アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

砂の惑星  

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「むぉう……」
「何むくれてまんねん。念願の海水浴やがな。来たかったんやろ? ほれ、何の問題がおまんねん。見てみなはれ、この白い砂、この青い空、この太陽(おてんと)さん」

「海が無いじゃないか……」

「そのかわり水着の美女がいてますやろ。ほれ、えーおケツしてまっせ」
「美女じゃねえし。ロボットだし。それに水着でもない。これはこいつらの戦闘服だぜ」

 フィールドスコープ(双眼鏡)で砂山の向こうを覗いていた茜が振り返る。
「コマンダー、失礼ですよ。これはコスチュームです」
「似たようなもんだろ」
「じぇんじぇんちがいますよー」

 口を尖らせたまま、再びスコープを覗く茜は裸眼で見たり、レンズを覗いてみたり。同じ行動を数度繰り返した後、それをぽいと俺に放ってよこすと、呆れたかのように言う。
「これなんですか? 無いほうがよく見えますね」
 だろぅ……。だからこいつらにはこんな物必要ないと言ったのに、玲子が無理やり持って来たのだ。自分のロッカーからな。
 何の目的があってこんなフィールドスコープを銀龍のロッカーに隠し持ってんだ、あいつ?

 ひと山あっちで監視をする優衣と玲子の動きを、茜に見捨てられたスコープで覗いてみる。
 優衣は茜と同じコスチュームだが、玲子は白の半そでポロシャツとショートパンツという、超艶めかしい姿で片膝を折って砂に埋もらせていた。

「ほぉ、意外と拡大できんだな」

 スタイルのいいボディをズームアップするのは、男として自然な行動と言うもので……。
 ショートパンツが裂けそうなほどのぴっちぴちの尻にスコープを固定する。

「なるほどね……」

 何がなるほどなのかは、さておき。
 俺たちは怪人エックスからの情報に誘導されて、我が故郷アルトオーネから遠く離れること1500光年。砂しかない星にやって来た。

 砂しかないのに、呼吸可能な大気が満ちるのは、極近くには密集したジャングルがあるせいだろう。何らかの気候の変化で赤道付近だけが砂漠化したようだ。

 とまぁ。こんなことはどうでもいい話で、ネブラのプロトタイプにしか用の無い俺たちには、惑星の生い立ちなど調べるは必要ないのだが、このケチらハゲはそのへんのところまでも念入りに調べようとしていた。

 転んでもタダでは起きない性格の社長に命じられて、機長とパーサーは海流の調査へ向かっている。元戦闘機乗りと客室乗務員だったのに、今じゃいっぱしの探査船の乗組員みたいなことやらされて、俺なんて、それプラス戦闘員だぜ。もっとも戦ったことは一度も無い。

「まったくよ~。やってらんねえぜ」

 前回は、メッセンジャーが出していた偽の輻射波にまんまと引っかかり、くだらない映画につき合わされていたが、ネブラのプロトタイプとなる本物のドロイドはそこからさらに7光年先のこの星だったのさ。

 確か俺、言ったよな。プロトタイプのEM輻射波が二つ見つかった時、遠いほうの星だって。
 人の意見を無視するからこういう無駄が生じるんだ。

 ハンドキャノンを連打した筋肉痛が薄く残る背筋をギシギシと引き伸ばしつつ、抜けきった青空に思いを馳せる。
 そう、思いはいろいろあるが、まずは怪人エックスだ。正体は分からないが、俺たちをネブラのプロトタイプに誘導する行為だということは間違いない。ありがたい人に報(むく)いるためにも、さっさと仕留めて会社へ帰って、こんどこそマナミちゃんとデートだ。

 よし。がんばってくれ──優衣。
 俺たち応援団は一心に祈るのみなのだ。他力本願でごめんね。


 真夏の陽射しを見事に反射させたハゲが、砂に埋もれた片足を抜き出してつぶやいた。
「足が取られて歩きにくいでんな」
「乾燥度が半端ないもんな。こりゃあ長いこと雨が降ってないんだぜ」

 茜にサポートされながら、数歩進んでは立ち止まって遠望するスキンヘッド。さぞかしそのツルピカ頭(あたま)ではこの直射日光は酷だと思う。薄くはなってきたとは言え、社長から比べたらまだふっさふさの俺だが、それでもジリジリするんだからかなり厳しいはずさ。

「ふう。ちょっと休憩や」
「えー? またぁ?」
 さっきから砂山を登っているのだが、サラサラに乾ききった砂は足にまとわり付いていっこうに進まない。

 額に滲み出る汗を拭うたびに、なぜか自然と空を仰いでしまうのは、俺たちに付き合って頭上で銀白色の球体がプヨプヨ浮かんでいるからだ。
「にしたって暑いなぁ。おい、タマ。いま何度だ?」

『傾斜角度、プラス28コンマ5度。登りこう配です』

「さすがだな。笑わせてくれるじゃねえか。あはははは──って、笑えるかっ、クソタマ! 『何度』って訊いたら、温度に決まってんだろ!」

『現在の気温、41℃、湿度32パーセントです』

「……………………」
 訊いたらよけいに暑くなった。

「空気が乾燥としとる分、まだましやデ」とは社長。

 俺に釣られてか、一緒に青空を見上げ、
「そやけど赤道に沿って帯状に乾燥地帯が進むというのはどういうメカニズムやろな。それが解ったらアルトオーネの砂漠化も食い止めることができるかも知れまへんで」

 まるで学者みたいな意見を言うが、このオッサンはそれを解明して金儲けに替えようとするのは確実だ。常に頭の中では電卓を叩くハゲ茶瓶なのさ。

「そんなことよりさっさと済ませて会社に帰ろう」
 俺が吐き出す言葉はこればっか。

 そりゃ言いたくもなるさ。優衣におかしなことを言われてゴキブリ退治が始まってから、もうすぐ二週間だぜ。
「このミッションが終わったら、おユイさんが出発日直後に戻してくれるって言ってますから。もし何年掛かっても、数秒しか経過していないことになりますよー」

「アカネぇー。俺はこんなことを何年もしたくないんだよ~」

「あー。見つけたみたいです!」
 俺の訴えは砂風の彼方に吹き飛ばされていた。

「先に行ってますねー」
 茜は砂漠を疾走する四輪駆動車みたいに砂塵を巻き上げて、ひと山向こうで手を振る玲子たちの下へと駆けて行った。

 お、おい。この砂の中をよく走れるな。あそこまで何百メートルあると思ってんだ。
 肩を落として息を吐く俺の頭上から、
「うほほーぉ。こりゃエエで~」
 シロタマにぶら下がったハゲオヤジが、はしゃいだ声と共に運ばれて行った。

 くっそ。楽な方法を見つけやがって──。
「おー。輝いてんなー」
 澄んだ青空をバックに強い陽射しを反射させた頭がピカピカしていた。

 それにしても、大人一人を空中に持ち上げて悠々と飛行する、あのタマ野郎のパワーは何だろうな。

 社長は楽々と、俺は汗水垂らして大きな砂丘を乗り越えて、優衣たちが見張る目標物が目視できる場所にまで移動した。
 先発隊である優衣、玲子、遅れて茜が砂山の頂上に腹ばいになって見張る真後ろにようやく到着。乱れた呼吸を整える。

「あれか……」

 眼前を広がる砂の海のはるか遠方に、黒っぽいゴミのようなものが三つ見える。それが俺たちの目標だ。
 二つの黒い奴に挟まれた真ん中がプロトタイプ。目的はこいつの破壊だ。だがその両脇をがっちりと固める連中がかなりの曲者で、450年未来からやって来るデバッガーと呼ばれるすげぇアンドロイドなんだ。

 俺は連中を黒いゴキブリと呼ぶ。こっちの白いゴキブリ(シロタマ)とは異なるスペックを持った別物だ。なにしろこいつらのおかげで、なかなか目的を果たせないのが悩みの種さ。

 玲子の持ち込んだスコープで見ると、はっきりと奴らの姿を捉えることができた。距離はここから360メートルとサイドビューに表示が出ている。
「意外と距離あるな……」
 感想のような独白を漏らして、今度はスコープ外して目視する。
 砂漠は緩やかに上下を繰り返し、海原の大波と似たたゆみを繰り返すが、近づけば分かる。それは意外と急峻で、柔らかい砂粒は足を取られ歩きにくいのだ。

「ほんで。どうしまんの?」
 日光を直接受けて、眩しげに目を細める社長に、
「これを使ってみようかと思っています」
 優衣は背中のリュックから取り出した小さな黒褐色の球体を手のひらに転がし、玲子はそいつを摘まんで首をかしげる。

「なにこれ?」

「グラビトンの集合体、G・グロブラーです。略してGG。2G(ツージー)と呼ぶ人もいます」
「なんだそれ?」
 俺も玲子と同じ感想さ。少なくとも俺の知る人間でそう呼ぶ奴はいないね。

「簡単に言うとですねー。重力子発生装置ですよー。コマンダー」
 思ってもいなかったコトを茜が口にした。

「まさか。そのピンポン球みたいな金属球から重力が発生するのか?」
「はい、ご名答でーす。これ1個で直径10メートルの範囲を基本重力の5倍まで増幅できます」
「うげっ、じゃあ体重60キロの人なら300キロになるじゃねえか」

 わざとらしく玲子に目を剥いて、
「お前たいへんだぞ」と大袈裟に言ってやると、
「し、失礼ね。そんなにないわよ……と思う」
 と言いながらも、ごにょごにょと、言葉を濁すとぷいと目を逸らした。

「ほんまに重力子なんかを作ることができまんの? 今のアルトオーネでは大型の重力プレートがやっとやデ」
「管理者の世界では、今から75年後に完成させています。用途はほぼ同じで、宇宙船の床下に敷き詰めて人工重力に使うポピュラーなものですが、こういう使い方をするのもアリかなって思ったもので」

「どういう使い方?」
 疑問をぶつける玲子の白い美脚が眩しくて見ていられない。俺の意識は重力子から遠く離れたところをさ迷い、優衣は玲子の質問にうなずきつつ、
「連中の足元に落として起動させ、重力に引きつけられて動けなくなったところへシードを撃ちこみます。こほん、ユウスケさん聞いてます?」
 咳払いと一緒に俺を諌める目で見た。
「やっべ」
 慌てて玲子の脚から視線を引き離す。

 この時点で誰も優衣をアンドロイドだと思っていない。気づいたのは俺だけだ。咳払いをするロボットなどあり得んのだ。管理者恐るべし技術力。

 社長は真剣な面持ちで思案に暮れ、しばらく唸っていたが、
「なんや腑に落ちんけど、まぁ。とにかくやってみるしかないやろ」
 奥歯に何かを詰まらせたまま、ひと山先で動いている黒い連中を見据えた。



 十数分後──。
 シードの爆発から逃れるために、俺と社長は優衣たちから離れて見守っていた。

 動き出したアマゾネスの指揮官、玲子は、デバッガーの両サイドに優衣と茜を配置し、自分は数十メートルまで連中に近づくと、小さなグロブラーをデバッガーの足元に放り込んだ。

 転がったグロブラーはプロトタイプのすぐ下で正常に起動し、約5倍の重力子を放出。目に見えるものではないが、デバッガーの奇妙な振る舞いを見れば、その威力が理解できる。
 初めにひざまづいたのはプロトタイプだ。見えない糸で操られたマリオネットにも似た動きで鉄球に引き寄せられ、膝から崩れてダンゴムシのようにその上で体を丸めた。

 続いてスリムなボディをしたデバッガーも、おかしな体勢に体を歪めて踏ん張ったり、あるいはひざまずき地面を掻きむしったりしていたが、それも耐えきれず、変化した引力によって動き出した砂の流れに乗せられて、鉄球を抱き込んだドロイドに引き寄せられて行く。それは磁石にくっ付く金属のオモチャだった。互いに折り重なり、もがき合うが、ちょっとすると丸く張り付いて動けなくなった。

 次の瞬間、思いがけないことが起こった。

「どぁぁぁぁぁ。な、なんや!」

 社長の懸念は的中したようで、足元に広がる細かい砂が、まるで生き物みたいに連中のまわりに集まり、あっという間に巨大な砂の塊が出現。さらに微振動と共に砂粒は隙間を埋め尽くし、ぎっしりと詰まった球体に変化すると、緩い斜面を転がり始めた。あとは雪だるまと同じだ。どんどん砂を巻き込み、でっかい砂団子に変身しながら転がって行ってしまった。

 異様な状況に一同、唖然だ。
 先に我に返った玲子の声が無線から響いた。

『ユイ! 撃ちなさい!』

 両脇にいた優衣と茜が粒子加速銃を構えたのだが、シードが撃ち込まれる寸前、ぎっしりと砂で固まった球体を掻き分けて、中から三匹のゴキブリ野郎が姿を現した。

「デバッガーは、グラビトン・グロブラーがほうちゅつ(放出)する重力にも打ち勝つパワーがあるシュ」
 うちの白いゴキブリが申すからそうなのだろう。

「やっぱり、連中のほうがいっちょ上手(うわて)なんや」
 社長も驚きを隠せない様子。

『まだ手があります、社長』と無線機から玲子の声。
「どんな?」
 こっちの会話は向こうにも無線で筒抜けのようで、玲子からの返答は、
『裕輔もこっちへ来て粘着銃を撃って連中を砂ごと固めてちょうだい。優衣と茜はそれを合図にシードを撃ちこむの』

 おいおい、俺まで最前線に派遣されるの?
 俺は応援団団長なんだぜ。

 無線機では表情まで伝わらないはずなのに、
『へんな顔してないで、早く来なさい!』
 100メートル先から見えてんのかよ。しかも千里眼オンナは命令口調だし、
「逆らわんほうがエエで」
 とハゲが言うので仕方なしに俺も出陣だ。

『レイコさん。粘着剤が固まると同時にシードを撃つとユウスケさんの逃げる時間がありません』と優衣の声が通信機から。
『かまやしないわ。いい機会だから撃っちまいなさい』
 何ちゅうことを言うんだ、この鬼軍曹め。

『コマンダーの救出は、わたしがやりまーす』
「アカネでは心細い……できればユイに助けられたほうが安心なんだけどな」
『じゃあアカネ、あなたに任せるわ』
 おーい。鬼レイコ。聞いてる?

 俺の意見なんか完全無視で作戦会議は完了。




「いい裕輔? 合図したら撃ちこむのよ」
 ひいひい言って砂山を駆け上がり、玲子の脇に寄った途端にそう命じらた。
「ちょっと待て、はぁはぁ。息ぐらい、はぁ。整えさせてくれ。はぁはぁ。俺は陸上選手じゃないんだ」

「だったら10秒あげるわ」
「バカヤロー。10秒で何ができる!」

 10秒の休憩の後(のち)──マジで10秒しかくれなかった。

 玲子が金属球を投げ入れた。
「ち、近すぎる!」
 グロブラーが連中のいる位置よりわずかに俺寄りに落ちた。

「ま……マズいって」

 瞬時に重力が急上昇するのが感じられた。海の水が引くように、俺の足元を埋め尽くす砂粒が乾いた音を出して吸い寄せられて行く。さっきと同じで、連中は新式のヨガ体操でもするような苦しげな格好になり、小さな鉄球に体を丸められて砂に埋まった。

 ところが、砂の吸い込みは予想より強く、こっちも一緒に引き摺られて行く。

「うがぁ!」

 そりゃもう必死さ。俺まで一緒に砂団子に張り付いたら、えらいことになる。死にもの狂いで砂を掻き分けて逃げるが、後ろから丸まった砂の塊が転がって来る。その光景はまるでフンコロガシだ。いや、糞(ふん)のほうから転がって来るんだから始末におけない。

 運よく登りこう配に差し掛かり、糞の、じゃない、砂団子の動きが止まった。

『今よ、裕輔。撃って!』
 って玲子の声が聞こえたが、そんな無茶な。
 そうさ。銃を撃つ体勢ではない。後退りする俺の下で、砂が再び動きだしたからだ。流動する砂に足元をすくわれ尻モチを突いた。

「ぬぁぁっ! へ、ヘビだっ!」
 砂が動きだしたのは、グロブラ―のせいではなかった。砂団子の中ら何匹ものヘビがうねり出てきて、辺りの砂を苦しげにもがいているのだ。
 未だに悪夢の原因となるあのヘビさ。デバッガーの5本指が生き物のように伸びて俺に巻きついてきた、アレだ。

 背面姿勢のまま死にもの狂いで砂を掻く、むこうも必死かも知れないが、こっちも必死さ。でもちっとも離れてくれない。

『とにかく粘着剤で固めてしまいなさい! 何とかなるわ!』
 あのバカは恣意的に思い浮べたままのセリフを無線機に吐くが、こっちの身にもなってくれ。

 何度も転び、仰向けのまま背泳ぎみたいにして流れる砂の中を後退りする。まるでアリ地獄から逃れるようとする、かわいそうなコガネムシだ──ダンゴ虫よりいいだろ。ほっとけ。

 ぐらつく足元を何とか踏ん張り、砂の塊と化していく物体めがけ銃のトリガーを引いた。

「あぁ。まずぃぃぃ」

 逃げ腰なのと、足首に絡まってきたヘビ化したキショイ指に引き込まれ、空へ向けて撃ち上げてしまった。
 ところが異常重力のエリアに粘着剤が運よく絡まり、風の力も加勢して、軌跡が大きく歪むと砂団子の真上から包み込んだ。

『ってぇ──っ!』
 玲子の叫び声がヘッドセットのイヤホンから聞こえた。だけど必死で逃げようとする俺の足は砂の流れに取られてうまく動かない。

「うぉぉぉ。ちょっと待ってくれ!」
 こっちの声は玲子たちに伝わらなかったのだろう。
 息を吸うのと同時に、熱せられた光の一閃が俺のコメカミ近くを突き抜けた。

 思考さえも巡らないほんの刹那の後。
 鼓膜を引き裂く大音響が最初に届き、遅れることコンマゼロ何秒、爆発的な勢いで熱砂が四方に飛び散った。

 俺とデバッガーの足元に広がる砂の山もろとも、それは大津波みたいに空高くせり上がり、一気に崩れ襲う。息つく間もなくその中に埋まっていった。

「砂の中で死ぬのはイヤだぁぁぁぁぁぁ!」
 この叫び声を最後に一瞬で暗闇に包まれた。容赦なく流れ込む砂の海は壮絶だ。固く目をつむり口も閉じる。

 忽然と体が空中に持ち上げられた。
「なっ!」
 ただならぬ浮遊感を覚えて思わず身を強張らせる。誰かが疾風みたいに走って来て、迫りくる熱風よりも早く砂から俺を引き摺り出し、まるで物を投げるようにして大空高く放り投げたのだ。

「ぐえぇぇー」
 そりゃ、すげえ反動で顔の筋肉が変な方向に歪んじまった。

「おユイさーん。きゃっちしてくらさーい」
 遠ざかる声は茜だ。救出してくれたのはいいのだが、ずいぶん雑じゃね?

「俺は野球のボールじゃねえぇぇぇ」
 声は風に流され、体は空中を舞う。

 砂山に墜落する寸前、それを地上から飛びつき、受け取ったもう一人の助っ人が俺を小脇に抱えて熱風の砂嵐を疾走した。

 究極の柔らかさだった。なよやかに膨らみ、豊潤でいて優しい丘陵にも似た心地よい盛り上がりに顔をうずめる。
「あぁ。こんな山なら埋もれてもいい」

 不埒な──いや願望的な言葉が自然と漏れるのは、優衣のボディに抱き付いていたからで、
「神様ぁ。もっと遠くまで運んでください」

 ごんっ!

「あ痛っ!」
 ハンドキャノンのグリップでぶん殴られ、俺はまろやかな肉体から剥ぎ落された。

「その長々と伸びた鼻の穴に、ここの砂を詰め込んであげようか!」
 茫然と青空を仰ぐと、そこには鬼軍曹の怖い顔があった。
 そしてさらにその肩越しに、白線を引いて飛び去るデバッガーとそれに挟まれたプロトタイプの姿も垣間見ることができた。


 安堵すると共に、急激に憤懣が込み上げてきた。
「俺は靴の裏に張り付いたガムじゃねえ。そんなに手荒く扱うな!」
 コメカミ辺りを走る激痛を摩りながら、鬼軍曹に進言する。
「お前は厳しすぎるんだ」

「救助して貰ったくせに、鼻の下なんか伸ばしてるから悪いのよ」
「あれはだな……」
 説明がめんどくさかった。
「お前なんかに男の習性が解るか、そのまま生涯喧嘩上等を貫き通しやがれ。バカ野郎!」
 気がすむまで怒鳴ってやった。

「また逃げられたがな」
 シロタマに掴まった社長が空中を運ばれて来た。
 ひょいと俺の横に飛び降りて、
「裕輔。大丈夫でっか?」
「大丈夫なもんか。いま確実に殺されかけたぞ」

 耳の横を高温のエネルギーシードが貫いていった感触がまだ脳裏にはっきりと焼きついていた。
「髪の毛がまだジリジリ言ってるぜ」

 ようやく気分が緩み、あたりを見渡す。
 砂漠に巨大なクレーターが空いており、シードが爆発したときに放出されるエネルギーのもの凄さを物語っていた。

「うげぇ。あの中心にいたのか……」
 粒子加速銃の秘められたパワーに止まらぬ体の震えを覚え、それを耐え忍んでいると、

「だいたい言うことが大袈裟なのよ。逃げ遅れたのはあなたの足腰が弱いからでしょ。今度あたしが訓練してあげるわ」

 こいつの特訓はきっと地獄以上だろう。
「足腰の鍛練なんかいらねえ。俺は開発課の人間だと言ってんだろ」
「ふんだ。何も開発したこと無いくせに」
 図星だから何も言えない。

 それよりもだ、アカネ。
「憐憫の眼差しで俺を見るのはよせ、気が滅入るだろーが」

「コマンダぁー。ミッション開始時と比べて、体重が3コンマ5キログラム増加してますよぉ」

「なんだよ、こんなところで……」

「おまはんの神経はそうとう図太いんやな。それか特殊危険課がよっぽど性におうてるかやな」
 と言う社長に愛想笑いを浮かべた茜は、何を思ったのか俺の両手首を握り、
「脈拍、血圧共に正常でーす。でも体脂肪率が適正値をオーバーしていまーす」
 こいつはヒューマノイドの体調管理もすると言っていたが、メタボ計測機能付きだったのか……。

「じゃあ、玲子はどうなんだよ?」
 茜はにこりとして、手首を持った手のひらを解くと、玲子の両腕に持ち替えてすぐに報告。
「レイコさんはアスリートの素質を維持しています。体脂肪率13パーセント。適正値以下で、脈拍、血圧、まったく異常ありませーん」
「ちょっと痩せすぎてないか?」
「身長と体重との比率でいくとほとんどが筋肉でーす」
 玲子はふんと鼻を鳴らし、俺は肩を落とす。

 訊くんじゃなかった。

「帰ったら、田吾も計測してやりなはれ。あいつは最悪な結果が出まっせ」
「あ、はーい」

 あいつは宇宙に出て、俺よりも太ったもんな。

「玲子。ためしに田吾をスリムにしてみろよ。そしたらお前の特訓を受けるぜ」

「………………」
 奴は複雑そうな顔をして、優衣と視線を交わしやがった。

 へっ。バーカ。
  
  
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