最後にいなくなった、君は

松山秋ノブ

文字の大きさ
1 / 33

prologue

しおりを挟む
 季節が過ぎて、風が吹いて、淋しさが呼んでいる。

 昨日から吹き始めた木枯らしは断続的にけれど不定期に窓を鳴らし、私はそちらに目をやる。もう冬か、誰にも届かない独り言を呟く。少し前までは季節が変わることに、特別な感情を持つことなんてなかった。服を変えて、髪形を変えて、夏休みが近づいて、私は意味もなくちょっとわくわくして、秋には文化祭があって、冬になったらどんなマフラーしよう、もうすぐクリスマスだな、プレゼント考えるの面倒だな、クリスマスにひとりぼっちやだよ、なんて将来になんの関係もしない悩みではしゃぐ級友を横目に、私は君のことを考えるのだ。それはちょっとした優越感、幸福感。年が明けたらお年玉もらわなきゃ、今年の抱負なんて決めらんない。10代の私たちは最強で、何にでもなれて、でも何にもなれない。先だけが無駄に長くて、それでいて何も見えない。不安、けれどそれが若者の特権で、訳わかんない自信で振り払えるようなそんな気がしていた。
 そして長い冬が終わって、春が来て、新しい学年になって、あぁいよいよ受験だ。大学に行く? 専門学校に行く? 就職はまだ早いな。でも勉強したくないな。受験なんて無くなればいいのに。みんな好きなところに行けたらいいのに。でもそんなことよりクラス替えだ。君と同じクラスになれるのかな。なれなかったら悲しすぎる。でも、この間買った雑誌には「適度な距離感が長続きの秘訣」なんて書いてあったから、もしかして隣りのクラスくらいがちょうどいいかもしれない。にしてももう高3か、あっという間だったな。1年なんて光の速さで過ぎていく、そんな風に思っていたし、ずっとこんな感じでだらだらと、けれど確実に季節を越えて、年月を重ねていくんだと思っていた。1年なんて。

 私に残された1年がもうすぐ終わろうとしている。次の春に私はいるだろうか。最近では呼吸をするのさえ苦しい。きっと直に私の口には呼吸器が繋がれ、それがなくてはまともに呼吸ができなくなるのだろう。朝も昼も夜もなく、私はずっとこの苦しさと闘いながら、それでも生きようとするのだろう。良かった、こんな姿を見られる前に君とお別れしておいて。
    こんな姿を見られるくらいなら死んだ方がマシ、いや、もうすぐ死んじゃうんだけど。そう思って私は決断したし、それには今も全く後悔なんてしていないのだけれど、もういつ死んだっていいようにしたんだけれど、それでも私は生きようとしてしまう。君がいる世界に。そして今日も窓をたたく風に淋しさを感じてしまう。君に会いたい、会って話がしたい、と。
その音と心臓の鼓動がリンクする瞬間が一番嫌だ。だから私はイヤホンを耳につける。少しでも優しい音楽で身体を満たしていく。瞼は閉じない、次に開く保証がないから。だから私はずっとディスプレイの文字を眺めていく。再生された時間は私が生きた時間。そして振り払おうとした孤独の数。大丈夫、もうすぐお母さんが来てくれる。私はそう言い聞かせて音楽に身を委ねる。
 最近はずっとクラシックを聴いている。ピアノの音とヴァイオリンの音。歌詞があるとつい自分に重ねたくなってしまうから聴かなくなった。昔はありきたりなラブソングばっかり聴いていたのに。今の私には必要ない。余計な感情は欲しくない。

ずっと君を愛し続ける

 意味も分からずにそんな言葉の響きに胸をときめかせていた。私もいつかそんな風に思われるのだろうか。そして思うのだろうか。一番好きな人に好きって言ってもらえて、私の人生はピークだったんじゃないかと思う。これ以上は無いと。もうすぐ死ぬ私が思うんだから間違いない。だって私に「ずっと」はないから。時限付きなんだから。それから私はこう思うようになった。

 いつまでも忘れない恋って素敵なんじゃないか

 少なくとも私は君のことをいつまでも覚えている。きっと死ぬその時まで忘れないんだと思う。この記憶があれば、私は優しいままでいられる。心の中に刻まれたものは永遠なんだと思う。
 でも君は? 私のことを忘れないでいてくれたら、私はとても嬉しいんだけれど、その世界にもう私はいなくて。君はずっと思い出の中でしか生きられなくなる。私はいい、もうすぐいなくなるんだから、私は君を思い出の中に閉じ込める。でも君は、君だけはできることなら幸せになってほしい。本当はその相手が私なら良かったんだけれど、そうだったらそれが私の人生のピークになるんだろうけれど。でも私にはそれができないし、それを求める勇気も責任もない。だったら君にとっての幸せは何だろう? 私とは正反対なんじゃないかな。

 私のことをいつまでも忘れていてほしい

 君にとってはそれが幸せで、私は私の幸せを噛みしめて、そして別々の道に進んで行こう。私の道はもうすぐそこで途切れてしまうけれど、君の前にはまだ道があるんだから。
    だから私は自分のしたことを後悔しない。君の悲しそうな顔は全部そのためなんだ。君には私を忘れてほしいんだ。

 でも、そのためにあの子は傷つく。あの子の気持ちを知りながら私はとても残酷なことをしてしまった。心が痛い、本当にごめんね。きっと私のことを許してはくれないんだろうけど、私の最後のわがままを聞いてほしい。最後だから。ちゃんとその憤りも私は背負って死んでいくから。

 音楽が変わり、私に抗えない眠気が襲ってくる。次もちゃんと目が覚めるんだろうか。色々と覚悟はできたけれど、でもまだもう少しだけ君のいる世界にいたい。恐怖と引き換えに眠るから、きっと見る夢には君が笑顔でいますように。


 私はゆっくりと瞼を閉じる
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

処理中です...