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epilogue
1話 繰り返した先には
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――――忘れられないその日、双子座の順位は最下位だった。ラッキーアイテムはピンク色のハンカチであったため、俺は持ち歩くのを諦めた。白ならぎりぎり許容範囲内だがピンクはちと厳しい。
友人と映画を見る予定だった俺は外出を控えようなんて選択肢は無く、どうせ占いなんて当たるわけが無いさと反抗期な少年アピールをしていた。
友人と観た映画は恋愛映画だった。野郎と観るような映画で無いのは確かだが、人気な映画という事で気まずさを感じながらチケットを買った。女子との共通の話題を得るため、という側面が無かったと言うと嘘になる。
映画は男が女にフラれる所から始まった。男は最後まで女への愛を貫き、居眠り運転で暴走するトラックから自分の身と引き換えに女を助ける。そこで女の今までの態度が愛情の裏返しだという事が判明する。男は即死――――では無く一命を取り留め、晴れて二人は結ばれる…………という話だった。
全米が泣いたとか煽ってあったし、友人も「良い映画だった…………」と感涙していたが、俺は色々と府に落ち無かった。
もちろん映画は面白かった。箇条書きにすると駄作に見えるのは箇条書きマジックというやつで、実際は感動出来る映画だった。
しかしラストが納得いかない。主人公死ね! では無い。俺が納得いかなかったのは、主人公がヒロインたる女を押して助けた事だ。そこ抱き着けよ! と言いたい。抱き着けばトラックと接触する事も無かった。敢えて主人公を重体にする事でヒロインの気持ちを……なんて言い分も分かるし、演出だと言われたら反論なんて出来ない。だが、納得も出来ない。
そんな事をぶつぶつと友人に語っていたが、恐らく話の半分も聞いていないだろう。俺自身も聞いて貰おうと思っていたわけでも、理解して貰おうと思っていたわけでも無いため特に気にしなかった。
そんな映画からの帰り道、それは起こった。
信号は青に変わろうとしていた。しかし猛スピードで横断しようとするトラックが一台。大多数の人間はそれに気付き、顔を顰めていた。だが信号待ちの群れの先頭に居る少女は、どうやら気が付いていないようだった。
ミッション系の学校にでも通っているのか、黒と白を基調色とした大人しめな制服で身を包んでいる。何か不幸があったのかただ単にぼーっとしているのかは分からないが、俯いている横顔は暗かった。
俺は反射的に走った。信号が青になる。迫るトラックに気が付いている人間は動かないが、少女は歩き出す。
「危ないッ!」
と格好をつけて少女に抱き着いた。なるべく怪我をしないように自分の身を下にし、道路へと倒れ込んだ。その横をハンドルを切って横転したトラックが滑る。
映画とは違う、自分が望んだ結末に安堵の溜め息を吐く。怪我をして死にかけるなんて本意じゃない。笑える結末がハッピーエンドだと思う。
「大丈夫か?」
胸の中で縮こまる少女に声をかける。少女はその言葉にびくりと身体を震わすと、おずおずと上目遣いにこちらを見た。――――目が合った。
「あははっ」
笑った。いや、世界を、繰り返して来た自分を嗤った。おかしくて堪らなかった。
こうやって全ての記憶が統合されると、感じられた違和感の節々が全て理解出来る。全ては遍く廻っていたのだ。ただ俺にはそれが理解出来なかっただけ。
俺は――――ルカ=ルーズベルトは、これをずっと繰り返して来たんだ。道理で何気ない日常に既視感を感じ、死のうとする寸前までその実感が沸かなかったわけだ。迷宮でもそうだが、俺は結果を識っていた。何度も何度も繰り返して来たのだから当然だ。
でもこうして同じ事を繰り返していくうちに綻びが生まれた。俺は経験していないはずの未来を幻視し、その結果次の未来である過去に変化が起きた。具体的に言えば、ミサを助けるために『押す』のが正しい方法ではないと直感的に感じ取っていた。だから抱き着いた。そしてミサと目が合い、そのあまりにもミサと似た顔《かんばせ》に無いはずの記憶が繋がった。
「――――ミサ」
彼女の名前を呼んだ。現世とは違う名前で呼ばれた少女は僅かに首を傾げ、驚愕するように目が見開かれた。
「ルカさん、……私は、私は――――」
ミサも全てを思い出したのだろう。大粒の涙を零す。震える唇からは言葉になっていない懺悔が溢れる。
可愛くて仕方がなかった。俺を助けるために大勢を犠牲にして来たこの娘が。過去に戻り、どうせ無かった事になるのだからと己を殺して来たミサが。取り返しの付かない事をして来たのだと気付き嗚咽するミサが。全てが可愛くて可愛くて……愛おしくて。俺は、その震える唇に吸い付いた。
そして何度も繰り返した日々と同じようにトラックが爆発する。
俺たちは、再び死亡した。
◇
「高い」
一言で斬り捨て、マーカーを動かす。
「に、兄ちゃん、それは流石に――――」
男も負けじとマーカーを動かす。無論指定された値段は、大金を持っている今の俺でも払えない額であるため、さらにその半分を提示する。
半分とはいえ、今の俺が辛うじて払える額であるため、十分高額だ。そんな額を支払える人間はそう居ないし、居たとしても銃の価値を理解出来ないだろう。
あちらさんもそう考えているらしく、布を見つめたまま唸っていたが結局取引は成立した――――と、男は思ったはずだ。
「そういえば、某国でフリントロック式のマスケットが開発されたらしいな」
男の腕がぴくりと動いた。
「内部の燧石で着火するから、火縄は不要だと。……まぁ、商人がそんな事も知らないはず無いか」
マーカーを動かし、更に半分の額を提示する。男は震える指でマーカーを動かすが、俺は断固として引かない。だがそれだと意地の張り合いになる。――――だから俺は、男を救う天使の如く囁いた。
「…………銃自体が古くても、火薬と弾は変わらないよな」
男は身体を震わせその言葉を吟味すると、やがて決心したかのようにマーカーから手を離した。
俺は男に当初とは比べものにならないくらい減った金貨を渡し、代わりに種子島を受け取った。
「毎度ありー」
本来男が言うはずの台詞を俺が代わりに言ってやる。
「…………でも兄ちゃん! 弾と火薬は別料金ネ! こちらは銅貨一枚もまけないヨ」
興奮しているのか、布をばさばさと振り回している。今度こそ身ぐるみを全部剥ぎとってやるぜ! みたいな感じで張り切っている所申し訳無いが、俺には弾も火薬も必要無い。
「悪いな。俺、弾と火薬は自作出来るんだ」
「――――神よッ!」
本日最も流暢な発音で神に祈る男を置いて、俺はその場を後にした。
特に目的地があるわけでも無いが、俺は種子島を腰に差したままぶらぶらと辺りを散策する。露店を冷やかし、時に売り上げに貢献しながら俺は当ての無い散歩を続ける。
「――――あ、あの! すみませんっ!」
待ち望んでいた声に俺は足を止める。振り返った先には、シスターが居た。
白とグレーを基調とした地味な服に、首から提げる銀のロザリオ。全く変わっていないその格好に、俺は懐かしさが込み上げて来た。
「久し振り――――ミサ」
言葉を返す。
俺は何度も何度も彼女に殺され、何度も何度も彼女を助けてきた。そして彼女は何度も何度もその罪を償い続けてきた。
繰り返し続ける日々に気付かず、俺たちはすれ違ってきた。何度も何度も廻り続け、遍く綻ぶまで俺たちは繰り返した。
だけどそれは終わった。ここに来て俺たちは、ようやく廻る日々から抜け出した。
「お久し振りです、ルカさんっ」
涙を流すミサが抱き着いて来る。俺は両手を広げてそれを受け止めた。
こうして俺たちは、遍く廻る危機《クライシス》を乗り越えたのだった。
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