咎人の十字架

中原真琴

文字の大きさ
上 下
1 / 1

咎人の十字架

しおりを挟む
「咎人の十字架」
 沢渡六十

プロローグ

 僕(ぼく)は目の前の人物をただ見ている。
 恐らく僕は相手からしたら恐ろしい顔をしているのだろう。
 薄暗い城内の室内の玉座の間にはこの国の王。
 つまり敵国の王が座っていた。
 薄暗い室内の為王の顔は良く見えないが声だけは耳に残った。
「この邪宗教徒めが……」
 忌々しそうに薄暗いランプの明かりが照らす室内の中憎しみのこもった声を僕に向ける。
 僕は敵の王を冷徹に見下ろし刀(カタナ)を振り下ろした。
 それと同時に稲光がした。
 稲光が差し込んだ室内には僕の刀が振り下ろされる光景がスローモーションのように流れる。
 王は僕の凶刃に倒れ息絶え戦争は終わった。
 それでも僕の心は晴れない。
 僕は外に出た。
 土砂降りだ。
 僕は外に出て雨にうたれた。
 程よい冷たさが戦で動かし熱を持った僕の身体から熱を奪っていった。
 僕は顔を上げる。
 雨粒は激しく僕の顔を打ち付ける。
 雨はいい。
 悲しみも憎しみも全てを流してくれるから。
 血にまみれた軍服の血をも流してくれる。
 それでも、人を殺した後の感触と血の臭いは流してはくれない。
 今でもはっきり覚えている。
 王の恐れおののいた顔。
 そして斬り殺し苦しみに満ちた顔。
 そして敵国の王(それ)を自分の刀で斬り殺した感触。
 僕の身体は血にまみれている。
 この血の臭いを雨が流してくれればいいのに……。
 僕は天(そら)を仰いだ。
 その動作により私の青みがかった長い黒髪がなびく。
 僕の濁った蒼い目には濁った空の色しか映らない。
 雨はひとしきり降ると止み始めめ雲から夕陽がこもれていた。
「もう夕方だったんだ……」
 僕は小さく呟くとその場を後にした。


1 再誕

「お前さんは戦争が終わったらどうしたい?」
 休憩所でふと、ウルフカットで焦げ茶色の髪をした戦争仲間の青年から僕は質問された。
 僕は戸惑いやがて「……何も考えていない……」と答えた。
 そして僕は「ラモンは?」と聞き返す。
 ラモンとよばれた焦げ茶色の髪をウルフカットにした青年は、
「人助けをしたいんだ……」
 とテーブルの上に立てた腕に顎を乗せてニカッとし笑顔で言った。
「今、軍人で人殺しをしているのに……?」
 僕の皮肉めいた質問にラモンは少し苦笑いをする。
「それを言われると苦しいなぁ……」
 頬をポリポリ掻きふと真顔になり、
「罪滅ぼしかな……?」
 と言った。
「罪滅ぼし……」
 僕が小さく呟くとラモンは頷いた。
「この戦争で罪のない人がたくさん死んでいる。今はこんな時世だけどいつか平和になったら人を傷つけた分今度は人を救いたんだ!」
「きれいごとだ」
 僕はハナで笑ったが内心そんな世が来ればいいと思った。

「ラファエルー!」
 ラモンは私を突き飛ばし代わりに敵の攻撃を受け敵の剣が胸元に刺さる。
 そしてラモンの胸元からはおびただしい血が流れた。
 僕はラモンを攻撃した敵を斬り殺す。
 敵は僕と年が変わらないまだ年端も行かない子供だった。
 僕はラモンに駆け寄り必死に戦友(とも)の名を呼んだ。
 ラモンは倒れ虚ろの目で空を見た。
「ラモン! ラモン! どうしてっ?」
 僕はラモンの顔を覗き込み必死に聞いた。
 するとラモンは、
「だって……ラファエ……ルが死ぬ……と思った……ら……つい……」
「ラモン! キミにはやりたいことがあるんだろっ! 人助けをするってっ!」
 僕の問いにラモンは息も絶え絶えに苦し紛れに答えた。
「人……ひとり……救え……ないん……じゃ……多くの……人……を救え……ない、ごぼっ!」
 ラモンは吐血した。重症だ。
「ラモン! もう喋るなっ! すぐに救護班をっ!」
 僕が無線機を取るとラモンがその手をゆっくりと……だがしっかりと掴み僕を見て言った。
「オレの……願い……聞いて……くれない……か?」
「何っ! ボクに出来ることなら何だって聞く! だから――」
 僕はラモンの手をしっかりと握りラモンはフッと安心した顔をし言った。
「オレの……代わり……に……人を……たくさん……救って……くれ……」
 僕は瞳(ひとみ)から涙を流し泣きながら頷いた。
「解ったっ! 解ったからっ!」
 ラモンは手を私の顔の方へ動かし私の頬を撫でた。
「頼む……ぞ……」
 そう言いラモンは事切れた。
 腕をだらんとさせ目を閉じ安らかな顔をして。
「……ラモン! ラモ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ンっ!」
 僕はラモンを抱きかかえて大声で叫んだ。
 戦場全体へ響くような声で。

「おきろーっ!」
 能天気な少女の声が頭の上で響く。
 私が目を開けると途端部屋のカーテンがバッと開いて部屋中が太陽の光に照らされ眩しくなり私は反射的に腕で目元を隠した。
「わかいもんがいつまでもねてるんじゃないのっ! もうしちじだよっ! ほら、はやくおきてあさごはんあさごはんっ!」
 エプロンドレス姿の少女は早口に言うと私の腕を掴んで私をベッドから引っ張り上げた。
 彼女の名はエリス。
 私が世話になっている村の喫茶店の七歳になる娘だ。
 私は自分の青みがかった黒色の髪を頭の上へ纏め俗に言うポニーテルにして一階に降りた。
「きょうのあさごはんはエリスとくせいのオムレツだよっ!」
 元気があるのは結構だが……。
「じゃ~ん!」
 私とエリス嬢のオムレツはきれいに焼かれているが祖父のレイトンさんのには黒焦げの物体が……
「ちゃ~んとたべてねっ! エリオットっ!」
 とエリス嬢は私に睨みを利かせて仁王立ちをする。
「は……はは。食べるよ」

「じゃあ、洗い物は私がしますので……」
 私はそう言い台所に立って食器類の洗い物をする。
「おお、すまん。エリオット……助かるぞ」
 レイトンさんはそう言い椅子に腰かけた。
 そう私は今はエリオットだ。
 ラファエルという人間は戦争終結とともに死んだ。
 今ここにいるのは武器を捨てたエリオットだ。
「しかし、お前さんが来てから今日で一年になるなぁ……」
 レイトンさんは昔を懐かしむ様に言った。
 私は昔戦争が終わったと同時に行方をくらました。
 理由は至極簡単。戦争に嫌気がさしたからだ。
 私は戦争中多くの人間を殺した。しかも三桁も。そして、敵国の王を殺した。本来なら英雄ともてはやされるだろうが私はそれが嫌で戦争終結とともに軍から行方をくらましフラフラして行き倒れになっているところをレイトンさんに助けられエリオットという第二の人生を歩んでいる。
 それでもラファエル(私)が殺した人間が生き返るわけじゃない。
 現に私は過去の夢をよく見る。戦争で人を殺し最愛の戦友ラモンを失った時の夢を……。私は本来ならこの罪を背負わなくちゃいけない。それなのに私は自身の罪から逃げた。そしてのうのうと暮らしている。
 親友のラモンの約束を果たせぬまま。
 私がぼーっとしているとエリス嬢が「エリオットォ……手が止まってるぅー」とシンク台を覗き込んで言って来た為私は急いで洗い物を済ませた。

「エリオット……お前さんなんか悩みでもあるんかい?」
「えっ?」
 レイトンさんのいきなりの質問に私はコーヒに使う豆の入った袋を落としそうになった。が、危うく空中でキャッチして「そんなことは……」と私は受け答えした。
 私の言葉にエリス嬢が頬をぷうっと膨らまして怒ってきた。
「エリオット~! みらいのおよめさんのわたしにかくしごとするき?」
「い、いやっ! そんなつもりはっ……!」 
 私が慌てふためくとエリス嬢がぷっと笑いけらけら大笑いしてきた。
「やぁねぇ! そんなに慌てふためいてジョークよジョーク!」
「ジョ……ジョーク……」
 私は動揺してあっけにとられた。
「じゃ、私果物屋のおじさんにレモンわけてもらってくるね~!」
 エリス嬢はそう言い出て行った。
 エリスが嬢出て行った後私はレイトンさんに、
「最近の子はマセてますね……」
 と言うとレイトンさんは、
「ありゃ恋慕もあるが父親に抱く感情みたいなものだよ……あの子は戦争で父親を亡くして母親も病気で亡くした。結構不憫な子なんだよ……戦争さえなければあの子も違う人生を歩めてたかと思うと……」
 レイトンさんは気の毒そうな顔をした。
 私の心はずきりと痛んだ。 
 その時店の扉が開きカランとベルの音をたてた。
 入って来たのは五十代ぐらいの柔和そうな老人で全身黒づくめで黒いローブを羽織っている。
「すまないがここで食事をとらせてもらってもいいかな」
 声も物腰穏やかだった。
「あぁ、そうしたいんだがまだ開店前で儂(わし)は配達があって……」
 レイトンさんが困っていると、
「ならそこの若者の料理でもいいのだが……」
 老人は私を指さして言った。
「まぁ、そりゃいいんですが大したものは出来ませんよ。お客様はどんな料理をご所望ですか?」
 レイトンさんの質問の答えに老人は「ベーコンチーズサンドイッチ」と答えたので、
「それだったら私でもできますからレイトンさんは安心して配達に行ってください」
 と私が微笑みながら言うと「じゃあ、エリオットに任すぞ」と言いレイトンさんは配達に向かった。
 その間に老人はローブをコート掛けに掛けた。

「いやぁ! 美味しい! 特にこのパンのふっくら感!」
 老人はカウンター席に座り美味しそうに私の作ったベーコンチーズサンドイッチを行儀よく口に入れていく。
「はぁ……」
 私はキッチンの整理をし曖昧な返事をした。
 私はこの老人に不信感を持っていた。
 怪しすぎるからだ。
 全身黒づくめの恰好、こんな朝早くに来る。どう考えても普通は営業していないと解るはずなのに。第一マスター不在だったら諦めてすぐ帰る……にも拘らず居座る。
(とりあえず早く出ていってもらおう……)
 私はそう思いながらも食後のコーヒーを出した。
 コーヒーからは熱い為白い湯気が出ており香ばしい匂いが辺りに立ちこもる。
 老人は臭いを嗅ぎ「どこの豆だね?」と聞いてきたので以前マスターであるレイトンさんから聞いてあった「アーデル地方の物ですが」と答えた。
 すると、老人は懐かしむ様に、
「アーデル地方? ファーレンの方か。あそこは良かった。食べ物も水も景色も良い……戦争によって滅んでしまったが……のぅ、ラファエル・クロウリー君よ?」
 その言葉を聞き私の全身が凍り付いた感じがした。
 何故だ?
 何故知っている?
 私の過去の名を?
 私は困惑していると。
 老人は更に続けた。
「ラファエル・クロウリー。年齢は現在二十歳(はたち)。孤児院出身。国家に尽くすのが当然と教えられ十四の頃宗教戦争の為に徴兵される。戦争終結までの四年間殺した人間は三桁に上る……と」
 と、私の過去を述べた。
 それでも、私は平静を装った。
「人違いじゃないでしょうか? 私はただのエリオットです」
 震える声で精一杯返答した。
 老人は食後のコーヒーの一杯の啜り飲み終わると一息ついて言って来た。
「……じゃあ、エリオット君。キミは退魔師にならないか?」
「はい?」
 老人の突然の質問に私は困惑した。
「わしの名は退魔士協会のランディ・バース。階級は元帥だ」
 そう言い十字架のロザリオを見せた。
 十字架のロザリオの中央には金剛石(ダイヤモンド)が嵌(はま)っている。
「退魔師の主な仕事は魔獣退治。違法召喚術の取り締まり。あぁ、それと退魔師になったら親しい人との連絡は禁止とし――」
「ちょっと待ってくださいっ!」
 ランディさんが矢継ぎ早に話していると私はストップをかけた。
「? どうしたかね?」
 ランディさんが怪訝な顔をする。
「なんで勝手に話を進めてるんですか? 私はまだやるとは言ってません……」
 私の言葉にランディさんは、
「やらなければキミはどうするのだ? 若いのにここで隠居生活か?」
「……それは……」
「我々はキミのような逸材を探していたんだ。その力を人助けの為に使ってみないか?」
「……人助け……」
その時店の扉が開いてベルがカランと音をたてた。
「いや~、すまない配達が長引いて……」
 レイトンさんが配達を終えて帰ってきた。
 するとランディさんは席を立ち「もし気があったら明日の明け方までに……」と言い、
「あ、コーヒー美味しかったよ!」とも言うと食事代を払いコート掛けに掛けてあったローブを手に取り店を出た。
 店に沈黙が流れる。やがて――、
「すまない話を聞いてしまった……」
 レイトンさんは申し訳なさそうに言った。
「……どこからですか?」
 私の問いにレイトンは頬を掻き「お前さんのプロフィール話しているところから」と答えた。
「驚かないんですか……?」
 私の問いにレイトンさんは少し黙ったあと、
「かなり驚いている……」
「……」
「……」
 二人して無言になる。
 やがて、レイトンさんは重そうに口を開いた。
「退魔師に……なるのか?」
 私は何と答えればいいのか解らない。
「儂は他人の過去のどうこう言うつもりはないし過去と今は違うと割り切っている。ハッキリ言って儂はエリオットとしてこの村に残ってほしい。エリスも懐いている……だがどうするかはお前さん自身だ。お前さんの意志で決めてほしい……」
 レイトンさんがキッチンに戻ろうとした時、ガタ、ガタガタ。ガタタタタタタタ! と物凄い地震が来た。
 私達はとっさにテーブルの下に隠れた。
 一瞬の地震だったのですぐ収まったが帰ってこないエリス嬢が心配になり外に出た。すると――、
「エリオットー、おじいちゃん! レモンたくさんわけてもらったよー!」
 とエリス嬢の能天気な姿と声が飛び込んできた。
「どこも異常はないかい? 怪我はしてないかい?」
 私が聞くとエリス嬢は、
「おおきなじしんがあったけどへいきだよー!」
 私とレイトンさんはそれを聞くと安堵して溜め息をついた。
「いやぁ~、すごい地震だったの~!」と、ランディさんが現れた。
「震度四はあったかのぅ?」
 ランディ元帥が冷静に分析していると、
 ガタガタ!
 ガタタ!
 ガタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!
 ともの凄い地響きとともに地震が来た。
 その時エリス嬢の立っている足元に亀裂が入っているのを私は見逃さなかった。
「エリス嬢っ! 危ないっ!」
 私はとっさにエリス嬢の左腕を掴んで引っ張ると反動で今度は私が亀裂の上に乗り、
「あっ! うわぁぁぁぁー!」
 落ちた。

「痛たたたっ……」
 私は穴底から上を見た。
 死ぬような高さじゃないが自力で登るのは不可能そうだ。
「へいきー? エリオット!」
 エリス嬢の言葉に私はすぐに「平気だよ」と返す。
「待ってろ、今すぐ縄……」
 レイトンさんの言葉が不自然に止まった。
「ラファエル君っ! 後ろじゃっ!」
 ランディさんの言葉通りに後ろを振り向くと体長三メートルを超すであろう巨大な物体が……。
 そして、巨大な物体は右手を振り上げた。
 私は咄嗟によけた。
 すると近くに合った腰を掛けられそうな頑丈な岩場が縦にスッパリ切断されていた。
 そして地上からの木漏れ日で敵の姿は明らかになった。
 敵の姿は上半身はカマキリの様に鋭いカマを持ち下半身はアリの様に六足歩行をしている。
「魔獣マント……フォルミーカ?」
 私が呆然と呟くとマントフォルミーカは攻撃を繰り出してくる。
 このままでは殺られる。
(仕方ないこうなったらっ!)
 私を意を決し上に向かって叫んだ、
「ランディさんっ! 私が使っている部屋に刀があります! それを取ってきて下さいっ!」
「カタナ?」
「少し細身の刀身で若干反り曲がった剣ですっ! レイトンさん案内してくださいっ!」
「解ったっ! ランディさんこっちだっ!」
 レイトンさんがランディ元帥を案内しに行った声が聞こえ私はそれまで逃げることに集中する。
 とはいえ大まかに逃げ回るのは危険だ。
 奴のカマは強力で腰掛ける程度の大きさの岩を簡単に切断する。
 もし、大まかに逃げてあのカマが壁や天井に当たったら私まで生き埋めだ。
 だが幸い奴の行動は鈍い。
 そしてこっちは小回りが利く。
 あとは運のみだ。

 ザン!
 
 ザン!
 
 ザン!
 
 マントフォルミーカの攻撃は一撃こそ強力だと思うが私が睨んだ通り鈍かった。
 カマを振り下ろすモーションが大きくどこに繰り出すのかすぐに分かる。
(あとは刀さえ来れば……)
 その時マントフォルミーカの動きが止まった。
(?)
 そしてマントフォルミーカが六足の足を起用に動かし地震を発生させた。
(やっぱり地震はコイツが原因かっ!)
 そう思っていると、
「きゃぁぁぁ~~っ!」
 上から何か振ってきたのでキャッチすると、
「エリス嬢っ!」
 だった。
「エリオットォ……じしんでおちちゃったよぉ……」
 そうしている間にもマントフオルミーカはやってくる。
 私はエリス嬢を脇に抱えてマントフォルミーカと距離を取りマントフォルミーカが入れない子供一人分が入れるスペースに置き「ここを離れてはいけませんよ」と言い敵の注意を私に向けさせた。
 再びマントフォルミーカは私に狙いを定め攻撃を再開した。

 ザン!
 
 ザン!
 
 ザン!

 攻撃自体は遅いがエリス嬢を気にしながらかわすのでかなり集中力をそがれる。更に群を離れて戦闘をしていなかった私は力が限界に来て私は注意を怠り転倒した。
 マントフォルミーカが近づき私に右手のカマを振り下ろそうとして、
(絶体絶命のピンチか!)
 と思ったその時、
 こんっ!
 こんっ! と、マントフォルミーカに小石が当たる音がする。
 見るとエリス嬢が、
「エリオットをいじめるなぁ!」
 と言いマントフオルミーカに小石をぶつけている。
 マントフォルミーカ―の注意は一瞬にしてエリス嬢に向きエリス嬢に向かって行った。
(くっ!)
 私は目を瞑った時、
「ラファエル君! これじゃろっ! 受け取れ~!」
 そう言いランディさんが穴の上から何かを投げた。それは――
「刀……」だった。
 私は刀を握りしめ全速力でマントフォルミーカに向かう。
 敵は私に気付きカマを振り下ろす。
 私はそれを交わしその衝撃を利用して跳躍する。
 そして刀を振り下ろしマントフォルミーカを頭から一刀両断する。
 そして頭から真っ二つに斬られたマントフォルミーカは轟音(ごうおん)を立てて倒れた。
 その様子を地上で見ていた村民達は歓声を上げ「今だっ! 引き上げるぞっ!」と言い私はエリス嬢を小脇に抱えてロープを身体に括り付け地上に引き上げられた。

(下が騒がしい……)
 私は騒動の後間借りしている自室にこもりベッドに腰かけ刀の手入れをしていた。
 習慣だ。
 その時ドアがノックされランディさんが入って来た。
「下に行かんでいいのかい? 本日の主役はキミなのに……」
 私は無言で頷いた。
「下はキミの噂でもちきりじゃよ。意外に強いやらキミのことを勇者だとか――」
「止めてくださいっ!」
 ランディさんが言いかけていると私は声を荒げた。
「?」
「私は強くもありませんし勇者なんかでもありません……ただの殺戮兵器です」
「何故そう思うのかね?」
 ランディさんは私に優しく聞いた。
「あの時……刀を持った時無自分の奥底に忘れようとしていた昔の感覚を思い出したんです。その時、敵を殺すことしか頭になかった……」
「……」
「私は結局命を奪うことしか出来ないんです……でも、自分は死にたくないからのうのうと生きている。友達との約束も守れないままっ!」
 私は頭を押さえて泣き崩れた。
「昔、戦争中に、仲が良かっ、た戦友がいて……戦争が終わったら、人助けを、したいって……だけど……」
「…………」
 ランディさんは無言で話を聞いていた。
「死ぬ間際に……私に……自分の代わりに……たくさん……人を救ってくれって……言われたけど――私は……」
 私は自分が解らない。
 小さな頃は国に仕えることが正義と教わりその通りに敵を殺しその血塗られた手で今度は人を助ける。
 その方法が解らない。
 私が声を殺して泣いていると、
「そんなに難しいことかね。人を助けることが……」
「?」
 ランディさんの言葉に私は顔を上げた。
「確かにキミは戦争中多くの人を殺した。それは確かにキミだ。だがキミが純粋に人を助けたいと思い人を助ければそれは人を助けたことになるんじゃないかね。現にキミはエリスという少女を救っている。その時何を考えた?」
 ランディさんの言葉には私はハッとした。
 あの時……私はエリス嬢を助けようと思った時。
 純粋に助けたかった。
 ただそれだけだ。
「でわ、わしはこれで……お姫様が気になっているようじゃし」
 と、ランディさんが気配を消してドアへ近づき部屋のドアを開けた。
 すると、エリス嬢が「きゃっ!」と言いながらこけて部屋に転がり込んで来た。
「エリス嬢……聞き耳ですか?」
 エリス嬢は取り繕う様にぎこちない笑みを私に向けて「ごめんなさい……」と言った。
「では、失礼……」
 そう言うや否やランディさんは部屋を後にした。
「……きょうのエリオットつよかったしかっこよかったっ! さすがわたしのみらいのだんなさまこうほっ! ほれなおしちゃった!」
 エリス嬢が慌てふためきながら取り繕うように言うと私は微笑みエリス嬢は安心したのか落ち着いた。
 そして不意に、
「……どこにも行かないでよ……」
 しばしの沈黙の後エリス嬢は顔を赤らめて言った。
「……どこにも行きませんよ」
 私は彼女を安心させる為に優しい嘘をついた。
 エリス嬢は満面の笑みになり部屋に戻った。
 一人になり部屋の中は静かになった。
『人助けをしたいんだ』
『罪滅ぼしかな』
『この戦争で罪のない沢山の人が死んでる。今はこんなご時世だけどいつか平和になったら人を傷つけた分今度は人を救いたいんだ』
 静かな部屋の中でラモンの言葉が頭の中で反響する。
 私に出来るだろうか。
 多くの命を奪った私に。
『純粋に人を助けたいと思えばそれは人を助けたことのなるんじゃないかね』
「――っ」

 早朝四時、私は白色のワイシャツに袖を通しに黒いコートを身に着け上に縛っていた青色がかっていた黒髪を下ろしてうなじの所で一つに纏め足を忍ばせて階段を降りようとする。
 その手前にはエリス嬢の部屋があった。
(エリス嬢……約束を破ってすいません)
 そして私は階段を降りた。
 一階の喫茶店に行くとレイトンさんがいた。
「行くのか?」
 レイトンさんは神妙な面持ちで聞いてきた。
 私は無言で頷き「ラファエル・クロウリーとして行きます」と答えた。
「エリス……怒るじゃろうなぁ……」
「すいません」
「なに……お前さんが自分で決めたことじゃ。儂らが咎める権利はない」
 私は微笑し「ありがとうございます」と言う。そして真顔になり、
「私はもうこの村には来ないでしょう。故郷や親しい人との関係を絶つそれが退魔師になる条件だそうですから……」
「そうか……」
「この村は私にとって故郷でした。レイトンさんやエリス嬢。村民もどこの馬の骨ともわからない私を快く迎え入れてくれたこと誠に感謝します……では」
 私はコートを翻して背を向けた。
「達者でな」
 レイトンさんの寂しそうな声が背中に突き刺さった。
 そして私は泊まっていた村の宿を後にしようとしていたランディ元帥に退魔師になる旨を伝え村を後にした。

――三ヶ月後。
 私は大海原を動く船の甲板のデッキの上に立ち手すりの上に乗せた腕の上に顔を乗せて大海原をぼんやりと眺めている。
「……海ってこんなに広いんですね……」
「ん? ラファエル君は海が初めてなのかな?」
 隣にいたランディ元帥の言葉に私は少しばかり顔を赤らめ、
「はい。お恥ずかしながら……私は内陸(ないりく)育ちでしてこうしてゆっくり海を見るのは生まれて初めてなんです……二年前は私は軍から逃げている時でしたから……」
 と答えると、
「確かに軍から行方をくらましている時にはゆっくり海は見えんのう……」
 ランディ元帥は納得したように言った。
 確かに私は二年前海を渡った。
 しかし、私は軍から行方をくらますのに必死で周りの景色なんか見ていられなかった。
 海の蒼さも音も。
 その為船旅を堪能しているのは実質今回が初めてだ。
「しかし、お前さん筆記試験、実技がパーフェクトな人間は異例なことじゃよ。面談での態度も良かったし……」
 ランディ元帥はまだ驚いた様子で私を見ている。
 そう。
 退魔師になるには試験を通らなければいけない。
 私は村を出てランディ元帥と共に協団本部を訪れ三ヶ月。退魔師としての勉強と厳しい修業をし漸く正式な退魔師となる為の試験に臨むことが出来た。
 健康診断。筆記試験。魔力の実技試験。面談。
 私はすべてにおいて満点だった……らしい(ランディ元帥談)
 そして最後が――、
「――ったく。浮かれているな。ボク達は遊びに行くんじゃない。これから最終試験という名の任務に赴くんだ。こんな浮かれた気分では――」
 と白髪を肩まで伸ばし斧槍(ハルバード)を携えた赤眼の美少年が小言を言って来た。
「カノン……ごめんごめん」
 私は申し訳なく彼に謝る。
 彼の名はカノン。
 ランディ元帥に直弟子の為年齢では私の方が明らかに上だが私よりも先に元帥に弟子になった為兄弟子になる。
 そして、何故私達が今船に乗っているのかというとこれからある任務に就き最終試験を受ける為だからだ。
 この試験は今までの試験結果と相性がいい受験者二名と担当官一名のスリーマンセル式で泊まり込みの試験だ。試験内容は分からないがスリーマンセルにするのにはきっと何か意味があるのだろう。
 私が心のどこかでぼんやり考えていると、
「おいっ! お前っ! 何ぼんやりしている? これから任務地に行くのだからもうちょっと――」
 カノンが尚も小言を続けようとするがランディ元帥が笑顔で、
「まぁまぁカノン君その辺で……」
 とヨコヤリを入れカノンがチッと小さく舌打ちをした。
「ボクの足手まといにはなるなよ……」
 これだ。
 カノンはなぜか初顔合わせの時から私に対して冷たい態度を取る。
 育ての親代わりのランディ元帥に言わせれば心配しているのだそうだが……先行き不安だ。
 私がため息交じりにそう思っていると、カンカンカンカーンと船が目的地に着いた相図を送った。
「目的地に着きました。お降りの方は――」とアナウンスが響き私達は降りる準備をする。
 私達の最終試験場所は元・ファーレン国。
 私が昔戦争で滅ぼした国だ。

 港は大賑わいだった。
 たくさんの人が行きかい市場では活きのいい魚や遠くの大陸の珍しい果物まで売られている。
 二年前までここも戦地だった。
 ここだけじゃないファーレン全土が戦地になった。
 それが二年で……。
 私が驚いて感嘆していると、
「さて、私は馬車の手配をしてくる。書類やら申請などで三時間はかかる。ただ待つだけではもったいないので二人は試験前の息抜きと同時に社会見物として二人で町を見物してくるとよい」
 とランディ元帥が言った。
「え? 馬車……ですか?」
「そうじゃよ……結構な山村だからの。歩きじゃひと月はかかる。まぁ、歩きが良かったら歩きでも構わんが……」
「はぁ……」
 私の返事にカノンは、
「お前なに気の抜けた返事をしている。元帥もなに気の抜けたことを言っているんですか?」
 と突っかかってきた。
「ボク達は退魔師になる為の試験に臨むんだ。それをいきなり息抜きなどと――」
 カノンの不機嫌全開の言葉にランディ元帥は、きょとんとしやがてほっほっほっ! と笑い出し、
「気張り過ぎても成功はしないもんじゃ。むしろ、肩の力を抜いたほうが上手くいくもんじゃよ!」
 と朗らかに笑いそして、
「この社会見学を有意義なものにするか無意味なものにするかはキミ達二人次第じゃよ! じゃあ三時間後町の北口で~!」
笑顔でそういうと貸し馬車屋へ向かった。
「……」
「……」
 私とカノンの間に気まずい沈黙が流れる。
 しばしの沈黙の後「行くぞ……」とカノンが言った。

 私達は町を見て回った。
 ただ私は人の多いところが苦手でカノンの姿を見失わないように必死だったがカノンはずんずんと先に進んでしまう。
 すると、カノンが立ち止まった。
 私もつられて止まる。
 カノンの目は大衆演説に引き付けられていた。
「人の力というものは根強い。私達は戦争で多くの犠牲を出した。敗戦直後は皆生きる希望をなくしていたが実際人は強い。だからここまで復興した。これこそ人の成せる業(わざ)だ。私達はこれからも一致団結してこの国をもっとより良い国しようではないか!」
「――以上市長からでした」
 と、演説をした市長は民衆から拍手喝采を浴びた。
 私は市長の言葉を聞き確かに人は何度でも立ち上がれる。これこそが人が成せる業だと思い聞き入った。
 その時カノンが「不愉快だ……」と呟き足早にこの場を離れた。私はカノンに付いて行ったがなれない町と人ごみのせいで姿を見失わないようにするのが精いっぱいだった。
「カノンどうしたの?」
 私は足早に歩きながらカノンに聞いた。
「あの人はあの人なりにこれからの国のことを考えて……人の正しさを――」
 私が言い掛けているとカノンは、くっと笑った。そして真顔で言った。
「口では何とでも言える」
「え?」
 私は一瞬意味が解らず聞き返した。
「そもそも事の発端は宗教の違いから始まった。ファーレン国がライノス国に一方的にファーレン国で崇拝している神を崇拝しろと言い出し要求を呑まなかったことでファーレン国がライノス国に戦争を吹っ掛けた」
 確かにそうだ。
 元々、あの宗教戦争はファーレン国が一方的に自分達の要求を突き付けてきた。そして、ファーレンはライノス国が要求を呑まず戦争に発展した。
「そしてファーレンは見事に負けた……」
 カノンは肩をすくめお手上げのジェスチャーした。
「死んだ人間はほぼ下っ端の軍人と徴兵された民間人だ。それを多くの犠牲の一言で済ませてしまうんだ。本当に言葉程お手軽で簡単ものは無い……」
 確かに人は言葉で何でも済ませてしまう。
 そして結果論で終わらせる。
 私が思案しているとカノンが吐き捨てるように言った。
「口では何とでも言えるがそれを行動に移せるかどうかは別だ。言葉はきれいごとを並べる為だけにあるんだからな」
「……」
 私は無言になり考えた。
(口では何とでも言える……か)
「そろそろ時間だ。集合場所に行くぞ」
 カノンはそう言い踵を返し歩き始めた。
 私は考えながら物思いにふけった。
 自分は戦争中沢山人を殺した。それが、正しいと信じて。だが、考えてみればその人達もその人なりの正しいことがあったはずだ。結局私は自分の正義を敵兵に押し付けた。当時のファーレンの様に。
 人をたくさん殺しておいて今度は人を助ける側に着く。
(滑稽だ……)
 私はぼんやりとしているとカノンが、私の方を振り返り、
「ホラ、ぼーっと腑抜(ふぬ)けた顔をしていないで行くぞ……」
 カノンの言葉に私は我に返り刀をしっかり持とうとすると別の方向から刀を引っ張る感触がある。
「?」
 私は不審に思い刀の方を見ると、少年が私の刀を握りじっとしていた。
「……」
「……」
「……」
 私達三人は固まりやがて少年が脱兎のごとく刀を奪い一目散に人ごみの中に向かって走り去った。
 私達は一瞬放心しやがて、
「待て――――――――!」
 と言い私達は二人で少年を追いかけ始めた。

 私は少年を追いかけているうちに表通りから裏道に入り狭い路地を走り抜けていく。
「なんで追いかけてくるんだよぉー!」
 少年が走りながら私の方を向きながら叫ぶと、
「キミがその刀を返せば追いかけないっ! だからそれを返しなさいっ!」
 しかし、少年は刀を返さず尚も走りやがて開けた場所に出た。
「? ここはっ!」
 ボロボロの建物。
 粗末な衣服。
「スラム……?」らしき場所に出た。
 私は辺りを見渡しながら少年を探した。
 周囲の人間は私を物珍しそうに見た。
 そしてざわついた。
 それでも私はそんなことはお構いなしに少年を探した。すると――、
「みろー! これっ!」
 と声がした。
「すげー! なにこれっ?」
「見たことない棒っ!」
 私は声の出所を突き止めると先程の少年が私の刀を同じくらいの年頃の子に見せびらかしていた。
「これはカタナっていうんだぞっ!」
 少年は私から聞いた単語を自慢げに言うと刀を覗き込んでいた少年が「何に使うの?」と聞くと自慢げに話していた先程の少年が「えっ! えー……」と言葉に詰まった。
 少年がしどろもどろになっていると、私は拍手をし「キミは物知りだね……」といい笑顔で少年達に近づくと少年は私を見てぎょっとした表情をしたが私は笑顔を崩さず少年の面目が潰れないように優しく助け舟を出した。
「これは刀。武器の一種なんだ。一振りで人を守ったり助けたりすることが出来る……だろ?」
 私は片目を閉じ少年に合図した。
 すると少年は私の意を汲み取り、
「そ……そーなんだっ! これは人助けの道具なんだぜっ!」と胸を張って言い同年代の子がすごーい! と言い少年をキラキラした羨望の目で見つめた。
「兄ちゃんオイラの次にすげぇなっ! 良かったら子分にしてやってもいいぜっ!」
 私は少年を見て「キミ……」と言った。
「ん?」
「武器は扱い方一つで人を傷つけるものにもなるし人を助けるものにもなる。その事を覚えておくんだよ?」
 私の言葉に少年は力強く頷いた。
 その時三人ぐらいの女性が「貴方(あなた)達何してるのっ?」と言い子供に駆け寄り子供達を私から引き離した。
 恐らく母親だろうか?
「知らない人に話しかけちゃダメって言ったでしょっ!」
「だって――」
「それとこんな物騒なもん捨てちゃいなさいっ!」
 そういうと母親らしき女性は少年から私の刀を強引に奪うと地面に叩きつけた。
「あーっ! オイラの戦利品っ!」
「なにが戦利品よっ! あんな物騒なもん二度と拾ってくるんじゃないわよっ!」
 母親はそう言うと少年の手を乱暴に引っ張り私を睨むとスラム街の奥へと引っ込んでいった。
 私は道端に投げ捨てられた刀を拾い「じゃあカノン戻ろうか?」と言い周囲を見るとどこにもカノンがいない。
「……カノン! カノーン!」
 私は叫び声をあげるが返事はない。
(あれ? これってもしかして……)
 思い返せば私は無我夢中で少年を追いかけていた。しかも、人ごみの中を。はぐれても不思議じゃない。
(マズイ。非常にマズイぞ!)
 私は急いでスラムを出て、来たであろう道を引き返したつもりだったが……。

「解らない……」
 やはり道に迷った。
 更に「あれ、行き止まり」やら「こんな道あったけ?」状態だ。
 私は協会から支給された貸し懐中時計を見る。
(やばい。約束の時間を十分も過ぎているっ……!)
 私は焦った。
 ここで退魔師になれなかったら私は何の為に村を出てきたのだ。
 私は不安に襲われ心細くなってきた。
 私は道端にへたり込むと頭上から「オイ」という聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 私は恐る恐る顔を上げると、
「ようやく見つけたぞ……ラファエル」
「カノン……」
 呆れた顔をしたカノンが経っていた。
 カノンは私の腕を掴むと無理やり立たせ引っ張った。
「カノン……あの」
「全くスラム街になんか入り込むな。物乞いの餌食にさせられるぞっ!」
 そう言いカノンは乱暴に無言で手を掴んで歩き出した。
「早く行くぞっ! 全く約束の時間を二十分も過ぎている。元帥も怒っているだろう。私も謝ってやるから腹をくくれ……あとまた迷子になると面倒だから手を繋いでいく!」
「……」
「どうした黙って……?」
「ありがとう」
 私の言葉にカノンは顔を赤くし顔を後ろに向きぶっきらぼうに言った。
「お……お前がいないと試験が受けられないからだからな。それ以上に意味はないからなっ! 解ったら早く行くぞ。大体――」
 ぶつくさそう言いながらも手をしっかり握り足早に町の北口に向かった。
 この後私達はランディ元帥に直球で嫌味を言われた。しかし、しっかりと繋がれた手と私と私の為に必死に謝るカノンを見て「まぁ、有意義には過ごせたようだね」と言った。


2 退魔師の試験

 ガタゴトガタゴト。
 馬車が山道で激しく揺れる。
 私とカノンは荷台に座り、ランディ元帥は御者の隣に座っている。
「ゆ……揺れますね。かなり……」
 私の言葉にランディ元帥は、
「景色を見てればそんなこと気にせんもんじゃよ……見てみなさい、この雄大な景色を……」
 と、言い子供っぽく景色に見入っている。
 青々とした山脈が連なっており確かに雄大な景色だが……、
「うぅ……気持ち悪い」
 カノンは座り込みぐったりし口元を押さえている。
「カノン、外の景色見れば気分も優れるかもよ」
 私の言葉にカノンは私を睨み付けて、
「この状況でそれを言うか?」
 と言い私は「……ごめん……」と言った。
「とりあえず今はボクに話しかけるな。イライラするから……うぅ」
 カノンはそう言い私に背を向けた。
 その様子をランディ元帥は見て「全く最近の若い者は……」ため息交じりに呟いた。
 そう話している間にも馬車は六時間揺れに揺れ村に着くころには陽はすっかり落ち私とランディ元帥は平気だったがカノンはすっかりダウンしていた。

「うぅ……まだ気持ち悪い……」
 カノンはふらつきながらも馬車から降りてぼやいた。
「平気? 肩を貸そうか?」
 私の提案にカノンは半分睨みながら「イイ……」と答えた。
「宿に着いたら少し休もう。試験内容はそれからじゃな……」
 ランディ元帥の言葉にカノンは無言だった。
 宿に着くと部屋割りが決められた。
 私とカノンは右側の五部屋ある真ん中の二人部屋。ランディ元帥は三つある左の真ん中の一人部屋。カノンはふらつきながらも部屋に行こうとしているがしんどそうだ。
 私は見ていられずカノンを横に抱きかかえて部屋まで送ろうとするがカノンは顔を真っ赤して「降ろせー」と暴れるが私は無視して部屋まで抱きかかえ部屋に着くとベッドに降ろした。
「……余計な事をするな」
「でも、あの様子じゃ部屋まで行く前に倒れると思うよ……。人に頼るときは頼らなきゃ……」
 私が苦笑いで答えるとカノンは黙り下を向いた。
「じゃあ、とりあえず私はフロントに行って酔い止めの薬あるかどうか聞いてくるよ!」
 カノンはまだ気持ち悪いのかベッドにヨコになったまま頷いた。
 私は部屋を出てカノンを抱きかかえた時を思い出した。
(体軽かったし柔らかかったな……)
 そう呑気に思い出しながらフロントに向かった

「酔い止めの薬切れてたけど……水でも平気かな?」
 先程私はフロントに行くと酔い止めの薬は切れてると言われ水だけどもと思い水を持って私の部屋でもあるカノンの部屋へ水を持って行き部屋のドアを勝手に開けた。
 するとカノンは体調が少し良くなったのか着替え中だった。
 しかし、問題はそこじゃない。
 胸に膨らみがあった。
 しかも左右に。ケガとかではない膨らみで。
 明らかに女性のそれである。
 私は固まった。
 カノンも固まりやがてカノンは見る見るうちに顔を真っ赤にし、
「なにみているんだ―――――――――――――――――――――――――っっっ!」
 と大声で叫び上げられ私はカノンが投げた枕を顔面に受け止め追い出された。

「あっはっはっはっはっ! それでさっきカノン君の叫び声が聞こえたのか!」
 ランディ元帥が食堂の椅子に腰かけながら愉快そうに大笑いし私はテーブルにつっぷしている。
「笑ってないでなんで教えてくれなかったんですか?」
 私の不満げの言葉に、
「え? でも私カノン君が男だなんて一言も言ってないよ」
 あっけらかんとして答えた。
 確かに思い返せばランディ元帥はカノンを一言も男だなんて言っていない。つまり、私が勝手に勘違いしただけだ。
「まぁ、男装もしてたから気付か無いのは分かるが……まさか、どっきりドキドキハプニングになるとは思わなんだ」
「どっきりドキドキハプニングって……」
 私はランディ元帥の言葉に怒りたくなった。
「しかし不味いことしてしまったかのう? 明日から試験なのに……」
 ランディ元帥の言葉で私はすっかり忘れていた。ここには試験で来ていることを。
(色々あって忘れていた……)
 私は恥ずかしさで顔を赤くした。
「ん! ラファエル君。もしかして忘れてた?」
 ランディ元帥が黒い笑顔をして覗き込んできたので私は慌てて「そ、そんなことはありましぇんっ!」と盛大に噛んで受け答えしてしまい更に私は顔を赤くした。
「全くおめでたい奴だ……」
 見るとカノンが食堂の入り口の柱にもたれ腕組みをして立っていた。
「おや、カノン君。調子はもういいのかね?」
「えぇ。先程の衝撃で乗り物酔いが吹き飛びました」
 私はカノンの顔を直視出来ず下を向き「……さっきはごめん……」と謝った。
 すると、カノンは「次はないからな……」と怒気を孕んだ声で言った。
「じゃあ揃ったところで試験内容を話すが……ラファエル君平気?」
「はい……平気です」
 私の力の無いに返答にカノンが、
「人の話は聞く時は前を向けっ!」
 と怒った。
 
 試験内容はこうだ。
 この地には魔力を安定させる為に三つの魔鉱石といわれる魔力をコントロールする特別の魔力を帯びた石が祀られている。しかし、どういうわけか最近力が不安定で村民や冒険者達に被害を出している。それも三つともすべて。
 私達の試験はその三つの力を安定させ元に戻すことだ。
「退魔師は過酷だ。場合によっては最終試験で命を落とすものもいる。だが、これで命を落とせばそこまでの人間だったということじゃ……ラファエル君。カノン君。それでも受けるか? もし受けたくなければ魔力を封印し即刻この場を立ち去ってもらう」
 今までのランディ元帥と打って変わって真剣で冷たい口調に私は気を引き締め「はいっ!」と言いカノンの「了解しました」と私達の意志が固いことを悟るとランディ元帥は途端表情を崩し始めた。
「いやぁ、安心した。これで断られたらどうしようかと思ったよ……」
 ランディ元帥はため息をついて腰かけていた椅子にずり落ちた。
「拒否するわけがありません。私はその為に来たんですから!」
「ボクもこれには同意見だ。ボクもその為にここに来た!」
 私の言葉にカノンが賛同し、
「第一、こんな山奥の山村に来たら断ることもできないじゃないですか」
 とカノンが言葉を続けた。
 確かに今私達がいる村はかなりの山奥だ。徒歩だと回り道をしなければいけないしどういう道順で帰ればいいか解らない。挙句に魔獣も熊も出る。ここで魔力を封印し帰るというにのは死刑確定だ。
 つまり私達は絶対逃げられない状況に追い込まれたというわけだ。
「ここが墓場になるかならいかはボク達の実力次第ということか……」
 カノンは両手を組み私を睨み付けた。
「お前、ボクの足を引っ張るなよ。足手まといと解ったらほっとくからな……」
 私は小さく頷いた。
 そんなやり取りを見ていた元帥は口を静かに開いた。
「カノン君。ラファエル君。今のままではキミ達は退魔師になれない。この試練は人にとって一番大切なものを問われる試験でもあるのだから。それに気付けなければ仮に任務に成功しても退魔師にさせるわけにはいかない……」
「……?」
 カノンは黙り私はランディ元帥に聞いた。
「その大切なものとは……」
「それを教えるわけにはいかない。言って覚えるものではあるまいし。それは、自分達で見つけるんじゃ……。その為の試験なのだから……」
 ランディ元帥は真剣な面持ちで言うと部屋に戻り私達は無言でそれを見送ると自分達も部屋に戻った。

 私は部屋に戻ると備え付けてあった椅子に腰かけ刀の手入れをすると刀は手入れが行き届き新品同様の冷たい輝きを放つ。
「人間にとって一番大切のもの……か」
 私は茫然と呟いた。
「今のままではダメだ? 一体ボクになにが足りないというんだ? 全く解らない……」
 カノンはベッドに腰掛けイライラしながら自問自答している。 
「カノン、イラついてたら出る答えも出ないよ。今日はもう寝よう?」
「全くお前は……とはいえ確かにイライラしながらでは出る答えも出ないか。それは正論だ。ボクは乗り物で疲れた。もう、寝よう……」
 そう言い床に就いた。
 寝る直前カノンが、
「何か変な事しようとしたら殺すからな」
 と言い眠りに入った。
(やっぱり根に持ってる……)
 私は苦い顔をしベッドにヨコになった。

 私は暗い闇の中にいた。
「ここは……?」
 辺りを見回す。
 すると助けて! という声が聞こえた。
 私は声のする方へ体を向けると一人の青年が女性に刀を振り下ろそうとしている。
「やめろっ! やめてくれぇーっ!」
 それでも青年は無慈悲に持っていた刀を振り降ろし女性を惨殺した。
 私が呆然と立ち尽くしていると青年が私の方へ顔を向けた。その青年は軍人時代の過去の私だった。顔は返り血を浴びている。
 過去のラファエル(私)は退魔師見習いの今の私に問う。
「キミはどうしたいの?」
 過去の私は真っ直ぐに今の私を見た。
 私は答える。
「退魔師になって人を助けたい。それが今の私の願いだ」
 私の問いに過去の私は冷静に言った。
「キミは退魔師になって人を助けると言っている。でも実際はただの逃げだ……。何もやることも目標もないから最もらしい理由をつけて自分の罪から逃げているだけだ……」
「……そんなことは」
「逃げられないんだよ、キミは。キミは人から奪うことしか出来ない。与えることなんて出来ない」
「……」
 私は言葉に詰まり黙る。
 私の様子を見ていた過去の私は「結果が楽しみだよ」とほくそ笑みながら言い暗闇へと消えていった。

「いつまで寝てるんだーっ! 起きろーっ!」
「?」
 私が目を開けるとカノンがイライラMAX状態で仁王立ちしていた。
「いつまで寝てるんだ? さっさと起きろっ!」
(あ……これなんか凄い既視感(デジャビュ)……)
「全く今日から試験だっていうのになんなんだお前は? もう少し緊張感というものを……って何してる?」
 カノンが小言を言っている最中私は寝間着を脱ぎ始めた。
「……何って着替えてるんだけど……」
 私の言葉にカノンは怒り「なんでボクが説教してる最中着替え始めるんだ?」と私に聞いた。
「だってカノンが早くしろっていうから……というよりカノンがここにいると私着替えづらいんだけど……もしかして私の裸見るつもり? 」
 私の言葉にカノンは顔を真っ赤にして、
「着替えたら食堂に集合だからなっ! なるべく早く支度しろっ!」
 そういうとドアを勢いよくバタンッ! と閉めた。
「なんで怒ってるんだろう?」
 私は疑問に思いながらも着替え始めた。

 私が着替え終わり食堂に着くとランディ元帥は座ってコーヒーを啜っており相席には不機嫌全開の表情のカノンがテーブルに頬杖を付きながらハムサラダを口に運んでいた。
「カノン……すごい顔だけどそのハムサラダそんなに不味いの?」
 私の問いにカノンが椅子からガタッ! と立ち上がり私の胸倉を掴み幕してるように言った。
「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇ―っ! ふざけるのも大概にしろーっ! お前の支度が遅いからこっちは待ってやったんだっ! それを開口一番がハムサラダ不味いの? の一言だとっ! 少しは遅くなって済まないとか言えないのかあああああああああああああああっ?」
 カノンは私の胸倉を掴んだまま勢いよくグラグラ揺らしてきた。
(あぁ、カノンの声が耳にすごくつんざく……)
 私は揺らされながらぼんやりとそう思った。
 と、それを見ていたランディ元帥は、
「でもカノン君。集合時間まで三十分もあるよ……」
 と落ち着いた声でコーヒーを啜りながら言うとカノンは反論した。
「何事も最初が肝心なんですっ! ましてや三十分。これだけあれば十分な作戦を立てたり地形を調べたり色々なことに準備が割けるますっ! 第一――」
 カノンは私を指さし「お前のその髪は何だっ!」と大声で怒鳴った。
 私は理由(わけ)が分からず頭に疑問符を浮かべた。
 私の態度に業を煮やしカノンは私を洗面台に引っ張って行き私は鏡を見ると髪は寝ぐせ全開の頭になっていた。
「わー、すごい寝ぐせだねー」
「お前は朝髪を梳(と)かさないのか?」
 とカノンが聞いてきたので、
「えっ? カノンが急(せ)かすから」
 私の言葉にカノンは頭を押さえハァァと溜め息をした後櫛(くし)を差し出しながら「身支度はしろ……とりあえず梳かせ」と言って来たので梳かそうとしたが上手くいかない。
「んー、やっぱりハリネズミのままだ。よし、諦め――」
 私がさじを投げて諦めた時カノンが「貸せっ!」と言い私から櫛を取り上げた。
 そして、「屈め……」と言って来たので私は素直に少し屈んだ。
 するとカノンが私の頭を梳かし始めた。
「えっ? カノンこれって……」
 私が驚いて動揺しているとカノンは呆れ声で、
「じっとしていろ。あと目を瞑れ。癖直しスプレー掛けるから」
 と言い私は、
「あ、うん……」
 と素直に頷いた。
 カノンは手際が良く私の腰までの髪をものの五分できれいに整えてしまった。
「わー、サラッサラッ! カノン手際良いね」
 私は自分の髪をいじりながら言うと、
「それぐらいできて当然だ」
 と言った。
 私はカノンが面倒見がいいという意外な一面を知り少し驚いた。

 食堂に戻るとランディ元帥は私を見て、
「おー、ラファエル君。キレイになったのー!」
 と感心したように言った。
「カノンがやってくれました」
 と言うとランディ元帥は納得したように「あぁ」と頷いた。
「じゃ、一通り身支度も済んだので本題に入らせてもらおうかの……」
 ランディ元帥は張り詰めた顔でそう言うと地図を広げた。
「今わしらがいるのはリストン村。つまり、この赤丸で囲まれたここじゃ」
 と言いランディ元帥はリットン村と書かれ赤丸で囲まれた部分を指さした。
「そして、この青丸で囲った三つの場所が魔鉱石が祀られている場所じゃ」
 ランディ元帥は青丸で囲った部分を順に指さした。
「ティス神殿。アイトン山。そして、モーゼス渓谷……ですか」
 私の問いにランディ元帥は頷いた。
「道中魔物も出るが魔物自体は大したことはない。とは、いえ舐めていると痛い目を見るから慎重にな」
 私とカノンは「はいっ!」と勢い良く返事しランディ元帥は私達の返事に満足したのか御満悦な顔になった。
「じゃあ、まずティス神殿じゃ……そこに行こう。二人共準備を怠るでないぞ」
 ランディ元帥はそう言い自分も準備をする為なのか部屋に戻り私達も部屋に戻り準備しているとカノンが「ボクの足を引っ張るなよ」と言ってきたので私は苦笑いで相槌を打った。
 険しい山道の中私達は魔獣に出くわして交戦し最後はカノンの一撃で魔獣が倒れた。
「これで十体目……か」
 カノンは魔獣を冷たい目で見下ろして言った。
「カノン……強いですね……」
 私はカノンのあまりの強さに誰に尋ねるわけでもなく呟いた。
 実質カノンは強い。
 自分の足を引っ張るなという言動は満更自信過剰というわけではないことが分かった。
 私が感心しそう思っているカノンが私を睨みつけて言った。
「お前、余計なことをするな」
 私は苦笑いを浮かべた。
 私は先程度カノンの後ろにいる魔獣を倒した。それが、カノンの怒りに触れたらしい。
(扱いが難しい……)
 私が苦笑いを浮かべているとランディ元帥がブツブツなにか言いながら紙に記入している。
 恐らく退魔師の適性のチェックシートだろう。 
 カノンがそれを見てピリピリしているのは見てわかる。
(空気がピリピリしている……) 
 私はそう思いながらも試験ということを念頭に置き気が張るのも当然かと思った。
 ランディ元帥がチェックシートらしき紙を懐にしまい次に進もうとした時、若い女性の悲鳴が聞こえた。
「?」
 私達三人は一斉に顔を見合わせ声の方へ走った。すると、そこには女性が一体の狼に襲われていた。
 私はコートを脱ぎ利き腕と反対の左腕にかけ口笛を吹き狼の注意を私に向けた。
 狼は狙い通り私に注意を引き付けられ私目掛けて突進してきた。その時、私は小さい頃教わった狼の撃退方法を試し腕にかけてたコートを被せた。そして、狼が腕に食らいつくと同時に腕を引き狼がコートだけを食らい一瞬困惑してるうちにその一瞬の隙を突き口を手で押さえ地面に力いっぱい押し付けた。
 程無く狼は戦意喪失したのか情けない鳴き声を出したので私は狼を開放し野に放すと狼は一目散に逃げて行った。
 私が狼が完全に逃げて行ったのを確認していると女性が「ありがとうございました!」と言った。
「お前さんこんなところで何をしておるのかね?」
 ランディ元帥の問いに女性は、
「ハーブを摘みに来ていたのです。香炉に使う」
 と答えた。
「香炉?」
 カノンの問いに女性は「はい、ここのハーブはいい香りがするんで子供達もリラックス出来るんです」と答えた後「あぁ、自己紹介がまだでしたね」と言い、
「私(わたくし)の名はマリー。マリー・マリアンヌと言い近くの教会でシスターをしています」
 マリーさんが自己紹介をしたので私達も釣られて自己紹介をした。
「私の名はラファエル。ラファエル・クロウリーです」
「カノン。カノン・アーデルハイトだ」
「わしの名はランディ。ランディ・バースじゃ」
「ラファエルさんにカノンさんにランディさんですか。皆さん素敵な名前ですね。特にラファエルさんなんて天使の名前で縁起がいいですね」とマリーさんはうっとりするように言った。
 しかし、私はこの名前が嫌いだった。
 理由は天使の名前で小さい頃バカにされそれがコンプレックスだった。
 私が嫌なことを思い出して黙っているとマリーさんが私の顔を不審そうに覗き込んだ。
「ラファエルさん……どうかしました?」
 私は慌てて我に返り「リラックス効果ですか。私も嗅いでみたいですね」と取り繕った。その時、カノンが私の言葉でギンッ! と鋭い眼光で睨んだので私は冷や汗を流し「機会があったらまた今度……」と言った。
 すると、マリーさんは微笑み「いつでもどうぞ」と言い私達は行く方向とは反対の道を歩いて行った。

「全くハーブを摘みに来て狼に襲われるとは……」
 カノンは不機嫌全開の声で言った。
「しかし、ここは確かに他では咲かない希少なハーブが咲くぞい。例えば、シュラーフ草(そう)といいどんな巨大の動物も少し香りをかいいだだけで眠りに入るハーブ等――」
「そんなに強力なんですか?」
 私の問いにランディ元帥は笑って言った。
「睡眠導入剤につかわれるもんじゃよ。本当にいい香りがするぞい!」
 私達はそう言いながら山道を登り神殿に辿り着いた。

「随分立派な神殿ですね……」
 私達は神殿を見ながら奥の方へ進んだ。途中ランディ元帥が足を止め言った。
「私は補佐しかしない」と。
 そして、更に奥に進むと最奥部から異様な魔力を感知した。
 すると、禍々しい魔力を放った石が台座の上で白く鋭い光り放ち周囲を真っ白にした。
 私達は目を閉じた。
 そして光が収まったのを感じ目を開けると魔鉱石は頭に大きな角に巨大な一つ目を持ちその一つ目を触手なような草花の蔓で支えている悍ましき魔獣へと変貌した。
 私達は緊迫した。
(敵はどのような攻撃を仕掛けてくるのか? また、どんな攻撃が効くのか?)
 私が思案しているとカノンが敵へと突っ込んで行った。
「カノンッ?」
「考えている暇があったら攻撃しろっ!」
 そう言うと触手の攻撃を難なくかわし大きな一つ目に斧槍(ハルバード)を突き立てた。魔獣は大きな音を立て倒れた。
「大したことがないな」
 カノンが余裕気に言いこれで終わりかと思ったカノンが一瞬油断し後ろを向いた時魔獣は起き上がり触手でカノンの首を締め上げた。
「ぐぁっ!」
 カノンの顔が苦しみに満ち溢れ私は急いで触手を斬ろうとした。しかし触手は固くすぐには斬れなかった。魔獣は怒り狂ったように暴れ私達に襲い掛かった。
 触手が私達に伸びる寸前ランディ元帥が私達にバリアを張り触手を粉砕させたが触手は砕れた部分がすぐに再生してしまう。
 カノンの顔はますます苦痛に満ちていく。
 その時魔獣が触手の一本をカノンの首筋に刺した。すると、カノン顔が気を失ったのかぐったりとしするすると降ろされた。
「カノンッ!」
 私は魔獣の隙をついてカノンに駆け寄った。その時、斧槍(ハルバード)の穂先が頬をかすめた。
「えっ?」
 カノンからは表情がない。むしろ虚ろな目で私に攻撃を繰り出していく。
「カノンッ! どうしたんだっ! 私だ! ラファエルだっ!」
 それでもカノンは虚ろの目で攻撃を止めない。
 その間も魔獣の攻撃は迫ってくる。
 私は悟った。
 あの時魔獣が挿した触手には精神系の毒の効果があって刺した相手を操る効果があることを。つまり今のカノンには私を敵と認識している。そして、このままカノンが攻撃を繰り出せば私は防御に徹するだけで攻撃が手薄になり敵の攻撃で死ぬかカノンの攻撃で死ぬかのどちらかだ。
 つまり共倒れだ。
 私は考える。
 目を攻撃しただけでは倒せない。むしろ魔獣を刺激させ悪化させるだけだ。魔獣をおとなしくさせ粉々に粉砕させた方が有効だ。ならば――
「ランディ元帥っ! すみませんがバリアの強度を一時的に上げて下さいっ!」
「いいが! 勝算はあるのかっ?」
「私の考えが正しければ確実に勝てますっ!」
「解った。ラファエル君の考えに賭けてみようっ!」
 私はランディ元帥に頼みバリアの強度を上げてもらい氷の呪文詠唱を始める。ランディ元帥は尚も私にバリアを張っている為呪文詠唱には専念できた。
 そして、私が呪文詠唱を終えると建物内が強烈な寒気に包まれ魔獣を凍らし始めた。
 魔獣はみるみる氷付けになった。そして触手も凍り動きを止めた。
「どんな植物でもマイナス0度の中ではガラスよりももろくなる」
 私はそう言い魔獣の目を刀で斬った。すると魔獣の目は粉々に粉砕され魔獣が倒れるとと同時にカノンが床に倒れ込み魔獣が消滅した。そして異様な魔力を放たなくなった魔鉱石が転がった。
「よくやったのう。じゃあ、私は魔鉱石を通常に戻すからするからラファエル君はカノン君を介抱してやってくれんか?」
 ランディ元帥は魔鉱石を通常に戻す術式を始め、私はカノンを起こした。
「カノン! カノン!」
「ん……」
 カノンが目を覚まし私は安堵した。
「良かった」
 私はカノンに手を伸ばそうとした時カノンが勢いよく私の手を払いのけた。
 私は意味が解らず困惑した。カノンを見ると彼女はすごい悔しそうな顔をしている。
「カノン……」
 私が呟くと同時にカノンは立ち上がって言った。
「自分のことは自分でやる」
 と言い、
「……不覚だ……」
 カノンの背中がそう言っているように私には見えた。

 翌日。試験の二日目となったこの日カノンはやけに荒れているように私には映った。
 鬼気迫る勢いで魔獣を倒していき魔獣化した魔鉱石をもカノンはお得意の炎の魔術で一撃で仕留めてしまった。
 魔鉱石からは禍々しい魔力がなくなりランディ元帥がすぐさま正常になる様に術式を張り私達は割と早く山を下山した
「カノン……。あそこは私が攻撃してキミが補助に回るべきじゃなかったのかい!」
 村の宿屋に戻った私は魔獣との戦いで腕にかすり傷を負いフロントでもらった包帯で自分で手当てしていたカノンに少し強めに言った。
 あそことは魔獣化した魔鉱石との戦いで魔獣が攻撃した時本来なら敵に一番近い私が攻撃した方が適任なはずなのに魔獣から少し離れたカノンが突進して攻撃したのだ。
「うるさいっ! 結果は上手くいった! その証拠にかすり傷程度で済んだ」
 この言葉に私は少しカチンとした。
「上手くいったって……失敗してたら大怪我してたかもしれないんだぞ。最悪致命傷にもなりかねないことだって――」
「はい。そこまで!」
 私が言い掛けている時ランディ元帥がストップをかけた。
「ランディ元帥?」
「キミ達元気があるのは結構だが少し心を休めよう。疲れている年寄りには少し頭に響く……」
「……」
「……」
 私とカノンは黙った。
 そしてランディ元帥は言葉を続ける。
「キミ達の実力は、はっきり言ってトップクラスだ。だが、逆にそれが仇となっている。そして、キミ達には決定的に足りないものがある。これに、気付かないようでは試験には合格させるわけにはいかない」
 ランディ元帥は深くため息を吐き窓を見ながら、
「今日の試験は早く終わったからまだ日も高い。ゆっくり村の見物でもしてきたらどうじゃ? 心を落ち着かせれば足りないものも分かるかもしれん」
 ランディ元帥はそう言い食堂に引っ込みカノンは自室へと向かい残された私はとりあえず村を散策するために宿屋を出た。

「足りないもの……かぁ」
 私は先程のランディ元帥の言葉を思い返しながら村を歩く。
『キミ達には決定的に足りないものがある』
 私はその言葉を考えるが何が足りないのかが解らない。実力はトップクラスと言っていたから戦力では無い。だとすると何が足りないのか。
「う~ん」
「きゃっ!」
 私が悩んでいると前から女性がぶつかってきた。
「あ? すいませんっ! ちょっとぼーっとしてて……」
「――ったく、ちょっとじゃないわよ! どこに目をつけ――」
  女性は私の顔を見た時声を止めた。
「あの……」
 私は女性に声をかけ顔を覗き込む。
 すると女性の顔はヤカンのように真っ赤になった。
「いっ……いえ! 私の方こそ失礼しました」
 漸く女性が我に返ったのがお詫びをすると女性の後ろから紙袋を持った中年のいかついおばさんがやって来た。
「すいませんっ! 旅の方っ! うちの娘が迷惑かけたようで……怪我はありませんでしたか?」
「あっ、いえ……私の方は。それより娘さんの方は?」
「あっ、平気よ平気! 伊達にご飯をさんぱ――」
「わー! 言わないでっ! 旅の方気にしないで下さい。うちの母デリカシーないんでっ!」
 母親が何か言い掛けると女性が大声を張り上げて次の言葉を妨害した。
 私はこの親子を見て微笑ましくなった。もし、私が孤児院で育ってなかったらこの親子のような会話がもしかしたら親と出来たのだろうか。
 私がくすりと笑うと娘さんが私の顔見て、
「……お兄さん、俗に云うイケメンね! 私のタイプだわ!」
 と言い母親から紙袋をひったくり、
「お母さん! 教会へのリンゴを届けるのこの人と行く。お母さんは休んでて!」
「ちょっとそんな勝手の事! 旅の方に迷惑だよっ!」
「いや……私は迷惑ではありませんが……」
「ほーら、お兄さんも迷惑じゃないって! じゃ、行きましょう! あ、あと私マユって言います! お兄さんは?」
「ラファエル。ラファエル・クロウリーっていいます」
「そうですか、よろしくお願いします! ラファエル様!」
(様……?)
 私はマユの言葉に疑問符を浮かべた。

「じゃあ、ラファエル様って退魔師になる為の試験に来たんですか?」
 私はマユと森の中を歩きながらマユさんに事情を説明した。
「いいなぁ……退魔師なんてカッコいい。私なんてただの村娘……先が見えてます」
 マユさんがため息交じりにうんざりした顔で言った。
「お母さんはうるさいし、故郷は田舎。なんで私こんなとこに生まれたんだろ?」
 私はマユさんの悩みが贅沢だと思った。
 心配してくれる親がいる。帰るべき故郷がある。私にはそれがない。
「心配してくる親がいるのはいいと思う。帰るべき故郷があるのも素晴らしいと思う。私にはそれがもうないから……」
「ラファエル様……」
 私はハッとして作り笑いを浮かべた。
「す……すまない。つい説教じみたことを言ってしまい……」
 マユさんはすまなさそうに顔を赤くした。
「わ……私もごめんなさい愚痴っぽくなっちゃって……」
 私とマユさんの間に気まずい沈黙が流れる。
 するとマユさんが思い出したように私にリンゴ一個差し出した。
「?」
 私は疑問符を浮かべリンゴを見た。
「食べていいですよ! リンゴ!」
「でも、これは届け物じゃ……」
 するとマユさんはいたずらっぽく笑って言った。
「いいんですよ! これはお母さんの善意で勝手にやっていることだし一個くらいいいんですよ。私も良くつまみ食いしてるし!」
 そう言いマユさんもリンゴを紙袋から一個取り出した。
「自慢じゃないけどうちのリンゴは美味(おい)しいんですから!」
 そう言いマユはリンゴに齧(かじ)りついた。つられて私も齧りついた。
「お……美味しい」
 私は正直な感想を言った。
 このほど良い甘さにみずみずしさ。そして歯ごたえ。こんな美味しいリンゴを私は食べたことがない。
 私の感想にマユさんは気を良くしたのか得意げな顔で胸を張っている。
「でしょ! うちのリンゴはこの村の宿屋の料理にも提供してるし教会の子にも喜ばれてるんですよー!」
 そう言えば私はマユのペースに乗せられてすっかり忘れていたことを聞いた。
「そう言えば教会とは?」
 するとマユさんはバツが悪そうに「あ……!」と小さく舌を出して、
「教会っていうのは昔戦争で親を失った孤児をシスターが一人で育てているの。それで、私達が善意で食料とか衣類を寄付してるの。それで、そのシスターっていうのが素晴らしい方で見返りを求めないでいつも人の為に説教をしてて悩みも聞いてくれて正にシスターの鏡のような人なんです」
「そうなんだ……」
 私はシスターに期待した。
 悩みを聞いてほしかったからだ。
 やがて、開けた場所に出ると教会らしき建物が見えた。
「ふぅ、ようやくついた。じゃ、早速リンゴを運びましょうか!」
 マユさんがそう言い一歩踏み出した瞬間マユが下に沈んだ。見ると下半身はすっぽり穴にはまっている。
 私が戸惑っていると側の茂みから一人の少年が姿を現しガッツポーズをした。
「よっしゃー、えものがかかったー! みんなつづけー!」
「おー!」
 少年の一声に次々と茂みから子供達が現れ私とマユを取り囲み羽交い絞めにした。
「マユ姉! トロイぜ! そんなんだから彼氏できないんだぜ!」
 少年の一人がいたずらっぽく笑いマユを見おろした。するとマユが穴からすっぽり出て怒鳴った。
「うっ、うっさいわね! トロイは関係ないでしょっ!」
 マユさんと子供達のやり取りを見て私は状況を理解した。つまり、これは子供達なりの歓迎だ。
(孤児院でもあったなぁ……こんな光景……)
 私がしみじみ思っていると子供達の後ろから女性の声が掛けられた。
「はい! 皆さん何をやっているの? お客さんが困っているから離しなさい!」
 女性の一声に子供達は「はーい!」と元気よく返事をした。
 女性はシスターで私達は深く丁寧に頭を下げた。
「この度は子供達が大変失礼いたしました」
 そして、シスターは顔を上げた。
 すると、そのシスターは、
「マリーさん?」
 だった。

「なるほど、退魔師の方でしたのですね。これで、このようなところに」
「見習いで。今試験中だけど……」 
 私はシスターの部屋にあった風の魔導書を読みながら苦笑いで答えた。
(風の魔術は大気を操るだけあって難しそうだな……いや、だが基本とコツさえ掴めば……)
 私が風の魔術所を熱心に読みふけっていると下から「あの~」と遠慮がちな少女の声が聞こえて来た。私が下を向き少女の方を見ると翡翠のペンダントを首から下げた少女がハーブティーの乗ったお盆を持ちもじもじしていた。
「おきゃく……さま……おちゃを……どうぞ……」
 もじもじしながら少女は私にハーブティーをくれた。
「ありがとう、リリー」
 マリーさんがリリーという少女の頭を撫でるとリリーは嬉しそうに頬を赤らめている。本当に嬉しいのが伝わる。
 私は微笑ましい気持ちなった。
 そして、リリーは部屋から出て行った。
「何もお構いできませんがゆっくりして行ってください。私は相談とかを受け付けてますので悩みがあったら相談にのります」
 私は少し黙り「あの……」と口を開いた。
 そして、私はマリーさんにカノンのことを相談した。
「――そうですか……。あの白髪の方。カノン……さんという方がそんな態度を……」
「私はどうすればいいのか解らず困っています。かの……いえ、彼にどんな態度で接すればいいか……」
 マリーさんは少し考え込みやがて、
「言いたいことを言ってみては……」
 と言った。
「え?」
 マリーさんの言葉に私は困惑した。
 そんなことをしたら大喧嘩になる。
 そしたらもっと最悪だ。
 私がこんなことを考えているとマリーさんは見透かしたようにくすりと笑いこう言った。
「言いたいことを言って本音を言ったらお互いすっきりして信頼するのではないでしょうか? 言いたいことを言わずに我慢していてはお互い自分のことを信じていないと思われてしまいます。 信頼が欲しいなら相手を信じることです」
 と言われた。
「カノンを……信じること……」
 私が考えているとドアがノックされへろへろのマユが入って来た。
「しすたぁ……私もう子供達の世話無理です」
 マユさんの足元にはまだ小さな幼子が纏わりついている。
「マユ姉! もっと遊んでっ!」
「おままごとっ!」
「英雄ごっこ」
 子供達は口々に叫んでいる。
「皆さん。マユさんはもう疲れています。無理させては駄目ですよ」
 マリーさんが子供達に諭すように言うと子供達は私を見た。
「じゃあ、お兄ちゃん遊ぼうよ」
「そうだ、あそぼ―!」
 と言って来た。
 私は孤児院時代の経験がある為子供達の世話は得意だったがもう日が暮れ始めており「遊ぶのはまた今度」と言うと子供達はむくれたがマリーが宥めた。
 そして、少年が絶対だぞと言い指切りをした。そして、私達は村に帰りマユさんと別れた。
 別れ際にマユさんに「そう言えば私にさん付けしなくていいんですよ。さん付け禁止ですからっ!」と注意された。
(じゃあ私に様付けしている自分はどうなんだ……?)と思った。
 そしてマリーさんに言われたことを思い返し宿屋に着き相部屋のカノンと会ったがカノンは素っ気ない態度で食堂へ行ってしまった。
(お互いを信じること……か)
 私はぼんやり思いながらも本当に出来るのだろうかと考えながら部屋に入りベッドにヨコになり私は眠りに落ちた。

「――っう」
 私はベッドでのたうち回っているランディ元帥を見下ろす。
「ランディ元帥平気ですか?」
 私の言葉にランディ元帥は突っ伏したまま答えた。
「これが……平気……に見える……かい?」
 ハッキリ言って見えないので私は首をヨコに振る。
「全くぎっくり腰とは……歳には勝てん。昔は私もヤンチャしてたのに……」
「え? 今なんと?」
 私の言葉にランディ元帥はさも話したそうにして、
「あぁ、わし昔はヤンチャしてたのじゃよ。聞きたいかのわしの武勇伝……」
 と真顔で顔をずいっと近づけて来たので私は顔を横に向け少しのけぞった。
「そんなことよりどうするんですかっ? 今日の最終試験はっ?」
 カノンが不機嫌全開の顔で聞いてきた。
 私は少しカノンにムッとした。
 ランディ元帥はぎっくり腰で動けないのに試験のことを優先するとは。少しは人を労われないのか?
「カノンっ! キミねぇっ!」
 私はカノンの肩に手を置いた。すると、置いた手をバシッと払いのけられて「触るなっ!」と何かに怯えた表情で私が掴んだところを押さえて息を荒々しくして言った。
 私達二人は無言になり部屋に重苦しい沈黙が流れる。
 私はカノンに失望した。
 こんなに冷たい人間だとは思わなかったからだ。
 私がカノン冷たい目で睨むとカノンが掴みがかってきた。
「なんだ? その目は?」
 カノンは私を見上げると静かに言い、
「言いたいことがあるならハッキリ言えっ!」
 と犬のようにキャンキャンと吠えてきた。
 その時ランディ元帥が、
「あのわしがいることを忘れんで貰いたいのだが……」
 と言って来た。
 
 
「くそっ! うざったい雑魚(ざこ)が多い……」
 カノンはお得意の斧槍(ハルバード)で敵をなぎ倒し私もお得意の刀で敵を斬り倒している。
 私達は今二人で最終試験のモーゼス渓谷を進んでいる。
 理由はぎっくり腰で動けないランディ元帥がありえない提案をしてきたからだ。
「今回の試験に私は同行しない……ラファエル君とカノン君の二人だけで試験に挑むのじゃ」
「?」
 私達は驚き絶句した。
「そんなそれじゃどうやって採点や合否を……?」
 カノンの問いにランディ元帥は、
「自信があるからそんな大口を叩けるのじゃろう? なら、二人で出来るということを証明しなさい。それが出来たら試験は合格じゃ」
 と言い私達は二人で渓谷に来たのだが……。
「……」
「……」
 私とカノンは一言も声をかけない。
 相手が目の前を通っても完全に無視。私達はてんでバラバラ。個々で敵を倒している。
(バラバラだ……)
 私はそう思いながらもカノンが苛立ち声をかけられない。その時、
(?)
 後ろで気配がした。
 近寄って確かめようと思ったがカノンがずんずんと一人で突き進んでいくため私は気のせいと思い放っておきカノンを追いかけた。

「ここが最奥部か……思ったよりも高低差はないな……」
 私が独り言をつぶやくとカノンが「さっさと封印するぞ」と言って来た。
 私は無言で頷いた。
 そして、魔鉱石が台座の上で怪しい光を放っておりカノンが一歩踏み出すと魔鉱石が白く眩い光を放ち魔獣化した。私達は目を閉じた。そして、光が収まり目を開き飛び込んできたのは、
 十メートルはあろうという巨体。硬い鱗に覆われた身体。青白く美しいとも思う身体。
口からは氷の粒を吐き出している。
「氷竜(アイスドラゴン)……」
 私の呟きを無視しカノンが呪文詠唱を始めた。
「カノンっ?」
「相手が氷ならこっちは炎だっ! 炎(ほのお)の舞(まい)っ!」
 カノンがそういうとたちまち炎が現れ炎が踊り狂うように舞い氷竜を焼き尽くした。そして氷竜は動かなくなった。
「……なんだこれで終わりか? 拍子抜けだな……」
 カノンが一瞬隙を作り後ろを向いた。その時氷竜はピクリと動きやがて動き始めた。
「カノンッ! 危ないっ!」
 私は咄嗟にカノンを突き飛ばした。その時に私は足を挫いた。
「っ!」
「おいっ! 平気かっ!」
「大丈夫……じゃないかも……」
 私達は氷竜を見上げた。
 氷竜は怒り狂い暴れ始めた。
「とりあえず近くの岩場に隠れるぞっ! 肩貸すから捕まれ!」
 カノンはそう言い私に肩を貸した。私はカノンの肩に寄りかかり私達二人は何とか身を隠せそうな岩場を見つけ身を隠した。
 そしてカノンは氷竜を見ながら呟いた。
「どういうことだ? ボクの炎の呪文は直撃したのに……」
 その言葉に私は答えた。
「炎が内部まで届かなかったんだ……竜系統の魔物は硬い鱗に覆われているから」
 私はそう言い氷竜を見た。確かに氷竜は淡く美しい水色の硬い鱗に覆われている。
「カノンが先走らなければこんなことになんなかったんじゃ……」
 私は思わず呟いた。するとカノンが反論した。
「ボクが全部悪いっていうのか? じゃあ、お前は何だ? 見ているだけだったじゃないか!」
 カノンの言葉にさすがの私もカチンと来て反論する。
「なんなんだキミはいつも偉そうにっ! いつも勝手に決めて先走って。最終的には迷惑をかける。キミには協調性がなさすぎるっ!」
「なっ?」
「人のことも思いやれないんじゃ退魔師以前に人間として失格なんじゃないかっ!」
「……」
 カノンは黙った。
 私は言い過ぎたと思った。
「カノン……ごめん。そこまで言うつもりは……」
 するとカノンはいきなり、
「お前意外と饒舌なんだな」
 と言った。
「は?」
「てっきり無口な奴かと思っていたんだ。ボクに何か遠慮がちだし」
 カノンは弱弱しい笑みを浮かべた。
「そうだな、確かに人のことも思いやれないんじゃ人として最低だ……」
 カノンはそう言い立ち上がった。
「ボクが囮になる。その隙にお前は逃げて元帥に知らせろ」
「なっ……何を言ってるんだ?」
 私は驚いて声をあげた。
「お前は今足が悪い。戦えるのはボクだけだ。だから、今のお前は足手まといだ。だから逃げろ。いくらボクだってお前が逃げ出せる時間は作れる!」
 私はカノンの行動に驚いた。そしてそれ以上に自分自身にも気付かされた。
 私は今までカノンのことを相棒と思っていながらその実カノンのことを信頼していなかった。
(人のことを信頼してない私も人として最低だ……)
「さて、お喋りは終わりだ……上手くやれ」
 そう言いカノンは岩場から出て弱い炎系の魔術を氷竜にぶつけて注意を自分にぶつけさせ私が隠れている岩場から離れた。
 氷竜がカノン目掛けて氷の息を吐くがカノンは炎で溶かす。だが、氷竜は尚も暴れる。
(このままではカノンは愚か私も……)
 私は思案した。 
(カノンの炎を強化させるにはどうしたらいいか?)
 かと、言って私は強化呪文を使えないし強化アイテムもない。絶対絶望的だ。
 そのとき、ふ、と風が吹いた。
(風……そうだっ!)
 私は捻挫した足を何とか動かして急いでカノンの所へ向かった。
「カノン!」
「おまっ? まだっ?」
 私の登場にカノンは驚き目を見開きながら言った。
 その時氷竜が冷気のブレスを吐いた。
 私はカノンの腕を引っ張り急いで岩場に隠れる。
「大丈夫か? カノン」
 私はカノンに声をかけた。すると、カノンは私をギロリと睨み付け、
「この馬鹿が! なんで逃げなかったんだ! 折角ボクが氷竜を引き付けたのに!」
「ごめん……でも、相棒を見捨てるなんて出来ない」
 私の言葉にカノンは「ったく、強情が……」と仕方なさそうに言った。
「しかし、どうするんだ? 今のお前は戦力にならないし、ボクもあまり魔力が残っていない……」
「カノン……あと高威力の魔術何発打てる?」
 私の問いにカノンは肩をすくめ「あと一発。それが限度だ……」と答えた。
「それだけあれば十分だ」
 私の言葉にカノンは頭に疑問符を浮かべている。
「カノン……よく聞いてくれ。私達は勝てるかもしれない……」
「はぁ? お前この状況で何言ってるんだ」
 私はカノンに状況を説明した。
「成功するかどうかわからないけど私は風の魔法を使えるかもしれない。加えてここは渓谷だ。立地条件としては最高だ」
「何を言っている? 氷属性の魔獣に風系統の呪文が……」
「カノンの炎に私の風系の魔法を乗せるんだ」
「? お前意味解って言ってるのか? 合成魔法は難しいんだぞ。 失敗したら――」
「カノンらしくないな。そんな弱気なのは……」
 私は真顔で言った。
「普段のカノンならしくじるな、だよ。少なくとも私の知ってるカノンは……」
「……」
「カノン、私を信じてくれ! 私は口だけじゃなくて心からカノンを信じたい! 私達は相棒だろ」
「……相棒、か……」
 カノンはそう呟くとキッと目つきを変え、
「成功率は?」
 カノンの問いに私は、
「ほぼ五分五分」
 と答えた。
「十分だ」
 カノンはそう言うと「しくじるなよ」と言った。
 私は深く頷く。
 私達は氷竜の動きを見た。氷竜は私達を探し丁度私達に背を向けている。
 やるなら今しかない。
 私達は岩場に隠れるのを止め岩場の外に出て呪文を唱えた。
 そして、カノンの炎の魔法が発動したと同時に氷竜が私達を向いた。氷竜フン、とした感じだったがその直後――、
「風(かぜ)の輪舞曲(ロンド)!」
 私の風の魔法が発動し炎にかかる。そして渓谷の風が重なる。炎は強力な渦となって氷竜を襲う。
 氷竜は驚き避けようとするが避けきれない。炎の渦は氷竜をつつみ激しく燃え上がった。氷竜は炎に包まれのたうち回りやがて激しい轟音を立てて倒れた。
 それでも私達は戦闘態勢を崩さない。
 これで倒せなかったら終わりだ。
「……」
 私達は無言で氷竜を睨んだ。倒れた巨体はびくともしない。
 そして、氷竜の鱗がはがれ身体がバラバラに崩れていく。
 そして、眩い光を放ち異様な光を放たなくなった魔鉱石が転がった。
「~~」
 私は一気に脱力して腰が抜けた。
 あんなに緊張したの激戦区以来だ。
 私が腰を抜かしているとカノンは、
「まだ終わっていないぞ! 正常な流れに戻すまでだ」
 と言い魔鉱石を通常に戻す術式を組み魔鉱石を通常に戻しカノンも安心したのか腰が抜けた。
 その時後ろかパチパチと拍手音がした。
「?」
 私達が後ろを振り向くと岩場の方から、
「よくやったのう!」
 ランディ元帥が現れた。
「ランディ元帥?」
「元帥?」
 私とカノンはほぼ同時に声を上げた。
「いやぁ~、良かった。良かった。二人とも見事じゃったのう!」
 朗らかな声で笑いながら言った。
「さて、この試験の本当の意味に二人は気付いたかのう?」
 と元帥はいきなり真顔になり私達に聞いた。
 私とカノンは顔を見合わせふ、と笑い真顔で元帥に向き直り、
「人を信じること」
 と同時に答えた。
 ランディ元帥は険しい顔してやがて「ごうか~く!」と満面の笑顔で言った。
 私とカノンは脱力した。
 そしてランディ元帥は言う。
「そう。この試験の真の目的は人を……仲間を信じることが出来るか。それを見るテストじゃ。退魔師は人と組んで仕事することが多い。それなのに人を信じないでどうするのじゃ。人として大切なのは人を信じることじゃよ」
 確かに。今までに私達は個々でお互い信じあってなかった。そのことを今日痛感したばかりだ。
 人として大切なのは人を信じること、か。
 私が物思いにふけっているとカノンがランディ元帥に、
「ところで元帥ぎっくり腰だったんじゃ……」
 と聞くと元帥は笑って言った。
「ほっほっほっ! 嘘じゃよ」
「嘘ぉ?」
 私達は同時に元帥に聞き返した。
 すると元帥はすました顔で、
「そうじゃよ。退魔師の最後の試験は担当官抜きでやるんじゃよ。それで、仲間の信頼性に気付けるかどうか図るんじゃ! ところで、わしのぎっくり腰の演技もどんなものか?」
(……あの、リアルな痛み方ぎっくり腰になったことがあるんだな……)
 私はそう思いげんなりした顔で元帥を見た。そしてカノンは、
「じゃあ、あの採点表は……?」
 と呟いた。
「採点表?」
「え? あぁ、ハイ。ランディ元帥が試験中点けていたメモのことです」
 ランディ元帥は少し考え思い出したように、
「あぁ! もしかしてこれの事じゃな?」
 と言い懐から紙を取り出した。
「あ、はい。それです!」
 カノンはそう言い。
「見たければ見ていいよ。大したこと書いてないから……」
「?」
 私とカノンは髪を覗き込んだ。そこには……
『山ばっじゃなー。魚食べたい……』
『ここ葡萄酒絶品らしいのー』
「カメラ持ってきて是非風景を収めたいのー」
「………………」
 私とカノンは無言になった。
 確かにしょうもないことだ。
「まさか二人がこれを採点表だと思っておったとは……そんなわけがおらんじゃろ……」
 ランディ元帥はほっほっほっ! と笑って言った。
 確かに試験中に添削する検査官はいない。
 つまり私達は完全に勘違いしておりカノンに至っては百パー勘違いしていたから憤死寸前だ。
 私はカノンに「どんまい」と言った。
 カノンは、
「図られたな……ラファエル……」
 と言った。
「そうだね……って、えっ?」
 今カノンから初めて名前を呼ばれた。
「今、カノン……私の名前」
 カノンは照れた顔をしている。
 私は嬉しくなり心の底から笑顔になった。

3 過去の束縛

「……ん」
 宿屋の窓から朝日が差し込む。
 私はゆっくりベッドから体を起こし床に足を着こうとした時足首に痛みが走った。
「痛っ!」
 見ると足首に薬草を貼った包帯が丁寧に巻かれている。それで私は昨日の最終試験で足を捻挫していたことを思い出した。
(誰が包帯巻いてくれたんだろう?)
 私はぼんやりそう思いながらゆっくり靴(ブーツ)を履いた。

 食堂に行くとランディ元帥がコーヒーを啜っていた。
「おはようございます、ランディ元帥」
「ん? あぁ、おはよう。よく眠れたようじゃな」
「えぇ。おかげさまで……ところで私はどれくらい寝てました?」
 実は昨日私は試験場から宿屋に着くなり気を失ってしまいその後の記憶がない。だから、どれくらい眠っていたのか分からない。
「ん? 昨日十七時ぐらいに宿について今九時じゃからざっと十六時間ぐらいじゃろうか?」
「十六っ……!」
 私はランディ元帥の言葉に絶句した。
「そんなに寝てたのか……夜眠れなくなる……」
 私が頬に軽く手を当て困った風に呟くと、
「他に言うことがあるだろ」
 と後ろから声がし振り返ると腕組みをし呆れた顔をしたカノンが立っていた。
「カノン……起きてたの?」
 私の言葉にカノンは、
「ボクを舐めるな」
 と言った。
 そして、
「ラファエルは緊張感というものが足りない。ボク達は退魔師になったとはいえまだ下っ端だ。更にボク達は退魔師の勲章をまだ授与されていないから正式には退魔師じゃない……第一ラファエルは――」
 カノンは小言を言っている最中私はランディ元帥に「退魔師の勲章?」と聞いた。
「あぁ、村でラファエル君に見せたロザリオの事じゃ。最初は玻璃(クリスタル)で最高位が金剛石(ダイヤモンド)じゃよ。退魔師の試験が終わったら協団本部に戻り授与するんじゃが……今回に至ってはすぐに帰還できんのう……」
「え? 何故ですか?」
 と私はランディ元帥に問いただすと、
「お前ぇぇぇぇ――――! ボクの話を聞いているのかぁぁぁぁ――――――っ!」
 とカノンに胸倉を掴まれて大声で怒鳴られた。
(うん、カノンは元気のようだ……)
 私はしみじみと思った。
「――で、話に戻りますけど何故です?」
 すると、ランディ元帥は顎に手を当て険しい表情をした。そして、
「少し……調査をせねばなるまいと思って……」
 と言った。
「調査……ですか?」
 私の言葉にランディ元帥は深く頷いた。顔は真剣そのものだ。
「なら、ボク達にも調査を手伝わせて下さいっ! ボク達も一応退魔師なのですからっ!」
 カノンの言葉にランディ元帥は首をゆっくりヨコに振り、
「残念じゃが調査権限があるのは正式な退魔師だけじゃ。さっき、カノン君が小言で言っておったろ……自分達はまだ勲章をもらっていないから正式な退魔師ではない、と……」
 確かにカノンはさっきハッキリ言っていた。私達がまだ正式な退魔師ではないと。
 カノンは黙り「……少し頭を冷やしてきます……」と言い食堂を出て行った。
「……カノン君は少し血の気が多いのう。まぁ、それがカノン君のいいところでもあるんじゃが……」
 ランディ元帥はそう言うとコーヒを啜りやがて私を見て、
「そう言えば足はまだ痛むかね?」
 と聞いてきた。
「え? あ……。足は……って、あれ? さっきまで痛かったのにもう痛まない」
 ベッドから起き上がる時は確かに痛かったのに今は立っていても全然痛まない。私が不思議そうな顔をしているとランディ元帥は笑って言った。
「ほっほっほっ! じゃろ? サセモ草が効いてきたようじゃ」
「サセモ草?」
 私はランディ元帥に聞き返した。
 するとランディ元帥は、
「あぁ、ラファエル君の国ではあまり馴染みがない薬草じゃったな。サセモ草とはヨモギという薬草じゃ。ここファーレンではポピュラーな薬草で食用にもなる」
 と言いコーヒを啜った。
「そうなんですか? でも、えらく丁寧に巻いてありますね。宿屋の人が巻いてくれたんですか?」
 私の言葉に元帥は急に不敵な笑みを浮かべてハッキリ言った。
「それを巻いたのじゃカノン君じゃよ」
「え?」
 私は自分でも驚くほど間抜けな声を出した。
「今何と?」
 再度質問する。
「だからカノン君じゃよ。どうしたのじゃ? 呆けた顔をして」
 ランディ元帥はニヤニヤした顔で言う。
 私は我が耳を疑った。
 あのカノンが人の……しかも嫌っていた私の手当てをするなんて想像が付かない。私が困惑しているとランディ元帥は、
「ラファエル君を相棒と認めた証拠じゃ。カノン君が自分以外の人の手当てをするなんて滅多にないことじゃよ。ちゃんとあとでお礼を言っておくんじゃよ」
 ランディ元帥はそう言うとコーヒーをお代わりし私はというと朝食のトーストとベーコンエッグを頼んだ。

 私は腹ごしらえが済んだ後すぐに宿屋を出てカノンにお礼を言うために周囲を見渡した。すると、カノンは宿屋のすぐ側の見晴らしがいい高台で景色を眺めていた。
「カノン……こんなとこにいたんだ」
 カノンは私を一瞥し「ラファエル……か」と言い景色に目を戻した。
「……カノン。あのさ、あり――」
「ボクは焦っているのかな?」
 私がお礼を言いかけるとカノンが呟いた。
「?」
「ボクは早く一人前になりたい……」
「カノン?」
「ボクは早く一人前になって自分の存在意義を周囲に認めさせたい。だからボクは焦っているのかな?」
 カノンは景色を呆然と見ながら誰に問うわけでもなく淡々と呟いている。
「……」
 私は黙った。
 こんな時何といえばいいのか解らない。下手に慰めてもカノンのプライドを傷つけるだけだし、かと言って聞かなかったことにするのも……。
 私は迷った。そんな時、
「ラファエル様―!」
 と声と共に女性が私にくっついてきた。
 マユだった。
「マ……マユ?」
「ラファエル様―、お会いしたかったですっ! ラファエル様のことを思う胸が苦しくって……」
 マユは私に抱き着き一方的に話をした。その様子を見ていたカノンは、
「いきなり女連れか……いいご身分だな」
 かなり怒気の入った声で言った。
「ちがうんだって、誤解だから。彼女はマユといって――」
「マユといいます! 昨日ラファエル様と運命的な出会いをしました!」
 そう言ってマユはぴっとりと私にくっつく。
「そうか……末永く幸せにな」
 カノンは遠くを見るような目で言い私は「ちがうって!」と全力で否定した。しかし、マユは私の話を全く聞いておらず、「ヤダ―! いきなり結婚なんてえーっと……そう言えばあなた誰?」
マユは怪訝な顔でカノンを指さしたがカノンは人に指をさされるのが嫌なのかひょいと避けた。
「あぁ、かの……彼はカノンといって私の相棒だ」
「そうですか。相棒……美男子……腐女子には萌えますっ!」
(ふじょし……?)
 マユが一人ではしゃいでいるとカノンが、
「なんだ……この変な女は?」
 と私に聞いてきた。
「マユといってこの村に住む娘なんだ。ちょっと変わってるけどいい子だよ……」
「もうラファエル様ったらいきなりプロポーズっ!」
「うん……かなり変な女だな」
 カノンは納得したように頷きながらマユを見た。そして、
「とりあえずボクはお邪魔虫のようだな。移動させてもらうよ」
 と言いこの場を離れようとするとマユが、
「今日も教会に行くんですがカノンさんもどうですか?」
 と聞いてきた。
「……いや、ボクは――」
「カノン行ってみないかい? あの時狼に襲われていたマリーさんという人がシスターをやってて、悩み事とか相談にのってくれるんだ。よかったらカノンも相談してみないかい?」
 と私はカノンの言葉を遮りマユに付いて教会に向かった。

 教会に着くとマリーさんは驚きながらもハーブティーを出しもてなしてくれた。
「驚きました。まさか、二日連続で来てくれるとは……で、こちらの白髪の方が例のカノンさんですね?」
 マリーさんはカノンを見て言った。
「おい例ってなんだ?」
「あ、あはは……」
 カノンの問いに私は苦笑いで答えた。
「でも、もう解決しました……ありがとうございます」
 私の言葉にマリーさんは笑顔を浮かべ「それはよかったです」と言った。
 私達のやり取りにカノンはちんぷんかんぷんで困惑している。
 その時、小さな男の子が「ねー、おにいちゃんあそぼうよー!」と言いカノンの服の袖を引っ張っている。
 カノンは面食らった様子で「ぼ……ボクと?」と聞き返し、
「カノン、子供に好かれてるねー」と私の言葉にた氏が笑顔で言うとこの間約束した男の子が、「にいちゃんもあそぶぞー!」と言い私の腕を引っ張った。

「――と、いうわけで英雄によりこの国は救われました……と。おや……?」
 私は子供達に絵本の読み聞かせをしていたが子供達はすやすやと眠り夢の中に入ってしまっており熟睡していた。
 私はクスリと笑い「みんな寝ちゃったか……」と呟くと側で子供の相手に疲れへばり机に突っ伏していたカノンが「お前……疲れないの……?」と私に聞いてきた。
 私は「何が?」と聞いた。
「子供達の世話だ。こっちはもうマユ同様へとへとだ」
 見るとマユも机に突っ伏し疲れたのか居眠りしている。
「こういうの慣れてるから。懐かしさを感じてるんだ……」
 私の言葉にカノンが、
「お前大家族の長男かなんかか?」
 と聞いてきた。
 私は少し迷い、
「少し違うかな……。私は孤児院育ちで自分の本当の両親の顔を知らないんだ。その、孤児院で自分達よりも年下の子供達の面倒をよく見ていたから慣れてるんだ……」
 と正直に答えた。
 私は孤児院時代を懐かしんだ。
 貧しかったが優しい先生にシスター。優しかった自分より年上のお兄さんやお姉さん。自分を慕ってくれている年下の子。勉強したり遊んだり本を読んだりして割と自由気ままだった。しかし、私達と同年代の子は戦争に徴兵され大半が戦死した。そして、戦争中に仲良くなったラモンも……。
 私は唇を噛んだ。
 私が黙っていると重苦しい雰囲気が流れた為カノンが、
「なんか聞いてはまずいことだったようだな。失礼した」
 とカノンの口から非礼を詫びる言葉が出た。
「……珍しいね……カノンが謝るなんて……」
「失礼だな。ボクだって失礼なことをしたら謝るよ」
 とカノンが私の言葉に対して軽く怒った。そして少し間を置き「……お前親のこと憎いか?」と聞いてきた。
「え?」
「お前のことを孤児院に預けた親が憎いか?」
 私は少し黙り「憎かった……かな……」と答えた。だが、私は少し黙ったあと「……小さい頃は……」と続けた。
「最初はなんで自分を孤児院に預けたんだろうって疑問に思っていた。そう考えるうちに自分はいらない子で生きていちゃいけない人間なんじゃないかって思ってきて心を閉ざしていたんだ。だけど、シスターがどんなものにも理由がある。貴方はいらない子なんかじゃない。生きていてはいけない命なんて一つもない……って」
 カノンは黙って聞いていた。
「だか今は全然ってわけでもないけど殆ど憎んでいないんだ」
 私は笑顔で言った。
 するとカノンが「いいな……」と呟いた。
「?」
 私はカノンの言葉の意味が解らず聞き返そうとした時後ろに香炉を持っていたマリーさんが立っており、
「ラファエルさんも苦労していたのですね……」
 とハーブティーを持って来ながら言った。
「昔の話です。それに孤児院の皆いい人ばかりでしたから寂しくはありませんでしたよ……。それより、机に置いてあるその香炉……いい香りがするんですけど……」
 私が机の上に置いてある香炉を指さすとマリーさんは香炉に目を落とし「これはリト草と言いリラックス効果があるハーブの煙を出しています」と言った。
「リト草……」
 私の言葉にマリーさんは微笑み、
「これも安眠効果があってぐっすり眠れるんですよ」
 と言った。
「だから子供達が気持ちよさそうに寝ているのか……」
 私はそう思いマリーさんから出されたハーブティーを菜見ながら思った。
 すると、カノンが口元を押さえており、
「ボクはこの匂いが苦手だ。眠くなる……そろそろお暇(いと)させてもらう」と言い外に出ようとした時マリーさんの方を向き、
「お前……どこかでボクと会ったことないか?」
 と聞いてきた。
 しかし対するマリーさんは、
「さぁ、存じませんが……」
 と答えた。
 そして、私はマユを起こしカノンと一緒に教会を後にした。

 村に着きマユと別れた私達は宿に向かい私は部屋に戻ろうとする時カノンに首根っこ捕まれ「ちょっと昼ご飯に付き合え」と言われた。
 私とカノンは食堂のテーブルの相席に着き料理を注文した。私はリンゴのレアチーズケーキとコーヒー。カノンはカツサンドと紅茶をウェイトレスに頼んだが注文を受けたウェイトレスと料理を運んできたウェイトレスが違った為私の方にカツサンド。カノンの方にリンゴのレアチーズケーキがやって来て私達が料理を交換するとウェイトレスが一瞬驚いた表情をした。

 リンゴのレアチーズケーキにはリンゴがふんだんに使われているのでリンゴ本来のほんのりした甘さにレアチーズのコクのあるしっかりした甘さ。そして添えられていたホイップクリームの相性が抜群だった。
「うん、このしっとり触感にふんわりした柔らかさ。そしてしつこ過ぎない甘さ。美味しいい!」
 私が料理の批評をしているとカツサンドを食べていたカノンは、
「お前料理のコメンテーターとかに向いてるんじゃないのか? 批評とかして……ってか、よくそんな甘いもの食べれるな? ボクだったら無理だ」
 とリンゴのレアチーズケーキを見ながら忌々しそうに言った。
「私のコメンテーターとか無理だよ。戦い以外不器用だから。というよりカノンは甘いもの嫌いなの?」
 私の問いにカノンは顔を赤らめ「……ボクにだって苦手なものはある……」と言いカツサンドの最後の一口を口に入れた。
 食後に私の頼んだコーヒーとカノンの頼んだ紅茶がやって来て私はブラック。カノンは紅茶に角砂糖を一つ入れた。
「――で、今回私を食事に連れ出した理由は?」
 私は頬杖を付きながらカノンに聞いた。それに対しカノンは「理由がなければ誘っちゃダメなのか?」と聞いてきた。
「え……いや……その……」
 私はどもりカノンがそんな私を見て、
「キミ、人からよく遊ばれてたろ……?」
 と聞いてきた。
 村でのエリス嬢との事を思い出し今度は私が顔を真っ赤にして黙った。
「……図星か……」
 カノンはくっくっくっと笑い出した。
 私は恥ずかしくなり話題を変えようと頭の知恵を振り絞り色々あって忘れていたが今更気になったことを聞いた。
「そういえば、カノンはなんで男装しているんだい?」
 それを聞いた瞬間カノンはピタッと笑いを止めた。そして、無言になる。
(あれ、黙っちゃった……もしかして地雷? というより、聞いちゃいけないこと……みたいな雰囲気だよね)
 私はそう思い「話したくなかったら――」
「そうだな。自分を殺したいから……」
 カノンは私の言葉を遮って言った。
「え?」
 私はカノンの言葉の意味が解らず聞き返す。するとカノンは、
「ボクはボクを殺したいんだ。女であるボクを……」と忌々しそうに言った。
「家族は実の家族と暮らすのが幸せとは誰が言ったことやら。実の家族と暮らすことで中には不幸になることもある。裕福とか貧しいとかじゃなくて……ボクはこのファーレンのの名のある家に生まれた。当然親は男の子を希望していたけど生まれたのは女のボクだった……」
カノンは吐き捨てるように淡々と言った。
「よく親に言われたよ。どうしてお前なんかいらないとか産むんじゃなかったとか、母親には肩を強く掴まれて揺さぶられどうしてここに産まれてきたの? ってよく聞かれたよ……だから、肩を触られるには未だに抵抗がある」
 カノンはそう言うと右手で左肩を押さえた。
(じゃあ、試験の時……)
 私は最終試験の朝のことを思い出した。
 私がカノンと口論しカノンの肩を掴んだ時カノンは「触るなっ!」と言い私の手を払いのけた。その時の瞳には確かにはっきりとした怯えが入り混じっていた。
「両親の精神的虐待は続いた。顔を合わせれば嫌味を言うしいつも罵倒する。それでも、後継ぎが生まれなかったらの保険の為ボクを生かしておいた。だけど――ボクが七歳の頃待望の男の子……弟が生まれたんだ。家族は総出で喜んだ。そして、ボクは用済みとなり祖父と面識のあるランディ元帥の元に預けられることになった。正確には押し付けた……だけどね」
(育ての親代わりってこういうことだったのか……)
 私はそう思いながら静かにコーヒーに口をつけた。
「だから生まれ故国なのにボクはこの国に愛着がないし、いい思い出もこれぽっちもない」
 カノンは話の途中ですでに紅茶の中で溶けているであろう角砂糖を混ぜる為かき混ぜた。
「ランディ元帥の元に預けられてからも両親のトラウマに悩まれ続けた。それで、思ったんだ。もし、ボクが本当に男だったら……そしたら両親もボクを愛してくれたのかなって……。それで退魔師になれば自分を見直してくれるのかなって。それがボクが男装してる理由だ。だけどそのうち戦争が起こって家族は敵に殺され家は没落した、と」
 カノンは話し終えると喉が渇いたのか紅茶を飲もうとティーカップを待った。
「どうしてその話を私に……?」
 私がカノンに聞くと「フェアじゃないからだ」と答えた。
「フェア?」
「ボクはラファエルの子供時代を聞いたがボクは何も話してないからな……これでフェアだ。
 そういうとカノンは紅茶を飲んだ。
「――だがぶっちゃけ聞いて欲しいだけだ……ラファエルはこの話を聞いてどう思う? ボクが惨めか?」
 その時私は少し黙り「……認めてほしかったんだね……」と言った。
 私の言葉にカノンのティーカップを持った手が止まる。そして、
「珍しいな。そんなこと言うの……」
と驚いた表情をした。
「多くの人間はこんな話を聞けば惨めと思い同情する。そしていつかいいことが起こるよとか適当なことを言う。だけど認めてほしいか……」
 カノンはククッと笑いティーカップをカップ皿に静かに置き、
「――かもね。ボクは認めてほしかったのかもしれない。だから、早く一人前になってお前らが否定したボクは生きているって言いたいのかもね。その点ラファエルはいいな。自分を認めてくれてる人間がいるし……」
 私はシスターの教えを思い出しながら残りのコーヒーに口をつけた。コーヒーは少し冷めており苦くてすっぱかった。
(少しばかり薬味の味がする……)
 その時私は薬味で思い出した。
「……あ、あのさ……カノンなんだよね? 朝包帯巻いてくれたの?」
 私の問いにカノンは「そうだが」と答えた。
「ありがとう。おかげですっかり良くなったよ! カノンって意外と優しいんだね」
 私の満面の笑みで言った。
 すると、カノンは顔を赤くし、
「勘違いするなっ! 怪我した人間をほっとくと寝覚めが悪いからだっ!」
 と早口で言った。
(カノンはもしかして照れ屋なのかな……)
 私はそう思いながらコーヒーを飲んだ。コーヒーはちょうど人が飲める程度の温度になり味もほんのり苦かった。
 
 私は食堂でカノンと別れた後宿屋に備え付けられている図書室へ行った。田舎とはいえそこそこの本が蔵書されてあった。物語の本にこの国の歴史。中には遠い異国の偉人伝まで。
 図書室には私一人しかしいない為とても静かだった。
 私は一冊の本を手に取り本棚の間に立った。
 教会で子供達に読みきかせた絵本風にしたファーレンの歴史の本だ。私は、絵本の内容を思い出して読んだ。
 悪い王様が悪意を堕天死に付け込まれて国中を破壊と混沌の渦に巻き込み遂には国を滅ぼそうとした時一人の退魔師が現れ自分の命と引き換えに堕天死に憑りつかれた王様を倒し国を救うという話だ
 私も小さい頃この話を読んだことがある。その頃の私は無知な子供だった。正義の味方は生まれてからずっと正義なのだと思っていた。
 しかし私はどうだ?
 戦争中の沢山の人を殺して今は正義の味方のフリ。
 そして、私は自分こそがファーレンの国を亡ばした元凶の一つの元敵兵だということをカノンに黙っている。
 私がカノンの故郷を奪い生きていたらカノンを認めていてくれたかもしれない家族を奪ってしまった可能性がある。
「はぁ……」
 私は溜め息をついた。その時横から「どうしたのじゃ? ため息なんかついて……」と声がした。
 私が横を向くと本を両手にどっさり持っていたランディ元帥がいた。
「ランディ元帥……ってどうしたんですか? その本の山はっ?」
 私の質問にランディ元帥は調べものに必要な本を借りに来たんじゃよ。まさか私がここでたこ焼きでも買うと……」
「図書室でたこ焼きを買うなんて微塵も思ってないですし売っていません。そうではなく調べもの?」
「あぁ……まだ調査中じゃがな……と、ラファエル君半分持ってくれ」
 ランディ元帥はそう言い半分以上私に強引に持たせ部屋まで付き添わされた。

「いや~、ラファエル君のおかげで助かったよ。おかげで、わしは楽できたからな……あ、ラファエル君その本はベッドに置いといて。その方が分かりやすいから」
 ランディ元帥の部屋はみるみる散らかっていくが私も片づけが得意ではないからスルーした。

「よし、全部部屋に収納できた! ラファエル君すまんのう。手伝わせてもらって……」 
(強制的に手伝わされたんですけどね……)
 私が弱弱しい笑みを浮かべ本を置いているとランディ元帥が、
「そうじゃ、ちょっとばかし面白い物を見せよう!」
 そう言うとランディ元帥は身に着けていたロケットペンダントを外し中身を私に見せた。そこには拗ねた表情をした女の子と今より若干若いランディ元帥が写っていた。
「これはカノン君が私のうちに来たばっかりの頃であの頃はかわいかったのう……」
「えっ? この女の子カノンっ! 確かに面影はあるけど」
 腰まで伸ばした白髪にルビー色の赤い瞳。
 間違えようもないはずもない
 ランディ元帥は昔を懐かしむ様に言った。
「そうじゃよ。あぁ、ラファエル君は知らんか。カノン君は――」
「ランディ元帥はカノンにとっては親であり師なんですね……聞きましたよ。カノンから……」
「なんじゃ……本人から聞いたのかい」
 ランディ元帥は拍子抜けするような顔をした。
 しかし、次の瞬間ランディ元帥が驚くことを口走った。
「じゃあ。カノン君がファーレン国の元皇女ってことも知っておるな?」
「はぁ、皇女……って、えっ? 皇女っ?」
 私は驚いた。
 カノンが皇女? 
 どういうことだ?
 パニックを起こしている私にランディ元帥は何か言っているが私の耳には何も入ってこない。ただ、頭の中で皇女という単語が響いていた。


4 決闘

 昨夜、私はカノンがこの国の元皇女と聞いて一睡も出来なかった。でも驚いたのはカノンがこの国の元皇女だということに衝撃を受けただけじゃなくて私が彼女の大切なものを全部奪ったからだ。
 大切な家族。認めてほしかった人達を。
 私のせいで全部失った。
 そしてこの国の元王。つまり、カノンの父親を殺したのは他の誰でもない私だ。
「私はこれから一体どんな顔をしてカノンに会えば……」
 私はそう呟くとベッドに腰かけ顔を手で覆った。
 私が何度目かの溜息を吐いたあと、
「ため息ばかりついていてどうした?」
 とカノンが言い部屋に入って来た・
「う、うわわっ? カノンどうしたんだい?」
 私のセリフにカノンがため息をつき、
「どうしたはこっちのセリフだ……朝食も取らないで部屋にこもってため息ばかりついて……とりあえず朝食食べに行くぞ」
 カノンはそういうや否や私の首根っこを掴んでずるずると食堂まで引っ張って行った。
「はぁ」
 私は目の前に出されたオムレツを見てため息をついた。
 普段の私だったら俗にいう女子みたいなノリで食べているんだろうけど今はただ無心にオムレツを口に運ぶ。
 ちゃんと味はついているんだろうが今の私には味がしない。
 私はオムレツを半分以上残し水を一杯飲み干すと宿屋の外に出ると展望台へと向かった。
 私は茫然と外の景色を眺めながら歩いた。
 のどかで雄大な景観だ。
 それでも宗教戦争では恐らくこの地域も戦争になったのだろう。そう考えると嘆かわしくなる。
 そしてそうしたのは自分だ。
「はぁ……」
 私がまたため息をつくと「ラッファッエルッー様!」とマユが抱き着いてきた。
「……あ、あぁマユか……」
 私は心ここにあらずで素っ気ない対応をした。最もマユはそんな事お構いなしに、
「今日私オフなんです。ラファエル様も時間があったらその辺を散策しませんか?」
 と誘ってきた。
 ここまで親しくしておいていつか来る別れがつらいから私は断ろうと思った。
「ねぇ、マユ……。私は退魔師の勉強に来ているからそういうのは今更だけど遠慮しているんだ。すまない……」
「えー」
 マユがとても残念そうな顔をしたので私の良心が痛み「雑談くらいなら出来るが……」というとマユは目を輝かせじゃあ私の話を聞いてくださいモードに入った。

 このあと、マユは喋った。
 母親の事。美味しいデザートの事。都会に対する興味の事とか。
「――で、この村には昔はお祭りがあったんですけど戦火で焼け落ちて今は名ばかりの聖堂しか残ってないから元が付いちゃうんですよ」
 今はこの村のお祭りついてマユは話している。
 戦前にはこの村はファーレン独自の神様を崇拝しておりその神を讃えて年に一度お祭りをやっていたが戦争に負けその神は邪教とし崇拝を禁止された。
「おかしいよね。信仰する神様は違うけれど同じく神様を崇拝する人間だよ。人間同士ってなんで争うのかな? 私のパパも戦争に行って戦死したの……」
 マユが沈んだ顔で言い私は心が痛んだ。
 私もかつては敵の崇拝する神を邪教とし自国の神を正義と信じて疑わなかった。だけど、結局は自分の信じる神が自分にとっては正義なのだということを思い知らされた。あの戦争はそれを教訓としている。
「――マユはさ……自分の父親を殺した敵を憎む? それとも父親を死なせた戦争を憎む?」
 私の不意の質問にマユは一瞬何を聞かれたのか理解できない感じの顔だったがすぐにいつもの明るい調子に戻り、
「昔……は敵を憎んでた。戦争終結後にやって来た敵兵を見てなんであんた達が生きて私のパパが死ななきゃいけないのって? だけど、二年前シスターがやって来て私達に説教したの……罪を憎んで人を憎まずって言われて。でも、やっぱり……ね」
「そっか……」
 私は展望台の柵に寄りかかって景色を見ながらぼんやりと考えた。
 もし、そうならカノンは私を許してくれるだろうか?
 だけど私はカノンの大切な家族と認めてほしい人を奪った。
 この世にはもうどこを探してもいない。
(あ~! ダメだっ! どうにもならないし考えがまとまらない上に告白する勇気がない。折角カノンが私を相棒と認めてくれたのに…… )
 私がガシガシと頭をかいていると「ここにいたのか?」と後ろからすごく聞き覚えのある声を聞いた
 私は壊れたブリキの玩具(おもちゃ)のように首をギギギと動かし額には冷や汗をかいているのだろう。
「こんなところでのうのうと同じ女連れて会話とはいい度胸してるじゃないか?」
「か……カノンさん……これには理由(わけ)が……」
 あまりの恐ろしさに私はカノンにさんをつけた。
 何故なら今カノンの顔は般若も泣いて逃げ出すような怒気のこもった顔をしていたからだ。マユはただならぬ雰囲気を察し、
「お……お使いの途中だった……かしら」
 と言い逃げ出した。
(オフじゃなかったのか?)
 カノンは物凄い顔で一歩一歩ずんずんとゆっくり。しかし着実に近づき努めて低い声で、「なにしていた?」と聞いてきた。
「……せ……世間話……かな」
「わざわざ昨日今日出会った女と……?」
「……」
 私は今体中から冷や汗を流している。重苦しい沈黙が流れる。やがて、「は~」とカノンが自分の額に人差し指と中指をつけ、いわゆる考えるポーズをしながら息をついた。
「全くお前は何なんだ? 朝調子が悪いからと思い心配して探してみれば女と話している。これでは心配して探したボクが馬鹿みたいじゃないか……」
「心配……」
 私は茫然と呟いた。
「そうだ、心配だ。とっとと宿に……」
 そう言いカノンは私の手を引っ張ろうとした時私はパシンっ! と振り払った。
「? ラファエル……」
 カノンは一瞬何が起こった解らず私を見つめた。
「よしてくれないか……心配なんて。私はカノン……貴女(あなた)に心配される資格はない!」
 私は俯き加減に言った。
「なに、ふざけたことを言ってる? 人を心配するに資格も何も――」
 カノンは理由(わけ)が解らず戸惑っている最中に私ハッキリこう言った。
「私は宗教戦争中ライノス国の兵士でカノン……貴女の父君を殺した張本人ですっ!」
「?」
 カノンが驚いたのか黙った。
「悔しいだろう。相棒の私が貴女の国と親の仇で。そして、貴方が認めてほしい人を奪った。そして私はのうのうと生きている……そして、相棒と言いずっと貴女をだましていた。幸いここは展望台だが今は周囲に誰も人はいない……突き落とすには打ってつけだ」
 私は、ただ茫然と立ちカノンに突き落とされるのを待った。しかし、カノンは突き落とさずこの場を去ってしまった。
「死なせてはくれないんだ……」
 私は茫然と呟いた。

「――それで、全てを話してしまわれたんですね?」
「……」
 私は礼拝堂で隣の席に腰かけるマリーさんの問いに椅子に腰かけ静かに黙って頷き聞いてくれた。
 自分は相棒であるカノンの親の仇だということを話にマリーさんの所に行き懺悔し先程の行動を後悔した。。
「それで、カノンは私を心配してくれているのに私は……」
「いたたまれなくなったたんですね……」
「ヤケ起こして暴露してカノンにどんな顔すればいいのか……」
 私は深い溜め息を吐き手で顔を覆った。
 いつも私はこうだ。
 何か行動した後あの時ああすればよかったとかこうすればもっと違っていたのにばかり考えて後悔する。でも、結果はいつも後悔ばかりであの時はああするしかなかったと無理やり自分を納得させるばかりだ。
 私は今物凄く惨めな顔をしているんだと思う。
 その時、マリーさんが、
「ラファエルさん。あなたが正直に話せばきっとカノンさんにも伝わります」
 と言った。
「私はカノンに昔のことを全て話しましたけど……」
 私の言葉にマリーさんはゆっくり微笑み、
「飾る必要はないんです。ありのままの自分を受け入れてもらえばいいんです」
 と言った。
(……ありのまま)
 その時香炉からの臭いに鼻孔をかすかにくすぐられた。
「今日のは前のと違うんですね? なんていう薬草なんですか?」
 私の問いにマリーさんは驚き「あら? お分かりに?」と言い私は小さく頷く。
 するとマリーさんはクスリと笑い、
「その通りです……今回は違う薬草に配合も違うんです……」
 と答えた。
「どんな効能なんですか?」
 私の質問にマリーさんは弱弱しい笑みで「まだ効能は……試作段階ですので……」と言った。
 その時幼子がマリーさんの服の袖を引っ張り、
「ねー、まりーせんせい! はやくおさんぽいこー!」
 とせがんできた。
「はいはい」
 と言いマリーさんは幼子の頭を撫でてやると、
「大切なのはありのままですよ」と笑顔で言った。

 私が教会を後にしたのは夕刻過ぎだった。私はマリーさんの言葉を頭の中で反復して宿屋に戻った。宿屋に戻ると直後にランディ元帥に「少し酒盛りに付き合わんか?」と言われ酒盛りに付き合い付き合わされることになった。

「うむ、やはりここの赤ワインは美味しいのう!」
 ランディ元帥はコップに注がれたワインを嗜みながらそう言った。
「ノンアルコールですけどね……」
 私の言葉にランディ元帥は「気分じゃ! 気分!」と上機嫌に言った。私は、少量のホイップクリームが添えてあるたっぷり蜂蜜がかかったパン・ケーキを不格好に切り分けゆっくり口に運びながら、
「――で、本来の目的は何でしょうか? まさか、酒盛り相手が欲しいだけではありませんよね?」
 と不格好に切り分けたパン・ケーキをテーブルにボロボロこぼしながらランディ元帥に聞いた。
「……」
 ランディ元帥は黙り、
「ラファエル君。とりあえず、キミはナプキンをした方がいい。話はそれからじゃ……」と言った。

 私はランディ元帥にナプキン着用を進められたのでナプキンを着用しランディ元帥の話を聞いた。
「――つまり、今回の試験の一連は人為的なものだということですね?」
 私の問いにランディ元帥は真顔で頷いた。
「うむ……私の調べる限り自然現象でAランク並みの魔物になるはずはない。そもそも魔鉱石が異常を起こすことが異常なんじゃ……」
 ランディ元帥の話では、魔力を安定させるために祀られた魔鉱石は本来強固な結界が張ってある。その結界を壊し術式を組み替えるのは並大抵な事ではない。そもそも本来魔獣にはSからDランクあってDが最弱だけど今回の魔物はAランク。これは少なくとも魔術の手ほどき受けたものか違法召喚を使い堕天使クラスの者にやらせた可能性が高く凡人では無いということが明らかという内容だった。
 私は自分で切り分けた不格好なパン・ケーキの最後の一口を口に入れる。
 何の為にそんなことをするのか分からなかった。そんなことをすれば他者はもちろん自分にとっても百害あって一利なし。何故ならこの地の魔力が不安定になれば魔力の需要と供給がアンバランスになるからだ。
 私が考えこんでいるとランディ元帥が、
「そういえば今日の昼頃カノン君がわしを訪ねてきてキミのことを聞いて行きおったぞい……最もわしの口からは全部は言えんから、自分で尋ねて――」と言っている最中食堂のドアが勢いよく開いて周囲はシンとなった。
 食堂のドアを勢いよく開けたのはカノンだ。
 カノンは客が見ているのも関係なしにつかつかと一直線に私に向かって行き私の目の前に来ると私の足もとの床に手袋を投げつけ、
「決闘だ!」
 と大声で言った。
「なっ……?」
 場は騒然となった。
「場所は今から一時間後。森の奥の北の広場! 観客(ギャラりー)は連れて来るな! 逃げるなよ!」
 カノンは凍てつく瞳でそういうと食堂を出て行った。
 カノンが出て行った後も食堂は暫くシン……としていたがやがて客の一人が「決闘だー!」とはやし立てた。
 途端に食堂は祭り騒ぎとなりどちらが勝つやらどっちに何を賭けるやらの話題でもちきりになった。
「ランディ元帥……」
 私の問いにランディ元帥は、
「カノン君にはカノンの君なりの考えがあるのだろう? もっともどうするかはラファエル君次第じゃが……」
 と返答され私がどうするか悩んでいると食堂にいた客が、
「兄ちゃん。俺兄ちゃんに銀貨十枚かけてんだ」と言って来た。別の客は「オレは白髪の兄ちゃんに銅貨十枚!」とお祭り騒ぎだった。
 この場にいる全員が決闘の見物客になりたがっていたが私は来るなと言わんばかりの瞳をし周囲を黙らせた。
 食堂を出ると、
「ラファエル様―!」と声とともに体当たりをモロに食らった。マユだった。
「マ……マユっ!」
「さっき食堂で聞かせてもらいました! 決闘なんていけませんっ!」
「すごい情報が早いね」
「私、この食堂で週二日ウェイトレスしてるんで……って、そんなことより決闘なんていけません。争いで血を流すほど無益なことはありません――だから……」
「正当な理由があったら……」
 マユが言い掛けていると私はマユの言葉を遮った。
「え?」
 私はマユの瞳をじっと見て自分のことを話した。
「私は元・ライノス国の兵士だ」と。
 最初何を言われたか解らずマユはきょとんとしていたがすぐに表情を崩し「や……やですねー! そんな冗談」
「冗談じゃない……私は正真正銘元ライノス国の兵士でカノンの父親を殺し、もしかしてマユ。キミの父親も殺したかもしれない。そんな奴が目の前にいたらキミだったらどうする?」
「……冗談じゃないんですね……」
 私は無言で深く頷きやがて「失礼する」と言いマユを置いてこの場を後に後にした。

 鬱蒼と茂る森の道を進み開けた場所に出た。そこにはカノンが腕組みをして待っていた。
「カノンっ!」
「観客(ギャラリー)は連れてこなかったようだな」
 カノンはそう言い斧槍(ハルバード)を構えた。
「カノン待ってくれっ! 私はっ……」
「問答無用っ!」
 そう言いカノンは襲い掛かってきた。

 ギンっ!
 私に刀がカノンの斧槍(ハルバード)の槍先を弾く。私は防戦一本で弾くだけだ。
「どうしたんだっ! 守るだけか?」
 カノンはそう言いながら斧槍(ハルバード)を力強く振るう。
 私は彼女と戦えない。
 彼女は怒っているからだ。
 今、彼女の目に映っている私は敵だ。
 それも親の仇の。

 ズザッ!

 私は考えながら行動していた為バランスを崩し転倒した。その隙にカノンの槍先が私の喉元に突き当たる。
「ボクはラファエル(キミ)と戦ってみたかったのにその程度だったのかい? 残念だよ……」
 カノンは私に怒りを孕んだ声で言った。
「ラファエル(キミ)がこの程度の人間だったのは思いの外(ほか)がっかりだ。この程度じゃラファエル。キミは退魔師としては生き残れない」
 カノンが失望した表情で言い斧槍(ハルバード)を収めた。
「もういい……今のラファエル(キミ)とは勝負する必要がない。買いかぶり過ぎていたようだ」
 そう言い手をわなわな震わせていた。
 その時、私はカノンが何に対して怒っているのか分かった。カノンが怒っているのは――
「カノン……もう一回勝負だ」
「今迷いがあるラファエル(キミ)がボクに……? なら言う。今のラファエル(キミ)はボクに勝てない」
「キミが真剣なら私も全身全霊を賭けて勝負に挑ませてもらう。先刻は失礼した」
 私とカノンは対峙し構えた。
 カノンが私に対して怒っているのは私が全力で戦わないからだ。
 私はカノンを真っ直ぐ見据えカノンも私を真っ直ぐ見据える。
 そして私達は相手から目を逸らさない。
 私の剣術は我流とは言え相手を精密に仕留める。対してカノンは緻密な計算をし尽くした上で相手を緻密に追い詰める。
 そして――

 キンっ!

 私達は一戦を交えた。そして、カノンの斧槍(ハルバード)が手から落ちカノンは地に崩れ落ちた。
「勝負ありだよ……カノン」
 カノンは黙り俯きやがて「ははは!」と笑い出した。
「カノン?」
 私は突然のカノンの笑いに戸惑った。
「ははは……やっぱりボクは負けたか! 当たり前だ。確固たる信念を持ったラファエル(キミ)と背伸びをしたがっているボクとじゃ覚悟が違う」
「……カノン」
「元帥から聞いたぞ。お前が退魔師になった理由。人を助けたいんだってな」
 カノンは申し訳なさそうに私に言った。
 カノンは私が自分の父親を殺した人間と知り最初はショックを受けたらしい。だけど、今までの私を見てそれには何か理由があるんじゃないかと思いランディ元帥に聞き考えた
 そして、自分だったらどうかを考えた。やはり自分も迷うのではないか。今まで教え信じて来たものを壊すには。だが、ラファエル(私)は前に向かっている。そこで、本当にラファエル(私)は前に向かっているか試した。
「まぁ、ボクはキミと真剣勝負が出来て満足だけど」
「だけど、カノンは家族に認めてほしかったんじゃ……」
 カノンは一瞬戸惑いまたあっはははっ! と笑い、
「確かに家族には認めてほしかったけど今一番に認めてほしいのはお前だ。なんたって相棒なんだかな! 第一ボクはファーレン(この国)に対していい思い出はない。前に言ったろ。この国にはいい思い出がないって。それに、今はお前が一番大事なんだ。 第一ボクはキミを恨んでいない」
「カノン……」
 カノンはゆっくり起き上がると「それじゃ宿に帰るぞ」と言った。
 その時森の奥から人の気配がした。
「?」
 私とカノンは人の気配がした森の方を見る。
 するとそこにはナイフを持ったマユが現れた。
 だが、マユの様子がおかしい目が虚ろで生気が宿っていない。
 そして持っていたナイフを私の方に振り上げた。
「マユ! どうしたんだ?」
 私の問いに魔アユはうわごとの様に「殺す」と繰り返していた。
「――っ、コイツ何かに操られてるぞ!」
 それは私も感づいていたの、
「ごめん、マユ!」
 と言い私はマユを押さえるとマユのみぞおちにパンチをくらわし気絶させた。
 私はマユを担ぎ宿に向か追おうとした時、
 どこからかハッカのような匂いが漂ってきた。
(なんだ? このハッカのような匂いは……)
 私がそんなことを考えていると急に足元に力が入らずがくっと膝が落ちた。そして――
「本当は憎いんじゃありません?」と女性の声がした
声の方を見るとマリーさんがいた。
「マ……リ―さん」
「ラファエルさんは貴女の父親を殺した男。そして父親を殺しながらのうのうと生き延びている。そして、実力も彼の方が上貴女は何をしても彼に敵わない。でも。私の所に来れば貴女は力を得られる誰からも必要とされる力を……」
 マリーさんは妖しい笑みを浮かべながら言った。
「何言って?」
 カノンがマリーさんに質問しようとした時甘い匂いがした。
 するとカノンが口元を覆い「これ香りを吸うなっ! これはシュラーフ草の――」とカノンが何か言って来たが最後まで聞こえず私の意識は急激に遠のいた。

 私は暗い海の中にいた。
 周囲には誰もおらず見渡す限りの黒だった。
「カノン! カノーン!」
 私はカノンを探して周囲に呼びかけるが返答はない。
 私は立ち尽くし下を向いた。
 その時「やっぱりキミは誰も救えない」と声がした。
 私は顔を上げ声の方を見るそこには軍人時代の私がいた。
「キミには誰も救えない。これで解っただろ。いくらキミが善行を積んでも斬り殺した人は戻ってこない。キミは奪うことしか出来ない」
 私が下を向くと「そんなことはない」と自分の反対方向から声がした。
 私が反対方向を見ると蒼い海の光の中、焦げ茶色の髪にウルフカットをした青年がいた。
「ラ……モン」
 ラモンは優しい笑顔を浮かべていた。
 私はラモンに近寄り、
「ラモン……ごめん。あの時……戦争の時……本来なら私が死んでいるはずだったのに……ラモンにはやりたいことがあったのに」
 と謝った。
 するとラモンは首を横に振り、
「オレはあの時どっちにしろ死んでいた。病気で余命いくばくもなかったんだ」
 と言い、
「だから、ラファエル。お前に託したんだ」
 とも言うとラモンの身体は重力に反し空へ上がり花弁となって消えた。
「ラモン! ラモーン!」
 私は蒼海の中叫び続けた。

「痛っ!」
 私は首筋に鋭い痛みが走り目を覚ました。
 目を開けると心配そうなランディ元帥がいた。
「ランディ元帥……」
「おぉ、目を覚ましたか。ツボを押して正解じゃった」
「う……うん」とすぐ隣にいたマユも声を漏らして起き上がった。
「おっ! 嬢ちゃんも目を覚ましたか」
 マユは周囲を見て目をぱちくりし「どうして私此処に?」と言い私を見ると「あっ! ラファエル様?」と声を上げた。
「ラファエル様決闘なんてやっぱり良くないですっ! 確かにラファエル様はライノス国の兵士だったかもしれませんっ! でもそれは昔。今は違う。私はラファエル様を見てライノス国の人間にもいい人がいることを知れました! ラファエル様を見てれば解ります」と言った。
「……決闘ならもう終わってるけど」
 私の言葉にマユは「え?」と言葉を漏らした。
「わしが来たらラファエル君と嬢ちゃんが倒れてて……」
 ラファエル元帥の言葉にマユはポカンとし周囲を見渡しやがて「あれ? あれれ? そういえばどうして私此処にいるの? 確かシスターに会ってお香のいいのが出来たから嗅いでみてって言われて……臭いを嗅いでそれから――う~ん、思い出せない」
 そのことで私はカノンのことを思い出しランディ元帥に話した。
「う~ん、そのお香は痺れ薬の効果のあるハーブとシュラーフ草だろう……」
 ランディ元帥の言葉にマユは、
「シスターは良く薬学の調合をしてるからそれくらいは簡単ですが……」
 と答えた。
「でも、なんでカノンを……?」
 私の質問と同時に空気中の風が変わった。
「? 風が変わった」
 ランディ元帥がそう言うと「まさか……」と言い「嬢ちゃん。この辺で神気が集まる神聖な場所はどこじゃ?」と血相を変えて聞いてきた。
「え? 神聖な場所と言ったら昔お祭りに使ってた元聖堂くらいしか……」
「そこじゃ! カノン君はそこに連れて行かれたんじゃっ!」
「どういうことです?」
 私はランディ元帥の質問の意味が解らず私は困惑した。
「恐らく今回のこの試験の騒動はそのシスターが原因じゃろう」
「えっ?」
 私は驚き声を上げた。
「そのシスターは違法召喚を使い何かしようとしている……それが何かは分からぬが。だがそれには贄が必要でカノン君を連れて行った、ということじゃろう」
 すると黙って聞いていたマユは怒りだして、
「ちょっと待ってくださいっ! どうしてシスターを悪者扱いするんですか。あの人は村の皆の相談にのったり孤児の子を育てているんです。あんな素晴らしい人がどうしてっ!」
「なら、どうしてシスターはキミにハーブを嗅がせたんだ?」
「え? それは……」
「私が思うにそれは人の神経に作用する違法系のハーブのお香だ。そんなものを何故一般の村民に嗅がせるのかね?」
「それは……」
 マユが言葉に詰まり下を俯く。
 しかし今はそれどころじゃない。カノンを探さないと。
「とりあえずカノンを探しましょう。マユ案内頼む!」
「解りましたっ!」
「わしは村に結界を張っておく!」
「お願いしますっ! ランディ元帥」
 そう言い私はマユと一緒に聖堂に向かう為ランディ元帥と別れた。


5 天死

「くっ!」
「ラファエル様っ! こっちです!」
 私とマユは道なき道を進んでいる。
「昔はここも整備された道だったんですけど封鎖されてからは荒れ放題になってしまいました」
 マユは寂しそうに言った。
「でも、本当にカノンさんは聖堂なんですか? 私はヤマカンで――」
「いや……合ってる」
「え?」
「カノンは絶対聖堂にいる」
「?」
 マユは頭に疑問符を浮かべた顔をしたが私には確証があった。魔物が強くなっていることと進むごとに凄まじい魔力が放出されているからだ。
「でも。信じられません。シスターが違法召喚をしようとしているなんて……」
「それを証明するために私達は行くんだ」
 不安がるマユの言葉を打ち消すように私は言葉をかけた。
(何かの間違いであってほしいっ! だけど――)
 私は切羽詰まった。
 意識が飛ぶ時に見たマリーの顔は今までと違っていたからだ。一言でいうなら妖艶の一言に尽きる。
 私が考えながら聖堂まで走っていると鬼火の群れが現れた。
 凄まじい魔力が体中を突き刺す。多分ただじゃ済まされない。しかもマユがいたら全力で戦えない。そこで、私はマユに、
「マユは村に戻って。このことを村中に知らせるんだ。とりあえずここから離れて……」
 と言った。
「え? でもラファエル様が――」
 マユが不安そうな顔をして私を見たが私の決心した顔を見て「無事でいてくださいね」と言うとこの場を離れた。
 マユがこの場から離れたのを完全に見送ると「よしっ! 行くかっ!」と言い全力で氷の呪文の詠唱を始めて、
「氷の矢(や)っ!」
 と叫ぶと無数の氷の矢が鬼火に飛び鬼火は消滅して消えた。
 鬼火が消滅すると私は聖堂へ急いで向かった。

 
 聖堂周辺は荒れ放題だったが建造物自体はしっかりしているので倒壊の危険はないと判断して進んだ。
 しばらく進むと聖堂に当たった。聖堂からは魔力がビンビン伝わってくる。私は意を決して聖堂の中に入った。
 聖堂の中は邪悪な魔力に包まれ気持ちが悪くなる。
 聖堂の中央には祭壇がありその祭壇にはカノンが寝かされておりマリーさんが何か術を詠唱している。私はカノンを呼びかけるがカノンはピクリとも返事をしない。
「無駄よ……シュラーフ草のハーブの臭いを吸ったのだから……」
 マリーさんが振り向き妖しくそう言った。
「マリーさん! どうしてこんなことを?」
 私の問いにマリーはくすくすと笑い「みんなを幸せにしたいからですよ」と答えた。
「幸せにしたい?」
「そう! 周囲を見てみなさい」
 そう言われ私は周囲を見た。すると、翡翠のペンダントをした少女が横たわっていた。よく見るとその少女は――、
「リリー!」
 だった。
 それだけじゃない。
 その周辺に転がっている子供は皆孤児院の子だ。
「この子達には天死召喚の生贄になってもらったわ。子供の魂は天死の好物ですもの」
「天死だって……」
「そう。貴方達退魔師が嫌い邪法とされている天死。これを召喚し私の力にすれば私は力を手に入れて皆を幸せにすることが出来る」
「どうして?」
 私は膝をガクッと落としてマリーに聞いた。
「それは私に力がなかったから」とマリーは言った。そして、マリーは続けた。
「私の家は代々ファーレンの王家の血筋だった。でも分家で本家からは蔑まれていた。そして、この子達も戦争により親を亡くし蔑まれていた。それは、すべて力が無かったから……でも、力があれば違う。周囲は認めてくれる。生きていていいと言ってくれる。幸せになれる。だからよっ! 魔鉱石はいい実験材料だったわ。私の魔力と違法召喚で魔鉱石は自ら魔獣化してくれたわ」
「そんな……やっぱりマリーさんが!」
 するとマリーさんはほくそ笑み、
「大きな幸せを得る為なら多少の犠牲は厭わないものなのよ。これでこの子達も天死の糧となれたんだから生きていていい。自分たちの命も価値があるって人から思えるようになるわ」
 と言った。
「そんなことないっ! 生きていていいなんて人が決めることじゃない自分で決めるんだっ! 幸せだって力がなくとも幸せになれるっ! この子達だって自分の意志で生き力が無くても幸せそうに生きていた! そうじゃないか!」
「それは……」
 その時カノンの身体が淡い紫色に輝いた。
「?」
「これは、ルシファー様が降臨されたのね!」
 マリーさんは感嘆の声を上げ「ルシファーだって!」と私は驚いて声を上げた。
 ゆっくりと上体を起こしたカノンの目は虚ろで私を見た。
 そしてルシファーが、
「まだ生贄が足りない……」
 と虚ろな目で言った。
 するとマリーさんが、
「ルシファー様。どうかあのものをお殺し下さい! あの方が貴方様の最後の生贄です」
 と言いルシファーに憑りつかれたカノンは私に鋭い攻撃を繰り出してきた。
 私は刀で応戦するが生身はカノンだ。下手に攻撃したら致命傷になりかねない。
 私はカノンをなるべく傷つけないように攻撃をかわしたが私はガクッとバランスを崩してその隙にカノンの蹴りがみぞおちに入った。
「くっ……」
 私が苦しみ悶えているとカノンが斧槍(ハルバード)を構え私にとどめを刺そうとしていた。
「カノ……やめ」
「……」
「正気に……」
「……」
「カノンっ!」
「……」
「カノン、カノンっ!」
 私が叫び続けるとカノンの手からするりと斧槍(ハルバード)が落ちカランカランと音がした。そして、カノンが頭を押さえ苦しみだした。
「や……めろ……」
「カノンっ?」
 私はカノンに駆け寄った。
「ラファエルは……ボクに出来た……初めての……友達なんだ……だか……ら……でて……け。でてけ……。でてけ~~~~~~~~~~~っ!」
 するとカノンの身体から淡い紫色の光が鋭く放出された。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
 カノンは荒い息づかいのまま四つん這いになったままで顔を上げ、
 そして私を見て「ありがとう。ボクを呼び戻してくれて……」
 と言い私は弱弱しい笑みを浮かべカノンへ手を差し出した。
「そんな……嘘よ。天死が人間ごときに……」
 マリーさんは壇上に腰を落とし信じられないといった風に呟いている。
 そこに私の手を取ったカノンが立ちあがると近づき、
「お前……ファーレン王家分家のアリアネマ・マリエンだな。道理でどこかで見覚えがあると思った。名前をアナグラムにしていたから気付かなかったよ……」
 と言った。
「何よ……本家だからって偉そうに説教を垂れるの……本家と言うだけで何もかも恵まれてきた貴女に?」
 するとカノンは、
「ボクは恵まれていない。むしろ反対に生まれてくるなと言われた。ボクは望まれなかった子供だ」
「え?」
「それにボクはもう皇女じゃない。カノン・アーデルハイトとしての一人の人間だ……」
「カノン・アーデルハイト……」
 マリーさんは茫然と呟いた。
「私もそう思う。カノンはカノンとして生きようとしている。それなのに皇家だ分家だなんて言ったところで何にもならない……」
「お前は罪を償え。まだやり直せる」と言いカノンが手を差し出そうとすると聖堂内に、
『許さん……許さんぞ……人間風情が……』
 と恐ろしい声が響いた。
「?」
 私達三人は聖堂内を見たが誰もいなかった。しかし、マリーが、「ル……ルシファー様?」と呟いた。
『そこの二人は諦めた。代わりに女、貴様を喰らわせてもう』
 ルシファーがそう言うと淡い紫色の光の球体がどす黒い球体となってマリーさんの中に入って行った。すると、マリーさんは美しくも恐ろしい天死へと変貌した。
 黄金(きん)色の長い髪。白磁のような白い手足。白い白銀の翼。五メートルを超す巨体で胴体にはマリーさんが取り込められている。
「ル……ルシファー」
 私の言葉にカノンが、
「憎悪でここまで」
 と言った。
「とりあえずマリーさんがいる中心部を避けて攻撃するしかない」
 私はそう言い私は刀を構えカノンは魔術を詠唱し始めた。しかし、中心部を避けて攻撃している為決定打を与えられない。そうこうしているうちにルシファーが衝撃波を放ってきたので私達は壁際に隠れた。
「くそっ! これじゃどうすることもできない」
 カノンのボヤキに私は考えた。
(どうすればいい? どうすれば?)
 私は研修時代を思い出した。


 私はどさっと草原に倒れた。
「ハァ……ハァ……百本もやって一本も取れないとは……」
 カノンはとうにバテている。
 ランディ元帥は頭を抱えため息をついた。
「全く……この二人は」
 ランディ元帥は、
「個々の能力だけじゃ限られている。もっと互いを信頼し攻撃をしないと……」
 とため息交じりに言った。
 私は弱弱しい笑みを浮かべてカノンはムスっとした顔をしている。
「ボク一人でなら平気です。こいつが足を引っ張っているんです」
 カノンは私を指さしながら言った。
 その時ランディ元帥からカノンの頭にロッドが飛びゴン! と命中した。
「人のせいにするでない。何でもかんでも自分一人で解決しようとするのはカノン君の悪い癖じゃよ。こんなことでは最上級退魔術は扱えんな」
「最上級退魔術があるんですか? それは一体どんな?」
 私の質問にランディ元帥は穏やかだが真剣な面持ちで「人を信ずることじゃよ」と言った。


「このままじゃ殺(ヤ)られるっ! 何か手は――」
 カノンが呟いていると私は「一つだけある」と言いそして、「最上級退魔術……祈りの十字架(ロザリオ)を使うことだ」と言った。
「最上級退魔術! 祈りの十字架だと?」
 私は無言で頷いた。
「バカかキミな。あれは最上級退魔術の中でもかなり難しいと言われる術だ。互いの心が信頼しなければ使えない。失敗すれば媒介の人物は死ぬんだぞ」
「だから私が媒介になる」
「お前本当にバカか。死ぬかもしれないんだぞっ!」
 カノンの言葉に、
「あぁ、そうだね。確かに私はバカかもしれない。だから、バカなりに考えてこの結論に至ったんだ……」
 そう言い私はカノン頭を撫でた。
「……」
「私は私とカノンを信じるよ。あの最終試験の時みたいに」
 私はカノンを真っ直ぐに見た。
 カノンは渋っていた覚悟を決め「解った。ボクもラファエル……キミを信じる」と言い障壁を作り外に出た。私はルシファーの注意を惹く為に走った。
 ルシファーは格好の獲物とばかりに衝撃波を繰り出すが軍人で鍛えた脚はそうヤワじゃない。
 反対方向ではカノンが術式を展開している。
 私はルシファーの注意を自分自身に向ける為必死になった。
 私は走る。
 私と……私を信じる友人(とも)の為に。
 繋げるために。
 絆を。
 戦火で割れたであろうステンドグラスから月光が漏れた。
 それと同時に地面に淡い緑色の複雑に組み込まれた魔法陣が発動する。
 カノンが私に出来たと視線を送る。
 私は自身の持っていた刀を掲げて魔法陣からの淡い光を吸収する。
 淡い光は光の粒子となって刀に集まりやがて膨大な魔力をまとった光の刃となり私の手に収まった。
 私は光の剣……祈りの十字架を構え一目散にルシファー目掛けて走る。
 ルシファーが異変に気付き防御態勢に入ったが、
「炎の舞っ!」
 カノンが得意の炎魔法でフォローを入れてくれた。
 予期してなかった攻撃にルシファーは混乱し私は胸元の中央のマリーさんを斬る。
 マリーさんがルシファーから切り離され床に落ちる。
 その時ルシファーが、
『おのれぇぇぇー! 人間めが……だが忘れるな……人間の命がある限り我ら天死の命……永劫尽きることなく……』
 ルシファーはそう言い残し気配を消滅させた。
「気配が……消えた」
 カノンがそう言うと私は「勝った……」と呟いた。
「はぁぁぁぁぁぁ~~~~~~」
 私は一気に脱力して床に座り込む。
 その時天上から淡い光の粒が雪のように降り注ぎ子供達の身体の中に入って行った。
 子供達の身体はぼぅっと輝き次の瞬間「う……うん」と呻き声を出した。
 それを皮切りに次々と子供達が目を覚まし自分達に何が起こったのか分からず解らないといった顔をしていた。
 やがて、
「シスター?」
 と子供の一人が倒れているマリーさんに気付き声を上げた。
 子供達は倒れているマリーさんに近寄り声をかけたり体を揺すったりした。
「キミ達身体は平気か?」
 カノンの質問に子供達は、
「あっ! カノンおにいちゃん! ラファエルおにいちゃん! シスターはっ! おきないのっ!」
「マリー姉ちゃん。オレこんどから良い子にするから。宿題も手伝いもちゃんとするからっ! だから目を覚ませよっ!」
「シスターっ!」
 子供達がわんわん泣き出すと「う……ん」とマリーさんからくぐもった声が聞こえた。
「シスターっ!」
 マリーさんは最初焦点が定まらずぼーっとした表情だったが徐々に焦点を定まらせ、
「あれ……? 私……?」
 とまだ少しぼーっとしながら言った。
「シスタァァァァァァァ―――――――っ!」
 と子供達がマリーさんに群がった。
「あ……貴方達? どうして?」
 マリーさんが理由(わけ)が解らない顔をしているので私が説明した。
「恐らくあのルシファーは完全体ではなかった。だから、魂の吸収も結合も不完全だったのでしょうね……完全体でしたら……」
「でも……私斬られ……」
 すると、カノンがイラっとした顔で、
「最上級退魔術を使ったからだ。斬ったんじゃなくて魔力と魔力を切り離したんだよ。と、まぁそのせいでしばらくは魔術は使えないけど……」
 と説明した。
 その時、子供の一人が「痛っ!」と膝を抱えた。
 見ると膝をすりむいている。
 マリーさんが魔術を使いなおそうとするがカノンの言った通り魔術は発動しないので自分のハンカチを巻いた。
「マリーおねぇちゃん……ありがとう」
 子供が満面の笑みで言うとマリーさんは「どういたしまして」と言った。
「力だけでは幸せに離れないよ……」と私は言いマリーさんはクスリと笑い「そのようね……」と言った。
 そして子供の一人が
「帰ろうぜ! マリー姉ぇ!」
 と言い優しくマリーさんに手を差し出しマリーさんは私に目で問いかけ、私は頷きマリーさんは子供達の手をしっかり握り、
「さぁ、家に帰りましょう」と言い子供達一緒に下山した。
 その光景を見ていたカノンが私にのしかかり、
「すまないが、少し肩を貸してくれないか? かなりの魔力を消費して体がだるいんだ……」
 と言って来た。
 私は、
「それよりもいいのがあるよ」
 と言いカノンを横に抱えた。
 所詮お姫様抱っこと言う奴だ。
 カノンは顔を赤らめているが暴れる力もないのかおとなしくしていた。
 私はカノンを抱えながら空を見た。
 空は白んでいて夜明けだった。

 聖堂から帰った私達はランディ元帥から驚きながら出迎えられた。
 マリーさんは村人からの追及を受けていたがマユが周りを押さえてランディ元帥が、今回この事件の一端は天死の仕業と言い。そして、このシスターが憑りつかれたのは信心深いところを天死に付け込まれたからと言葉巧みに天死や退魔師の知識を持たぬ村民にもっともらしく真実とうそをごちゃまぜにして巧みに嘘の説明し場を収めた。
 私はその光景を見ていると途端に眠気が押し寄せ意識が遠のいた。

 私は何もない光の空間にいた。
「ここは……?」
 すると目の前にラモンが現れ、
「ラファエル……」
 と言った。
「ラモン……」
 私は微笑みラモンも微笑み、
「お前なりの答えは見つかったか?」
と聞いてきた。
「………」
 私は黙りやがて、前を向き、
「私は今まで退魔師にしか人は救えないと思っていたけど退魔師じゃなくても人を救える。それは自分だ。自分で生きていていいって思えたら十分自分も人も救える原動力になるんだ。この旅でそれを痛感した」
「……」
 ラモンは微笑んだまま聞き、
「私も自分を救って見せる。自分も人なんだから……」
 と答えた。
「それが聞ければ安心だ」
 そう言いラモンが消えかけた時、
「ラモンっ! あの時助けてくれてありがとうっ! ラモンは十分私を救ってくれた。だから――」
 今度は自分を救って、と私は言った。
 ラモンは光に溶け消えかける瞬間陽だまりのような優しい笑顔を向けありがと……と言った気がした。

「……」
 私は宿の一室に寝かされていた。
 手は何かを掴む様に空に突き出されていた。
「おっ! 目を覚ましたか?」
 カノンとランディ元帥が部屋に入って来てランディ元帥が癒しの魔術を使った。
「いやー、ラファエル君が倒れた時はどうしようかと思ったわい」
「私は……倒れてたんですか?」
 見ると私の身体は包帯まみれだ。
 ランディ元帥が、
「なんじゃ、覚えておらんのか? まぁ、無理もないか……キミ相当疲れてたようだし。おまけにカノン君横抱きにしてるし……うぷっ」
 ランディ元帥がそのことを思い出して笑いをこらえていると「元帥……」とカノンが殺気を飛ばしてきた。
「まぁ、当たり前じゃな。カノン君から聞いたぞい。最上級退魔術を使ったんじろ。あれは体にかかる負担もでかいし疲れもでたんじゃろう。まぁ、一日休めば元気になるじゃろう!」
 ランディ元帥はそう言うと部屋から出て行き、カノンも私と相部屋のなので自室のベットに潜った。
 その時カノンが「ラファエル……」と言っていた。
 私は寝たふりをした。
「寝ているのか……じゃあちょうど良い。ボクは今まで自分は生きていてはいけない。いらない子なんだって思ってきた。でも、本当は違う。自分でそう思ってたら本当にそう思ってしまう……。だから、ボクはこれからは自分は生きていていいと思う。そう思うことにしたんだ。……お休み」
 私とカノンは背中合わせで顔は見えないがカノンの顔はきっと微笑んでいるのだろうと思った。

 翌朝、私とカノンとランディ元帥は昨晩町から呼び寄せた馬車に乗り村を出る準備を始めた。
「ん~、朝焼けの山村は空気が美味しいねー!」
 私が深呼吸して清々しい笑顔で言うとカノンが青い顔で、
「ボクはまたあの道を通るのかと思うと気分が重いよ……」
 と言った。
「あ……はは……」
 私は苦笑いを浮かべた。
 部屋を出る時ランディ元帥から「ラファエル君。お客さんじゃぞ」と呼び寄せられ宿屋の出入り口に出た。
 そこには――、
「ラファエル様―!」
「マユ……」
 が抱き着いて来た。

「行ってしまうんですね……?」
 マユの質問に私は深く頷いた。
 私達は宿屋のすぐ近くの見晴らしのいい場所から景色を眺めながら言った。
「この村はいい村だ。出来るならずっとここにいたくなる……けど――」
「退魔師になられるんですよね?」
 私の言葉にマユが言葉を被せた。
 私は「ええ」と答えた。
「……」
 マユは暫く黙りやがて、
「私……シスターになろうと思うんです……」
「……」
「この村の教会にはマリーさんがいたけど裁判で暫くマリーさんはいないし誰が子供達の面倒を見るのかっていう議題になったし……だから、私シスターになりたいんです。マリーさんが戻って来ても安心できるシスターに……お母さんには反対されちゃいましたけど……勤まるわけないって……」
 マユが照れながら頬をポリポリ掻いた。
 そんなマユに対して私は、
「シスターになるには大変だ……聖書の勉強に薬学の知識。そして、毎日のミサ。どれも大変で一日たりとも欠かすことは許されない。そして、神に御心をささげ祈りを挙げる。それでもなりたいのかい?」
 私の言葉にマユは微笑み「はい!」としっかり言った。
 私はマユを見て安心した。
 マユの心には迷いが無いからだ。
 私がマユに頑張れと言おうと思ったがやめた。
 マユはこれから頑張ろうと思っているのにいきなりもっと頑張れというのは酷だから。
 そうこうしてるうちにカノンが私を呼ぶ声が聞こえた。
 私は馬車の所まで急いで行く。
 その時マユが、
「また来てくださいねー! ラファエル様! 次はもっともっといい村になって私もシスターとして立派になってますからっ!」
 
 私は「楽しみにしてる」と言いカノンの元へ向かった。
 その時私は心の中でマリーさんに、
(力だけではなく愛情により与えることが出来る。マリーさんも与えることが出来てたんじゃないですか……)
 と思い私は空を仰いだ。

 私は馬車の中考えた。
(これからマリーさんどうなるのかな?)
 とぼんやり思っているとランディ元帥が、
「マリーさんの今後を心配しているようじゃな?」と言って来た。
「ラ……ランディ元帥。そんなに私は顔に出てました?」
「でておるよ」
 私はハァ~、とため息をついた。
「そんなに自分を恥じるものではない正直なのはいいことじゃよ」
「時と場合にもよりますけどね……」
 私の言葉にランディ元帥はほっほっほっ! と笑い、
「あのシスターの事なら心配はいらん。退魔師協会から執行猶予はつくもののすぐ釈放と聞かされておるから!」
「本当ですか?」
 私は身を乗り出しランディ元帥が「嘘をついて何になる」と言った。
「良かった! ね、カノン」
 と言いながらカノンの方を向くとカノンが青い顔で乗り物酔いに耐えている。
 私は苦笑いをして、
(カノン……絶対聞いてないな……。町に着いたら話そう)
 と思いながらも、
(なんで船は平気で陸路はだめなんだろう……)
 とも思い馬車の中から景色を眺めた。
 周囲には朝陽に照らされた青々とした山脈が連なっていた。


 エピローグ

 退魔師協会の聖堂の中。
 協会の一番偉い総帥が式辞を私達に述べる。
「本日新たな退魔師となった十三名にはこのロザリオを授ける。これからも精進するように……」と言い十字架の中央に玻璃(クリスタル)がはめこまれたロザリオを渡した。
 当然試験を受けたからといって全員が退魔師になれるわけではない。
 試験に合格出来なかったり試験中に死んだりする人間もいる。
 試験前には五十数名いた受験者は半数以上に減っていた。
 その多くが試験中に死んだという内容を私は後で知った。
 私は運がよかったのだということに感謝した。
 良き友に出会え良き師に出会えたのだから。
 
「お~、授与式は無事に終わったようじゃな?」
 ランディ元帥が噴水の向こうから陽気にやって来る。
「どうじゃった? 緊張したじゃろー?」
 ランディ元帥に言葉に私は「確かにいざとなると緊張しますね」と言うとカノンは、
「これくらいで緊張してどうする? これからはボク達は生き死に隣合わせなんだぞ」
 と言った。
 するとランディ元帥が、
「カノン君。足が生まれたての小鹿のようになっておるぞ……」
 私はカノンの足元を見た
 確かに生まれたての小鹿のように震えている。
「……ま……まぁ少し緊張しますね」
 私とランディ元帥はくすくす笑いカノンが「笑うなぁー!」と怒ったので私達は逃げた。                                  
 逃げながらランディ元帥は私を見て、
「いい面(つら)構えになったの!」と言ったので私は満面の笑顔で「えぇ!」と答えた。
 私はここに来た時はおどおどしていたが今は違う。
 自分の意思をはっきりと持って自分の意志でここにいる。
 今はまだ多くの人を救うことは出来ない。
 それでも一人を救えたらそれでいい。
 たった一人。されど一人。
 その一人が重要で積み重なって大勢になる。
 私はもう迷わない。
 このロザリオと共に。
 この世界を駆ける。
 不完全だが美しいこの世界を。
                                     終わり
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...