舞い落ちて、消える

松山秋ノブ

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episode.38(2007/5/9③)

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    一人になった後で僕は改めて窓から外を眺めてみた。もちろん佐藤さんに注意されたように警戒は忘れていなかったが。夕方だった先程までと違い、暗くなった空とは正反対に地上はどんどんと明るさを増しているようだった。人の流れが出来、派手な服装の女性が、派手な髪型をした男性がどんどんと行き交っている、その中をスーツを着たサラリーマン風の男たちが色めきだって歩いている。裏手の路地では背丈よりも高い立て看板を持った薄汚れた中年男性が生気を失ったまま立っている客引きではあるのだろうが、誰が通り過ぎても何も反応を示そうとしない。死んではいないのだろうが、そこに立つことだけが職業で、他は全く興味がないのだった。
 こんな街に朝美はどうしていたのだろうか、改めてそんな疑問がよぎる。朝美はあの無反応な男を見ても、この街に来るしかない事情があったのだろうか。そして竹下は本当にこの街にいるのだろうか。竹下は嫌なやつだった、底意地の悪いやつだとも思った。けれど、竹下は親もそれなりの地位があり、また将来は約束されているはずだった。大学だって結局親の力か指定校推薦で地元で一番の私立大学に進んだはずだった。それがどうしてこんな街にいるのだろうか。竹下の顔が浮かんできた。僕が竹下に直接話をしに行った、あの時の竹下の顔はやはり底意地の悪いものだった。

「特クラのやつがオレに何の用なんだよ」
竹下はやって来るなり目も合わせずにそう言い放った。図書館棟の脇には人がほとんど通ることはない。通ったとしても放課後に図書館棟に来るのなんて特クラの生徒くらいだ。あいつらは人のことなんて興味がない、好都合だった。
「2年9組の河村朝美のことについて訊きたい、それだけだ」
フレンドリーに来られたらまた対応も違っていたかもしれないけれど、調べた限りの竹下はそんな人間じゃなかった。だから僕にとっても想定内のことで、準備をしていたテンションで言い返すことができた。特クラの勉強しか能のない人間が呼び出してきたのだから、大したタマではないと思って舐めてきていたのだろう。ちょっと強気に出たら怯むとでも思っていたに違いない。そこまで雰囲気を出した訳じゃなかったけれど、竹下は一歩後ずさったように見えた。身長だけは高かったことが功を奏した。竹下とは頭ひとつぶんほど僕の方が高い。後ろには視界に入るギリギリのところあたりに光浦が待機していた。もちろん加勢をするためではない。何かあった時に止めるためだ。弓道で慣らした光浦は、体つきこそ頑丈には見えないが、半袖から伸びた腕は筋肉が隆々と見える。
「別に、お前に話すことでもないだろ」
強がっているのがわかるようにまだ竹下は目を合わせない。
「ちょっかいを掛けようとしているのなら止めてほしい」
「はぁ? なんでお前にそんなことを言われないといけないんだよ」
「昔からの友人なんだ」
僕はもちろん朝美のことが好きだとは言わなかった。もしかしたら気付かれたのかもしれないが、竹下に弱みを握られるわけにはいかなかった。
「友人か何か知らないけど、オレは別にちょっかいなんか掛けてねぇよ」
「何っ」
「向こうから来てるだけだ、文句は向こうに言ってくれよ」
竹下はそう吐き捨てると、振り切るように走り去っていった。追いかけようとしたけれど、元々足の速くない僕には、紛いなりともサッカー部の竹下に追いつくはずもなかった。

 それからも事ある毎に僕は竹下に朝美と離れるように言い続けた。竹下の反応はいつも同じだった。文句は朝美に言ってくれ。言えるならこんなことをしていない、と思ったが、もちろんそんなことは言えない。そんなことを繰り返しながら、進展のない僕に、朝美と竹下の噂は秘かに広がりを見せていた。廊下で話していた。一緒に下校していた。これ以上の時間の猶予はないと感じた僕は勝負に出ることにした。

「だから、そんなことは彼女に言えよ、何度言わせるんだよ」
いつものように竹下はそのまま去ろうとした。その背中に向かって、僕は大声で叫んだ。
「朝日女子高の1年B組、成田みつほ」
竹下の動きが時間停止装置のように止まる。僕も馬鹿じゃない。光浦と竹下の調査は続けていた。目をつけたのは竹下が付き合っている相手だった。誰に訊いてもその相手は出てこない。とても苦労した。相手は市内の女子高の1年生だった。
「なぜお前が知っている」
僕はその質問には答えなかった。
「相手の家は隣町の名士だな。それにお父さんは夢が丘モールを経営する企業の社長だ」
竹下は何も答えない。
「夢が丘モールって言えばオレらが皆お世話になっている地元の大ショッピングモールだ」
「お前、どこでそれを調べた」
「特クラ舐めんなよ。お前らとは頭の作りが違うんだよ」
生徒でダメなら親を使え。僕は中学の同級生の母親に竹下のことを誰か知らないか訊いてみたのだ。出来るだけ情報網の広そうな母親に当たっていくうちに、夢が丘モールに入っている携帯電話ショップに勤める人からこの情報を得ることに成功した。
「お前の父さん、そこの企業の営業だってな、こりゃ社長令嬢と付き合えば、お前も父親も安泰だろうな」
そこまで言うと、竹下が急に胸ぐらを掴んできた。初めて竹下は真っ直ぐに僕を見ていた。冷たく底意地の悪い目だった。
「テメェ、調子こいてると殺すぞ」
その勢いに僕はつい怯んでしまう。
「今のことを少しでも他人に言ってみろ、テメェ、この学校に居られなくしてやるからな」
竹下は遂に伝家の宝刀を出してきた。
「特クラだから推薦関係ねぇとか思ってるんだろ、そっちこそ教師の力舐めんなよ」
慌てた光浦が中に入る。光浦にはこのやりとりは聞こえていなかっただろう。僕は自分が少しだけ震えているのがわかった。確かに指定校推薦が関係ない僕には竹下の母親なんて怖くなかった。けれどそれは「推薦」に限っての話だ。一体竹下は何を考えているというのだろうか。それでも僕ももう後には引けない。恐怖を押し殺して言い返す。
「別に言いふらそうとは思っていない、彼女がいるなら朝美からは引いてほしい、それだけだ」
「まだ言うのかよ、朝美は」
相手の返答から何も変わらないと察した僕は先制攻撃をするように、相手が言い終わるのを待たずして言った。

「それならば、オレと勝負してほしい」


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