アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第一章】旅の途中

明るい農村

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『強い電磁性のパルスを多方向からも検知しています。急激に数が上昇中です』

「強い電磁性のパルスって何やねん?」
 即行で素に戻るシロタマ。
「だからー。未知の、って言ってるでしゅ。解らないから『未知』なの。やっぱおしゃる(猿)さんはバカなのかなぁ?」

「そんなもん解っとるわ! そういうもんを明確にするのが、おまはんの役目やろ!」

「ふんっ、知ったような口を叩くな、ハーゲ。解らないもんは、解らないもんね」
「くぅぅ、腹立つなぁ、こいつ。いっぺんシバキあげたらなアカンな、ほんま」

 妙にキョロキョロするナナ。
「おまはんは何してまんねん?」
「え? いや。シバ木を探してんの。見つけたらあげるんですよね? 贈呈式のときは、ワタシも参加させてくらさーい」
「あのな…………」
「ところでシバ木って何れすか?」
「おまはんは、解らんもんを探しとんのかい?」
「あ、はーい」
 ナナは盛大に片手を上げていた。

「……………………」
 社長の膨らんだ憤怒がみるみる冷却していく。

「もうええワ。タマに贈り物ををする気は無いデ」
 瞬間湯沸かし器を寸時に冷ます、その長けた能力を何か他に使えないものだろうか。

「とにかく外に出てみましょうよ」と顔色を窺いつつ玲子。加えてナナはあっけらかんと、
「そうですよー。シバ木が落ちてるかも知れませんよねー?」

 社長はこいつをなんとかしろと、俺に顎を突き出してのご用命だ。

 仕方がないので応じる。
「いらないことを言ってないで、お前は俺の後ろ1メートルから前に出るな。それからいちいち思ったことを口にするな」
「あ、はーい」
 返事だけは極上だった。




 九十九折(つづらお)れの階段が終わり、先にある出口から涼風が飛び込んで来た。俺たちは地中に下りたはずなのだが。

 首をひねり一歩外に出て驚いた。目の前にまっすぐに延びる舗装路が闇に向かって一線を引いており、その両脇には毒々しいまでの青い実がたわわに生えそろった農作物が並んでいた。そしていかにも涼しげに乾いた音を奏でている。

「真青(まっさお)の実だなんて、見たことのない植物だ」
「植物はそこの環境に左右されるもんや。あの水を使うとるんやろ、そらしゃあない。せやけど立派な田んぼやデ」

「はて? タンボ?」
 ナナが銀髪の頭をかしげたので、またくだらんことを言いだす前に、
「作物を作る耕地のことだ」
「ああぁー。農地のことですね」
 賢いんだかバカなんだか。

「シロタマさん。農地って何ですか?」
 ずりっ。
 歩きながらずっこけるのは至難の業だぜ。
 タマは律儀にも最後尾のナナの頭上へ移動し、
「おしゃるのエサを作るところだよ」
 てな説明をぶっ放すから、社長が怖い顔して振り返る。

「だれが猿やねん!」

「ほらシロタマ、あなたは先に調査へ出かけなさい」
 玲子は宙に浮かんでいたタマをひっ掴むと、ぽいっ、と遠くへ投げた。
 光の球と化しているタマは『きゃー』と叫んで田んぼの上を飛んで行った。

「おーよう見えるワ」
 投光機代わりに最適だった。


 シロタマの光源が映し出した世界───。

 白い舗装路に分断された立派な田んぼには、実った穀物が重そうに首を垂れ、風がその上を爽快に舞い踊って農作物を波打たせていた。ようするによく田舎で見る光景だ。

「どーなっとんや、ここ?」
「どうみても、農地だよな」
「すごい。りっぱですよ」
「これで決定やな。人が居(お)るな」
 反論の余地がない。この規模からいけば一人や二人ではない。
 そうなると、急激に俺の足が重くなる。

「ヤバイって、宇宙人だぜ」
「アホ。向こうからしたら、おまはんかて宇宙人や」
「そりゃそーだけど…………」
「酒場はあるかな?」と、うわばみ玲子。
「とにかく、もうちょい進んでみまっせ」
 と言った尻から、二歩だけ進んで再び歩を止めた。
「道路があんなところで切れています。あの向こうに何があるんでしょ?」
 玲子が示す百メートルほど先で、田んぼと道路がぷっつり終わっていた。

「光が届かないにしては、おかしな感じだな。すっぱりと切り取ったようだ」

「あそこまで行ってみませんか?」

 生命体の存在が決定し、危険かもしれないのに、そうやってゴキブリ捕獲器に自ら入って行くのはバカのやることじゃないのか、と疑問も浮かぶが……とは言っても、ここまで来たら、もう後戻りはできない。戻るところがあればとっくに戻っているし。

 田んぼは視界が寸断されたところまで広がっており、俺たちが突っ立っていた道路もそこまでだ。約百メートル。シロタマの光りで照らし出されていた。
「こう暗いと、まったく奥行きが把握できねぇな」
「ちょー待ちや。この手の植物は光合成が必須や。その光はどうしまんねん」
「あ、ですね」
「それより本当にここは地下なのか?」

 ブーメランよろしく、投光機がぴぃぴぃ泣きながら玲子の手元に戻って来た。

「玲子。今度は真上に投げてみなはれ」

「ぴやぁー」
 玲子も遠慮なしだ。素直に戻ってきたのに、さっと掴むと、今度は空に向かって放り投げた。

「きょぃぃー」
 変な雄叫びと共に空へ上がって行くシロタマ。
 どんどん上がって行くが途中で霧(きり)っぽい淀みの中に消えた。

「まさか天井が無いとか」
「アホな。そうなったら真っ赤な太陽が出とるやろ」

 空へ舞いあがったタマが下りてこずに横へ移動し始めた。
 浮かんだ凧でも見るように、ナナは細めた目で空を仰いでいる。

「こら、タマ。下りてこい!」
「やなこった!」
「何言ってやがる。お前の情報は間違ってんぜ。何が『生命体はいない』だ。この田畑を見ろ、これだと結構人が住んでんだろ」

『現時点でも生命反応はユースケ、ゲイツ、レイコの三名だけです』
「お前のセンサー壊れてっぞ」
 空に向かって。文句を言っても仕方がないので、俺たちも道路を先に進むことにした。
 ところで何度も道路と連呼するのには理由がある。砂利道ではなく人工的に舗装された道だからさ。材質は不明だが滑らかでまっ平らだ。

「なんや、ここ……」
 社長のセリフがいつまで経っても疑問形なのは、視界が遮断された少し手前まで来たが、未だに状況が把握できないのだ。
 どう見ても道路がそこから寸断されているとしか見えないのだが、シロタマの強力な光でさえ映し出されない。まるで漆黒のコーデュロイで作られた幕が下ろされたようだった。

 警戒して、俺たちの手の届かない位置までにしか下りてこなくなったタマに命じる社長。
「もっと、光量を上げられまへんのか?」

『これが限界です』

「みなさ~ん。夜明けですよー」
 しばらくおとなしかったナナが、突として口を開いた。
「何言ってんの、お前? 地上ではとっくに夜が明けて、変な太陽が出てって、ま……まさか?」
「おい。見てみい……」
 目の前がゆっくりとだが、静かに明けてきた。

「うぉぉぉぅ」
 眼前に広がる光景を覆い隠していた漆黒の幕が霧だと判明できたのは、空が薄っすらと明るくなってきてからだ。
「うぁぁ。すごいわ」
「階段状の田んぼやったんや」
「これはすげぇ」
 光は静かに明るみを増し、視界が開いていく。道路が切れていたのは、その先が階段になっていたからだ。それを覆っていた幕が次々と引き上げられて、奥へと延びていく光景。

 ゆっくりと息を呑んだ。

 巨大な棚田が下へ下へと階段状になり、霧の海に下層を沈めた遠景が広がっていた。
 計測のしようが無い高さを誇る天井。どこまで続くのか先の見えない広大な土地を包み込む丸いドーム状の完全な地下空間だ。
 あり得ないほどの奥行き。あり得ないほどの高さ。あり得ないほどの農作物が実り、天井と地面が遥か彼方の前方で一点に集束していた。

「どんだけの広さや!」
 下から吹き昇って来た冷たい風が頬を撫でて通り抜けた。瑞々しく清涼感に満ちた、とんでもなく爽やかな空気が肺の中を洗浄する快感に浸る。

 光はさらに強くなり、薄く引き伸ばした真綿みたいな雲が静かに切れ、神々しいまでも白色に輝く天井、いやもう空と言ってもいい、そこから地面に注ぐ暖かみを帯びた光彩。

「…………………………」

 絶句させられた。しばらく言葉が出なかった。地下世界に朝がやって来たのだ。絶望のどん底に落ちていた俺たちを奮い立たせてくれる心強い光りだった。希望の朝がやって来たとでも言おう。

「これだけの規模と環境を地下に造るやなんて。信じられへんデ」
「すごい……です」
 深呼吸を続けていた玲子も、心なしか声が上擦っている。

 ナナは興味深かげに、たわわに実った農作物を手のひらに置いて、重さを測るような仕草をし、シロタマは光を消して玲子の肩に不時着。あれだけ邪険に扱われたのに機嫌は悪くないようだ。まったくもって機械の気持ちはよく解らない。


「いやいやいやー。こりゃ爽快やでー」
 気分はまるで牧場(まきば)で朝を迎えたかのようだった。俺たちは手を振って棚田を下層へと歩んだ。
 ひと棚が約百メートル、道路を挟んで左右に二つ。それが斜面に沿って遥か下層から数えきれない規模で積み上がっている。

 道路はここ以外にもいくつもあり、同じように左右に農耕地を並べた段々畑となって下層へと続く。その天空に設置された人工的な太陽は自然な光を放ち、まるで本物の朝を迎えた気分にしてくれて、とんでもなく心地がよい。

「これでさ。美味いお茶と朝食があったら何も言わないんだけどな」
「両方混ぜた物なら作れますけろ、飲みますか?」
 手に出したのは、例の緊急キットだ。

「せやな。飲まず食わずと言うわけにはいかへんで」
「目の前に農作物があるじゃないか?」
 玲子は慌てて黒髪を振る。
「ダメよ。特殊危険謌課が畑泥棒なんかできないわ」
「俺たちゃ、緊急時なんだぜ?」
「せやけど、黙って、ちゅうわけには……」
 社長の足が止まった。先ほどの位置から大きな棚田を三段ほど下りた田んぼの中央に、キノコの頭みたいな丸い屋根をした建物があり、そこへ続く横道がある。

「多分ここらへんの地主かもしれん。ちょっとお声掛けでもしまひょか?」
「えぇ!」
 とんでもないことを言う、オッサンだ。

「あのね。アルトオーネの田舎道を散歩してんじゃないぜ」

 ここは3万6000光年彼方にある惑星の地下で、相手は未知の人種だ。もちろん言葉なんか通じるわけがない。なのになぜそう能天気なことを言えるんだろ。

「なに考えてんすか?」
「ファーストコンタクトやがな」
「ぅ……。重い……。重いっすよ、その言葉」

 未知なる星の人種と初めて会話する重要なイベントだ。
「俺たちがアルトオーネ代表になんの?」

 おいおい、あまりに雑じゃね?

 拝金主義者のハゲと、いかなるもめごとにも顔を突っ込む喧嘩上等オンナ。即行で宇宙戦争に発展するのは目に見えている。ここは聡明な俺が先頭に立ってだな。

「ええで。ほな、おまはんが呼び鈴を押して来なはれ」
「はぇ? また俺っすか?」
「聡明なあなたが行けばいいじゃない」
「いや、あのさ…………」
 二人してケツを叩かなくっても。

 仕方がない。
「おい、ナナ。お前も来い」
「あ、はーい」
「返事だけはいいな、お前?」
「そうですかぁ?」
 横道を進みだした俺たちを社長と玲子は見守る様子もなく、辺りをキョロつくだけだ。

「くっそぉ。冷血鬼め」
 本通りと同じで、細い横道までもキレイに舗装されており、ゴミが一つも落ちていない。それどころか雑草まで生えていないのが妙に人工的に感じる。

「怪しい……」

 ここに来てからずっと抱いていた案件がそれだ。田畑というのは農作物以外に雑草も生えるもんだ。まったく皆無なんて絶対におかしいし、この毒々しいまでも青い穀物………社長はここの水のせいだと言う。まぁ百歩譲ってそうだとしても、なんだか穀物の実り方が揃いすぎている気がしてならんのだが。

「なぁ、ナナ?」
「あ、はい?」
 にこやかな表情を崩さず、俺にくっ付いて来るガイノイドに訊く。
「お前、さっき穀物の実を調べていただろ? どうだった?」
「どうって?」
 ナナは大げさに首をかしげた。
「実った穀物を調べた、その結果を聞いてんだ」
「あぁ。そのことですか。えっとですね。ここの穀物は100パーセント合成化合物でしたよ」
「そうか…………」

 え?

「え───────っ!」

 俺の声が辺りをコダマして響き渡った。
「ば、バカヤロ! それを先に言えってんだ! ファーストコンタクトは一時お預けだ」
 ナナの腕を掴み、
「社長ぉぉぉぉぉぉ!」
 本通りの角に立っていた二人の下へと、大急ぎでとんぼ返りだ。

 俺の慌て振りに二人は目を丸くして待ち構えていた。
「どないしたんや。宇宙人がおったんか?」
「ち、ち、違う……」
「ちょっと落ち着きなさいよ」って玲子は言うが、
 これが落ち着いていられるかってんだ。

「しゃ、社長」
「何やねん、血相を変えて」
「こいつ、とても重要なことを報告し忘れてんぜ」
 二人の前にナナを突き出し、
「この田んぼの穀物はなんでできているか、なぜ黙っていた!」
「え~。訊かれなかったしぃ。みなさん知ってるもんだと思ってましたもの……」

「ろ……ロボットが憶測で会話すんじゃねぇって」

「何を慌ててまんのや、裕輔?」
「この田んぼの農作物は全部人工的に作られた物みたいだ」
「ウソでしょ?」と懐疑的な玲子。すぐに近くのひと房を握って引き抜こうとしたが、
「か、硬いわ」
 さらに力を掛けて引き千切った数個の実を手のひらに乗せ、
「植物でしょ……?」
 しばらく摘まんだり、転がしたりしたのち。
「──プラスチックみたい」と言って顔を上げた。

「ウソを吐きなはんな」
 胡乱げな目で玲子の手の平から一粒を摘み上げ、明るくなってきた日の光りに当て、爪を掛ける。
「シロタマ! なんで分析せぇへんかったんや!」
 今度は空を仰いで怒鳴った。

『こちらから問題を提起する必要のない場合は、訊かれるまで回答する義務はありません』
「くぁー。冷たいなぁ、おまはん。ほんまに……」
 怒りを越して呆れの境地のようだ。

 小さく深呼吸して、
「ほな。この田んぼに実っとる植物は何や。今すぐに分析しなはれ」
 シロタマは命じられるとすぐにその場から離れ、田の上を一周して戻って来た。

『葉と実はすべて同じ物質のもので、有機高分子物質です』
「もっと簡単に言ってよ」玲子のリクエストに応えたシロタマは、
『茎は合成化合物、葉は合成樹脂、種子は熱硬化性樹脂で作られています』

「つまり?」
 まだ解らんのか、このバカ女。
「造花だよ」
 と告げるシロタマだが、花じゃねえし──とか言う問題はどうでもいい。

「ほんまかいな!」
 社長も急いで田んぼ脇に駆け寄り、ひと房を握って力いっぱい引き抜いた。

 しばらく嘆息を繰り返した後、
「ようできてまんなぁ。この青い色は植物にしてはおかしいと感じていたけどな、あの川の流れを見てるからこんなもんやと思っとったワ。せやけどこの艶は自然やデ」
「じゃ、じゃあ。この清々しい風も湿気の具合も全部偽物ですか?」
 ようやく慌てだした玲子。お前は鈍すぎるぜ。

「なんやねん、この地下ドームはいったい何をするとこや」
「俺に訊かれたって答えられませーん」
 ナナの口癖がうつっちまった。

 とにかく、何かとんでもなく嫌なことが起きそうな気がする。
 俺の腹の虫が警告を出すまでもなく、
「ちょっと用心して掛かりなはれや。この場所は周りから丸見えや。どこかにか隠れまっせ」
「今ごろ遅いんだよ。俺なんか銀龍が宇宙船になる前から嫌な予感がしていたんだ」

「だったら、早く言いなさいよ!」

「ばっ!」
 っか野郎! と言う気も起きないね。気が抜けた、よりも呆れ返ったね。


「とにかく、あの建物の陰まで全速力や!」

 玲子とナナは華麗なフォームで、俺と社長はドタドタとマンガみたいに横道を駆け抜け、丸屋根をした建物の陰に潜んだ。

「隠れんぼう みたいですね」と朗らかに言いのけてしゃがみ込んだナナの頭を小突く。
「命がけだ! バカ」
「ここもマズイな。下層から丸見えや。ちょっと裕輔、この中はどないなっとんや?」
 建物の中を指差す。俺の頭上すぐに窓があり、中が覗ける。ということは、俺に覗けと?
 社長と玲子が小刻みに顎を前後させる。

「また、俺か……」
「しゃーないやろ。おまはんがそういう位置におるからあかんねん」

 ったくよー。

 文句タラタラ、こっそり覗き込む。
「なんとまー、殺風景な家だぜ」
 思わず口から漏れたのは、家具もテーブルも何も無い、ただのがらんどうの内部だったからだ。
 あるのは隣の部屋をつなぐ扉が一つあるだけ。

「絶対これはゴキブリ捕獲器だ」
 勝手に言葉が出てくる。
 自分にも中を覗かせろ、と口を三角にするので玲子に場所を代わってやる。
「エサがないじゃん」
 と言うバカをすがめる。

 めざとくドアを見つけて、
「あの扉を開けてみましょう」
 なぜに自ら捕獲器に入ろうとする?

「お前の前世はぜってぇゴキブリだな。しかもエサ無しで飛び込むんだぜ。感心なゴキちゃんだこと、うっ、ガフッ!」
 いきなりのボディブローが炸裂。

「に、逃げ切れるパンチにしてくれ」

「こんなのをあと百回受ければ、逃げられるようになるかもね」
「ぅぅぅぅ……それも嫌だ」

「ほな、裕輔。痛みが消えたら奥の部屋を覗いて来なはれ」
 ダメージが背中まで浸透するパンチを腹部に受けた直後なのに、鬼のようなこと言うハゲだった。



 建物の正面へ回ると、変なカタチをしたノブがずいぶん下方に取りつけられている背の低い開き戸が待っていた。

 注意しないと頭を天板にぶつけそうだったが、そっと開けてみて安堵する。内部は意外と天井が高くて問題無い。ただ、窓から覗いたとおり、部屋の中はがらんどうで家具も何も無い。奥に一つあった扉を開けると地下に続く階段があった。地下室だろうな。

「いいぜ。誰もいない」
 俺の誘導で、ひとまず空き家に潜むことに。
「なーんにもありませんねぇ」
 最後にナナが入って、静かに入り口を閉めた。

「ほんでこの下にまだ部屋があるちゅうことやな?」
 奥の壁に取りつけられたドアを指差し社長が訊いてきた。
「地下室みたいなのがあって、少しは何かが置いてあった」
 と報告したら、ハゲオヤジは目の奥で失意色の濃い光を灯した。

「おまはん、特殊危険課としては落第やな」
「なんで?」
「ひと目見て何がどうあるか把握せな、いっちょ前とは言えまへんで」
「一人前になろうとは思ってねえもん」
 ハゲオヤジは「アホ」とひと言でいなして、
「玲子。見本をみせたげなはれ」
 顎で命じた。

 その気になっているゴキブリ女は──姿は美女だが中身はゴキブリと代わらんオンナさ──こくりとうなずき、長い黒髪を翻してぴょんと床に飛び込み前転を披露。またそのフォームが綺麗に決まり、扉の真横で起立すると、壁に背を引っ付けて小さくドアを開け、首を突っ込んですぐに引き抜いた。

 後ろ手でドアを閉めながら報告する。
「地下まで14段の階段があり、幅5メートルほどの水槽があります。その奥にまた扉がありました」

「マジかよ。デタラメ言ってるんだろ?」

 玲子はその場を離れると大股でズカズカと俺に迫り、いきなりこっちの襟元を鷲掴みにして、すんげぇ力でもう一度扉の前まで引き摺って行った。

「デタラメかどうか、あなたの目で確認するといいわ」
 そっと開けてみる。
 階段の踊り場が目の前にあって段差は左に下りており、数えるとマジで14段あった。金属製のポールで出来た踊り場から下の様子が窺えて、ガラス製の水槽があり、例の粘っこい水がなみなみと注がれて、幅は約5メートルだった。

「どや。これが特殊危険課や」
「すげぇぇ……。けど、あんた何屋さん? うちはコンピューターメーカーだろ。傭兵の訓練学校でもやってんのかよ?」
「せやで。銭になるんやったらスパイの養成所でも開きまっせ」

 これ、マジだから怖いんだ。ま、そうなったら差し詰め玲子が校長だろうな。


「もうちょい調べまっせ」
 まだ奥へ行こうとする社長の行動を見て、俺の尻の辺りがモゾモゾした。これ以上深入りは禁物だ……と腹の虫が予感を伝え、尻が警告する……。
 俺って特異体質かな?

 気付くともう誰もいなかった。ナナまでつき合って階下に消えていた。
 そうなると孤立するのが急激に怖くなるもんで、がらんとした空間で突っ立っているのはとてもまずい。仕方なく俺も後を追って階下へ。

 結局、この扉こそが捕獲器の入り口ではないか、などと新たな不安材料を自ら製作して、ぶるると震えた。
  
  
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