アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  シンクロ率100パーセント  

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 まるで子供に自転車でも買い与えたみたいにして、ぽんとヤスにプレゼントされたL級のシャトルクラフト。

「さすが、アネゴとユイねえさんだ。やることが半端ねえ、宇宙規模のサプライトだ。よかったなヤス!」
「サプライズっす。あにい」
 とつぶやきつつ首を捻り、もう一度見上げる。

「でも、こんなすげえもん受け取れやせん」
「ヤス……」
「気にしなくていいのよ。ユイはお金持ちなんだから」
 それ、二度目です。アネゴ。

「ヤスさんの大切な愛車を壊したのですから、これぐらいは当然です。それに以前、高速道路でリアゲートを吹き飛ばしたお詫びも兼ねています」

「高速でリアゲート吹っ飛ばしたのは、アカネさんだろ?」
 そうか。姉としての責任というやつか。

「あの時は、いささか酔っていましたので自制心が薄れていました。お詫び申し上げます」
 時々、この人は妹と自分をごちゃ混ぜにして会話に載せるから、オレは戸惑ってしまうのだ。

「しかし、ユイねえさん」
「おいおい、ヤス。お二人の真心のこもったプレゼントだ。これで断ったら逆にオマエの漢(おとこ)気が疑われるぜ」
「でも。あにい……」
 ヤスは思いつめた暗い顔をもたげ、
「オレ、操縦できません」

「あ……。だよな……」

 オレもアネゴに振り返り、
「こんなことを言うのもなんですけど、クルマと宇宙船の操縦はだいぶ違うものがあると思いやすぜ。今から教習所へ通う時間もなさそうですし……」

 姐御は当たり前だと言わんばかりの目の輝きで、
「そんなこと解かってるわよ。とにかく出発するわよ」
 ヤスの背を押して、シャトルの乗降口へと向かった。

「そうか。自動操縦ってヤツっすね」とか言うヤスの目の前に、タラップがゆっくりと下りてきた。
「フルオートで飛ぶんだな」

 なるほどな。
 これだけ技術の進んだ惑星のシャトルならじゅうぶんにあり得る。でもちょっと不安が残るのは、機械仕掛けに疎い者の悲しい性だ。一抹の不安を拭い去ることはできずに、オレは最もしんがりからタラップを登った。

 だいたい鉄の塊が空を飛ぶところからして、意味不明なんだぜ。



 シャトルの中は明るく、思った以上に広かった。
 考えも及ばない複雑な装置が並んだ操縦席を想像していたが、それは船首のほうに少しあるぐらいで、シャトルの腹の中央には横2列の座席が3席並ぶ、6人掛けのゆったりとしたスペースを持って設置されていた。ファーストクラスと言っても過言ではない。座り心地はよさそうだ。

 その前面をガラス張りにした2席の操縦席。ヤスの白バンにもあったが、奴の言う制御パネルと呼ばれるモノの超未来形のコントロールパネルが広がっている。

「タッチパネルっすよ。あにい」
 よく解からんが、オレだって興奮していた。

「すげぇな。水族館みたいだな。前面がガラス張りだぜ」
 興奮の程度が低いってか?
 ほっとけ。

『ゼシルコートを結晶化したキャノピーです。至近距離での核兵器の使用にも耐え得る強度と透明度を誇ります』
 シロくんが何を言いたいのかはさっぱりだが、とにかくすげぇ未来っぽいことを言ったようだ。

「ヤス。さっそく座らせてもらえよ」
 高級そうな革張りの操縦席にヤスを誘ってみる。

「すげえぇぇぇ」
 ふかふかした座席にゆっくりと尻を落としながら、透明度100パーセントに輝かせた視線を巡らせて、
「ハンドルがねえっす」
 寂しげにそうに言った。

 だろうな。ハンドルを抱かなきゃ寝れねえ性分だからな。

 オレも隣の座席が空いていたのでそこに腰を掛ける。ま、言うなればヤスの左側はオレの指定席だ。よくあるだろ、飲み屋のカウンターで、いつもと違う側に座ると気持ち悪いってヤツ。あれだ。ヤスの左側、助手席はオレの存在するべき場所なんだ。



『ブートストラップカードを挿入してください』
 操縦席に声が落ちた。

「おーおー。いっちょ前に銀行のATMも付いてんだ」
 と言った途端、アネゴに首根っこを引っ掴まれて下がってろと叱られた。

「あなたが操縦するんじゃないから、いちいち反応しないの。時間が無いのよ。今すぐターミニオンに出発するんだからね」
 晩飯食って、散歩する時間があったくせに。

 とにかく黙りますからと。助手席を確保して見守ることに。
「ブートストラップカードと言うのは、さっきラルクさんから頂いたカードのことです。起動のイベントを発生させます」

 ニュータイプの霊能力者はこういうもんにも強いんだな。
 勉強になるから、いちおうメモっとこう。

「ブートストラップカードは、銀行のカードとは違う……と」
 で、何の支払いに使うんだ?
『身体データを計測します。正しく座って正面を見てください』
 身体検査もするんだ。すげえな。

 パシッとフラッシュが飛び、瞬間、瞼を閉じるヤス。

「お? お、お、お、おおぉ」
 すぐに起動音が響き、操縦席の端から細かな豆粒みたいな光が灯っていく。昔見たアニメみたいだ。

「どうだヤス? シンクロ率はいいのか?」

「マサ。下がらすよ!」
 姐御には冗談が通じないようだ。たぶんあのアニメを見ていないんだろうな。

 いつの間にか隣の操縦席の前にシロくんがちゃっかり不時着。体から何やら出てきて。
「ゲッ。な、何んすか、あれ?」
 シロくんの体から次々と金属製の金具が組み上がって、時計のベルト。いや。それにしては長いだろ。でも見る間にそれは1メートル足らずの長さに、それも2本だ。

 新たな展開にワサワサしだすオレの後ろから、
「出発するのよ。ジャマするんならマサは後ろに座らせるよ」
「おとなしくしやす」
 膝に手を当てて、じっとする。


『片方を操縦者の額に装着してください』
 と言うシロくんの指示に従って、ヤスがオレの額に付けようとするので、
「バカ、オレは野次馬だ。操縦者はオメエだろ」
 ヤスはニタリと笑って素直にベルトの端を額に付けた。

 ちょっとのあいだ気味悪そうな仕草をしたが、すぐに驚愕の状況に息が止まる思いに。

『言語マトリックスのダウンロードが完了しました。以降は操縦者の指示に従います。コマンドを入力してください』

「はぁ?」
 ベルトを額に張り付けたまま首をかしげるヤスの気持ちは、オレも痛いほど同情できる。何のことだか解からない。
 しかしそれは突然と変化した。

『アニイぃ? どこ行くんすか? どこへでも飛びやすぜ』

「「い~?」」
 ヤスとそろって正面の操縦席へ視線を飛ばした。

 操縦パネルのど真ん中、尖った船首に伸びるステーの中央に薄黄緑色の光を放出する部分がある。喋りに合わせて光の強さが変化する、そうだな幅20センチ、奥行きはその倍の長方形のプレートだ、それが喋った。

 キョトンとするヤスに訊く。
「お前、何言ってんの?」
「お、オレじゃねえっすよ」
 と、丸めた眼玉を返すヤスと、
『アニイ。早く行きやしょうや。今日は気分がいいんだ。ぶっ飛ばしましょうぜ』

「あの……これは?」
「シロタマさんのステージ4ですよ」
 そんな答えを待っていたのではありませんぜ、ユイねえさん。

『神経インターフェースです。あらゆるCPUと頭脳を接続します』
 シロくんの説明では、よけいに解からなくなる。

「アネゴ?」
 後ろで大あくびをしていた。

「シロくんは何言ってんすか?」
 唯一この中で、最もオレたちと頭脳レベルが近い人に助けを求める。

 その人は「失礼ね」とか言いながら、
「んとね。この船はヤスくんの制御下に置かれたの。抵抗は無意味よ」

 何だろ。聞いたことのあるセリフだが。こういうシンクロってありなのか?
 ま、いいか。深く考えるのはやめよう。所詮オレには難しいことは解からん。

「ヤス。どうやらお前の自由に動くそうだ。シンクロ率100パーセントだ。ちょっと動かしてみろ」
「でも、あにい。喋る乗り物って気味が悪いっすよ」

「バカやろ。なんでも進化したものは言葉を話すんだ。クルマだって喋る時代だ。宇宙船が喋るのは当然だろ」


『ヤスよぉ。早く行こうぜ。オレさっきからウズウズ感がたまらねえんだ』

「あにい。こんな口調のシャトルって、何か変じゃないですか」
 もっともだ……いや、すごく変だ。

『シャトルの言語制御はそれを構築したマトリックスの提供者に依存します』
「もう少し、解かりやすく説明してくれよ」
 シロくんに訊いたのに。

『マサのアニキよー。ヤスの頭を基礎にしてんだから、そりゃあ、ムリちゅうもんすよ』
 ヤスは苦々しい顔をオレへと向けて瞬いた。こいつの唇は一文字に閉められたままなので、確かに答えているのはこのシャトルなんだが。

 せっかくイメージしていた超未来のかっちょいい宇宙船が、一気に身近な任侠臭い香り漂う物体になっちまった。これなら白バンのほうが寡黙的な分、可愛げがあった。

 何だか、どっと疲れたぜ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「すげぇぇぇっすよ! あにい」
『あたぼーよ。前の持ち主が族仕様にしてくれてんだ。舐めんなよ』

「………………」
 欣喜雀躍(きんきじゃくやく)寸前のヤスと、シャトルのノーズ(船首)で光るパネルを繰り返し横目ですがめる、オレ。
 再び襲って来た疲労感にがっくり頭をしな垂れ、耳は二人の会話へと傾けた。


「なあ、シャトルくん。前を走ってる、変なカタチした宇宙船を追い越せるか?」と尋ねるヤスに、気軽に返答するシャトル。
『お安いごようだ、ヤス。でもな。ここは宇宙なんだ。走るとは言わねえぜ。飛ぶだ。飛ぶ』

 そう言うと、シャトルは瞬間に銀の光線にでもなったような加速を見せて、前方を飛んでいた宇宙船に追突する勢いで迫り、しばらくそのケツを煽る仕草をしたあと、数回フラッシュみたいに強烈な光を点滅させてから、一気に抜き去った。

 宇宙船の表面に這わされていた色々なパイプ類が超アップに迫り、すぐに引き千切る速さで後ろにぶっ飛んだ。ついでに数本のアンテナらしき物体が飛び散ったところをみると、わざと接触させたみたいだ。

 走り方、いや飛び方が荒っぽい。つまり族っぽい。
 過去の記憶がフィードバックしてきて、オレは眉をひそめる。昔、こいつはヒマがあったらこいう遊びをしていた。

《こらー。どこの族だ! 短距離センサーのアンテナアレイが吹っ飛んじゃないか。この野郎、逃げる気か! 待ちやがれ!》

 今追い抜いた宇宙船のパイロットだ。そりゃもう、えらい剣幕だ。
 ――ああぁ。デジャヴだ。昔の再来だ。

『バカヤロー。待てと言われておとなしく待つヤツがいるかってんだ。なあ、ヤス?』
「あたぼーだ。誰が待つかよ!」

 意気投合してやがる。まるっきりヤンチャしていた頃のヤスだ。

 しばらく「待ちやがれ」と言う通信が聞こえていたが、その後、船の姿は数秒で消えた。

「ヤス……あんまり無茶すんなよ。まだ慣れてねぇんだし」
 オレは白バンの助手席に乗っていた頃に、一度も出したことの無いセリフを吐いていた。

「だいじょうぶでさ、あにい。こいつオレの思うとおり動いてくれるんだ。まるでオレがシャトルになった気がする。こんな気分は久しぶりなんだ」

『当たり前だ。最新の神経インターフェースだぜ。ヤスの脳と一体になったんだ』
「シャトルよ。オメエのスペック教えてくれよ」と訊くヤスに。

『シャトルって他人行儀な呼び方しねえでくれよ。何か名前付けてくれよ、なまえ』
「ん……」
 珍しくヤスは考え込んでいた。

 確かにこいつは白バンにも名前を付けていたが、決して人前では口に出さなかった。飛び立つ宇宙船を追って滑走路を走っていた時に、何かつぶやいていたが、あの爆音では聞こえなかった。

 いつまでも躊躇するヤスに言ってやる。
「これだけ身近になったお前の分身だ……」 
 いや分身どころじゃない。ヤスそのものだと言ってもいい。

「やっぱ。何か名前を付けてやれ。白バンと同じ名前でいいんじゃないか?」
「ヨウコちゃんすか?」

『は――っ? オメエ、前の愛車にそんな女々しい名前付けていたのかよ』
 ちょっとうるせえな、この宇宙船。

「いいじゃねえか。レディースの頭張っていたヨウコちゃんだ。どこが悪い」

『ま、あの白バンならお似合いか……。でもオレにはそんな乳臭ぇ名を付けるな。付けやがったらぶん殴るぞっ!』
 どうやって殴る気だろ?

「そうだな。オマエはヨウコちゃんて雰囲気じゃねえもんな」
 宇宙船に言い包められていやがる。気の弱ぇ面があるな、こいつ。

「じゃあさ。あたしが付けてあげようか」
 と後ろから口を挟んで来たのは、この人もあまり静かに座ってられない性分の姐御だ。
 ヤスがシャトルの慣らし運転をしているあいだ、後部座席でゴソゴソしていた。

 ――って!
 その手に持つ物。
「アネゴ! ワインじゃねえすか!」
 体がねじ切れる程の勢いで振り返る。

「えへへへ。差し入れよ。こっそり食糧庫に入れといてもらったの」
「誰からでやすか?」
「自分の落ち度で怪我をしたバカに命令して、社長に内緒で転送してもらったのよ」

「ユウスケの旦那っすか」
「そ、あたしの、いい家来なのよ」
 にこりとする明るい笑顔に、ちょっと嫉妬する。

 あんた何人家来がいるんすか?


「そうだ。このシャトルの名前、ユースケにしようよ」
「いやー。ちょっとイメージが……」とヤス。
 オレ的にはどうでもいい。姐御からグラスを受け取り、ワインを注いでもらえればこれ以上の幸せは無い。

「うん?」
 ユイねえさんがシャトルの最も後部。空気清浄機の排出口まで逃げ込んで迷惑そうな顔を向けていた。
 アカネさんはイケる口だったが、この人はゲコなんだろうな。

『ユースケか……。辛気臭ぇ名だけど。アネゴがそう言うのなら、オレはかまわんぜ。な、ヤス?』
「オマエがいいなら、オレもいい」

 もっと慎重に考えたほうがいいんじゃね?
 どーでもいいけどな。

 それよりもオレは一つの不安材料をずっと持ち続けている。中堅ヤクザになると、ただ突っ走るだけではない。考えることだってするのだ。
 シャトルの命名はヤスに任せて、オレは後部座席へと歩み寄った。

「アネゴ……」
「何よ改まって?」
 いつもにも増して真剣なオレの顔をまじまじと見る姐御の面持ちは、少しアルコールの影響も加わっていて、とんでもなく色っぽかった。

「ザリオンが神と崇める用心棒の存在が気になりやせんか?」
「別に……」
 と言って、ワインをグイッと煽る。

「連中は戦士なのよ。恥をかくぐらいなら死を選ぶ種族なの。人からの助けを求めることなんかしない。だからあのダウンタウンで酔っ払いが言っていたのは……」
 再び、ぐいっと煽るその飲みっぷりは男性的だ。こっちも引き摺られそうになるが、気をつけないと潰されてしまう。

「言っていたのは?」
 グラスを持ったまま姐御の言葉を待つ。

「ウソを言ったか、見間違えたかよ」
「そうかな?」
 オレもグイッと一気に飲み干し、しばし黙考。

 操縦席で無二の親友と再開を果たしたようなヤスのキラキラした目に微笑みを浮かべながら、頭の中はとてつもない怪物を想像していた。
 何しろ、あのティラノくんみたいな連中が神と崇める存在だ。

 ブルルッ

「寒ぅぅぅぅ」
 ユイねえさん。空調いじってません?
 振り返ると、やっぱりエアコンの風向きがこちらに合わされていた。
  
  
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