血の盟約

中原真琴

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血の盟約

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「血の盟約」
 沢渡六十

プロローグ

 僕は目の前の光景に怯える。
 大切な彼女が化け物を殺す惨状に。
 彼女の顔や体は返り血にまみれ夕陽(ゆうひ)に当たり赤く染まっていった。
 やがて、彼女に攻撃されていた化け物は動かなくなった。
 恐らく死んだのだろう。
 僕は恐怖で腰が抜け床にへたり込んだ。
 彼女が僕を見る。
 紅(あか)く染まった顔で。
 そもそも彼女は死んだはずだ。
 ついさっき化け物に首筋を噛まれて血を吸われ……。にも、関わらず彼女は動いている。
「しぐ……れ……」
 喋った。
 僕の名前を呼んだ。
 その声は動揺を孕(はら)んでいる。
 僕は何故だか言いようのない恐怖に襲われた。
(何とか言わなきゃ……でも、何を……?)
 僕は恐怖と怯えでパニック状態を引き起こしながらも必死に言葉を考える。大丈夫か? とか怪我は無いか? とか…。
 しかし、今そんなことを言っても何もならない。現に今そんな状況じゃないからだ。
 僕はますますパニックになる。
 どうすればいいのか分からないからだ。
 僕はただ目の前の惨状に怯え続ける。
 彼女が救いを求めるように僕に向かって一歩踏み出す。
 僕は恐怖で動けない。
 彼女の手が僕の頭に触れそうになった時僕は彼女の腕を力一杯振り払った。
 拒絶した。
 そして僕は彼女の顔を見ずに自分が病弱と言うことも忘れて全速力で走った。
 だけど僕は知っている。
 彼女の腕を振り払った時彼女は傷つき悲しそうな表情をしたことを。
 僕は罪悪感にかられ走りながら彼女に謝った。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……)
 僕はそう思いながら走り続けた。
 大切な彼女を残して。


1 ヴァンパイアハンター

(??あれ? 僕どうしたんだっけ……?) 
 僕は学校の屋上に倒れたままぼんやりと思った。
 ぼんやりとしているのに痛覚だけはしっかりあって腹部が言いようのない痛さに襲われる。
 体を動かそうとしてもピクリとも動かず体全体がどんどん冷たくなっていく感覚がする。
(待ってくれ……一体何がどうなってるんだ?)
 僕は現状が解らないまま走馬灯のように今日のことを朝から思い出した。

「??じゃあ、この間の小テストの結果を返す」
 担任のこの一言に教室はざわめき立つ。
 担任が次々にクラスメイトの名を呼ぶ。
「次にー、神梨紫雨(かみなししぐれ)!」
 僕の名前が呼ばれた。
 僕は静かに「はい」と返事をした。
「神梨は満点だ。流石(さすが)医大を目指しているだけあるな。この調子で頑張れ!」
 担任の一言に僕は返事もせず無言で答案を受け取った。
 答案用紙には神梨紫雨。百点と書かれている。
(当然の結果だ……)
 僕はほくそ笑み席に着く。
 そして、担任が最後の生徒の名前を読み上げた。
「吉野山(よしのやま)悟(さとる)……お前また今回もクラス最下位だぞ。少しは頑張れ……」
 吉野山悟はへらへらした顔で「わかりましたー」と言い担任がため息をつき自分の席へ戻るよう促してしっしっした。吉野山はへらへらした顔のまま自分の席へ向かおうとしていると途中吉野山はつまずき盛大に転んだ。
「おーい、吉野山―。平気か―?」
 近くにいた男子稲葉(いなば)は悪びれもなく聞いてくる。
 吉野山は全く変わらずへらへらした笑顔で答える。
「ごめんー、次から気を付けるよー!」
 そう言うと自分の席へ戻った。
「吉野山ー、たるんでるぞ―! もっとシャキッとしろー!」
 席へ着くなり担任が吉野山を注意した。
 しかし、僕は知っている。いや、僕以外の人物も知っている。担任も見て見ぬふりをしている事を。
 何故なら先程の角度はどの角度から見ても途中の席の男子稲葉が足を引っかけたのが分かるくらい一番端っこで列が一番長く後の方だからだ。
 しかし、担任はおろかクラス中の誰もそのことを注意しない。勿論僕も。
 しかし、それは至極当然なのだ。
 誰だって自分にメリットにならないことはしたくないからだ。
 もし吉野山の家が金持ちとか何かしら人より抜きんでた才能がある人間だったら助けるが生憎(あいにく)吉野山の家は貧乏で挙句に吉野山自身はこれと言った取柄も無くものすごくバカでいつも人の顔色ばかり伺ってへらへらしている。
 今だってそう。
 吉野山は相変わらずへらへらしている。
(僕はああいうバカにはなりたくないな……)
 僕は吉野山を冷めた目で見ながらそう思った。
 すると、担任が話を続けた。
「お前らも高校二年だ! 受験の準備をしろ! まだ五月とはいえ時間は待ってくれないぞ! 受験なんてまだ先、一年もある、と思っていたらあっという間に一年過ぎてしまうぞ! 今のうちから神梨を見習って準備をしろ!」
 担任が大声で言うとクラス中の視線が僕に集まった。
 しかしそれは羨望(せんぼう)の眼差しでないことを僕を知っている。
 それは蔑(さげす)みの目だ。
 その時、朝のH・R(ホームルーム)の終了のチャイムが鳴った。
 担任が出て行き教室が一気に騒がしくなる。
 僕は一限目の授業に備え準備をし始めた。
 教室では特定のグループが固まって授業が始まるまで話をする。
 しかし内容は決まって僕の陰口だ。
 僕は聞こえないフリをして澄ましていると四人ばかりのクラスメイトの男子がわざと僕に聞こえるように陰口を言って来た。
「神梨ってガリ勉だよなー!」
「おまけに友達いねぇし―!」
「しかたねぇよ、あんな根暗じゃあー!」
「あっ? 後ろにいるぜー! ごめんねー、聞こえちゃった? 根暗なガリ勉くん」
(言いたい放題だな……負け犬め……)
 あまりのうるささに僕はイライラし僕は反撃をした。
「社会の負け犬は口だけは立派だな。大体あんな簡単なテストで満点も採れない人達の顔が見てみたい……」
 僕の言葉に教室が静まり返り先程わざと僕に聞こえるように陰口を叩いていたクラスメイトの男子の一人が右手で僕の胸倉を掴んだ。
「んだとー、テメー! やんのかっ?」
 僕は表情を変えず冷静に怯(ひる)むこともなく言った。
「あぁ、いたのか? 社会の底辺過ぎて見えなかった」
「んなっ?」
 相手が驚愕(きょうがく)し硬直している間に僕は相手の手を払いのけた。
「触らないでくれないか……バカが伝染(うつ)るから……」
「てめぇ……」
 男子生徒が怒気を孕(はら)んだ声でそう言うと右手で握り拳を作りわなわな震えている。
「なんだ? 殴るのか? 頭じゃ勝てないもんな……。これだから底辺を生きるゴミは……」
 男子生徒が怒りに満ちた顔で僕を見る。
 僕は彼をゴミでも見るような冷たい視線を送る。
 やがて、男子生徒は自分に勝ち目がないと解ったのか自身の右手を引っ込め「くそっ!」と吐き捨てるように言うと僕から離れた。
 やがて、教室にいるクラスメイトがひそひそと話す。僕の陰口を。
 そういつも通り。
 そして、僕に勝てないと解っているクラスメイトは決まってテストの憂(う)さ晴(ば)らしに吉野山をからかいに行く。
 それでも、吉野山はへらへらしている。
 これも、いつも通り。
 この腐った世界が僕にとって正常な世界だ。
 僕は小さくため息をつき机に教科書とノートを出した。


 四時限目の授業が終わるチャイムが鳴り皆がお待ちかねのお昼時間がやって来た。
 教室は一気に弁当やらパンやらの食欲をそそる芳醇(ほうじゅん)な匂いに包まれる。
 クラスメイトは仲のいい友達とグループを組み談笑(だんしょう)を始めたり悪ふざけを始めたりするが僕は生憎どこのグループにも入っていないし低俗な悪ふざけもしない。
 俗に云(い)うぼっちだが僕はそれで構わないし当たり前と言えば当たり前だ。僕は学校の皆を見下しているのだから。教師ですら。
 僕は急いで購買に行き焼きそばパン一つと小さいペットボトルの烏龍茶(ウーロンちゃ)を買い屋上に向かった。
(ここなら誰も来ない……)
 僕はそう思い屋上のベンチに座り焼きそばパンの袋を開けパンに齧(かじ)りついた。
 一口くちに入れると香ばしいソースの味が口いっぱいに広がる。
(んー! このソースの香ばしさ! パンに塗られたからしマヨネーズ! そして、アクセントの紅しょうが! 最高っ!)
 と、僕は焼きそばパンを味わいながら食べたが途中でむせてしまい急いで焼きそばパンと一緒に買った烏龍茶を喉(のど)に流し込んだ。
「ふぅ……」
 僕は思わずため息をついた。
 僕はパンの袋をゴミ箱に捨て世界史の参考書を開いた。
(こういう静かな場所の方が勉強には丁度いいんだよね……)
 僕がそう思い暗記をする為集中しようとすると僕の座っている屋上のドアの向こうから複数の男子の罵声(ばせい)が聞こえた。
(くそっ! こんな時に……)
 僕は唇を噛(か)みこっそり様子を覗いた。声は階下の踊り場の方からだった。僕の方は階上のせいで相手からは僕は見えていないし気付かれていない。
 すると、吉野山が稲葉達クラスメイトに捕まっていた。
 稲葉達クラスメイトは口々に吉野山を罵(ののし)っている。学校に来るなやら消えろやら。
 僕は咄嗟(とっさ)に手を出し「止めろ」と言おうとしたが踏みとどまった。
(僕が出て行って何になる。いじめがもっとひどくなるだけかもしれないじゃないか……。それに、僕にも火の粉がかかる。ここは関わらないのが一番だ。現に吉野山はへらへら笑っているじゃないか。平気だっ! 平気っ!)
 僕は自分に言い聞かせた。
 やがて罵声が収まり稲葉達は退散し辺りは静かになった。そして、すすり泣く声が聞こえた。吉野山が泣いていた。
 初めてだった。
 吉野山の泣く姿を見たのは。
 僕の良心がズキリと痛んだ。
 だけど、心の中の悪魔が囁く。
 お前は悪くない。あれが最善の道だったんだ、と。
 僕は悪魔の囁(ささや)きに耳を傾けた。そして「そうだ……僕は悪くない。悪くないんだっ!」と自分を無理に正当化しこの場を離れた。
 いつかの僕のように。

 教室に戻ると僕は自分の席に着き机に突っ伏した。そして、先程の吉野山の姿を思い出した。
(アイツ……泣いてたな……まぁ、当たり前だよな……)
 僕がそう考えこんでいるとバカそうな男子生徒の声が聞こえて来た。
「だからよー! ほんとだって! 屋上に幽霊が出るって噂……見た奴がいるんだぜー!」
 すると、もう一人のバカそうな男子が半信半疑の声で聞いてきた。
「まじかよー? そいつの幻覚とかじゃなぇのー?」
「マジだって。だったら今夜学校に忍び込んでみるか?」
「オレ。パス」
「俺もー。それよりさー??」
 男子生徒はそう言い別の会話に入った。
(バカか……幽霊なんてそんな非科学的なものが存在するか。そんなもの怖いと思っているからいると錯覚しているだけだ。非科学的な事この上ない……)
 その時予鈴が鳴り僕は気怠(けだる)い体を起こして五時限目の授業に備えた。
 やがて、教師が入って来て出席を取り始めた。
「吉野山ー! 吉野山はいないのかー?」
 吉野山はいなかった。
 担任は「欠席」と言い授業が始め十分程経った後教室のドアがガラッ! と開き吉野山が入って来た。
「すいません! 屋上で寝てたら寝過ごしちゃいましたー!」
 といつも通りのへらへらした笑顔で言うと席に着いた。
「全く……吉野山! 少しはしゃんとしろ! お前は留年ギリギリなんだからな……」
 担任がため息をついて言うと吉野山は「わっかりましたー!」と言い「お前平気かよー!」とバカにしたような口調で言う男子共の一声でクラス中がどっと笑いだした。
(低俗な奴らめ……)
 僕は心の中で毒づいて授業に集中した。

 帰りのH・R(ホームルーム) が終わると僕は家への帰路に就き、
(早く帰って勉強しないと……)
 僕は頭はそれいっぱいで走っていた。
 その時街路樹(がいろじゅ)のポプラの木の下で子供達が騒いでいた。
(なんだ?)
 僕はそう思い木の上を見た。
 すると、木の上には少女がおり枝の先に手を伸ばしていた。
 手の先には子ネコがいる。
「ほーら、怖くないよ。こっちおいで」
 子ネコは台風を吹いていたが少女怯まずは手を伸ばす。
「おねぇちゃん! あぶないよー!」
 しかし、少女はそんな事お構いなしに「平気よー!」と言った。
(なんだ……子ネコの救出か……)
 あんなことして何になるっていうんだ。
 僕がそう思いながらも少女を見ていると枝がミシミシ言い始めた。
(?)
 僕は瞬間嫌な予感がした。
 その間にも枝はミシミシ言う。
 少女が手を伸ばし枝が揺れる。
 枝の揺れに子ネコが驚き少女の元に駆け寄る。
 その時少女が子ネコを手に取って「よーし! 捕まえた!」と笑顔で言うと木の下にいた子供達は安心したのか安堵の表情をし少女が「今降りるわねー!」と言い木を降りようとしたその時??木の枝がボキッ! と言い折れた。
「えっ?」
(やばいっ!)
 地面に激突したらシャレにならない! 僕は無我夢中で走り少女をキャッチしようとしたが??、

 どっしん! 
 
 と盛大な音を立てて僕は少女の下敷きになった。
「いたたっ! あ、ネコちゃん!」
 ネコは衝撃に驚いて逃げたらしい。
「わー! おねぇちゃん? だいじょうぶ?」
 子供達が駆け寄ってきた。
「あ、うん。私は大丈夫よ! それより平気ですか?」
 少女は心配そうに僕を覗き込んだ。
「あ、あぁ、うん……平気」
 僕が少女にそう言い顔を上げ少女を見た。
 その時僕はハッとした。
 少女は絹のような青灰色の長い髪をし同色の瞳をしていた。そして、誰が見てもかわいいと思う顔をしていた。
 しかし、僕はそれよりもあの子に似てると思った。
 僕が昔傷つけてしまった少女に。
 僕がボーっとしていると少女が怪訝(けげん)そうに「あの?」と聞いてきて僕はハッと現実に引き戻された。
「どうかしましたか?」
 少女の問いに僕は冷静に何でもないと答えた。
「そうですか……よかった……」
 少女は安心したのか溜息をついた。
 僕は少女をまじまじと見た。そしてやっぱり似てると思ったので「ねぇ、キミ昔??」と言いかけようとすると少女は、
「あ……いつまでも乗っかったままじゃ失礼ですよね。このお礼は後程……失礼しますっ!」
 少女は顔をほんのり赤くし僕から退(の)くと急いでこの場から走っていった。
(……名前聞けなかった……)
 僕は茫然(ぼうぜん)と呟きながらもすぐに立ち上がりズボンに着いた埃(ほこり)をパッパッと払った。そして我ながら無駄なことをしたと思った。
(こんなことして何になるっていうんだ……)
 そう思いながら僕は家へと向かった。

 僕は家に着くとダイニングに向かいダイニングテーブルに貼ってあるメモを見る。メモには『今夜も夜勤で遅くなるからご飯適当にお願いね』と書かれていた。
(母さんまた夜勤か……)
 読み終えるとメモをゴミ箱に捨て冷蔵庫へと手を伸ばし烏龍茶を取り出しコップに注いで一気に飲み干した。
「ん~! 美味しい!」
 僕はコップを流し場に置き晩御飯の準備に取りかかる。と、言ってもカップ焼きそばだからお湯を注げばすぐ出来るんだけど……。
 僕はカップ焼きそばにお湯を注ぎタイマーを三分にセットしてテレビをつけた。
 テレビでは今巷(ちまた)を騒がせている謎の変死体の話だった。
 事の発端(ほったん)は一年前。数日前から行方不明の女性が死体となって発見された。しかも、その死体はまるで吸血鬼にでも血が吸われたんじゃないかと思うほど血が残っておらず首筋には二本の噛み跡があった……らしい。その為世間の間では吸血鬼事件と言われ都市伝説化している。
『この死体は大学病院に直(ただ)ちに送られ原因究明を??』
 リポーターは興奮気味に話していたが僕はバカらしいと思い露(つゆ)ほどの興味も無くすぐにテレビを切った。それと同時にタイマーもピピピ! と軽快に鳴った。
 僕はカップ焼きそばの紙の蓋(ふた)をペリリと捲(めく)りお湯を切り箸立てから自分の箸を取り出しソースを絡めてカップ焼きそばの麺を口に運んだ。
 その途端僕は何とも言えない幸福感に包まれる。
「やっぱりカップ焼きそばは最高だっ! お湯を注ぐだけなのにこんなに美味(おい)しい物になるなんて……」
 そして、僕は烏龍茶をコップに注ぎ一気に飲み干した。

 食事を終え食器を片付け幸福感でいっぱいになり勉強を頑張ろうと思い参考書を取り出す為にカバンの中を漁(あさ)る。??が、しかし……。
「??無い……。無い。無い!」
 カバンの中に参考書は無かった。
 僕の頭は空っぽになりながらも冷静になり参考書をどこに置いたか思い出す。
「確か、僕は昼間屋上で??って、あっ!」
 そうだ!
 屋上のベンチだ。
 時刻は六時半。
 ハッキリ言って今から学校に行くのはかなり面倒臭い。それに、たった参考書一冊。教科書とかで勉強すれば……とも思ったが(気を抜けば遅れるっ!)と思い僕は家の自転車置き場に向かい自転車をこいで急いで学校に行くことにした。

 僕は学校に着くと自転車置き場に乱暴に自転車を置き屋上を目指した。
 五月とはいえもう辺りは真っ暗だ。
 ハッキリ言って夜の学校は薄気味悪い。
(早く参考書を取って帰ろ??)
 と思いながら屋上に向かっている時不意にクラスメイトの噂話を思い出した。
 屋上に幽霊が出るという話を。
 僕は勢いよく歩いていた足をピタリと止め全身が震えだした。
(ゆ……幽霊なんていないぞ……そんな非科学的なものはいない。そんな子供染みたオカルト……他は信じても僕は信じないぞ)
 そう。
 僕は幽霊なんて一ミリも信じていない。
 全身が震えているのは気温が低くて寒いからだ。
 そうだ。そうに決まってる。
 僕は震える体を奮(ふる)い立たせて屋上へ向かった。

 屋上に来るまで人とは誰もすれ違わなかった。(当たり前と言えば当たり前だが)
 そして、屋上のドアについている窓ガラスを見て向こうには誰もいないことを確認し僕はドキドキしドアの取っ手を回した。
 カチャッと小さく音がして僕は一瞬驚いてのけ反(ぞ)った。
(……ち、違うぞ……これは……反射神経を鍛える体操だ……)
 僕は独りごち自分を納得させるように説明する。
 そして僕は大きくドアの取っ手を回し勢いよく屋上のドアを開ける。
 ドアは大きな音を立ててバンッ! と開く。
 辺りはシン……と静かだ。
 僕は急いでベンチに向かい参考書を取り参考書の表紙をパッパッと払った。
「……やっぱりガセか! おかしいと思った! 今時学校に幽霊なんて??」
 僕は安堵し早く家へと帰ろうと一歩踏み出すと、
「?」
 周囲りの風景が変わった。
 周(まわ)りはモノトーンだったりマーブル模様だったり建物輪郭が歪んでいたりまるで現実味がない。一言でいうならCGの映像みたいだ。
「なんだ? これ……?」
 僕が呟くと後ろから、
「危ないっ!」
 と少女の声がした。
「え?」
 僕が声の方を振り向くと同時に首根っこを掴まれ後ろに引っ張られた感覚がした。
 僕が後ろ振り向くと少女がいた。
 少女はカラスのような漆黒の髪をしており血のように紅い瞳をしており剣を持っていた。
「キミ……」
 僕が言葉を紡ぎだそうとすると次の瞬間屋上の床が陥没した。
「なっ?」
 僕が驚いていると「おや、新手の客人かい?」と上から黄緑色の髪をした青年がやって来た。
(なっ……なんだこいつら? もしかして演劇部の新しい劇の最中か? にしては……)
 僕は先程陥没した床を見る。
 見事に崩れている。
 まるでそこだけ巨大な重力がかかったかのように。
 僕は息を呑(の)む。
 少女は黄緑色の髪をした青年の方を向き僕に小さく「逃げろ」と言った。
 僕はハッとし早く逃げようと思い屋上のドアに向かったが黄緑色をした青年が「逃がさないよ」と言った。その言葉と同時にドアがひとりでに勝手に閉まった。
 僕はドアの取っ手をガチャガチャ回すが開かない。
「ど……どうして? どうして開かないんだっ!」
 僕の言葉に黄緑色の髪をした青年は愉快そうに、
「魔力で鍵を掛けさせてもらった。私を倒さない限り開かないよ」
 と言った。
(魔力何言ってんだコイツ?)と重いながらも僕は冷静になり(そうだ警察!)と思いスマホをズボンから取り出したが何故か圏外と表示されている。
「魔力によってこの場は現実空間と遮断されているっ! スマホなんて役に立たないっ!」
 少女の言葉に僕は「そんな……」とへたり込んだ。
「さぁ、新しい客人も増えたことだし第二幕の開演だっ! ハハハッ!」と高笑いし僕を見て「キミは最後にしよう。ヴァンパイアハンターがいるとゆっくり血も吸えないし」と言った。
(ヴァンパイアハンター? 血を吸う? 何言って?)
 僕が呆気にとられ考えていると少女が偉そうに指図する。
「ぼさっするな紫雨っ! とりあえず安全な所に隠れていろ! ただの人間がいると邪魔だっ!」
 僕は内心ムカッとしたがその前に少女が何で僕の名前を知っているのか一瞬疑問に思った。しかし、今はそんなことより安全の場所を探すがどこにもない。
 僕は完全にいつもの冷静さを欠いてパニックに陥っていた。
 少女は黄緑色をした髪の青年と戦っている。その都度(つど)床に巨大な爪跡が残っていく。少女は応戦するがフェンスにまで追いつめられ黄緑色の髪をした青年が攻撃するが寸でのところでかわすがその時少女がバランスを崩した。黄緑色の髪をした青年は少女を仕留めようとして攻撃する。
 僕は二人の元へ走り出し二人の間に割り込んだ。
 そして、
 
 ドスッ!

 黄緑色の髪の青年の腕が僕の腹部を貫き鈍い音がした。
 
 
 ??そして今現在。
(……痛い……でも……どうすれば?)
 僕は意識がぼんやりとする中考えた。
 痛いと声を張り上げればいいのか?
 でも声が出ない。
 当たり前だ。
 声が出ない程痛いのだから。
 声が出ればそれはまだ元気な証拠だ。
(??っていうか……なんで僕助けたんだろう? ……僕なんかが割って入っても……何にもならないのに……なんでだろう?)
 その時上体に軽い浮遊感を感じた。
 少女が僕の上体を持ち上げたのだろう。
 そのせいか少女と顔が近い。
 よく見るととても美しい少女だった。
(黒い……天使……?)
 僕が瞳(め)を閉じる寸前少女が小声で「恨むなよ……紫雨……」と言った。
 その瞬間僕の意識は無くなった。

 
 幼い僕は走る。
 夏空に広がる青々とした草原の中を。
 そして、後ろには僕を追う青灰色の髪をした少女がいた。
「待ってよー、紫雨ー!」
「つかまんないよー! 綾音(あやね)!」
 僕の言葉に綾音は肩を竦(すく)めて、
「全く紫雨は病弱なのにちっともおとなしくしないんだから……」
「こんな天気のいい日に病室のベッドで寝てるなんてもったいないよ!」
 僕の元気いっぱいの声に綾音は、
「そう言って外で発作が起こる度(たび)に私がいつも世話してるんだから……」
 綾音はうんざり顔で言った。
 僕は痛いところを突かれて赤面した。
 それでも綾音は自身の髪の色と同じ青灰色の瞳で僕を映している。
「全く紫雨は私がいないと何もできないんだから……」
 僕は綾音の言葉にカチンと来た。
「言ったなー! よしっ、じゃあ僕は将来強くなるっ! 強くなって綾音をなにからも守って見せる」
 そう言い綾音の目の前に小指を突き出した。
「?」
 綾音は怪訝な顔をし「何?」と僕に聞いた。
 僕は満面の笑みで「や・く・そ・くっ!」と言った。
「約束って……」
「いいからっ!」
 綾音は仕方ないと言った表情をし僕とげんまんをした。
「まぁ、期待はしないけど……」
「期待はしないけどは余計だよ。じゃあ??」
「ゆーびーきーりげんまんゆびきったっ!」


「?」
 僕はそこで目を覚ました。
 荒い呼吸音が室内に響く。
「……夢……」
 僕は一気に脱力しベッドにヨコになった。
「夢の中の夢か……別に珍しいことじゃない」
 僕はぼんやりと天井を見た。
 部屋の天井にはくるくる回るプロペラシーリングファンというものが規則正しい勢いで回っている。
 クルクルクル。クルクルクル。
 僕は暫(しばら)くプロペラシーリングファンの羽が回転する様を呆然と見ていた。
(ん?)
 僕は突如勢いよくベッドから上体を起こした。
 僕の家にはおろか自室にもプロペラシーリングファンなんてシャレたものはない! 僕は辺りを見渡した。
 打放(うちっぱな)したコンクリート壁。机と椅子。そして、小さな本棚が一つあるだけの酷く殺風景な部屋。窓ガラスにはシャッターが閉まっており隙間から陽(ひ)の光が差し込む。外では雀が鳴いている。外の明るさからして時間は昼頃だろうか。
 僕は暫く呆然としていたがすぐさま思い出したように「そうだっ! 学校っ!」と言いベッドから跳(は)ね起きると隣の部屋から「今日は土曜日だ」と女の声が聞こえると同時に少女が別の部屋から出てきた。
 少女の風貌(ふうぼう)はカラスの羽のように漆黒のサラサラの長い黒髪。血のように紅い瞳だった。
 瞬時に僕は昨日の事をぼんやりと思い出す。
(この子……昨日の……)
「ん……」
 僕が青ざめていると少女が僕にペットボトルを顔面に突きつけた。
「? くれるの」
 僕の問いに少女は「そうだ。これから面倒臭い相手の所に行くのに脱水症状で倒られたら敵(かな)わないからな」とぶっきらぼうに言った。
 僕は差し出されたミネラルウォーターを飲んだ。
 冷蔵庫に入っていたのか程よく冷たく美味しく水分が身体にいきわたる。
(五臓六腑に染み渡るとはこのことだな……)
 僕がしみじみ思っていると「とりあえず、紫雨」と少女が言い僕に綺麗にたたまれダボシャツを手渡した。
「?」
 僕が疑問に思っていると少女が「とりあえずシャワーを浴びてこれに着替えろ」といい僕の腹部を見た。ボクもつられて腹部を見る。するとそこには血がべったりとくっついていた。
 そして僕は瞬間昨日の事を全て思い出した。
 化け物の事。目の前の少女の事。全て。
 そして、僕は化け物からこの少女を庇ってそれから??あれ? 思い出せない。いや、それよりもなんで僕は生きている。あのケガとこのシャツに着いたおびただしい量の出血で生きているなんてありえない。
 僕が困惑していると少女が「早くしてくれないか、こっちは忙しいんだ」と言った。
 僕は偉そうに命令してくる少女に少しカチンときた。第一なんで初対面の人間が僕の事を知ってるんだ。とは言えシャワーは浴びることにした。
 適度な温度のシャワーが気持ちいい。
 僕はシャワーを浴びながら昨日刺された箇所を見た。傷が跡形もない。それどころか出血もしてない。ワイシャツにはあんなに血がべったりと付いていたのに。
(これは夢の続きか……? それとも現実か……?)
 僕はそう思いシャワーを止め脱衣所の洗面台でドライヤーを使い髪を乾かした。
 そして僕は鏡に映った自分の顔を見た。
 緋色の髪に緑色の目。
 僕は父さんに似ていると言われる。
 僕の嫌いな父さんに。
 その時、首筋に二本の噛み跡のようなものがあった。まるで、おとぎ話に出てくるヴァンパイアに噛まれたかのような牙の跡が。
「……なんだ? これ……」
 とは、いえ僕はたいして気にせず用意されていたダボシャッツに着替え脱衣所を出ると、少女が「遅いぞ、紫雨」と言って来た。
 僕は怒りたくなったがそこは抑(おさ)えて少女に聞きたかった事を聞いた。
「なんでキミが僕のことを知っているんだ?」
 僕の質問に少女は少し間をおいて、
「あぁ。私ばかり紫雨のことを知ってるのはフェアじゃないな……。なら、私も自己紹介しよう。私の名は響。奏(かなで)響(ひびき)だ」と名乗った。
「いや僕が知りたいのはキミの名前じゃなくて??」と僕が言いかけるが響は人な話を聞かないタイプなのか「早くするぞ……」と言い僕を急(せ)かし僕は(もういいや……)と諦めた。

 外は晴天(せいてん)で五月のポカポカした陽気で外は活気づかせ賑わっていた。
 土曜日とあって町は混み行き交う人は家族連れやらカップルやらそんな人達ばかりだ。
(暇な奴らだ……いや、それより??)
「ねぇ? これコスプレ?」
 僕は響に聞いた。
「?」
 響はきょとんとして「何がだ?」と僕に聞き返した。
「この格好?」
 僕は自分が今着ている服の肩を摘まんだ。
「明らかにサイズがあっていない。ぶかぶかだ。確かにダボシャツだからぶかぶかなのは分かるけど服の袖が手の平の所まである。明らかにぶかぶか過ぎなんだけど……」
 僕は不満げに言うが響は澄ました顔で、
「その服はこれから会う奴のお古だ。文句があるあるならそいつに言え」
 とツーンとした顔で言った。
(なんなんだコイツ?)
 と僕は思った。
 初対面から偉そうだし上から目線だし。だけど、そのくせ顔だけは無駄にイイとキタ。現に僕達は注目されている。特に男性から。明らかに響目当てだ。その証拠に、
「ねぇ? そこの彼女? ちょっとイイ?」
 と軽薄そうな男が僕の隣を歩いている響に声をかけてきた。
「なんだ?」
「僕達これからボウリングに行くんだけど良かったら一緒にどう?」
(うわっ! 古典的なナンパだ……)
 僕は引いた。
 すると響が、
「残念ながら連れがいる……」
 そう言い隣の僕の腕を引き寄せて腕にしがみついてきた。
「ち……ちょっとっ!」
 僕の言葉に響は小声で、
「いいから話を合わせとけ……こういう奴らは厄介な類(たぐい)だ」
 と言った。
 僕が黙っていると男が、
「何? どうしたの? 平気だって……ただボウリングするだけだし女の子もちゃんといるし??」
 と勝手にぺらぺら話してきた。
(確かに厄介そうだ……)
 僕はそう思い響の案に乗るのは癪(しゃく)だが最高のつくり笑顔で、
「す……すいません! 僕達これからデートなんで……」
 と言うと男性が、
「じゃあそっちの男の子も一緒でいいから??」
 と言いかけていると響が、
「じゃあすまない。失礼させてもらう!」
 と言い小声で「早く私の腕を引っ張れ」と言って来た。
(また命令口調……)
 僕はカチンときたが早くこの場を去りたかったので響の腕を引っ張り駆け足でこの場を去った。

「??全く。暇な奴だ」
 僕は汗を拭うと建物の壁に寄りかかった。
「紫雨って演技上手だな……」
 響の言葉に僕は「どうも……」と言い隣の響を見た。
 きれいな顔をしている。そして、それと同時に冷たい瞳をしている。もし彼女が心からの笑顔を見せたらどんなに綺麗なのだろう。
 僕がまじまじと響のことを見つめていると響がまたも命令口調で言った。
「何見ている? 変な奴だな……あと、いつまで手を握っている? いい加減離せ……」
 響の命令口調に僕は遂に怒りが沸点に達し「ちょっとっ! キミは何様のつもりだっ! さっきから命令口調でっ!」
 僕の言葉に対し響は尚も冷静で、
「怒るな……暑苦しい」
 と返した。
 僕がムカムカしていると急に僕の腹の虫が盛大な音を立てて鳴った。
「……」
「……」
 僕達は無言になる。
「あぁ……そうだった。まずは朝食だな……付いて来い」
 そう言い響は僕の手を引っ張って歩き始めた。
「ちょっ……ちょっと僕お金??」
 僕が言いかけると響がこちらを振り向かず歩きながら言った。
「安心しろ……経費で落ちる」
 そして十分程歩き目的地に着いたのか響が足を止めた。
 目的地の名はパルフェと言う少しばかりシャレた喫茶店だった。
 僕達が店に入るとカランと店のベルが鳴り店の口にちょぼ髭(ひげ)を生(は)やらかした店のマスターらしい壮年の男性が出迎えた。
「いらっしやいませ。まだ開店準備中……って響か……何の用だ?」
 マスターらしき男性の言葉に響は、
「食事に来たに決まっているだろう。あと、ルミに用がある」
 そう言い勝手にボックス席に座り僕にも座るよう促(うなが)した。
「話の前にまずは腹ごしらえだな。私はミックスサンド。紫雨は?」
「え? あぁ、じゃあ僕は焼きそばパンと烏龍茶……」
「ありませんよそんなもの……」
 ちょぼ髭を生やらかしたマスターらしき男は困惑し(まぁ……そうだよな……)と僕は思い気を取り直してペペロンチーノを注文した。
「ハイハイ、解りました。ミックスサンド。それと、ペペロンチーノ、ですね……」
 そう注文を繰り返すとマスターらしき男性は料理を作る為に奥に引っ込んだ。そして、響が僕に質問した。
「焼きそばパンと烏龍茶が好きなのか?」
「え? あぁ……まぁ一応。コクのあって絡みのある甘辛いソースとマヨネーズの酸味に少しすっぱい紅しょうがのアクセント。そして、口に残った後味を全て中和してくれる烏龍茶! これか程美味しいものは他にないと思って……」
 僕は思いの外熱弁すると響が「お前こういうことはベラベラ喋るんだな……」と呆れていた。僕はハッとし恥ずかしさのあまり赤面した。

「これから会う奴はルミと言って結構な奴だから覚悟しておけ」と言った。
「ルミ? 女性か……女性は苦手だな……」
 僕の言葉に響は怪訝な顔をした。
「? 何か勘違いしてるようだがルミは??」
 響が何か言いかけていると「お話し中失礼するよ……」と長髪の金髪碧眼で黒いワイシャツにリボンタイを結んでおりクリーム色のサマーコートを着こなしたいわゆる美丈夫を絵に描いた青年が僕達が座っている席の前までやって来た。
 年の頃は二十代半ばぐらいでよくとおる声の持ち主だった。
「あぁ丁度よかった。こいつが例の奴だ」
 響はそう言うと男はまるで英国紳士が挨拶する様に深々とお辞儀をし、
「申し遅れたね。私の名前はルミ。ルミ・エイゼル。よろしく」
 と言い手を差し出したので僕は釣られて握手をした。
「あっ……はい……って、ルミって男?」
 僕は驚き絶句した。するとルミと自己紹介した青年は表情を崩し、
「あぁ……名前だけ聞いて女性と勘違いしちゃったー? しかも小さい女の子とか? やっぱり……毎度勘違いされちゃうんだよねー。まぁ、もう慣れちゃったけど……」
 と言いルミは盛大にため息をつき言った。
 確かに僕はルミという名前を聞いて小さい女の子を連想していた。
 名は体を表すっていうのは嘘だな、と僕は実感した。
 そして、ルミが響の隣の席に座ると響が嫌そうに「コイツが紫雨に会わせたい厄介な奴だ……」と親指でルミを指さした。
「あれ? 厄介な奴とは失礼だなー。私はいつでも紳士的に振舞っているというのに……」
 ルミが笑顔で響に詰め寄る。
「その自称紳士的な態度は人をおちょくっているようにしか見えない。厄介なことこの上ない……」
 響の言葉に僕は心の中で納得いった。
 そうこうしてるうちに料理が運ばれてきたのでルミは「まぁ、お腹が減っちゃあ話は出来ないから先(ま)ずは食事をしようじゃないか……あぁ、修(しゅう)。この子達には私特製の紅茶を」と言いルミは修と言ったマスターらしきちょぼ髭生やらかした男に紅茶を頼んだ。

「ハァ……美味しかった」
 僕は胃袋が満腹になり満足しルミが頼んだ紅茶を啜(すす)った。
「まぁまぁだな……」
 響もそう言いルミの特製らしいを啜っている。
「じゃあ、二人共満足したようなので話そっか……」と言いルミは真剣な顔になった。
「君(きみ)が神梨紫雨君(くん)か? 少し、調べさせてもらった。美咲野(みさきの)高校二年三組。父親はいるがほぼ母子家庭同然。成績は校内一のトップクラス。将来の夢は医者……かな?」
 僕は動揺した。
 なんでコイツがそんなこと知ってんだ。
「不思議そうな顔をしているなね。だけど、ここにいればそのくらいの情報は手に入る。簡単にね! ??で、改めて言おう私の名はルミ・エイゼル。ここヴァンパイアハンターの支部長だ」と言った。
「ヴァン……パイア……ハンター……」
 僕は呆気にとられた。いや、むしろこの人は何を言ってるんだ。ヴァンパイアなんて空想上の生物。そんなものは現実には存在しない。
「何を言っているんですか……いい大人が。ヴァンパイアなんて存在しない……そんなのは空想上の生き物です」
 すると、私の言葉にルミは、
「では、紫雨君。昨晩君が見たものは何だというのかね? 人とでもいうのかい?」
 マスターが出してきた紅茶を優雅に啜りながら平然と言った。
「??それは??」
「……夢なんてベタな言い訳は言わせないないよ……」
「くっ……」
 僕は逃げ道を塞がれて言葉に詰まり黙った。
 しかし次の瞬間ルミは僕を地の底に落とすようなことを笑顔で言った。
「そして、紫雨君。君はもう人間じゃない。ヴァンパイアだ」
「は?」
 一瞬僕はルミの言っている意味が解らなかった。
(ちょっと待て。今この人なんて言った。僕がヴァンパイアとか言わなかった。いや、空耳だ。幻聴だ。聞き間違いだ……)
 僕が、困惑してるとルミは、食器入れの中から食事用ナイフを取り出した。
「まぁ、いきなりは無理か……まぁこれを見せれば信じるか」
 そう言うと食事用ナイフで僕の手の甲を刺した。
「痛いっ!」
 僕の手の甲からはみるみる血が出てきた。
「くそっ! 病院に……アナタを傷害罪で訴えますからっ!」
 僕がスマホを取り出そうとすると響が、
「もう血が止まってるぞ」
 と言った。
「え?」
 僕は手の甲をまじまじと見た。
 流れた血は液体のままだが傷口からもう血が出ない。いや、それどころか傷口が消えている。跡形もない。
「ヴァンパイアの自己修復能力さ。能力の高いヴァンパイア程自己修復能力も高い」
 そう言うや否やルミがハンカチで僕の手に付いたままの液体の血を拭(ぬぐ)う。
「サンプル収集! 貴重なデータが手に入ったよ!」
 上機嫌のルミに対して僕は不快感MAXになった。
「僕は信じませんからねっ! 自分がヴァンパイアだなんてっ!」
 そう言い店を出ようとするがルミがはっきり言って来た。
「別に君が信じる信じないはどうでもいいのだがこのままだと君が大変な目に遭うのは確実だ」
「はい?」
「考えてもみたまえ。我々は国から認められた機関だがいかにも秘密結社よろしくな私達が君にこれだけ情報を漏(も)らしたんだ。それだけ聞いておいて『はい、さよなら』なんてあるはずがない。そう思わないかい?」
(あなたが勝手に喋ったんじゃないか……)
 僕はイラつきながらもそう思った。
 そして、僕はルミが何を言いたいのかなんとなく察しがつきながらも確認の為に聞いた。
「つまり、それは何ですか? まさか僕にヴァンパイアハンターになれと?」
 僕の言葉にルミは満面の笑顔になりハッキリ言った。
「察しがよくて助かる。その通り君にはヴァンパイアハンターになってもらいたい。 人間からヴァンパイアになり使徒(しと)にならずに闇の血に目覚め自我を持っているのだからこれ程貴重なサンプルは存在しない」
「ふざけないで下さいっ! また、あんな化け物と戦えっていうんですか。今度こそ死んでしまうじゃないですか! 大体使徒って何ですか?」
「使徒とはヴァンパイアに血を吸われ自我を失ったヴァンパイアの傀儡(くぐつ)……いわば操り人形。そして、ヴァンパイアは首を斬り心臓を潰すまでは不老不死だ」 
 僕の言葉に響が冷静に対処した。更に続ける。
「現にお前は能力が高い。お前は暴走してて覚えてないがお前はあのヴァンパイアを始末した」
「どういう?」
 僕が響に聞くとルミが僕の額に人差し指を置き意味不明の呪文らしきことを言い始めた。そして、「リバース!」と言った瞬間昨夜の光景が鮮明に蘇り腹部から血を流しぐったりしている僕の姿が目に入る。僕は自分に手を伸ばすが透けてしまうし響もヴァンパイアも僕の姿は見えていないのか気に留めていない。
(俗に云う精神だけの存在か……)僕は冷静に悟った。その瞬間にも僕の腹部からは血が流れ出ている。その時響が、「恨むなよ……紫雨……」と言い僕の首筋に顔を近づけ、牙を立てた。

 ガブッ!

 そして響は顔を上げた。口には血が付いていた。
(もしかして……血を吸った?)
「頼む……上手くいってくれ」
 その言葉と同時に先程まで倒れていた僕の方はゆっくり起き上がりやがてヴァンパイアに向かって突進した。
 ヴァンパイアがひるまず攻撃するが僕はその攻撃を軽々とかわし徐々にヴァンパイアとの距離を詰めた。
 僕は嫌な予感がして「やめろっ!」と言うが精神だけの僕の声は誰にも届かない。
 やがて、ヴァンパイアを捕らえると精神だけじゃない方の僕は一心不乱にヴァンパイアを攻撃した。攻撃というより惨殺に近い。
(なんだこれ?)
 実体のある方の僕は一心不乱にヴァンパイアを攻撃する。
 まるで殺戮を楽しむ殺人鬼のように。
(やめろ! やめてくれ!)
 そして、ヴァンパイアは動かなくなり実態の僕は崩れ落ち倒れた。
 僕は全てを思い出した。
 その時パチン! と指の鳴る音がし僕は現実に返る。
「そうだ……僕はあの時……」
 僕は呆然と呟き先程の光景を思い出し吐き気を催した。
「思い出したかな? あと、吐かないでね」
 ルミが指を鳴らした体制で言って来たが耳に入らない。
 ただ恐ろしい光景を見てしまいショックで言葉が出なかった。
「これだけの力を持っているんだ。この力を有効利用しないなんて宝の持ち腐れ。それでも、もし嫌ならこの話はなかったことにするが……その代わりペナルティが付く」
「ペナルティ?」
 ルミの言葉に僕はオウム返しに聞いた。
「ヴァンパイアは仲間意識が強い。そして鼻が利く。君が同胞(どうほう)を殺したことなんて血の臭いですぐ分かる。しかも君はヴァンパイアになったばかりだ。戦いはおろか能力も分からない。いくら能力が高くてもいきなり実戦というわけにはいかない。だけど私達は戦いに慣れているから幾分かサポート出来る! だけど年がら年中わけにはいかない……そこで??」
 ルミは懐からチョークを取り出し魔法陣らしき図を描き呪文詠唱を始めた。そして最後に「目覚めよ我が僕(しもべ)っ!」
 そう言うと陣が淡く輝き光に中から物静かそうな少年が現れた。
 白(はく)銀色(ぎんいろ)の髪に金色の瞳(ひとみ)。透けるような肌の色。年の頃は十三から十四ぐらい。しかし、人とは圧倒的に違うものがあったそれは頭にある狼みたいな耳とお尻にあるふさふさの尻尾。
 少年は周囲をきょろきょろ見渡して「ここは?」と言った。
 声は人間だったら声変わり真っ最中の声だった。
 するとルミが笑顔で「久しぶりだね、桜(さくら)ちゃん」と言った。
 桜ちゃんと言われて(多分)狼男はすぐ不快感をあらわにし「楼(ろう)です。あと私は男なのでちゃん付けはやめてください」と返答した。
 僕が呆気にとられ二人のやり取りを見ていた。驚くことばかりで言葉を失う。夢なら早く冷めてほしい。
 ぶに!
 僕は自分の頬を引っ張った。
(痛い……)
 夢じゃない。現実だ。
 するとルミと話し込んでいた楼が僕の前にやって来て、
「代替(だいたい)の事情はかいつまみながらも分かりました。私(わたくし)の名は銀(ぎん)狼(ろう)の楼。幼生といえど立派な使い魔の人狼です。貴方(あなた)様が今日から私のマスタ―ですね。よろしくお願い致します紫雨殿」
 と言いひざまづいて頭(こうべ)を垂れた。
「え? え? え?」
 僕は楼のかしこまった態度に驚いたがマスターとはどういう意味か? とルミに聞いた。
 するとルミは笑顔で「君の護衛」と言った。
「えっ? それって?」
 僕の質問が来る前にルミは「あ! 紫雨君! 君は毎日これから紅茶を飲み来てくれないかな? これは私の奢りだから……来ないと君の秘密をツイッターとかで書いて拡散するから」と僕を脅した。しかし、僕はやましいことはないので「書かれるようなことはしていない」と言うとルミは僕の耳元に口を近づけて「中学生の頃初恋の女の子の名前を寝言で言った」と囁(ささや)いた。
 僕は顔を赤面させて、
「そ……そんなこと言ってない! っていうか、なんで知ってるんだ?」
 ルミはケラケラ笑い、
「ここにいれば大抵の情報は揃うよー! しかも、それ全校集会の中で寝ぼけて大声で九百二十三人の生徒に聞かれたんだって?」
「う……」
 大当たりだ。
 確かに僕は中一の頃お昼の全校集会で初恋の女の子を寝ぼけて叫んだ。
 僕はルミを睨んだがルミは意に介さず「いやぁ、話は民主的にまとまったみたいだね?」では、修、店を開けましょう!」笑顔でそう言い店を開けた。
 呪ってやると思いながらも、
(あ、ダボシャツのこと文句えなかった……)
 とぼんやり思った。

 僕達は店を出ると響が、
「これから紫雨の部屋に行っていいか?」
 僕は顔を真っ赤にしてハァ? となった。
(い……いきなり僕の部屋に行っていいなんてこれ意味解って言っているのか? これデートの時の常套句(じょうとうく)で一線超える言葉だぞ)
「あ……あの……それって……なにするの?」
 僕は努めて平静を装って言うが平静でいられずしどろもどろになった。
「なんだ? しどろもどろになって変な奴だな……これからのことを話し合うに決まっているだろ」
 響の返答に僕は脱力して、
(だよな……心臓に悪い)
 しかし隅で銀狼の狼(今の大きさは小型犬くらい)の姿に変えた楼が、
「響殿には一般常識は通用しません」
 と言った。

「ただいまー」
 僕は玄関のドアを開けリビングに入ると母と鉢合わせしたので、
「おかえり。夜勤お疲れさま」というと母も「こちらからもお帰り、無断外泊するなら言って~。スマホあるんだから」と言って来た。すると??、
「昨日は私が勉強が解らないから教わっていてもらい勉強会になった」
 響が堂々とした態度で言った(本当だったら堂々という事か?)。そして、響が僕に目配せした。
「そ……そうなんだ。そしたら遅くなって……じゃあってことで……」
「あら。そうなの? でも、珍しいわね。他人に興味を示さないあなたが人に勉強を教えるなんて……」
「と……とりあえず僕達部屋に行くから……じゃね!」
「じゃあ、あとでクッキーと紅茶持っていくから!」と階下から母の声が聞こえた。

「はー……これほどまでに嘘をしんどく感じた事はない」
 僕は漸(ようや)く一日ぶりに家に帰ってきた。落ち着いてすごい脱力する。しかし、今は脱力している場合じゃない。これから、(多分)もっとしんどくなるからだ。
「??じゃあ、根本的なこと言う。これは、人間の誤解だが力の強いヴァンパイアは日光の下に出ても平気だし血を吸う必要もない。十字架も聞かないしニンニクもハッキリ言ってデマだ」
「え? だってヴァンパイアって言ったら??」
 僕は驚いて声を漏らした。
「それは、人間の誤解だ。現に紫雨はさっき真っ昼間の中堂々と歩きニンニクふんだんのペペロンチーノを食べていたろう」
「あ?」
「??で、どこか体に異常はあったか?」
 響がずいっと詰め寄る。その時部屋のドアが開いた。
「二人共―、クッキーと紅茶淹(い)れて来たわよー!」と母は声と共に僕の部屋に入って来たがタイミングが悪かった。何故なら今のこの状況は人から見たら彼女が彼氏にキスを迫っているような体制だったからだ。
「……」
「……」
「……」
 無言になる僕達三人。
 僕は楼に助けを求めたが楼が「すいません」と言わんばかりに目を逸らした。
「……あ……あの……これは、その……」
 僕が弁解する間もなく母は笑顔のまま、
「若い者には若い者の世界があるわよね~! 邪魔者は退散するわ~」
 と言いドアを静かに閉めた。
「ちょっ……ちがっ……!」
 僕が母に弁解しようとすると、
「このクッキー中々美味しいぞ」
 とサクサクとたべる響と、
「紅茶も美味しいです」
 といつの間にか人間の姿に戻っていた楼がくつろいでお茶会を開いていた。
「紫雨は食べないのか?」
 響の質問に僕はげんなりし何かを諦め「食べるよ……」といい疑問に思ってたことをぶつけた。
「ところで、なんで響が僕の名前知っているの。初対面の時から。僕は響のこと知らないのに……」
 響は黙り一息つき「やはり……覚えていないか」と呟くように言った。
「? 覚えてないって何が?」
 僕の問いに「いや、何でもない」と言い「で、本題に入るが陽の下を歩いてもペペロンチーノを食べてどこか異常はあったか?」と聞いてきた。
 なんかはぐらかされた感じがして僕は不快になったが響にまともな会話は通用しないと思い僕はこれまでのことを思い返した。するとどこも異常が無い事に気付いた。
「あれ……そういえば……」
「……だろうな。紫雨は私同様力が強いから陽の下に出てもフードや帽子を被る必要はないし平気だ。血を吸う必要もない。血を吸うのは趣向か力の弱いヴァンパイアだけだ」
 響は紅茶を飲みながら言う。
「??とはいえ、キミは暫く協会の監視下に置かれる。一応私同様ヴァンパイアなのだからな……」
「えっ? 私同様って……響も? それって??」
 僕が言いかけると響がゆっくりと立ち上がった。
「話はそれだけだ。あと楼は一応紫雨の護衛だから手元に置いとけ。狼の姿になっていれば大抵の人間は犬と勘違いしてくれるからな……じゃあな」
 響はぶっきらぼうのそれだけ言うとそそくさと出て行ってしまった。
「あっ! ちょっ? 全く勝手だなぁ……」 
 僕が肩を落としていると人間の姿の楼が僕の肩に手を置いた。
「差し出がましいようですが響様のことを悪く思わないでください。あれはあれで響殿の最大限の優しさなのです」
 と言った。
「どこが優しいのさ……」
 僕がそう言いティーカップとクッキーを片付け一階のリビングに持っていった。すると母がにやけ顔で、
「あの子帰っちゃたけど何の話してたの?」と聞いてきた。
「何の話もしてないよ……。ただ、家の事情でこの犬(こ)飼えないから少しの間預かってくれって……それだけ……」
 そう言い僕は狼の姿になった楼を見せた。
 すると、母はがっかりした様子で、
「なんだぁ……それだけ……がっかりしたわ」
 肩を落とした。すると、楼がワン! と元気良く吠えくーんと母の足元にすり寄って来た。
「そう。アナタ元気づけてくれてるの? いい仔じゃない。いいわ! 飼って! その代わり責任を持ってね」
「良かったね……楼」
 楼はわん! と元気良く吠えた。
「ところでアナタ犬にしては少し大きいわね? もしかして狼だったりして!」
「犬です」
 母の言葉に僕は速攻で否定した。
 
 僕と楼は自室に戻り窓の外を見た。
 外は先程までの天気が嘘のように曇り雨が降っていた。
「ヴァンパイアハンター……か……」
 僕はぼんやりと呟いた。
 僕は昨日まで平穏な日常だった。
 それがいきなり死んでヴァンパイアとして蘇ってヴァンパイアと戦う。
 これが、ゲームやマンガだったら十分あり得る(恐らく中二病の人間だったら間違いなく喜ぶ設定だけど生憎僕は中二病じゃない)
 だけど、これは紛れもない現実だ。
 この時は、まだ何も実感が湧かずただ遠い物語のような気がしていた。
 心のどこかで軽んじ自分と無縁な。
 僕はベッドにヨコになり目を閉じて考えた。
(どうなるんだろう? これから……)
 外では雷が鳴っていた。
 途端、ゴロゴロという大きな音がした。
(嫌な音だ……)
 ぼんやり僕はそう思い眠りに入った。
 こうして、僕の平穏な日常は終わりを告げた。


2 罪

 僕は夕陽に染まる建物の中で彼女を見る。
 返り血を浴び紅に染まった彼女を。
 彼女は茫然とし彼女の足元には化け物の死体が転がっていた。
 彼女は救いを求めるように僕に手を差し伸べる。
 僕は腰が抜けた状態で後ずさった。
 その時、彼女が悲しげの表所をし言葉を発した。その言葉は??、
 い・つ・ま・で・に・げ・る・の……?
 いつまで逃げるの?
 そう言ってるように聞こえた。

「??っ?」
 僕はそこで目が覚めた。
 窓の外からは鳥の鳴き声が聞こえる。
 もう朝だ。
 時計を見る。
 七時だ。
「学校に行く準備しよ……」
 僕はそう言うと起き上がり制服に着替えた。

 母は仕事をしているせいか朝ご飯は必然的に一人になるから朝ご飯は自分で作っている。しかし??、
 リビングに着くとフレンチトーストとベーコンエッグが出来ていて楼が人間の姿で立っていた。
「おはようございます、紫雨殿。お母上が出かけた後僭越(せんえつ)ながら食事の用意をさせて頂きました。冷めないうちにどうぞ……」
 楼はまるでどこぞの執事のように深くお辞儀をしながら言った。
 ハッキリ言って恥ずかしい。
 僕はフレンチトーストを箸で切り分け口に運ぶ。フレンチトーストはしっとりとしていて口いっぱいに甘い味が広がる。
「お口にあいますか?」
 楼がコップにコーヒーを注ぎながら感想を聞いた。
「あ……うん。美味しい……」
 僕の感想に楼は安心したのか安堵したようにほっとした表情をした。
「楼は食べないの?」
 僕の質問に楼は答えた。
「誠に失礼ながら先程お母上殿からからどっぐふぅどとなるものを朝ご飯として頂きました」
(ドッグフード……完全に犬だな)
 僕がそう思っていると楼が言った。
「紫雨殿のお母上は良く出来ていますね。仕事もして家事もして……」
「あぁ。うちは母さんが家の事も外の仕事も全部やっているから……」
「……あの、差し出がましいようですがお父上は……」
 楼の言葉に僕は黙った。そして??、
「ただの風来坊だよ……」と答えた。
「風来坊?」
 楼が聞き返した。
「自称、冒険家って言ってるけどどこで何をしてるのかさっぱり分からない。家のことを全部母さんに任せっ放しで……僕はあんな大人にだけはなりたくない」
 だから、僕は早く大人になって医者になろうと決めた。
 そう思いながら僕はコーヒーを啜った。
 コーヒーは程好(ほどよ)い温度と苦さでまだ眠気が残る頭を覚醒させる。
「紫雨殿、お父上をそのようにおっしゃっては……」
「いいよ……。あんな奴父親とは思ってないから。それより楼??その殿って言うのはやめてくれないか?」
 僕の言葉に楼は「何故?」と言い困惑した表所をした。
「その……殿って言うとすごい年より臭いし偉そうだし……普通に呼び捨てでいいよ」
 すると楼が首をヨコに振った。
「いえ、紫雨殿は偉いんです。使い魔のマスターですから。使い魔にとっての誇りはマスターを得マスターに忠義を尽くすこと。これは全使い魔共通の幸せです……ですから、紫雨殿は殿なのです」
 楼は冷静に言った。
「でも、僕は殿って呼ばれる人間じゃないし……」
 僕が困惑していると楼が少し考えこんで、
「解りました。殿が嫌なら様で。紫雨様!」
 僕はコーヒーを噴出(ふきだ)した。
「様……って楼。キミ……せめて、さんとかに出来ない?」
 楼がテーブルクロスで零(こぼ)したコーヒーを拭(ふ)きながら「出来ません……」と言った。
「じゃあ、少し職権乱用だけど命令」
「うっ!」
 楼がたじろぐ。そして「分かりました。紫雨さんで……」と言い折れた。
 僕は何か悪いことをした気がしてしまい罪悪感にかられた。
(……僕ってもしかしてブラック上司?)
 そう思いながらコーヒーを一気に飲み干し家を出た

 僕は通学路を歩く。人間の姿の楼と……。
「ねぇ……楼……」
「なんでしょうか? 紫雨さん」
「なんで楼付いて来るの?」
「安心して下さい。魔力で耳と尻尾はしまっておりますから」
 確かに楼には今狼の耳もないし尻尾もない。(まぁ、あっても今は精巧に出来たコスプレ程度にしか認識されないだろうが……)??って、そうじゃなくて……
「なんで、一緒にいるの?」
 僕の質問に楼は平然として答える。
「あなたは私のマスターで守るべき人物だからです」
「何から守るの? そんな町中に危険は……」
「あります。紫雨さんはヴァンパイアに狙われています」
 楼の言葉に僕は土曜日のルミ言われたことを思い出した。
 僕がヴァンパイアで不本意ながらもヴァンパイア(同胞)を殺して狙われていることを。そのせいか昨日の日曜日はそのことを考えていて勉強に集中出来なかった。
(くそ……勉強に集中出来なかった。このままでは遅れる)
 僕は下唇を噛んだ。
 そう考えている間に学校に着き楼と別れようとすると楼が言った。
「紫雨さん、私は学校の中に入れません。代わりに響殿が貴方様の警護に当たりますので……」
(学校でもこいつらと別れられないのか……)
 僕はげんなりした。

 僕は昇降口に着き下駄箱で上履きに履き替え三階のクラスに向かう。教室のドアをガラッと開けると今まで騒いでいたクラスメイトがシン……と静まり返った。そして、代わりに陰口が聞こえる。
「また来てるよ、アイツ」
「勉強できるからって調子こいてねー?」
「頭悪い俺らを見下してそんなに優越感に浸りたいのかよ」
 クラスメイトは僕に聞こえるように言う。
(暇な奴ら……)
 僕は溜息を吐く。
 そうこうしてる内に担任が入ってくる。そしてH・R(ホームルーム) を始める。
「皆。今日は皆に知らせが二つある。一つは、入れ」
 担任が促すと一人の人物が入ってきクラス中は「おぉ……」と感嘆な声を上げた。
 長い漆黒の髪にポニーテール。紅い瞳の美しい少女。
「響?」
 僕は驚いて声を上げた。
 すると、響が真顔で、
「あ……紫雨。同じクラスだったのか。奇遇だな」
 と言った。
「何言って……」
 僕はクラスメイトが注目してるのも忘れて響と押し問答をした。担任が「なんだお前ら知り合いか?」と言い僕は言葉に詰まり黙った。すると、響が真顔で冷静に嘘八百を言った。
「えぇ、幼馴染みみたいなもので……」
 クラス中がざわついた。
「あの神梨に……」
「あんなきれいな幼馴染み……」
 耳に入る。
「じゃあ、席は神梨の隣だな」と言い僕の隣の奴と席を交換した。(なんてお約束な……)そして、表情を崩さず「これからよろしく。紫雨」と言った。
 僕は身震いした。
 そして、担任が二つ目の知らせを言う。
「吉野山が行方不明になり昨日稲葉が死んだ」
 クラス中が騒然となった。
「稲葉は昨日予備校の帰りからの足取りが掴めず捜索していたが今朝変死体となって発見された。吉野山に至っては三日前の金曜日の夕方から行方不明だ。稲葉は吉野山になにかと突っかかっていたから警察は吉野山を重要参考人として探している。見かけたらすぐ警察に連絡するように……それじゃ、H・R(ホームルーム)終える」
 そう言うと担任はそそくさと教室から出て行った。
 担任が出て行くとクラスは騒然となった。
「オイ……マジかよ?」
「いつもいじめられた腹いせか?」
「でも、殺すなんてありえなくない?」
 まるで吉野山が稲葉を殺した犯人確定みたいに言う。担任でさえもそんな感じだった。
 それもその筈。
 稲葉は誰が見ても分かるようにトップで吉野山を苛めていた。その苛めてた奴が死んだら誰だってそいつに苛められてた奴が殺したと思うのが自然だ。勿論僕もそう思っている。
 すると、響が「後で話がある……」と小声で言って来た。
 そして僕は「生憎僕も……」と憎悪を込めて響に返答した。
 
 一時限目が終わると転校生が珍しいのか響の周りにはクラスメイトが群がっていた。
 前はどこに住んでいたのやら彼氏いるのやら。
 しかし、響は「すまないが、私は、紫雨に校内案内を頼みたい……」と言い「紫雨、少し校内案内を頼めないか?」と偉そうな態度で聞いてきた。僕は努めて平常心で「いいよ」と早口に言い響の腕を引っ張った。

「??で、どういうつもりなのさ?」
 僕達二人は今図書室にいる。理由は人目を避けるためだ。スマホやらネットが普及した為図書室は毎度閑古鳥状態だ。僕はこの時ほどネットやスマホが普及しててよかったと思ったことはない。……じゃなくて??、
「なんで僕のいる高校に転校してくるのさ? しかも、同じクラスで幼馴染みって……」
 すると、奏はいつもの調子で「協会が手配したんだ。そんなことも解らないのか?」と言った。
「……そうじゃなくて……なに学校に普通に来てるのさ? しかもなに幼馴染っていう設定って意味で……」
 すると奏はあぁ、と納得したように「それならそうと早く言え」と言った。
 え? 僕、最初からそう言ってるよね? 僕に何か落ち度ある? が、響が「これが伝統的な転校の初日の挨拶だ。じゃ、この話はこれで終わりだ……」と響が喋る。(終わりにしないでくれ……)
「紫雨、キミはヴァンパイアになったばかりだ。更に人間としての自我を持っているとはいえ何が起こるか解らない。だから、キミは監視対象でキミは私の管理下に置かれている。紫雨に何かあれば私もペナルティを負う。いわば私達は異体(いたい)同心(どうしん)だ……」
「異体同心……って、そうじゃなくて!」
「それよりこっちも紫雨に聞きたいことがある」
 響は僕の言葉を遮ってセーラー服のスカートのポケットを探った。
 僕はがっくりと項垂れた。響とまともに会話は無理だ。僕はそう悟った。そうこうしているうちに響が「あった」と言い「これを見てくれないか?」と言ったので僕は顔を上げた。すると目の前には写真があり、ある人物が写っていた。その人物は??、
「稲葉じゃん」
 吉野山をトップきって苛めていた稲葉だった。
「稲葉がどうかしたのか?」
「コイツが今日変死体となって死んだ……というのは聞いたな?」
 僕は担任の言葉を思い出し「……あぁ」と思いだした。そう言えばさっきの朝のH・R(ホームルーム)で担任がそんなこと言ってたな。
「その死体の様子知っているか?」
「は?」
 僕は響の質問の意味が理解できず聞き返した。
 何僕に聞いてんだ? コイツは……。僕と死体について語り合いたいのか?
 僕が困惑していると響が「安心しろ……私は死体について紫雨と語り合いたいわけでもないしそれに私は別に死体愛好家でもない」とテレパシーでも使ったかのように僕の考えていることを言った。
「キミ……テレパシーでも使えるの?」
 僕が言うといると響は、
「お前は考えていることが自分では気付いてないかもしれないが結構顔に出ている。あと安心しろ……テレパシーなんてもの使えないから……」
 と言った。
 そして、再度「知っているか?」と聞いてきた。
 僕は「知るわけがないだろ! そんなこと!」と怒鳴る様に返答した。??が、響は臆(おく)さず「そうか」とだけ言い、
「今朝、この男は南の美咲野南公園の茂みの中に横たわっていた。第一発見者は浮浪者。声をかけようとして近づいていたら死んでいたということが解って今、ヴァンパイハンター達が捜査している」
「ちょっと待ってくれないか、なんで近づいただけで死んでいるって解ったんだ。それに、犯人探しなら警察がやればいいんじゃないのか?」
 僕の言葉に響は、
「……普通の犯罪ならな」
 と言った。そして、
「血が無くなっていたんだ。ごっそりな……知っているだろ? 今、世間を騒がせている吸血鬼事件……」
 僕は今話題のニュースを頭の中で思い返した。そして、
「あぁ、そう言えばそんなニュースあったな? まさかそれってヴァンパイア絡み……?」
 と僕は冗談まがいに響に聞いてみた。すると響は、
「無論。まさにその犯人はヴァンパイアだ……」
「?」
 僕は絶句した。
 そして響は続ける。
「協会が警察から譲り受けた資料を見ると首筋には二本の噛み跡があり血がごっそり無くなっていたらしい」
「……警察? なんでヴァンパイア絡みに警察が出てくるのさ?」
 僕の疑問に響が、あぁと言い答えた。
「協会と警察は繋がっている。いうなれば警察は表の組織。協会は裏の組織だ」
(本気(マジ)で……)
 と、僕は思った。
「ところで先程クラスメイトが話していた吉野山とは?」
 響の質問に僕は素っ気なく返答する。
「いつも稲葉達に苛められていた奴……いつも苛められているのに笑ってて。辛いなら誰かに助けを求めればいいのに助けも求めないで……稲葉同様人間とし底辺な奴だよ……」
 僕は吉野山を思い出してイライラしてきた。
 いつもへらへらして周囲の機嫌とって。
 正に人間の底辺の象徴だ。
 僕がそう思っていると響が「人間として底辺なのはお前も同じ方だと私は思うがな……」と言った。
「なっ?」
 ふざけるな! どうして僕が底辺なんだ?
「どうして僕が底辺なんだ?」
 僕は努めて怒りを抑えて聞く。
 すると、響は、
「それは、自分で考えろ」
 と言って来た。
 その時二限目を知らせるチャイムが鳴り僕達は図書室を出て教室へ戻った。
 
「??それで紫雨君はむくれているのかい?」
 喫茶店パルフェの店内でルミは僕に聞いてきた。
「むくれてないです」
 僕はカウンター席に座り頬杖を付きながらふてくされて答えた。
 僕は朝響に言われたことが心に引っ掛かりむくれていた。なんというか心がもやもやしてすっきりしない。そのせいか、今日一日勉強に集中出来なかった。
(どうして心がこんなにもやもやするんだ)
 僕は自問自答した。しかし、いくら自問自答しても解らず結果紅茶を飲みに行くついでにルミに聞いてみた。
 しかし、ルミはくすくすと笑った。そして「君は意外と子供だね」と言った。
「は? 僕が子供? そりゃ確かに自分は未成年だしにルミさんから見たら子供ですけど……」
 僕の言葉にルミは一瞬呆気に取られてポカンとしたがやがてお腹を抱えて笑い出した。
「な、何がそんなにおかしいんですか?」
 僕がムキになって聞くとルミが、
「い、いや失礼。うん、そういう返答が来るとは思ってなくて……」
「それはどういう?」
 僕が困惑していると人間の姿をした楼が、
「歳がどうとかではありません……問題は中身です」
 と言った。
「?」
 僕が更に困惑していると、
「失礼するよ」
 とルミは僕の座っているカウンター席に紅茶を差し出した。
 コトッと静かに置かれたティーカップからは熱々の湯気が出ており紅茶の芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。しかし、僕はこの紅茶に安易に口を付けたくない。何故なら怪しいからだ。
 紅茶をタダにするからと言い挙句ツィッターに僕の秘密を拡散すると脅されて行った僕も僕だが冷静に考えれば怪しいのだ。なんでルミが紅茶を飲むよう勧めたのか。客引きだったらともかく、僕達はお客じゃない。しかも、その人物にただで紅茶を毎日ご馳走する。怪しすぎる。
(なんかヤバい奴でも入ってるんじゃ……?)
 しかし、ルミも楼も僕に出した紅茶と同じものを平然と飲んでる。
「……」
 僕は意を決して飲んだ。すると??、
「お……美味しい」
 それが紅茶を一口飲んだ後の僕の開口一番のセリフだった。
「そうだろ……私は自分で言うのもなんだが魔術同様紅茶を淹れるのも得意なんだ」
 ルミは得意げに言った。
「魔術……」
 僕は三日前の呪文みたいなものを思い出した。
(じゃああれはRPGでいう呪文詠唱名みたいなものか?)
「おや、紫雨君は魔術と聞いても驚かないんだね?」
 ルミの質問に僕は「もう何を聞いても驚きません」と答えた。
 その時カランッ! と喫茶店の出入り口が開く音がした。
「いらっしゃいませ!」
 ルミが色男モード全開で出迎えた。すると響が入って来て、
「嘘くさい笑顔やめろ。虫唾(むしず)が走る」
 と言った。
「それよりルミ、お前なにしてるんだ? 喫茶店のマスターみたいな格好をして……」
 響の質問にルミは笑顔で「修が風邪で倒れたから臨時でバイト」と言った。
(バイトって本業は?)
 僕はずるっとこけた。
 しかし、響は表情を崩さず「そうか」と答えその隙に僕の左腕を掴んだ。そして「仕事だ」と言った。
「し……仕事って?」
 僕は嫌な予感がして恐る恐る響に聞いた。
 すると響はハッキリと言った。
「ヴァンパイアハンターの、な」
 僕は瞬時に三日前の悪夢が蘇り逃げようとしたが響にがっちりと左腕を掴まれた。
「腕をへし折ってでも連れて行く。いくら不死とはいえ痛覚は生きているのだから腕をへし折られたら痛さでしばらく動けないだろう。なに、すぐ骨は再生しくっつく。ヴァンパイアなのだからな。どのみちお前には戦うという一択しか残されていない」
 響はそう言い僕の左腕に力をかけた。左腕がミシミシとなる。
 痛い痛い痛い。そして、僕は遂に根負けして、
「解った。行く。行くから」
 と了承してしまった。
 そう言うと響は手をぱっと離し僕は床にどさっと座り込んだ。そして「なら早くしろ。楼! お前も来い」と言うと楼は「解りました」と言い僕に頭(こうべ)を垂れ「貴方様を守らせていただきます」と言った。
 すると一部始終見てた店内にいた客がくすくすと笑い外国人に至っては何かのコストパフォーマンスと勘違いしブラボー! と言い拍手していた。
(恥ずかしい……他に客いるんだから)
 僕はそう思い赤面した。

「ここが稲葉という者の死体発見現場の公園だ……」
 僕達は夕暮れの中美咲野南公園に今いる。理由はヴァンパイアを殺す為だ。
「ここが一番匂いが強いな……紫雨も嗅(か)いでみろ。一発で他と臭(にお)いが違うから」
 響がそう言ったので僕は臭いを嗅いでみる、すると、ひと際(きわ)甘い匂いがした。
 まるで、子供の頃嗅いだ甘いワインのような匂いが……。
 すると狼の姿の楼が、
「紫雨さん。あまり嗅ぎ過ぎないほうがいいですよ……中毒になりますから」
 と言った。
「中毒?」
 僕が聞き返すと響が、
「血液中毒だ。中毒になると暴走したり依存したりする。人間でいうと麻薬と同じだ」
 と答えた。
「それって??」
 僕が言いかけると響と楼が「来たっ!」と言い僕の腕を引っ張った。それと同時に僕が先程まで立っていた場所に火球が飛んで来た。
「ひっ!」
 僕は驚き恐れ恐怖で声が漏れだす。
 すると、今度はパチンと指を鳴らす音が聞こえ周囲がぐらりと歪みこの間のCGみたいな背景になった。
「障壁結界か……」
「障壁結界?」
「ヴァンパイアが本来の実力を発揮するための結界世界だ。現実の世界ではヴァンパイアの力は半分しか出せないがこの結界の中ではヴァンパイは百パーセントの力を発揮出来る」
 僕の質問に響がそう答えると前方から「ご名答」と聞き覚えのある声がした。匂いが濃くなり楼が巨大な銀狼姿になりグルルと唸(うな)る。
(この声は……?)
 闇から声の主が姿を現した。その声の主は??、
「吉野山っ?」
 だった。
 匂いは吉野山から強く発せられていた。
「お前が吉野山か?」
 と響が吉野山に聞いた。
「そうだよ、僕が吉野山。ところで、キミ誰?」
 吉野山の問いに響は簡潔に答えた。
「ただのヴァンパイアハンターだ……」
 すると、吉野山は急に笑い出しハッキリ言った。
「匂う。キミからも神梨からも僕と同じ血の匂いが……っていうか、キミ達僕らの同族じゃん? なんでヴァンパイアがヴァンパイハンターをやっているの?」
(? やっぱり、響はヴァンパイア!)
 僕は響を見たが響は視線をずらさず真っ直ぐに吉野山を見つめていた。そして「ヴァンパイアに答える道理はない」と言った。
「そんな丸腰で僕とどう戦おうっていうの? そもそも、僕はキミに用はないんだよ。僕が用があるのは神梨なんだよ……」
 僕は予想外の言葉に驚いた。
「な……僕? なんで……?」
 すると吉野山は黙ったがやがて口を開けた。
「……神梨だけじゃない。僕を見捨てた奴。僕を苛めるのを見て見ぬふりをした奴。アイツ等こそ生きている価値が無い……」
 僕は吉野山が日頃から稲葉に生きている価値が無いと言われていたのを知っていた。そして、皆もそれを知っている。
「そして、皆僕を見捨てた。僕が苦しんでいたのを知っているくせに……だから僕は笑っていた。笑っていれば辛いことも乗り越えられた。だけど、もう限界だった……」
 吉野山は下を向きわなわなと震えて言った。
「そして、神梨も知っていた。知っていたなら助けてくれても良かったはず……にも関わらず皆と同じように無視してた。キミも同じなんだよっ! 僕を苛めてた奴と!」
「そんなっ! だったら助けてって言えば……」
 僕の言葉に「じゃあ言えば助けてくれた?」と吉野山は僕を見て言った。
「僕が言えば神梨は……皆は助けてくれたの?」
「それは……」
 僕は言葉に詰まる。
 そうだ。吉野山が言う通り吉野山が助けてと言えば僕は……皆は助けていただろうか?
 答えは否。誰も助けない。皆我が身がかわいいからだ。
 結局は僕も吉野山を苛めていた。僕も人間として底辺の部類だった。
「だけど、僕はもう今迄の弱い僕じゃない。神様は僕に超人的な力をくれた。これで今迄僕を苛めていた奴らに復讐できる。あの時の稲葉は傑作(けっさく)だった。泣いて僕に懇願(こんがん)して許してくれ許してくれって言うんだから……そして、次はキミだ、神梨」
 すると黙っていた響が「遺言(ゆいごん)はそれだけか?」と聞いた。
「何?」
「遺言がそれだけだったらいい」
 そう言い響は立ち尽くし剣を構えるような動作をした。そして「血の盟約よっ! 我が言葉に呼応せよっ!」と呼びかけるように言った。すると、響の手に水が集まり剣になった。
「?」
 僕は驚いた。
 なぜ何もないとこから剣が? と思っていると楼が「空気中の水分です」と答えた。
「空気中の水分?」
「えぇ。ヴァンパイアは血の盟約により属性によって様々な能力を持っています。ただ、どんな能力を持っているかは分かりませんが。響殿は水属性で空気中の水分を集めて水の剣を作るんです。そして恐らくあのヴァンパイアは火属性で火を操る能力なのでしょう。とりあえず紫雨さんもやってみましょう! 血を操る感じをイメージしてみて下さい!」
「イメージって……血の盟約よ。我が言葉に呼応せよっ!」
 僕は楼の言葉に戸惑いながら先程響が言った言葉を真似て言ってみた。しかし、
「……」
 何も起きなかった。
「あ……あれ何も起きない」
「……イメージしました?」
 楼の言葉に僕は「……っていうより、イメージってどうやればいいの?」と楼に聞いた。
 すると吉野山は笑い、
「あっははは! なにそれー! なーんにも起きないじゃん! とんだ出来損ないだ! まぁ、いいや。こっちとしては敵が何も出来ないのは好都合だから。二人纏(まと)めてあの世に送ってあげるよ」
 すると吉野山から無数の火球が飛んで来た。そして辺り一面が火に包まれ近くにあった花壇が燃えた。
「うわっ! 熱っ!」
 僕は完全に冷静さを失いどうしていいか分からず動揺していた。その時火が大きくうねり僕を包み込もうとしていたが途端しゅううう……と火が蒸発した。
「?」
 僕が突然のことに驚いていると響が剣を振り剣から水がほとばしり火を蒸発させている。
「オイ、お前は早く能力を開花させろ!」
 響の無茶振りに僕は「そんなの無理だよ」と答えた。すると、響はチッと舌打ちし、
「くそっ! やはりお前を連れて来たのは失敗か……」と言った。
「じゃあなんで連れて来たのさ? 響一人でも十分じゃないか!」
 僕の問いに響は、
「戦力は一人でも多い方がいい。それに、実戦に慣れておく必要がある。だが、今のお前はハッキリ言って足手まといだ……戦う気が無いなら失せろ。結界から出て楼に守ってもらえ!」
「??っ!」
「なぁに? 仲間割れ? まぁ、これから死ぬんだからどうなってもいいけど……」
 すると、火の大火球が飛んで来た。
 しかし響が「血の盟約に応え。水よ! 我を守りたまえ!」と(恐らく)能力に命令すると広範囲に水の結界が張られ大火球を一瞬にして蒸発させた。
「ちっ! 水の結界か!」
「す……すごい、響! これなら勝てるよ!」
 僕が半(なか)ば浮かれていると響が膝から崩れ落ちた。
「響……?」
「くそっ! やはり大規模の結界は魔力の消費が激しいな……」
「どういう?」
 僕が響に説明を求めていると、
「紫雨殿。響殿の魔力はまだ不安定で安定していないのです。それなのにあんな大規模な魔術を使ったらすぐに魔力は減ります」
「それって……つまり??」
「エネルギー切れです」
 僕は愕然(がくぜん)とした。
「……じゃあ、なんで響はさっき水の結界を張ったの? 響だって知らないわけがないだろ?」
 僕の質問に響は答えた。
「巻き込んでしまったお前を死なせたくなかったからだ……」
「巻き込んだ……僕を……?」
「自分のせいで巻き込んでしまった。自分のせいで紫雨をヴァンパイアにしてしまいこの戦いに巻き込んでしまったことへの負い目だ……」
「そんな……」
 確かに僕は響のせいで巻き込まれヴァンパイアにされた。だが、それは僕を助ける為だった。現に今も響は僕を助けようとしている。
 すると吉野山が高笑いを浮かべて「なに? 今更友情ごっこ!」と聞いてきた。それと同時に火球が飛んできて響が「危ない!」と言い火球から僕を庇い火球をもろに背中に受けた。
「響?」
「響殿?」
「うっ……ぐっ……」
 響が蹲(うずくま)り苦しそうに声を出す。
「当分このヴァンパイハンターは回復しなさそうだね? さー、次は誰?」
 僕はどうすればいいか考えていると楼が「紫雨さん……響殿をお連れお逃げください」と小声で言った。
「なっ! それじゃ楼は……?」
「……」
 楼は黙った。そして、
「この場で私達全員が残っても犬死するだけです……生き残り対策を考えるのも手です。何より紫雨さん、あなたは私のマスター。マスターの為に命を尽くすのも使い魔としての最高の栄誉です。私達使い魔とマスターの命ではマスターの命の方が重いのですから……」
 楼の言葉を聞いて僕は心底頭にキタ。
「ふざけるな!」
 楼は呆気にとられポカンとした。
「使い魔の命よりマスターの方が重い。マスターの為に命を尽くすのも使い魔としての最高の栄誉? ふざけるなよ! キミの意志はどうなんだよ?」
 楼は黙ったが、
「……今まで我々使い魔の主人は使い魔のことなんか考えなかった。やはり、貴方に尽くせることが出来私は幸せです」と呟き、「紫雨さん。響殿を連れこの空間から脱出して下さい」
 楼はそう言いうや否や吉野山に向かって一直線に走り吉野山の腕に噛みついた。
「なっ! このくそ犬!」
 吉野山は楼を振り払おうとするが楼は離れない。一心不乱に噛みついている。しかし、吉野山が大きく振り払い楼を引き剥がす。
「キャン!」
 楼はそう鳴き木に激突する。
「楼っ!」
 僕は横目で響を見る。まだ回復しきっていないのか背中の火傷はシュウウウという音を立てて修復している。
 どうして僕なんかを守るんだ。こんなになってまで。
「さぁ、次は神梨! キミの番。今迄キミの仲間が神梨の代わりに攻撃を受けていたけれど今はもうキミ一人だ。キミは自分以外の人間ならいくら傷付いても平気な人間だから人の痛みなんて分かんないでしょ? キミにとって自分以外はクズなんだから」
 そうだ……僕以外はクズだ。だから……。
「それは……違う」
 響は傷つきがならも重く口を開いた。
「もし……本当に……他人が……どう……な;っても……いい……なら……ただ……の……使い……魔の……事……なんか……心配……しない」
 僕は驚き響を見た。
「使い……魔……なんて……使い……捨ての……道具……としか……見ない……マスター……が多い。紫雨は……まだ……使い魔……とか……知らないが……それでも……他人を……思いやれる……心を……持っている……。他人を……思いやれることが……本当の強さだ……。なら……紫雨は……今……自分を……苛めていた……人間に……復讐し……傷つける……お前なんかより……よっぽど強い」
 僕は響の言葉に嬉しくて涙を流した。
 会ってまだ数日なのに僕の忘れていた心の奥底を引き出してくれたからだ。
 僕は下を向いていたが涙を拭い真っ直ぐ吉野山を見た。そして「僕が相手になる」と言った。
「バ……カ……し……ぐれ……に……げろ……」
 僕は響の顔を見て答えた。
「僕を勝手に巻き込んでおいて勝手に自己完結なんて本当に勝手すぎないか? もし、響が僕に対して負い目を感じているなら最後まで突き合わさせろ! 盾くらいにはなる!」
 響は呆れ顔をしたが「……ったく、強情だ……」と言った。
 しかし何か策があるのか? と言われれば全く策はない。とりあえず、本当に文字通り盾になり響の回復力に賭けるしかない。
「ふ~ん。まぁ、キミには怨みがあるから散々いたぶってから殺してあげるよ」
 そう言うと吉野山は僕目がけて一直線に突っ込んで自身の手で僕の腹部を刺した。
「っ?」
(痛い……でも、これぐらいどうってことない!)
 僕の刺された箇所からは血がだらだらと流れているがそんなことなんか忘れてそこから一歩も動かなかった。
 しかし、吉野山は容赦なく僕の体の数ヶ所を刺してきた。やがて痛みが限界にきて僕はしゃがみこんだ。
 「随分もったね!」と吉野山が醜悪(しゅうあく)な笑顔を浮かべて「じゃあとどめだよっ!」と吉野山が僕を斬りかかろうとした時、僕は、
(ここで終わるのか? そんなのは嫌だっ! ちくしょう! せめて紐みたいにコイツを動けなくするものがあればっ……!)
 と僕は紐をイメージし念じた。
 すると僕の腹部から出た血が鋭く吉野山に向かって高速で伸び吉野山を拘束した。
「なっ?」
 吉野山は必死で藻(も)掻(が)くが血は鞭のように絡まりほどけない。やがて修復がいつの間にか終わったのか響が「終わりだ!」と言い響が吉野山の胸を貫き心臓を取り出した。
「心臓を取り出しても自身に取り込めば再生する。しかし、潰せば再生は出来ず本人も死ぬ……」
 吉野山が「やっ……やめろ!」と言うが響は聞かず「終わりだ」といい吉野山の心臓を握り潰した。それと同時に吉野山の断末魔の悲鳴が響き渡った。
 吉野山が石膏のようになり粉々になって消滅すると結界も解除され壊れていたものが現実空間では関係ないのか修復され元通りになっていた。
 そして、僕はその場にへたり込み「し……死ぬかと思った」と呟いていると響が頭上から「この大バカ者っ!」と怒鳴って来た。
「今回は上手くいったから良かったものの下手をすれば全滅だったぞ。お前には非情さが足りない! 仕事には??」と云々間言ってきたが最後に「だがよくやった」と安堵した表情で僕を褒めた。
(コイツって……もしかして仲間思い?)
 僕は僕の知らない響の一面を知り嬉しくなり顔を赤くした。その時僕は楼のことを思い出した。
「楼は? 楼!」
 と僕が叫び名が呼ぶと、
「お呼びですか? 紫雨さん」
 と、茂みから体を引きずりながら子犬姿の銀狼のままの楼が近寄って来た。
「楼っ! 無事だったんだ! 良かったぁ!」
 そう言い僕は楼を抱き占めた。みると、楼も尻尾をブンブン振っている。
「とりあえず楼……お前平気か? かなり、勢いよく吹っ飛ばされたが……」
 僕の質問に楼は笑顔で、
「紫雨さん。使い魔を舐めないでいただかないでしょうか。使い魔はマスターの魔力を吸収している為多少の怪我は平気なのです」
 と答えた。
「えっ? じゃあ、僕からも?」
 僕の返答に対して楼は、
「いえ。まだ紫雨さんとは血の契約を交わしてないから仮契約です。その間は使い魔自身の魔力自身で何とかするか契約が失効していない前契約者の魔力で補(おぎな)います。今の私の場合はルミ殿です。それに、魔力を吸われても命を吸い取っているわけではありませんからご安心を……」
「そっか……」
 僕は何となく安堵した。
「和んでいるところ失礼だが速急にパルフェに戻るぞ。終わった事をルミに報告しないとな……」
 と響は軽く咳払いして言った。
「あ……」
 というやり取りをし僕達はパルフェに戻った。

「成程。紐をイメージしたら血が鞭のように……」
 ルミは紅茶をティーカップに注ぎながら呟くように僕から聞いた話を復唱した。響は店の奥で楼の手当てをしている為店には僕とルミだけだ。ルミはティーカップに紅茶を注ぎ終えると「どうやら紫雨君は無属性の血を操る能力みたいだね……」と静かに言い「あ、この紅茶どうぞ」と紅茶が入ったティーカップを僕に差し出した。
「あ、どうも……で、無属性の血を操る能力って」
 僕の質問にルミは、
「まさに血を操る能力。その能力は攻撃にも防御にも使える。しかも、無属性だからどの属性にも弱点はない。かと言って強いところもない。難しい属性なんだ……稀にいるんだよ。どの属性にも属さないヴァンパイアが……」
「……個性が無いってことなんですね?」
 僕の言葉にルミは「言い方悪いけどそうゆうこと!」と答えた。
 僕は考えた。
(ある意味本当に難しい)と思った。そしてルミが、
「過去に一度同じような能力を持ったヴァンパイアがいたらしい。始祖のヴァンパイアのヴィクトリアール。彼は自身の血を操り武器にも防御能力にも優れていた。多くのヴァンパイアがいたが血を操る能力は後にも先にも彼一人だけだったよ」
「だった……か。じゃあ、今はもう……」
「当たり。今はもういないよ」
 ルミは真剣な顔で言った。
 ルミの言葉に僕は「え? なんでまた?」と言葉を漏らした。
「ん? それはひ・み・つ!」
「ふーん、あ、そ」
「え? ちょっと待って、リアクション薄くない。普通そこは教えてじゃない?」
「いいよ。別に。あんまり興味ないし」
「反応薄いな。じゃ、いいよ教えないから」
 ルミは残念そうに言い、そして「まぁ、つまり君の能力は珍しいってこと。ただ、貧血にもなりやすいから注意してね!」とも言った。
「え? なんで?」
「だって、その能力は血を流さないと発動しないよ。最初に念じた時に何も起こらなかったのは血を流してないからだよ」
 確かに最初念じた時血は流していなかった。
「??と、いうわけで。はい」
 とルミはコトッ! とカウンターテーブルの上に錠剤の入った小瓶を置いた。
「これは?」
 僕の問いにルミは笑顔で「造血剤!」と言った。
「造血剤……」
「ヴァンパイアは今日倒した一人だけじゃないよ。他にも沢山いるから頑張ってね!」
 ルミの言葉に僕は現実に返る。
(そうだ。吉野山だけじゃない……)
 僕はそう思い気が重くなった。
「どうした? しけた面(つら)をして……」
 店の奥から楼と共に響が現れた。
 手当てが終わったのか楼も元気だ。
「おや? 手当ては終わったのかい?」
 ルミの言葉に響は「使い魔はお前の魔力で傷が治るのは早いし私もヴァンパイアだから丈夫に出来ている何当たり前のことを聞いているんだ」と言った。
(成程……)
 僕は納得した。
 響には先程の戦闘で戦った時に出来た傷がかすり傷一つ出来ていない。そして、僕も一つも出来ていない。
(ヴァンパイアの自己修復能力か……)
 僕は改めて自分が人間じゃないことを思い知らされる。
 僕が自分に嫌悪していると響が「どうした?」と聞いてきた。
「何でも……」
 僕が呆然と答えるとルミが、
「あ、そうそう! 能力は人前では使わないでね。騒ぎになると上がうるさいし君にも罰則が付くし」
「罰則……どんな?」
「人間の刑期と同じで裁判を起こします。それにより刑が決まります」
 と楼が説明した。 
「じゃっ、かいさーん! お疲れさん!」と言い閉店の準備を始めた。
 僕も帰ろうとした時兼ねてから疑問に思っていたことを聞いた。
「あのさ……ルミもヴァンパイア……?」
 と、ルミに聞くとルミは「どうして?」と聞き返した。
「いや……どうしてって……魔術とか使えるし……」
 僕が考えながら話すとルミは冷静に、
「人間もちゃんと修練を積めば魔術を使えるようになるよ」
 と答えた、そして、
「第一私がヴァンパイアであろうがなかろうが君にとって害はない。関係はないよ」
 と言いテーブルを拭き始めた。
(うやむやにされてしまった)
 僕は困惑した。
 しかし、僕も眠くなったので時計を見た。時計は十二時を指していた。
「やばいっ! 早く帰らないと予習する時間が無くなるっ!」
 そう言い僕は楼を連れて急いで店を出た。


3 鈴倉綾音
 
「??し。神梨!」
 僕は担任に呼ばれていることを思い出し我に返った。
「はっ、はいっ!」 
「さっきから呼んでいるぞ! 小テストの返却だ」
「あ、ハイ」
 僕は担任の元へ行きテストを受け取る。
「神梨はいつも通り学年トップだ。みんなも頑張れ!」と担任が言った。
 その瞬間クラスの敵意に満ちた目が僕に向けられた。
 僕は自分の席に戻りいつも通り授業を受けた。
 休み時間になりクラスメイト達は思い思いの話をしている。
 吉野山との戦いから一週間がたった。
 世間では吉野山は未だ失踪者だ。しかし、クラスメイト達はそんなことお構いなしに流行りのゲームや歌やらと最初は吉野山の失踪に興味を持っていた生徒も今は全くのゼロで関心もない。
 僕と響だけが知っている。吉野山の最後を。あの苦渋に満ちた最後を。
 僕はぼんやりと思った。
 その時どこからかいい匂いがしてきた。でも香水とかじゃない。凄く自然な匂いだ。僕は匂いの元をたどろうと顔を上げた。
(教室の外からだ……)
 と僕が丁度教室のドアを見ると同時に、
「なぁ……あの子可愛くね?」
 と男子が開け放たれた教室のドアの外を見ながら言った。僕も声につられ見ると教室のドアの傍には青灰色の髪をした少女が顔を赤くしもじもじしながらこちらを見ていた。
「……あの時助けた女の子……!」
 あの時とは二週間くらい前に子ネコを助けた時木から落っこちて僕が下敷きになって助けた時だ。
(なんだろう? このクラスに知り合いでもいるのかな?)
 僕がぼんやりと見つめていると少女と目が合った。その時少女は更に顔を赤くし下を向いた。その時クラスのお調子者の男子水野(みずの)が少女に声をかけやがて大声で、
「おーい! 神梨―! お前に女だぞー!」と叫んだ。
 クラス中は騒然となった。
「えー? 神梨に女―!」
「あのガリ勉にー!」
「もしかしてやることやってるのかー?」
 クラス中が好き勝手なことを言ってるが僕は構わず少し困惑しながら少女の元まで行った。すると、匂いが一段と濃くなった。どうやら、匂いの元は少女らしい。だが周りは気付けいていない。
「あの……なに? 何か用?」
 僕はぶっきらぼうに少女に聞いた。
 すると、少女はますます顔を赤くさせ黙った。
「……」
 いい匂いがする。でもそれは、甘いとかの匂いじゃなくて今まで嗅いだことの匂いだ。一言でいうなら美しい。そんな匂いだった。
 その為匂いに気を取られて少しボーっとしていたがすぐに我に返り遂素っ気なく、
「……言いたいことないなら僕は行くよ?」
 と僕はぶっきらぼうにそう言ってしまった。僕が教室へ戻ろうと踵(きびす)を返すと、少女が「あっ! 待って下さいっ!」と大声で言い、
「あの時……二週間くらい前私を助けてくれてありがとうございますっ!」
 僕は振り向き「あぁ、あれ? ネコの時の事?」と聞いた。
「はいっ! もしかして覚えててくれたんですか?」
「あぁ、まぁ」
「ずっと、お礼を言いたくて学校中探していたんです。そしたら、特徴が似たような人がいるって聞いて来てみたらあなたがいたんです」
「あぁ……そうなの」
 少女は嬉しそうに話す。
 しかし僕は正直どうでもよかった。あんなの気まぐれで助けただけだし感謝される覚えもない。
「??で、お礼なのですが駅前の喫茶店でお茶でもいかがですか?」
「え? で、でもお茶ったって??」と僕が断ろうとした時背後から殺気が伝わった。横目でちらっとクラスの方を見ると、
 テメェ断るつもりか?
 何様のつもりだ?
 断ったら殺す……
 と言わんばかりに男子生徒達がもの凄い形相で僕を睨(にら)んでいた。
 流石に僕もいくら死なないとはいえ殺されるのは嫌だし(死なないけど)それに僕は女性が苦手であって別に嫌いなわけではないので、
「あ……あぁ。いいよ! お茶に行こうか?」と冷や汗をかきながら務めて笑顔で了承した。
 すると、少女は花がほころぶような笑顔になり、
「ほんとですかっ! ありがとうございますっ! あっ、自己紹介まだでしたね?……私一年の鈴倉綾音と言って、生徒会副会長をしています……」
 と自己紹介をした。
「え? 綾音?」
「はいっ! 神梨先輩! では放課後校門で。またっ!」
 僕は茫然と佇んでいると水野が、
「おいおい、神梨! どこであんなかわいい子と知り合ったんだよ? もし、他にもいるなら俺にも紹介……って神梨?」
 と肩に手を回してきたが僕はそんなことに構わず手をどけて席へ着きそして、
(綾音……綾音……綾音……)
 と呪文のように呟き
二時限目が始まると響が「遅刻した……」と言い入って来た。

 あっという間に放課後になり僕は校門へ向かおうとするが響に腕を掴まれ「どこへ行く?」と聞かれた。
「どこだっていいだろ」
 と僕は答えた。
「今日は対ヴァンパイア用の作戦会議だ」
「知らないよ。そんな急に言われたって」
「急に決まったから急だ」
 僕はバッと腕を払い、
「僕にだって急な用事はある!」
 と言い響をその場に置いて校門へ急いだ。

 校門では綾音がすでに待っており、
 僕は走って綾音に駆け寄り「ごめん! 待った?」 と聞くと綾音は遠慮がちに「いえ、今来たばかりですから。それより行きましょう! 神梨先輩っ!」と言い綾音がすかさず僕の手を掴んできた。
 僕はドキッとした。
 女の子と手を握るなんて初めてだ。いや、初めてじゃないけど。前に響と手を握ったけどあの時は忙しかったしノーカンだ。
 僕はドキドキしてしたのでなんとか意識を紛らわすために話題を振った。
「そう言えば綾音って僕の名前知ってたよね? なんで?」
 すると綾音は笑って「皆知ってますよ! 緋色の髪に緑色の瞳といったら模試荒らし神梨だって……一年の間でも結構有名ですからすぐに分かりました」と言った。
(模試荒らし……)
 否定出来ない。
 確かに僕は模試に行くと場の空気を乱すとのこと(会場の試験官曰く)。
 理由はすぐに答案を提出し満点を取るから。その為模試会場から出入り禁止を喰らったことがある。
(理不尽……)
 僕がそう思っていると綾音が、
「今行くお店は商店街で紅茶がとっても美味しいお店なんです」
 と笑顔で言った。
「そうなんだ、じゃあ楽しみだ!」
 すると人間の姿の楼がやって来た。
「紫雨さん。迎えに来るのが遅くなってすみません。少し母上殿の相手をしていましたので……」
 僕は、あぁと思った。
 母さんが楼をネコっ可愛がりしている姿が目に浮かぶ。
 すると綾音が、
「弟さん? ですか?」
 と聞いてきた。
 すると楼は「弟ではありません。ある……ムグ」
 僕は楼の口を急いで塞(ふさ)ぎ、
「し……親戚の子だよ。親戚。ね、楼?」
 と僕は有無を言わさないような笑顔で楼に聞いた。楼が苦しそうに涙目でコクコクと頷いた。
「よし」
 と言い僕は楼から手を離した。
「親戚の子なんですか?」
 綾音が考えこんでいると楼が小声で僕に「いきなり何をするんですか?」と聞いてきた。
「主なんて言ったら僕変人扱いされてそっちの趣味の人間だと思われるから皆の前では主と言わないように……これは絶対」
 楼は納得した様子で「成程……はい、解りました」と言った。
 その時考えこんでいた綾音がぱっと顔を上げて、
「そうだっ! 良かったら楼くんだっけ? キミも喫茶店に行く?」
 と綾音が楼に聞いてきた。しかし楼は「お二人の邪魔をしては悪いですから……」と言い断ったが綾音は「いえ、人数が多い方がお茶も美味しいですよ!」と言った。
 楼は考えこみ、やがて「では、お供させていただきます。お嬢様」と優雅にお辞儀をしてみせた。
(執事か?)
 僕はそう思い楼と綾音で喫茶店へ向かった。

 僕は喫茶店で仏頂面をして紅茶を飲んでいる。
 理由は、
「やー、うれしいねー! 私の紅茶のファンなんてー!」
「ルミさんカルボナーラ出来たので二番テーブルに持って行って下さい」
 修ができたてのカルボナーラを出した。
「解ったよー! じゃあ、二人共ごゆっくりー!」
 向かった先はパルフェだったからだ。
(なんで僕はこうもここに縁があるんだ……?)
 僕は黙って出された紅茶を飲んだ。(とは、言っても元々ここに来て紅茶を飲む約束はルミとされていたけど……)
「ここの紅茶すっごく美味しいんです!……って、神梨先輩どっか体調悪いんですか? 顔がすっごい険しいですけど……」
 綾音が心配そうに覗き込んできたので僕はすぐに笑顔を作り、
「あぁ、ごめん。なんともないよ」
 と言った。
「なら、いいんですが……」
「……あ、そういえばあの後どうだった?」
 少し、気まずくなったので僕は話題を変えた。
「え?」
「ほら、あの後ネコを助けようとして盛大に落ちてどっかケガとかしなかった?」
 すると綾音は笑顔で、
「あ、それは神梨先輩のおかげで平気でした! かすり傷一つも負ってません!」
「そうか。良かった」
 僕は安心した。
 すると綾音が、
「神梨先輩って優しいんですね!」
 と笑顔で言ってきた。
「は?」
 優しい? 僕の? どこが?
「僕のどこが優しいの?」
 すると綾音が答えた。
「だって見ず知らずの私を助けてその上心配までしてくれて……」
「ベ……別にこれは……」
 僕は自分でも驚くほど動揺した。
「実は私ちょっと前まで神梨先輩を誤解していたんです……模試荒らしとか冷血とか……そんな噂ばかりで……」
 本当の事を言われて僕は反論できない。事実僕は苛められている吉野山を見捨てたのだから。
「でも、会って話してみたらすごく優しい人だなってわかりました!」
(優しい人……)
 僕の良心がズキリと痛む。
 僕が黙ると綾音が、
「あっ、あのっ! ライン交換しませんかっ?」
 と聞いてきた。
「えっ?」
 僕は綾音の突然の申し出に驚いた。
「あの良ければ……ですが……」
 と綾音は顔を真っ赤にさせもじもじしながら聞いた。
「ま……まぁ、ラインくらいならいいけど? 僕なんかとライン交換したいの?」
 すると綾音は、
「神梨先輩がいいんですっ!」と大声で言った。
 店内にいた人間が驚いて僕らを見る。
「綾音さん……落ち着いて下さい」
 と楼がすかさずフォローを入れた。
「あ……はい……」
 綾音は今度は顔をやかんのようにっ真っ赤にさせ頭から湯気まで出ている。
(? なんでさっきから顔を赤くさせているんだ?)
 僕には綾音が先程から顔を赤くさせている意味が解らなかった。
「じゃあ、ライン交換するからスマホ……」
 僕の言葉に綾音は慌てながらカバンからスマホを取り出した。スマホは淡いピンク色だった。
 僕達はラインを交換すると互いに試しにメッセージを送信した。
『よろしく』と僕が打ち送信すると綾音は可愛いクマのキャラクターもののスタンプで『よろしくお願いします』とすぐさま送信してきた。
「これでいつでもお喋りできますねっ! 神梨先輩!」
 と綾音は満面の笑みで僕に笑いかけてきた。
 やはりかわいかった。
 しかし、僕はそんなことより気になっていたことを綾音に聞いた。
「ねぇ。昔子供の頃僕に会ったことない?」
 と聞いた。
 僕は聞いてから恥ずかしくなり今度は僕が顔を赤くした。
(うわ~、これナンパじゃん。って、いうかいつの時代のナンパだよ? 今時こんなセリフ恋愛ドラマでも使わないよ……)
 と、僕が思っていると綾音が顔を赤くしポーっとした瞳で「神梨先輩ロマンチック……素敵です」と呟いた。
「はい?」
 僕は綾音の言葉に拍子抜けした。
 いや、これ絶対引くだろ? 何年前のナンパで恋愛ドラマでは使い古されたセリフ……これに引かない女子はいない。が??、
「私こういうセリフずっと憧れてたんです! キミとは運命を感じる、みたいなセリフ!」
 と綾音は言い頬に手を当て顔を真っ赤にして言った。
(強い……)
「だけど、残念ながら子供の頃に神梨先輩とは会ったことはありません……」
 綾音がシュンとした表情をし下を向いた。
「あ、いいよ……そんな気にしなくて。昔、気になってた子に似てただけだからっ!」
 と僕は柄にもなく慌てふためいて言った。
(……と、すると綾音じゃない? でも、綾音って名前。青灰色の瞳に髪の色。もしかして忘れてるだけかも? あっ、そういえば僕あの子の苗字知らなかった……くそっ! 知ってればっ!)
 僕は心の中で地団太踏んだ。
「あのどうしました?」と綾音が僕に問い掛け僕は「あぁ、ごめん。何でもないよ……」と平静に答えると頭上から「下らないナンパをしているな……」とため息交じりの冷たい声が聞こえて来た。
「?」
 僕は驚いて頭上を見ると「響……」がいた。
「仕事すっぽかしてナンパとはいい度胸だな?」
「あ……これは……その……」
 と僕がしどろもどろになっていると綾音が立ち上がって、
「でっ……デートじゃありません。この間助けてもらった時のお礼ですっ!」
 と顔をまたも真っ赤にし力一杯否定した。
「この間……?」
 響が聞き返した。
「あ……はいっ! この間木から落ちた私を身を挺して庇ってくれたんですっ!」
 綾音の力一杯の言葉に響が僕を見て「……だ、そうだが?」と僕に聞いてきた。僕は響を見ずに「あぁ、結果論はそうだけど」と答えた。
「ふーん。そうなんだ……ところでそれより仕事」
 と響が言った。
 すると綾音が「仕事って何の仕事してるんですか?」と確信を突く質問をしてきた。
「えっ? そ……それは……その……」
(ヴァンパイアハンターなんて口が裂けても言えない……)
 僕がしどろもどろしているとルミが「この店のバイトだよー!」と笑顔で答えた。
「へ?」
 僕はポカンとしていると響が「そうだが……な。紫雨」と僕に聞いてきた。そして肩肘で僕の腕をつついた。僕はすぐさま「う……うん! そうなんだ!」と答えた
「そうだったんですか! じゃあ、マスターとも顔なじみだったんですね?」と綾音はとても驚いた様子だった。
「んー! そーいうこと! と、言うより私はマスターじゃないよ! ただの手伝い! 騙していてごめんね!」
 ルミは片目ウインクをして俗に云うテヘペロ! 状態の表情だった。すると、綾音は「騙すなんてとんでもありません。神梨先輩は知らないフリをしてくれましたしマスターさんというのも私が勝手に勘違いしていただけで……本当にごめんなさい!」と綾音は本当にすまなそうな顔をした。
「あ……いや……」
 僕がどもっていると響がもの凄い形相でこちらを見ている……と、言うか睨んでいる。
 何故怒っているのかは分からないが、やばい……。やばい、やばい。非常にやばい。
「じゃ、じゃあ僕達これから仕事だからごめんね!」
 綾音は名残惜しそうだったがすぐに「解りました! お仕事頑張ってください!」と言い店を出た。
 綾音が出た後ルミが「休憩室使っていいよ」と言ったので僕は響の腕を掴み休憩室に直行する。
「ねぇ? なんで怒ってるの?」
 僕の問いに響は「怒ってない……」と僕を見ずに言った。
「怒ってるじゃん……」
 僕の追及に響は痺れを切らし「あの女には注意しろ……」と言った。
「あの女? 綾音の事? 別にどこも不審な点は……」
 すると響は僕の顔面に何かを叩きつけた。
(? 何するんだっ?)
 僕は叩きつけられたものを見た。それはなんの変哲もないエプロンだった。
「何これ?」
 僕の質問に響は、
「見てわからないのか。エプロンだ?」
「なんで?」
「お前も今日から此処の店員だからだ」
 響の言葉に僕は「は?」となった。そして、
「ちょっと待って! なんで? どうして?」
 と響に聞いた。
「作戦を練ったりヴァンパイアの動きを知るにはこの店が一番だからだ」
「いや! でもだからって!」
「それに早速上物の餌が手に入った」
 と言った。

「??と、言うわけでここ一週間の間にこの周辺を食い荒らしているヴァンパイアがいる」
 響はパルフェの店内のテーブル席でそう言いこの近辺の地図を広げ人が襲われている場所に丸を付けた。
 響が言うにはここ一週間前は女性ばかりが狙われる事件が相次いでいるという。被害者はみな若い女性ばかりで事件後にはヴァンパイア特有の臭いがするせいかヴァンパイアだといことが判明した。
「一週間前は帰宅途中のOL。三日前は家出していた女子高生。昨夜に至っては一件目と同じく帰宅途中の女子大生」
「皆若い女性ばかりだね……」
 僕の言葉にルミが笑顔で、
「性欲が激しいヴァンパイアだったりして!」
「斬られたいか? そういうことを言うと私達ヴァンパイアが誤解されるだろ……」
「はいはい……失礼しました」
 ルミはそそくさと退散した。
「誤解が無いように言っておくがヴァンパイアだからといっても性欲は上がったりしない。これは恐らく女性に執念があるヴァンパイアだろう……」
「ヴァンパイアにもタイプがあるの?」
 僕の問いに響は、
「当たり前だ。人間にもタイプがある様にヴァンパイアにもタイプがいて狙われやすい特徴もある。そして、今日上物の餌が手に入った。
(へぇ、ヴァンパイアにも餌はあるのか……)
 僕がそう思っていると響は懐からスマホを取り出した。そして、何かのアプリを起動させた。
「よし、餌はまだ店の近くにいるようだな……」
 僕は響のスマホを覗き込む。目標物が赤い丸で表示されている。
「ねぇ? 餌って何?」
 僕の質問に響は無視し「行くぞ!」と言い店を出た。

「ねぇ、餌ってなに?」
 僕の質問に響は、
「……黙って走れ。舌噛むぞ」
 僕は怒り響の腕を掴んだ。
「? 何するんだ?」
 響は怒ったが僕も怒っている。
「ねぇっ! 餌ってなんなんだよ? 僕は聞いてるんだっ! 説明しろよ!」
 僕の言葉に響は、
「今知る必要はない。いずれ解る……」
「解るって。知らなきゃ何も対処できないじゃんっ!」
 僕達の言い争いに周囲の人間たちは何事かと足を止めている。仔犬の姿でついてきた楼も僕に小声で「落ち着いて下さい」と言うが僕はそんなことに構っていられない。
「僕を信頼してないの?」
 すると響はため息交じりに言った。
「信頼してないと言ったらどうする? 聞くのを諦めるのか?」
「??っ、それは!」
 僕は戸惑った。確かにそうだ。響がもし信頼してないと言ったらどうするつもりなんだ。僕は響の予想もしない返答に虚を突かれた。
「まぁ、いい。時間も惜しいから言ってやる。先程の女鈴倉綾音だ」
「えっ?」
「だから、餌の名前だ。先程の女はヴァンパイの好む血の匂いを発している。お前も感じただろ? あの女から特別な匂いが出ていたことに……」
 確かに。綾音からは特別な匂いが出ていた。
「じゃあ、なんで教えてあげないだよ? 危ないって!」
「……なんて言うんだ? ヴァンパイアから狙われているとでも言えばいいのか? お前だって最初信じなかっただろ? それを全く関係ない人間に信じろと?」
「う……」
 響の言う通りだった。確かに僕も最初は信じていなかった。それを全くヴァンパイアと縁遠い綾音に話しても信じるわけがない。
「……じゃあ行くぞ」
 そう言い響は走ったので僕も走った。走っていると途中楼が、
「紫雨さん。響殿を見損なわないで下さい。あれでも、響殿の精一杯の優しさなのです」
と言って来たが僕は響が言った『信じてないと言ったらどうする?』と言われた言葉を考えていた為楼の言葉は耳に入ってこなかった。やがて響が立ち止まり「ここか」と言いスマホを見た。赤いマークはここを示しているし確かに綾音とヴァンパイアの臭いもする。しかし、目の前には行き止まりで誰もいない。恐らく障壁結界だろう。
「飛び込むぞ! いいな?」
 と響が言い僕と楼は小さく頷き楼は元の巨大な銀狼の姿に戻り正面に突っ切って走り障壁結界の中へ飛び込んだ。そして飛び込んで第一に目にしたのは女のヴァンパイアとそれに捕まり気を失っている綾音だった。
「綾音っ!」
「あら男じゃない? しかも同族の? ねぇ、貴方結構タイプだから私と手を組まない。そうすればこの子の血を分けてあげてもいいわよ」と女ヴァンパイア僕を見て言った。
「ふざけるなっ! 誰が!」
 僕は拒むが女ヴァンパイアはほくそ笑んだ。
「ふーん……血を吸うのを拒むわけ。確かに私達みたいに強いヴァンパイアは血を吸う必要はないけれど……だけどヴァンパイアにも本能がある。血を吸いたいという本能が。あなたも本当は血を吸いたくて仕方ないんじゃないの? この魅力的で美しい血を持つこの娘の血を……」
 そう言い女ヴァンパイアは綾音の首筋に長い爪を立て軽く引っかき少量だが血が出た。
 その瞬間綾音からは美しい魅力的な血の匂いがした。血の誘惑の負けそうになる。が、僕は気力を振り絞り何とか耐えた。すると、先程まで黙っていた響が口を開く。
「おい、お前。何故女ばかりを狙う?」
「あら、ここにも同族が一人。あなたはこの血の匂いに誘惑されないのね。でも、残念ね。私が誘うのは男だけよ。だから、女の貴女は対象外……」
「聞かれたことに喋れ。私は聞いている」
「……嫌い。嫌い嫌い嫌い! アンタみたいに若くてきれいな子は! 私だって若くてきれいな頃があった。だけど、人間は老いる。だけど、ヴァンパイアは永遠に若い。だから、私はヴァンパイアに血を差し出して私はヴァンパイアになった。そして、私は永遠の若さと美しさを手に入れたのよ! だから、私より若くて美しい女は嫌い!」
「なんだ……そんな下らない事か?」
 響は嘲笑するように言った。
「下らないですって!」
「あぁ、実に下らない。生きているものが老いるのは当然のことで当たり前だ。しかし、ヴァンパイアは老いることの無い化け物だ。お前は化け者になってまでしても永遠の美しさ等欲しいのか?」
「うるさいあんたみたいな子に何が解るの?」
「解らんな……お前のような下らん愚かな化け物の気持ちなど。紫雨っ!」
 と、言い響は僕にカッターナイフを渡した。
「これで、指先を少し切れ! 血が出ていれば紫雨の能力は使える! って、オイ紫雨」
 響が僕の方を向くが僕は意識が保っていられない。僕はその場に蹲る。
(なんだ……これ? 体が熱い……? すごい意識が高揚する……意識を失いそうだ……)
「おい! 時雨! しっかりしろ!」
 響が屈み僕の様子を覗き込んできた。そ時僕は左手で響の胸元を貫いた。
「?」
「?」
 響と楼が驚き僕の手が血に染まる。
 あれ? 僕なにやって?
 女ヴァンパイアは笑い「血液中毒ね!」と言った。
(血液中毒? 前、楼と響が言ってた……)
「貴方血の匂いに慣れてない様ね。でも、平気よ。その内血の匂いにも慣れてくるからぁ」
「あ……あ……あ……」
 僕はカタカタと震えだした。
 どうしよう響を傷つけた。人を傷つけた。あの時と同じだ。結局僕は人を傷つけることしか出来ない。
(どうしよう……どうしよう……どうしよう)
 僕は完全にパニックに陥り心の中で自問自答した。その時響の胸元を貫いている僕の左手を響が優しく両手で包み込んだ。
「お……ち……つけ……。お前は……血液……中毒……で……意識をうし……なって……いただけだ……だから……お……前……は……悪くない……」
「響……」
「あまり……自分を……せめ……るな。分かった……ら……早く……腕を抜いてくれ。結構痛くて……辛いんだ」
 僕はハッとし響の胸元を貫いている腕を引き抜いた。
「っ!」
 響が小さい悲鳴を上げる。が、いつもの調子になり「落ち着いたか?」と僕に聞いた。僕は小さく頷く。僕達は立ち上がり戦いを挑む姿勢をとった。
「あらぁ? 寸劇はもう終わったのぉ? ところで、そこの男の子。どうこちら側に来る気はない? 私と手を組めば血なんか吸いたい放題よぉ」
 女ヴァンパイアは僕を勧誘してきたが、
「ふざけるな! お前と僕達を一緒にするな!」
 と僕は一括して断った。
「そう……残念ね。貴方みたいな子を失うとは。私が勧誘したのはさっきのが最後よ。私の誘いを断ったことをあの世で後悔なさい」
 すると女のヴァンパイアの右腕に楼が噛みつき女ヴァンパイアから綾音を引き離した。
「犬畜生めっ! まぁ、いいわっ! この女の血は後回しよっ!」
 そう言うと女ヴァンパイアは両腕を剣に変え僕達に襲い掛かったが僕はすぐさま渡されたナイフで指先を斬り血を出し血で槍をイメージし槍を作り出した。
「貴方血液で武器を作るの? 珍しいわね! ますます貴方が欲しいわ!」
「残念だけど僕はあんたみたいなケバイ女は苦手だ」
 と僕は言った。すると女ヴァンパイアは激怒した。
「け……ケバイですって? よくも言ってくれたわね! 気が変ったわ……貴方は無傷で私のコレクションにしようと思ったけど変更してずたずたに引き裂いてやるわっ!」
 女ヴァンパイアは恐ろしい形相になり僕に襲い掛かった。
 僕は女ヴァンパイの攻撃を紙一重でかわすが少しばかり掠る。血が飛朱となって飛び散る。
「あっははは! 防戦一方じゃない! もう負けを認めたら?」
 女ヴァンパイアは不敵な勝ち誇ったような笑みを浮かべたがそれに対して僕は「いや、僕の勝ちだ」と勝利を確信し勝ち誇った笑みを浮かべた。
「どういう?」
 僕は女ヴァンパイアの立っている場所目掛けて血の槍を投げた。一瞬のことで女ヴァンパイアは驚いたがすぐさま余裕な笑みを浮かべて跳躍した。
「それが貴方の奥の手? まるで子供だまし……がっ!」
 女ヴァンパイアの腹部には血の串状の針が刺さった。空にはわた雲が広がりその雲から串状の針が針山みたいに広がっている。その串状の針は先程の女ヴァンパイアの攻撃で掠った血だった。
「これが奥の手だよ」
「なっ?」
「さっきの攻撃……実は全部防ごうと思えば血の盾で防げたんだけどそんなことしたら血の針が作れなくなるからわざと掠って血を出したんだ……」
「そんな……じゃあ……わざと……」
 僕は不敵な笑みを浮かべ跳躍し血を剣状にした。
「キミの敗因は僕の能力を知らなかったことと余裕して油断したことだっ!」
 そう言い女ヴァンパイアの首を刎ねた。
 女ヴァンパイアは首は宙を舞いゴロンと床に落ちると石膏状になり体も石膏状になり灰になった。そして、それと同時に障壁結界も解かれた。
「ふぅ……何とか勝てた」
 僕は額を拭うと響達に近寄った。
「平気か?」
 僕の言葉に楼が「私は平気ですが……」と言い響をちらりと見たが響はいつも通りの表情で「私ももう平気だ」と言った。
「……それより心配なのはお前とこっちだ」と指で僕と綾音を指した。
 綾音は倒れたままだった。
「そっ、そうだ! 綾音!」
 僕は倒れている綾音に呼びかけた。すると綾音は「ううん……」と声を漏らした。
「良かった。生きている……」
 そう思った瞬間いきなり頭がくらくらしてきた。
「あれ……? なんか頭がくらくらする」
 すると響が、
「貧血だ。取り合えずこれを飲め」
 そう言い僕に小瓶を投げた。造血剤だった。
「とりあえずお店に戻って手当てをしましょう……その方がいいと思います」
 楼の言葉に僕達は店に戻ることとなった。

「う~ん……美と若さは女性の永遠のテーマだからねぇ」
 ルミは紅茶を僕達に出しながら言った。
 あの後店に戻った僕らは綾音をルミの部屋のベッドに寝かせ僕らは血の付いた体を洗い流し服を取り換えた。
「それで若い女性ばかり狙っていた……と」
 僕はそう言いながらルミの入れた紅茶を飲んだ。紅茶は甘酸っぱく独特の風味がする。そこで僕は常々疑問に思っていたことを聞いた。
「今更だけどこの紅茶何が入っているの?」
「え?」
 僕のいきなりの質問にルミはポカンとした。
「この紅茶甘酸っぱくておいしいけどなんか独特の風味がするんだけど……」
 僕の問いにルミは、
「あぁ。気付いた。それ特別な薬草使っているから……」
 あっさり答えた。
「特別な薬草?」
「そ! ルーンリーフっていうヴァンパイアの力を抑制する薬!」
「抑制?」
「そ! ヴァンパイアの力は強すぎるから少し抑制しないと大変なことになっちゃうからね。特に君は、ね!」
 と片目でウインクしながらルミは言った。
(なにが、ね! なんだか……)
「それにこの薬草で作る紅茶は昔から良薬と言われ美味しい紅茶が作れるんだよ! しかもヴァンパイアの力も抑制する効果があると解ってから協会が自主的に栽培してるんだ! だから最初響もヴァンパイアになりたての頃飲んだよ!」
 ルミはイキイキと話す。
 僕はそこまでは聞くつもりは無かったので「へー」と適当な相槌を打った。
(ん?)
 今ルミは何と言った? 響がヴァンパイになりたての頃と言った。つまり響は??、
「響ってもしかして……やっぱり元は人間?」
 僕の問いにルミは「そうだよ……」とまたもあっさりと答えた。
「彼女は十年前八歳の頃ヴァンパイアに血を吸われヴァンパイアとして覚醒してそれ以来ヴァンパイアハンターとして修練を積みヴァンパイアハンターになった。それだけだよ」
「ちょっ、ちょっと十年前八歳ってヴァンパイアって年を取らないんじゃ?」
 僕は身を乗り出してルミに聞くと、
「ヴァンパイアに血を吸われた人間は血を吸われた当時のままの人間じゃなく一定の年齢までは成長する」
 と奥から響が出てきた。
「ひ……響」
「なんだお茶会中だったか? なら邪魔したな。それよりルミ、例の物を」
「あーはいはい。出来ているよ!」
 そう言いルミは奥の戸棚から首から下げるタイプの小さな巾着袋を取り出した。
「これ、紫雨君から綾音君に渡しといて……」とルミが僕に言い首から下げるタイプの小さな巾着袋を僕に手渡した。
「これ何?」
 僕の質問に響は、
「ヴァンパイア避けの匂い袋だ。ヴァンパイアが嫌う匂いを発している」
 と言い僕は匂いを嗅いでみた。すると、途端に気持ち悪くなった。
「何この匂い? 気持ち悪い……」
「私もだ……だが人間にはミントのような心地いい匂いがするらしい……」
「これが?」
 にわかに信じがたいが響が言うのだからまず間違いはないのであろう(しかも、ルミが作ったものだから効果はかなり期待できる)
 僕達は店の奥の居住区へ向かい二階のルミの部屋に向かった。僕はノックすると「はい!」と楼の声が聞こえた。僕が入ると楼が出迎え綾音は眠っていた。
「命に別状はありませんから平気です。時期に目を覚ますでしょう……」
 そう言うと楼は額の乗せるタオルの水を替えに行った。楼が出て行くと僕は響に疑問に思っていることを聞いた。
「……ところでさっきの話の続きだけどヴァンパイアが年を取るってどういうこと?」
 僕の質問に響は答えた。
「ヴァンパイに血を吸われても歳は吸われた当時の年齢のままじゃない魔力が安定する年齢にまで成長する。逆に吸われた人間が一定以上の年齢ならその一定の年齢に逆戻りすることもある。一応目安としては外見年齢は二十三から二十五ぐらい。それが、一応一定の年齢だ」
(じゃあさっきの女ヴァンパイアも……)
 と思いさっきの女ヴァンパイアを思い浮かべた。すると、響が、
「あの女ヴァンパイアも人間だった頃は美しかったのかもしれない。だが、老いによりその容貌は失われたヴァンパイアに血を吸われ永遠の若さと美しさを手に入れ魔に落ちたのだろう……」
 と言った。
 僕は驚き「なんで僕が考えてることが解るの?」と聞くと響は「キミの考えてることぐらい分かる」と答えた。その時??、
「ううん……」
 と綾音から呻き声が聞こえ綾音が目を覚ました。
「あれ? ここは?」
「あぁ、おはよう? 目を覚ましたかな?」
「あれ? 神梨先輩……ここは? そもそもどうして私ここに?」
 綾音はきょとんとして困惑している。
「あ……あぁ……それは……」
 言葉が見つからない。ヴァンパイアに襲われたなんて言えないし。僕が言い淀んでいると響が「お前は貧血で倒れたんだ」と言った。
「貧血……成程!」
(良かった。信じてくれた)
 僕が安堵していると響が「??というよりお前あんなところで何していたんだ? あそこ行き止まりだが?」と綾音に質問にした。
 すると綾音はへにゃと笑顔になって「道に迷っちゃって……」と答えた。
「もしかして綾音って引っ越してきたばかり、とか?」
 すると、綾音は困った笑顔を浮かべて「いえ! 違います……私極度の方向音痴で携帯の地図見ても迷っちゃって家から学校までの道は分かるんですけどそれ以外は……よく学校内でも迷子になるし……」
 そう言うと綾音は恥ずかしいのか顔をほんのり赤くさせた。
「ねぇ……もしかして、綾音って……」
「あぁ、極度のドジっ娘(こ)だな」
 僕の言葉に響が返した。
「ところで今何時ですか?」
(スマホ見なよ……)
 僕はこう思いながらも自分のスマホを見た。
「もうすぐ五時だけど……」
「五時……いけない! スーパーのタイムセールがっ!」
 綾音があたふたしていると少し不憫(ふびん)なので僕は「一緒に行こうか?」と綾音に言った。
「えっ? でもそれは悪いですし……それにお仕事も……」
「すると響が今日はもう暇だし上がりだ」
 と言った。

「ありがとうございましたー!」
 僕と綾音はスーパーを出た。
「本当にごめんなさいっ! タイムセール明日でしたっ!」
 綾音が一生懸命必死に謝る。
「あ……うん。いいよ。楼のごはんも買いたかったし……な? 楼?」
 楼が元気よく「きゃんきゃん!」吠える。
「ほら……楼もそう言ってるし……」
「良かったぁ……ありがとうね! 楼くん!」
 綾音はそう言い楼の頭を優しく撫でた。楼は「くーん」と甘えた声を出した。
(楼って演技力すごいわ……)
 僕は楼に感心した。
 すると綾音が「それにしても珍しいですね」と言った。
「えっ?」
「銀色の毛で親戚の子と同じ名前なんて……」
 僕と楼はギクッとした。そして僕はしどろもどろになり「この仔体毛が銀色だから名前決める時に楼が自分と同じ銀色の髪の色だから自分の名前つけたいって……」
「そうなんですか。なんか楼くんって弟みたいで羨ましいな……私は一人っ子だからそういのってなんか憧れるなぁ……」
 綾音のこの言葉を聞くと僕の良心が痛む。
(嘘つくのがつらい……)
「じゃあ送ってくよ」
「はい! ありがとうございます!」
 綾音の自宅はスーパーから歩いて二十分ぐらいのとこだった。そこは閑静な住宅街で見事な佇(たたず)まいの家が多かった。
 その中で一際大きな家があった。
 洋風の佇まいて庭も大きくて子供達が普通にサッカーが出来るぐらいの豪邸だった。
「すごい家だね。誰が住んでいるんだろ?」
 と僕が呟くと綾音が、
「ここが私の家です!」
 と言った。
「え?」
「私の家はここです! あっ! 上がっていってください! 晩御飯ご馳走しそうしたいので!」
「え? でも……」
 僕は戸惑った。
(こんな豪邸に僕は足を踏み入れられない。気遅れする)
 僕が戸惑っていると綾音が、
「平気ですっ! 私おっちょこちょいですが料理には自信がありますから!」
 と気合十分と言わんばかりに腕まくりして見せた。
(そうじゃなくて……)
 そう思いながらも僕は綾音に背中を押される形で楼の足を拭き家に上がることにした。
 家の中は白一色に統一され清潔感溢れる感じだった。途中豪華な絵や壺なんかもあった。
「じゃあダイニングで待っててくださーい!」
 綾音はそう言うと急いでエプロンを着て台所に向かった。
 その隙に僕は犬用に用意された食器にドッグフードを入れ。楼は勢いよくドッグフードに齧(かぶ)り付き「キャン! キャン!」と吠えた。そして僕はダイニングテーブルの椅子に座り母にラインを送った。
『今日夕飯食べてくから』
 するとすぐ母から返信が来て、
『彼女?』
 聞かれたので『違う』と返信した。
 その時「出来ましたー!」と言い綾音が料理を持ってきた。
 料理がテーブルに置かれる。
 オムライスにから揚げそして紅茶。
「美味しそう……」
 僕の言葉に綾音は「美味しそうじゃなくて本当に美味しいんですっ! 食べてみて下さい!」と言って来たので僕はオムライスを一口くちに運んだ。すると??、
「お……美味しい」
 僕の素直な感想だった。
 この卵のふわとろ感と中のチキンライスの絶妙な味わい。そして、これがケチャップにまた合う。から揚げも噛むと口の中に肉汁が染み出てジューシーでとても美味しい。
「これ美味しい! 美味しすぎる!」
 僕の言葉に綾音は気を良くしたのか胸を張って、
「ですよね? 私家庭科は十なんですっ!」
「じ……十! 最高値じゃん」
 綾音が家庭科が最高値の十と聞き僕は驚いた。(因(ちな)みに僕の家庭科の成績は三)
「でも、こんなに料理が上手いんだからもしかして将来料理人とかを目指してるの?」
 僕の問いに綾音は複雑な表情をした。そして首をヨコに振った。
「ううん、違います。私は将来世界中の人を助けるボランティア団体の人間になりたいんです……」
「え……?」
「私困っている人を見るとほっとけなくて……おせっかいなんです。でも、人を救うと気持ちがスッキリするんです。自己満足ですけど。だから、両親にボランティア団体に入りたいって言ったら両親から猛反対されたんです。現実はそんなに甘くないって。解っていますけどそれを覚悟のうえで私は決めたんです。だから、誰が何と言おうと私の覚悟は本物ですから曲げません! そういう神梨先輩は何になりたいんですか?」
 綾音のいきなりの質問に僕は「医者……」と答えた。
「お医者さんですか……神梨先輩も人を救うのが好きなんですね」
「違うよ……」
「?」
 綾音がきょとんとした。
「ごめん……もう帰る……楼帰るよ」
 僕はそう言い帰り支度をしそそくさと綾音の家を出た。
 
 帰り道僕はぼんやりと思った。
(人を助ける……か……)
 僕が医者になりたいのは綾音みたいに純粋に人を助けたいからじゃない。かと言って高給だからというわけでもない。
(何の為に医者になりたいんだろう……?)
「どうかなさいました?」
 楼の言葉に僕は、
「僕は人を助けてないな……って思って」
 とぼんやりと答えた。
「何を言っているんですか、紫雨さん。紫雨さんはヴァンパイアハンターとして人を救っているじゃありませんか。もっと、自分を誇ってもよろしいのですよ……」
(ヴァンパイアハンタ―として、ねぇ……)
 僕はぼんやりと考え、
(そう言えば綾音に匂い袋渡すの忘れてた……)と思い出した。


4 罰

「え? これ私に?」
 僕は綾音に昨日渡しそびれた匂い袋を渡した。
「わぁ、いい匂い! これってミント?」
(響の話は本当だったんだ……)
「あぁ、昨日の夕食のお礼に……あと昨日はごめん。そそくさと帰って……」
 僕は心底申し訳なさそうな顔をした。
「い、いえっ! 私の方こそすいませんっ! 何か気に障ったのかとっ!」
 綾音は手をブンブン! と振り、
「あ……あの良かったらまた家に来て上がっていって下さい!」
「あの……綾音……誘いは嬉しんだけど??」
「あの模試荒らしの神梨が……」
「女とデート」
「しかも家に上がったって」
 学校の廊下。つまり公衆の面前。
「そういうこと学校で言うのはやめてくれないか……誤解招くから」
「?」
 僕は綾音と別れた後教室に戻るまで噂の種にされた。
 当たり前だ。
 今まで勉強ばっかりしてきた人間がいきなり女友達が二人も出来た挙句に一人は家にお邪魔したというのだから周りはかなり驚く。僕が第三者なら多分僕だって驚く。
 教室に入ると教室中が僕の事をはやし立てた。
「神梨におーんーな! おーんーな!」
「ガリ勉野郎に女!」
 すると、クラス一のお調子者の水野が、
「勉強だけだと思ったらやることやってんだなー! ??で、もしかしてお前……やっちゃった? なーんてそ??」
「……る……さい」
 僕は水野が言いかけている時絞り出すように声を出した。
「え?」
「うるさいっ! この低俗野郎っ!」
 普段は大きな声を出さない僕の反撃に水野はたじろぎ周囲は騒然となった。
「さっきから好き勝手言いたい放題言って! そんなんだからキミ達は人間の中の底辺なんだ!」
 そう言い僕は学校を出て早退した。
 早退したのは小学校以来だった。

「ふ~ん……それで、学校さぼってここに来たんだ」
 ルミがパルフェのカウンターに肘を突きながら僕に言った。
「さぼったんじゃありません。早退です」
 僕の屁理屈にルミは笑いながら「同じだよ~!」と言った。
(全然違う……)
 僕はそう思いながら昨日の綾音のことを思い出した。
『私将来世界中の人を助けるボランティア団体に入りたいんです』
(彼女には目標がある。でも僕にはただ漠然と父親みたいになりたくないからと早く大人になって医者になりたいとしか考えていない。ヴァンパイアハンターも何というか成り行きというか中途半端だし……)
 僕はそう思い更にはぁぁぁと頭を抱え深いため息をついた。
「どうしたの? 何か悩み事?」
 ルミの言葉に僕は少しばかり顔を上げ「そう言えば響ってなんでヴァンパイアハンターやってんの?」とルミに聞いた。
 するとルミは笑顔で「紫雨君にも春が来たのかな?」と聞いた。
「ふざけないで下さい。こっちは真面目に聞いているんです」
 僕は少しばかりルミを睨んだがルミは笑顔を崩さず「それは響君に聞いた方が早いと思うけどなぁ」とのんびりした口調で言った。
(こいつに聞いた僕がバカだった……)
 僕は内心反省した。??が、その反面確かにその通りと思った。ルミに聞いたところでルミは響じゃない。実際のところは響に聞かないと解らない。僕はカウンターに項垂れた。なんで僕はさっきあんなことで起こったんだろう。前の僕だったら以前はあんなことで怒らないはずなのに……。
「大切な人をけなされたからじゃないのか?」
 不意に後ろから響の声がした。
「わっ? ひ……響?」
 僕は椅子から転げ落ちそうになった。
「あれ? 響君? 響君もさぼり? そ・れ・と・も・愛?」
 ルミはそう言い両手でハートの形を作った。??が、響は無視して「監視対象がいなくなると困るからな」と言い僕にカバンを差し出した。
「お前、カバン忘れて行っただろ。持ってきてやったぞ……」
「あぁ、ありがと……っていうかなんで僕の考えていることが解るの?」
「前に言ったろ。お前は考えてることが結構だが顔に出ている。考えてることくらい手に取るように分かる……」
 響はため息交じりに答えた。しかし「だが、あれは誰だって怒る。大切な人をけなされたら人は怒るのが当然だ。怒らなかったらそれは正真正銘の化け物だ……」
「僕達人じゃないじゃん。化け物じゃん……」
 するとルミは溜息を吐いた。
 なんか腹立つ。すると、ルミは「紫雨君と響君の言ってる化け物の意味は違うよ。紫雨君が言っている化け物は人外の化け物。そして響君が言っているのは人間でありながら人の心を失った人間。私としては後者の方が厄介だけどね……」とルミは寂しそうに言った。
「?」
「それより何か私に聞きたいことがあるんじゃないのか。なんで私がヴァンパイアハンターをやっているとかどうとか?」
「ねぇ、響……なんで小説だったらメタ発言みたいなこと言うの?」
 僕の質問に響は「知っているのは当たり前に決まっているだろう。おまえがルミになんで私がヴァンパイアハンターやっているところから聞いてたんだから……」と響が呆れ気味に言い、するとルミが「だから言ったじゃん響君に聞いた方が早いって」と笑顔で言った。
(確信犯……)
 僕はげんなりとしたが響にヴァンパイアハンターをやっている理由を聞いた。すると、響は「悪事を働くヴァンパイアを殺す為だ」と言った。
 ??だよね。
 まぁ、予想はしてたけどやっぱ拍子抜けする。と「それと、私みたいに大切な人を失わせない為に……」と言った。
(大切な人?)
「それって響にとって大切な人?」と僕が聞くと響が「あぁ……大切な……それこそ世界で一番大切な人間だ……」
「ふ~ん……響にもいるんだ。そんな人……」
 僕の言葉に響は「お前は私を何だと思っている?」と怒り口調で僕に聞いてきた。
「それより早く家に帰れ。学校はもう下校時間だがお前は今気が立っているんだから何が起こるか分かったもんじゃない」と言われ僕は「なにも起こさないよ」と言ったが「いいから帰れ」と言われしぶしぶ帰ることに。

「大切な人……かぁ」
 僕は家に帰る中ぼんやりと思った。
 僕にとって大切な人は幼い頃に出会った綾音という少女だった。彼女といると退屈な世界も楽しかった。色褪せた世界が色づいていた。僕が生まれて初めて心惹かれた少女。僕が守りたいと思った少女。だけど、彼女はあの時……僕の好奇心で忍び込んだ元学校の分校に忍び込んだ時一人の化け物に血を吸われ死んだ。しかも僕を庇って。だけど彼女は生きていた。しかし目覚めた彼女はまるで正気失ったかのように化け物を攻撃し続けた。そして、化け物が動かなくなった後彼女は正気を取り戻したように僕に救いを求めてきたが僕はその手を振り払ってしまった。彼女を守るどころか彼女を傷つけて挙句に彼女見捨てた。あの時の……彼女の手を振り払った時の彼女の顔を僕はハッキリ覚えている。とても、傷つき悲しそうな顔していた。それからだ。ぼくが、事なかれ主義を決めこむようになったのは。どうせ僕なんかが介入しても何も変わらない。僕なんかどうせ誰も守れない、と。自分に言い聞かせて無理しいて正当化して……。
 最低じゃん……僕。
 今から考えるとあの化け物はヴァンパイアだったのかもしれない。それに今会ってる鈴倉綾音が本当にあの綾音かどうか解らない。ぼんやり考えていると前方から言い争う声が聞こえて来た。
(?)
 僕は少しばかり様子を見た。すると、大学生くらいに男二人が高校生に絡んでいる。
「テメー、高校生だろ。金くらい持ってんだろ?」
「そーそー、お兄さん達ちょぉっと金落としちゃって、恵んでくんない?」
「ひぃ……」
「み……水野ぉ」
(あれは水野と友人の百瀬(ももせ)……ベタなカツアゲだな)
 水野達は助けを求め周囲を見渡しているが行き交う人たちは関わり合いになりたくないため素通りしている。無論僕も関わり合いになりたくないので下を向き素通りしようとしたがその時??、
『また見て見ぬふり?』
 不意に声が聞こえた。前方を見ると吉野山がいた。
「吉……野山……? お前は死んだ……筈じゃあ……」
 僕は茫然と呟くと吉野山は僕を見てほくそ笑み『そうだよ。キミに殺された吉野山だよ。それよりも、やっぱり神梨は弱虫だねぇ。僕を見捨てたようにあの二人も見捨てるつもり?』
『それ……は……』
 僕は声を絞り出す。だが返す言葉が見つからない。すると吉野山が僕に嘲る様に言った。
『僕を殺した時の威勢はどうしたの? あの時あんなに強かったのに……』
「それは……」
『……弱虫野郎』
 ブチンッ! 
 この吉野山(の幻覚)の一言に僕はキレてしまった。そして、僕は大学生くらいの二人に向かって大声で「やめろっ!」と言った。
「あぁ? なんだぁ?」
 大学生二人が僕の方を向き周囲の人間も僕を見るが僕はそんなことは構っちゃいられない。??と、言うより僕は僕自身が信じられない。なんで(幻覚の)吉野山の一言にキレてしまったんだろう。僕達の様子を見ていた周囲の人間のひそひそ声が聞こえる。
「あーあ。ほっときゃいいのに……」
「ああいうのをバカって言うんだよな」
「こっちに火の粉振掛けんなよ……」
 ふざけんな! お前らだって水野達と同じ時助けを求めるだろ! それなのに自分達が平気な場合見て見ぬふりをするなんて虫が良すぎる。
 水野達が驚いて僕を見ている。僕は口パクで早く逃げろ! と伝え水野達に伝わったのか水野達は素早く逃げ僕は水野達と反対方向に逃げ出し「ここまで来い! カツアゲ野郎!」と言い一目散に逃げだした。
 僕は走った。とりあえず走った。しかし、僕は闇雲に走ったわけじゃない。考えながら走っている。そう! どっやってこの追いかけられている状況を打破するか。それは、交番だ。警察に助けを求めればこの状況は打破出来る。
(あと百メートル!)と、十字路に差し掛かり交番へと続く道を通る為道を右へ曲がろうとしたが……
『この先、工事中っ!』
 と、いう立て看板がでかでかと立て掛けられており行き止まり状態に仕方なく僕は予定を変更してアイツらを撒(ま)くようにしたがアイツらはぐんぐん距離を詰めて追いかけてくる。
 そして、僕は走りながら重大なことを思い出した。
(そうだっ! この道はっ!)
 ひらけた河原に続く道に出た。
(このひらけた河原に通じる道だった……)
 これじゃ撒くなんて無理だ。
 僕は茫然としていると「お追いかけっこは終わりかぁ? 弱虫の正義の味方さん」と声が聞こえ振り向くと大学生くらいの男二人が距離を縮めながらじりじりと僕に迫ってきた。
(僕……これ詰んだ……)

 僕は河原で男二人にボコられている。
 盛大に腹を殴られたり顔を殴られたり。河原にひいてある砂利に僕の血が飛んだ。
「ほらほら、どうしたんだよ? さっきまでの威勢は?」
「コイツカッコつけたのに超よえぇー!」
 男二人がゲラゲラと笑い出す。
 僕はイラっとし男達をキッと睨み返す。すると、男達は僕の胸倉を掴み「なんだよ? その目?」と聞きもう片方の男が「もうちょっと痛い目見せてやろうぜ」と言い僕をうつ伏せの体制にして背中を踏みつけ「死んだら面倒だから死なねぇ個所にしろよ。散々いたぶってやっからよ」と言いナイフを取り出した。
 僕はサーッと血の気が引いた。しかし、僕がそうしている間に男は容赦なく僕の右肩の関節にナイフを突き立ててきた。
「?!」
 いくら僕が不老不死のヴァンパイアと言ってもこれは本当にシャレにならないくらいの痛みだ。
「まだ序の口だぜ。ほらほら次は左肩!」
 そう言い男達が僕の左肩の関節にナイフを突き立てた。
(くそっ! ちくしょう!)
 僕が痛さと悔しさに顔を歪(ゆが)めているとその時「止めて下さいっ!」と聞き覚えのある女性の声がした。僕が顔を上げるとそこには「……綾音」がいた。綾音はスマホを片手に「神梨先輩は痛がっているじゃないですか! やめてあげて下さいっ! それ以上手を加えるなら警察を呼びますよっ!」
 綾音の瞳は男達を一点に見据え怯(おび)えず怯(ひる)んだ様子もない。??しかし男達は当然怯まず「何、コイツ最後は女、しかも後輩に助けられて無茶苦茶カッコわりーじゃん!」と笑いながら綾音にズカズカ近づき綾音からいかにもひょいっという擬音語が似合うようにスマホを取り上げ「じゃあ、キミがオレ達と遊んでくれるー? オレ達コイツの相手飽きちゃったからー!」そう言い綾音の肩をイヤらしく掴んだ。
「? やっ。やめてくださいっ!」
「やめてください、だって! かっわいー!」
「バカッ! やめろっ! そいつは関係ないっ!」
「うるせーんだよ! テメーにもう用はねぇんだよ。黙って消えろよ。さっ、行こうぜ! お嬢ちゃん!」
 男達がそう言い綾音の腕を引っ張り明らかにイヤな予感しかしなった僕は大声で「止めろ??????????????????????っ!」と叫んだ。その時身体中がドクンと脈打つような感じがした。まるで血の流れが変わる様に。
(なんだ……これ? 身体中が苦しい……。なんか……嫌だ……)
 何が嫌なのか分からない。だけど、ハッキリ言って気持ち悪いとかそんなんじゃないことは確かだ。男達は「うるせーな! 黙ってろっつってんだろ……」と僕の腹部に蹴りを入れようとした時??肩から出血した血と殴られた時砂利の上に飛んだ血が浮かび上がり巨大な塊になった。塊の目は赤く両目が吊り上がり口は大きく裂け見るものを圧巻させた。一言でいうなら昔漫画見た悪(あく)竜(りゅう)のようなもの彷彿(ほうふつ)させた。僕は悟った。これはなんかヤバい、と。しかし、男達は事の重大さに気付かず血の悪竜に近づいた。悪竜の目が光る。
「ヤバいっ! 逃げろっ!」
 僕は男達に言うが男達は「はぁ? どうせ手品かなんかでトリックだろ? 甘いぜー! 高校生くん! こんな手品でオレ達大学生をだましちゃ! そうだ、せっかく手品を見てやったんだから見物量頂かなきゃな。と、言うわけで出すもんだしな?」
もう一人の男は悪竜を見上げ「しかし良く出来てんなー、これ張りぼて?」と言い胴体に軽く蹴りを入れた。その瞬間悪竜の眼光が鋭く光り地面を喰らい尽くした。悪竜が喰らった地面は男達をすれすれ避(さ)けたが喰らった地面はえぐれている。もし、あと数センチでもずれてたら男達の命は絶対無かった。しかし、それよりも男達は先程悪竜の攻撃に腰を抜かし漸(ようや)くこれがただ事ではないと理解したらしい。綾音も驚き言葉を失っている。
「てっ、テメー! なにしやがんだっ!」
「お……オイ! 行くぞ! こんなヤバい奴相手にしてられねー!」
 男達は怖気(おじけ)づきながらも腰が抜けた状態でこの場を逃げ出した。
 今この場には僕と綾音と僕の血で作られた巨大な悪竜しかいない。それより、僕はこの強大な悪竜をどうすればいいのか分からない。悪竜は動かない。僕が困っていると「こっちです!」と聞き覚えのある少年の声がした。それは白銀色の髪をした人間の姿をした楼と「ちっ! 能力の暴走か……」と憎々しげそうに不機嫌全開の表情で駆け寄ってくる響がいた。
「ひ……響っ! 楼っ! これどうすれば?」
 僕が聞くと響が「とりあえず深呼吸しろ」と言って来た。
「え? あ……うん」
 僕は深く息を吸い込み息を吐いた。そして、響は「落ち着いたか?」聞き僕は小さく頷き「ならこの竜に自分に害をなすものはいないということを念じ心で語りかけろ。そうすればおのずと竜も自ら消える……」と響は言い僕は瞳を閉じ静かに落ち着いて悪竜に語りかけた。その時『コワイ。ニクイ。コロシタイ。イナクナッテシマエバイイ……』と恐ろしい声が聞こえて来た。
(これは悪竜の心……? いや、僕の……心?)
 さっき僕があの大学生の男二人に抱いていた感情だ。じゃあ、この悪竜は僕の心が具現化した僕の心そのもの?
 僕は途端恐ろしくなり身震いを起こした。すると竜が苦しみ始めた。
『クルシイ。クルシイ。コワイ。ジブンガコワイ……』
 僕はどうすればいいのか解らなくなった。その時僕の左肩に手が優しく置かれた。見ると響が優しく「大丈夫……自分を恐れるな」と言った。僕はなぜか安堵し完全に落ち着き竜を沈めた。すると竜は霧の様に掻き消え影も形もなくなった。
「……き、消えた……?」
 僕はポカンとした。
「??と、先ずはこっちか?」
 響はそう言い綾音を見た。楼が「どうしましょうか?」と響に聞いてきた。すると響は「どうしようもないだろう……」と言い僕を見た。
「あ……」
 僕は綾音に何か言おうとするがかける言葉が見つからない。何とか何か言わなくちゃ。でも、だいじょうぶか? なんて言えるような状況じゃない。どうすれば?
 その時綾音が立っている僕に顔を向け少し気まずそうな表情をし「……なんか、逆に助けられちゃいましたね……ありがとうございます……あ、肩怪我してますよね? すぐに救急車呼びますから……」
 綾音の言葉に僕は「呼ぶ必要なんてない……」と答えた。すると、綾音は大真面目な顔で「ダメですっ! 早く手当てしないと! なんで意地を張っているのか分かりませんが意地なんて??」「呼ぶ必要が無いんだっ!」と僕は綾音の言葉を遮って声を荒げた。
「……刺され箇所。血……べったりしてるから少し気持ち悪いけど触ってごらん……」
 僕はそう言うと綾音は恐る恐る自身の手を伸ばし僕の両肩に触れた。すると、綾音は驚いた表情をした。
「傷が……無い! それに、血の出血も止まっている!」
「もう解ったろ? 僕……人間じゃないんだ。信じられないかもしれないけど僕は一回死んで血を吸われヴァンパイアとして蘇ったんだ。あの血の竜も全部僕の力なんだ……」
 これにはさすがの綾音は驚き困惑した表情を浮かべている。当たり前だ。こんなこと言われて真っ先に信じる方がおかしい。
「ヴァン……パイア……って、吸血鬼? あの空想上の生き物?」
 綾音の言葉に響は綾音を見ず「空想上じゃなくて現にここに現物がいる」と言った。
「あ……はは」
 僕は乾いた笑い声を浮かべた。
「僕の事怖いだろ。だって、化け物だよ……」
「だ……だけど……さっきも神梨先輩は私のこと助け??」「違うよ……あれはあいつらを殺したい程憎いって思ったから……僕の願望がそのまま具現化しただけだよ。僕、醜いんだよ……」
「……」
「ごめん……騙してて。解ったらもう僕には関わらないほうがいいよ。さよなら……」
 僕は走ってこの場を後にした。いつかのあの綾音の時と同じように。

 僕は、家まで全速力で走って帰った後ベッドに倒れ込んだ。そうこうしてるうちに響と仔犬姿の楼がやって来た。そして、響が「あれで良かったのか?」と聞いてきた。僕は無言で頷いた。
「……そうか? ならいい。私はこれから忙しくなる……」と響が部屋を出て行く音がした。
「あ、響殿?……紫雨さん……」
 楼の心配そうな声が耳元で聞こえたが僕は全身力が向けた感じになり目を閉じた。窓の外から雨音が聞こえた。


「見て! これ! 看護婦さんに教わって作ったんだ!」
 幼い僕は綾音に手作りの組み紐を見せる。幼い綾音はそれを見て「キレイ……」と言った。
「でしょ! これ、綾音の為に作ったんだ!」
「え? 私の為?」
 綾音は困惑した表情で自身を指さした。僕は頷き「うん! だって綾音、今月誕生日って言ってたじゃん。高価な物は買えないから……だから真心のこもった手作り。徹夜で作ったんだ……」
「……ありがと! 嬉しい。どんな高価なものでは私にはこれに勝る宝はないよ」
 綾音は満面の笑顔で「大切にするね!」と言った。


「……」
 僕はうつ伏せのまま目を覚ました。どうやら昨日あのまま眠ってしまったらしい。僕は窓の外を見て「曇り……か」僕はぼんやりそう呟いた。僕は時計を見た。十時半。とっくに学校は始まっている時間だ。体が怠い。僕は珍しく学校をさぼろうかな……と思った。僕は一階に降りた。楼はいない。
「監視……解かれたのかな?」
 僕はぼんやりそう思うと額に手を当てた。僕は今日は学校にもう行くつもりもないから学校に休みの電話を入れようとした時僕のスマホの着信がなった。発信源は学校からだった。
(丁度良かった。手間が省ける……)
 僕は尚もぼんやりそう思い電話に出た。
「すいません。神梨です。今日はお休み??」「神梨紫雨君ですか?」と電話相手は僕の言葉を遮り聞いてきた。「えぇ、僕ですが……」僕が返答すると「至急学校に来るように」と言われ呼び出された。

 僕は学校に着くと担任に捕まり進路指導室に連れて行かれた。
「何の用ですか? 僕は今日は体調が悪いので休みたいのですが……」
 すると担任は溜息(ためいき)を吐き「先生はお前に期待していたのに今失望している……」と言った。担任の言葉に僕は少しムカッとした。勝手に期待して勝手に失望されてもいい迷惑だ。第一話は見えてこない。
「一体何のことを言ってるいるんですか?」
 僕の質問に担任は更に深いため息をつき「昨日河原で神梨。お前乱闘騒ぎをしていただろ」と言った。
(昨日の?)
 僕は昨日の事をハッとして思い出した。そうだ……僕は昨日傍から見たら乱闘騒ぎを起こしたんだ。(実際には一方的にやられていただけだけど……)
「それで、向こうの親御さんが怒って学校に乗り込んできたんだ。うちの息子がお宅の生徒にやられたっ! て……息子さんは地元では有名の大学のバスケットチームだと。一応、神梨に確認するが本当か?」担任は僕に真偽を聞いて来るがこの場合求められる答えはもう決まっている。否定しても変わらない。なら一択だ。「はい……やりました」
 それしかない。担任は嘆き「残念だ……」と言った。

『待遇は追って通告する。とりあえずしばらくは自宅謹慎だ……』担任はそう言い進路指導室を退室し進路指導室には僕だけが残された。僕は腰掛けているパイプ椅子の背もたれに寄りかかりこれで、僕の高校生活も終わりかなと思った。医大に行く夢もパーか……。思えば高校生活何もなかったな。瞳を閉じる。何も思い出せない。大検でも受けようかな? もう、何でもいいや……なんで医者になりたいか分からないし。僕は失意の中糸が切れた人形のようにただ歩いた。
 僕は歩いた。当てもなく。家に帰ってもやることはない。響からの連絡もない。自分からパルフェに行こうかとも思ったがそれすら面倒臭い。と、いうより、全てが面倒臭い。息の仕方も忘れそうになる。息ってどうやってするんだっけ? スマホを見るともう三時だ。起きたのが遅いから時間の感覚が狂う。またぼんやりとしこれ以上ぶらぶらしてても仕方ないから家へ帰ろう……と思った。気付くと僕は今日一日中ぼんやりとしている。家へと帰る途中下校中の三人組の小学生がおり会話が耳に入って来た。
「ねぇ、知ってる? 丘の上にある廃教会の噂?」
「知ってるー! なんでも夜中十二時に行くと」魔法使いが現れてどんな願い事でも一つだけ叶えてくれるんでしょう?」
「でも、願い事を言ったら死んじゃうらしいよー」
(ヴァンパイアの次は魔法使いか……まぁ、ヴァンパイアがいるなら魔法使いもいるか……)
 僕は溜息交じりにそう思いそうしている内に家に着いた。家に着くと仔犬姿の楼が出迎えてくれた。
「ただいま……」僕は元気なく挨拶すると楼が「おかえりなさいませ。紫雨さん……」と出迎えてくれた。部屋に戻る為階段を上り「僕の監視解かれたんじゃないの?」すると、楼は黙り「その逆です」と答え「協会本部から通告が来ました」と言い部屋に入ると楼は人間の姿に戻り。机の上に置いてある紙を取り僕に手渡した。僕はその手紙を読んだ。
『協会本部通告書
 貴殿は昨日(さくじつ)一般市民においてヴァンパイアの力を行使及び情報を提供した為罰則を付けさせていただく。
一、 能力の使用を禁ず。
二、 魔術の使用禁ず。
三、 行動に制限を設ける。Etc……
 もし上記の項目を破った場合いかなる理由においても死罪又は刑が加算されるべきことと思うべし。
 処分は追って詳細を通達す。
                                 協会本部より』     
 読めば読む程バカらしい内容だ。ヴァンパイアは死なないし第一僕は魔術を使えない。恐らくこれは人間向きの手紙だ。僕向きじゃない。あ、でもヴァンパイアは首を斬り心臓を潰すまでは生きてるんだっけ。だったら、グロいけどヴァンパイアでも死罪は適用するんだ。でも、こんな死に方は嫌だな……。僕がそう思っているとお腹の虫が盛大になった。そういや朝から何も食べてないんだった。僕は一階におりインスタントかレトルトを探すが見つからず(母さんが恐らく買い置きしなかったのだろう)挙句に僕のスマホが鳴り『来ないとツィッター拡散しちゃうよー!』という腹の立つ内容をルミが送ってきた為晩御飯ついでに仕方なくパルフェに行くことにした。

「やー。助かるよー! 今日忙しくってー!」
 ルミの能天気な声に僕は苛立ちを隠せない。何故なら僕は晩御飯を食べに来ただけなのに店の手伝いをさせられている。
(そりゃ、確かに僕は一応店員だけど。これはあんまりだ……)
 僕はそう思いながらキビキビ働いている。
「行動制限掛かっているって言っても日常生活には支障がきたさないようにはなっているから! はい、これ三番テーブル!」
「はい、どうも……」
 客は出ては入り出ては入りの繰り返しでそうこうしてるうちに十時半ごろにようやく客が引いた。
「は~、疲れた~」
「お疲れ。休憩入っていいですよ」
「修さんありがとうございます」
「じゃあ私もっ!」
「ルミ様はもうちょっと働いて下さい」
「え? 酷いな~。私もちゃんと働いてるよ~」
「貴方はお客様と喋っていただけです」
 大当たりだ。ルミは僕に料理を運ばせて客と話していただけだ。しかも内容は自分の旅行記とかいう無茶苦茶下らない話だ。つまり、今日店が忙しかったのはコイツが真面目に働かなかったのが原因だ。
(正直殴りたい)
 僕はそう思ったが怒りをグッとこらえ我慢した。休憩室に入ると響と鉢合わせた。相変わらす響は冷たく無表情な瞳(め)で僕を見ている。
(何か気まずい……)
 僕は少し下を向き「ヴァ……ヴァンパイア退治……に行くの?」と僕は答えが分かりきってることを聞いた。すると響が「なんで答えが分かりきっていることを聞くんだ?」と言った。そうだ……なんで僕は答えが分かりきってることを聞くんだ。そもそも人は答えが分かりきってることを聞く。そして、自分の求める返事を相手に期待する。それは多分許してほしいからだ。そして、その許しで自分の存在意義を試す……それだけだ。
「ぼ……僕もヴァンパイア退治に……行くよ……」
 僕の言葉に響は間髪入れず「来るな」と言った。「今のお前が来ても邪魔なだけだ……。第一お前は今協会から行動に制限が掛けられている。ここで大人しくしてろ……」
 響はそう言うと店から出て行ってしまった。
「……」
 僕は黙った。響がなんて言うのか。分かった上で聞いたのだ。それでも、僕は聞いた。そして。許されなかった。僕は許して欲しかったのだ。他の誰でもない相棒の響に。そうする事で心は救われただろう。だけど結果は??……
「はーい! 賄(まかな)い出来たよー!」
 ルミが元気よく言い賄いを持ってきて僕の前に出した。賄いの料理は焼きそばパンと烏龍茶だった。僕は困惑した。ここは、喫茶店じゃなかったのか?
「……賄いって……改めて聞くけど……ここなに屋?」
 僕の質問にルミは「喫茶店だよ!」と平然と答えた。「どこの世界に焼きそばパンと烏龍茶を出す喫茶店があるんですか? 確かに僕最初注文したけど……」
すると「前好きだって響から聞いたよ?」と言った。確かに響には前好きだと言った。僕は一齧りする。美味しい。だけど??、
「響のことが気になって美味しいのに味しないって顔しているよ」
 ルミの言葉に僕は表情を読み取られなくて下を向いた。協会の罰則よりも響に拒絶されたことが頭を駆け巡る。すると黙っていたルミは「……ねぇ、今回のヴァンパイア……響が受けた内容の相手はヴァンパイア王ルーレスの討伐。ヴァンパイア王の為強敵。つまり、手強い奴だよ……」
「……」
「ハッキリ言って死ぬかもしれないしこんな奴誰も引き受けない。なのにどうして響が今回引き受けたと思う?」
 ルミの言葉に僕は「なんで?」とぼんやりと聞いた。するとルミは「紫雨に迷惑をかけたくないから」と答えた。僕は顔を上げた。
「響が『私がこのヴァンパイアを倒します。だから、紫雨の刑を軽くして下さい!』って……」
「そんな……どうして僕なんかの為に……」
「大切な人だからだよ……相棒以上に……」
「相棒……以上」
 するとルミは椅子に座り「ねぇ? 前、始祖のヴァンパイアのヴィクトリアールが何でいなくなったかって話したけど聞いてみない?」と僕に聞いた。
「聞くって返答しかないじゃないですか?」
 僕の言葉にルミは笑顔で「当たり」と言った。
 そしてルミは語り始めた。
「ヴィクトリアールはその当時人間と共に生活していた。だけど、彼が住んでいる国で内乱が起こりヴィクトリアールは人民軍の革命派として戦い一人の女性と恋に落ちた。天才軍師ユリア・アウローラ。彼女は巧みな戦術で王国軍を奔走させ遂には人民軍を勝利に導いた。ところが、彼女は裁判で罪人とされ火刑に処されることが決まったのです……何故だと思うかい?」
「……分かりません」
「人でないヴィクトリアールを愛したからです」
「……」
「彼女は牢獄に拘束されました。しかし、ヴィクトリアールにとって牢屋の門番など赤子の手をひねるようにたやすいことだった。そして、彼女を脱獄させ遠い地まで逃げようとすると『なりません。法をつかみ取った私達が逃げてはこの革命は何の意味をなさない事になる』と言って逃げるのを拒み遂には手を伸ばすことはなかった。最後に彼女はヴィクトリアールに『助けられる命があったら私の代わりに助けて下さい』とそう言い、一週間後、彼女は火刑に処されあっけなく最期を迎えました。それから、ヴィクトリアールは各地を転々としました。でも、どこにいても変わらない。彼女がいないのだから。ヴィクトリアールはいつしか自分は周りに不幸を招くことしか出来ない、自分がいても何も出来ないと思う様になりました。だけどあることがきっかけでヴィクトリアールは立ち直ることが出来たのです。それは、何故だと思うかい……」
「……分からないです」
「大切な友人に会えたからです。友人はソランという人間の青年でした。彼、ソランとはただ偶然立ち寄った村の宿屋で成り行きで一緒になりソランがヴィクトリアールを見て自分が一番不幸って顔をしてるな、と言われヴィクトリアールその通りだと思い会話はそれだけでした。そして、その日の晩、村に盗賊が押し入り村を滅茶苦茶にし村に火をつけ村は火の海に包まれました。ヴィクトリアールは自分が立ち入っても何もならない。そう思い早急に村を出ようとしましたがソランは盗賊と戦おうとしましたがヴィクトリアールは鼻で笑いました。下らない正義感は身を亡ぼす。むしろ、逃げた方が得策だ。君もこの村には縁もゆかりもない筈だ。すると、ソランは言いました。『確かにオレはこの村とは今まで縁もゆかりもなかったが今日オレはこの村に立ち寄り食事をしこの村の宿屋に泊まった。それだけでもうオレはこの村にもう縁もゆかりもある』と。ヴィクトリアールはたったそれだけのことで……。しかし、ソランの言葉はヴィクトリアール心に刺さりました。たったそれだけのことで人を助けようとしている。それに加えて自分は……。ふと、ヴィクトリアールはユリアのことを思い出しました。助けられる命があったら私の代わりに助けて下さいと言う言葉を。ヴィクトリアールはソランと共闘することを決め村の為に戦い盗賊団を撃退しました。しかし、村人にヴァンパイアだということがバレてしまい村から追い出されました。しかし、ヴィクトリアールと一緒に戦ったソランがついてゆきお礼を言いヴァンパイアにもやっぱいい奴っているんだ! と言いヴィクトリアール最初面くらいソランはヴィクトリアールに興味を持ったのかヴィクトリアールから身の上を聞きユリアのことを聞くと『お前はさっき守ったじゃん。その、ユリアさんって人の約束を。それに、お前がさっき助けた村の女の子……お前にありがとうって言ってたぞ!』ヴィクトリアールはその話を聞き心が和らぎました。自分にも救える命はある、と。そしてソランは聞きました。ヴァンパイアは悪か? と。ヴィクトリアールは即座に否定しヴァンパイアにだって人間と共存を望んでいるものは大勢いると言い人間が偏見を持っているだけだ。するとソラン少し考えた後『じゃあ、オレ達でその誤解解こう! オレ達が悪事を働くヴァンパイアを倒すんだ! それで悪事を働ないヴァンパイアに人間を守らすんだよ! 決めたっ! オレ達は今日から正義の味方ヴァンパイアハンターだ! なっ! ヴィクトリアール! オレ達はこれからパートナ(友達)だっ! って強引に……」
「……それでその後どうなったんですか?」
「最初は苦労こそしましたが穏健派のヴァンパイア達をスカウトしたり魔力の高い人間をスカウトしたりと。たまに争いもありましたが人間社会のルールを犯すヴァンパイアだけを退治しましたよ。何気に充実はしてたんじゃないんですか? ですが、ヴィクトリアールはヴァンパイア。対してソランは人間。ソランはあっという間に歳を取り死にました。死ぬ間際に人間とヴァンパイアが共存する世界を作ってくれって……ヴァンパイアと人間だって共存出来るって……」
 ルミが困ったように微笑んだ。でも、どこか悲しげだった。
「協会はそもそもルールを犯すヴァンパイアを退治し人間との共存を望む組織です。その為に作られたのです」
「共存……」
「??とは言え、ヴィクトリアールはもっぱら事務仕事が苦手。総帥の座に座ってられず結果として今はただの支部長をやってます。その時ヴィクトリアールは死に第二の人生を送っています。彼は、今とっても幸せです。また、大切な友達が出来たのですから……」
「ルミさん……貴方、もしかして……」「これでヴィクトリアールの昔話はおしまーい! どうだった? でも、今の紫雨君と共通するとこあるんじゃないかな? 自分なんかって卑下してるとこ」
「……それは??」
「確かに生きているものはどうしてもこう思っちゃう……自分なんかいていいのか。自分は生きていていいのかって? それは凄い自然の事。おかしいことなんか何もない。何も動かなければ失敗はないし傷つかないしそれが一番安全だ。だけど、私はこう思う。やらなければ何も変わらないし現状も変わらない。やらないで失敗するならやって失敗した方がまだマシだ、と。……協会の関係者の私が言うのもなんですが今、紫雨君には罰則が付いている。破れば最悪死罪。だけど、響は自分が死ぬかもしれない戦いに赴いています……勝てる見込みがないかもしれない相手に……」
 僕は唇をかんだ。響は僕の刑を軽くするという条件で危険を承知で強敵に挑んでいった。それなのに僕は??……。
「……場所……」
「紫雨さん?」
「場所どこ? 楼!」
「紫雨さん!」
 楼は嬉しそうに立ち上がり仔狼の姿になり「臭いをたどります」と言い僕達はパルフェを飛び出した。


5 過去から未来への道

 僕達は丘の上の廃教会前にやって来た。この丘の上の廃教会は夕方下校していた小学生が話題にしていた魔法使いが出るという廃教会だった。
「この廃教会か……」
 僕は廃教会を見上げた。確かにいかにも何か出そうな程不気味だ。協会からがヴァンパイア特有の匂いがする。間違いなくここだ。
 楼が「今ならまだ引き返せますが……」と僕を見ながら言うと僕は首をヨコに振り「行く!」と言い廃教会に一歩足を踏み入れた。すると周囲は障壁結界に包まれた。建物内に進むと奥から呻き声が聞こえる。この声は響だ。
「響!」
 響は十字架に恐らく魔力で手を縛りつけられ貼付けにされていた。肩にはナイフが突き刺さっている。
「……く……るな……逃げ……ろ……」
 響が苦しげに呻くような声で言った。すると「お客様か……」と声が聞こえた。建物内に大きな突風が吹き後ろを振り向くと黒い霧が集まり中から男性が現れた。男性は優雅にお辞儀をし「私の名はヴァンパイア王ルーレス。さぁ、何でも望みを言いたまえ。どんな願いも叶えてやろう」と僕に言って来た。僕はダメもとで「響を離して」と言うと「解った。望みは叶えた」とルーレスは言い響は十字架から解放された。息がある事に僕は安心する。しかし、その突如「紫雨さん!」と楼が大声を上げた。それと同時に腹部に痛烈な痛みが走った。
「え?」
 一瞬のことで何なのか解らなかった。ただ、僕の腹部にはナイフが刺さっている。
「あぁ……失敬。的を外してしまったよ」
 ルーレスはさも愉快そうにクツクツ笑いながら言った。
「なに……し……」
 僕は痛い中ナイフを抜きながらルーレスに聞いた。
「君は言ったはずだよ。彼女を開放してくれと。だから、死ぬことによって彼女は私から解放されまた君も私に願いを叶えてもらったんだから私に命を差し出す義務がある。さぁ、二人揃って私に命を差し出してもらおうか」
(とんちじゃん!)
 僕は心の中でツッコみながらも響を連れ楼と一緒に避難した。
「無駄だ。この障壁結界は特殊で私を倒さない限り永遠に外には出れない!」
 ルーレスは高笑いしながら言った。余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だ。相手は恐らく戦い慣れしている。だけど、戦い慣れしていない僕に怪我人の響にその手当てをしている楼。ギリギリだ。
「君達はヴァンパイアだろ? なぜ人間なんかを守る? あんな下等な生物を?」
「じゃあなんであんたは人間を襲うんだ?」
 僕の質問にルーレスは一瞬ポカンとしやがて「く……くくく! ハハハハハハハハ!」と腹を抱えて笑い出した。「おかしなこと言う餓鬼(ガキ)だな! 人間は狩られる為だけに存在する生き物だ! 我々上位種族の餌なのだよ!」
(この野郎……)
「違う! 僕の友人の友人が言っていた……ヴァンパイアと人間だって共存は出来るって……現に僕も響僕の友人も人間と共存してる!」
 しかし、ルーレスは、
「人間と共存? ハハッ! そんなこと無理に決まってるだろっ! 頭がおめでたいねぇ!」
 とさも愉快そうに笑った。
 こんな奴がいるからヴァンパイアが誤解される。僕は心の底から怒りを覚え腸(はらわた)が煮えくりかえる。その時頭に声が響いた。
(ニクイ……コイツがニクイ……コロシタイ……)と。その時僕の身体の血があの時と同じようにドクン! 脈打ち僕の流した血が黒い二つの螺旋状のオーラをまといあの時の黒い悪竜へと姿を変えた。
「殺す……お前は絶対殺す……」
 僕は怒りで我を忘れた。悪竜は暴れルーレスに攻撃するがルーレスは宙を浮いている上に攻撃を先読みしかわしている。ルーレスが高笑いし「ハハハッ! やはり、君もヴァンパイア! 殺戮の衝動には抑えられないのだよ! 元々ヴァンパイアは戦闘の為だけに造られた人工生命体なのだからな!」と言い僕は「どういことだ?」と聞いた。すると、ルーレスはフッとほくそ笑み「何も知らないようだな……なら、教えてやる。ヴァンパイアははるか昔今より別の文明が進化していた頃に愚かな人間造られた進化の末に造り出した戦争兵器だ!」と言い「……とは、云え最後には人間は自滅して人類は半数だけになり自分達が造り出したヴァンパイアを恐れ狩りだした。そしてヴァンパイアの数は減り人間達がこの地上を王の如く制覇した。しかし、本来の王は我々ヴァンパイアだ。我々のような選ばれた生き物だ! 戦うことで我々は生きる意味を見出せる」
「違う……」
 僕の言葉にルーレスは「違わないさ……現に君は今私を殺したくて溜まらないじゃないか。所詮君もヴァンパイア、化け物だ」
「違うっ! 僕はそうならないっ! お前とは違うっ!」
 悪竜はますます動きを速めた。しかし、それでも、ルーレスに当たらない。僕は業を煮やし血を大型の槍に変えた。そして「殺す」と言いルーレスの突進しようとした時左腕を掴まれた。掴んでいるのは「……響……」だった。
「……憎しみに支配されて我を見失うな。もしそうしなければ紫雨、お前はその時本当に化け物になってしまう」
 響は僕を抱きかかえ「お前が化け物じゃないのは私が知っている。楼も。ルミも知っている。それに恐らく鈴倉綾音も……だから、落ち着け」そう言い微笑んだ。その時思い出の少女綾音とダブった。僕はへたり込み正気を取り戻した。すると、悪竜は掻き消え僕の中に戻っていった。
「あれ? 僕……何を?」
「ようやく正気を取り戻したか? 紫雨……」
「響……」
 僕は心に悪竜の心を感じる。僕の弱い心のもう一人の僕を。
「……僕は弱いままだな」
「……そんなこと……」
 楼は僕を見て言いかけたが僕が制止させた。
「僕……昔体弱かったんだ。小学校も休むことが多くて。たまに体調がイイナって思った日でも急に体調が悪くなって早退するし……その繰り返しだったんだ。当然友達なんか出来ずにぼっち。だから七歳の頃母の実家のある田舎の療養所で静養してたんだ。だけどやっぱりぼっちで。だけどある日そこで、一人の女の子と仲良くなって。毎日遊んでから少しづつ健康になってきて強くなって守ってやるって言ったんだけど守れなかったんだ。彼女が化け物に襲われて化け物を殺した時怖くて差し出された手を振り払って彼女を傷つけたんだ。その時から僕は事なかれ主義になって無理して自分を正当化して逃げていたんだ。あの時から僕はずっと逃げたままだ。昔も今も……結局僕は一人だ」
「紫雨さん」
 すると響が「私がその少女だったらこう言う。怖い思いをさせてごめん、と」そして、響は少しばかり笑みを崩し自身の髪を止めている紐を取り僕の利き手の右手の手首に優しく巻き結んだ。「これでお前は一人ぼっちじゃない」と言った。その組紐は僕が幼い頃綾音にプレゼントした手作りの組紐だった。
「あや……ね?」
「……」
 響は小さく頷いた。
「どうして黙って……」
 僕が響に問いかけるとルーレスが「三文芝居は終わりか。次はこちらから行くぞ!」そうい言い黒い小さな霧を無数に作りを作りそれがナイフになり僕達目掛けて飛んで来た。僕は咄嗟に血でシールドを作り防御した。
「説明は後だ。今はコイツを倒すぞ!」
 響はそう言い僕達は戦闘態勢に入った。
 響は水の剣で斬りかかりそこへ僕が槍をいれるがかわされ当たらない。楼が飛びかかっても当たらない。
「どうして当たらないんだ?」
 すると響は「多分アイツ自身闇属性で悪意なんだ」と言った。
「悪意?」
 僕の質問に響は頷き楼が「悪意は人の心そのものです。ルーレスは恐らく私達の悪意の力で私達の攻撃を無効化しているのでしょう……」
「悪意……」
「対抗するには光属性かそれ以上の悪意か……」
(このままじゃ僕達は無駄死にするどうすれば……)
 その時僕は自分の特性を思い出した。僕の力は俗に云う無属性だ。それに……。ルミに言われたことを思い出す。
『やらないで失敗するくらいならやって失敗する方がまだましだ』
 僕は立ち上がり「楼。僕まだ今日ルミの出した紅茶飲んでないから魔力の抑制力ないよね?」
「? えぇ……まぁ……」
「じゃあ力も開放出来るよね」
「え? でも、それは協会の規定に??」
 楼が僕を止めさせようとすると僕はそれを制止させ、
「ルーレス。確かに人間はお前の言うように愚かだ。自分よりも弱い人を苛めたり平気で人を裏切ったりもするし勝手に自分の期待を押し付けてくる最低な種族だ。だけど、そんな中でも頑張っている人がいる。見返りを求めないで人を助けたり、ずっと人を思い続けている人……だから僕は守りたいっ! その人達をっ!」
 そして僕は叫んだ。
「血の盟約よっ! 我が言葉に呼応せよっ!」
 すると体中熱くなり形だけだった槍が本物の槍らしくなり背中からは竜の翼が生えた。
「?」
「なっ? 有翼化に進化だと?」
 ルーレスは驚いた。
 僕は勢いよく跳躍してそのまま空を飛びルーレスに向かって一直線に突っ込んだ。
「馬鹿めっ! 君の攻撃は通じない。たとえ、有翼化して武器が進化してもただの見かけ倒しだっ! 君のその刃が私の届く前に私の刃が君を貫くっ!」
「いいやっ! 僕の攻撃はお前より早いっ!」
 僕は槍に力を込める。思いを。盟約を信じ。そして??、

 ドスッ!

 刃が心臓部を貫き口から血を流す。
 ルーレスが。
「そん……な……バ……カな……どう……して……?」
「僕の属性は無属性だ。だから、弱点は無い。ただその分強いのも無い。だから決め手に欠けるから足りないものをお前の魔力のナイフを吸収して補ったんだ。血を吸い取ることが出来るなら魔力を吸い取ることも出来ると思ってね。殆ど賭けだったけど……」
「ハ……ハハ……わた……し……はじぶ……ん……で……じ……ぶん……の……く……びを……絞め……たの……か……」
 僕のルーレスに突き刺さった槍が消滅しルーレスが勢いよく落下し僕も魔力を使い果たし翼を失い地上に落下する。
「わっ? わっ? わぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「紫雨さんっ!」
 その時地上にいた楼が僕の落下予測地点に飛び出し僕は楼のふかふかの背中に落下し直接落下の衝撃を免れた。
「平気ですか? 紫雨さん」
「う……うん。ありがとう」
 僕はすぐ傍に立っていた響を見上げる。響はやれやれといった顔をしていた。
 僕達が安堵していると落下しうつ伏せになって倒れたルーレスが顔を上げ、
「お前は……これから破滅の道を……歩く。そして今を後悔する。その時お前はどんな顔をするか楽しみだ。ハハハハハハハハハハハハハハハハハ……ハ……ハ……」
 そう言うとルーレスは石膏のように白くなり体中にヒビが入り風に吹かれ塵となり何も残らず消えた。
「……狂ってる……」
 僕はルーレスのいた場所を見て呟いた。
 その時障壁結界が解かれた。
 
 僕達は丘の上に座り響を見た。
 響は下を向きバツが悪そうな顔をして「黙っていて……すまなかった……」と僕に呟くように言った。
「どうして……黙っていたの?」
「……私のせいで紫雨を傷つけたからだ……」
 響の言葉に僕は驚いた。響が。僕を。いつ?
「あの日??廃校になった校舎に入った時、多分もう察しがついてるがあれはヴァンパイアだ。そして、私は血を吸われて死んだ。だけど、前ルミが言ったようにヴァンパイアに血を吸われると使徒になるか闇の血に目覚めヴァンパイアとなる。私は後者だ。だが、ヴァンパイアの血は異物で魔力が人間には強大だ。その為前者でも後者でも最初は暴走を引き起こす。そして、僕は暴走を起こしてヴァンパイアを惨殺し紫雨……お前を怖がらせた。それが、私の罪だ」
「そんな……」
「私も元は一人ぼっちだった。人と上手く付き合えずいつも一人でいた。母親が入院している病院に行ったらお前と会った。……初めてだった。友達が出来たのは。友達からプレゼントをもらったのは。だから、紫雨お前が私の最初の友達だった。??だけど、あの事件が起こった」
(じゃあ転校初日に言った幼馴染設定はあながち間違っていないんだ……)
 僕はぼんやりと思った。
「紫雨が立ち去った後すぐに協会の人間がやって来て私に選択を迫った。ヴァンパイアハンターとなってヴァンパイアと戦うかそれともこのままここで狩られるか。結果、私は死にたくないからヴァンパイアハンターになった。私は前に悪事を働くヴァンパイアを殺す為とか自分みたいな人間を増やさない為とか言っていたが結局は弱虫なんだ。いつも、戦う時は心の中では震えているしハッキリ言って逃げ出したい……カッコ悪いだろ?」
 響の言葉に僕は「そんなことないよ……いつも命懸けの戦いしてたら怖いし本当に逃げ出したくなるよ……僕も男なのに怖いし……親だって心配するし……って響の親はそのこと知ってんの?」
 響は無言で首をヨコに振り、
「協会に入る時に私の生存記録は抹消されたんだ。だから戸籍上では私はもう生きていない。だから、名前も変えた。響(ひびき)綾音(あやね)は死に奏響として生きる為に……でも、本当に驚いた。ここの支部に転属希望出したらいきなりお前は出て来て死ぬし……」
 響は苦笑いで言った。 
「あ……あれは不可抗力で……」
 僕は顔を赤くして答えた。
「会いに来たのにいきなり死なれたら嫌だし……ここに転属希望出した意味が無くなる」
 響は膝に埋めている。顔を埋めている為表情は分からないが多分恥ずかしいのだろう。その証拠に耳まで真っ赤だ。
「響……顔を上げて……で僕を見て……」
「?」
「今だから言うけど……」
「なんだ?」
 響は顔を赤くする。
 そして僕は意を決して聞いた。
「なんで、髪の毛の色と瞳の色が子供の時と違うの?」
 響は「は?」と言ったがすぐに吹き出して「ハハハ!」と笑った。
「? な……何がおかしいんだよ?」
「いや……そうだったな。お前はそういう無自覚など天然のキャラだったな」
 響はお腹を押さえて笑いながら言った。
「なんだよ……それ」
 僕はむくれた。そして響が「これはヴァンパイアの血が色濃く出たせいで変色したんだ。それだけだ……」と答えた。
「え? そんなことあるの?」
 僕の質問に響は「あるよ」と答えた。
 その時楼がやって来て。 
「紫雨さーん! 響殿―! やりました! 紫雨さんの処分が何とか撤回されましたよー!」
 そう言い片手に持っていた紙を見せた。
『協会本部通告書
 貴殿は本部において指名手配のヴァンパイアを倒したことにより特別措置の恩赦として処分を撤回する。』
「や……やったぁ!」
 僕は歓声を上げ響が「よかったな!」と言い楼が続けて「良かったですね!」と言った。
 その時僕は響の笑顔を始めてみた。
(かわいい……)
 僕は見とれた。??が、響はすぐにいつも調子に戻り「どうした? じろじろ見て?」と僕に聞き僕は「な……何でもないっ!」と顔を赤くしそっぽ向いた。
「? よし、ルミに報告に行くぞ……っと!」
 その時、響がよろけた。
「平気?」
 僕が聞くと「あぁ……平気だ。すぐ直る……っ!」と途端響が表情を歪ませた。
 よく見ると足が腫れている。
 骨折したんだ。
「……」
 僕は少し屈んで響をひょいと背負った。
「?」
「これでとりあえずパルフェまで行こうか?」
「まっ、待て! 降ろせ!」
「聞こえなーい!」
「人に見られたらどうするんだ? もうすぐ夜明けだぞ」
「どうもしないし、今の時間まだ高校生は起きていないよっ!」
「響殿……ここは紫雨さんの好意に甘えましょう。たまに甘えるのも大事だと思います」
 楼の言葉に響は黙り僕に寄りかかりそのまま眠ってしまった。
 パルフェに向かう中僕は昔を思い出していた。
 昔、響が子ネコを助けようとして樹から落っこちて足を捻挫しておぶって医者まで連れて行ったのを。
 その時、医者になりたい理由を思い出した。
 僕が医者になりたかった理由は大切な人を助けたいからだ。
(なんでこんな一番大切なことを忘れてたんだろう……)
 僕は微笑みパルフェまでの道を歩いた。
 その時夜が明け太陽が昇り眩しくも柔らかい光が街並みを照らした。


エピローグ

「いや、すまなかったね……神梨くん」
 校長が僕に平謝りをした。
 僕は自宅謹慎一週間後に学校から呼び出しを受けた。退学か、と思ったがなんと誤解が解けたと同時に自宅謹慎も解かれたのである。
 それは、綾音と水野と百瀬達の力で。
 僕が自宅謹慎になったと聞いて納得いかない綾音達は校長に直談判をし綾音は生徒会の権限で実績のあるこの高校の新聞部に調べさせあの大学生の悪事がバレ友達の多い水野は説明をし百瀬は署名させ退学も免れ自宅謹慎も解けた。
「あの人達調べてもらったら過去にも恐喝や窃盗で捕まってて……あと、確かにバスケチームだけど幽霊部員で部活には一回も顔を出したことなし。全く信頼性のない生徒だという事が無かったよ。本当にすまないね……」と校長は本当に申し訳なさそうに謝った。

「良かったな……退学も誤解も解けて」
 響の言葉に僕は「うん……そうだね」と答えた。その時??、
「神梨せんぱーいっ!」
「綾音!」が走って来た。
「誤解解けたんですよね? 良かったですっ!」
 綾音は僕をキラキラした目で見ながら言った。しかし、僕は心に引っ掛かっていることがあった。それは、僕がヴァンパイアだということが綾音にはバレているはずなのになぜか綾音が臆さないことに。それで、僕は意を決して綾音に聞いてみた。
「綾音……僕が怖くないの?」
「何がですか?」
「なにがって……僕が……その……ヴァンパイアだってことに……」
 すると綾音は少し黙った。しかし「確かに最初は少し驚きました。だけど、例え、何があっても神梨先輩は神梨先輩です。だから、ちっとも怖くありませんっ!」と僕の瞳を見てしっかり言った。そして「奏先輩っ! あなたには負けませんっ!」
 その時、予鈴が鳴り「では、教室に戻ります!」と言い綾音は教室に戻って行った。
「……何に負けないんだ?」
 僕の質問に響は「自分で考えろ」と言われた。「僕達も教室に戻ろうか……」と僕が言うと、「行くの間違いじゃないのか?」
 響のツッコミに僕は内心(確かに……)と思った。

 教室に入ると騒がしかったクラスはシン……となりクラス中がひそひそ話しになった。
(またいつも通りの陰口か……)
 しかし今回はいつもと様子が違う。なんか、周囲のクラスメイトの人間がまるで憧れたような目で見てくる。
(なんだ……?)
 席に着くと水野が僕の背中を叩き「助けてくれてありがとな!」と言い百瀬は「借りは返したぜ!」と言いクラス中が「お前結構やるじゃん!」と言って来た。
 僕はもしかして、あの大学生の事か……と瞬時に理解した。
 僕は響を見て響は小さく頷いた。
「僕も皆から……ありがとう」
 僕は心からの笑顔で皆にお礼を言った。
 教室に入って来てH・R(ホームルーム)が始まり今日も学校生活が始まる。
 僕は窓の外を見る。
 空は青く澄み渡り清々しい夏の朝の空だった。

                                     終わり
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