アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第四章】悲しみの旋律

  ハチの巣を突っつく  

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 十数分後。すっかり太陽化した惑星から噴き上がるフレアー越しに、こっそりと忍び寄る銀龍。連中を真横から眺める位置に到着した。
 作業に従事する船の周りを囲むように浮遊するデバッガーの姿は、女王バチを守る働きバチを想像してしまう。

「なんや、あの青い光」
 六角形の船底から惑星内部に向かって放たれる光の束だ。

『トラクタービームです』
 冷たい女性の声で報告モードがそう言った。

 何でも知ってやがるな、こいつ……。
「で? 何なんだ、それ?」
 俺は、なーんにも知らない。ほっとけ。

「重力子をビーム状に絞って相手を補足するものです」とは優衣。
「銀龍を瞬間的に宇宙へ撃ち出したヤツと似てるよな」

「そーでしゅよ。ローリングシャンパンボムとよく似た技術デしっ」
 と言ってから、
『それを逆向きにし、ビーム状にしたのがトラクタービームです。蒼い光は冷却用のラジカルを噴霧しています』

 そこで女性の声になって報告する必要があるのかよく解らないが、ようは、
「それでプロトタイプを引き出そうというワケか」
「ラジカルって、ドゥウォーフの人らがドロイドを破壊する時に利用していた状態遷移反転溶剤やんか。あんなもんの技術も盗んでまんのか。大泥棒やな」

 ラジカルと呼ばれる物質は、俺たちも初めはビックリした物質で、温度が1200℃に達した後、強いショックを与えると状態が反転し、一気にマイナス150℃になると言う特殊な物質さ。ドゥウォーフ人らはデバッガーの前身となったドロイドに襲われると、まずラジカルと油の混ぜた物をぶっかっけて火を点けて燃やし、その後、強いショックを与えて瞬間冷凍。固まったところで踏み潰していた。

 2年前の話さ。いや、3500年前になるのか?
 ま、どうでもいいか。
 それよりあいつらは自らを苦しめていた物質であろうと、使えると思ったら平気で使うんだ。まったくもって無機質な野郎どもだ。

「せっかく銭(ぜに)使おうて調理(核融合)してまんのにエライ大損や。阻止しまっせ。パーサー、核弾頭プローブ発射準備や。裕輔はフォトンビームの照準ロックを起動。ここで引き上げられたら生煮えでっせ」

 洋食屋の店主みたいなこと言って社長はパーサーと俺に命じた。
「裕輔、準備はええか?」
 俺の首筋に生暖かい息が当たる。

 同じ吐息でも、玲子やアンドロイドのくせに甘い吐息をくれる優衣のなら、どうぞぶっかけてください、と手を広げて、なんなら顔面にかけていただいても結構なのだが、男からのだと鳥肌が立つのは、同種の電磁力は反発し合うという宇宙の真理と同じなのだ。

「社長。もうちょい離れてくれる? 何かやりにくい」
「どや。シロタマに頭頂部へ近づかれたときの、ワシの気持ちが分かるやろ」
 えらいもんと一緒にしやがったな。

 ハゲオヤジは鼻でふふんといなし、
「威力を試してみようやないか。連中の中心付近までプローブが近づいたら爆破や。外すなや、裕輔」
「分かったから。こそばゆいって」
 
「その前に社長さん。アカネをこの場に同席させてください」
 そう聞いてピンときた。優衣は時間のパスを使ってこれを切り抜けるつもりなのだ。茜が受ける経験は未来の優衣へ筒抜けになる。

「わかった。やりなはれ」




「あのぉ……居てもいいんですかぁ?」
「きゅらりゅ?」
 うるさいからどこかへ行っていろと咎められた茜とミカンが、遠慮ぎみに司令室に入って来てビューワの真横に立った。
 この状況でミカンは役に立たないが。追い出すのもかわいそうなので黙認。

「ほな、アカネ。スクリーンの映像を記憶デバイスに焼き付けるんやで、ほんで未來の優衣へ伝えてや」
 その未来の優衣がここにいるからややこしいことになるのさ。

 優しげに促し、社長は厳しい声に切り替える。
「パーサー。右側の集団中心部へ向けて、一番機発射や!」
 鈍い音を響かせてプローブが発射された。大きく右カーブを描きながら連中の鼻先目がけて突き進んで行く。

「プロトタイプを引き上げるんで必死なんや。プローブなんか見向きもしよらへん」

『連中は自分たちにとって脅威になるものか、有益な情報を持つものにしか興味を持たない習性があります』

「ほんとだ。シロタマの言うとおり、突進してくるプローブに注意を払うデバッガーが一体としていないぜ」
「好都合や。集団に最も近づいた時に爆破すんねやデ」

 照準は自動的にロックされていて、勝手にプローブを追いかけてくれるので、俺はディスプレイに表示されている距離がほぼゼロになるのを待って、トリガーを叩くだけさ。

 コルクの栓を捻り上げたような甲高い音を出して銀龍からビームが一閃する。一拍空けて、巨大な閃光が炸裂。右集団のど真ん中でプローブが爆発。
 核弾頭の爆発は思った以上に威力があったようで、圧力に耐えかねたデバッガーが爆散していく。

「ええ調子やがな。一発で四分の一ぐらい吹き飛んだんちゃうんか?」


 ところが――。

「散開します」
 と優衣が言ってから一拍おいてデバッガーが散開する。まるで書かれたシナリオを読み上げた、あるいは優衣の言葉に連中が従ったような光景だった。

 これが時間のパスだ。茜の記憶は優衣の歴史、茜がここに立った途端、優衣は未来が見通せる。

「うぁあ。すごいことになりましたよ」
 のんびり感想みたいなことを述べた茜に釣られて視線を振った。

 まるでハチの巣を突っついたような有様だった。
 軌道上で黒い塊となっていたデバッガーの群れが放射状に散り、中心部は密度が下がって空間ができたが、その分黒ぽい雲が大きく膨れた。

 優衣は手元にある通信マイクを引ったくると早口で伝える。
「機長さん! 相手は索敵行動に移ります。スキャンビームに気を付けてください。どれが狙ってくるかワタシがコンマ5秒未来の情報をコックピットのディスプレイに光学ポインタで示します。退避までの猶予はそれ以下になりますが。いけそうですか?」

《ユイくん。オレを過小評価しないでくれよ。コンマ3秒もあれば余裕さ》
 たぶんこの人なら楽勝なんだろうな。機体に付いたゴミを取るのにマッハで飛んだまま。ボディの腹を地面スレスレに近寄らせて、風圧で落としたという、あり得んことを平然とやり遂げる人なんだ。玲子といい、変人ぞろいだぜ、まったく。


「なぜコンマ5秒なんだよ。もう少し余裕のある時間じゃダメなのか?」
「こちらに時間のパスがあることをネブラに悟られたくないために、極力短時間で自然に行なうのが最良なんです」

 時空修正をするには時間項となった者が実際に手を出さないと、正しく未来が開けていかないと言う意味が理解できそうだった。
 どのような結果が待つかは思いも寄らないが、現時点では機長の神がかり的な操縦でデバッガーの索敵ビームを避けるのが時間項のようだ。逆に連中に見つかることが時間規則違反となる。だったら何もしなくても見つからないだろ、とはいかない。現実はそう甘くないのだ。そうなると今度は別の歴史に逸れて行くことになり、本来の目的からも離れてしまい、元の流れに戻すのが困難になる。未来の出来事を知らせると人間は必ず手抜きをする。だから優衣はめったなことでは先の話をしない。しかし今回のようにきわどい場面では、薄氷を踏む思いで誘導していくのだ。


 水素の火炎(かえん)があいだを遮るように躍り狂うはるか遠方に、デバッガーの集団が浮かんでいる。
 優衣はポインティングデバイスで映像を指し示し、機長が気張る。

「右から三番目、スキャンビームが来ます!」
《っしゃ!》
 短い掛け声と共にビューワー内の光景が右肩上がりに傾き、すぐ脇を赤い輝線が貫けて行った。

《オレの愛娘(まなむすめ)に手を出すなんて百年早いんだっ!》

「すっげぇ。紙一重でかわしたぜ」
「ゆうたやろ。もと戦闘機乗りや。こんなん日常茶飯事や」
 と伝えつつ、社長は元の水平角度に映像が戻るのを待って、玲子に命じる。

「カメラのジャイロを入れなはれ、今日は派手に揺れそうでっせ」
 ようするに銀龍が左右にロールしても映像を動かなくする。まぁ船酔い抑制装置みたいなものさ。

「奥から、もう一本、スキャンビーム!」
 ビューワー内の画像に揺れは無かったが、わずかに重力の変化が伝わり、銀龍の真上を赤光の細いビームが通過した。

「ひゅー。頭すれすれだぜ」
 ハゲめ……。
 なぜか、俺はツルピカの天辺を思い出していた。

「一斉放射が来ます!」
 数十体のデバッガーが同時に放出した赤いビームが網の目みたいに張り巡らされたが、機長は素早くすり抜けて、機体を炎の中に隠した。

「うっひゃぁ。オラちびりそうダす」
「頼むからトイレでちびってくれ」

「パーサー、2番と3番プローブ発射準備や。今度は左右からもっと回り込んだコースで突っ込みまっせ。発射位置を測定できんぐらい大きく回り込ましてくれまっか」

《承知しました》
 執事が応えるみたいな、冷静で落ち着いた声から数秒後、2本のプローブが発射された。

 社長の要望通りそれらは、一旦、てんでお門違いの方向へ飛び去り、だいぶ経ってスクリーンの左右から姿を現した。
 右と左に別れたプローブは惑星の周囲をぐるっと回って、連中から言わせれば前後から挟み撃ちにしていた。

「裕輔、できる限り同時に撃ち抜けるか?」
「やってみる。こんな戦況はごまんと踏んで来た」
 ゲーセンでな。しかも酒に酔ってだぜ。

 ここに来てシロタマが作った人を小馬鹿にしたようなヒューマンインターフェースが、自分の手に馴染んでいたことに気付く。プローブの操縦コントロールもそうだし、このフォトンビームのコントローラーだって、よく考えれば俺の得意なゲーム機と同じ仕様だ。三つに並んだショットボタンから操作レバーまで、絶妙な配置だった。

 緑色十字マーカーをまず右のプローブに当てターゲットロック。後は左の標的を睨みつつ、ビープ音の変化を待つ。
 合図の音が鳴れば、
「それっ!」
 ショットボタンを叩く。
「おほぉ。ストロークまであのゲーム機と同じだぞ。恐るべし、あんにゃろ~。俺の好みを知り尽くしてる」

 おっと無駄な思考は禁物。すぐに左の標的にマーカーを移動してロック。同時に発射の合図。素早く撃つ。
 両方のプローブが派手に爆発。無数のデバッガーを木っ端微塵にした。

「こんどは……」
 と社長は切り出し、俺の顔色を窺いながら通信機のマイクに尋ねる。
「2機は上下。1機は後ろから回り込めまっか?」

《最も飛行距離のある4番から発射。5番、6番を上下から向かわせます。3機同時ですがユウスケくん、大丈夫ですか?》

 しーませんねー、お二方。毎度ご心配おかけして……。
「俺だってやるときはやるぜ」
 と意気込んでみたものの、上下から撃ち込まれたプローブは爆破させたが、奥から向かってくるプローブはよく考えたら、こっちを目指して舞い戻って来るのだ。標的が極端に小さくなって照準ロックがうまくいかない。超、焦りつつビームを発射。

「あっ!! 弾かれたっ!」
 ビームの進行があり得ない方向へと折れ曲がり、宇宙の彼方へと消えた。

 爆発しなかったプローブは、まっすぐこちらへ突き進んできたが、パーサーが進行方向を惑星へと落とし、そのまま紅蓮の炎の奥へと侵入して行った。

 発射された高エネルギービームをいとも簡単に反射する物と言えば、
「ディフェンスフィールドです」と優衣。

 改めて言うまでもない連中の持つ最大の防御壁、ガラス状のディフェンスフィールドだ。粒子加速銃で発射された高エネルギーシードでさえも弾く。このあいだのバブルドームで、優衣が撃ったシードがあのガーディアンをブチ抜いたのは、奴の不意を突いたからであり、厳戒態勢に入った連中を簡単に潰すことはできないのが普通だ。


 今のところ、連中は核弾頭付きプローブの発射位置を把握できていないらしく、こっちへの攻撃の気配は無いが、爆発で散り散りになった群れが再び集合し始めた。
 周囲をスキャンするグループと、プロトタイプを引き上げるグループに別れ、途切れていたトラクタービームを再放出。その中で無駄な動きをするデバッガーは皆無。統制の取れた動きをするところから察するに、450年未来に存在するネブラからの司令が行き届いていると考えられる。

 しかも戦況が少し変化してきた。俺たちにとってヤバイほうへな。
 索敵行動に切り替わった連中から、集中してスキャンビームが銀龍を鋭く射してきたんだ。
 それらはすべて優衣の指示と機長の神業的な操縦で回避したが、こりゃあ寸時も無駄にできない。

「やばおまっせ。ワシらの位置が探り当てられてまんがな」

《船体腹部の表面温度が限界値です。背面飛行で別のエリアへ移動します》
 と伝えて来たのは機長だ。
「かまへん。おまはんの思うとおりに動いてエエで。操縦に関しては全権を委譲しまっからな」


 床がぐらっと揺れた感じが伝わるが、人口重力は常に足を下にして機能する。たぶん宇宙へ晒していた冷たい背面を惑星側に向けたんだ。

「こりゃあ。のんびり花火の見物みたいなことしてられまへんデ」
 銀龍は何の揺るぎも無い機敏な動きで進むが、司令室に緊迫した空気が色濃く浸透してくるのが肌で感じる。

「デバッガーを破壊してからプロトタイプを握りつぶすのはもう無理や。連中がプロトタイプを引き上げたところを横から狙う作戦に変更すんデ」

 ハチの巣をひっくり返して収拾が取れなくなってしまった間抜けな害虫駆除業者じゃないけれど、とにかく女王蜂さえなんとかすればいいわけで――惑星から猛烈な勢いで放出される高熱の炎を盾にしばらく静観することとなった。


 ここに隠れているとプラズマ化した水素フレアーはちょうど良いシールドになり、奴らのスキャンビームが届かないのだ。
 機長は時折銀龍を裏返して高温になった機を冷たい宇宙へ晒して冷却していた。まるでモチか魚を金網の上で炙(あぶ)るようだ。

 しかし時間的猶予はあまり無い。
「なんだか蒸し暑いダすな」
「室温が上昇中ですから」
 田吾に向かって、不安げに説明する優衣。

「お前の場合は太り過ぎなんだ。俺なんてまだ余裕だぜ」
「そうよ。サウナにでも行ったと思って辛抱なさい」玲子も俺に追従。
「ほんまや。タダでっせ。銭払わんと風呂に入れるんや。儲けもんやがな」
 さらに社長も追いかける。
 しっかし、そこから離れんオッサンだな。

「そんなに口をそろえなくても……」
 不満げに顔を歪める田吾から、俺はビューワーへ視線を移した。
  
  
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