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まれびと来たりて
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「ありがとう。下がってくれ」
「はい」
立ち上がるとイホークがピタリとついてくる。部屋を出ると、イホークがポンポンと肩を叩いてくれた。彼なりに褒めてくれているのだろう。
「感心した」
「別に大したことじゃ……」
「知識だけではなくて、オスカー様があんなにも穏やかに話されることに驚いている」
「穏やかですか? 俺には十分怖かったです」
半分冗談だが、半分本気で言う。
「リツを侮辱されたとき、以前のオスカー様なら怒鳴って追い出していただろう。賢いが、若さ故の傲慢さがあるのをセドリック王も心配しておられた。だが、最近ではそういった面が減ってきた。おそらくリツの影響だろう」
「俺の? まさか」
「全く知らぬ世界だというのに、寝る間も惜しみ、誰かを差別することもなく仕事に励んでいる姿に何か思うことがあったのだろうな」
「いや、だから、俺はそんな……」
「私も同じだ。忘れていた騎士の初心を思い出した」
「あ、ありがとうございます」
顔を赤くして小さな声で答えると、イホークはいつものように律の頭を撫でてくれた。
「疲れた」
疲れを癒やすために図書室に行くと、いつものように机に突っ伏した。イホークはいつもと同じようにドアの入り口で警護をしている。しばらくそうしていると、ジェムが温かなお茶を持ってきてくれた。
「花の匂いがする」
「はい。東の国のお茶で珍しいものだそうです。心が安らぐそうですよ」
「ありがとう」
ジャスミン茶のような匂いのするお茶で、口にすると心が和らいでいく。何より、ジェムの優しさが律の心をほぐしてくれた。
「ジェムはディン族だよね」
「はい」
「あの、もし、嫌でなければでいいんだ。嫌でなければ、ディン族の話を聞きたい」
もしかしたら失礼だろうかと思ったが、ジェムは全く気にしていないようだ。
「あまり覚えていませんが、何をお話しましょうか」
「そうだね。うーん」
読んで記憶するのは得意だが、話を聞き出したり、1から考えるのは得意ではない。何を聞いていいのかわからず、首を傾げて困った顔をした。
「突然どうされたんですか」
律の様子を察したのか、ジェムが優しく聞いてくる。ふっくらとした頬を上げてにっこりと笑う顔に、さらに疲れが飛んでいく。
「さっき、ちょっとディン族の話を聞いてね」
軍事機密とは言われていないが、べらべら喋るものではないだろう。これだって余計な話だと思い至り、どうやって話を終わらせようかと困っているとジェムはそれを察したように笑った。
「あぁ、反乱軍の話ですか」
「知っているの?」
「えぇ、噂話が仕事だってくらいに、使用人は話好きですから」
律はそれに笑った。どこの世界にだって井戸端会議はあるらしい。
「サルバトラって人、会ったことある? いくつくらいの人なのかな」
「いえ、ありません。それにサルバトラは人の名前じゃないですよ」
「え、そうなの?」
「はい。ディン族の古い言葉で救世主という意味です。言い伝えで、ディン族が滅びそうになった時に、サルバトラが現れると言われています」
「へー、そうなんだ」
「サルバトラは火を操り、民を率いて世界を統べると。ただのお伽噺です」
「ジェムは信じていないの?」
「はい、勿論信じていません。ディン族は神の聖地であるエリン国の王都ミリナを汚そうとした逆賊ですから」
にこにこと笑いながら言うディンに、律は少し胸が痛んだ。
「ごめん」
「何がですが?」
「自分の故郷を悪く言わせてしまった。もうずっと昔の戦争なのにね」
ディン族のジェムが救世主を信じているなど言えるわけはない。自分の軽率さを反省した。ジェムは先ほどまでの朗らかな笑みを消し、真剣な顔で見てくる。
「リツ様、そのようなこと、決して口にしてはなりません。誰がどこで聞いているのかわからないのですよ」
「でも、セドリック王はそんなことを責めるような人ではないよ」
「王は勿論そうでしょう。でも、政治はもっと複雑で汚いのです。優しく汚れのないリツ様を私は敬愛しておりますが、それが身を滅ぼすこともあります」
律はコクリとうなずいた。おっとりしているジェムがここまで真剣に言ってくるのだ。沈黙は金ということだろう。
「わかった」
ジェムは頭を下げると「差し出がましいことを申し訳ございません」と言って下がった。
「差し出がましいだなんて、そんなことないよ。ありがとう」
律は立ち上がると、ジェムの手を取って握る。恥ずかしくてハグや額にキスをすることはできないのでこれが精一杯だ。本当は手を握るのだって律にはハードルの高いことだったが、ジェムには感謝の気持ちを伝えたかった。
ジェムはニコリと笑ってくれる。ふっくらとした頬がまた上がった。
「私に聞きたいことがあれば遠慮なく聞いてください。少しでもリツ様のお役に立ちたいのです」
「うん。ありがとう」
律は疲れていたが、ディン族について調べるために司書に言って本を数冊取ってもらう。何故だかわからないが、とにかくサルバトラについて知りたかった。
「はい」
立ち上がるとイホークがピタリとついてくる。部屋を出ると、イホークがポンポンと肩を叩いてくれた。彼なりに褒めてくれているのだろう。
「感心した」
「別に大したことじゃ……」
「知識だけではなくて、オスカー様があんなにも穏やかに話されることに驚いている」
「穏やかですか? 俺には十分怖かったです」
半分冗談だが、半分本気で言う。
「リツを侮辱されたとき、以前のオスカー様なら怒鳴って追い出していただろう。賢いが、若さ故の傲慢さがあるのをセドリック王も心配しておられた。だが、最近ではそういった面が減ってきた。おそらくリツの影響だろう」
「俺の? まさか」
「全く知らぬ世界だというのに、寝る間も惜しみ、誰かを差別することもなく仕事に励んでいる姿に何か思うことがあったのだろうな」
「いや、だから、俺はそんな……」
「私も同じだ。忘れていた騎士の初心を思い出した」
「あ、ありがとうございます」
顔を赤くして小さな声で答えると、イホークはいつものように律の頭を撫でてくれた。
「疲れた」
疲れを癒やすために図書室に行くと、いつものように机に突っ伏した。イホークはいつもと同じようにドアの入り口で警護をしている。しばらくそうしていると、ジェムが温かなお茶を持ってきてくれた。
「花の匂いがする」
「はい。東の国のお茶で珍しいものだそうです。心が安らぐそうですよ」
「ありがとう」
ジャスミン茶のような匂いのするお茶で、口にすると心が和らいでいく。何より、ジェムの優しさが律の心をほぐしてくれた。
「ジェムはディン族だよね」
「はい」
「あの、もし、嫌でなければでいいんだ。嫌でなければ、ディン族の話を聞きたい」
もしかしたら失礼だろうかと思ったが、ジェムは全く気にしていないようだ。
「あまり覚えていませんが、何をお話しましょうか」
「そうだね。うーん」
読んで記憶するのは得意だが、話を聞き出したり、1から考えるのは得意ではない。何を聞いていいのかわからず、首を傾げて困った顔をした。
「突然どうされたんですか」
律の様子を察したのか、ジェムが優しく聞いてくる。ふっくらとした頬を上げてにっこりと笑う顔に、さらに疲れが飛んでいく。
「さっき、ちょっとディン族の話を聞いてね」
軍事機密とは言われていないが、べらべら喋るものではないだろう。これだって余計な話だと思い至り、どうやって話を終わらせようかと困っているとジェムはそれを察したように笑った。
「あぁ、反乱軍の話ですか」
「知っているの?」
「えぇ、噂話が仕事だってくらいに、使用人は話好きですから」
律はそれに笑った。どこの世界にだって井戸端会議はあるらしい。
「サルバトラって人、会ったことある? いくつくらいの人なのかな」
「いえ、ありません。それにサルバトラは人の名前じゃないですよ」
「え、そうなの?」
「はい。ディン族の古い言葉で救世主という意味です。言い伝えで、ディン族が滅びそうになった時に、サルバトラが現れると言われています」
「へー、そうなんだ」
「サルバトラは火を操り、民を率いて世界を統べると。ただのお伽噺です」
「ジェムは信じていないの?」
「はい、勿論信じていません。ディン族は神の聖地であるエリン国の王都ミリナを汚そうとした逆賊ですから」
にこにこと笑いながら言うディンに、律は少し胸が痛んだ。
「ごめん」
「何がですが?」
「自分の故郷を悪く言わせてしまった。もうずっと昔の戦争なのにね」
ディン族のジェムが救世主を信じているなど言えるわけはない。自分の軽率さを反省した。ジェムは先ほどまでの朗らかな笑みを消し、真剣な顔で見てくる。
「リツ様、そのようなこと、決して口にしてはなりません。誰がどこで聞いているのかわからないのですよ」
「でも、セドリック王はそんなことを責めるような人ではないよ」
「王は勿論そうでしょう。でも、政治はもっと複雑で汚いのです。優しく汚れのないリツ様を私は敬愛しておりますが、それが身を滅ぼすこともあります」
律はコクリとうなずいた。おっとりしているジェムがここまで真剣に言ってくるのだ。沈黙は金ということだろう。
「わかった」
ジェムは頭を下げると「差し出がましいことを申し訳ございません」と言って下がった。
「差し出がましいだなんて、そんなことないよ。ありがとう」
律は立ち上がると、ジェムの手を取って握る。恥ずかしくてハグや額にキスをすることはできないのでこれが精一杯だ。本当は手を握るのだって律にはハードルの高いことだったが、ジェムには感謝の気持ちを伝えたかった。
ジェムはニコリと笑ってくれる。ふっくらとした頬がまた上がった。
「私に聞きたいことがあれば遠慮なく聞いてください。少しでもリツ様のお役に立ちたいのです」
「うん。ありがとう」
律は疲れていたが、ディン族について調べるために司書に言って本を数冊取ってもらう。何故だかわからないが、とにかくサルバトラについて知りたかった。
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