水晶剣伝説2~ジャリアの黒竜王子

緑川らあず

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公爵の娘

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 そうして公爵が去っていったあと、部屋に戻ったアレンは低い声で切り出した。
「どう思う?」 
「どうって、なにが?」
「公爵は、俺たちの言葉を全て信じたかな」 
「ああ……、どうかね。しかし、まあ驚いたぜ。部屋に入ったら、いきなりあのオライア公がそこに立ってるんだもんな」
 レークは台所からくすねてきたワインを開け、それをなみなみとグラスに注いだ。ここに来てからはガラスの器にも馴染み、今では愛用のワイングラスまで決めている。
 がぶりとワインを一飲みすると、レークはほっと息をついた。 
「でもまあ、おおむねうまくいったんじゃねえのか?以前から口裏を合わせることにしておいたのが役に立ったな」
「ああ……しかし」   
  アレンの方は、能天気な相棒ほどには安心してはいないのか、部屋の中をゆっくり歩きながらなにかを考え込むふうだった。
「さすが、知謀に長けたトレミリア一の切れ者宰相といわれるだけはある。自分の手の者を使って俺たちに見張らせていたとはな」  
「ああ、マージェリのことか」 
「うかつだったな。何かあの女に聞かれていなければいいが」
「大丈夫だろ?あのおばさん、そんなにあくどい奴じゃなさそうだし」 
「お前は気楽でいいよ」
「だって、どっちにしてもさ、オライア公がそれを自分からばらしたってことは、もうオレらを信用したってことなんじゃねえか?それに、今日だってオレたちは何も嘘は言ってねえし……アスカの貴族うんぬんはつい口を滑らせたが」
「いや、それはいい。そうした背後があると思わせておいた方が、ただの放浪剣士よりも案外信用を得られることもある」
「そういうもんかね」
 レークはふんと鼻をならし、またどぼどぼとワインを注いだ。
「お前も飲むか?さすが貴族サマの飲まれるワインだ。ただの浪剣士にはもったいない味だぜ。これだけでも騎士になったかいがある」
「いや……とにかく。今後も色々と宮廷の貴族たち、騎士たちに何事かを訊かれたり、調べられてもいいように、公爵に話したことを基本にして、俺たちの目的、出身、素性などについては話を統一しよう」
「それはいいがよ。すいしょ……、いや……剣のことはさ、どうする?さっきみたいに親父の形見で今後も通すのかよ」
「そうだな……」
 アレンはそっと懐に手を入れた。そこから小さな革袋を取り出すと、慎重な手つきで中から小さな短剣を取り出した。短剣の柄の先には、小さな紫水晶がはめ込まれ、うっすらとあやしい光を放っている。アレンはそれをろうそくの炎にかざした。
 目を閉じたままアレンはしばらく動かなくなった。のぞき込むようにレークがそばに寄る。
「……やはり、ないか」
 目を開けるとアレンはつぶやき、相棒に訊いた。
「今、水晶には何も見えなかったか?」
「ああ。ちょっと青く光ったようにも見えたがな……オレには分からん。お前みたいに魔力を見る力なんぞないからな」
「ここに来てひと月近く、毎日のように宮廷内を歩き回りながら探しているんだが……」
 口惜しそうにじっと水晶を見つめてから、アレンはまた短剣を革袋に入れ、大切そうに懐のかくしにしまいこんだ。 
「ならやっぱ、他の国にあんのかね」
「そう、国だ。しかも大国にある。それは間違いない。剣の魔力にひかれ、そして剣が人を選ぶのだ。地位ある者、そして力ある者に剣はとりつくはず……」 
「それも、マーゴスの言葉ってやつか?」 
「気安くその名を口にするな、レーク」   
「はいはい。そうでした」 
「空気が揺らぐ。彼らは敏感だ。自分の名が空気を揺るがし、その言霊の力で相手の存在をはかる。我々は彼らを利用するが、ときには逆におびやかされもする……」 
「けったいな連中に乾杯……」 
 レークはにやりとしてワインの杯を上げた。アレンの方は笑いもせず、ただ窓の外の暮れゆく夕闇の風景にじっと目を凝らすようだった。 
          
  それからしばらくは、平穏といってよい日々が続いていった。 
 レークは相変わらず、ときどき稽古をさぼったり、勝手にどこかに出掛けてひょっこり帰ってきたりと、騎士としての自覚を心に留め置くようにはとても見えなかったが、それでも一応は毎朝なんとか起き出して、形だけは騎士団に参加しているようだった。 
 一方、宮廷騎士長クリミナ・マルシイは、レークのことをならず者扱いすることで、他の貴族たちの不満を抑えているようでもあった。宮廷騎士団のほとんどが十代の若者たちであり、彼らはいわば本物の騎士の見習い期間にいるものたちである。そんな彼らにとって、この清婉な女騎士は、まさに女神にも等しい存在なのであった。女性でありながらも何者にも縛られぬその颯爽とした振る舞いなどは、宮廷の姫君や女性市民たちの敬慕を一身に集め、若い男性貴族たちからはその美しさを讃えられ、少年の騎士見習いたちからは憧憬の対象として敬われる。騎士団の稽古においても、クリミナの指示や言葉には、騎士たちすべてが一言も聞き逃すまいと耳を澄まし、与えられた稽古や命令をすみやかにこなそうと努力しているようだった。誰もが自分たちの団長に気に入られ、その親昵を勝ちえようと、互いに争うように動き、やっきになって訓練に精を出す。意地の悪いレークには、そうした騎士たちのクリミナへの多大な思慕があからさまに分かるので、ときにわざわざ他の騎士たちを尻目にクリミナに近づいては、堂々と無礼な口をきいたり、わざと目立つような態度を取っては彼女の注意を引いたりして、周囲の騎士たちからわざわざ妬みを買うのだった。そしてまた彼は、腹を立てる騎士たちや、眉をつり上げる女騎士の様子を見ては、密かに楽しんでいた。 
「なあ、聞いてくれよアレン」
 部屋に戻り相棒の顔を見るや、レークはさも楽しそうに、今日あったことを話しはじめた。
「どうした。また、騎士長どのにちょっかいでも出したのか?」
「まあ、そうなんだけどさ。今日はいつものように剣の素振りの最中に、やんなって隅っこで休んでたらさ、騎士長さまがこちらに注意しに来られたわけよ。んで、オレがこうウインクすると……また怒った顔でこっちを睨み付けてきたわけ。クリミナさんはそのまま黙って行っちまったんだけど、面白かったのはその後でさ。なんかこう、稽古の間中ずっと視線を感じるんで、気配をうかがっていたら、案の定、素振りが終わるとオレの方に近寄ってきた奴がいたのさ」
「なるほど。若い騎士の嫉妬でもかったか?」
「そう。そうなのよ。ただ、その若い騎士ってのがね……ほんの小さな坊やなのさ。そう、見習いだかなんだかの十四か十五くらいのガキ。その坊やがオレの方を、キッとこう可愛らしく睨み付けて……まるで親の仇でも見るように言うのよ。『ク、ク、クリミナ様に、ぶれいなマネをするのは、や、やめろ……』ってさ」 
 そこまで言って、レークはゲラゲラと笑い出した。  
「しょうがない奴だな。少年騎士をからかったのか」 
「べつに、からかっちゃいないぜ。まあ、どっかのいいとこの坊ちゃんなんだろうな……きれいなお顔を真っ赤にして、オレを見てさ。オレもはじめはへっ?てカンジできょとんとして、そのあとプッと吹き出しちまったら……そんで怒った少年が剣を抜いて大騒ぎよ。決闘だなんだと叫んでさ。周りの騎士連中がなんとか取り押さえて、じたばたと暴れて、最後には泣いちまうんだぜ。まったく……」
「で、騎士長殿にお目玉を食ったか」
「いや……」 
 レークはさも残念そうに首を振った。 
「オレとしては、麗しの騎士長どのに呼び出されて、二人だけでみっちりとお叱りを受けるという想像をしたんだが……じっさいは一言、ただ『稽古の規律を乱すな』と静かに言われただけでさ」 
「ほう。それは、なかなか……どうにもいかんな」 
「なんでさ?」
「ふむ。きっとそろそろ、あちらもお前の態度には腹を据えかねて、無視をきめ始めたってことさ。つまり、一応は騎士団の一員であることを許容はするが、それ以上の……いってみれば騎士同志の友愛、敬愛、連帯、といったものとはお前はまったく切り離されて考えられているわけだな。いちいち怒るのも汚らわしいと」
「へっ、何が騎士同志の敬愛だ」
 レークはせせら笑った。
「まともに一人じゃ剣も振れねえようなへっぴり貴族どもだ。みんな集まっての騎士ごっこにゃうんざりだ。けっこうだね。どうぞ仲間外れにしておくんなさいだ。なんせオレの一番の心配はな、毎日あんな稽古に出て、自分の剣の腕が鈍らないかどうかだよ」 
「あの女騎士どのもか?」
「ああ?」
「宮廷騎士長クリミナ・マルシイどの、彼女も取るに足らないへっぴり剣士で。騎士のまねごとにうつつを抜かす高慢な貴族なのかな」
「……」
 頬をふくらませたレークは、にやにやとする相棒ををじろりと見た。 
「いやな奴だな……もしそうなら、とっくに稽古なんて行くのはやめてらあ。いくらお前の命令でもな」

「ほう、なるほどな。宮廷騎士長はそんなに怒りっぽいのか」 
 オライア公爵は、レークの話に楽しげに相槌をうった。
「そう。その上、恨みがましいったらねえんだ。きっと、まだあのときの剣技会で負けたことを根にもってるにちがいねえ」
「しかし、レーク。それはお前さんが、クリミナ様に対して不遜な態度をとるからなんではないのか?」
 公爵の横に座っているのは、がっしりとした体躯に、黒髪を総髪にたばねた若い騎士……トレミリアでも屈指の剣士と名高いローリング騎士伯であった。 
「だってなあ、ローリング……あの女騎士どのはさ、いちいち、なにかにつけてオレのことを無視したり、差別したりすんだぜ。そうでないときは、怒ってきついことを言う」 
「なるほど。まあ、確かにあの騎士長どのは少々気が強いところがあるが」
「だろう?それに気が強いどころじゃないぜ。横暴でさ、その上陰険なんだ。あのあまっちょ、今日なんかはレイピアの模擬試合でよ、オレだけ相手をつけさせず素振りををさせやがるんだ。それもずっとだぜ。そりゃねえだろうと文句を言ったら、『それなら残りの時間は練馬場を走っていてもよいが?』と、こういうんだぜ。ひでえ差別だろう!いくらオレが元浪剣士だからってあんまりだ。なあ、そう思わねえか」
「うむ。しかし、それは逆に考えると、クリミナ様がお主の剣の腕前を知っていて、他の騎士たちと試合をさせるのはかえって危険と、そのように考えたからなのではないか?」
「だったらさ、騎士長どのがじきじきにオレの相手をするとかでもいいじゃねえか。オレとまともに打ち合えるのは、あのへっぽこ騎士団の中じゃあ、あのアマ……いや騎士長閣下だけなんだから」
「それは、そうかもしれんが……」 
 アレンが横で心配そうにするくらい、レークは身分ある人々にも言葉を飾らなかった。とくに騎士伯のローリングとは、ほとんど十年来の友人でもあるかのように、その再会を喜び合い、互いに肩を叩き合った。それにオライア公も、レークの下品な言葉に笑ったりうなずいたりと、最初の訪問の時よりもよほど打ち解けたふうだった。
「な。やっぱり、差別だろう。オレが身分なき下司の浪剣士だと馬鹿にしているんだ。雅びやかな宮廷言葉も、お上品なへっぴり腰での剣さばきも、そんなのは確かにできねえさ、オレには。それでいてやつらは、オレのことを心の中ではいやしい乞食、人非人だと思ってやがるんだ。はっ、そうに決まってる!」 
 調子に乗ってワインを飲みつづけていたこともあり、ずいぶん顔を赤くしてレークはまくしたてた。すでに、目の前にいるのがトレミリアの実質上の施政者の一人、宰相オライア公爵であることなど、すっかり忘れてしまっているようである。 
「だいたいなァ、あのアマはいつもそうなんだ。すましたつらでオレをさげすむように見て、ふんと顔をそらすあの態度!何様のつもりだ。ああ、確かに貴族さま、それもきっといいとこのおぜうさまなんだろうさ。あいつから見ればオレなんかはただの浮浪人、道端のゴミみたいなもんだろうよ。くそ、ちょっとかわいいつらしてるからって、もうちょっと愛嬌ってもんがないのかね。いったいどんな育ち方したんだろう、あの女騎士どのは」
「ふむ……そんなに、ひどいかね?宮廷騎士長の態度は」 
 妙に深刻そうな顔つきをして、オライア公は腕を組んだ。 
「ああ。そりゃもう。こちとら親の顔が見たいってもんですぜ。まったく……」 
「おいレーク。いいかげんにしないか。仮にも公爵閣下の前なんだぞ」 
「いや、かまわんよアレン。公の場ならともかく、ここはおぬしらの家だからな。そして我々は単なる訪問者、身分うんぬんをひけらかしても詮なきこと。なあローリング」 
「はい。私も、公爵に勝手を申しまして、ここに付いてまいった身。本来なら国に戻ってまず先に国王陛下にご挨拶せねばならぬところですが。まず最初にこの二人にお会いしたくなり、無理を申して公爵のお供を買って出たもので」 
「ああ、オレもさ。何故かあんたとは、妙にウマが合う。ずっとそう思っていたよ。あんたが山賊のデュカスだったときからな」
「このローリングは、正式にはレード公騎士団の団長だがの、このわしとも十年来の友人で……ま、息子のようなものかな。だから騎士団の任務の合間や、暇な時にはよく話をしたり、こうして護衛をかねて付いてもらっとるわけだ」 
 オライア公の言葉に、ローリングはうやうやしく頭を下げた。
「ローリングは宮廷騎士長とも幼なじみなのだ。もとはこいつも宮廷騎士団におったのさ。つまりレーク、そなたの先輩だな」 
「へえ、そうなのか。へえ……幼なじみ。ローリングとあのクリミナさんがね……」
「だから、こやつとってはクリミナは妹のようなものでな。子供の頃から二人してわしの屋敷で騎士のまねごとをしておったよ」
「公爵。それは身分不相応ですよ。むしろ私はクリミナ様のお付きのようなもので……」
「ちょ、ちょっと、待った。ローリングと騎士長どのが仲が良くて……それで、オライア公の屋敷で子供のころから遊んでいた?」 
 ようやく……そこにある重要な事実を察したらしい。レークはおそるおそる尋ねた。
「ええと……、念のために聞きますが。あのアマ……いや、クリミナさんは公爵とはどのようなつながりで?」
「あれは娘だよ」
「む、むすめ……?」
 レークはその場に固まった。
「娘って……実の?」
「うむ、いかにも」
「そうで……ござんしたか」
 ごくりとつばを飲み込むと、レークは横にいるアレンに目をやった。
「おい……アレンよ」
「ああ」
 アレンは笑いを堪えるように無表情を作っている。
「おまえ……知ってたな」
「なに?おぬし、まさかクリミナ様が公爵の娘だと知らなかったのか?」
 ローリングが驚いたように言う。
「てっきり知っていて、さっきから話題にしていたとばかり……父君である公爵の目の前で、なんと豪胆な男よと思っていたのだが……」
「う、うう……」
 レークには返す言葉もない。今までさんざん口にした、公爵の娘である女騎士への無礼な言葉の数々に、額から汗が流れ落ちる気分だった。 
「だけど……だけどさ、ほら、あの剣技会での陰謀事件の告発のとき。捕まったオレの前で、クリミナと公爵がいろいろ話をしていたけど、そんときは全然そんな感じじゃなかったぜ。まさか、だってそんな。親子なんて……マジか?」
「クリミナ様は、ああいうおかただから、たとえ実の父娘だろうと、ただのああいうときは一人の騎士としてふるまわれるのだよ。宰相閣下の方も、実務に忠実なるお心から、ご自分の娘御であろうと、騎士は騎士として扱うという、そういう信念をお持ちなのだ。それを横で見る我らは、確かにときどきはお二人のご関係を奇妙にも感じたりもするが、そういうものなのかと理解はしている」
 たしかに、ローリングのいう通り、父と娘であるからといって、公務とそれは別であるという考え方は分かる。だがレークからすれば、まさかあのとき、真夜中の城壁の暗がりで自分が気絶させたり、剣技会の試合で戦い、剣で兜をなぎ払ったその相手が、ここにいるトレミリア宰相の娘であるという事実に、驚かずにいられようはずもない。
 宰相の娘といえば、それは当然大貴族の姫君ということでもある。自分ごときが高貴な身分の女性を、それも実の父親の前で罵倒して、たたで済むものだろうか。幾多の修羅場をくぐり抜けた浪剣士といえども、これほど緊張にこわばる場面はめったにない。
 おそるおそる公爵の顔を窺うと、オライア公は無言のまま、険しい顔つきでこちらを見ている。
「う……、ええと……その。これはまた、ご無礼なことを、その、娘……ごそくじょ、とは知らず、オレとしたことがくだらん文句を、いろいろ……いっちまって」 
  レークは必死に弁解しながら、じっとりとにじむ汗を何度もぬぐった。
「すまね……いや、もも……、もうしわけ……」 
「ふ、ふはは」
「……え?」
 公爵が笑い声をもらしていた。
「おぬし……、本当に面白い男だな」 
「へ?」
  きょとんとするレークを見て、たまりかねたように公爵は声を上げて笑いだした。 
「ははは……こちらのアレンがの、さっきからおぬしがクリミナの話をするたびに、目で知らせるのでな、ははあ、これは知らんのだなと思って、わしも黙って見ていたのだよ。いや、すまん。さっきのおぬしの驚いた顔があまりに……」
 公爵は、そう言ってまた笑い出した。憮然とするレークを前に、ローリングもつられたように笑い出した。アレンだけはしきりに口に手をやり、なんとかそれをこらえていた。
「いや、失礼した。こんなに愉快だったのは久しぶりだ。すまぬすまぬ。別におぬしを怒りはせん。娘といっても、もうれっきとした騎士であるしな。それに騎士長どのへのおぬしの率直な感想が聞けて楽しかった」
 公爵はそういうと、そろそろ肝心の話をしようというように笑いを収め、改まってアレンとレークにうなずきかけた。
 前回の訪問よりもずいぶん警戒を解いた様子で、オライア公は、現在のリクライア大陸における情勢と、トレミリアやウェルドスラーブ、ジャリア、アルディ、セルムラードといった近隣国の関係を、差し障りのない範囲で語り始めた。
 傍らにいるローリングは、公爵が話す間は決して自分から発言することはなく、求められたときにはそれに正確な返答をした。この忠実な騎士は、そのように自然にふるまいながらも、決して言葉が多すぎぬよう、また話しすぎぬようにと、自らを制しているようであった。
 公爵の話に相づちを打ったり、質問を返したりするのはほとんどがアレンだったが、レークの方も時々は事前にアレンから教わっていたように、話に参加したり、たくみに返事をしたりした。そのように二人ともが、ある程度は有能で物事を話すに向くということを、さりげなく示しておくことも必要であるとアレンは思っていたのだろう。
 二人の元浪剣士とトレミリア宰相との、この奇妙な会談は一刻ほど続いた。おおむね互いの胸の内を確認し合ったと思うと、公爵は大きくうなずいた。
「まあどちらにしろ、いくさにおいては、このわしはただ案を提出するだけ。出兵策も諸国への基本対応も全ての決定は陛下と、大将軍たるレード公爵が下すものだからな」
 レード公爵は、このトレミリアで軍事を司る大将軍の地位にいる人物であり、また、ここにいるローリングが仕える直接の主でもあった。現在のところ、レード公は友国であるウェルドスラーブへ赴いており、フェスーンには不在である。ローリング自身は、国境の都市サルマまでゆき、レード公からのことずてを受け取って、つい昨夜宮廷に帰還したばかりであった。
「そうだな。レード公爵閣下は主として不足なし、戦士として不足なし、そして人間として不足なしと、そういう御方であるな」 
 レード公爵騎士団の団長でもあるローリングは、誇らしげにそう言った。 
「へええ。それじゃ、剣の方もあんたより使えんのかい?」
「それは愚問。私の信条として、自分より弱いものの下では戦わぬというのがあるからな。公爵はじつに立派な戦士、そして騎士でおられる」  
「なるほどねえ。レード公閣下が戻ってきたら、ぜひともお目にかかりたいものだ」
「そうだな。そのうち我が騎士団の宿舎にでも、遊びにくるといい」
 ローリングは立ち上がると、レークと握手を交わした。
「公爵、そろそろお時間かと」
「おお、すっかり話し込んでしまったの。どれ、そろそろ戻らんと、夜回りの騎士に誰何されては面倒だ」 
 それからオライア公は、思い出したようにアレンに言った。
「そうだった。おぬしの宮廷での仕事の件だがな。モスレイ侍従長に話を通しておいた。明日の三点鐘に式部省本館で会いたいということだがよろしいかな?」
「承知いたしました」
 アレンは丁重に礼を述べた。
「身分なき私ごときのために、お手数をおかけいたしまして、まことに感謝のいたしようもありません」 
「なに。侍従長とて知らぬ仲ではない。おぬしのことを話したら、とても興味をもったようだ。おそらくなんらかの職を見つけてくれよう」
「さて、いくかローリング」
 公爵はとても簡素な身なりであったが、これだけは気に入りらしい緋色のビロードのマントを羽織っていた。傍らに体格のいいローリングをともなう図は、さすがに一国の宰相というべき威厳を感じさせる。
「ではまた近いうちにな。レーク、アレン。どうもおぬしたちとはなかなかウマが合いそうだ。率直でいて、己を知り、機微にたけ、物事を洞察する力もある。とくにアレン。どうやら、おぬしには物事の真理を見極めてゆく才があるようだな。じつに楽しかったぞ。きっとおぬしならどんな仕事でもこの宮廷でやってゆけよう。あの剣技会で陰謀を暴いた頓才は本物のようだ。これからもなるたけ腹を割って話したいものだな、お互いに」 
「恐れ入ります。幾重もの身に余るお褒めのお言葉、大変恐縮に存じます。しかしながら雅な宮廷においては、私などは所詮はただの一介の剣士。今後ともそれを肝に銘じてゆく所存です」
「ふむ。そこいらの若い貴族であれば、そうしたへつらいはむしろ不快を覚えるところだが。おぬしを見ていると、本当に己が敬われているように思えるから、これは不思議だ。では、くどいようだが、くれぐれもわしがこうしておぬしらに会いに来たことは他言無用で頼むぞ。わし自身もなにかと面倒な身の上でな。たとえ私人としての訪問だとしても、周りの連中があれやこれやと煩いのよ」
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 公爵はそう言ってにやりと笑った。
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「へえ。いいですがね。するとつまり、親子の仲はあまりよろしくはないんで?」 
「おい、レーク。無礼だぞ」
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「へえ、そんなもんですかねえ」
 不思議がるレークの顔を見て、公爵はまた笑い声を上げた。 
「ではな、レーク。今度じっくり酒でも飲もう」
「おう、ローリング、あんたに会えて嬉しかったぜ」
 公爵を乗せた馬車に自らが御者となって乗り込むと、ローリングは二人に手を振った。
      
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