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第十話『約束は、簡単にするものではない』
しおりを挟むいつものように噂をされながら、校門を出る。
近くを歩いていく生徒の笑い声が気持ちを落ち着かせてくれた。先程先生とあんな会話をしたのだ、気まずさは過去最高となっている。
と言っても、この気まずさを感じているのは俺だけなのだが。
「ねえ、お兄ちゃんに何を聞かれていたの?」
不意に、史奈さんがそんなことを聞いてきた。
史奈さんと同じく変人な先生。そんな先生を史奈さんが理解していないとは。
ああ、でも俺も姉貴が何を言うかは想像できない。気になるのも頷ける。
「史奈によろしく、とかですね」
「ふーん。それで、束紗くんはよろしくしてくれるの?」
史奈さんが覗き込むように顔を近づける。香水は使っていないはずなのに甘い香りが広がる。
これも何度目だろうか。最初はドキッとしたが、今はもう慣れてしまった。なので、焦りもせず返答することができた。
「まあ、交際していますから。それなりには」
「そっか。それは楽しみだなぁ」
ニタァっと、およそ美少女のする表情ではない顔をした史奈さんは覗き込むような体勢を止める。
ここで一旦、会話が途切れてしまう。気が付くと下校中の生徒もいなくなっていた。
住宅街なので騒音をBGMにすることもできず、再び訪れた気まずさに思わず口が開く。
「史奈さん。何か、俺にやってほしいことあります? 協力しますよ」
「どうしたの? キミらしくないね」
俺らしくない、か。確かに自分から史奈さんに何かをしようとしたのは初めてかもしれない。
家デートの時は仕方なく選んだのだ。先生にあんなことを言われたからというのもあるが、今回は本当に自分からだ。
「史奈さんを満足させれば、俺の負担が減るでしょう?」
「ふふっ、私が満足すると思う?」
「…………それは確かに。やっぱりやめときますか」
この人を満足させることはできないのではないだろうか。
しかしそんな不可能とも言えることだからこそ、満足させたらどうなるのか。という気持ちになる。きっと、史奈さんを満足させた日は、俺が史奈さんを理解した日だろう。
少し早足になりながら脳内で思考を巡らせる。
「わあ、待って待って。せっかくだから何か言うこと聞いてよ」
「はあ、何かあるんですか?」
歩幅を史奈さんに合わせ、質問する。
ここで思ったのだが普段から史奈さんの言うことは絶対、みたいな雰囲気があったので今更俺が協力的になったところで変わらないのではないだろうか。
「今度、食事に行かない?」
「あれっ、思っていたより普通ですね」
史奈さんの口から飛び出したのはそんな食事のお誘いだった。
おかしい、普通過ぎる。何かを狙っているとしか思えない。しかし、食事で何ができるというのか。俺の貧相な想像力では予想すらできない。
「どうかな?」
悪だくみをしている表情。確定だ。
「……なんかあるんですね。分かりました、行きますよ」
俺から協力すると言い出したのだ。今更、引くわけにはいかない。
こういう時くらいは腹をくくる。何が待っていようと、乗り越えてみせよう。この人だって、無理難題は出さないはずだ。
「了解。じゃあその時になったらチャット送るね。あ、今ここで逃げないって約束してね」
「こええ…………わかりました、約束します。これでいいですか?」
「よろしい」
既に史奈さんの脳内では作戦が決まっているのだろう。
その食事で何をしてやろうと、今まさに考えているに違いない。
腹をくくったとは言っても怖いものは怖い。史奈さんなら何をしてもおかしくないので、それがさらに恐怖を倍増させる。
ああ、失敗したな。約束って言葉が何よりも怖い。
何はともあれ、こうして俺は史奈さんを満足させるべく食事に呼ばれた。
この日もバイトはあるので、いつも以上にどんよりとした目のままカフェに向かった。
* * *
「おはようございまーす…………」
業界では常識となっている朝でも昼でも夜でもおはようございますをキメる。
最初はなんで昼過ぎなのにおはようなんだよと納得できていなかったが、今ではそれが当然になってしまい深く考えることは無くなってしまった。
あーでも、これはこれでバイトの始まりって感じで気持ちが引き締まるな。そういう意味もあるのか?
「おっ、束紗おはよ……うわっ、どうした、その目」
「いや、ちょっと色々ありまして」
カウンター内には店長しかいなかった。夜桜はまだか。
史奈さんに比べれば、夜桜の相手とか楽勝過ぎて逆に困るくらいだ。何に困ってるんだそれ。
制服に着替えながら店長と会話する。ここで彼女が、と言ったら色々聞かれて面倒なので知り合いがと言葉を濁した。
「へぇ、食事にねぇ。いたずら好きとはいえ、流石にそこまで酷いことはしないんじゃない?」
「そうだといいんですけどね」
着替え終わり、更衣室から出る。制服は白いシャツに、黒いエプロンだ。シンプルなので気に入っている。変におしゃれを狙って派手な色にするより断然いい。
「やっぱ似合ってるなぁ」
「そうですかね」
俺の制服姿を見ると、店長はそう言った。これがいつもの会話だ。
それにしても、店長は美人だな。スタイルもいいし、優良物件だ。……なんで結婚しないんだろうか。小さい頃から全く老けた気がしないし、もしかしたら店長は不死身なのでは?
相変わらず客は来ないので、背を伸ばしながら店長との雑談に戻る。このカフェは家と同じくらいの安心感があるから好きだ。
「っはよーございまーっす!」
しばらくすると、夜桜が出勤してくる。
少し遅いんじゃ? と思って時間を確認すると、ギリギリ間に合っていた。まあ、間に合ってるしいいか。遅れなきゃいいんだ。
「おはよう、菜沙ちゃん」
「おはよう」
こいつの名前菜沙なのか。覚えておこう。そのネタでいじられたらたまらない。
「あれ、先輩元気なくないですか?」
「俺に元気ある日があんのかよ」
「あーそれもそうですねー」
興味なさげに俺と会話をする夜桜。こういう時の夜桜は嫌いじゃない、踏み込んでこないからな。
夜桜は着替えを済ませ、あくびをしながらカウンターに入る。こいつギリギリまで寝てたな?
「そういえば菜沙ちゃん、束紗がね――――」
コップを拭いていると、店長が夜桜に俺の話をし始めた。先程話した史奈さん……知り合いと食事に行く話だ。
この会話には混ざらない方がいいかもな。できるだけ距離を置こう。
「それ、天道先輩じゃないですか? 先輩の彼女さんですよ」
一番最悪の展開になった。
「えっ? はっ!? 彼女!? ちょ、束紗! 詳しく!」
見たことない顔で驚いている店長に肩を掴まれる。
痛い痛い痛い、掴む力強くない? 鼻息荒いよ? 顔近いよ? 美人が台無しだよ? なんとなく結婚できない理由分かったよ?
「私と結婚する約束は!?」
「は? なんですかそれ」
信じられ程冷たい声が夜桜の口から出る。お前そんな低い声出せたのか。怖いぞ。
いや、そんなことを考えている場合ではない。というか店長と結婚の約束とかした覚えがない。
「落ち着いてください。おい夜桜、なんてことをしてくれたんだ」
「先輩、最低です」
「俺被害者なんだが」
結局、俺は店長に史奈さんと付き合っていることがバレてしまい、散々いじられることになる。
何とか説得はしたものの、俺への当たりは強くなった。俺が何をしたというのか。
その日のバイトは、いつも以上に精神的に疲れるものだった。
バイトから帰り、史奈さんから食事の誘いが来ていないことを確認して一息つく。
これから、俺は食事の誘いに怯えながら生活することになるのか。忘れた頃に来るのが一番怖いので、できれば早く誘ってほしいものだ。
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