舞い落ちて、消える

松山秋ノブ

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Epilogue.3(2007/12/17② Side.藤井香織)

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「私の出身がどこか、佑矢は言える?」
「…関西ということは」
少し考えて佑矢先輩は言った。
「それ以上は知らないよね、訊かれたことないもん」
先程から中田先輩は佑矢先輩を真っ直ぐに見ている。一瞬も目を逸らそうとしない、瞬きさえしていないんじゃないかと思う。実際はそんなことないんだろうけれど。その目が私に向くことはなく、中田先輩には佑矢先輩しか視界にないんだと思う。その目は獲物を捕らえた肉食獣に見えなくもない。
「それと何が関係があるっていうんだ」
中田先輩の威圧感に少しだけ苛立って佑矢先輩は答える。
「教えてあげる、私の出身は大阪」
その言葉にも佑矢先輩は微塵も反応しない。だから何だ、と言わんばかりの表情だ。
「私ね、小学校まで近所に幼なじみがいたの。けれど、その子、中学校になって転校して行った。福岡に」
「中学校…大阪…転校?」
そこまで言うと佑矢先輩の顔が一気に曇る。小説を読んでいる私も思わずギョッとする。まさか…私が言う前に佑矢先輩が口に出していた。
「まさか…知里の…?」
その顔は親の仇とも思えるほど憎しみに充ちていた。小説内でも因縁の相手として描かれていた綾瀬知里。中学時代の転校生で、佑矢先輩と同じ友人グループに属していて、先輩と朝美さんの関係を壊す原因となった人物。
「知里は私の1コ上なの。転校してからは疎遠になっていたんだけれど、私が大学に進学して昨年くらいからかな、また知里から連絡がくるようになった」
ごめんなさいね、と私たちに断ると、中田先輩はバッグからペットボトルの紅茶を取り出す。それを一口含むと何か決めたような仕草で飲み込みまた話し始めた。私はもう何も話すことなく、それを最後まで聞いていた。
「久しぶりの連絡だから何かと思えば、『あなたの大学に中村佑矢っていない?』って。どうやら私の地元で聞いたみたい。驚いたわ。訊くと知里の知り合いだって言うじゃない。福岡に転校していったから、佑矢と同じだなとは思っていたけれど、まさか中学と高校まで一緒だったなんて」
「その頃私は佑矢、あなたのことがもう好きだった。どうにかして関係を構築したかった。だから私は渡りに船だと思った。知里に色々なことを相談したわ」
「その中で佑矢の心の中には朝美という女がいることを知った。朝美も同じ大学だっていうじゃない。私は知里と相談して朝美と仲良くなった。まず敵を知ることが大事ってことになったの」
「知里から朝美と佑矢との間には何もなかったとは知ってたけれど、それどころの話じゃなかった。朝美は佑矢のことなんて全く眼中になかった。私は安心した。それなのに佑矢ときたら」
「いつまでももう振り向かない朝美のことばかりで。だから私は考えた。朝美には当時恋人がいなかった。それが悪いんだ、って。朝美に彼氏ができれば、流石の佑矢も諦めるだろうって」
「私は朝美を誘っていろんな合コンに行った。友達も紹介した。けれど朝美は恋人を作らなかった。高校時代に好きだった人がいて、その人を超えていないと付き合えない、って酔った朝美が言ってたの」
「知里に聞いて、それが竹下という人だと知った。そして竹下っていう人もこっちに来ているっていうじゃない。知里は何でも知ってた。竹下の居場所もすぐに突き止めてくれた。けれど、竹下は思った以上にヤバい人だった。友達に頼んで竹下が出入りしているっていう歌舞伎町の店に行ってもらったけれど、竹下はクスリにハマってた」

「その時にね、私、思いついちゃったのよ」
「もし朝美に今の竹下の居場所を教えたら、そこに行くんじゃないか」
「竹下がクスリをやっていると聞いたら、止めに行くんじゃないのか」

そこまで聞くと、隣にいた佑矢先輩が机から乗り出して中田先輩に掴みかかっていた。
「理穂子、お前、朝美を!」
「そうよ、朝美に竹下の居場所を教えたのは私、まさか本当に会いに行くなんてね」
「お前、自分が何をしたのかわかっているのか!」
目の前の光景を呆然と見ていた私は我に還り、慌てて佑矢先輩を止めに入る。
「先輩、駄目です暴力は」
「お前のせいで朝美は記憶を失くしたんだぞ!」
先輩は私の制止も聞かずに理穂子さんに詰め寄る。
「『せい』?『おかげ』の間違いじゃないの」
何だと!と殴りかかろうとする佑矢先輩の手を私は必死で止める。殴られても構わないわよ、というくらいの堂々とした態度で中田先輩は吐き捨てるように続けた。
「朝美が記憶を失くしたおかげで佑矢はまた朝美と話せたんでしょ、関われたんでしょ。私のおかげじゃない。全くの誤算よ、私はそうするために朝美を唆した訳じゃないっていうのに」
「中田先輩もその辺にしないと!」
私の忠告は誰にも聞こえない。
「だから最初は佑矢を止めようとした。朝美のところに行ってほしくなかった。けれど行った。しばらくして聞けば、佑矢は苦戦していて記憶回復が進んでないっていうじゃない。私はピンと来たわ。佑矢は今の朝美を手離したくないんじゃないか、記憶が戻ればまた朝美は自分から離れていく、それならこのままがいい、記憶が戻らないようにしている、って」
佑矢先輩を必死で抑える私の手から力が逃げていくような気がした。さっきまでと表情は変わらないけれど、力は抜けている。小説に書かれていた通りといえばそこまでなのだけれど、図星なのだと思った。先輩にとっては突かれたくない部分なのだと思った。
「だから今度は記憶回復の手助けをしてあげたの。朝美に早く記憶が戻るように。竹下の情報を教えて、新幹線のチケットまで取って」
堂々たる姿のまま中田先輩が大きく笑う。
「結局あなたは私の手の内で踊らされていただけ。私だけじゃないわ。知里の手の内でね」
力が抜けていたので油断していた私の腕から佑矢先輩の手がするりと抜け、まずいと思った時にはパチンと大きな音が図書館に響いていた。片頬を赤くした中田先輩はそれでも微動だにしなかった。

「これでおあいこよ…私は悪かったと思わない。絶対に」
平手打ちまで気がつかなかったけれど、このスペースにいる人たちの視線を私たちは一手に引き受けていた。もう私たちしか話している人はおらず、中田先輩が溢れるように発した言葉も反響してはっきりと聞くことができた。中田先輩はそのまま図書館を出て行った。残されたのは私と佑矢先輩と気まずい沈黙だけだった。

「…これが小説を書いた理由ですね。先輩は朝美さんを影で操った人物を知りたくて書いた」
私の言葉に佑矢先輩は何も反応しなかった。図星なのだと思った。

「違う……」
長い沈黙の後で絞るような声で佑矢先輩は言った。低すぎる声に最初は誰が発しているかわからなかった程だった。
「そんな理由じゃない!」
それだけ言うと佑矢先輩は下を向いたまま図書館を出て行こうとした。強がりだと思った、図星だからそんな反論しかできないんだと思った。私は慌てて佑矢先輩の背中に問いかける。
「それじゃ何のためだって言うんですか!」

「オレは…彼女のためにしか動かない。オレを動かせるのは朝美だけだ」
振り返ったその顔は強がりでも図星でもなく、混じりっけのない強い眼だった。私はまだ真実に辿り着けていない。そう直感した時にはもう佑矢先輩の姿も見えなくなっていた。

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