未央記〜運命の姫は消滅する〜

涼-りょう‐

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焦燥と恐怖

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「……」


目を覚ますと、両腕がロープで縛られていた。そして何が起こったのかを思い出す。


「確か、未央様の散歩に付き添って、途中で何者かに話しかけられて見せたいものがあるからと連れられて……!」


主人が傍に居ないことに気づき、すぐに周りに目を向け、その姿を探すも、目に入るのは何かを漬けるための大きな樽と何段にも積み上げられた米俵だった。ここは、倉のようだ。


「居ない…。まさか、あの者が未央様を…?こうしちゃいられない、珒卿殿に助けを求めなくては…!」


近くにあった刃物を足で引き寄せ、上手くロープにあてて切断した。少し痛みが走ったけれど、そんなことよりも主人の方が大事だ。ドアを開けて、外に出た。そして、夜月がある場所へ、急いで走る。


「強引にでもお連れすれば…」
「主人の身を危険にさらしてしまった…」
「奥様に合わせる顔なんて無い…」
「もしも主人が命を…」


道中、そんなことを考えてしまう。奥様から託された未央様を、危険にさらしてしまった罪は、私の命でさえも贖えない。視界が涙で見えづらくなる。それでも、夜月に行かねば、未央様は…。


数分後、ようやく夜月に着く。


「あなたは…」

「珒卿殿は?」

「楼主?楼主のお知り合いですか?」

「そうよ。緊急なの、早く入らせて」

「お知り合いなら、お名前を」

「私が誰かなんて珒卿殿が見たらすぐに理解するわ、だから早く」

「怪しい女だ、誰か、この女を追い出せ!

「ちょっと!…きゃあっ!」


このままだと埒が明かない…。どうにかして珒卿殿に会わないと…!





「師匠、何してるんです?」

「ん、ああ、夜月の歴史本を読んでいた。急に読みたくなってな」

「へえ。私も読みたいです!」

「…お前は武芸を鍛える方が先だ」

「そんなことは分かってますよ。ただ、夜月がどのように始まって、どのような歴史を刻んできたのか、知りたいんです。きっと今後にも生かせるでしょうし?」


まだ、この歴史を弟子に教える時期ではない。それはきっと、主君の消滅が近くなった時だから。


「…分かった」

「本当ですか!?」

「ああ。お前が主君を守れる程度の武芸を習得したら、教えてやる」

「…はい!頑張ります!」


お前が主君を守れるようになれば、私は悔いなくこの世を去る覚悟が出来る。その時が待ち遠しい。…夜月に入った以上、伴侶を持つことは出来ない。お互いを苦しめるだけであり、夜月の任務は主君を守ることだけだからだ。表では、情報を売るだけの商売。裏では、主君が消滅するまでの守護。その後はただ死を待つだけの時間を過ごさねばならない。

…夜月を抜け、死を待つ時間を過ごすならば、伴侶などは好きにできる。だが多くの人間は、伴侶はもちろん、知己ですらも作ろうとはしない。

その理由はただ一つ。
相手を悲しませたくないからに決まっている。
いつ死んでもおかしくない人間と一緒に居ても、いつ死ぬか分からない恐怖に怯えながら暮らすのを強いることになる。そのような思いをさせるくらいならば、独りで静かに過ごした方が良い。

ゆえに、私もそうするつもりでいる。
弟子や慕ってくれている者たちには悲しく寂しい思いをさせてしまうが、その程度のことを乗り切ってもらわないと主君を守ることができない。だからこそ、私は弟子であろうと、武芸に関しては厳しく教える。
たとえ恨まれたとしても、それは変わらない。


「楼主、よろしいでしょうか」

「入れ」

「失礼します」

「何かあったか」

「外で、楼主の知り合いだと言って騒いでいる女がいるそうです」

「…案内せよ」

「はっ」


私の知り合いとは…まさか


「楼主、こちらです」

「あ、珒卿殿!私です!」


やはりそうだったか。


「下がれ。主君の侍女さまだ」

「そ、そうでしたかっ!し、失礼いたしました!!」

「翠思さん、どうかされましたか。お急ぎのようですが」


「未央様が誘拐されましたっ!」


…何?!
主君が誘拐?!

「それはどういうことですかっ!」

「未央様が私を連れ、散歩をされていたのですが、途中で声をかけられた男に付いていくと気を失っていて、目を開けたら未央様がいなかったのです」

「…分かりました、すぐに手配します。翠思さんはお屋敷へお戻りください。何か分かったら伝えます」

「はい、お願いします…」

「誰か」

「楼主」

「翠思さんを屋敷までお連れしろ」

「御意」


翠思さんを護衛するよう伝え、弟子たちに命を下す。主君の姿を見た者が居ないか、男はどこに連れ去ったのか、それらの情報を持ってこいと。
夜月の協力者である物乞いなどにも声をかけ、主君の居場所を明らかにする。

…主君は私たちの護衛を望まなかった。おひとりで動きたかったのだろう。だが、このようなことがあってはならないからと護衛をつけるのは当然のこと。…主君はなぜ護衛を頼まなかったのだろうか。

いや、そんなことよりも、今は主君の無事が優先だ。主君に傷があれば、相手が誰であろうと容赦はしない。
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