、四人座りの席に対面しないように一席ずらして座ってくれている。まだこの頃の俺はリンリンを正面から見れなくて、横顔と、長い後ろ髪をよく見ていた記憶がある。

「というわけで自己紹介。私はー。ますばやし りん、っていいます。
 そっちは?」
「俺は……つかもと らんまる、です。」
「あら。私と二人でリンリンランランじゃない。」
「そうですね。」

 また親しげな雰囲気に呑み込まれてしまいそうになる。リンリンランランて。

「私のことはリンリンでいいよ。
 その代わり、ランランって呼んでいい?」
「いいですよ。」
「おっけー。んじゃランランで。」
「はーい。」
「甘いもの食べたらさ、腹ごなしに本屋寄ってみる?
 狙ってる新刊の本が出たのよ。」
「はあ。」
「何? ランランそんなに本、読まないの?」
「いや。漫画ぐらいかなって。」
「うん。それなら今度、漫画で朗読してみようか。」
「え、マジでですか?」

 漫画はセリフもそうだがキャラクターになり切る感が演技並みに入ってしまい、ちょっと恥ずかしいというか、一人でこっそり読んで自分だけで愉しんだ後、話せるなら同じ趣味の人と話したいというか。

「感触悪いな。んじゃまた絵本か詩にしようか。」
「お願いします。まだ勇気が出ないです。」
「だよねーごめんごめん。人前で言えない漫画とかもあるよね。」
「はい。」
「いいよ。朗読にする本は、月一で自分で探して持ってくるから。
 何でもいいからそのときは持って来てね。」
「そういう仕組みなんですね。」
「サークルだからね。しかし。今まで一人だったのが、ようやく二人ですよ。
 この差は大きい。」

 そんなに人、来なかったのか。

「部費も徴収もない代わりに、自分で探して本持ってくるの。
 私だけだったから集めるのがみじめでね。」
「でしょうね。」
「一人で集めて一人で持ってきて一人で読む虚しさから解放されたのですよ。」
「大変でしたね。」

 俺はこんな感じで部活(サークル)の説明を受け、ことあるごとに人が来なかった時の悲哀をリンリンから聞かされていた。いつの間にか逃げるに逃げられない雰囲気にもなっていた。逃げる気はなかったけど。

 ・・・・・・。

「いやー、食った食った。」
「うまかったです。甘いものがペロリでした。」

 新歓パーリィを終え、本屋前の商店街で話していた俺とリンリン。

「ねー。今度は、フルーツパーラー教えてあげるよ。」
「ありがとうございます。」
「うん。親睦を兼ねてるから、寄りたいときは言って。」
「ああ、そういうのもあるんですか。」
「あと大学は遊ばないと学校との往復で終わるからねー。
 バイトをするならすればだけど、うまいもの食えるところも覚えときなさい。」
「はい。」

 まだ全然、イメージできないが、その人がいうならそういう所もあるんだろうと聞いていた俺。

「あとは……帰り道どっち?」
「ええと、この先のアパートですけど。」
「やっだー。ひょっとして桜ハイツ?」
「そうです。ひょっとして。」
「同じだよー。同じ下宿、借りたんだ。ならお花見やろうよ。
 知ってるでしょ。近くに桜並木があるの。丁度、部屋の窓から見える。」
「あの、公園内外周囲のです?」
「そうそう。川があって、池もあって、噴水も東屋もあるところ。
 鴨や水鳥も来るところ。
 あとウォーキングコースもあるから食いすぎたら歩き回ればいいとこ。」
「お花見ですか。」

 しょっちゅう甘いもの食ったり本読んだり朗読したり、そんな習慣はリンリンと過ごすうちに付いていた。

「うん。じゃあマンションまで行こうか。
 他にどっか寄りたいならいいよ。一人で帰るから。」
「あーじゃあ、送って行きます。」

 歓楽街と呼べなくもない街並みに女性一人を歩かせるのも不用心だと思った俺は送ることにした。今までは一人で帰っていたのだろうか。よく変なのに遭わなかったなと心配になってしまう。

「ありがとー。」

 女の人、リンリンが間を持たせて喋ってくれたし俺もそんなに気疲れしなかったしで、てくてくと二人で歩いて帰るとき。アパート近くの桜並木が見えてきた。反対側は公園への道になっていて、俺たちは桜並木が続く反対側の道、アパートの方へ向かっていくと。

「ねえ、ランラン。」
「あ……。」

 俺の方を向いて、一瞬だけ、リンリンの格好が桜の花びらを纏ったように見えたが。桜の花びらが咲き乱れ、散っただけだろう。俺の錯覚だと思った。

「フルーツパーラーはイチゴとメロンと、パイナップルが食べられるんだった。
 あとパフェとフレンチトーストと、ヨーグルトとプリンアラモード。
 他にも生ジュースとか盛りだくさんだから覚悟しときな。
 メニュー見ながら視点が定まらないよ。」

「うす。覚悟しときます。」

 こんな感じで文化部っぽく、部活やった後は甘いものを食う日々を送っていた。

(桜の化身か妖精……?)
(まさかね。)

 詩の朗読を終えた後だからか、いつの間にか女性に対して詩人になっていた俺だった。

 ・・・・・・。
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