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をかしなサンダルを買ふ(頑張って2話)
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しおりを挟む色とりどりのビーサンが軒下に並んだ店先は夏色一色。店内に目をやると、両サイドに鎮座したガラス棚には、高そうなサンダルから婦人物のハイヒールが整然と列をなし、中央の島には男性用の革靴などが取り揃えられた一般的な靴屋さんスタイルだが、ここの店員、高田さんが少々俺的にはいい意味でクセのある人なのだ。
その軒下で野球監督みたいな指令を小ノ葉に伝授していたところへ高田さんが登場。
「いらっしゃませぇー……あ? なんだカズくん。おおぉ。この子が噂の小ノ葉ちゃんか。ほんと可愛いねぇ」
もうここまで知れ渡っている。吉沢放送局の電波は光の速度を超えてやがる。
「こんにちワ」
そうそう。ちゃんとマスターしたな。
高田さんも丁寧に頭を下げ、
「ブラジルからようこそ日本へ、小ノ葉ちゃん」
そこで早速、人差し指を立てる。
「えっ? もう? あぁ。ありがとうおにいさん……だっけ?」
「バカやろ。言われたこと以外のセリフを混ぜるんじゃねえ」
高田さんがちょっとポカンとするものの、
「日本語も話せるんだ。よかった、英語が苦手で……」
ふー。バレていない。
「そうなんです。まだ片言でね、時々おかしなこと言うけど、大目に見てやってください」
「みるみる~。大目に見るよ。こんな可愛い子に言われるんなら悪口でも許しちゃうぜ」
すかさずもう一度、人差し指を立てる。
「あ・り・が・と・う……お・に・い・さ・ん」
おーい。今度は感情が入ってねえぞ。
急いで誤魔化すために、すべての指をおっぴろげた。
小ノ葉は俺の指示のとおりこの世に存在し得ないような、柔和な表情で微笑んで見せた。
確かにこっちの人間ではないのだが、男心を根底からくすぐるミラクルなスマイルだった。
「「……………………」」
黙りこくる高田さん、あんど俺。
《おいおい。こっちまで小ノ葉の術に巻き込まれてどうすんだよ》
悪魔に囁かれて我に返る。
「そ……それでカズくん何が欲しいの?」
ずっと見ていたいという誘惑を振り払って、職務に戻ろうとする高田さん。なかなか精神力あるな。
「あのさ。この子に似合うスニーカーを探してんだけど安いの無いっすか?」
「了解。うちは靴屋だ。なんだって取り揃えてるよ。もし無けりゃ、小ノ葉ちゃんのためだ。問屋にまで走ってあげるよ」
「いや、そこまでしてくれなくてもいいっすよ。それよりあまり持ち合わせが無くて……安いのを探してんです」
「はいはい。値引きさせてもらうよ。カズくんのガールフレンドのためだ……で? 彼女サイズは?」
小ノ葉の前で片膝を落とす高田さんに、
「大きさはどんなのでもいいの。足のほうで合わせるから……」
「だぁぁぁぁぁぁ!」
バカやろ、指示以外の言葉を出すんじゃない。
怖い目で睨んで、手を振る俺と、
「え? 今のどういう意味?」
疑問いっぱいの顔を持ち上げて固まる高田さん。
急いで二人のあいだに飛び込み、
「少々小さくても足が柔らかいから入るらしいです」
高田さんは、ぽけーっ、とした表情を瞬間に戻して俺に応える。
「あ? ああぁ、ダメダメ。正しいサイズでないと足の形が変わるからね」
「へぇぇ。この世界の人でも変形する時があるんだぁ」
ばかー。小ノ葉……頼む、よけいなことを喋るな。
「え? そうだね。ブラジルも日本も人間はみな同じだからね」
ふひぇぇ。何とか会話がつながっているぜ。なら……今のうちに。
「高田さん。単刀直入に言います」
「なんだい?」
「いま金欠で500円しかないんです。それで何とかできませんか?」
「500円か……」
「無理っすか?」
「うーん。さすがに500円でスニーカーは無いなぁ。あそうだ、サンダルなら何とかできるけど」
すかさず小ノ葉に向かって親指をおっ立てる。
「……うれしぃぃ」
「いやぁ。こんな可愛い子にそう言われるとコッチまで嬉しくなるね。実はさ、いいのがあるんだ。婦人物のサンダルでラメ入りなんだ。しかも定価8千500円もする高級品なんだ……けど……」
途中で言葉を区切り、俺と小ノ葉を交互に見て逡巡している様子。
「よし、500円でいいワ」
「え? 8千500円がただの500円でいいの?」
意外な言葉を受けて、こっちは唖然とするが、
「中古っすか?」
俺の質問に、高田さんは必要以上に首を振った。
「と~~んでもない。新品だよ。まだ誰も足を通していない正真正銘の新品だよ」
と言った後、
「……その代わりちょっといわく付だぜ」
何だか不気味な言葉を残して、高田さんは店の奥に消えた。
どんな事情で8千円も値引きしてくれるんだろ?
誰だって首を捻りたくもなる言葉だった。
しばらくして、一足のサンダルを持って店の奥から戻って来た。
「これなんだけど……」
と言って、小ノ葉の前に並べる。
「サイズは23センチでぴったりだと思うんだ。どう?」
「どうって……どこがいわくつきなんすか?」
普通に見て綺麗な色の夏物サンダルだ。踵(かかと)が少し上がって細身なのは婦人用だとわかるし、素材もただのビニール製ではなくちゃんとした革を使った高級品だが……。
「――んげっ!」
「気づいた?」
高田さんは笑った目を俺にくれた。
「パッと見はわからないでしょ」
平気で言うけど高田さん……。
「両方とも右足用だ!」
そりゃ誰も足を通していないだろ。いや通せないんだ。
猛烈な脱力感に襲われた。
やっぱりこの商店街は親父を筆頭にへんなヤツが多い。普通そんなモノを売りつけるか?
「履けないこと無いよ。メーカーの事故品なんだ。納品検査でどういう理由かパスしたいわくつきの商品だよ。これがエラーコインだったら高値になるところだけどさ」
いくらなんでもそれはないだろ?
「どこかの店に左だけの商品が流れたらしくて、それと合わせれば製品になるから社長が返品するなって言ってんだ」
いけしゃあしゃあとのたまわれる高田さんだが、ここの社長もたいした人だぜ。
「……………………」
驚きと呆れにまみれた複雑な心境で黙り込んだ俺の横で、それを履いていた小ノ葉が嬉々とした。
「イッチ、ちょうどいい」
高田さんの目はサンダルを履く小ノ葉の膝から太腿の辺りを彷徨っていたが、俺はしっかりとそれを目撃した。
「だ――っ!」
大声を上げそうになったが、上唇を噛むことで堪えた。
小ノ葉は右足用のサンダルに左足を突っ込む際、瞬間にサンダルに合わせて足を変形させたのだ。こちらもパッと見では分からないが、じっくり観察すると足の先が微妙におかしい。形ではなく、足の指が両方右足なのだ。
血流が寸断されて目の前が暗くなる。ああぁ。俺、気を失うかもしれない。
医学的にあり得ない現象さ。
左足の親指が右足と同じで、左側から伸びている。オレンジ色のニーソに包まれていたのでよく見ないと気付かないが、それはとても不気味で不自然なカタチをしていた。
高田さんの視線が小ノ葉の腰辺りに固着するあいだに、脳髄の奥から思考波に力を込めて怒る。ヤツは俺の肩に手を乗せてサンダルを履いているので、今ならテレパスで通じるはずだ。
(バカヤロー! 左足の指の並びを戻せ、それだと逆だ!)
喉からは、別の言葉を吐いて1000円札を突き出した。
「これ買います。く、ください」
500円しか無いと言っておきながら、1000円札を出すときの気まずい空気を感ずる余裕は宇宙の彼方に吹っ飛んでいた。
両方とも右足だなんて、マネキン人形でさえあり得ない状況で、こんなの世界のミステリー級の事件なのだ。
「……………………」
幸いベースケな高田さんは、小ノ葉の美脚に見惚れて絶賛石化中だ。
紫色のサンダルとオレンジ色のオーバーニーソックスから射してくる色合いはとても目に眩しく、小ノ葉の全身からあふれ出る妖しいオーラと相まって、見る者を魅了して動けなくする。まるでゴルゴンの禁断の箱を開けてしまったようなものだ。
左足を右足に変形修正するという人間離れ、いや、もはや人間ではないな。両足が右なんだからな。そんな荒業を披露しているにもかかわらず、小の葉はすました顔だ。だから気付かれない。
ようやく石化を解いた高田さんは、さっとくるぶし辺りから上半身まで視線を一巡させて溜め息を吐いた。
「似合うねぇ。さすがラテン系の人はサンダルだねぇ」
足首から下を見ずにその言葉を出したことにはこだわらないでおこう。とにかく俺は出されたお釣りの500円玉を握り締めて店を出た。
疲れた……。
たかがサンダルを一足買っただけなのに、潜水で50メートルプールを二往復したくらいに、脳が酸素を要求していた。
「早く帰って昼寝でもしたい……」
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