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chapter 2
6話 音の暴力
しおりを挟む「あ」
呆けた声が口から出る。逃げられない。避けられない。受け止められない。
痛みはリアルなのに、目前に迫る剣はリアルじゃない。
気が付いたら戦争が始まって、気が付いたら全軍を指揮していて、気が付いたら殺されそうになっている。…………だというのに、欠片も臨場感が無い。演出下手で描写不足なB級映画を見ているような、俯瞰的で客観的な現状。自分視点という一人称であるはずなのに、どこか世界がズレている。
嗚呼、予想以上に心が摩耗していた。自分の死に無頓着になる程度には磨り減っている。
――――だって、死にそうなのに怖く無い。
ぐるぐると色々な言葉が頭の中を流れる。生を諦めた本能に、理性が抗うかの如く現状を打破する方法が思い浮かぶ。一秒が二秒に、二秒が六秒に、六秒が二十四秒に――――加速する思考の中、思い浮かんだ方法の結果は総じて死。
その策を破棄、または過程を修正して脳内でシミュレートする。…………無論、結果は死。
そもそも、武器が無く動けない状況で出来る事など高が知れている。
本能が諦め、理性もようやく死を悟る。
二十四秒が六秒に、六秒が二秒に、二秒が一秒に――――そして。正しい時間軸を取り戻した世界の中で敵は長剣を振り下ろし、
「危ないッ!!」
しかし何者かの体当たりにより剣が描くはずの軌跡は大幅にずれ、俺と同様に落馬する。しかし俺がレザーメイル装備なのに対して、敵はプレートメイルである。頭から落ちた敵兵は自重により自身の首が折れてしまったのか、びくりと痙攣するとそのまま動かなくなった。
「…………悪い、助かった」
安堵すると視界が広がった。どこか遠かった音の違和感も無くなり、少しずつ自分が戦争をしているという実感が湧く。
「気を付けて下さい、参謀殿。ここが正念場です」
そう俺に告げた人物は伝令兵だった。流石、優秀な人間は違う。…………って、それよりも俺、参謀なんだ。いや、違いは無いけど。
まぁ、取り敢えずは参謀と名乗る事にしよう。その方が後々楽そうだ。
俺は伝令君が奪った敵の馬に乗り、戦場全体を見渡した。敵軍は歩兵を前に出したまま動かず、騎兵を助ける素振りは見せない。しかし騎兵が裏を取ればいつでも突撃が出来る体勢になっている。
二千程居た騎兵は散り散りとなり既に半数以上が討たれ、または捕まったようだ。だが包囲を抜けて完全にこちらが後ろを取られた。こちらを挟撃出来る敵はかなり疲弊しているだろうが指揮は高い。勝ちを確信しているのだろう。…………だが、甘い。
「――――全軍、反転」
呟きに似たその言葉を伝令君が拾い、即座にアシュラへと伝える。そしてアシュラを通して俺の言葉は各中隊・小隊の隊長へと伝わり――――瞬く間に部隊は反転した。
こちらは確かに数で劣るが、アシュラを頭に据えた分指揮が高い。多少の錬度の低さは補える。
そしてその声が遠話で、皆とは言えずともある程度上の人間(前世で言えば尉官か准士官以上)には届いているんだ。並の軍勢では叶わない速度で展開する事が出来る。事実我が軍は敵に背を向ける事を物ともせず、見事に逆包囲を完成させた。
こうも綺麗に包囲されればいくら騎兵といえども戦意は無くなるのだろう。向けられた槍を払う事すらせず、自らの武器を手放した。
勝鬨が上がる。士気はこれ以上無いくらい高揚しているため、これから行うややこしく面倒な動きも問題無くやってくれるだろう。
問題は指揮が高くなり過ぎて収拾が付かなくなる事だ。勝手に突撃されると困る。ここは先程使わずに温存していた弓隊を使って――――
「全軍突撃ぃッ!!」
「…………は?」
反転していた部隊が反転し、元に戻る。それはいい。それはいい…………が、何故こいつらは突撃しているんだ?
…………いや、答えは分かっている。アシュラが突撃の号令をかけたからだ。間違っちゃいない。普通は突撃だ。そもそもこの世界、部隊が相対した場合の戦略は突撃以外存在しないと言っても過言では無い。だから突撃。間違いなく正しい。
だけどそれはこの世界を基準にした場合だ。前世の知識がある俺にとっては下策でしか無い。
第一アレだ。世襲制だから大将が戦い方を知らないって理屈は分かる。だけどおかしいだろ。こうすれば良いんじゃないかとか試行錯誤しないのか? 貴族の伝統とか誇りってやつ? それこそ馬鹿だろ。それは誇りじゃなくて驕りだ。
敵は歩兵密集隊形ファランクスという有名な陣形を取っている。歩兵密集隊形とは左手に盾、右手に槍を持って密集隊形を作る陣形で、有名所だとスパルタンの兵士が狭い谷間でこれを用い、圧倒的大多数の敵に数日もの間戦った。
守りに適した陣形だが包囲に弱いという欠点があるため、こちらの騎兵隊を左右に投入すれば決着はつく。
…………しかし、あろう事かアシュラたちはその騎兵で包囲するのでは無く中心部に向けて突撃した。これはもう笑うしか無い。
「銅鑼を鳴らせッ! 弓隊構え……撃てッ!」
伝令君に一斉射撃を意味する銅鑼を鳴らさせ、敵方向に種子島を全力で降り下ろし全体に命令を出す。士気が高いだけあって俺の命令もすんなりといき、突撃した味方を援護せんと無数の矢が空を覆う。
弧を描き飛ぶ矢は敵の盾を貫き槍を弾き、無慈悲に命を奪っていく。そして……その動揺が収まる前に味方の騎兵が敵と接触する。
槍に刺され、何十もの味方が落馬する。運良く助かった人間も鎧ごと身体を味方に踏まれ圧死する。しかし勢いは止まらない。正に破竹の勢いで敵軍に殺到する。
正直これは予想外な展開だ。味方の士気の高揚、敵の士気の低下。それらの要素を加味してもいかんせん敵が脆過ぎる。これは罠か? だが逆包囲をするような雰囲気じゃ無い。勢いに押し切られた…………ってな感じでも無いな。
用意した魔法部隊で味方ごと殲滅…………有り得るかも知れないが、初戦からわざわざ兵を無駄にするか? 王都を攻略するような雌雄を決する最終戦ならともかく、これは国境にすら届いていない戦だ。
何を――――と、遠くを見据え、同時に馬の腹を力一杯蹴る。
味方は敵軍の第一陣を突破し、乱戦状態になっている。槍を投げ、剣を振るっている。
敵は――――構えていた。俺が背中に背負っている物と同じ型の…………銃を。
確かに覚えている。あの胡散臭い商人は『南で試験的に使われている』と言っていた。…………予想出来たはずだ。そもそも鎧がここまで発達したのは、銃弾を防ぐためだと歴史の先生が言っていた。銃が発達して鎧じゃ銃弾が防げなくなり、今のような軽装備に変わったんだと。
初期の銃じゃ五十メートルも離れれば鎧で十分防げるだろうし、まず当たらない。連射すれば命中率の悪さは誤魔化せるだろうが、残念ながらそんな連射力は無い。彼の有名な信長の『三交替斉射』を試みている様子は無いし、実質そこまで害は被らないだろう。
問題を挙げるとしたら――――音だ。
何十、何百という数の銃声に馬は堪えられない。もちろん銃の存在を知らない人間もだ。だから確実に多くの人間が落馬する。大きな隙だ。しかし騎兵が居なくて銃に慣れている敵軍は恐慌状態に陥らない。
…………まさか、騎兵が足を引っ張るなんて誰が思うだろうか。歩兵にとって騎兵は脅威でしか無いため、俺が即座に降りろと言ったって実行するやつは極少数だろう。
となると俺が取る行動は一つだけ。
「アシュラァーッ! 伏せろおおおおッ!!」
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※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
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