25 / 26
25話 何もできなかった
しおりを挟む元村は、魔に魅入られた迅を、静かに諭した。
魔に心を奪われた人間は、ときおり、狂ってしまう。
だから、迅をこちら側に引き留めようとしたのだろう。
「月読は、もういない。俺達の日常は、元に戻るんだよ」
「嘘だッ!」
迅は激しく叫んだ。
首を振って、言葉を絞り出す。
「……愛してたんだッ」
今でも、愛しているのに。
「一緒に行くと、約束したんだッ!!」
瑠璃に、永遠を誓った。
ずっと傍にいると、約束した。
無垢な心で、迅を愛してくれた、天使のように愛しい人。
「どうして、俺を連れて行ってくれなかったんだッ!?」
迅は、そばにあった薔薇をベッドから払い落とした。
どんなに芳しい匂いを放っても、瑠璃の甘さには敵わない。
「止めろ、加佐見」
元村は迅の腕を掴み、諭すように言った。
「もうここには誰もいない。諦めろ」
「諦められるわけないだろう!?」
迅が、どれほど瑠璃を愛していたか、知らないくせに。
「もう二度と、瑠璃に逢えないかもしれないんだッ!!」
遠くへ行く。
そう言ったのだ。
彼らは、人間ではなかった。
でも、そんなことは、どうでも良かった。
「俺には、瑠璃だけだったのに!!」
どんなに涙があふれても、この悲しみを癒やすことはない。
思い返すほどに、記憶は鮮明で。
染みついた薔薇の香りと、瑠璃の匂いが、今も迅を包んでいる。
「……仕方ねぇだろッ」
迅の激情を目の当たりにしても、元村にはそう言うしかなかった。
彼らは人外の者だ。
人間を襲い、害をなす者を恋い慕っても、決して幸せにはなれない。
「……一人にしてくれ」
迅は、絞り出すような声でそう言った。
「分かった。ドアの外にいる。だけど、お前が変な真似しないように、ちゃんと見張ってるからな」
元村はそう忠告する。
迅が自殺を図るのを止めるために、そう言ったのだ。
「……」
迅は黙って頷いた。
元村は、迅を痛ましそうに見つめて、部屋を出た。
一人になっても、迅の涙は止まらなかった。
どれほど瑠璃を愛していたか。
心をもぎ取られたように苦しくて、このまま死んでしまいたかった。
元村は、懐に仕舞ったお札を取り出した。
家の中には、清々しい朝の光が差し込んでいる。
朝方に、加佐見家の使用人から「坊ちゃんが帰ってこなかった。行き先を知らないか」と尋ねられ、慌てて探しに出たのだ。
そして、月読が住んでいた洋館に辿り着き、この部屋で迅を見つけた。
迅が、何かにとりつかれたのは、明らかだった。「瑠璃」というのが誰か分からないが、月読が関係しているはずだ。
「畜生っ」
胸に引っかかったモヤモヤは、いまだに晴れない。
その原因も、分かっていた。
「月読の野郎ッ!」
この家に住んでいたはずの彼は、姿を消してしまった。
もう、学校にも来ないだろう。
だから、この街も平和になるはずだ。
「俺は、何にもできなかったな……」
いろんな情報を手に入れて、怪しいと思う奴を問い詰めたのに、結局は何も変えられなかった。
「……あいつ、泣いてたなぁ」
迅の泣いている姿など、幼少の頃以来ではないか。
『愛していたんだッ!』
迅はそう叫んでいたが、愛とは、いったい何なのだろうか。
元村には、分からない感情だ。
しばらく経つと、部屋の方から聞こえる泣き声が、小さくなった。
ようやく、落ちついてきたのかもしれない。
元村は、ホッとして目を閉じた。
これで、全てが終わったのだ。
迅は、生きている。
恋を失った男が立ち直るまでは、そばで慰めるのも、友人の役目だ。
「あいつ、立ち直れるかな?」
少しの心配はあるが、いずれ時が解決してくれるだろう。
+ + +
瑠璃は、両手いっぱいに薔薇を摘んで、その香りにうっとりする。
身に馴染んだ匂いは、瑠璃の心を落ち着かせた。
やっと、涙も枯れて、家族に笑顔を見せられるようになった。
曇天の空を、仰ぎ見る。
この広い空の下に、どこかに、迅がいるのだろう。
どうか、分かって欲しかった。
……愛していたから、道連れには、できなかったんだよ?
永遠の煉獄に苦しむのは、瑠璃だけでいい。
「瑠璃っ」
大好きな声に、瑠璃はパッと振り返る。
抱いていた薔薇を放って、駆け出した。
「雨藍っ!」
「瑠璃。もう部屋へお入り」
風が冷たくなっきたので、雨藍は瑠璃を心配して呼んだのだ。
「雨藍。これ、迅に」
一つだけ手放し損ねた薔薇を、兄に差し出す。
雨藍は、優しく微笑んで受け取った。
「あいつにあげるの?」
頭を撫でれば、瑠璃は嬉しそうに頷く。
雨藍は瑠璃の肩を抱いて、家の中へと連れ戻した。
瑠璃が大人しくベッドに戻ると、雨藍が先ほどの薔薇を、花瓶に挿して戻ってきた。
「ありがとう、雨藍」
0
あなたにおすすめの小説
バズる間取り
福澤ゆき
BL
元人気子役&アイドルだった伊織は成長すると「劣化した」と叩かれて人気が急落し、世間から忘れられかけていた。ある日、「事故物件に住む」というネットTVの企画の仕事が舞い込んでくる。仕事を選べない伊織は事故物件に住むことになるが、配信中に本当に怪奇現象が起こったことにより、一気にバズり、再び注目を浴びることに。
自称視える隣人イケメン大学生狗飼に「これ以上住まない方がいい」と忠告を受けるが、伊織は芸能界生き残りをかけて、この企画を続行する。やがて怪異はエスカレートしていき……
すでに完結済みの話のため一気に投稿させていただきますmm
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
今日は少し、遠回りして帰ろう【完】
新羽梅衣
BL
「どうしようもない」
そんな言葉がお似合いの、この感情。
捨ててしまいたいと何度も思って、
結局それができずに、
大事にだいじにしまいこんでいる。
だからどうかせめて、バレないで。
君さえも、気づかないでいてほしい。
・
・
真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。
愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
Promised Happiness
春夏
BL
【完結しました】
没入型ゲームの世界で知り合った理久(ティエラ)と海未(マール)。2人の想いの行方は…。
Rは13章から。※つけます。
このところ短期完結の話でしたが、この話はわりと長めになりました。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる