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第一巻・我輩がゴアである
ナナ
しおりを挟む我輩たちが入ったスマホが差し込まれたホロデッキシステムと、それが投影するスーパーカメムシは船の端っこの方で健在であったが、いかんせん後ろ足の数本が側壁に突き刺さり身動き取れない状態である。しかしここのスマホとキヨ子らとを結んでいる電話は問題なく通じたままで、会話には不自由しなかった。
《ところでナナって誰なんです? そこの大阪弁の宇宙人さんならご存じでしょ。説明してくれませんか?》
『…………………………』
『おい、なぜ黙っておるのだ?』
《キャザーンのことなら何でも知ってるんじゃありませんの?》
『いやぁ~。娘子軍(じょうしぐん)のことなら何でも答えられまっけどな。キャザーンの内部事情までは……』
《そんな中途半端な知識で、よくヲタが務まりますわね》
『なんとでもゆうておくんなはれ。ワテの脳は娘子軍以外の情報は排除するようにできてまんねん。知らんもんは知らん』
『ダメだキヨ子どの。こいつ開き直っておるぞ』
《役に立たない宇宙人ですわね》
役に立つ宇宙人がいたら、一度お目にかかりたいものであるが。
(アホ。知らぬが仏って言葉があるやろ。あの子らには知らせんほうがええ)
(どういう意味だ……)
(お前だけに教えたるワ。ナナちゅうのはな……)
(ふむ……)
《ナナは……この船のマザーシステムよ》
『どげぇっ!』
思わず吾輩は仰け反った。この狭いスマホの中でな。
『バタバタすんな。NAOMIはんに先言われてもうたやんけ』
『に……人間じゃないのか。でも地球が故郷と言っておったぞ……』
格納庫では緊迫した空気が流れておった。
《どう言う意味ですか、NAOMIさん?》
またスマホとの会話が途絶えた。向こうで何やら会議が始まったようだ。
仕方がない。こちらも情報収集をするしかない。一度役に立つ宇宙人と言われてみたいのである。
『お、おい。ギア、レンズの焦点をどこに合わせるのだ?』
『もうちょっとで、リリーのパンツが見えそうなんや。このカメムシちょい動かしてくれへんかな? NAOMIはん』
『こんな緊迫時に何を……』
呆れ果てて声も出んわ!
とりあえず地球防衛軍の参謀会議が終了するまで、息を潜めて見守ることに。
船内では、さっきから怒り声だけが天井から降り注いでいた。
《唯一無二と言われたキャザーンが何てざまだい! まったく!》
船の天井付近から落ちてくるしゃがれ声は、NAOMIさんのいうことが正しければコンピューターのシステムボイスになるのだが、それは悄然としているクララを叱咤とも激励とも取れるような口調なのだ。
《蟲(むし)に襲われたなんて……ネネさまが生きていたら悲しむよ、クララ……》
ネネって誰である?
『クララの母さんや』
『そうか……亡くなったって言ってたな』
やけにしんみりしてきた。
『母親のネネはクララが4歳の時に死にはったんんや。ほんでナナちゅう祖母に育てられたんやけど……』
『ナナって、船のシステムなんだろ?』
『船のシステムはNANAちゅうねん。クララの婆さんがほんまのナナや、この人もクララが13歳の時に死んどる』
『気の毒だが、そんなのはよくある話であろう?』
それより――。
『そんなに詳しいのなら、なぜ最初に教えなかったのだ?』
『地球人に教えることやないからな』
ま、そうか……関係ないモンな。
でもなんだかクララを見る目が変わりそうであるな。
『知ってるのはそこまでや。そやけどキャザーンの営業形態ならもうちょい詳しおまっせ。なんせ芸能部の照明係として就職の内定までもろとったんや』
『芸能部? それだけ詳しいのになぜに騙されたことに気付かなかったのだ?』
『それはそれ。クララの美貌に目がくらんでたんや』
『ウソ吐け。欲に目がくらんでいたんだろ?』
『ほっときなはれ。でも実際キャザーンはイロイロやってまっせ』
『地球の芸能界と大差ないな』
どうにも役に立ちそうな情報は持っていそうにない。向こうも何やら思案中の様子で、今のところ互いに進展は無さそうである。
クララは腕を胸の前で組んで目をつむっていて、保安部の連中は片膝を床に付けたままじっとしていた。憤然としているのは、天井から威圧するNANAと呼ばれる宇宙船のマザーシステムの声だけであった。
朽木の下で一塊になってじっとするダンゴ虫みたいな3人のアンドロイドに向かって、
《おい。聞いておるのか、三バカトリオ!》
「ナナさま。てんぷくトリオみたいに言わないでくだされ……」
《そんな古い話、誰も知らぬわ》
3人のアンドロイドが渋々ではあるが、きれいに同期した動きを見せてフードを上げる。それぞれ定規をあてがったように横並びに正座をした。
赤錆に侵された鉄板を擦った時と同じガサついた声でNANAが言う。
《三人の賢者と呼ばれておるオマエらがそろっていて、情けないのぉ》
『なにー! あれが三人の賢者かいな! 安っぽ』
『どこが切れ者ぞろいの謎の三人なのだ』
『ドツキまわされて、どっか壊れてきとんのやで』
「やれやれであるな……」
どんどん化けの皮が剥がれていくのであった。
「我々がセンサーで検知したときには……」
《うるさいね! センサーセンサーって。オマエたちゃ賢者でもなんでもない、ただのでくの坊なんだよ。なんだい。センサーの数値を読み上げるぐらい誰でもできるだろ。そんなことなら、あの時に馬頭星雲にでも捨ててきたほうがよかったんだい》
こいつら拾われ物なのか?
「いやしかし、地球にこれほど凶暴な生物が生息していたとは……思ってもおりませんでして……センサーによりますと……あ、いや……その」
真ん中のアンドロイドがいい訳めいた言葉を並べ、両サイドのアンドロイドが不安げにその横顔を見つめ。まるで悪戯を働いた生徒が教室の片隅に集められ、教師からとがめられているような姿であった。
『で、どこなんだい。その蟲ケラは。あたしが息の根を止めてやるからさ』
「もうしわけありません。現在見失っております。船のどこかに潜んでると思われますが、なんにせよこの有様ですから……」
言うとおりである。あのアニメで有名な初号機と弐号機が第三新東京市で相撲を取ったみたいな状態になっておる。
『ワテらすぐそばにいてまんのに。なんであいつらこのホロ映像を検知できひんのやろ?』
『たぶんNAOMIさんがセンサー情報をいじってるんだろうな』
『すごいな、NAOMIはん……』
《なぜ見失う? 体長が数メートルもあろうかと言う物体がこれだけ破壊して回ってんだ。センサーなど頼らなくても目視できないのかい?》
「はっ。すぐに……」
真ん中の男がフードを勢いよく払い落とすと、真後ろにひざまずいているリリーへ命じる。
「何をしておる。保安部、捜索に行かぬか! さっさとしろ」
「お待ちなさい!」
えっ?
『キヨ子はん?』
「そのことなら、私どもに説明させてください」
『なんでや。キヨ子はん。こんなとこに出てきたらアカンやろ? アキラまで一緒やがな』
「オマエは……!」
キヨ子の声に勢いよく反応するクララ。機敏な動きでその前を遮って仁王立ちした。
「オマエら、地球のガキどもではないか。なぜここにいる!」
「私の可愛いペットを引き取りに来ました」
「「「ペットだと?」」」
三人の賢者が一斉に視線をキヨ子へと振った。
「あらあら。だいぶオイタをしたみたいで。申し訳ありませんわね」
瓦礫の山々に沿って視線を一巡させた後、じっとクララの目の奥を覗き込むようにして続ける、キヨ子どの。
「天下のキャザーンが、子供の飼っていたペットに宇宙船を潰されたなんてニュースが流れたらたいへんだと思いまして、参上した次第です」
不敵に目元をほころばす振る舞いは、もはやいっぱしの極道の妻。でもおかっぱ頭とその堂々とした態度がアンバランス極まりない。
「あ、当たり前だ。我々もいっしょに遊んでやったのだ。ついでに捕獲しておいてやった。さっさと連れて帰れ」
歯がゆそうに言い返すのは、右端のアンドロイドだ。
「それはそれは。ご足労かけます。で? 私の可愛い『カメ』ちゃんはどこですの?」
か、カメって。ベタな名前を付けたもんであるな。
「ぐっ。そ、それは……。たぶんそこらへんの奥だろ」
「いててて」
急に背中を逸らしてアキラ。
「なにしてるんです、あなた。じっとしていなさい」
囁くキヨ子の指はアキラの尻を捻っていた。
落ち着きの無い子であるからなアキラは。おそらくお気に入りのイレッサに鼻の下でも伸ばしていたんだろう。
「今、ペットと言ったな」ぐいっと半身を割り込ますクララ。
「いかにも。私の可愛い『カメ』ちゃんですわ。ほらおいで」
たぶん向こうでNAOMIさんが操縦するのだろう。壁に突き刺さった肢二本をそこに残して――トカゲの尻尾みたいである――前肢で床を引っかきながらキヨ子の前ににじり寄ると、おとなしく三角頭を差し出した。
『なんや。自分で移動できるやんか』
『さすがNAOMIさんである。操作方法をマスターしたんだ』
カメムシは弱々しくボディを震わせて、いかにも痛々しげな素振りでキヨ子の腕に頭を摺り寄せた。
「あらあら。後ろ肢どうしました? かわいそうにいじめられて」
「いじめられたのはこっちのほうだ……」
ぽつりとクララ。
「はい?」
「いや、なんでもない」
慌てて真紅の髪を翻し、しらっとカメムシを見上げる。
「地球人はこんな凶暴な昆虫を飼うのか?」
「いま流行っていますからね。だいたいの小学生は親にねだって飼っています」
本物のカメムシを飼う子がいたら、それだけでも珍しいことであろう。ましてや体長3メートル、重量5トンにも及ぶ象みたいな虫を飼うような小学生はマズいない。
『それより、オマエらどうやってココに来たんだ。外は真空の宇宙なんだ』
忽然とNANAがしゃがれた声を落としてきた。
「私たちとて、宇宙船ぐらい持っていますわ。高校生にもなると一台ぐらいは親に買ってもらいます。殊勝な子になると自分でバイトをして買う子もいます」
それは原チャリであろう?
コンソールの表示板を見たアンドロイドが首をかしげつつも、天井へ報告。
「ナナさま……小型の船舶が横付けになっています」
《なぜ気づかなかった! 船が近づいたら警報が鳴るんじゃないのかい》
怒り口調で吠える声が不気味な威圧感を醸し出していてなんとも恐ろしい。とてもコンピュータの声とは思えなかった。
「す、すみませんちょっと船内が混乱していまして……」
キャロラインとイレッサは丸い瞳をさらに広げて天井とアンドロイドを交互に見つめ、クララはキヨ子をきつい視線で睥睨していたが、ややもして片眉を吊り上げた。
「ちょっと待て。地球では個人的に宇宙船など持たないはずだ。そこまで科学技術は進歩していない」
「それは否ことを。アキラさんは特別なお方なんです。宇宙船の一台や二台」
まあ、ある意味特別であるな。居丈高な6歳児とロボット犬にいいように弄ばれる特殊な高校生である。
そんなことより、外に船が停泊などするはずがない。我々は三輪車が撤収されるどさくさに紛(まぎ)れて侵入したのだ。おそらくNAOMIさんがセンサーに偽情報を流して、それらしく計測機器や映像機器をだまくらかしているのは明白。あのイヌの最も得意とする技(わざ)なのである。
「あなた方は地球人を軽く見てますわね。この方を誰と心得ているのです」
おいおい。まさか印籠とか出さぬだろうな。
「この方は、北野源次郎博士の血筋を引き継いだ正真正銘の、その孫、北野アキラ様ですよ」
「えへへへへ。コンチワー」
か……軽いなぁ。軽すぎるぞ、アキラ……頭を掻くな。
「それがどうした!」
傲然と胸を張るクララ。
そう。それがこの宇宙でもっとも正しい反応である。
「そのジジイの孫と宇宙船を持つのと、どういう関係があるのだ?」
《北野源次郎……61歳》
メモリの片隅に残った文字列データを読み上げるみたいに、NANAがかすれた声で語りだした。
《……桜園田市在住。電子工学博士……。量子コンピュータを世界で初めて実用化した人物……》
「いかにも、そのとおりです。さすがヘンタイ博士。宇宙にまで知られてましたか」
ヘンタイは余計だと思うが……。それよりやばいぞ、アキラ。素性がバレバレだぞ。
《地球は何も変わらないようだね……》
「ナナさま。ここに来たことあるの?」
キャロラインはその端正な面立ちを静かに上げた。
《苦い思い出さな……遠い昔のな、キャロライン……》
「ナナさま……」
何かを問いたげに憂愁に沈んだ瞳を潤ませるリリー。NANAとこの地球とのあいだにどんな関係があるのであろう。確かクララはナナ様の故郷だと言っておった。となるとクララはハーフになるのか?
「何か事情がありそうですわね。お婆さん」
キヨ子は切れ長の目の奥に、優しげな光を揺らがせて見上げるのであった……。
『つづく……』
つ、続かない。続かないぞギア! お前、勝手に進行を仕切るな。
『そやけど、いまの雰囲気やったらここで一回切って、次に回したほうがスポンサーも納得してくれまっせ』
『スポンサーなどいないし、ここでも終わらない。さっさとこの話を切り上げたほうがいい』
『ほーなんでっか? ほな、再開しまっさ……どぞ、キヨ子はん』
「――何か事情がありそうですわね。お婆さん」
キヨ子は切れ長の目に戸惑いの光を揺らがせて見上げた。
『キヨ子どの、これは婆さんではない。こいつは宇宙船のマザーシステムであるぞ』
『ふぅぅー』
ギアは大仰に溜め息をついた。
『それにしてもおまはん頭固いな。進んだシステムに進化するほど擬人化されるもんなんや。それもココまで進んだプロセスのシステムは見たことおまへんで』
『そ、そうなのか?』
『アニメ見て勉強したんちゃうのん?』
『あそうか。そうであったな。擬人化は全ての物語でのお決まりだった。我輩もまだまだ修行が足りんな……』
『ほな。もっかい、戻しまっせ……』
『どこまで戻す気なのだ、ギア?』
『つづく……』
おいおい。
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