アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  女王様と幽霊探し  

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「ホロ映像って言うからには、あの酒場みたいな偽物の世界だろ? 早い話が立体映像だよな」
 俺の横で玲子も同調する。
「映像なら怖くないじゃない。ぶっ潰してやりましょうよ」

『光子を利用したホロ映像は特殊なエネルギー照射で作られたオブジェクトです』
 シロタマが天井から落としてきた。
 ほんと、あきれるほど博識な奴だ。

「光子って光なんでしょ。何も怖くないじゃない」

「それが一筋縄ではいかないんだ」

「どうして?」

「実体を持つ、って球体(シロタマ)くんが言ってるだろ。映像なのに実物と同じ硬度を持つのさ」

「そうです。映像なのに実体のように振る舞いますので、外部に及ぼす作用が大きな問題となり、ワタシのいた所では安全プロトコルと呼ばれる処理を必ず通して使われていました。それでないと命にかかわる危険なものになります」

 副主任はついと細面の顔を持ち上げた。
「おほぉー。やはりあなた様はレイコくんやユースケくんとは別の種族だったんだね」
 種族じゃねーし。そういう区分でいけば、あんたと同じアンドロイドだし……でも教えてやんない。


「司令官はその安全プロトコルが無い。つまり暴君さ。何でもやり、気に入らないと相手を拘束してセンターで溶かされる。そして私的エネルギーに変えられてしまう。中でも厄介なのが弐番、参番、四番さ。三人が互いにリンクされた奴らで、この星のアンドロイドの中で最も分析能力に長けている。こいつらがマスターの謀反を予測して、生体反応の偽装プログラムを作ったんだ」

「こんなに美しいの星なのに、恐怖政治なのか……」
 ゆっくりと首肯した副主任。今度はじっと俺の顔を探るように見据えた。

「なぁ。もういいだろ。今度はこっちにも質問させてくれよ」
 ダメだとは言えない雰囲気だった。

「単刀直入に訊く。キミらは何をたくらんでる?」
「ほんとうに単刀直入だな……」
 と、最初に答えておいて、
「やりたいことは二つある」
「ほぉ……」
 副主任は顎を摩りつつ、真剣な目をした。アンドロイドとは思えない興味津々の顔だ。優衣で見慣れているので驚くことはなかったが、見事なハンサム顔だった。悔しいがな。

「幽霊調査と、ここを出る方法を突き止める」
 副主任も腹を割って曝け出してくれたようだから、はっきり言ってやった。

 奴は少し考える仕草をして、
「幽霊調査は可能だが。二番目の要求は難しいな」
「あんたに迷惑をかける気はサラサラ無い。でも俺たちはこの水宮の星で放し飼いになってる場合ではないんだ。必ず出て行く」

「そうか。決意は固いってやつか。でも銀龍の侵入を阻むシールドは城から制御してるからな。それだけではない。そこはもっとも警備が厳重の場所だぜ。うまくいけばいいがな」

「もう一つ聞いていいか?」
「どうぞ……」

「あんたらみんな城って言ってるよな。王様がいるのか?」
「さっきの壱番ってのが王様なのね」
 横っちょから割り込んだ玲子に、
「壱番は司令官さ。ただの宮仕えだよ」
 と切り出し、副主任は胸を張った。
「我がクロネロア帝国は、女王様が君臨してんだ」
 意外にもその声は明るく、誇らしげに言いのけた。

「あれ? あんたは女王様だけは認めてるのか?」
「ああ。壱番と対立してんだ。それと……」
 ちらりと優衣へ視線を振ってから、小声でつぶやいた。

「すげえ美人なんだぜ」
「へぇ……」
 意味なくつぶやいたのに、玲子に睨まれた。
 なんなんだ、こいつ。

 それよりここはクロネロアっていうのか……そう言えば誰も聞かなかったし誰も言わなかっな。

 副主任は、優衣をじっと見つめ、
「女王様の位は、カトゥースが最もが高いゼロ番さ。それよりも上が無いんだ」
 玲子もうっとりと、視線を宙に放ち、
「女王様か……会ってみたいな」
 目を輝かせた奴の横顔を見る。
「そんなものにお前が興味を持つとは思わなんだぜ。武器でもすご技でも無い物だぞ?」
「だってこの城の頂点の女性なのよ。特殊危険課の頂点としては、一度は会って損はないわ」

「くだらねえー」

「会えるさ」と副主任。
「ほんと?」
「数日後に就任式がある」
「うそ……やった」
 玲子は手のひらを合わせて拝むような仕草で喜びを表し、俺は呆れた目線で横顔を見つめ、その向こうで優衣と副主任が向き合って固着。こいつらだけが別路線を突っ走っていた。

(おいおい……)
 二人のやけに真剣な姿に俺は戸惑った。

 やっぱ、告っちまう?

 ほんの少しの間を空けて優衣が朱唇を開く。
「副主任さんが六番になる儀式ですか?」
「ならないよー。オレは七番のままでいい。そんなのじゃない。マイスターの就任式さ」
 朗らかに応えた副主任に、玲子が子供みたいな目を向けた。

「マイスターってなに?」

「ユースケくんのマイスターの就任式だぜ。聞いて無いのか? 確か二日後だ」
「俺? 俺がマイスターになんの?」
「急にレベルが下がったわね」

 うっせーよ。

 でも、マイスターという響きがコマンダーより素敵に感じる。
 そうなると何となく浮き足立つというもんで。
「マイスターって何するんだ?」
 コマンダーはうんざりだ。こんなのただの茜や優衣の世話係だ。もう二度とやらんからな。

 期待七分、戸惑い三分で訊く。
「そうだなー。女王様の遊び相手みたいなもんかな」

 おおぉー。いいじゃないか。期待八分にレベルアップだ。

 美人の女王様と手をつなぎ合ってさ……。
 誰もお遊戯をするとも言っていないのに、どうしても煩悩が前面に出てしまう。

「女王様はめったに人前には出てこられないけど、一度見たら忘れられない赤く美しいロングヘアーとスマートなスタイル。中でも飛びぬけて素晴らしいのは、威厳高い言動。すべてにおいて超一流なんだ」

「おおぉう」
 何が『おおぉう』だか意味不明だ。でも俺の気持ちは期待九分までレベルアップ。まもなく頂点だぜ。
 玲子が例のごとく尻を抓(つね)ってきたが、痛みは期待度が打ち消してくれる。

 しかし副主任の次の言葉で急変する。
「だけど……何があっても逆らうなよ。首を刎ねられるぜ。いつも長い剣を腰に着けておられるからな」
「なっ!」
 期待度がマイナス数値に下落。遁走率100パーセントになっちまった。



「女王の話はよそう」
 鬱陶しい話題を払拭するべく、俺は話題を変えることにした。

「今日、ユイと幽霊調査をするつもりなんだ。そこで頼みがある。副主任に同行してもらいたい。そのほうが色々と便利な気がする」
「はははは。便利屋か。参百伍拾番台の仕事だが、いいだろう付き合うよ」

 気持ちよく了解してくれたのは、どうやら優衣とくっ付いていられるからのようで、さっそく優衣と楽しげに雑談を始め、俺と玲子は何となく蚊帳の外的な空気に押し出され、リビングへと戻った。

『お済みですか……?』
 と寄って来た執事の頭を玲子はゴングみたいに澄んだ音で打ち鳴らして、
『あっ おやめください。あぐわぁ――!』
 ついでにそいつの足を引っかけてひっくり返した。

「おい玲子。かわいそうなことしてやんなよ」
「こいつしゃくに障るんだもん」

 機嫌の悪い玲子には近づかないのが得策さ。
 シロタマも肩から飛び立つところを見ると、そうとう機嫌が悪そうだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 ひとまず幽霊探しへと出かけることにした。
「では。ユイさん。お供させていただきます」
 副主任は立ち上がると同時に仮面を被り、優衣をエスコートして執事の前を通り通路へと出た。
 来た時と真逆のコースをたどり、エレベータに乗って地上へ。

 地上と言ってもここは水に沈む巨大な空間なので、実際は人工の地面なのだが、何も違和感を覚えない完璧な作りだった。

「止まれっ!」

 思っていたとおり外に出た途端、俺たちの前を検非違使が遮った。マンションの出口で立番をしていたようだ。

「オマエらどこへ……」
 と高圧的な態度で命じかけたが、優衣の姿を見つけた途端。

「どちらへお出かけでしょうか。最近反体制グループが出没しておりますゆえ、大変危険でございます。ワタクシもお供させていただきます」
 丁寧な立ち居振る舞いだが、やることは同じだ。俺たちの監視さ。加えて腰から抜いた警棒をちらつかせて威嚇しやがった。

「おい。そんな物騒なもの出すな。この男性は二日後にはマイスターになられるお方だぞ。怪我でもさせたら大問題だ。お前が責任取れるのか?」
 検非違使はさっと警棒を腰に収めて、異論を唱えるかのように言う。
「これは七番様。ご苦労様でございます。しかしマスター様の護衛はワタクシ共の仕事ゆえ……」

「すると何かい。カトゥース七番の位より、二十番台の検非違使ふぜいが上だと言いたいのか?」

「と、とんでもございません……。で、ではワタクシはマンションの警備に戻ります。七番様の責任において、ご行動をお取りくださいませ」

 さっと踵を返した検非違使に、
「タコが!」
 副主任が小気味よく吐き捨てた。

 蛸(たこ)でも烏賊(いか)でもいいけれど、何となく胸がすく思いに俺と優衣は互いに視線を交わし、
「副主任さん。ワタシとユウスケさんとを不可視の物体が出たと言うエリアに連れて行ってくれませんか?」
「いいですよ」
 と言いつつも、玲子へ視線をやり。
「レイコくんは?」
「あ~、こいつは運動神経の塊みたいな体をしてんので、ときどき走ったり、飛んだりしないと落ち着かないタイプなんだ。だから適当にそこらを散歩させとくんだ」

「ちょっと。裕輔。変な言い方しないでよ」

 運動バカのくせに意外とほっそりとした肩を引き寄せて、小声で告げる。
「お前を動きやすくしてやってんだろ。これで好きなだけ武器を探しに走り回れるだろ?」
「なるほどね。わかった。じゃあ、ちょっとランニングしてくるわ」
 にかっと笑って、玲子は手を振りながら駆けて行った。

「さすがだな……」
 と副主任が振り返り、眩しそうに走り去る玲子の後ろ姿を見送った。
「アスリート体型をした女性特有の引き締まったボディをしている」
 医療副主任の言葉に釣られて、つい玲子の尻を拝んでしまった。

 う~む。なかなか見応えのあるものであるな、先生。
  
  
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