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3話 推しからの挨拶
「お、拝んでいいかな!?」
「落ち着け、琉生」
興奮するオレの肩を、吉良くんがガシッと抑える。ついでに、体を移動させてオレの視界から結城くんを隠してしまった。
「ちょっ! 吉良くん邪魔ッ!」
「いてッ! 本気で殴るなっ」
「どけろよ! 見えねーじゃん!」
「だから落ちつけって。そんな形相で睨まれたら、結城だってビビるだろ」
「睨んでねーもん!」
吉良くんの肩をつかんで押しのけると、結城くんの顔が見えた。
ドラマの撮影だったのか、普段のイメージとは違うロック系の服装だ。ライダースジャケットにダメージデニム。ちょっと悪そうなイメージもまたカッコイイ。
「足、なっが!」
ほどよく引き締まった体と抜群のスタイルは、生で見ると破壊力が違う。
遠目にかかわらず、うっとりとため息が漏れた。
アイドルになって一番よかったことは、こうやって、ごくたまに結城くんの姿を見かけることだ。年に一度あるかないかの奇跡!
できることなら、「ファンです」って言って、握手してもらいたい!
でも、ガチファンなのは隠さないといけないし、オレみたいな新人アイドルが、超人気俳優の結城くんに握手して欲しいだなんて、おこがましい。
そもそも「お前誰?」って言われたりして……と、そんなことを考えると、怖くて突進する勇気がない。
挨拶したいのにできない、そのジレンマに足踏みしている自分が情けないけど、仕方ないのだ。
今日はラッキーだったなぁ。
生の姿を拝見できただけで幸運だ。そう自分を納得させていると、なぜか結城くんがエレベーター前の集団から一人離れて、こっちに向かって歩いて来た。
ええぇぇッ! なんで!?
とっさに、吉良くんの背中にサッと隠れた。
「は? 琉生?」
「やばいっ!」
「いや、お前何してんだよ」
吉良くんが振り向こうとするのを制して、影に隠れる。
どんどん近づいてくる結城くんに、固唾をのんで通り過ぎるのを待った。ドキドキしながらも、生の結城くんを近くで見たくて、吉良くんの背中からこっそり窺う。
「ぁっ」
ほんの一メートル先に、結城くんがいた。
雑誌やテレビでよく見かける、あの麗しい顔に微笑みを浮かべて、オレたちに会釈する。
「おはようございます」
柔らかな深みのある声にうっとりしかけたが、ハッと気づく。
やべっ! 先に挨拶すんの忘れた!!
大慌てで、頭を下げる。
「おっ、おはようございますっ!」
ヒヤリとしたが、結城くんは笑顔のままオレ達の横を通り過ぎる。
同時に、爽やかな緑の匂いが、ふわりと薫ってくる。大人っぽく、落ちついた香りに、ほぅっと息をついた。
結城くんの香水! 初めて嗅いだ!
オレが密かに陶酔している間に、結城くんは廊下の向こうへ去って行った。エレベーター前にいた集団も、いつの間にかいなくなっている。
「アイツ、ちゃんと挨拶するんだな」
「当たり前じゃんっ! 結城くんはマナーが良いんだからな!」
「琉生も見習えよ」
「うッ……だって、急に来るし……」
推しが近づいてくるのに、平然としてられるわけがない。
でも、オレみたいな新人にも笑顔で先に挨拶してくれるなんて、結城くんは本当に、気さくで感じの良い人だ。
推しへの印象が間違ってなかったことに、深く感動する。
いつか「ファンです」って言っても、快く握手してくれるに違いない。
「一生、推す!」
「はぁ?」
吉良くんが呆れた顔でオレを見た。
「せっかく結城と会ったんだから、握手してもらえば良かったのに」
「そんなことできるわけないだろっ! 最初は、推しに認知されるところから始まるんだよ!」
「オタクの考えることは理解できん……」
吉良くんの呟きは無視した。
+ + +
吉良くんとそんなやり取りをした、数日後のこと。
その日は一日オフだったけど、昼過ぎに吉良くんから電話が掛かってきて、テレビドラマ出演のオファーが来たことを知らされた。
「えっ、ドラマって、オレの?」
「そう! 深夜ドラマだけど、主演だ!」
「オレが!?」
ビックリしすぎて、声が裏返った。
今までもドラマに出演したことはあるけど、だいたいが先輩のバーターで、脇役ばかりだ。可愛い系キャラの脇役には重宝されるけど、主演を張るほどの華がないと陰口をたたかれたこともある。それなのに、いきなり主演なんて言われても信じられない。
「それ、ホントにオレ? リーダーとかじゃなくて?」
うちのグループじゃ、リーダーがいちばん演技はうまい。名前を間違えてるんじゃないかって思ったけど、吉良くんはきっぱり否定した。
「そんなわけないだろ。琉生にって話だったんだ。それに、主演って言っても、W主演だから、そこまで気負わなくていいぞ」
「W主演? もう一人いるんだ?」
「BLドラマなんだ」
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