天道史奈は恋を知らない

瀬口恭介

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第四話『二人とっては、探り合いもコミュニケーションである』

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 食事を終え、弁当箱を片付けながら一息つく。
 学校で、こうして落ち着いて食事を取ったのは初めてかもしれない。どれだけ気にしないようにしても、周りの雑音は遮ることはできないのだ。

「改めて、いいところですね。ここ」
「でしょう? ここはね、私専用の部屋なの」

 専用の部屋と、天道先輩はそう言ったのか。
 しかし、それはどうなのだろうか。頼めばこのように空き教室を使わせてもらえるのなら、俺だって頼みに行くぞ。

「いや、流石に一生徒に部屋を好きにさせるとは思えないんですけど」
「まあ、私は先生にコネがあるからね」

 ああ、そういうことか。表ではこの人は優等生で通っているのだ。今までの態度のせいで、それを完全に忘れていた。
 天道先輩は知名度も高い。そんな生徒が一人になりたい、などと相談すれば昼の間に空き教室を貸し出すくらいはするだろう。
 ずるい。俺も今から優等生に…………無理か。コミュニケーションを取らなすぎている。最低限の人間関係も築いていないのだから、部屋を使えるわけがない。そもそも先生の名前とか覚えてないし。

「昼休みはいつもここに?」
「ううん、たまにだよ。いつも周りに人がいるからさ。たまには静かなお昼を過ごしたいの」

 やっぱり、予想通りだった。
 周りに常に人がいる、なんて経験がない俺が言うのもなんなのだが、それはとても気を遣うのだろう。
 他の人がいるだけでも気になってしまうのに、周りにいつもだなんて。地獄だ。

「なら、俺は邪魔じゃあないんですか」
「そんなわけないじゃん。すっごく楽しいよ。もう、お昼は毎日こうしていたいくらい」
「そ、そうですか」

 不覚にもドキッとしてしまう。落ち着け、落ち着け。女子と二人きりという状況はなんというか、慣れていないのだ。それだけだ。
 目の前のこの人。天道史奈は恋愛というものを知らないのだ。俺はその実験台であり、道具、観察対象。
 …………人として見られているのだろうか。一応、人間扱いはされているが。

「キミはどうなの? 毎日、こうしていたい?」
「まあ、気を遣う人がいなくても、騒音などは気になるので昼はこういった静かな部屋で過ごしたいですね」
「え、気を使う人はいるでしょう?」

 薄目でこちらを見てくる。視線を逸らすことができなかった。
 またこれだ。微笑んでいるようで、全く笑っていない目。全てを見透かしたような、そんな得意げな顔。人間観察が得意? 人の心を読むのが得意? 気に入らない。
 これは同族嫌悪だ。それは認める。それを理解したうえで、気に入らなかった。

「はい? 俺に友達が、知り合いがいないのは知っているでしょう? 俺はそういうのには無縁の生き物ですよ」
「嘘。貴方は人一倍気を使っている。見てるだけで分かるよ」
「何を…………」
「だって貴方は、常に他人に気を使っているもの。相手にどう思われるか、どんな目で見られているか。口では気にしていないように振舞っていても、常に、気にしてしまう」

 ああ、だから気に入らないのだ。
 当たっている。自分をある程度理解しているからこそ、こういった生き方をしているのだから。
 それを知らなかったら、もっと楽に生きていけたのに。

「…………ええ、そうですね」
「人と関わっても傷つき、人と関わらなくても傷つく。そういう人間は少なくはないんだろうけど、キミはその中でも飛び抜けている」

 淡々と事実を述べられていくのは、どうしてこうも苦しいのだろうか。

「とんでもなくめんどくさい人間ですよね」

 どう足掻いても傷つくのだ。だから、なるべく傷つかない、苦しくない選択を取っている。
 人間関係ってうものは、本当に面倒くさいのだ。少し間違えたら壊れてしまうし、少し離れたらゼロに戻る。それなら俺は、一人でいい。

「そうだね。だから面白いの」
「そこで面白いですか」
「うん。面白い。もっとキミを知りたいな」

 俺の何が面白いのか。天道先輩と付き合うことになったあの日から、何度も考えている。
 俺がそんなに面白い人間ならば、今頃周りは友達で溢れ、芸人を目指すことになり、一発屋としてブレイクした後に干されて年収がゼロになったりするのに。しねーよ何言ってんの。
 しかし、この人に主導権を握らせるのはあまりよろしくない。いじめ、良くない。というかこの人が強すぎる。たまには反撃しなければ。

「ああ、そういえば天道先輩が思っていることが一つ分かりました」
「おっ、何かな?」
「貴方は、特別が欲しいんですよね」
「んーーー? どういうことかな?」

 いつものように笑顔を崩さず、俺の話に耳を傾ける。

「自分にとっての特別。そう思える相手にとっての特別が、自分でありたい。ですよね」

 表情が変わる。
 これまで周りに人がいることが当たり前だった天道先輩は、特定の誰かと親密な関係になったことがない。と、姉に聞いた。
 だから、素の自分を知っても、そばにいてくれる人が欲しい。自分というものを理解して、

「…………まあね。その特別はキミであってほしいな」

 右手で頬杖をつきながら微笑む天道先輩。
 暖かい日の差し込む空き教室という状況だからだろうか。とても絵になる仕草だ。ここまで顔が整っている人を俺は知らない。

「さあ、どうでしょう。今の時点じゃ判断はできませんよね」
「そうだねー。でもね、キミはこれまで出会ってきた中で一番、それに近い存在だよ」
「光栄です。でも、あんまり期待しすぎると後悔しますよ」

 俺はそんな大した存在ではない。自分が特別な存在だとか、他の人とは違うなどという感情は、中学二年で捨て去った。
 周りの人間にも特別な存在がいないか期待したこともあった。だけどそれも、期待するだけ無駄だった。
 いつまで経っても目の前に神様は現れないし、俺のことを好きな幼馴染は現れない。人間、突然変化はしないのだ。ゆっくり、ゆっくり形成されていく。そうやってゆっくり、ゆっくり捻じ曲がる。

「ふふっ、それも経験談だよね。そういうところも面白いなー」
「そうそう。経験豊富なんです俺は」
「ふーん……」

 ニヤリと、今度は確実に本心からの笑いを出しながら天道先輩は立ち上がった。
 そして俺の横に来ると、おもむろにスカートの裾に手をかけ…………

「えいっ」

 思いっきり、ひるがえした。

「何してんの!?」
「えー? 経験豊富なんでしょう?」

 反射的に顔を逸らした俺は、鋼の意志で瞼を閉じた。
 一瞬、スカートの裾に手をかけた瞬間に「あ、短パンはいてんだろうな」とか思ってしまった俺をぶん殴りたい。マジで見えたぞ、淡いピンク色の何かが。

「すみません。俺が悪かったです。ごめんなさい」

 罪悪感と、完璧な天道先輩がスカートをめくっているというとんでもない情報を遮断するため全力で謝る。
 謝ってから気づいたのだが、別に俺悪いことしてないよな。
 まあ、いいか。悪くなくても謝らなければいけない状況なんて社会に出たら何度も経験するのだから。
 ああ、理不尽は嫌いだ。

「むぅ、見てもいいのに。彼氏彼女だよ?」
「彼氏彼女は昼にこんなことしないです」
「あ、それもそうだね」

 そう言いながら席に戻る。よかった、平穏は保たれた。グッドゲーム。

「頭いいのか悪いのか分かんねぇ…………」

 姉に聞いた話だが、天道先輩は成績トップなんだとか。
 神よ、不公平では? 俺を作るときに「あっ、やべっ」とか言ってステ振りミスったりしたのでは?? まだ割り振ってないステータスポイントあるよねそれ?
 そんなどうでもいい思考を巡らせていると、チャイムが鳴り響いた。昼休み終了のチャイムだ。

「もう時間ですね。お弁当美味しかったです。では」
「うん。じゃあ放課後一緒に帰ろうね」
「…………はい」

 これも経験ということだろう。異性と放課後二人一緒に帰る。天道先輩ほどではないが、俺も興味があったりする。何度も妄想したシチュエーションだ。
 少しだけ、ほんの少しだけ寂しいと思いながら教室の扉に手をかける。

「次から史奈って呼んでね。束紗」

 史奈さんは。最後に爆弾を持ってくるのが得意なようだ。
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