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【第三章】追 跡
ザリオン連邦軍、ゲッツ!
しおりを挟む「みんなー。耳の穴を掻っぽじってよーく聞くのよ」
自己紹介をするザリオン人一人ずつに目礼を続けていた玲子が、毅然と胸を張った。
「あたしは! 銀龍のレイコよ。覚えておきなさい」
「だからぁ……、それだと任侠者になるだろ。社長が聞いたら嘆くぜ」
優衣を横に従わせ、これで茜が揃ったら、いよいよ諸国漫遊でもするのか、お前ら?
「「「「「ダッフ!」」」」」
コミュニケーターで解釈されない言葉を叫び、五人の艦長と下級士官が踵(かかと)を高らかに鳴らして最敬礼をする。
「まじかよ……」
こんな世にもおぞましい光景は一生忘れないだろうな。
「ユイー。心臓に悪いからこういうことになるときは、事前に知らせてくれよ」
「時間規則ですから教えてあげません」
お前、そればっかだぜ。
ザリオンの回復力は驚異的で、シロタマの治療もそこそこにほぼ全員が起き上がった。やはり爬虫類系は打たれ強いのだろう。
治療の助手という俺の役目も終わり、今度は茜の再起動だ。
一連のめんどくさいリロードまでのプロセスを経て、
『再起動完了。全システムリストアーされました。機能不全の箇所はありません』
茜のシステムボイスが起動を知らせ、本人は起き上がって瞼をパチパチ。まだ何が起きたか把握できていない様子。
にしたって。脱力感満杯だった。
「機能不全は無くてよかったんだけどさー。どうすんだよ。それ……」
やるせなさに肩の力が抜ける。
茜の衣服はほとんどが吹っ飛んでおり、黒こげになった袖やショートパンツの腰の辺りが張り付いているだけだ。こいつが手榴弾の爆発を最も間近で受けたので当然と言えば当然だが。新しい服を買ってもらっても最後がいつもこれでは、買い与えた社長も張り合いが無いだろうな。
「コマンダーご無事でなによりです」
「ボロボロになったお前に言われると、情けないよ。しかしガイノイドスーツって、丈夫にできてんだな?」
見ると優衣が着ていた秘書課の制服も腹部に大きな焼けこげを残して、そこから無彩色のガイノイドスーツが覗いていたが、その部分だけは無傷だった。
いったいどんな素材でできているんだろう。どうでもいいけれど。
俺の気分は呆れるやら安堵するやらーの、疲れるやら……で。
「じゃあ。今日からあなたたちは特殊危険課のために働く戦士よ」
おいおい。勝手に決めて……。
「文句を言う気はない。我々を戦士として認めてくれるだけで誇り高い」
「して、ヴォルティ。我々が相手をする敵とはなんじゃ?」
「そうだ。できれば強いほどオレたちは燃えるぜ」
「そう言えば、さっき500兆とか言っていたように聞こえたが? 聞き間違いか」
「大げさに言ったにしても、500兆はねえだろ?」
連中が色めきだってきた。俺的にはとても嫌な雰囲気だ。
「そのとおりよ。敵の数なの。現時点ではまだそれほどまでに膨らんでいないだろうけど。未来……いや遠くない将来それぐらいの数になるらしいわ」
「ゲッダッハゥヌ!!」
誰かがまた妙な言葉を吐いた。今度も胸に張り付くコミュニケーターが言葉として認識しなかった。
「今なんて言ったんだよ? 聞き取れなかったぜ」
ザグルのオレンジの目玉がこちらをぎろりと睨み、
「すまん。古代ザリオン語で、恐怖を滲ませた《驚愕》とか《驚異》とかの意味だ。それ以外は言葉が無くて訳(やく)しようがない……」
言いにくそうに区切り、トーンを落として続ける。
「だいたいな……。恐怖という感情は屈辱と見なすのがザリオンの教えなのだ。だから表には出さん」
ザグルはうつむき加減になった。
ここらが異星人との価値観の違いだな。恐怖心が恥ずかしいだなんて思っていたら、俺なんか生きていけない。
黙り込むザグルを押しのけてバジル長官が補足。恥じを述べるかのように言う。
「ザグルは間違ったことは言っておらん。我々はそれを羞恥だと思っておる。だがヴォルティ・ザガの前では正直に申しあげよう。あなたには怖いほどの驚異を覚えた。そして今度はよく解らない敵と戦うと言う。こんなことは初めてのことで不安を抱きます」
「そうね。取りとめのない話で悪かったわ。これに関しては超機密事項なの……」
マズイかもしれない。玲子は時間規則を破って未来の話をしようとしている。
だが優衣が平然と見逃すところを見ると問題は無いようだが。
「ユイ。いいのか時間規則だろ?」
「彼らは時間項です」
「ぬぁっ!」
俺は息を飲んだね。だって時間項とは原因から結果までを導く方程式内の一つの項だ。つまり歴史を大きく変貌させた重要人物や物体を示すんだ。この連中がそれなのか。
嫌な予感がして、体が自然と強張ってきた。
「じゃ……じゃあコイツら俺たちの仲間になんの?」
「いえ。今はまだ……」
身構える俺に前で、優衣は中途半端な回答しかしなかった。
「まだって? いつ仲間に加わるんだよ」
「時間規則ですので、それは言えません」
「頼む。ちょっとだけでいい。でないと俺のガラスの神経が持たん」
優衣はクスリと笑って、
「まだ先のことですよ」
「だぁぁ。それまでに俺の精神が錯乱しちまうだろ。頼む。ヒントでいいから」
「じゃあちょっとだけ……。仲間というより、良き助っ人みたいな感じですね」
「助っ人って……色々と困難が待ってるわけだ」
用心深い俺はあれこれ考え、よからぬシーンが浮かぶのであった。
「ねー。その前にさ。一杯やらない? そのほうがゆっくり話せるでしょ?」
「はぁ? なに呑気(のんき)なこと言ってんの、この酒樽女は……」
行き先を思い、精神的不安感を掻き立てられて凝固する俺とは対照的に、こいつの極楽的な性格はどうよ。羨ましい限りだぜ。
部下たちが気を利かせて店内を片付け始めた。それを眺めながら玲子が訊いた。
「それで? ザリオンが大勢寄り集まって、今日は何の悪だくみをしてたの?」
いつもの調子で、新たな家来を目前にはべらせて玲子が尋ね、連中は目を泳がせて黙り込んだ。
「別にオレたちは悪人ではない」
ザグルが半笑いで応える。
「ほんの少し他の人種より力が有り余るのが、たまにキズだ」
「気にしなくていいわ。あたしも似たようなもんだから」
お前らだけで傷を舐め合うな。俺に振りかかる災難にも気を遣えってんだ。そんな優しげな言葉は一度ももらったことないぞ。
「痛ちちちちち」
この野郎。また人の尻をつねりやがった。それは気遣いではなーい。
「あちちち……」
こちらの攻防がまだまだ続く中。ザグルは真剣な眼差しで(片目だけどな)玲子に訴えた。
「オレたちは酒を飲みに来た酔っぱらいではない。ここ、キングスネールに雇われた用心棒なのだ」
「用心棒?」
しつこく尻をつねってくる玲子の手を払いのけ、俺は大きな疑問をもたげた。
「話によると、最近この近辺で大型店舗だけを狙う集団が出没するらしい。阻止した者に星間協議会が賞金を出すと言う話だ。ようするにこの盗賊集団を狩ることに関しては、どこからも咎められないし、賞金も出る。一挙両得ってやつだ」
ザグルは楽しげに裂けた口元をにやりと歪め、玲子は興味津々の様子で尋ねる。
「盗賊集団ってどんな奴?」
「黒くて、赤い線みたいな眼が光る奴だ」
と言ったのはザグルではなく、3メートル越えの身長を誇るティラノくん、スダルカ中佐だった。片腕の関節が外れていてシロタマが治療をしようと近づくと鼻息で吹き飛ばし、苦痛に顔を歪めながらも自力で治した猛者だ。
「情報によると、いきなり空間から染み出るように現れ、何の証拠も残さず消えるらしい」
ピクリと反応したのは優衣で、
「デバッガーですね」
「デバッガー?」
一つしかないザグルの目が色濃くなり、玲子はうなずいてから指で眉間を差し示して言う。
「全身黒色で、このへんに赤いラインが一本流れてるでしょ」
「そうだ。知っているのか!」
「だって……そいつがあたしたちの敵なのよ」
「ウソを言うな!」
「何でこんなときにウソを言わなきゃならないの。そいつらはデバッガーって呼ばれるアンドロイドよ」
「アンドロイドだと!」
「なんと……オレは防護スーツかなにかと思っていたぜ」
「まさか……」
バジル長官の目付きがさらに鋭角になり、
「誰も素性を知らない盗賊集団が貴殿らの敵だと断言なさるのか? それが500兆に膨れ上がるのを阻止する……そちらの戦士は何名だ?」
「そうねえ。裕輔はギリ戦力になるから、5、6人かな」
「なっ!」
ザリオン艦隊全員が絶句した。
「本気で言ってるのか……?」
バジル長官は俺たちを見渡したあと、玲子に目線を戻して訊いた。
「いったいあなた方は……何者なんだ?」
「よし、そこまでだ、ザリオン人!」
突然背後から大きな声が渡り、俺たちをギョッとさせた。
「すぐにその人たちを解放しろっ!」
大勢の警備員がフロアーになだれ込んで来た。全員が完全武装をしており、ズラッと艦隊士官を囲むと重量のある銃器を突きつけた。
「ウガァゥ!」
反射的に体を旋回させるザグル。
「動くなっ!」
リーダー格の警備員が大型の銃をザグルに向け、一喝してから玲子たちへは優しげな表情で微笑む。
「キングスネールのセキュリティ部隊です。お嬢さま方。もう大丈夫です。救助に来ました」
やにわに辺りをぐるりと見渡して、
「派手に暴れやがったなザリオン人め。爆発物まで持っていたとは……。よし全員しょっ引くぞ。おとなしくしろ!」
他の隊員も部屋の惨状に驚きを隠せない様子で、フロアー全体を一巡させると銃のグリップを肩に押し当てて、トリガーに指をかけた。
「我々はキングスネールに雇われた用心棒だ。なぜしょっ引かれなきゃならんのだ!」
目を爛々と怒(いか)らせてザグルが怒鳴るが、
「そんな連絡は入っていない。それよりも女性を人質にザリオンが大暴れしていると通報が入ったのだ」
そりゃあ、通報を受けりゃ飛んでくるのが警備員の仕事だけども、ここを無茶苦茶にしたのは──。
ザリオン艦隊の視線が一点に集中する。玲子にな。
「……………………」
このまま沈黙すれば済むことではない。どう見てもザリオン人の分が悪い。
「いや、あの。助けるって、誰を? この人らは何もして無いぜ」
説明がしづらい。このフロアーをぶっ潰したのは、あんたの前でモジモジしているその黒髪のオンナです、と申し立てる?
横から茜が銀髪を揺らして小さな体を割り込ました。いつものように鼻に掛かった甘えた声で、
「郵便局のおじさん。ザリオンの人たちは本当に何もしていませんよ」
「だから郵便局の人はそんな大型獣用のショットガンを持っちゃいないって」
なんと言っても、焼け焦げたポロシャツの破片を体からぶら下げた彼女の言葉には、説得力が無い。
「いや、しかし……」
重装備の警備員は銃をザリオン人に突きつけたまま、戸惑った顔をして固まっていた。
茜の言うとおり、ザリオンの艦長らはここで談笑していただけだ。まあ、談笑と言うには、ちと規模がでかいがな。
「この有様の説明なら、この人に訊いたらいい」
黙って玲子の肩を両手で持ち、リーダーに正面を向かしてやる。
「お前が責任を持って説明しろ」
「な、なんでよー」
背中にたゆんだ黒髪を強く振って俺の腕を払いのけると、気持ち悪い破顔に切り替えた。
「ここは管理者に頼みましょうよ。おほほほほ」
玲子は優衣の袖を引き寄せた。
「え?」
横歩きで警備員の前に突き出された優衣は、スーツの焼け焦げを恥ずかしげに隠して願い出た。
「店舗の損害はすべて管理者が負担します。ここは何も無かったことにしてください」
髪が床に着くほど腰を折る優衣を見て、警備員たちはだらしなく銃口を下ろし、ザリオン艦隊の連中はそろって肩をすくめた。
「お嬢様がそう言われるのでしたら、我々は何も問題はありません。承知いたしました」
と応えたリーダーに玲子が継げる。
「今日はザリオンの風習に則(のっと)ってお祝いをしようと思っているんです。あそこにある酒樽を全部、この人たちの船に送っていただけます?」
吹き飛ばされて酒場の隅に散乱する酒樽を示して、玲子がもう一つ付け加える。
「支払いはこれで……」
俺のポケットから勝手にピクセレートを取り出し、セキュリティの鼻先に突き出した。
「ひっ! ピ……ピクセ……」
男は一瞬目を丸くしてそれを凝視した後、興奮した赤い顔でうなずいた。
「承りました。送り主のお名前は?」
「銀龍のアーキビストでいいわ」
「アーキビストだとっ!」
警備員と玲子のやり取りを黙して耳を傾けていたバジル長官が、大きく反応した。
「ご存知なのですか司令長官?」
たくさんのオレンジの目玉が集中し、バジル長官がそれを一手に受けた。
「あぁ、知っておる」と切り出し、
「ワシの信念は管理者の滅亡だが、アーキビストだけは別格だ。これからの銀河を統治するのはアーキビストのグループだ。この星域ではもっぱらの噂となっておる」
「それでアーキビストとは何ですか?」
焦燥感を滲ませて迫るザグルへ、長官は鋭い視線を向け、
「歴史の管理者となるグループだ。連中はまもなく時間航行の技術を完成させるらしい。そうなればアーキビストは本当の意味での時間の管理者となるんだ」
「となれば……宇宙全体の管理者になるじゃねぇか」
「あぁそうだ。権力だけでのし上がっている今の管理者とは格が違う。本物の管理者と言っても言い過ぎにはならんだろう」
「グロロロロォ……」
ザグルが重々しく極低音で吠えると、でかいワニ顔を優衣へ旋回させる。
「その代表者だと言いたいのか?」
「あ……まぁそうなりますよね」
謙虚な優衣は決して、隣のバカみたいに胸を張らないのだ。
「そうよ。この子はS475なのよ」
ザグルたちは無反応だったが、セキュリティの連中は音をあげてたじろいだ。
「S475! 時間監理局のアーキビスト………」
それを目撃したザリオン艦隊の連中は、弾けるようにミリタリージャケットの襟をバシッと正すと、全員が同調した動きで玲子の前に集まった。そして申し合わせたみたいに片膝を床に着け、胸へ拳を当てる。
「「「「「ゲッダッハゥヌ!!」」」」」
仰天するセキュリティたちの目を気にすることも無く、声を揃えてザリオン人が膝を折ったのだ。
信じがたき光景さ。俺だって信じられないぜ。ザリオンの戦士がオンナの前でひざまずくなんてな。
「じゃあ、ここは埃っぽいので銀龍へ移動しましょう。そこでもっと詳しい話をすればいいわ」
「ちょっと待てよ、社長がなんと言うか……」
俺は大いに声を落として忠告する。
「ザリオン人が11人だぜ……、船を乗っ取られたらどうすんだ」
玲子はキッと俺を怖い顔で睨み、
「肝っ玉の小さい男ねぇー。あたしはこの人たちのヴォルティ・ザガなのよ。新たな戦士が増えるなんて、これはまたとないチャンスでしょ。ぜったい誰にも文句は言わせない」
優衣が黙認するからには、何かしらの効果はあるかもしれないが。
「だけど艦隊を引き連れてウロウロできねえだろ?」
「そんなのはもう考えてあるわ。必要になったら召集をかけるのよ。体育会系はこれがいちばんなの」
学生のサークルとはだいぶ違うと思う。
「知らねぇからな……」
俺は捨て鉢気味に言いのけ、玲子はそれを了承と受け取り、通信機に向かって堂々とした声で伝えた。
「パーサー。11名のお客様をお連れします。第一格納庫のハッチを開けといてくださいね」
通信機からパーサーの慌てふためいた声が伝わってきた。なぜ格納庫なのかと。荷物じゃないんだからそう尋ね返すのはもっともだな。
「あのね。ちょっと大勢なのと……」
少々言葉を探りつつ、
「大柄な方が多いので……正規の搭乗口からだと……」
最良の言葉を探して思考を巡らせるが、
「つっかえるかも知れないのよ」
《つっかえる? 何がです?》
その声からパーサーの困惑する表情が想像できた。銀龍の正式な搭乗口は身長が3メートルを超えるシム・スダルカ中佐が通れるようには設計されていない。
改めて天井に頭を擦りつけている中佐を見上げる。
やっぱ、つっかえるよな──。
応援ありがとうございます!
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