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【第一章】旅の途中
無許可の転送
しおりを挟む《社長。眼下の惑星が大変なことになっています!》
悲鳴混じりの機長の知らせで、スクリーンがみたび切り替えられた。
「カタパルトのおかげでこうしてワシら無事やけど、ほんまやったらあんなふうに木っ端微塵なんやで」
俺たちがさっきまでドロイドから逃げ惑っていた地表のズームアップだ。
緩い高低が続く黒い植物とぶっ潰れたドロイドの残骸で覆い尽くされた地表は、もはやそこには無かった。
巨星が吐き出したありとあらゆる元素の津波をまともに受けた惑星など、水に漬けた泥団子である。一瞬で地表が捲りあげられ、マントルが剥き出しになり、原形すら残っていない。
「これが現実や。さぁ。こっちも退避する準備やデ。カタパルトから合図が来たら……こらタマ!」
社長は、のんびりと優雅に宙を舞う球体へ顎をしゃくり、
「おまはんこんなとこにおってエエんか? ハイパートランスポーターの操縦は誰がしまんねん」
「合図が来たら第三格納庫にドアツードア転送で戻るから平気でシっ」
「それやがな……。勝手に色々手を加えたみたいやな。帰ったら銀龍のどこをどう改造したんか、ちゃんと報告すんねやで!」
「シロタマも言いたいことがいっぱいある。もっと効率を上げるでしゅ。まだまだ無駄なところがたくちゃんある」
「あかん! アカンで!」
と、そこで、カタパルトが放出する蒼光が瞬いた。間もなくカタパルトが停止する。
「ほれ。合図や! 行きなはれ」
「…………?」
「な、何してまんねん? 早よ、行かんかいな!」
『転送機の機能不全です。大量のニュートリノがドアツードア転送を阻んでいます』
「ほ、ほれみなはれ! システムに頼りすぎるからこういうときにドツボにはまりまんのや! どうすんねん。亜空間フィールドが消えたらワシら水素の濁流と猛烈なニュートリノの洗礼を受けまっせ。この銀龍ならコンマ何秒で粉々でっせ!」
「ええっ!」
とんでもないことじゃないか。
安穏としていた室内にまたもや緊張が走る。ここでシロタマがどうにかなったら、ナナのいない銀龍でハイパートランスポーターを誰が操縦するのか。今田はまだ寝たきり状態だし。
「ち……っ!」
咄嗟に体が動いた。
宙でオロオロするシロタマを引っ掴むと玲子にパス。
「玲子! 第三格納庫に投げ込め!」
「わかった!」
玲子はシロタマを片手でキャッチすると、司令室を飛び出し、その位置からハッチが開いていた第三格納庫へ見事なフォームで投げた。
「きゅぉぉぉぉ───ぃ」
ヤツは甲高い悲鳴にも似た声をあげて、綺麗にカーブを描いて格納庫に飛び込んだ。
「ストライク!」
数秒後、銀龍も跳躍した。カタパルトが停止するコンマ五秒前だった。
「荒っぽいでしゅ……。人を牽制球みちゃいに扱って! まだ全システムの自己診断が終わってないのに」
ぶつぶつ言いながら、タマが第三格納庫から戻ってきた。
こっちは全身から冷や汗が噴き出し、両足がカパカパ、腰がカックンカックン状態さ。
「危機一髪やったやないかい! アホタマめ。しょうもないシステムに頼りすぎや」
あんたの口から出るセリフではないな。そういうものを作って売ってんだろ?
と言う言葉を進呈してやりたい
『想定外のニュートリノ放射を浴びていましたので予測できない事態でした』
言い訳めいた言葉を吐く報告モードを見るのは初めのことだった。
「それにしてもやで……」
しんと静まり返った部屋で、社長が最初に口を開いた。
「ええ社員旅行でしたなー」
どこが───っ!
ずっこけたぜ。これを社員旅行だと、どの口が言った。
いまから思えば、イクトに現れた謎の建造物を見学するまではまだ可愛かったよ。その後、3万6000光年先の惑星にふっ飛ばされて、数千万の殺人ロボットに囲まれ、そして超新星爆発の爆心地から這う這うの体で戻って来たのだ。これのどこが社員旅行だと言うのだ。
「特殊危険課のツアーとしては退屈しなかったわ」
世紀末オンナはやっぱり世紀末的な発言をマジ顔で言いやがるし、
「ののかちゃんはやっぱり可愛いらしかったダな」
いいかげん現世に戻ってこいよ田吾。
「まぁなんでもええワ。おかげでたんまりとデータが取れたはずや」
「データって?」と訊くのは俺。
「アホやな。超新星爆発を目の当たりに、ついでに未知の技術、亜空間フィールドに次元転移やろ」
と言った後、声を潜めた。
「こんな貴重なデータは、エエ銭になりまんのや。さっきまでビューワーに映っとった映像も全部記録してまっからな。喉から手が出るほど学者が欲しがりまっせ。大儲けや」
しばらく忘れていたけど、またこのおっさんの悪い癖が露呈している。何でもお金にしてしまう悪い癖だ。
「記録したデータはシロタマが消ちといたよ」
「なっ! アホか! なんちゅうことしてくれたんや! このクソっタマ!」
おいおい。
『異星人文化の非干渉規約第32条違反です。異星世界の進んだ技術を盗み出し、従来の進化の過程を狂わせる恐れがある場合、罰せられます』
「ぐっ」
社長は苦々しく唇を噛み、素知らぬ顔した。
「で、ここはどこや?」
話を逸らしやがったな
『無許可の転送が始まっています』
「なんだとっ!?」
全員が総立ちさ。ドロイドに侵入を許してから、こういうシーンになると身体が勝手に硬直して緊迫する。
「どういうことや。あの星系から3万6000光年離れたんやろ? まさかまだ移動して無いんか!」
慌てふためく社長の前にあるスクリーンには色鮮やかな星々が煌めき、さきほどまで俺たちに曝していた激甚(げきじん)な気配は微塵も無い。移動が完了したのは確実なのだが。
「警戒しなはれ!」
社長の叫び声に、玲子は近くにあった有毒茶(玲子が淹れたお茶)の入ったペットボトルを、田吾はフィギュアを握り締めた。
お前ら握り締める物がおかしくないか、と言い返してやりたいのだが、それより先に部屋の中央に広がりだした虹色の光球に目が釘付けになった。
生き残りのドロイドか、新たなる未知の生命体か。どちらにしても許可無く人んっちのテリトリーに入ってくる非常識なヤツは、ろくな者でないのであって。
「こんにちはー」
実体化して俺たちの前にちょこんと立ったのは、愛らしい笑顔のナナだった。
「なんだよー。ナナじゃないか。脅かすんじゃないぜ」
こいつなら無許可も何も、仲間みたいなもんだし。
え?
「ナナだとっ!」
気付くのに数秒掛かっちまったぜ。
「あなた! 主宰さんと飛んだのじゃないの?」
玲子は声を裏返して彼女に駆け寄り、少女は真新しいワンピのスカートと銀色のショートヘアの前髪を捲りあげながら、ぴょんと飛びついた。
「お元気でしたかー。みなさん」
中身はバカのまんまだし……。
「お元気もなにも。さっき別れたばかりだろ!」
「おまはん、どないしたんや。もう飽きて帰って来たんか? そないに気の短いことでは、あかんで」
困惑に沈む俺たちの前で、ナナは流麗な眉毛を困ったふうに歪め、
「社長さん。ワタシはここへ転送されるのを長いこと待ち続けていたのですよ」
摩訶不思議なセリフを吐いて、長いまつ毛をぱちくりと瞬かせた。
何が言いたいのだ、こいつは──。
海におぼれたヘビみたいに、思考がのたうち回っている。
「ちょ、ちょう待ちなはれ」
「俺たちは見たんだぜ。スフィアがイベントホライゾンに達したところを……まさか、やっぱ何か失敗したのか?」
ナナは銀の髪を振った。
「なにをおっしゃるのですか、コマンダー。あの日…………」
故郷に帰った娘(むすめ)みたいに、懐かしげな面持ちで室内のモノに手を触れて、
「みなさんと別れた後、ワタシたちは正しく次元転移を果たしました」
さっきからお前の口調……。
なんだかようすがおかしいので、つい訊いた。
「お前。言語品位が上がってないか? 今。レベルいくつなんだよ?」
ナナはぷっくりとした頬を持ち上げた。
「これはレベル7です。あれからずいぶん上達したんですよ」
この言い方。どう考えても時間の経過を含んでおり、ついさっきのナナとはどこかが違うような気がする。
「ほんとにナナなの?」
玲子と揃って首を捻るのは──どこが、と一概に示すことはできないが、どことなく大人っぽいし、言葉の端々に知的な雰囲気が混じっていて、『ごじゃる』とか言わねえし。
となると──。
頭の中で変な音がした。
「じゃ、じゃあ。あれから何年経ったって言いたいんだよ?」
ナナはイタズラっぽい微笑みを浮かべてこう言った。
「3500年とちょっとです」
「────っ!」
その年数に聞き覚えがある。主宰が一度だけ口から漏らしたのを聞いた。新世界となる惑星表面がまだ若々しい時代に遡って次元転移をすると説明したときの年数だ。あの時、ナナは晩餐のために設けられた神棚に祭られていたはずで、主宰の会話を聞いていない。
頭の回転が多少なりともいい俺は──田吾よりはな──さらに会話の先を推測する。
「お前の作戦が解かったぜ。お前は管理者に叱られるのが嫌でイクトのコンベンションセンターに戻る気だな。そこで同じ方角へ向かうこの船のことを思い出し、チャッカリ便乗してきたワケだ。な? 辺りだろ?」
「そんなに怖い人たちなんだすか、管理者って?」
「ちょうどいいじゃない。帰り道なんだしさ、ちょっと寄って行ってあげたら?」
「お前なぁ。クルマで駅前を通ったら知り合いの子がいたので、乗せてってやろうと言うんじゃねえぜ。俺たちはもうアルトオーネの近くまで戻ったんだ。何で、ここでUターンするかな」
とは言ってみたものの。俺たちの所在地はいったいどこなんだ。シロタマはちゃんとアルトオーネがある星域まで戻してくれたのか?
こっちの会話なんか興味が無いのだろうか、ナナはシロタマと向き合って会話中だ。
社長も同じ不安が募っているのは見て取れる。だがシロタマに訊くまでも無く、アルトオーネ周辺かどうかぐらいは、この人に尋ねれば事足りるさ。彼はナビゲーターとしても一流だからな。
「パーサー。銀龍の現在位置がどのへんか判別できまっか?」
《星座から観測してハウネルカウザー星系の端です。ルシネット(俺たちの太陽さ)の位置から計算して、イクトから16万キロメートルです。右舷方向にイクトが見えています》
そちらのカメラに切り替える玲子。これぐらいのことはこいつでもできる。
「懐かしい姿ダすな。アルトオーネも向こうに見えるダよ」
「ほんとね。ああ、あの海……。帰って来たって感じがするわ」
「むおぅ。ずれてる。おかしいぜ、諸君」
「なにが?」
「俺たちは命からがら帰って来たんだぞ。一時は二度とこの星域に戻ることはないとまで決意したのに、お前らの弛みっぷりはどうだ。ここは宇宙なんだぞ。今の会話だと、到着するずいぶん前から降りる準備を始める落ち着きのない旅行客じゃねえか。気を抜いたら、また危険な目に遭うぞ」
戒める俺を玲子は鼻で笑う。
「故郷はもう目と鼻の先よ。意気地なしね」
「慎重だといってくれ」
「せやけど、これまでのことを考えたら、イクトに寄ってからアルトオーネに戻るのも楽勝やろ」
能天気な社長は船内無線を叩き、
「機長。イクトに寄って帰りまっせ。最大速度や」
《到着は約1時間後です》
「ほうか。ほな頼むワ」
マイジェットで世界を飛び回っていた頃に戻ってやがる。
ついに衛星軌道までがこのおっさんの行動範囲になっちまったんだ。すげえハゲだ。
意気揚々とスクリーンに食い入るハゲ頭の横っ面をすがめつつ、帰り道に寄るだけだと自分を説得させること数秒。
「あそうだ。みなさんにお見せしたいものがあります」
シロタマから振り返ったナナがまるで舞うような仕草で頭を振り、俺は驚愕する。
銀髪が頭部に引っ込み、丸い形の良い頭部が剥き出しになったのだ。
「うわあー!」
坊主になったから俺たちが慌てふためいたのではない。まだ続きがあって、意外な結果をもたらした。
ナナはワンピを翻して強く体を捻ったのだ。
ぶわぁぁと長い黒髪が頭皮から伸び、放射状に広がった。重々しく艶のある健康的な髪が風に舞い背中へと、しなやかにまとまって行く。
思わず玲子の髪と見比べてしまった。
「す、すごい」
黄金のタマゴでも受け取るかのような緊張した素振りで、玲子は黒髪を手のひらにひと房さすくった。
「どうしたの、これ? ちゃんと手入れしないとこうはならないわよ……」
髪は重量感があり、かつ瑞々しい。まさに女性の髪の毛だ。玲子も肩に垂れる自分の髪を胸の前に持って、重ねて比べたがどちらも遜色ない美しさだった。
ま。セレブのお嬢様だから、こいつは高い美容院へ毎週出入りしてんだろうけど……これは、
「どいうことだよ?」と尋ねるのは誰しも同じさ。
ナナは、「毛髪システムです」と言ってから遠慮がちにセミロングに髪の毛を引き戻すと、
「レイコさんの黒髪にずっと憧れていて……」
続く言葉に躊躇したようだったが、意を決したように続けた。
「管理者に頼んで作ってもらったのです」
その言葉に懐疑の火が灯った。
「なんだよ、お前。管理者と会ってんのかよ。じゃあ、何しにイクトへ戻るんだよ?」
ナナは黙って頭を振って笑みを浮かべた。
「ワタシは戻るなんてひと言も口にしてませんよ、コマンダー。それより伝言を承ってきました」
ふありと社長へ体を舞い回した。
「イクトのコンベンションセンターは、社長さんへの贈り物です。もちろん管理者からです」
「ぬぁぁぁにぃぃぃぃぃぃ」
ハゲオヤジは喉の奥まで露出させて叫んだ。まるでマンガみたいに両手の平をパッと広げてな。
「どういう意味や。なんでワシに進呈してくれまんねん?」
「口止めされていますけど、言っちゃいますね」
「な、なんだよ、意味深だな」
「社長さんに助けていただいた、オジイちゃまたちドゥウォーフの人々は……」
ナナは妙な間を開け、穏やかな視線をハゲ頭に注ぎ、そして一気に喋りぬける。
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